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大崎梢の本棚

  1. 配達あかずきん
  2. 晩夏に捧ぐ 成風堂書店事件メモ(出張編)
  3. サイン会はいかが? 成風堂事件メモ
  4. 片耳うさぎ
  5. 平台がおまちかね
  6. スノーフレーク
  7. 背表紙は歌う
  8. ようこそ授賞式の夕べに 成風堂書店事件メモ(邂逅編)
  9. 忘れ物が届きます
  10. 誰にも探せない
  11. スクープのたまご
  12. 橫濱エトランゼ
  13. 本バスめぐりん。
  14. ドアを開けたら
  15. 彼方のゴールド
  16. さよなら願いごと
  17. もしかして ひょっとして
  18. めぐりんと私。
  19. バスクル新宿
  20. 27000冊ガーデン
  21. 春休みに出会った探偵は

配達あかずきん  ☆ 東京創元社
 表題作を含む5編からなる連作短編集です。駅ビルにある書店・成風堂を舞台に、店員の杏子とアルバイトの大学生多絵のコンビが、書店にもたらされる謎に取り組みます。
 元書店員が描く書店を舞台にしたミステリとなれば、本好きで本屋さんに行くのが大好きな僕としては読まないわけにはいきません。
  「パンダは囁く」は、まさしく元書店員さんらしいミステリです。パンダが何を意味するかは本好きにとってはすぐにわかるのですが、そのあとは元書店員さんらしい発想ですね。「標野にて 君が袖振る」はストーリーはよくある話。後日談もよくあるパターンの話でした。話の中に出てくる『あさきゆめみし』は、妻も発売当時せっせと読んだそうです。
 表題作にもなった「配達あかずきん」は、この作品集の中ではミステリとしては一番でしょう。それだけでなく、登場人物の一人“ヒロちゃん”が個性的で印象に残ります。あんな店員さんがいたら、足繁く通ってしまいそうです。「配達あかずきん」という題名が、ストーリーに見事にマッチしています。「六冊目のメッセージ」は、素敵なラストで、今回の作品集の中では「配達あかずきん」とともに好きな作品です。自分が薦めた本が相手に気に入ってもらえるなんて本好きにとっては最高ですね。ちなみに6冊のうち知っていたのは『夏への扉』だけでした。最後の「ディスプレイ・リプレイ」は、ミステリとしては犯人の予想がついてしまうのですが、後日談がほのぼのとしていて素敵な着地でした。
 表紙カバーも凝っています。ミステリ・フロンティアシリーズの本が並べられていますが、実物とはカバー絵を変えているんですよね。これから発売される『八月の熱い雨』や『ハンプティ・ダンプティは塀の中』までありますよ。
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晩夏に捧ぐ 成風堂書店事件メモ(出張編) 東京創元社
 前作「配達あかずきん」が「本の雑誌」2006年上半期エンターテインメント・ベスト10の第2位を獲得した大崎梢さんの第2作です。
 「配達あかずきん」は、成風堂書店に起こる様々な事件をしっかり者の店員の杏子とアルバイト店員の多絵が解き明かしていく連作短編集で、本好きにとっては、本屋さんの業務が描かれていたりしてとてもおもしろく読むことができた作品でした。それに対して今回は長編です。また、主人公は成風堂書店の店員の杏子とアルバイト店員の多絵のコンビですが、出張編とあるように、成風堂書店が舞台ではありません。
 かつて成風堂で働いていて、現在は故郷の老舗本屋さんの店員をしている美保から、自分が働く本屋に出没する幽霊の謎解きをするよう依頼された二人が長野を訪れます。そこで、彼女らは幽霊出没の原因らしい四半世紀前の老作家の殺害事件の謎に挑むのですが、そんなに都合よく物事が運ぶのかなあと思ってしまうところがところどころに。あれで謎が解けてしまうのでは、あまりに警察は無能だったと言わざるをえませんね。
 ミステリーとしては、前作のようにはいまひとつ楽しむことができなかったのですが、杏子と多絵のコンビは愉快でした。この二人のキャラクターがこのシリーズの魅力ですね。次回シリーズでは再度“書店の謎”に挑む杏子と多絵に期待です。
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サイン会はいかが? 成風堂事件メモ  ☆ 東京創元社
 成風堂書店シリーズ第3弾です。本好き、ミステリ好きにとっては、本屋さんを舞台にしたミステリときては、その設定だけで何はさておき読みたくなってしまいます。
 前作は、本屋という舞台を離れての杏子と多絵の活躍を描いた作品だったので、ちょっと残念だったのですが、今回は1作目と同様成風堂書店の中で起きる謎の解決に奔走する杏子や多絵たちが描かれます。
