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坂木司の本棚

  1. 青空の卵
  2. 仔羊の巣
  3. 動物園の鳥
  4. 切れない糸
  5. シンデレラ・ティース
  6. ワーキング・ホリデー
  7. ホテルジューシー
  8. 先生と僕
  9. 短劇
  10. 夜の光
  11. 和菓子のアン
  12. ウインター・ホリデー
  13. 僕と先生
  14. ホリデー・イン
  15. 何が困るかって
  16. 肉小説集
  17. アンと青春
  18. アンと愛情
  19. ショートケーキ。

青空の卵  ☆ 東京創元社
 主人公とその友人である引きこもりの名探偵が活躍する短編集。二人の関係がどことなく怪しい。引きこもりの友人のめんどうをみるために時間が融通がきく外資系の保険会社に入るなんて、いくらなんでも普通では考えられない。これってまともな男の考えることだろうか。それに主人公は簡単に涙を流しすぎだ。などなど設定に違和感を覚えながらも面白く読んでしまった。それにしても、どうしてこの作品に出てくる二人を取り巻く人たちは魅力的なんだろう。
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仔羊の巣  ☆ 東京創元社
 「青空の卵」に続く、引きこもりの名探偵鳥井の第2弾。相変わらず、主人公の坂木がやさしすぎる。鳥井のことばを全て受け止めている。僕ならとてもじゃないが、こんなとげのある言葉を吐く男とおとなしくつきあってはいられない。だいたい、引きこもりの人が他人にこうまでとげとげしい口をきくのであろうか。その点は理解できないが、ただ、二人を取り巻く回りの人たちがいい人ばかりで、警官の滝本にしても、栄三郎さんにしても、巣田さんにしても、みんな鳥井を理解して暖かく接しようとしている。実際には世間はそんなにいい人ばかりでないような気はするけど、僕の心の中にもそんな人たちがいたらいいと思っているのか、ついおもしろく読んでしまった。
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動物園の鳥  ☆ 東京創元社
 引きこもりの探偵の第三弾、シリーズ完結編です。タイトルが「卵」、「巣」ときて「鳥」となれば、巣立って空に飛び立っていくというイメージから、いよいよ引きこもりの鳥井が独り立ちしていくのかと、ページを繰り始めました。
 今回は動物園に住む野良猫の虐待事件に鳥井が引っ張り出されます。この作品では、鳥井が引きこもりになった原因が明らかとされ、その原因を作った男が事件に絡んで登場してきます。「人の何気ない悪意」がテーマとなっていますが、そうした悪意は受ける方からすれば多大な被害を受けることになるということは多いですね。始末が悪いのは、悪意を持つ方がそれを感じていないところにあります。
 一作目から気になっていた鳥井と坂木の関係、坂木がああまで(僕からすればちょっと異常なまでの)鳥井へのこだわりを見せる理由がなんなのかも最後に明らかとなります。

 「全部の人に好かれるなんて、どだい無理な話、好きじゃない人に嫌われても何とも思わない」という滝本の妹の美月が言います。強い人ですね。こうは思いたいけど、残念ながらそれほど強い人間になれないですね。どうしても、人に好かれているか気になってしまうことはあります。全く美月が羨ましい限りです。

 最後とあってか、前二作に登場してきた人たちがオールキャストで登場しているところが、このシリーズのファンとしてはうれしいところです。前作でも言いましたが、どうして鳥井、坂木の周りに集まる人はいい人ばかりなのでしょう(心に傷を持っていた人も鳥井達に出会うことによって、皆いい人になってしまうし)。これはやはり、作者が人間を信じているということなのでしょうか。
 今更ながら気がついたのですが、鳥井と坂木の名前は、鳥居と榊という漢字を当てると神に関係ある名前になりますね。
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切れない糸  ☆ 東京創元社
