記憶屋 | 角川ホラー文庫 |
第22回日本ホラー小説大賞読者賞受賞作です。ホラー小説を謳っている賞の受賞作ですが、幽霊や得体の知れないものへの恐怖という話ではありません。自分が好きだった女性が自分のことを忘れてしまったことを知った主人公が、マイナーな都市伝説のひとつとしてあった、消したいと思う記憶を消してくれる“記憶屋”の正体を探っていく話です。 遼一は大学の飲み会で一人の女性に目を奪われる。彼女は幼い頃、夜暴漢に襲われたトラウマから夜間外を歩くことに異常と思えるほど恐怖を感じていた。遼一は彼女の恐怖を取り除こうと何度も試みたが、改善はされなかった。ところがある日彼女と会った遼一は、彼女が遼一のことを忘れていること、夜間への恐怖がなくなっていることを知り、彼女が“記憶屋”を頼ったのではと考える。また、大学に講演に来たOBの弁護士・高原と出会った遼一は自分の記憶が飛んでいることに愕然とする。もしかしたら、自分も“記憶屋”に会ったのではないか・・・。 物語は遼一の“記憶屋”探しをメインにして、途中に高原弁護士事務所でアルバイトをする外村や高校生の要、あるいはその叔父の正を主人公に彼らの周囲で“記憶屋”によって記憶を失った人のエピソードが挿入されていきます。この構成では“記憶屋”繋がりの連作短編集という形でもよかったかもしれません。 誰でも忘れてしまいたい、二度と思い出したくないと考える過去は生きてきた中でいくつもあるでしょう。僕自身もそうです。思い出すたびに後悔したり、恥ずかしくなったりすることはいっぱいです。本人が忘れたいと思う記憶でも、消すことは本人にとってよくないと考える遼一でしたが、果たしてどうなのでしょうか。簡単に結論が出せる問題でもありません。 ラストは予想外の思わぬ事実が明らかとなりましたが、“記憶屋”にとっては悲しいラストでした。 |
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黒野葉月は鳥籠で眠らない | 講談社 |
新米弁護士の木村を主人公とする4編が収録されたリーガルミステリです。本業が弁護士の作者らしい作品です。ミステリというよりは法律の専門書(特に身近な民法)を一般の人に理解できるように物語仕立てにしたものという感じの作品でした。学生時代に勉強した法律の知識が頭の中に浮かんできて、そういうことかあと思いながら読み進みました。 冒頭に置かれた表題作は、登場人物“黒野葉月”のキャラが強烈な印象を残します。家庭教師をしていた15歳の少女・黒野葉月と性的関係を持ったとして逮捕された大学生・皆瀬を弁護することになった木村。少女の両親と話をしてもう二度と少女に会わないことを条件に示談をすることとなったが、皆瀬はそれを拒否する。黒野葉月が木村に起訴までの日を「めいっぱい長引かせて」と言った意味がわかったときにはなるほどと思ってしまいました。法律の規定をうまく使った解決方法です。ちょっとズルがありましたが。この黒野葉月という女子高校生の行動力には恐れ入りますが、皆瀬はそれで良かったのでしょうかと外野として気になります。 「石田克志は暁に怯えない]は、かつてロースクールで一緒に学んでいた友人の石田を弁護する木村を描きます。石田は子どもができたために「夢より犬切なものができた」と、法律家への夢を断念したが、その子どもが難病で治療には臓器移植しかなく莫大な金が必要となる。ある日、石田は疎遠だった父親に金を借りに行って、口論となり父親を殺してしまう・・・。ロースクールで勉強しているのですから、石田が法律の規定を知らないわけがありません。この作品は謎解きの前に展開がすべてわかりました。伊達に大学で民法を学んだ訳ではないぞ!と鼻高々です。 「三橋春人は花束を捨てない」は、離婚問題を相談される木村を描きます。事務所の近所の弁当屋さんで働く女性の紹介で、木村の元に妻が浮気をしているといって三橋春人という男が相談に来る。離婚に当たって子どもは自分か引き取りたいと言う三橋に木村は離婚が有利に運ぶためのアドバイスをするが・・・。何か事件が起きるわけではありません。依頼人の真意を知ってしまった木村が大いに傷つく1編です。 「小田切惣太は永遠を誓わない」も事件が起きるわけではありません。「石田克志~」同様、法律の規定をうまく使って自分の目的を果たす話です。事務所の先輩・高塚の顧客である著名な芸術家の小田切の家に行った木村は、そこで小田切の態度から小田切の妻らしき 女性と出会う。ところが、高塚からその女性は娘だと告げられる・・・。これも相続の問題で、展開はわかってしまいました。民法の親族・相続編は試験には出なかったけど、興味があって勉強しましたからねえ。 どの作品も法律の条文を適用しただけのものですが、そうだったのかあ~と思わぬ着地がされるという点でおもしろく読むことができます。個人的には表題作が一番の驚きでした。 |