 「取り寄せトラップ」・・・同じ本に四件の重なった取り寄せ依頼。しかし、連絡をすると4人ともそんな本は頼んでいないという返事が・・・。う~ん、犯人の意図がそういうこと(ネタバレなので伏せます)であるのなら、そもそも4人全員の名前をかたって注文する必要がないのではと思ってしまったのですが。
 「君と語る永遠」・・・社会科見学に成風堂にやってきた小学生の一団の中に不思議な行動をする男の子がいたが・・・。不思議な行動の裏には胸温まる物語がありました。今回収録されている作品の中で一番好きな作品です。
 「バイト金森くんの告白」・・・成風堂での偶然の出会いから好きになってしまった女の子から渡されたのは、雑誌の付録のフォト・ファイル。そしてその雑誌の特集は「ストーカーの心理」にショックを受けたバイトの金森くん・・・。自分の心の中だけでいろいろ考えて、結局悪い方向に考えが向かってしまい、チャンスを逃してしまうのはよくあることです。ましてや、この作品中の金森くんのような性格の人には。
 「サイン会はいかが?」・・・表題作は、他より長めの作品です。「ファンの正体を見破ることができる店員のいる店でサイン会を開きたい」という若手ミステリ作家の要望に手を挙げた成風堂だったが・・・。自分が相手に対して行ったことが自分が思っている以上に、いやまったく違うように相手の心に深い傷を与えるということも、よくあることです。それがわかっていない人物に対して多絵は厳しく臨みます。
 「ヤギさんのわすれもの」・・・常連客の老人が忘れた封筒が思わぬところに入っていて・・・。これは書店員さんでなくては考えつかない隠し場所ですよね。
 好きな本に囲まれて仕事ができるなんて、うらやましいと思ってしまうのですが、実際に携わっている人からすれば、そうとも言えないようですね。この本には、そんな書店員さんの苦労話も書かれています。やはり、隣の芝生は青いのでしょうかね。
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片耳うさぎ 光文社
 父親の経営する会社の倒産により、母親とともに父親の実家の蔵波家にやっかいになることになった小学6年生の蔵波奈都。ある日母親が母方の祖母の病気で週末まで留守になることになり、夜一人で寝るのが怖い奈都は、蔵波家に興味津々の中学生のさゆりに泊まってもらうこととにします。
 講談社のミステリーランドシリーズの1作でもよかったような作品です。田舎の元庄屋の大きな屋敷。隠し階段、隠し部屋、そのうえ片耳うさぎにまつわる言い伝えなど、設定としては横溝正史さん金田一耕助作品みたいです。昔懐かしい本格ミステリの匂いがして楽しく読み始めました。ただ、小学生が主人公のため、横溝作品みたいなおどろおどろしい話にはなりませんが。
 奈都が小学生の割には大人びていすぎますが、子どもを対象とした作品ではないので、まあよしとしましょう。
 最後まで片耳うさぎは誰なのか、蔵波屋敷に隠された秘密は何なのかという謎に楽しむことができました。ラストで明らかにされるあの人の正体も意外でしたし(せまい村にいて誰も気がつかなかったのかなあという気はしますけど)。
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平台がおまちかね  ☆ 東京創元社
 大崎梢さんの新シリーズ(たぶん、シリーズ化されると思いますが)は、成風堂書店シリーズと同じ本屋さんを舞台にしたいわゆる“日常の謎ミステリ”です。表題作をはじめとする5編からなる連作短編集です。
 主人公は中堅どころの出版社の新米営業マン。物語は彼の周囲で起こる事件を描いていきます。事件といっても、殺人とかいう血なまぐさいものではありません。自社本を多く売ってくれた書店に挨拶に行ったら店長になぜか冷たくされたとか、出版社の営業マンたちのアイドルである女性店員の様子がおかしいとか、会社が主催する文学賞の受賞者に盗作の疑いが出てきたりとか、平台に並べられた本の位置がいつの間にか変わっていたり等々書店を巡る事件に主人公が翻弄されます。
 本好きにとっては成風堂シリーズもそうですが、本屋さんを舞台にした物語は読んでいて楽しいですね。ラストの“ときめきのポップスター”のポップ販促コンテストでの各営業マンの選んだ作品には、僕ならあれだなとストーリーは別にして嬉しくなってしまいます。
 登場する各出版社の営業マンがそれぞれ個性的なキャラクターというところもこの作品の魅力の一つです。なかでも常に女性に関心が向かってしまう真柴くんが軽いキャラでありながら、主人公井辻くんを助けていい味出しています。
 成風堂書店シリーズを読んでいる人には、あれっと思うところもあってファンとしてはこれまた嬉しいです。
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スノーフレーク 角川書店