 坂木司さんの新シリーズです。
 卒業間近の大学生新井和也は、クリーニング店を営む父親の急死により、急遽家業を継ぐことになります。アイロン職人のシゲさん、パートの松竹梅の3人のおばさんたち等彼を取り巻く温かい人間関係に支えながら、彼は失敗を重ねながらもクリーニング屋として成長していきます。
 そんなクリーニング屋を舞台に、持ち込まれる日常の謎。探偵役を勤めるのは、和也の同級生で同じ商店街の喫茶店「ロッキー」でバイトをする沢田直之。日常の謎自体は、そんなにびっくりするほどの解決があるというわけではありません。それよりも、描かれるのは、日常の謎を解き明かすミステリの形式を取りながら、昔ながらの商店街に繰り広げられる温かな人間関係です(夜回りしていると、そこかしこのお店でいろいろな食べ物をくれるなんて、考えられないですね)。日常の謎が解き明かされるたびに和也の周りにはいろいろな人間関係が構築されていきます。この点、引きこもりの探偵シリーズでもそうでしたね。
 日常の謎がクリーニングに出される衣服や、その汚れやシミから解き明かされていくなんて、とてもおもしろい設定です。
 それと、ミステリとは全然関係なく、読んでいて「そうなんだ」と認識を新たにさせられることも多々ありました。特に、お店で出てくるおしぼりで拭くと色落ちする場合もあるなんて知りませんでした。そういえば、ネクタイに落ちた醤油とかを拭いたら、色が落ちたことがあったなあ。
 ともあれ、前シリーズの坂木にしろ、今回の和也にしろ、坂木さんの小説の主人公は、本当にいいやつです。そして登場人物も皆基本的にいい人ばかりです。たまにこんな温かな物語を読むとほっとします。
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シンデレラ・ティース  ☆ 光文社
 主人公叶咲子は、大学2年生。幼い頃のトラウマで歯医者が大嫌いだったが、なぜか夏休みにデンタルクリニックで受付のアルバイトをすることになってしまう。そんな彼女が個性豊かなクリニックで働く人々と、そこを訪れる患者が抱える謎を解き明かす、表題作を始めとする5編からなる連作短編集。“日常の謎”解きだけでなく、夏休みの間に彼女が少しだけ成長し、そして恋をする様子が描かれていきます。
 引きこもり探偵シリーズや前作の「切れない糸」でもそうですが、坂本さんの作品では主人公の周りにはいい人ばかりが溢れています。今回の作品でも、泰然と構えている院長、普通の人の良いおじさん的な咲子の叔父唯史、セクハラキャラで口も軽いが腕は確かな成瀬先生、歯科衛生士の歌子、京子、百合、窓口事務の葛西さん、マニアックなおたくの歯科技工士四谷くんと、優しい人物ばかりで、咲子を優しく見守ります。そもそも、作品中の登場人物にしても、嫌なやつといえるのは一人だけでしょうか。そんなこともあって、読んでいてもほっとします。あんまりいろいろ考えずに読むには最適です。
 医者、それも歯医者が好きな人というのはいないでしょうね。あの歯を削るときのキィーンという機械の音を聞くと、自分がされているのでなくても恐怖を感じてしまいます。それは大人になっても変わりはありません。でも、抜群のスタイルのラテン系美人の歌子、色白美人の京子、アニメ声の百合という、こんな素敵な歯科衛生士さんがいるなら、歯医者行くならこの医院だなぁ(^^;
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ワーキング・ホリデー  ☆ 文藝春秋
 引きこもりの青年、クリーニング屋の跡取り息子、歯医者の受付の女性と描いてきた坂木さんが今回主人公に据えたのは、元ホストの宅急便のドライバーです。今までの“日常の謎”系の話と違って、ミステリーではない5編からなる連作短編集です。
 ホストをしていたヤマトの前に突然「初めまして、お父さん」と言って現れた進。かつて交際していた女性由希子との間にできた子どもらしい。子どもの教育上良くないと、オーナーの好意でホストから宅急便のドライバーへと転職したヤマトは進と二人で暮らし始めます。物語は、そんな二人のひと夏の心の交流を描いていきます。