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朝焼けにファンファーレ | 新潮社 |
4章それぞれ語り手を変えながら、司法試験に合格し司法修習に励む司法修習生たちの姿を描いていきます。弁護士でもある織守さんならではの経験が活かされた作品といえます。 第1章「人は見かけによらない」は、弁護士修習で弁護士事務所に配属となった茶髪でイケメンの見た感じ遊び人の修習生・藤掛千尋を事務所の指導役となった弁護士・澤田花を語り手に描きます。交通事故の損害賠償請求の依頼人の女性から事故の件とは別に夫が浮気しているのではないかという相談を受けた澤田と藤掛がどう対応するかが語られていきますが、女性からの電話の件はやはり法律家ならではの気付きですね。この藤掛くん、見かけとは違って気持ちのいい男で、この後の話にも登場してきます。 第2章「ガールズトーク」は、裁判所書記官の朝香夏美を語り手に裁判所で修習をする修習生・松枝侑李を描きます。少年事件でまったく反省の色が見えない少女や口では反省の弁を述べているが口先だけという少年の態度を見て、彼らにどう対峙していくか松枝は悩みますが、少年ならではのまず一番に更生を考えるのかが難しいところです。 第3章「うつくしい名前」は、検察官の君塚を語り手に検察庁で修習をする修習生・柳祥真を描きます。柳は10代で司法試験予備試験に合格しそのまま司法試験に合格したという天才でかつ男前。そんな柳は検察修習で子どもを産んでは殺害した女性の事件に関わりますが、自分が母親に捨てられたという生い立ちを持つ柳がこの女性にどう対峙していくかが読みどころです。 最後の第4章「朝焼けにファンファーレ」は、司法修習生・長野を語り手に各地での司法修習から司法研修所に戻ってきた司法修習生たちが描かれます。SNSで司法修習生の中に脛に傷を持つ者がいるという情報が流れ、更に何者かにより長野の部屋が荒らされます。果たして犯人は、そして”脛に傷を持つ者”は誰なのかが明らかになっていくのですが、読者の前に謎解きの材料がすべて提示されるわけではないので、謎解きとしての面白さはいまひとつ。それよりは、難しい試験を突破し、自分たちが望む法曹へと旅立つ前の不安が色濃く反映された話となっています。 各章で取り上げられる修習生だけでなく、各章の語り手たちも彼らと関わることにより何かを得ていくという構成になっているところも素敵です。 |
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花束は毒 ☆ | 文藝春秋 |
大学生の木瀬芳樹は何げなく入ったインテリアショップで中学生の頃、家庭教師だった真壁に出会う。彼は当時は医大生のはずだったが、なぜかインテリアショップの雇われ店長をしていた。再会を喜び何度か会ううちに木瀬は婚約者との結婚を考えている真壁に「結婚をやめろ」という脅迫状が来ていることを知る。警察に相談することを躊躇する真壁に木瀬は探偵に相談したらと説得し、自分が探してみると探偵事務所を訪ねる。そこで探偵として木瀬の前に現れたのは、中学時代に従兄へのいじめを解決してくれた先輩の北見理花だった。木瀬は北見の調査に同行して真壁への脅迫の犯人を捜すが・・・。 思わぬどんでん返しに唖然としました。この異常なまでの執着心を持つ犯人に対するのは確かに恐ろしいでしょう。果たして、最後の行のあと、木瀬は真実を告げることはできるのか、それとも真実は告げずに黙ったままでいるのか、どちらの行動をとるのでしょうか。これは難しい判断です。しかし、犯人がこれまでに行ってきたことを考えれば、私であれば、真実を述べて断罪されるべきだと思います。ここで黙っていれば今は当事者は幸せでいられるかもしれませんが、犯人の性格を考えれば、きっとこの後自分の意に沿わないことがあれば、人のことなどかまわずに再び犯罪に手を染めるのは間違いない気がします。木瀬!話すんだ! |
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ただし、無音に限り | 東京創元社 |
