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西條奈加の本棚

  1. 秋葉原先留交番ゆうれい付き
  2. 刑罰0号
  3. 雨上がり月霞む夜

秋葉原先留交番ゆうれい付き  角川書店 
  秋葉原といえば僕が東京で暮らしていた時代は電気街で、様々な電気製品を売る店が集まる場所という印象でした。ところが今では、電気街という以上に有名なのはオタクの聖地であること。ここ何年も訪れたことがない秋葉原ですが、今ではAKB劇場もあるし、メイド喫茶もあるし、アニメのフィギュアを売る店もあるし、とにかく、この本の冒頭にも書いてあるように、オタクたちが歩き回っている町のようです。
 この秋葉原の中央通りを西に折れ、蔵前橋通りに面したところにある先留交番。実際は駐在所で、権田利夫という外見はトドのような警官がいるのですが、ここに奥多摩の駐在所に勤務していた向谷弦が女性問題で謹慎処分となり、先輩の権田を頼って転がり込んでくるところから物語は始まります。問題は、霊感の強い向谷が奥多摩から来るときに膝の下の足しか見えない(それも向谷にしか見えない)幽霊を連れてきたこと・・・。
 イケメンだが女性に見境なく、頭はちょっと緩い向谷と、メガネをかけたトドのような外見でオククの警官だが実は東大出という権田のコンビが秋葉原で起きる事件を解決していくユーモア・ミステリーです。
 物語の全体を通して足しか見えない幽霊である季穂の事件の捜査をする権田と向谷、そして季穂を描きながら、冒頭の「オタクの仁義」ではネット・オークションで手に入れたフィギュアの強奪事件を、「メイドたちのララバイ」ではメイド喫茶のメイドが抱きつき魔に襲われる事件を(この前半2作はオタクの町らしい事件です。)、「ラッキーゴースト」では3歳児の失踪事件を(これはちょっと泣けるハートウォーミングな話です。)解決する権田たちを描きます。
 後半2作、「金曜日のグリービー」と「泣けない白雪姫」で、季穂白身の事件の真相が明らかにされますが、季穂を殺した犯人が判明したかと思ったら、最後にもうひとひねりがあって、意外な展開になっていきます。これでは家庭的に恵まれなかった季穂に追い打ちを
かけるようで、あまりにかわいそうな展開です。
 とにかく、この作品の売りはイケメンだけど頭の緩いの向谷とトドのような外見なのに東大出の切れ者の権田という内面と外面のイメージが正反対な者同士のコンビのおもしろさにあります。さて、シリーズ化はされるでしょうか。
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刑罰0号  徳間書店 
 佐田行雄は広島に佐む74歳の被爆者である男性。ある日、散歩をしていた途中で茂みの中から飛び出してきた3人の少年のうちのひとりとぶつかり倒れ込む。その少年は佐田の腕にあった被爆によるケロイドの跡を見て、「さっさとくたばれ、くそじじい」と言い放って逃げる。その後訪ねてきた刑事によって、彼らが女子高校生を監禁し暴行を加えていた容疑者であることを知る。その少年が気になった佐田は、ひとりで町の中を少年を探し始めるが・・・。
 連作短編集かと思いきや、実はひとつの物語であり、冒頭の表題作でもある「刑罰0号」はその導入部にあたります。“0号”は、死刑制度廃止の声を背景に、罪を犯した者に被害者が体験した記憶を追体験させることを目的に開発されたシステムでしたが、実験を施された加害者である被験者たちが、その記憶に耐えきれず、死亡、発狂、重度の精神退行あるいは意識不明のままという状況に陥り、実使用は中止されます。しかし、開発者である佐田博士が、ある目的のために“0号”を使用したことから物語が動きだします。
 冒頭の「刑罰0号」を始め、「疑似脳0号」、「エレクトラ」等SFミステリという体裁を取っており、どれもが、後半でそれまで見ていた情景が180度ひっくり返すという、読者をあっと驚かせる仕掛けが施されています。
 最初は冒頭の「刑罰0号」のストーリー展開から、先頃読んだ小林由香さんの「ジャッジメント」のように、死刑制度をテーマにした作品かと思いましたが、後半は話の世界がグローバルになり、イスラムのテロリストが登場するなど、着地点がまったく予想できませんでした。ラストは、なぜ佐田行雄が表題作の主人公として登場したのかが納得できる結末となっています。 
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雨上がり月霞む夜  中央公論新社 
 大坂堂島の紙問屋・嶋屋を営んでいた上田秋成は、町一帯を襲った火事によって店を失い、幼なじみの雨月の住む香具波志庵に居候することになる。ところがその雨月は妖しを見ることができるようで、ある日出会った妖しを香具波志庵に連れてくる。その妖しは子兎に身を変えて、雨月や秋成と暮らし始めるが・・・
 江戸中期の読本「雨月物語」に材を取った9編が収録された連作短編集だそうです。「雨月物語」といえば、知識として上田秋成という人の書いた怪異譚ということを知っているだけで、読んだことはありません。収録された9編は「紅蓮白峯」、「菊女の約」、「浅時が宿」、「夢応の金鯉」、「修羅の時」、「磯良の来訪」、「邪性の隠」、「紺頭巾」、「幸福論」ですが、Wikipediaによると上田秋成の「雨月物語」に収録されている話は、「白峯」、「菊花の約」、「浅茅が宿」、「夢応の鯉魚」、「仏法僧」、「吉備津の釜」、「蛇性の婬」、「青頭巾」、「貧福論」と、それぞれ題名が少しずつ違っています。「仏法僧」から大きく変わった「修羅の時」にも“仏法僧”のことが出てきます。「吉備津の釜」から大きく題名の変わった「磯良の来訪」は吉備津の“釜”は全く話に登場しないので、これをもじった題名にするわけにはいかなかったのでしょうか。
 それぞれ9編は「雨月物語」を下敷きに、それぞれのラストの先を描くようなストーリーなど、新たなストーリーへと紡がれています。ウィキペディアを見ると、かなり怖そうな「吉備津の釜」が、こちらの「磯良の来訪」では、ホラーではなくハッピーエンドのラストとなっています。ただ、体裁としては逆にここで雨月と共に秋成が経験したことが「雨月物語」を書く下敷きとなったという形になっています。
 この物語はそれぞれで語られるストーリー以外に、全体を通して、妖しの姿を見ることができる雨月といういかにも謎めいた行動を見せる男のことを次第に明らかにしていきます。冒頭からたぶんああなんだろうなあと予想していましたが、うまくミスリードされましたね。
 西條さんのストーリーの面白さにグイグイ引き込まれていきます。「雨月物語」を知らなくてもまったく問題はありません。 
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