 元ヤンキーで喧嘩っ早いが正義感に溢れているヤマトと、小学生でありながら料理が得意で、どこか所帯じみた進とが好対照です。
 彼ら以外の登場人物のキャラクターも素晴らしい。何といっても、ホストクラブのオーナーにしておかまのジャスミンが一番。一方で実家は不動産業でやり手の経営者という顔を持つキャラクターが強烈な印象を残します。そして売れっ子ホストの雪夜。普通売れっ子ホストというとテレビドラマ等では嫌な男の典型で描かれるのですが、この物語ではさりげなく優しさを見せるいい人物です。花を添えるのが雪夜目当てのホストクラブの客ナナ。そして、宅急便の支店の責任者でジャスミンの同級生のボスや、リカさんやコブさんなど、どの登場人物も温かな心の持ち主で、読んでいてホッとさせてくれます。
 それにしても、宅配便のドライバーといっても、リヤカーとはねえ。ヤマトが怒って勢いよくリヤカーを引いて走るところを想像すると、やっぱり笑ってしまいますよね。
 最後は続編を期待させる終わり方で、次回が楽しみになります。 
 雨の日、ヤマトが配達に行った先で「新井クリーニング店」の名前の入ったタオルをもらいます。これって、「切れない糸」のクリーニング屋さんですか。
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ホテルジューシー 角川書店
 2006年9月に刊行された「シンデレラ・ティース」の姉妹編ともいうべき作品です。大学生の夏休みに歯医者でバイトをした「シンディレラ・ティース」の主人公サキちゃんに対して、沖縄のホテルでバイトをしたサキちゃんの親友ヒロこと柿生浩美のひと夏の物語です。
 大家族の中で育ったためか貧乏性で面倒見のいい典型的な長女気質の浩美。そんな彼女が、ホテルジューシーという普通のリゾートホテルのイメージとはちょっと変わったホテルでひと夏のバイトをすることになります。とにかく、このホテル、従業員が個性的な人ばかり。昼行灯で夜にならないとシャキッとしないオーナー代理、こんな老人を働かせていいのかというほどの年齢のルーム・キーパーの双子のおばあちゃんたち、沖縄料理を堪能させてくれる料理人のおばさん。あまりに個性的な人ばかりの中で、真面目で一本気な浩美もしだいに変わっていきます。 次々とやってくる、わけありのお客さんたちの謎を解くといったミステリの側面はありますが、それよりは浩美自身の成長物語といっていい話です。
 物語の中で、サキちゃんとの電話やメールのやり取りがあって、「シンデレラ・ティース」を読んでいる人からすれば、「ああ、こんな話していたんだ」とわかって、ちょっと楽しい作品でもあります。また、沖縄には行ったことがない僕としては、料理人の比嘉さんの作る料理は、まったく想像できませんでしたが、どんな味なのか興味をかき立てられますね。
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先生と僕  ☆ 双葉書店
 極度に怖がりの大学生・伊藤二葉とミステリ好きの中学生・隼人くんのコンビが謎を解く連作短編集です。
二葉は神経質までに怖がりの大学生。殺人事件が起こる小説はまるで苦手なのにひょんなことから推理小説研究会に入会してしまう。そんなある日、二葉は中学生の隼人から家庭教師の話を持ちかけられ、引き受けることに・・・。 
 本屋さんで雑誌に不審な付箋が貼られていた謎とかカラオケ店の火事騒ぎの中で消えた客の謎、区民プールでの不審な人物の謎、二葉が誘われた無料展示会の謎、インターネット上の掲示板への怪しい書き込みの謎を迷コンビが解き明かしていきます。
 坂木さんの作品では引き籠もりの探偵という特徴あるキャラクターの主人公がいるのですが、この作品の主人公二葉も負けず劣らず特異なキャラクターの持ち主です。臆病というのか、その怖がりようが異常なくらいです。こんな性格では世の中生きていくのが難しいのではないかなと思ってしまうのですが、それだけでなく二葉には見たものをそのまま画像として記憶できるという特殊な才能を持っているのです。
