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櫻田智也の本棚

  1. サーチライトと誘蛾灯
  2. 蟬かえる
  3. 六色の蛹

サーチライトと誘蛾灯  東京創元社 
 第10回ミステリーズ新人賞を受賞した表題作を含む5編が収録されています。
 ホームレスを強制退去させた公演に再びホームレスが戻ってこないようシニア世代の有志が集まってボランティアでパトロールを行っていた。そんなある日の夜、ボランティアのひとり、吉森が公園にいた人を追い出した翌朝、その中のひとりが死体となって発見される。事件の謎を解決したのは公園にカブトムシを捕りに来て吉森に追い出された昆虫好きのとぼけた青年、魞沢(「サーチライトと誘蛾灯」)。
 ちょっと浮き世離れしたキャラの魞沢(“エリサワ”とはなかなか読むことができません。)が、蝶を探しに来た高原で、昆虫を探しに行った帰りに寄ったバーで、旅先の宿屋で、友人の墓を訪れた教会で、それぞれ出会った謎を鮮やかに解決していきます。
 作品の雰囲気は、泡坂妻夫さんの亜愛一郎を意識したそうですが、確かに魞沢の力の入らない感じは亜愛一郎に似ているかもしれません。ただ、この作品ほど漫才みたいな噛み合わないセリフの応酬はないと思いますけど。 
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蟬かえる  ☆  東京創元社 
 「サーチライトと誘蛾灯」に続く、昆虫好きの青年魞沢泉(えりさわせん)の活躍を描く5編が収録された連作短編集です。前作では、とぼけた味の探偵としての魞沢が強調されましたが、今回の作品では、あとがきで作者の櫻田さんが書かれているとおり、魞沢に人間味が与えられ、事件の当事者に近い存在として描かれています。
 前半の「蟬かえる」と「コマチグモ」はこれまでどおり、魞沢は第三者という立場で謎を解き明かしていきますが、後半の3話には櫻田さんの魞沢という人物に対する描き方の変化がはっきりと表れています。この3話には、とぼけた味のひょうひょうとした魞沢はいません。
 5編の中で個人的に一番好きなのは「ホタル計画」です。サイエンス雑誌「アピエ」の編集長オダマンナ斎藤のもとに、ある日、常連投稿者であるナニサマバッタくんから繭玉カイ子さんがいなくなったという電話が入る。以前「アピエ」に原稿を書くライターだったが、自信をなくして失踪していた繭玉カイ子の消息が知れたということで斉藤は北海道に出かけていくところから話が始まりますが、オダマンナ斎藤、ナニサマバッタ、繭玉カイ子などというペンネームで読者を煙に巻きながら、更には「魞沢が登場して来ないじゃないの。これって連作集ではなかったの?」と大きな疑問を持たせます。ネタバレになるので詳細は述べられませんが、う~ん、櫻田さんにやられました。
 「彼方の甲虫」、ラストの「サブサハラの蠅」とも魞沢を前面に立て、大きな問題を読者に突き付けます。「サブサハラの蠅」は、途中で話の筋が見えてしまいますが、この新型コロナの感染拡大の今、非常に重いテーマです。 
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六色の蛹  東京創元社 
 「サーチライトと誘蛾灯」「蟬かえる」に続くシリーズ第3弾、昆虫好きの魞沢泉を主人公にする6編が収録された連作短編集です。今作ではすべて題名に色が入っているという趣向になっていますが、警察沙汰の事件あり、日常の謎ありという作品集となっています。
 鹿と間違われて撃たれたと思われる男の死体が発見される。ズボンのポケットに入れた白い手ぬぐいを鹿の尻尾と間違われて撃たれたらしい。当日、ワークショップに参加し、へぼ獲りをしていた魞沢は現場近くにいた串呂と人の呼ぶ声で現場に向かう(「白が揺れた」)。
 ミヤマクワガタが入荷したと書かれた張り紙を見て昆虫のミヤマクワガタと勘違いして花屋に入店した魞沢。そこで店主の女性から季節外れのポインセチアにまつわる話を聞き、あることに気づく(「赤の追憶」)。
 工事現場から人骨と土器が発見されたと通報があり、噴火湾歴史センターの職員が現場に駆け付けるが、警察に通報する前に、作間部長は人骨を掘り出す指示をする。センターでアルバイトとして働いていた魞沢は調査員の飴甘内から、かつて、そのセンターで職員の埋蔵品の捏造騒ぎがあり、当事者の職員が失踪したという事件が起こっていたことを聞く(「黒いレプリカ」)。
 ピアノの演奏会前に入った文具店でブルーブラックの万年筆のインクをお互いに手に取ろうとしたことがきっかけで開演時間までお茶を飲むことになった魞沢と古林。古林は音楽家だった父が亡くなった時に父の書いた楽譜が紛失したことを話す(「青い音」)。
 「白が揺れた」の事件から3年後。へぼ取り名人の葬儀にやってきた魞沢は、名人の棺に入れられた木彫りの仏像から事件に隠されていたある事実に気づく(「黄色い山」)。
 以前来た花屋に入った魞沢。そこにはかつての女店主の姿は見えず、娘らしい人が店主を務めていた(「緑の再会」)。
 ラストの「緑の再会」は読者をミスリードする作品となっています。読後感よいラストです。 
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