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坂上泉の本棚

  1. インビジブル
  2. 渚の螢火

インビジブル  ☆  文藝春秋 
 昭和29年、大阪の北を寝屋川、南を平野川、東を国鉄城東線に囲まれた“三角地帯”で顔に麻袋をかぶされた刺殺死体が発見される。捜査の結果、被害者は国会議員の北野正剛の秘書である宮益だと判明する。更に茨木市の鉄道橋の上で発見された轢死体がやはり顔に麻袋がかけられており、被害者が政治団体の代表であり北野と関係があったため、二つの事件は連続殺人事件として捜査本部が立ち上がる。捜査本部に加わった東警察署の巡査・新城洋は、国警大阪府本部警備部二課の警部補・守屋恒成とコンビを組んで捜査に当たることとなる・・・。
 戦中、旧内務省管轄下の特高警察に代表される強権的な取り締まりを行っていた警察がGHQによって解体され、民主警察として再編されたとは聞いていましたが、現在の組織体制になる前に、市町村によって運営される自治体警察(自治警)と、自前で警察を持てない零細町村部をカバーする国家地方警察(国警)の二つの警察組織が存在し、大阪市を管轄とする自治体警察として大阪市警視庁という“警視庁”を名乗る組織が東京以外に存在したことはまったく知りませんでした。この辺り、作者である坂上さんが東京大学文学部日本史学研究室近代史を専攻したことも活かされているのでしょうか。
 昭和29年には自治警と国警の二本立てを解消して国が全国都道府県警察を統括する法律改正がなされたそうなので、事件が起きたのはちょうど組織が再度変更になる直前ということで、そのあたりの世相が物語の中にも色濃く出ています。
 物語は第二次世界大戦時に岐阜の農家の三男として生まれ、生きるため開拓団の一員として満州に渡って軍に納める作物を作る男の話が各章の冒頭に描かれています。これから、読者としては捜査に当たる刑事たちより先に事件の様相を推し量ることができますが、それにより物語の面白さが減ずることはありません。
 その一番の理由は、中卒で刑事になって4年目の新米刑事の新城と東京帝大法学部卒のエリートである守屋のコンビの面白さにあるでしょうか。刑事のコンビと言えば、「相棒」をすぐに思い浮かべますが、あちらは警察庁と法務省のどちらもキャリアというエリートの二人に対し、こちらはたたき上げとエリートという対照的な二人。その二人が当初はぶつかり合いながら捜査を進めていく中で次第にお互いを認め合うようになるのは、よくあるパターンですが、この二人に加え、新城の上司である本庁一課強行犯二班長の古市、同じく五班長の西村など個性的なキャラが登場し、物語を更に面白くします。ページを繰る手が止まらずいっき読みです。事件の背景にあるものは非常に重苦しいものですが。 
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渚の螢火  双葉社 
 今年は沖縄が本土復帰をしてから50年。かつて沖縄に行くのにパスポートが必要だったことを知らない人もいるのではないでしょうか。
 物語は、沖縄が日本に返還される1972年5月15日を2週間後に控えた日、琉球銀行の輸送車が襲われ、現金100万ドルが奪われた強盗事件が起きるところから始まります。奪われたドルが本土復帰による円ドル交換によってアメリカに引き渡されるドルであったことから、日米間の外交紛争に発展することを怖れた琉球警察は、秘密裏に、復帰を前に実績作りを急ぐ本部長とその名を受けた刑事部長により設置された「本土復帰特別対策室」に復帰の日までに事件を解決することを命じる。メンバーは東京の大学に学び、東京出身の妻を持つ真栄田太一、その真栄田が若い頃から世話になり、父同然に信頼する室長の玉城、事務員だが刑事に憧れる新里愛子の3人の対策室員に、真栄田と高校の同級生であり真栄田を敵視する捜査一課班長の与那覇、高校時代はぐれていたが与那覇を慕って警官になった比嘉の5人。
 最初は反発しあっていた真栄田と与那覇が、やがてお互いのことを理解するようになって、協力し合っていくところが、読んでいてやっぱりこうでなくてはと思ったとおりでちょっと安心。脇役ですが、事務職員でありながら刑事に憧れ、鋭い洞察力と鮮やかな運転技術を見せる新里愛子のキャラが素敵です。
 冒頭、アメリカ軍基地から物資を盗み出す“戦果アギヤー”で生きる少年の悲しすぎる回想が描かれます。強奪事件はやがてこの回想で語られることに繋がっていくのですが、ミステリを読み慣れている人には、ある繋がりにすぐに気付いてしまうのではないかと思います。私としても、その事実に気づいたので、展開としては最後にこうなるだろうなあと予想したとおりで、最後の種明かしに驚きがなかったのは残念でした。とはいえ、沖縄の本土返還50周年にふさわしい作品でしたね。 
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