 小学生の頃、一家心中の犠牲となった幼なじみの生存を信じた女子高校生が、事件の真相に迫っていく青春ミステリです。帯に青春ミステリとあっただけで、つい手に取ってしまいました。今回は成風堂書店シリーズのような日常の謎ミステリではありません。
 高校卒業を前に真乃の周りに死んだはずの幼なじみによく似た男が出没したことから、彼女は事件の関係者を訪ね心中事件の真相を追います。「果たして幼なじみは生きているのか?」という謎で読者を引っ張りますが、廃工場の中に住んでいる人々の存在や石ちゃんという人物の行動等々ちょっと無理があるよなあという部分によって成り立ちすぎたストーリーとなっているため、もうひとつ物語の中に入り込んでいくことができませんでした。ラスト近くである秘密が明かされますが、それも唐突だったかという嫌いがしないでもありません。
 題名の「スノーフレーク」は、ヒガンバナ科のスズランによく似た花のことだそうです。「スノードロップ」は有名ですが、それとはまた違う花のようですね。
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背表紙は歌う  ☆ 東京創元社
 中堅出版社に勤める営業マンの井辻くんを主人公にしたシリーズ第2弾、5編からなる短編集です。ミステリとは謳っていますが、内容は日常の謎、それもささやかな謎なので、解けた際にそれほどの驚きがあるわけではありません。ただ、その謎は、本や本屋さんに関わる謎なので、本好きにとっては楽しく読むことができる作品となっています。
 他の会社の営業マンに“ひつじくん”と呼ばれる、井辻くんの気弱なキャラが、この作品の雰囲気に似合っています。個性的な他社の営業マンの登場が今回は少なかったですが、“ひつじくん”と呼ぶ真柴の活躍は嬉しいです。
 ラストは大崎さんのもう一つのシリーズ、“成風堂書店シリーズ"のたぶん大学生のバイトの子ということから“多絵”が提示したなぞなぞがメインの話となっており、大崎ファンとしては嬉しい限りです。井辻くんと杏子、多絵が出会う話も今度は期待できるかもしれません。
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ようこそ授賞式の夕べに 成風堂書店事件メモ(邂逅編)  ☆ 東京創元社
 書店大賞授賞式の日を舞台に、書店大賞(これはもちろん「本屋大賞」がモデルですね。)の事務局に届けられた怪しげなファックスの謎を解くために奔走する成風堂書店の杏子とアルバイトの多絵、そして明林書房の営業マン・井辻くんらの活躍を描いていきます。
 書店大賞授賞式の日、会場に向かおうとする杏子と多絵の元に福岡の書店のアルバイト・花乃が書店大賞事務局に届いた不審なFAXの謎を解いて欲しいと訪ねてくる。一方、書店会場に出掛けようとしていた井辻の元に他社の営業マン・真柴から書店大賞事務局長が抱える重大問題の解決のためにすぐ来いと呼び出しを受ける。書店大賞に関わる謎にそれぞれ別々に関わった杏子・多絵と井辻・真柴らが、やがて出会い、力を合わせてその解明に取り組んでいきます。
 そもそも本に順位をつけるのはいかがなものかという問いかけや、元々は本当に読んでほしい本を掘り出すことが目的だったのに、今ではベストセラー本がベスト10の上位になってしまうという問題など、現実の本屋大賞でも話題になることが描かれて、興味深く読むことができます。
 ミステリとしてはいまひとつですが、「成風堂書店事件メモシリーズ」と「出版社営業・井辻智紀の業務日誌シリーズ」の登場人物がコラボする、大崎ファンにとっては嬉しい作品になっています。
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忘れ物が届きます  ☆ 光文社
 誘拐事件のあった日、誘拐された小学生の友人の父親が使われなくなったビルから転落死した事件の真相を描く「沙羅の実」、女子中学生が学校の美術準備室に呼び出され、襲われた事件の真相を描く「君の歌」、以前先輩から頼まれた電話を1時間遅れてかけたことがわかったことから浮かび上がってきた疑惑を描く「雪の糸」、近所で起こった強盗事件で隣家の主婦が疑いのかけられた息子のアリバイ証言をしてくれた真相を描く「おとなりの」、老婦人が語る幼い頃に起こった兄が愛した人の失踪事件の真相を描く「野バラの庭へ」の5話が収録された短編集です。
 どの作品も過去に起きた事件が何年(あるいは何十年)か経ってから別の面が浮かび上がってくるという体裁をとっていますが、浮かび上がってきた真実のストーリーはどれも心温まったり、ホッとしたりするもので、読む人を温かい気持ちにさせてくれます。
 その中でも「沙羅の実」は、読者をあっと言わせるどんでん返しのラストとともに、ホロッとさせられる素敵な話ですし、「君の歌」は、女の子の淡い恋心が愛おしい話となっています。