 そんな二葉に対して、こんなに人の心を捕まえるのがうまい中学生がいるのかなあと思ってしまうのが、隼人くん。ジャニーズばりの容貌と賢い頭で二葉を引っ張ります。
 この作品の魅力は、そんなだらしない大学生としっかり者の中学生の迷コンビぶりにあります。結局「先生と僕」という題名の先生というのは家庭教師役の二葉ではなく二葉にミステリを教授する隼人なんでしょうね。しっかりしろ!二葉と言ってやりたくなります。
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短劇  ☆   光文社
 26編からなるショート・ショート集。坂木さんの作品はいつもほのぼのタッチのものが多いのですが、今回はその印象をすっかり覆すようなダークなストーリーが多い作品集です。
 最初の「カフェラテのない日」ではいつもの坂木さんらしい話だったのですが、4作目の「幸福な密室」から不思議なというかダークな話が続きます。特に「穴を掘る」「肉を拾う」「ゴミ掃除」「試写会」には本当にびっくりです(特に「ゴミ掃除」の人を殺す場面の描写には、坂木さんもここまでやるのかぁ。性別も隠している覆面作家だけど、女性だとしたら認識改めないといけないなと思うってしまうほどでした。)
 ダークな話はあまり好きではない僕ですが、そんな僕でも「雨やどり」、「ケーキ登場」、「物件案内」は好きな話です。「雨やどり」は、好きな女性につきあっての買物をする男性の心の内が描かれます。男性の秘めた思いを込めたプレゼント。不発になるかもしれない爆弾・・・・。さて、この後二人はどうなるのだろうと余韻を残す作品です。
 「ケーキ登場」も読み終えた後にさてこのあとどうなるのだろうと読者の想像をかき立たせます。レストランに居合わせた人々の外から見た姿と心の中との違いが描かれた作品ですが、「じゃあ、消しまーす」の後の暗闇の中で果たして何が起きるのか。
 「物件案内」はこの作品集の中では珍しく、今までの坂木作品らしい明るいラストが描かれた作品です。主人公の女性、なかなかしっかりしている(笑)
 それぞれ10ページほどの短いストーリーの中に坂木さんの新たな一面(それとも帯に書かれているように本性)を見せてくれる作品集です。
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夜の光 新潮社
 なるべく負担のかからないクラブ活動を選んで天文部に入部した4人の高校生。3年生となり部員が4人だけになったある日、ふとしたことをきっかけに意気投合します。
 女の子だからという女性軽視を不思議とも思わない家庭に育つジョー、リストラされた心の辛さからアルコールに溺れ、娘に暴力をふるう父親、そしてそれに対し何も言わない母親を持つギィ、家長として君臨し、独裁的で家族の人格を認めようとしない祖父とそれに甘んじている両親を持つブッチ。 それぞれ心の中に悩みを持ち、仮面をかぶって高校生活を過ごしている4人の高校3年生の1年間が章ごとに語り手を変えて描かれていきます。(ゲージの悩みだけはよくわかりませんが)
 自分たちを、それぞれジョー、ゲージ、ギィ、ブッチなどと呼び合うのは自分の高校生時代に置き換えてみても赤面してしまうのですが、それはともかく、彼らの関係、共感し合いながらもベッタリでない微妙な距離感がいいですね。こういう友人関係はうらやましいです。
 各章に様々な謎が提示されます。学校のビオトープに出現した季節外れの蛍らしき光の謎、ブッチがアルバイトをする宅配ピザ店におかしな注文をする中年男と若い女性の客の謎、学園祭で手芸部で売られていた財布を買おうとしたジョーが売ることを拒否された謎、校内を動物の死体らしきものをぶら下げて歩く女性の謎。4人がその謎を解いていくという点ではミステリー小説ですが、それよりはやはり悩みを持った高校生たちを描いた青春小説といった方がいいでしょう。
 最後の章は、卒業1年後、再び集まった彼らの様子が語られます。
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和菓子のアン  ☆ 光文社
