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桜庭一樹の本棚

  1. 少女には向かない職業
  2. 砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない
  3. じごくゆきっ
  4. 名探偵の有害性

少女には向かない職業 東京創元社
 東京創元社ミステリ・フロンティアシリーズの1作です。初めて読む桜庭さんの作品になりますが、著者の経歴を見ると、いわゆるライトノベル系の作品を書いてきた人のようです。
 P・D・ジェイムズの作品に「女には向かない職業」という作品がありました。その職業というのは探偵でしたが、今回この作品で描かれる「少女には向かない職業」とは、殺人者です。
 物語は「中学二年生の一年間で、あたし、大西葵十三歳は、人を二人殺した」という衝撃的な少女の独白で始まります。下関と橋で繋がった小島で生活する中学生の少女葵が主人公です。病気のため働かずに酒浸りの義父のもとで生活する葵。表面上は三枚目を演じながらも、自分の言いたいことがうまく言えない子です。一方、葵の同級生で近寄りがたい雰囲気の宮之下静香。彼女は、網元の祖父の元で、従兄と三人で暮らしています。この同じように家庭に安らぎを得ることができない二人の少女の闘いを、葵の視点で描いていきます。
 ミステリといっても、謎解きという要素はほとんどありません。ただ静香がミステリアスな存在として葵の心を乱します。作者の桜庭さんが一樹という名前ながら女性ではないかと思えるほど、中学生という思春期まっただ中の女の子の気持ちの揺れを鮮やかに描いています。でも桜庭さんて男性なんでしょうね?
 深く考えずに行動に移してしまうところが、中学生らしいといえばそうなのですが、痛々しいです。ラストの一行は、あまりに悲しい一行です。
 飽きさせることなく、230ページを一気に読ませます。僕としては嫌いではなかったのですが、ミステリとして読んでしまうと評価が分かれるかもしれません。
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砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない  角川文庫 
 中学二年生の山田なぎさは、パート勤めの母と美少年だが引き籠もりの兄・友彦との三人暮らし。ある日、なぎさのクラスに海野藻屑という親にとんでもない名前をつけられた女の子が転校してくる。父は有名な芸能人の海野雅愛の上に、転校してきた際のあいさつで「ぼくは、人魚なんです。」と言ってクラス中に強烈なインパクトを与えるが、なぎさは藻屑が転んだときにスカートの中の腿にたくさんの殴打の痕があるのを見てしまう。そんな藻屑となぎさは次第に親しくなっていくが・・・。
 物語はなぎさと藻屑の日常が描かれていきますが、彼女らが向かう残酷な未来は1ページ目で既に明らかにされています。読者は最初にそれを受け入れて読み進めていくしかありません。藻屑の運命を知る読者にとっては、日夜、父親の暴力に晒され、障害を負う身になっても父親をかばう藻屑があまりに哀れで悲しすぎます。自分を人魚だというのは、現実ではない違う場所に行きたいと考えていたからではないでしょうか。
 どうも桜庭さんは、親と子という関係を優しい目で見てくれないようです。 
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じごくゆきっ  集英社 
 7編が収録された短編集です。統一されたテーマがあるわけではありませんが、冒頭の「暴君」とラストに置かれた「死亡遊戯」は「砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない」の後日譚だと聞いて読み始めたのですが、物語の舞台が島根県益田市であるのは同じですが、同じ登場人物が登場しているわけでもありません。
 「暴君」と「死亡遊戯」には、美少女だったのに、小学3年生の頃から急に太り始め、美少女が見る影もないデブになってしまった田中紗沙羅という強烈なキャラクターの中学生の少女が登場します。そんな彼女は、「暴君」では子どもたちの殺害を企てた母親が生き残った子供を入院先に殺しに来たところを、母親から奪い取った包丁を胸に突き立てて追いやるという驚きの行動を見せます。「死亡遊戯」で、彼女が太った理由が語られますが、あまりに切なすぎます。
 どうも後日譚というより同じ世界の話という感じで、「砂糖菓子~」では主人公が兄からピンクの霧が離れていくのを見る場面がありますが、「暴君」でも主人公が母親に刺された少年の身体にピンクの霧のようなものが入っていくのを見るシーンがあります。どうもこのピンクの霧がミソで、この霧が身体に入ると普通の人とはちょっと異なる存在となり、離れていくと普通の人に戻るというもののようです。
 田中紗沙羅に限らず収録作の中には、特異のキャラクターが登場しますが、収録作中一番長い中編といっていい「ロボトミー」に登場する主人公の結婚相手の母はあまりに特異というより異常といって人物です。娘が結婚して離れていくことを寂しく思う野は当たり前ですが、その行動は異常以外の何ものでもありません。これでは主人公もたまったものではありません。異常な肉親ということでは「ゴッドレス」の父親も負けていません。自分の恋人(男ですよ!)と娘を結婚させようとするとは(恋人といつも一緒にいたいため)、これまた異常。
 「ビザール」は、最初は中年男の若い女性への一方的な恋の話(この中年男は何を血迷っているのか)と思っていたのですが、意外に切ないストーリーでした。
 切ないということでは、収録作の中での唯一のSF作品、年取った元アイドルの心が電磁信号によって美しい少女の身体に宿ってアイドルとして世に出る「A」もかなり切ないストーリーです。ストレートな泣かせる作品となっています。
 表題作は突然担任の女教師に誘われて“じごくゆき”の旅に出てしまう話です。女教師は単なるマリッジブルーなんでしょうか。 
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名探偵の有害性  東京創元社 
  久しぶりに読む桜庭作品です。
 50歳になる鳴宮夕暮は13歳年下の夫と亡き両親の残した喫茶店を経営している。ある日、夕暮は若い頃助手として仕えた名探偵の五狐焚風(ごこたいかぜ)が店に入ってきて30年ぶりに再会する。平成中期の頃に名探偵ブームがあり、当時大学生だった夕暮は名探偵四天王の一人だった同じ大学の五狐焚風の謎解きをひょんなことから手伝っていた過去があった。もう会うこともないだろうと思った夕暮だったが、翌日、動画サイトにVRキャラクター、”ころんちゃん”による「名探偵の有害性を告発する!」という動画が配信されることを常連から教えられる。第1弾は五狐焚風の有害性だという。再び訪ねてきた風に誘われた夕暮は、自分たちがしてきた推理が正しかったと証明しようと、かつて解決した事件の検証の旅に出る。
 30年も過ぎれば、今と当時では価値観も変わってくるし、その時に生きていなかった人に、あれはおかしい、変だと今の間隔で批判されてもどうしようもないですよねえ。関係者が事件後にどのような運命を辿っていたか知らなかったとか、事件関係者が犯人が刑務所から出所してきて仕返しされるのではと今も怯えた日々を過ごしているにしても、名探偵が非難されるのはお門違いですし・・・。
 50歳の名探偵コンビが、事件を検証して新たな事実が明らかになって事件の真相が変わってくるのかとも思いましたが、そういうわけでもなく、事件を振り返っていく中で、二人が青春時代を振り返り、特に夕暮が自分の本当の姿を取り返していく姿が描かれていきます。ちょっと素敵な名探偵の助手でした。
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