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大山誠一郎の本棚

  1. アルファベット・パズラーズ
  2. 密室蒐集家
  3. 赤い博物館
  4. アリバイ崩し承ります
  5. 時計屋探偵の冒険 アリバイ崩し承ります2

アルファベット・パズラーズ 東京創元社
 人間が描けていないなどと難しいことをいわずに純粋に謎解きを楽しめる2編の短編と1編の中編による連作集です。謎解きを行うのは「AHM」というマンションに住む元弁護士のマンションの所有者、そのマンションに住む翻訳家、精神科医、そして刑事(刑事の年収でいわゆるマンションに住めるのかは疑問ですが)の4人です。
 「Pの妄想」・・・家政婦に毒殺されると恐れて缶紅茶しか飲まなくなった女性が毒入りの缶紅茶を飲んで死にます。あれほど毒入りを恐れていた女性が、何故に毒入りの缶紅茶を飲んでしまったのか、その論理展開は見事としかいいようがありません。
 「Fの告発」・・・メインとなるトリックよりも、警察への通報がなぜその時間でなくてはならなかったかの謎解きがあまりに見事です。
 「Yの誘拐」・・・やはり3編の中ではこの作品が一番でしょうか。12年前に起こった誘拐事件、誘拐された子供の爆死という結果で未解決で終わった事件を被害者の父のホームページで知った4人は真相を明らかにしようとしますが・・・。後半4人による推理がなされ、真相は二転三転します。まさか真相があんな形で現れてくるとは思いも寄りませんでした。
 三作品とも謎解きに徹した本格的パズラーです。シリーズ化して欲しかったのですが。
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密室蒐集家 原書房
 密室事件が起きるとどこからともなく現れ、話を聞いただけで真相を言い当てて、いつの間にかいなくなってしまうという伝説の“密室収集家”。この作品は、密室収集家によって解決される5つの事件を描いた連作短編集です。
 ただ、連作といっても、最初の「柳の園」は1937年の話、最後の「佳也子の屋根に雪はふりつむ」は2001年の話で、その間は64年あるのですが、登場する密室収集家は常に30代前半の容貌のまま。どう理解したらいいのでしょう。その時代その時代の密室収集家がいると理解すればいいのかなと思ったら、リンクのある2作の年齢を重ねた登場人物を知っていましたし、どうもそうではないみたいです。
 ミステリには時に人間が書かれていないなどという批判がされますが、この作品は逆に、余計なものは削ぎ落として徹底的に密室トリックにこだわって書かれたものです。そのため、“密室収集家”がどんな人物かなどはその容貌以外描かれていません。ある意味すっきりしますね。
 5編の中では犯人が密室を作る9つの理由について語った「理由ありの密室」が個人的にはおもしろかったです。ただ、なかには、あまりにご都合主義ではないかなあと思ってしまう部分もあります。特に「少年と少女の密室」の犯人が明らかになったときには、「そんな偶然ありえない!」と突っ込みたくなりました。
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赤い博物館  文藝春秋 
 捜査1課の巡査部長・寺田聡は、容疑者の自宅に捜査資料を置き忘れるという大失態を犯し、警視庁付属犯罪資料館、通称“赤い博物館”に左遷される。そこにはキャリア警察官でありながら、なぜか8年も館長を務めている緋色冴子がいた・・・。
 5編が収録された連作短編集です。物語は、資料館に送られてくる事件の資料を読んだ冴子が、不審な点を見つけると寺田こ命じて再捜査を始め、事件を解決するというパターンのストーリーになっています。冴子はコミュニケーション能力に難があるため、関係者への聞き込みはすべて寺田が行います。ジャンルでいえば安楽椅子探偵ものです。
 冒頭の「パンの身代金」では、商品のパンに針を混入させると脅迫された製パン会社の社長が要求された金を持って廃屋に入ったまま金を残して行方不明となり、その後殺害されて見つかった事件を再捜査します。まったく予想もできない犯人でしたが、その動機はいかがなものかと思ってしまいます。
 「復讐日記」では、元恋人を殺された大学生が復讐を果たした事件を再捜査します。犯人の日記によって事件の状況を語らせる構成が見事にはまっています。この短編集の中では個人的に一番おもしろかった作品です。
 「死が共犯者を別つまで」では、寺田が交通事故の被害者が今際の際に25年前に交換殺人を行ったという告白を聞き、当時の事件を再捜査します。再捜査のとっかかりが強引な気がしますが、題名に込められた意味が何とも言えません。
 「炎」は、夫婦と妻の妹の3人が青酸カリで殺された上、家が放火された事件を再捜査します。収録作の中でこれが一番分かりやすい謎でしたが、ただ、犯人の立場で簡単に青酸カリが用意できるかなあという疑問は大です。
 「死に至る問い」は、26年前に起こった事件とまったく同じ状況で事件が起きたことから、26年前の事件を再捜査します。与えられた事実だけで、ここまで論理的に犯人の行動を推理できるのかという思いもします。