 主人公・橋本杏子は、18歳、身長150cm、体重57キロというコロコロぽっちゃり体型にお人好し面の女の子です。「シンデレラ・ティース」もそうですが、坂木作品の主人公らしいちょっと世間知らずだけど、まっすぐな女の子です。
 男性との人間関係が苦手な杏子がアルバイト先として選んだのは、デパ地下の和菓子舗・みつ屋。ところが、いないと思っていた男性店員が現れただけでなく、見た目とは異なるキャラの店長さんやアルバイトがいて、びっくりすることばかりのバイト生活が始まります。
 作品は、和菓子を巡る謎を杏子や店長さんたちが解き明かしていく連作ミステリとなってます。ミステリといっても、いわゆる日常の謎系ミステリで、主人公のほんわかした雰囲気が作品全体に漂っているだけでなく、店長や男性店員・立花の個性的なキャラが読者を温かい気持ちにさせてくれる作品となっています。
 和菓子舗が舞台となっているので、いろいろな和菓子が登場します。その名前を聞いただけでも、いわゆる"風流"ということを感じさせますが、実は、和菓子にもそれぞれの物語があって名前がつけられているというのは、普段気にしていなかっただけに"和菓子"というものを再認識させられました。
※クリーニング屋の跡を取った息子の話が出てきますが、これって「切れない糸」の主人公のことですね。
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ウインター・ホリデー  ☆ 文藝春秋
 「ワーキング・ホリデー」の続編です。元ホストで現在は宅配便(といっても基本は自転車でリヤカーを引っ張っての配達というのがおかしいですが)の配達員をしている大和と突然現れた元恋人との間にできた子どもだという進とのふれあいを描くちょっと心温まる物語のその後です。
 この作品のおもしろさは、元ヤンキーでホストの大和が急に父親という立場に立たされて、おろおろしながらも父性愛に目覚めていくところを描いている点にありますが、元ヤンキーでホストという彼を始め、登場人物のキャラクターが魅力的という点も大きい。
 おかあさんのように料理のうまい進、大和を立ち直らせてくれたホストクラブのオーナーで女装のジャスミン、ナンバーワンホストを鼻にかけることなく大和を影ながら支える雪夜、宅配便営業所のボスや同僚のリカやコブちゃんなど素敵な人物ばかりです。今回新たなキャラとして、アルバイトとして登場した大東も、これがまたチャラ男で軽い男です。初めてできた後輩のとんでもないキャラのおかげで大和は右往左往させられることとなりますが、憎めないところがある男です。
 大和と進との間はどうなっていくのか、そして進の母であり元恋人の由希子との関係はどうなるのか、ちょっと気になりながらも安心して読むことができます。心温まる作品です。
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僕と先生  ☆ 双葉社
 極端な怖がりの大学生・伊藤二葉とミステリ好きのジャニーズ系中学生・瀬川隼人くんのコンビが日常の謎を解くシリーズ第2弾です。前作から6年以上がたっているので、設定以外すっかり忘れてしまっていましたが、「先生」が隼人くんで「僕」が二葉という立場がまったく逆転している状況は、今回も変わりなく楽しませてくれます。
 今回、彼らが直面する謎は、デパートの催事会場で起こった一粒2000円のチョコレートの盗難事件の謎(「レディバード」)、推理小説研究会の先輩が働くレストランのマスターの不思議な行動の謎(「優しい人」)、就職活動中の先輩の身に起こったエントリーシートの消失の謎(「差別と区別」)、バーベキュー会場で起こった“増えたもの”の謎(「ないだけじゃない」)、マンションの掲示板に貼られた写真とその消失の謎(「秋の肖像」)の5つ。それぞれ、頼りない二葉に代わって、隼人くんが鮮やかに謎を解いていくというパターンは同じです。
 気弱な二葉くんと異なって、隼人くんが意外に厳しい態度を見せます。「ないものじゃない」では、二葉たちの解決方法ににひとこと意見していますし、「秋の肖像」でも、ある人物に意見しています。中学生にしてはしっかりしすぎですね。