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誰にも探せない  幻冬舎 
 幼い頃祖母の持っていた幻の村の地図をこっそり手に入れた晶良は幼馴染みの伯斗と幻の村探しに夢中になっていた。中学に入る頃に、伯斗は幻の村探しを止めると宣言し、次第に二人の交流はなくなっていった。そんなある日大学生となった晶良の元に、伯斗が突然現れ、「埋蔵金が眠る幻の村を探そう」と晶良を誘う。心にわだかまりを感じながらも、晶良は伯斗とともに幻の村探しを始めるが・・・。
 物語は現在放映中のNHK大河ドラマ「真田丸」にも登場した武田の重臣、六山梅雪の埋蔵金を深そうとする晶良たちに“お宝”を狙う危ない連中が加わって、“お宝”の争奪戦が始まります。
 地元を舞台にした話だったので、知っている場所も出てきて(例えば、武田通りを上がっていったところにある晶良の通う大学は国立大学法人山梨大学です)、興味深く読み始めたのですが、謳い文句の青春ミステリーとしてはいまひとつ。そもそも、東京から逃げて幻の村に向かった男が幻の村の場所を知らないのに、なぜそこに預かった大事な物を隠しに行くのかが、まったく理解できません。もうそこで、いっきに読む気力がダウンしてしまいました。
 ラストも、何だかなあという感じで終わります。 
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スクープのたまご  ☆   文藝春秋 
 このところ、ベッキーの不倫騒動を始め、甘利大臣の現金授受問題、そして宮崎謙介議員の不倫に舛添都知事の政治資金規制法違反と、「週刊文春」のスクープはとどまるところを知りません。そんな週刊誌の記者に対する僕らの印象はといえば、手段を選ばず、また他人の迷惑など考えもせず、スクープのためなら何でもするヤクザと変わりない者たちという批判的なものが強いです。ところが、この作品には、そんな週刊誌の記者のイメージとはほど遠い女性、信田日向子が登場します。
 誰もが予想しなかった一発逆転で模擬試験の判定Dランクの大学に奇跡的合格、更には就活では次々と玉砕していたのに、なぜか大手出版社「千石社」に内定してしまった信田日向子。新人として、PR誌編集部門に配属されるが、1年後、「週刊千石」の編集部に配属された同期の桑原が、ストレスから身体を壊して異動することとなり、その後任になぜか日向子に白羽の矢が立つ・・・。
 日向子は僕らが思っている非道な週刊誌記者のイメージとは異なり、地味で外見はまだ学生とも言っていい女の子。果たして、人生の修羅場など経験したこともない女の子が週刊誌記者としてライバルを蹴落としてスクープが取れるのかと思ってしまいますが、そこは小説だからと考えて読み進まないと楽しむことができません。
 やがて、日向子なりに企画を考え、編集部の中で存在が認められていきます。更に、それまでに彼女が行ってきた取材がある事件に繋がってきて、大きなスクープへというストーリーになっています。
 まだまだ駆け出しの日向子のキャラですから、今後シリーズ化していく予感も。同期の桑原ともなかなか良い関係で、果たして恋愛にまで発展するのかも気になるところです。 
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橫濱エトランゼ  講談社 
 子どもの頃、面倒をみてもらった近所に住む7歳年上の小谷善正に恋心を抱いている千紗は、彼が働く「ヨコハマ・ペーパー・コミュニテイ」、略称“ハマペコ”というフリーペーパーを発行している横浜タウン社で編集長が病気療養のため、編集長代理となった善正の近くにいたいと半ば強引にバイトとして採用してもらう。そんな千紗の前にタウン誌の編集を通して横浜の街に関わる様々な謎が提示されるが・・・。
 5編が収録された連作短編集です。それぞれで語られる謎は次のとおり。
 関東大震災で崩れ今はもう存在しない「元町百段」という階段に、年齢的に登ることができない女性が、夫とよく登ったと言ったのはなぜなのか(「元町ロンリネス])。
 「洋館七不思議」のサイトを見たビストロのシェフが顔色を変えたのはなぜなのか (「山手ラビジンス」)。
 「見晴らしのよいとびきりの場所を知っている。今は入れないけどいつか君を連れて行きたい」とプロポーズしたという千紗の同級生の祖父が言った場所とはどこなのか (「根岸メモリーズ」)。                       ゛
 “ハマペコ”の大口スポンサーであり、コラムも書いている寿々川喜一郎が、急に怒り出して“ハマペコ”とのつきあいを全部止めると言いだしたのはなぜなのか(「関内キング」)。
 アメリカに住み、結婚間近と言われていた従姉妹の恵里香が突然帰国したのはなぜなのか(「馬車道セレナーデ」)。
