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大崎善生の本棚

  1. パイロットフィッシュ
  2. アジアンタム・ブルー
  3. 孤独か、それに等しいもの
  4. 別れの後の静かな午後
  5. タペストリーホワイト

パイロットフィッシュ 角川文庫
 第23回吉川英治文学新人賞受賞作品です。
 物語は、主人公の元に学生時代の恋人由希子から19年ぶりに電話がかかってくることから始まります。自分では何も決められない主人公とそんな彼に代わって、てきぱきと決断をしてきた由希子。そんな二人の出会いから別れまでの過去と現在が交互に描かれていきます。とても静かな雰囲気のラブストーリーです。
 独身で20歳も年の離れた恋人がいて、熱帯魚と犬を飼っている40男は、そうそういないだろうなあと思いながらも、主人公が同世代であるという興味に加え、読みやすい文章ということもあって、一気に読み終えてしまいました。
 「人は一度巡り会った人と二度と別れることはできない。」という主人公のことばには納得させられます。忘れたようでいても、心の奥底には記憶は残っていて、いつかふと浮かび上がってくるというのは本当ですね。
 それにしても、最後の4ページは必要なかったのではないでしょうか。終わったと思って次のページをめくったら、まだ話が続いていたのでちょっとびっくりしました。その前で終わった方が余韻が残ったのですが・・・。
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アジアンタム・ブルー 角川書店
 初めて読んだ大崎作品の「パイロットフィッシュ」が意外におもしろかったので、図書館で借りてきて読みました。時系列的には「パイロットフィッシュ」より前の話、主人公山崎が33歳の頃の物語です。この作品でなぜ山崎が熱帯魚を飼うようになったかの理由が明かされます。
 とにかく、全くのストレートなラブストーリーです。こうしたストーリーは、過去にも古今東西いっぱいある話だと思うですが、わかっていても心を揺さぶられました。これはもう、泣いてくださいという話です。愛する人の死を前にして、いったい何ができるのか。とても難しくて果たしてどれが正解かなんて言えない問題です。そして、愛する人を失った者は、どう立ち直っていくのか。これもまた本人にとっては厳しい問題です。この作品は、愛する人を失い、その事実を乗り越えようとする男の物語です。
 この作品には、主人公山崎の周りに魅力的な人物が出てきます。フリーライターの高木やSM女王のユーカ。そして、最後に出てくる医者の山根は、これぞ本当の医者という人物でしたね。その他主人公を立ち直らせるコラムを書いた論説委員とか、ニースの町のタクシー運転手など、ちょい役ですが印象深い人物が登場します。ある人物の登場には「それはないだろ」と思いましたが。
 
 話の中にいろいろな音楽が出てきます。キース・ジャレットの「フェイシング・ユー」は思わずラックをかき回して探し出して聞いてしまいました。アジアンタムは育てるのがとても難しい観葉植物です。かくいう僕も何度か買ってきて育てたことがあるのですが、やはり葉が縮れてきてしまい、枯れるという運命をたどっています。窓辺で太陽光を浴び、風にそよぐ、アジアンタムは本当に綺麗なんですけどね。
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孤独か、それに等しいもの 角川書店
 表題作を始めとする5編からなる短編集です。二編が男性を主人公、三編が女性を主人公にしていますが、この短編集の中心は、枚数的にも少ない男性を主人公にした作品よりも女性を主人公にした3編といって良いでしょう。
 女性の主人公の3作品には、どれも“死”ということが色濃く出ています。恋人の死、双子の妹の死、そして母の死と、それぞれの死を背負う女性たちの話でしたが、読むのがちょっと辛い作品でした。どの作品も最後に希望があったので救われましたが・・・。
 「ソウルケージ」の最後で主人公は誇り高く生きることを決意します。この本に大崎さんがサインしたことばが、“強くそして誇り高く”です。とにかく、あまりに切ない話で、僕としては苦手な作品集でしたが、このことばには惹かれました。
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別れの後の静かな午後 中央公論新社
 表題作を含む6編からなる短編集です。どの作品も読ませますが、特に表題作の「別れの後の静かな午後」は、別れた恋人と連絡が取れなくなったのは、実は・・・だったというところは、ありふれたパターンの話かもしれませんが、引き込まれて読んでしまいます。
 ただ、おもしろく読むことができたといえば、「パイロットフィッシュ」の主人公と同様に熱帯魚を飼う男が主人公の「ディスカスの記憶」です。大崎さんの作品といえば、別れとか死とかがテーマになった作品を僕は想起してしまうのですが、この作品は珍しくミステリー仕立ての毛色の変わった作品です。そのうえ、悲しみの中にも最後は明かりが見えて、この短編集の中で一番好きな作品です。
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タペストリーホワイト 文藝春秋
 物語の舞台は1970年代。70年安保(なんて言っても知らない人は多くなったでしょうね。)が終わり、学園紛争も一応の終結をみる中で、学生運動はセクト間の思想・革命とは名ばかりの内ゲバの繰り返しという状況に陥っていた時代。
 主人公洋子の聡明な姉、希枝子は、自分が勤務する大学の医学部に進学させたい父親に反発し、東京の大学へと進学するが、1年が過ぎようとした頃、内ゲバに巻き込まれて死亡する。「明日もあなたは私を愛してくれているのでしょうか?」盗み見た姉の手紙に記された宛名の男を求めて、洋子は東京の大学へと進学する。
 学生運動の波に乗り遅れた僕らの世代にとっては、学生のエネルギーが結集した安保闘争の頃、そしてその後の運動が行き場を失って内ゲバや爆弾テロへとなだれ込んだ時代には、非常に興味があります。そのためもあって、その時代を舞台としたこの本を手に取ったのですが、大崎さんは、いったい今、なぜその時代を背景にこの物語を書いたのでしょうか。単に僕のようにその時代を懐かしく思い、その時代に生きる一人の女性の生き様を描きたかったからなのでしょうか。最後までそれがわからずに読了してしまいました。
 希枝子が聴いていたキャロル・キングのアルバム「タペストリー」の曲名が、各章のタイトルに採られています。この本で重要なモチーフとして使われていたこられの曲を一度聴いてみたいと思います。そうすれば、この作品で大崎さんが語りたかったことが少しはわかるかもしれません。
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