 今作には推理小説研究会の面々が登場しているだけでなく、“レディバード”と隼人くんが名付けた怪盗が登場。二つの話に出てきますが、エピソードに書かれたことを読むと、今後おもしろそうな展開になりそうです。次のシリーズ作も大いに期待できそうです。
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ホリデー・イン  ☆ 文藝春秋
 突然目の前に現れた息子に戸惑いながら父子としての関係を築き上げようと奮闘する沖田大和を描く「ワーキング・ホリデー」、「ウィンター・ホリデー」に続くシリーズ第3弾です。とはいっても、今回はヤマトが主人公ではなく、シリーズの登場人物たちをそれぞれ主人公に描く6編が収録されたスピンアウト短編集です。
 6編は、元ホストであったヤマトの雇い主であり、進が訪ねてきたことでホストを辞めさせたホストクラブの経営者ジャスミン、ヤマトの働く宅配便「ハチさん便」の後輩であるフリーターの大東、ホストクラブの先輩であり売れっ子ホストの雪夜、雪夜の上客だったナナ、そして息子である進を主人公に、前作では語られなかった彼らの抱える様々な事情が明らかにされていきます。
 「単純」「バカ」「能天気」な大東が、家族の問題に真剣に向き合う様子が描かれる「大東の彼女」には、心打たれます。彼が「甘くていいじゃん。ゆるふわでいいじゃん。バカみたいに明るい方ばっか見てたっていいじゃん」と考える理由がこういうことにあったとは・・・。
 「前へ、進」は、進がヤマトの前に現れるまでのことが描かれており、父親がいると知ってからの心境や会う決意を決めたときのことを知ることができるシリーズファンには必読の話です。ここではジャスミンがいい味出しているんですよね。せっかくヤマトに会いに来たのに一歩が踏み出せない進に決心をさせるジャスミンの言葉に拍手です。
 また、ラストの「ジャスミンの残像」は、ヤンキーだったヤマトとジャスミンとの出会いが描かれます。これまたジャスミンの魅力満載の作品です。「ワーキング・ホリデー」の前日譚であり、「前へ、進」同様ファンとしては必読です。
 前作から2年以上がたったので、すっかり彼らのキャラを忘れてしまっていました。できれば前作を再読してから読んだ方がよかったかも。
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何が困るかって  東京創元社 
 1編3ページほどの作品から16ページの作品まで、いわゆる“ショート・ショート”作品18編が収録された作品集です。以前に刊行された「短劇」と同じです。
 18編は、どんでん返しのミステリ風味の作品から、ホラー系、ファンタジー系とジャンルに富んだものとなっていますが、どちらかといえば嫌なラストの方が多いかも。その中で印象に残ったものを挙げると、次のとおりです。
 冒頭の「いじわるゲーム」は、今までは何でも打ち明けてくれていた友人が自分に内緒で男子と交際していたことを知った主人公があるゲームを始めるという話。ラストは予想できないどんでん返しでびっくりの1作です。でも、読後感は良くないです。
 どんでん返しと言えば、「都市伝説」が予想を見事に裏切る作品となっています。都市伝説を話す男が本当に嫌な感じで、ストーリーの流れからは当然そういう方向に話は行くだろうなあと思っていたら、ラストは唖然の展開へ。これが一番後味が悪いラストです。
 「勝負」は、バスの車内で繰り広げられる、ある“勝負”について描いた作品です。バス通勤していたときは、停留所に近づいてきた際、誰が降車ブザーを押すのか、乗客の間で駆け引き(?)みたいなものが感じられたので、この作品で描かれる“勝負”には、読んでいて「あるある!!」と思ってしまいました。
 「洗面台」は、洗面台の独白によってその部屋の住人の様子を描く作品です。この作品集の中では数少ない読後感が良い作品です。 
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肉小説集   角川出版
  豚の各部位の肉をモチーフにした6編が収録された短編集です。
 豚肉が食べたくなるおいしい話かと思ったら、どれも読んで食べたいと思いたくなる話ではありませんでした(ただ、「肩の荷(十9)」のポークカレーは食べてもいいなあ。)