 こられの謎を千紗は善正と解き明かしていくのですが、それとともに横浜の名所や歴史が語られます。山手の洋館は知っていても「元町百段」も、キング、クイーン、ジャックという「横浜三塔」も知らなかった僕にとっては新たな発見ですし、乗合馬車がすぐに廃れてしまった理由や米軍に接収されたままなかなか返還されなかった建物があったというところは、おもしろく読むことができました。横浜を知っている人にとっては千紗の歩く道を頭に思い浮かべるだけで楽しむことができたのでは。
 ただし、謎解きとともに語られる千紗の恋ですが、小学生の頃の憧れのお兄さんを高校生になってもひたすら恋し続けるものなのでしょうか。それに、善正と千紗の従姉妹の恵里香との関係も今現在の関係はラストで語られているにしても、どういう経過があったのかが描かれていないので、三角関係の恋模様がよく理解できませんでした。 
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本バスめぐりん。  東京創元社 
 定年退職後の嘱託社員の期間も終わり、パソコン教室のボランティアも終了して何もすることがなくなった照岡久志は、友人からの依頼で移動図書館“めぐりん”のバスの運転手となる。この作品は、60歳半ばで移動図書館の運転手となった照岡久志(テルさん)と図書館司書の20代の女性、梅園菜緒子(ウメちやん)という40歳も年が離れたコンビが遭遇する日常の謎(実は“謎”というほどのものではありません。)を描く連作短編集です。会社人間だった久志と若くて思い込んだら突っ走る菜緒子の2人が、いわゆる“迷コンビ”で謎を解き明かしていく様子が読んでいて楽しい作品です。収録されている話は次の5編です。
 本の間に大事なものを挟んだまま返却してしまったという利用者の相談を受けた菜緒子は、次に借りた人に聞いたところ、何もなかったと言われる・・・「テルさん、ウメちやん」
 かつては高級住宅街だった殿が岡住宅街は高齢化の波により、人口が減少し移動図書館のステーション廃止も取りざたされていた。どうにか利用者を増やそうと近くの幼稚園の園児たちに来てもらうことを考えたが・・・「気立てがよくて賢くて」
 周囲に会社が立ち並ぶステーションを利用する営業マン、野庭にどうも菜緒子は惹かれているらしい。しかし、野庭には久志が見てひっかかるところがあった・・・「ランチタイム・フェイバリット」
 公団住宅のステーションを1人の女の子が利用するようになる。美しい顔立ちに彼女はステーションの常連客のアイドルとなるが、何か事情を抱えているらしい・・・「道を照らす花」
 めぐりんが市民祭りに参加することになり、菜緒子たちは張り切るが、そんなとき図書館に移動図書館の運転手についての苦情のハガキが届く・・・「降っても晴れても」
 カウンターを隔てた図書館よりも、借り主との距離が近い移動図書館だからこそ、テルさんやウメちゃんに謎が届きます。会社という社会しか知らなかったテルさんも、移動図書館の運転手をすることにより、自分が暮らす町の姿を知るようになります。このところワイドショーでも話題となる地域による保育園(幼稚園)建設反対の声、高度経済成長期に次々に建設されたニュータウンの高齢化の問題などの時事ネタも絡ませながら描かれていくのはコミュニティーの姿です。
 公共の図書館が車に本を積み込んで回るという移動図書館のことは知っていましたが、今までその存在を実際に見たことはありません。地元の図書館のHPを見ると、3500冊の本を載せて、市内33箇所を月2回ずつ回っているとあります。近くの団地にも来ているようですが、知らなかったなあ。 
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ドアを開けたら  祥伝社 
(ちょっとネタバレ)
 鶴川佑作は独身で無職の54歳の男。マンションの同じ階に住む串本から借りた雑誌を返すため部屋を訪ね、インターフォンを押したが応答がなく、鍵もかかっていなかったため、心配になってドアを開けて中に入ると、居間で串本の死体を発見する。警察に通報したくない事情があった佑作はそのまま家に戻ると、高校生の男の子が訪ねてきて、串本の家に入ったところをビデオに撮った、警察に通報されたくなければ部屋の中に落とした財布を取ってくるよう脅迫され、嫌々ながら部屋に戻って財布を回収する。翌日、通報する覚悟を決めた佑作が佐々木という名前だと知った高校生と串本の部屋を訪ねると、前日あったはずの死体が消失していた・・・。
ドアを開けたことによって死体発見という非日常に直面してしまった、リストラ担当の役割に疲れて会社を早期退職した佑作と、学校を休んでいる訳ありの高校生・紘人の二人が東奔西走する話です。ただ、メインだと思った消えた死体の謎は途中であっさりと判明してしまいます。本の紹介を読んで臨んだ身としては、ここはちょっと肩透かしです。