 いわゆるコールドケースあるいは解決済みの事件を論理的に洗い直していくところにこの作品のおもしろさかおりますが、それとは別に、青ざめたように白い肌と肩まで伸びた艶やかな黒髪、年齢不詳の人形のように冷たく整った顔立ちのせいで、まるで雪女のようだと寺田が評する冴子のキャラがこの作品の大きな売りとなっています。なぜキャリアがこんな場所にいるのかは謎のまま残されます。これは次作もありそうです。 
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アリバイ崩し承ります  実業之日本社 
 交番勤務から県警本部捜査一課に異動となった“僕”は、引っ越してきた街を散歩中、時計の電池が切れていることに気づき、アーケードの商店街に見つけた「美谷時計店」に入る。店主は二十代の女性の美谷時乃。店内に「時計修理承ります」「電池交換承ります」という貼り紙のほかに「アリバイ崩し承ります」「アリバイ探し承ります」という貼り紙があるのを見た“僕”は自分が担当している事件の“アリバイ崩し”を時乃に依頼する。
 7編が収録された連作短編集です。どの作品も「時計屋探偵と〇〇」という題名となっており、捜査一課の“僕”から依頼された「美谷時計店」の美谷時乃が、安楽椅子探偵として“僕”が担当する事件での犯人と目されている者のアリバイ崩し(あるいはアリバイ探し)の推理を描くというパターンのストーリーになっています。時計屋がアリバイ崩しをするのは、「アリバイがあると主張する人は、何時何分、自分はどこそこにいたと主張します。つまり、時計が園主張の根拠となっている・・・ならば時計屋こそが、アリバイの問題をもっともよく扱える人間ではないでしょうか」とは、論理的にアリバイ崩しをするにしてはあまりにこじつけという気はします。
 「2019本格ミステリ・ベスト10」(原書房)の国内編第1位になった作品らしく、純粋に論理的なアリバイ崩しを楽しむ作品集です。年齢を重ねるにしたがって論理的な謎解きを読むのが苦手になってきましたが、この作品集は短いページでさらっと謎解きをしていくので、途中で投げ出すことなく読み進むことができました。それにしても、警察が総力を挙げてもできないアリバイ崩しを一度話を聞いただけで行う能力は凄すぎます。
 “僕”は名前すら物語の中で明らかにならず、時乃も祖父と二人暮らしになった理由は語られますが、それ以外は時乃のことは語られず、キャラがはっきりしません。続編ではこのあたりは明らかになるのでしょうか。 
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時計屋探偵の冒険 アリバイ崩し承ります2  実業之日本社 
 5編が収録されたシリーズ第2弾です。容疑者のアリバイに頭を悩ませる那野県警捜査一課の新米刑事である“僕”は、アーケード商店街にある美谷時計店の店主・時乃によってなされたアリバイ崩しによって、他の刑事からはアリバイ崩しだけは得意と思われていた。そんな“僕”が今回も5つの事件の容疑者のアリバイ崩しを時乃に依頼します。
 よくミステリで「人間が描かれていない」という批判がなされることがありますが、この作品集は、そんな批判はどこ吹く風、徹底的にアリバイ崩しに特化した作品集です。
 ダムに落ちた車から資産家の溺死体が発見されるが、第一容疑者である唯一の肉親である甥には、殺害時間とされたときには友人宅にいたというアリバイがあった(「時計屋探偵と沈める車のアリバイ」)。このトリックはミステリ作品にはよくあるトリックで、オーソドックスですね。
河川敷で政治家秘書の焼死体が発見される。秘書は後継者は自分だと周囲に話していたが政治家には後継者とされる息子がおり、その争いから政治家が第一容疑者となるが、殺害事件には資金パーティーを開いており、アリバイを証言する多くの人がいた(「時計屋探偵と多すぎる証人のアリバイ」)。
 資産家が殺害され、容疑者として姪と2人の甥の3人が浮かび上がったが、それぞれにアリバイがあった。“僕”からアリバイ崩しを依頼された時乃は、そのうち一人のアリバイを見事に崩すが・・・(「時計屋探偵と一族のアリバイ」)。時乃のアリバイ崩しが失敗かと思わせて、更にそのアリバイ崩しを含めてのアリバイ崩しがなされる作品です。
 那野県と東京で同時刻に2人の女性が殺害される。容疑者は一人の男性。那野県警と警視庁でその男は自分の事件の犯人だと主張しあうが・・・(「時計屋探偵と二律背反のアリバイ」)。この作品は、今年、第75回日本推理作家協会賞短編部門を受賞しただけあって、個人的にも5編の中で一番面白かった作品です。この事件の場合、どちらかの警察が諦めたらどうなるのでしょうか。
 美術部員がコンクールに向けて製作中の石膏像が金槌でバラバラに壊される。美術室近くで目撃された戊戌部員と交際していた女生徒が容疑者として浮かび上がるがその女生徒にはアリバイがあった(「時計屋探偵と夏休みのアリバイ」)。この作品だけは、“僕”が持ち掛けたものではなく、日頃のお礼に時乃を食事に誘った際に、時乃が語った高校生の時に学校で起こった事件の話となっています。
 相変わらず“僕”の名前はわかりません。 
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