 「武闘派の爪先」は、豚足嫌いのサラリーマンから経済やくざのチンピラヘと転身した男の話。ほとぼりの冷めるまで沖縄に逃げたやくざが飲み屋で粋がったところ思わぬ事態に陥ってしまいます。
 「アメリカ人の王様」は、婚約者の父親との味覚の違いにとまどう男の話。結婚相手の家の味が自分の家とは全然違うということはよくあること。それでも義父の前では頑張って食べなくてはならない辛さは理解できます。
 「君の好きなバラ」は、料理下手な母の豚バラ炒めに閉口し、理想の家庭を夢見る男子中学生の話。理想の家庭の現実はそんなもんだよと言いたくなりました。
 「肩の荷(十9)」は、加齢による衰えが気になりだし、部下に嫌われているのではないかと気にする中年会社員の話。ホルモン食べたら噛みきれない、歯肉が減退して歯の隙間に食べかすが挟まるなんてまるで自分のことのようです。主人公を笑えません。
 「魚のヒレ」は、飲み会の帰りに好きな先輩になぜか家に招かれ“豚ヒレ肉のトマトソース煮込みピザ風”を食べさせられる男の話。彼が語る祖父の言葉、「早起きは三文の得」ならぬ「早起きはサーモンの得」は最高です。早起きするとサーモンが川に戻ってくるみたいに、いいことが戻ってくるって意味というのに思わず笑いが零れてしまいます。
 「ほんの一部」は、好き嫌いが激しく唯一ハムサンド好きの男の子が帰国子女の女の子の食べるフランスパンに挟まれた生ハムが気になる話。ちょっと小学生を主人公にしているにしてはエロティックな描写にドッキリです。
 6編の中でのお気に入りは、やはり同年代の主人公に共感を覚えた「肩の荷(十9)」と、自分も同じ経験をした「アメリカ人の王様」です。
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アンと青春  ☆  光文社 
 「和菓子のアン」の6年ぶりの続編。というわけで、覚えているのは主人公の杏子がデパ地下にある和菓子屋さんのバイト店員であることだけ。あとは設定をすっかり忘れていました。高校を卒業してデパ地下の和菓子店にアルバイトとして人店してから1年がたったようです。美人の椿店長、ゲイではないけど乙女チックな立花、元ヤンの人妻大学生の桜井などに囲まれる中でアンが遭遇する客の何気ないひとことなど日常の謎を巡る5編が収録された連作短編集です。
 「空の春告鳥」では、母親とデパ地下の駅弁祭りに行った際に、ついでに寄った和菓子フェアに出店していた店でクレーマーらしき男が店員に投げかけた「飴細工の鳥」の意味するものは何かと悩み、「女子の節句」では、ひな祭りの時期に店を訪れた年配の女性客のことばと買って行った和菓子に隠された意味に悩み、「男子のセック」では、新規出店した店の慣れない男性店員を評した立花のことばに自分の今を考えて悩み、「甘いお荷物」では、ジュースをほしがる娘に対する母親の言動や立花の師匠の「とんだ甘酒屋だな」の言葉に悩み、「秋の道行き」では休暇を取って旅行に行った立花が残していった和菓子の意味に悩むなど、とにかくアンはやたらと悩んでいます。何だかあまりに素直すぎて、人の悪意も考えることができない子がこの世の中で生きていけるのかなと心配になってしまいます。そんなアンに対し、横で優しくアドバイスする椿と桜井(桜井の場合は元ヤンらしい優しさですが!)のキャラがまた素敵です。
 立花の師匠の「甘酒屋」の意味については物語の中では解決されていませんが、読者には明かされます。 さて、次はここから話が発展していくのでしょうか。楽しみです。
 ストーリーとは別に、この作品を読むと、それぞれ登場する和菓子に込められた深い意味には驚かされます。こういうところは、日本文化の美しいところでしょうか。でも、「女子の節句」での年配の女性客が和菓子に込めた思いはちょっと恐いですね。まあ、彼女が考えるほど普通の人には伝わらないとは思いますけど。 
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アンと愛情  光文社 
