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桜木紫乃の本棚

  1. 起終点駅 ターミナル
  2. ホテルローヤル
  3. 霧 ウラル
  4. 氷の轍

起終点駅 ターミナル 小学館
 初めて読んだ桜木さんの作品です。
 表題作を初めとする6編が収録されている短編集です。新米の女性新聞記者を主人公とする作品が2話収録されていますが、それ以外はまったく単独の作品です。舞台となるのはすべて桜木さんがお住まいになっている北海道です。どの作品もどんよりと曇った空を思わせる暗い雰囲気の話ばかりです。
 別れた男が死んだという知らせで北海道に向かった女性を描く「かたちないもの」、新米の女性新聞記者が港で会った釣り人が海で転落死、彼には殺人の過去があった「海鳥の行方」、覚醒剤使用で逮捕された女性の国選弁護を引き受けた初老の弁護士が、彼女の人生を知る中で自身の過去を振り返る表題作の「起終点駅」、子どもの頃母と自分を捨てて失踪した父と廃品置き場で再会する「スクラップ・ロード」、死んだら自分のことを記事にしていいといった女性歌人の取材をする女性新聞記者が歌人と同居していた男と会う「たたかいにやぶれて咲けよ」、弟が罪を犯したことから故郷を捨てた女性が30年ぶりに海辺の村に帰って、ただ一人自分を気遣ってくれた老女と会う「潮風の家」
 中でも印象的だったのはどちらもこの作品集の中では主人公が男性というせいもあるでしょうか、「起終点駅」と「スクラップ・ロード]です。主人公は、年齢的には初老の男性とまだ若い男性という違いはありますが、二人ともラストは過去は過去として踏ん切り、これからも生きていくことを選択します。辛いですが、グッときます。
 作者によると「無縁]がテーマだそうです。どの作品も主人公は孤独を抱える人ばかりで、出会う人も孤独を抱える人という、「無縁」がテーマらしい設定です。しかし、主人公たちは孤独に押しつぶされず、生き続けます。
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ホテルローヤル 集英社
 第149回直木賞受賞作品です。北海道のある町の湿原を背にするホテルローヤルというラブホテルに関わる7編が収録された連作短編集です。物語が現在から過去の話へと遡っていく体裁となっています。
 恋人に請われて廃墟となっているホテルローヤルでヌード写真撮影をすることになった女性、寺の経営のため檀家の老人たちに性の奉仕をする不能の住職の妻、父親の後を継いでホテルローヤルを経営することになった娘、妻を紹介してくれた校長と妻が昔から男女の関係にあったことを知った男性教師、働かない夫を抱えホテルローヤルで掃除婦として働く老女、親の新盆を住職に忘れられ、使いどころのなくなったお布施で夫とホテルローヤルに入る主婦、妻に反対されながらラブホテル建設の夢が捨てきれない若い愛人のいる男という7人の男女を各話の主人公にして、様々な話が語られ、その背景に、今は廃墟となっている「ホテルローヤル」が、かつて紆余曲折を経て開業してから廃墟になるまでの歴史が描かれていきます(ただ、「せんせぇ」だけはホテルローヤルとどう関係があるのかわかりません。)。
 作者の桜木さんが直木賞受賞会見で述べられていましたが、父親がそもそも以前「ホテルローヤル」というラブホテルを経営していて、桜木さん自身も高校生の頃から部屋の掃除をするなど手伝いをしていたということですから、うら若き女性としては凄い経験をしていたものです。
 どの話も、これから先はどうなるのだろうという余韻を残して終わります。中でもホテルローヤルが直接は登場しない「せんせぇ」の高校教師が、これから釧路に向かってどうなるのかが大いに気になります。
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霧 ウラル  小学館 
 昭和30年代の北海道の最東端・根室を舞台とする作品です。
 戦前からこの町を動かしてきた河之辺水産社長には、三人の娘がいた。次女の珠生は親に反発し家を出て、叔母の経営する料亭・喜楽楼で芸者となっていた。そんな珠生は喜楽楼に来る馴染み客の水産会社社長の秘書兼運転手である相羽を好きになったが、彼は社長の身代わりとして賭博の罪を負い刑務所に入る。出所した相羽は相羽組を興し珠生と結婚する。一方長女智鶴は政界入りを目指す運輸会社の御曹司に嫁ぎ、三女早苗は金貸しの次男を養子にして実家を継ぐこととなる。
 遙か昔の匂いがする東映のやくざ映画という雰囲気です。主人公・珠生を演じるのは僕の年代で思い浮かぶのは亡き夏目雅子さんですね。ちょっと残念なのは、珠生が15歳で親に反発して芸者になった時の事情、彼女の気持ちや、珠生が相羽に惚れた理由があまり深く描かれていなかった気がします。特に、いったい珠生が相羽のどこに惚れたのか。相羽の方も珠生以外に何人も女を囲っており、いったい二人はお互いの何に惹かれて一緒になったのか、その当たりは最後まで読んでもわかりませんでした。
 ストーリーも東映やくざ映画路線の踏襲という感じで、展開が想像ができてしまいます。ここで終わりではないでしょうね。相羽組を引き継いだ珠生がこれからどう生きていくのか。夫の裏で街を自分の支配下に置こうとする姉の智鶴との関係はどうなるのか。この智鶴が凄いですね。家にいた時は親の期待を背負って常に100点を取り続ける優等生の智鶴が結婚したとたんに豹変。策士として夫の裏で糸を引くのですから。将来きっと珠生との衝突がありそうです。そして、相羽の子ども・真央をどう育てていくのか(たぶん、パターンとして成長した真央と珠生の間で対立が生じてくるというストーリーだと予想が付くのですが。)
 北方四島を目の前にする根室ならではの登場人物等の舞台設定となっており、それが大きくストーリーの流れを左右していきます。
 今回の作品は、三人の姉妹のドラマの始まりです。今後の行方が気になります。ぜひ、続編を書いていただきたいですね。 
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氷の轍  小学館 
 北海道釧路市の千代ノ浦海岸で男性の他殺死体が釣り人によって発見される。被害者の身元は札幌市在住の元タクシー運転手の滝川信夫、80歳と判明する。北海道警釧路方面本部刑事第一課の大門真由は、先輩刑事の片桐と組んで滝川の周辺を調べ始める。生涯独身で、身寄りもなかったという滝川がなぜ釧路に行ったのか。滝川の過去を調べるうちにある人物のあまりに悲しい過去が浮かび上がってくる・・・。
 ストーリーは犯人が誰かという謎解きよりも、なぜ滝川は殺されたのかという犯人の動機の方に主眼をおいて語られていきます。そこには犯人だけではなく、周辺の人物たちの過去が関わっており、誰が悪いとは一概に言えません。各々が自分がこれはしなくてはいけないと思ったことが殺人事件を引き起こす結果になってしまったといえます。
 滝川が所有していた北原白秋の詩集「白金之独楽」に収められている「他ト我」と題された詩が強い印象を与えます。北原白秋の思いが、この作品に登場する人々(滝川や彼の周囲にいた人だけでなく真由も含めて)の心の底にあるものを掬い上げているような気がします。
   二人デタレドマダ淋シ、
   一人ニナツタラナホ淋シ、
   シンジツニ人ハ遣瀬ナシ、
   シンジツ一人ハ堪ヘガタシ。
       (北原白秋「他ト我」より)
 柴咲コウさん主演でテレビドラマ化されましたが、相棒の片桐役が沢村一樹さんでは原作とあまりに雰囲気が違いすぎます。真由の父を知る定年間近の片桐だからこそ真由の行動を助けることができたと思うのですが。 
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