不思議な能力を持った探偵の遭遇する2つの事件を描いた作品です。 天野春近は推理小説の名探偵に憧れ、探偵事務所を始めるが、主な収入源は浮気調査。ただ、そんな天野には死んだ人間の姿が視え、更に霊がいる場所で眠ると霊が生前に見たものとか、死んだ後に見たものが視えるという能力を持っていた。そんな天野の能力を知る向かいのビルに入っている法律事務所の弁護士・朽木から依頼された仕事は、資産家の老人の死亡の謎。長く患っていた老人が死亡し、病死として処理されたが、葬儀が終わった後になって開封された遺言書では財産の大部分が同居していた中学生の孫に譲ると記されており、自分の取り分が減った長女から納得がいかない、警察が捜査を始めるきっかけをつかんでほしいとのものだった・・・。 ホラーのような設定ですが、霊の姿ははっきり視えるわけでもなく、霊と話もできるわけでもないので、物語は淡々と推理をしていくことになります。 そんな春近の推理の助手となる人物が、2年前に借金を残して行方不明となった運送会社の社長の行方を捜す2話で登場してきます。第1話で被調査者の立場にあり、春近に対し、「霊は視えるが推理は全然ダメだね」と言った羽澄楓です。仕事がない春近が家庭教師を務める生徒として再び登場し、助手として推理のアドバイスをします。今後、ホームズ、ワトソンコンビ(どちらがホームズかわかりませんが)として、シリーズ化されるのではと思ったら、今月第二弾の「夏に祈りを」が発売されましたね。 |
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学園の魔王様と村人Aの事件簿 | 角川書店 |
ライトノベルが好きな高校1年生の山岸巧はある日、別のクラスの御崎秀一に本を拾ってもらい、初めて声をかわす。イケメンで頭のいい御崎だったが、彼にはヤクザの孫だとか、先輩を叩きのめしたという不穏な噂があり、他を寄せ付けない雰囲気を漂わせていた。ひょんなことから御崎にシャワーと着替えを貸すことになった巧は彼と関わるようになって、やがて彼の本当の姿を知っていく・・・。 題名はそんな御崎を同級生たちは陰では“魔王”と呼んでいること、そして、そんな魔王様に対し、クラスで目立ちもしない山岸は単なる“村人”に過ぎないという山岸の卑下からつけられたものです。御崎がホームズ、山岸がワトソンという立ち位置で事件の謎を解いていく学園ミステリーです。 全体を通して、その町の半グレのグループが起こす事件が描かれていきます。第1話ではビル内にある決まったトイレだけいたずらされる謎を御崎が解きます。第2話ではアポ電強盗の逃走した犯人の目撃者が同じ高校らしいと二人が探しますが、そこから犯人を見つけることになります。第3話では学校の亮の屋上から飛び降りて死んだ高校生の死の謎を解き明かします。そして最後の第4話では半グレグループの幹部の一員がアジトで殺害された事件の謎を解き明かします。ここには、巧妙に張り巡らせていた伏線を見事に回収して、読者をあっと言わせるおまけがついています。これにより、単なる高校生ホームズとワトソンには終わらなかったですね。 彼らはまだ高校1年生ですし、続編があるかも。 |
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悲鳴だけ聞こえない | 双葉社 |
表題作を含む5編が収録されたリーガル・ミステリーです。「黒野葉月は鳥籠で眠らない」「301号室の聖者」に続く弁護士の木村&高塚を主人公とするシリーズの第3弾ですが、「黒野葉月は鳥籠で眠らない」は読んだものの、すっかり内容は忘れていました。 ジャンルとしてはミステリーですが、事件が起きて謎解きというものではありません。どの話も弁護士としての仕事をしていく上で出てくる難題にどう対応をしていくかという、若手弁護士さん必読の作品です。 冒頭の表題作は、顧問となっている会社の社長から、社長あてにあった社内のパワハラの告発について、真実かどうか調査をしてほしいと依頼を受ける話です。この中でも語られていますが、パワハラはやっている側がパワハラと思っていないこともあり、また、同じ言い方でもパワハラだと思う人も,いやそうではないと思う人もいて、なかなか難しい問題です。 「河部秀幸は存在しない」は、弁護士の名刺を出したので信用したら、実は名刺は勝手に詐欺者たちに使われていたものだったという話です。名刺は通常、それを渡してくれた人の名刺だと思いますよねえ。 「無意味な遺言状」は、木村の事務所で扱った遺言書案件が2件語られます。放蕩息子には財産を残したくない、全額をもう一人の相続人である孫娘に譲りたいという男性に対し高塚が一計を講じる話には、大学時代に学んだ相続の知識が記憶の底から浮かび上がってきました。