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斉藤詠一の本棚

  1. 到達不能極

到達不能極 講談社 
 第64回江戸川乱歩賞受賞作です。今回の受賞作はミステリというより、冒険小説の趣が強い作品です。それも、SF風味の味付けがされたストーリーになっているので、本格ミステリ等のミステリ色の強い作品を期待している読者には期待外れの感が大きいかもしれません。  
 望月拓海は旅行会社のツアーコンダクター。ある日、上司から南極ツアーの添乗員を命じられる。旅行客の中に拓海の大伯父である老人がいることが添乗員を命じられた理由かと思われた。ツアー客を乗せたチャーター機は南極を目指して出発するが、南極上空にさしかかると突然エンジンが停止し、不時着を余儀なくされる。拓海はツアー客のランディ・ベイカーと二人で物資を求め、近くの閉鎖された旧ソ連基地へ向かう。同じ頃、南極大陸内部にあるドームふじ基地から半日ほどの行程にある航空拠点を目指して雪上車で移動していた日本南極観測隊の伊吹らは、クレバスの調査で飛ばしたドローンにより飛行機の残骸を発見する。ドームふじ基地との交信が途絶える中、通信機が救難信号を受信する。一方、1945年、ペナン島の日本海軍基地に駐屯していた一式陸攻の搭乗員・星野信之らはドイツ人の科学者を南極のドイツ基地に送る任務を命じられる。同行するのは科学者の娘で星野が密かに想いを寄せていたロッテ。星野は任務の重大さを感じながらも、ロッテと一緒に搭乗することに胸が躍る。やがて、ドイツ軍基地に到着するが、そこで行われていた実験は星野らの想像を遥に超えるものだった。
 物語は現在を舞台にするツアーコンダクターの拓海の視点のパートと、昭和基地の隊員・伊吹の視点のパート、更には1945年を舞台にする一式陸攻の搭乗員・星野の視点の3つに分かれて進みます。不時着した飛行機から拓海らは脱出することができるのか。謎の多いランディ・ベイカーの正体は何なのか。拓海の大伯父は何の目的でツアーに参加したのか。戦時の南極でナチスが行っていた実験とは何なのか。様々な謎が過去のパートと現在のパートが繋がるところから明らかになっていきます。これらが明らかになってくると、この作品がミステリというよりSF小説(あるいはSF冒険小説)であることがわかってきます。江戸川乱歩賞という名前からくる印象から最も離れた受賞作ですね。
 ヒトラーがオカルト的なものに興味を抱いていたことは、歴史上真実のようですが、このヒトラーのオカルト趣味が現実に成就したような設定は、昔の少年漫画的、あるいはちょっとB級SF的であり、最終的に結局ナチスが敵であるというのは、どこかにあるようなストーリー展開です。
 ただ、戦時に生きる若き軍人とユダヤ娘の恋の行方を描く恋愛要素が入ったところのラストは、個人的には好きです。
※題名の「到達不能極」とは、陸上で最も海から遠い点、または海上で最も陸から遠い点でそうです。この作品では旧ソ連の「到達不能極基地」を指します。
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