 東京デパート地下階にある和菓子屋「みつ屋」を舞台に、そこで働くアルバイトの梅田杏子の奮闘ぶりを描く「和菓子のアン」シリーズ第3弾です。5つの短編とデパートのイベント特典とTwitterキャンペーン用に書かれた2つの掌編が収録されています。
 題名に“愛情”が入っているとおり、物語には作者が言うには「お菓子と飲み物に色々な組み合わせがあるように、『アンと愛情』には、色々な組み合わせの愛情を盛り込んでみました。」だそうです。
 アンが「みつ屋」で働き始めて2年となり、アンも成人式を迎えることになります。冒頭の「甘い世界」では、そんなアンの成人式に着る振袖選びとともに、外国人のお客さんの求める「宇宙を表現した和菓子」を探すアンを描きます。それにしても、成人式の振袖選びって、みんな成人式の遥か以前から行っており、アンちゃんのように、こんなにのんびりしていないのでは。
 「こころの行方」では、バレンタインの催事の手伝いで「みつ屋」空港店から派遣されてきたアンと同じ年齢の桐生の仕事ぶりに圧倒されるアンが描かれます。有能な桐生の仕事ぶりにアンは自信を失いますが、そんなアンでも見てくれる人は見ています。
 「あまいうまい」では友人たちと旅行に行った金沢で柏木さんの兄の本当の気持ちを知るアンを、「透明不透明」では同世代でなれなれしい男性客から持ち込まれる問題に悩み頭を捻るアンを、「かたくなな」では「甘いせんべいは和菓子ではない」と常連客に怒られ、せんべいの歴史を調べるアンを描いていきます。「透明不透明」で描かれる愛情は「ちょっとまあそういう形もあるか」と思ってしまいますね。
 ファッションセンス以外は頼りがいのある椿店長、乙女チックな男性店員・立花さん、元ヤンにして女子大生人妻の桜井さんという同僚たち、洋菓子店「K」の柏木さんや、お酒売り場担当の楠田さん、化粧品フロアのスタッフ・通称“魔女”といったいつもの人々が登場しますが、最後にはある人物との別れが待っています。
 今回も様々な和菓子が登場しますが、まったく知識がないので、その造形を思い描くことができないのが残念ですね。
 題名は「赤毛のアン」をもじったようなので、「アンと青春」「アンと愛情」と来ましたから、次回作は「アンと友情」でしょうか。 
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ショートケーキ。  文永春秋 
 ショートケーキを題材にした5編が収録された連作短編集。
 冒頭の3編は、雑誌に掲載された、まさしく「ショートケーキ。」と題された3作品です。
 「ホール」は小学生の時に両親が離婚し、母親と暮らすという同じ境遇にある2人の女子大生が主人公。この2人が兄弟もいない母子2人だけの生活のため、ホールケーキが食べられないと、「失われたケーキの会」を結成しているのが愉快。2人が同時に父親から何か重大な相談を持ち掛けられると悩み、ふたを開けてみれば実はというところがかわいいです。
 「ショートケーキ。」は、その2人が行くコージーコーナーの店員、カジモトくんの話です。2人が気になるカジモトくんがケーキを買った2人にしたことが、ほほえましい。
 「追いイチゴ」は、コージーコーナーでカジモトくんの先輩店員である上田さんの話。カジモトくんを見る上田さんの眼が優しいです。上田さんがうれしいことがあると行う趣味にはどうかなあと思ってしまいますけどね。この話の中で上田さんが言う“わきわきする”というのは、“わくわくする”ということでしょうか。
 続く「ままならない」と「騎士と狩人」は前3作に比べてショートケーキの話からは少し離れてしまいますが、前3編に登場した人が姿を見せます。「ままならない」は幼子を抱えて、自分の思うことができない3人のママ友の話です。3人のママ友が思うがままにしたいと思っていることに、ちょっと笑ってしまいますけど、当の3人にとっては子どもの世話をしていてはできないことですものねえ。
 「騎士と狩人」は同じ会社のきっぱりとした物言いをする経理の女性が気になる小さな建材メーカーに勤める28歳の央介が主人公。その女性が実はというところが連作集らしいですね。 
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