外国を放浪している弟には遺産をもらう権利がない、父親の事業を引き継ぎ、一緒に暮らしている長男の自分が全額を相続すべきだと父親を連れて遺言書の作成に来た長男に対し、次男にも財産を残したいと言う父親の気持ちをどうするか木村たちが考えた案が描かれます。 「依頼人の利益」は自己破産の申し立ての話です。ひょんなことから、妻の名前の学資保険の存在を知ったが、管財人が気が付いていないなら黙っていてくれと頼まれるが、万が一黙っていてその存在がわかれば自己破産ができないことになってしまうと、依頼人の利益になるのはどちらなのか悩む木村を描きます。 「上代礼司は鈴の音を胸に抱く」も遺産分割に関わる話です。亡くなった父親の遺産分割協議に来た相談者に実は母を異にする兄弟がおり、更に、遺産を調査すると遺言書が書かれた以降に処分された財産があったため、もしかしたら父親が女性に貢いだのかと考えられたが実は・・・という話でした。 |
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彼女はそこにいる | 角川書店 |
庭のある一軒家に引っ越してきた中学生の茜里。しっかり者の姉としてひとつ歳下の性格のまったく異なる妹・春歌の面倒を見ながら新しい学校での生活を送っていた。ところが、ある日、妹が捨ててあった人形を拾ってきたことから、茜里は髪の長い女の子が出てくる夢を見るようになり、また、家の中で家族のものではない長い髪の毛が見つかったり、知らぬ間にテレビがついたり消えたりと、気味が悪いことが起こるようになる。人形が原因だと考えた茜里は人形を捨てるが、知らぬ間に戻ってきていた。実はその人形は茜里のクラスメートの美波が霊感のある祖母の考えで捨てたものであり、茜里は美波の祖母に助けを求めるが・・・。この第一話が一番ホラーらしかったですね。ラストにはどんでん返しもあって、ここは織守さんに見事に騙されました。 不動産会社に勤める朝見は、社長の友人で大学のOBであるフリーライターの高田にいわくつきの物件はないかと聞かれ、頻繁に借主が変わる一軒家のことを話したところ、興味を持ち、内覧させろという高田に押し切られ現地に向かう。そこで朝見は幽霊らしきものを見て腰を抜かす・・・。高田により、第一話で残されていた不可解な出来事の正体が明らかとされていきます。 そして第三話は第一話、第二話で登場していた近くのアパートに住む三ツ谷の口から、この家に残されていた秘密が明らかとされていきます。ホラーというより、思い込みの激しい男の独りよがりが語られるという感じでしょうか。正直のところ明らかにされた真実には「そうだったのか」くらいの感じで終わってしまって、怖さは感じません。それより、怖ろしかったのは、ある人物の真の姿が明らかにされたことです。これはびっくりですねえ。 |
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隣人を疑うなかれ | 幻冬舎 |
漫画アシスタントの土屋萌亜は住んでいるアパートの隣のマンションに入って行くのを見た女の子が神奈川県の山中で他殺死体で発見された女性に似ていることに気づき、同じアパートに住むライターの小崎涼太に相談する。涼太は隣のマンションに住む姉の今立晶にマンションの防犯カメラを見られないか頼むが、そんな中、土屋萌亜が行方不明となってしまう。涼太はマンションに連続殺人事件の犯人がいるのではないかと姉の晶とともに、同じマンションの夫を刑事に持つ加納彩に協力を求めて、事件を調べる。やがて連続殺人は26年前の5人の女性を殺害し、殺害した女性の持ち物を次に殺害した女性に身につけさせた「スタイリスト」と名付けられた犯人の犯行に類似していることがわかってくる・・・。 昔は隣近所の人と言えば、どこの生まれでどこで働き、子どもはどこの学校に通うなんてことは当たり前のようにわかっていましたが、今は昔と異なり、プライバシーを大切にしますから、隣の人は何する人ぞで、隣人関係は希薄でどんな人が住んでいるのかもわからないようになってきました。マンションとなれば、その関係はなおいっそうでしょう。そうした中で、いったい犯人はマンションの誰なのかというサスペンスストーリーです。 ただ、ラストの怒涛の展開のあとの種明かし、連続殺人事件が26年前の事件と関連があって、その事件の関係者が実は・・・という設定はいくら何でも都合よすぎでしょうという気になってしまい、残念ながらすっきりしませんでした。 |
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