五年後に | 双葉社 |
4編が収録されたデビュー短編集です。どの作品も中学教師を主人公にしています(ここは作者の咲沢さんが元教師であった経験が生かされているということでしょうか。)。 表題作である「五年後に」は、小説推理新人賞を受賞した作品ですが、純粋な謎解きのミステリーというわけではありません。女子生徒から恋心を告白された若い教師が「五年後に言ってくれたらもっとうれしいのに」と女生徒に言った言葉が、かつて教師だった夫が女生徒に言った言葉と同じだったことから過去のある出来事を思い出し、そして現在を考えるというストーリーです。果たして、夫は5年後には他に好きな人ができて自分のことなど忘れてしまうだろうという軽い気持ちで言ったのか、それとも本当の気持ちを述べたのか、夫が死んだ今となってはそれを確かめることができず、ここまで過ごしてきた妻の心の痛みが描かれます。妻としてはこれは辛いですよねえ。それゆえの、現在の状況下での子どもを連れてのあの行動だったのでしょうか。 「渡船場で」では、このところ妻との溝が広がることに悩む主人公が、遠回りして渡し船で帰る際、渡船場で息子を待つ老婆と話をすることにより自分と妻との関係を考えるまでが、「眠るひと」では、主人公が癌で先の短い高齢の母親の自分の知らない若い頃の姿を知ることになるまでが、それぞれクラスの男子生徒、女子生徒とのエピソードを交えながら描かれていきます。 最後の「教室の匂いのなかで」は、4編の中で一番真正面から教師であることを描いた作品といっていいでしょう。クラスの中でのいじめに気付いた担任の森野が、中学生の頃いじめにあっていた友人を助けることができなかった自分に思いを馳せ、あの時のように後悔しないようにと、今回はどうにかしたいとあがく様子が描かれます。ただ、ここではいじめられていた者が意外に淡々としていたことに、ある意味救いがあった気がします。 |
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