 祐作らが調べるのは、串本の死の直前の奇妙な行動です。同じマンションの主婦たちから、少女たちに興味を持つ異常者扱いされる串本に対し、祐作はそんな人ではないと串本の行動の意味を探ります。マンションの住人というと、「隣の人は何する人ぞ?」と、隣人のことはわからない、隣人とは関わらないというのが現在の状況ですが、この作品に登場するマンション住民は割といい人が揃っています。そんな住民の助けを借りて事件解決というハッピーエンドの物語に仕上げているのは大崎さんらしいところでしょうか。 
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彼方のゴールド  文藝春秋 
 6編が収録された連作短編集です。
 目黒明日香は大学卒業後、出版社の「千石社」に入社し、営業をしていたが、入社から2年が経ったある日、スポーツ雑誌の「Gold」編集部への異動を命じられる。小学校の途中までスイミングスクールに通っただけでスポーツのことなど何も知らない明日香だったが、仲間たちに助けられながらやがて一人の編集者として独り立ちしていく・・・。
 作品は、プロ野球、陸上、バスケットボール、サッカー、水泳といったスポーツ選手との関わりはもちろんありますが、競技が主たるテーマの作品ではなく、あくまでも明日香の成長を描いていくお仕事小説です。そして、明日香ばかりではなく、フリーライターの鍋島や、カメラマンの凡野の仕事に対する姿勢や思いも描かれるという働く女性を描く作品でもあります。
 「水底の星」で描かれる小学校時代の同級生、朋美と裕の現在がラストの「速く、強く、熱く」で描かれたのは、ホッとしました。特に、小学生にしてあんなに気性の激しい朋美が成長してどうなるかは気になりましたから。
 舞台となる出版社が「千石社」ということで、「スクープのたまご」の主人公である信田日向子が明日香の同期として顔を覗かせます。相変わらず「週刊千石」で頑張っているようです。 
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さよなら願いごと  光文社 
(ちょっとネタバレ)
 それぞれ主人公を別にした3つの話が関わり合って、やがてある事件の真相が浮かび上がってくるという形の物語です。
 冒頭の「願いごとツユクサ」では小学4年生の琴美を主人公に同級生のチカの家の農園を手伝いに来ていた“佐野くん”との探偵譚が語られます。それが終盤、兄のように慕っていた佐野に不審なそぶりが見られ、ラストは読者をに「えっ!」と言わせる終わり方となっています。大崎さん、うまく読者を引き付けます。
 次の「おまじないコスモス」は中学3年生の永瀬祥子が主人公。「え?前の話はどうなったの?」と読者を唖然とさせながら、冒頭は前作とはまったく関係なく、物語は祥子が片思いの野球部の土屋拓人から思いもかけない話をされ、気を揉む様子が描かれます。やがて30年前に町で起こった少女絞殺事件のことが出てきますが、ここにこんな落とし穴が隠されていたとはねえ。これまたラストで読者をハラハラさせる終わり方となっています。
 「占いクレマチス」は高校2年生の呉沙也香が主人公。所属する新聞部の学園祭の発表テーマとして建設途中で工事が中止にされたままの廃ホテルを取り上げた沙也香らが、やがて調べていく中で30年前の少女絞殺事件や道路建設を巡る政治的対立問題に対峙していきます。ここにいたって、ようやく小学生、中学生、高校生の女の子を主人公にした3つの話の繋がり、30年前に起こった少女絞殺事件、犯人が逮捕されたが無実を訴えたまま裁判中に死ぬという事件がクローズアップされてきます。とにかく、読者としては大崎さんに騙されることのないよう、読み進んでいかなければなりません。油断していると思わぬ方向にミスリードされてしまいます。 
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もしかして ひょっとして  光文社 
 6編が収録された短編集です。
 「小暑」では、電車で赤ちゃんを抱えて実家に向かう私に、前の座席の老婆が同じ「ななちゃん」という姪がいたという昔話を語る話です。これは話そのものより作者のミスリーディングにものの見事に引っ掛かって「やられたなあ」となる話です。ただ、注意深い人には最初からネタバレしてしまっているのですよねえ。文庫化の時には考えて欲しいものです。
 「体育館フォーメーション」は、生徒会役員をやっている研介のもとにバスケ部の酒々井の下級生へのパワハラがひどすぎるという苦情が殺到する話です。酒々井に注意に行った僕に、酒々井は「あと二日だ」という。果たして二日後にどうなるのか・・・。
 「都忘れの理由」では、長年通ってくれていた亡き妻とも仲の良かった家政婦さんが急に辞めてしまったことに、何か自分に問題があったのではと狼狽える老人が描かれます。果たして、家政婦さんが急に辞めた理由とは・・・。
 「灰色のエイミー」では、高校の同級生だった女性から猫を預かったことは誰にも言わないで欲しいと言われて猫を預かったが、女性が交通事故に遭って入院してしまい戸惑う青年を描きます。猫を預けたことを誰にも黙っていて欲しいと彼女が言った理由とは・・・。
 「かもしれない」では、娘に「りんごかもしれない」という絵本の読み聞かせをしていた男が、2年前、ウイルスメールを開いて社内に感染させるというミスをしたことにより、会社を出向になった同僚が、なぜ彼らしからぬミスを犯したのかに思いを馳せ、真実は違っていたのではないかとあれこれ考える様子を描きます。「りんごかもしれない」はヨシタケシンスケさんによる実際にある絵本です。りんごがりんごではないかもしれないと疑う男の子が、ひょっとしたらと延々考える絵本の話がうまくストーリー展開にマッチしています。
 「山分けの夜」では、介護施設に入所する伯母にあるものを持ってきてもらいたいと頼まれた僕は、伯母の家で伯父が死んでいるのを発見する話です。驚いた僕は大学の同じサークルにいた先輩に相談するが・・・。この作品が6編の中で一番ミステリらしい話です。
 個人的には「体育館フォーメーション」と「かもしれない」が好みでした。
 ところで、大崎さんがあとがきでこの6編に共通する点があると書いていますが、それは何だったのでしょうか。 
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めぐりんと私。  東京創元社 
 5編が収録された短編集。前作「本バスめぐりん。」では、移動図書館“めぐりん号”に乗って市内を巡る運転手のテルさんこと照岡久志と図書館司書のウメちゃんこと梅園菜緒子コンビが遭遇する日常の謎を描く連作短編集でしたが、今作では彼らは主役ではありません。題名どおり“めぐりん”に関わる5人の“私”の物語です。
 冒頭の「本は峠を越えて」の"私"は御年72歳の節子。子どもが生まれず離婚し、独り暮らしをしていたときに移動図書館で二人の子どもと出会ったことから新たに始まった節子の人生が語られていきます。「昼下がりのみつけもの」の“私”は仕事になじめず実家にUターンしてきた27歳の優也。小学生の頃紛失した図書館の本が天袋から見つかったことから子どものころ気づかなかった出来事が明らかにされます。「リボン、レース、ときどきミステリ」の“私”は派遣社員の佳菜恵。めぐりん号で本を借りていたことから営業部社員の桐原から読書好きと思われ、ミステリを読む羽目になってしまう・・・。「団地ラプンツェル」の“私”は2年前に妻を亡くし団地で一人暮らす70歳の征司。めぐりん号に本を借りに行ったときに小学校の同級生だった大悟に出会う。それをきっかけに団地の小学生と仲良くなり、彼らの姿を消した友人を探す手助けをすることとなる。「未来に向かって」の“私”はウメちゃん、テルさんの同僚の図書館司書・速水典子。自分が司書を目指したきっかけとなった地元の移動図書館が廃止されると聞き、移動図書館に熱意ある人がいたのにと、その経緯を調べます。
 今回の作品、ミステリといえるのは「昼下がりの見つけもの」と「団地ラプンツェル」くらいで、あとは謎解きではない普通のストーリー。最後の「未来に向かって」なんて、この作品になくてはならない移動図書館の今後を考えさせられるストーリーとなっています。 
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バスクル新宿  講談社 
 新宿駅南口に平成28年に開業した高速バスターミナル「バスタ新宿」があります。日本全国に向けて開業時1日約1200便以上が発着する大規模なバスターミナルです。題名の「バスクル新宿」はこの「バスタ新宿」がモデルで、私自身も何度も利用していますが、作品中に描かれる待合室の様子なんて、まさしく「バスタ新宿」そのものです。
 物語はバスクル新宿に向かう高速バス車内及びバスクル新宿構内で繰り広げられる騒ぎを描く4編と最後にそれまでの作品の登場人物たちがバスクル新宿に集まる「君を運ぶ」の計5編が収録された連作集となっています。
 冒頭の「バスターミナルでコーヒーを」は山形から東京にいる元上司に会いに行く女性が主人公。SAに止まった際に待合室で知り合った女性が降りるが発車になってももどってこないのに、運転手は全員戻ったと言って出発するというミステリ風の話から始まります。
 「チケットの向こうに」では部費を使い込んだサークル仲間を探しにバスクル新宿に来た大学生が主人公。元警官だという探偵事務所の男が仲間探しを手伝ってくれるが・・・。
 「犬の猫と鹿」では女子中学生が主人公。刑事が彼女の自宅に修学旅行の際にある人物に渡したはずのものをもって現れて驚くが・・・。
 「パーキングエリアの夜は更けて」では友人の結婚式で新潟に行き高速バスで帰途につく女性が主人公。事故渋滞でSAに寄ったとき、警察が乗り込んできて誰かを探し始めるが・・・。
 そして、「君を運ぶ」では少年が行方不明になったというニュースを聞いたそれまでの作品の登場人物たちが自分たちがバスクル新宿で見かけた少年ではないかとバスクル新宿に集まるという話になっています。すべての話に顔を覗かせる少年だったので、バスクル新宿に住み着く“座敷童”かと思っていましたが、さすがにこの作品はそんなおとぎ話ではなかったですね。 
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27000冊ガーデン  双葉社 
 神奈川県立戸代原高校の図書館の司書として働く星川駒子のもとに持ち込まれる謎を彼女とともに図書館の本の納入書店「ユーカリ書店」の店員である針谷敬斗が解き明かしていく5編が収録された連作ミステリ短編集です。題名の「27000冊ガーデン」とは高校の図書館のことのようです。
 転落死事件のあった現場に図書館で借りた本を落としてしまい、犯人にされてしまうのではないかと生徒が図書館に駆け込んでくる。やがて本を拾ったという中年男性から登校途中の女生徒が託されて本は図書館に戻ってくるが・・・(「放課後リーディング」)。
 先輩司書の勤める高校の鍵のかかった密室状態の図書館で前日飾ったばかりのディスプレイがめちゃくちゃにされたが、その高校では10年前にも密室の図書館で棚の本が3冊を除き逆に差されていた事件が起きていた・・・(「過去と今と密室と」)。
 駒子の同僚の教師・京山が突然休暇を取る。大学生の頃家庭教師をしていた教え子のことが気になって休みを取ったらしい。その生徒は駒子がいい思い出のない前任地の高校の生徒であり、その高校には都市伝説のような「せいしょる」という言葉がささやかれていた・・・(「せいしょる せいしょられる」)。
 生徒の持ち物が紛失し、図書館の文庫本とともに別の場所で見つかるという事件が続く。たまたま火事で焼けた部室のリフォームに来ていた駒子の最初の勤め先の高校の生徒だった大工の羽多が落ちていた図書館の本を持ってきたが、近くには本以外なかったという・・・(「クリスティにあらず」)。
 春雨づくしの料理の献立が載っている本を探したいというクッキング部の部員が駒子の元にやってくる。亡くなった祖母が昔戸代原高校の図書館で読んだ本に載っていた春雨づくしの献立を一緒に作りたいと言っていた思いを汲んで料理を作りたいという。駒子は針谷の力も借りて本を探すが・・・(「空を見上げて」)。
 とにかく本好きとしては作品中に様々な作家の作品が登場してくるのが嬉しい。「これも、これも読んだな。この作家は1冊も読んだことがない、どんな作家だろう、気になるな。」などとストーリーとは関係ないところで楽しむことができました。作品中に「伊坂幸太郎や米澤穂信の本が好きで、最近は小野寺史宜もよく読んでいる」高校生の話が出ますが、私とも話が合いそうです。ちなみにこの作品中に名前が出てくる作家で1冊も読んだことのない作家は(そもそも名前さえ知りませんでした。)、朝倉宏景さんでした。 
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春休みに出会った探偵は  光文社 
 5編が収録された連作短編集です。各話、それぞれの謎解きがあり、最後に全体を貫くある秘密が明らかになるという連作集に相応しい構成となっています。
 安住花南子は中学3年生の女の子。父母が3歳の時に離婚してから父と二人暮らしをしていたが、父が仕事でシンガポールに転勤が決まったため、曾祖母の五月と暮らすことになり、五月が経営するアパート「さつきハイツ」の彼女の部屋の隣の部屋に入居する。そんな彼女の前に出現する謎を同級生の男の子、根尾新太と、さつきハイツの2階に住む調査事務所の調査員の今津が解き明かしていきます。
 花南子の前に提示される謎は、ぎっくり腰で五月が入院している中、五月の部屋の郵便受けに入れられていた老人の調査報告と姿を消した一人暮らしのその老人の行方は(「きらきらを少し」)、花南子の部屋を見ている不審な男の正体は(「ここだけに残っている」)、新太の母親の後をつける同じアパートに住む男の目的は(「マイホームタウン」)、60年前に起こった事件のことを思い出し、ちょっと調べてくるわと書置きを残したまま帰ってこない五月の行方は(「おばあさんがいっぱい」)、一人暮らしのはずの男の部屋で最近見かける子どもたちは(「ここから上がる」)の5つ。今津に中学生は関わるなと言われても言うことを聞かない花南子と新太はちょっと危なっかしい。
 最後に明らかとされた事実は、それまでに何らそれに関することが語られていず、あまりに唐突だというのが、私の印象です。どこかで匂わされていたでしょうか。 
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