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小野不由美の本棚

  1. 魔性の子
  2. 残穢
  3. 月の影 影の海
  4. 風の海 迷宮の岸
  5. 東の海神 西の滄海
  6. 風の万里 黎明の空
  7. 図南の翼
  8. 華胥の幽夢
  9. 黄昏の岸 暁の天
  10. 営繕かるかや怪異譚
  11. 営繕かるかや怪異譚 その弐
  12. 営繕かるかや怪異譚 その参

魔性の子  ☆ 新潮文庫
(ちょっとネタばれ)
 小野不由美さんの十二国記シリーズが順次新潮文庫で刊行されます。この作品はシリーズの序章ともいうべき作品です。
 僕自身はその人気だけは聞いていた十二国記シリーズですが、異世界の話というファンタジー色が強そうな設定に、今まで手が仲びませんでした。今回、初めて読んでみましたが、これが予想外に(といっては失礼ですが)、おもしろい。物語の舞台が異世界ではなく現実世界だったのも物語に入り込みやすかったと思いますが、ページを繰る手が止まらず、いっき読みでした。
 教育実習生として母校に行くことになった広瀬が主人公。彼が受け持つクラスに高里という、他の生徒とは纏っている空気が違う生徒がいるのに気づく。彼は幼い頃、神隠しにあって1年ほどしてから突然戻ってきたという過去を持っていた。そんな彼には、いじめ等ちょっかいを出した者が悲惨な事故に遭うという噂があった。広瀬が教育実習を始めてからも、高里に余計なことをした者が怪我をしたりしたが、その報復とも思える行為は次第にエスカレートしていき、凄惨な事態を引き起こしていく。
 十二国記シリーズを読んだことのない僕にとっては、高里を守る異形のものの存在や“たいき”という“もの”を探す女性が何なのかわからず読み進んだのですが、知らなくてもおもしろさが損なわれることはありません。シリーズ本編を読まなくてはという期待感を抱かせます。シリーズ導入編としては大成功の作品です。高里を守るもののために、現実世界では彼の居場所はなくなってしまいましたが、果たして、本編の中には彼は登場してくるのでしょうか。
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残穢 新潮社
(ちょっとネタバレ)
 この作品はノン・フィクションでしょうか。読者から「マンションの部屋の中で畳を擦る音がして、振り返ったら帯が見えた」という話を間いた作家が、その不思議な現象の原因を辿っていくというドキュメンタリータッチで描かれています。 平山夢明さんとか、福澤徹三さんとか実在の作家が登場しているので、この話を述べているのは小野不由美さん自身ということでしょうか。でも、とすれば、この話はすべて事実ということになるわけですが、そうなると怖いですねぇ。
 過去にその土地で起こったできごと、それも遙か昔、第二次世界大戦以前に起こった出来事が現在に影響を及ぼしているということですから、これはもう何をすることができません。今住んでいるところが、昔何だったかなんてわからないので、怪現象が起こっても何のことやらです。その土地の由来まで調べてから住むなんてことはしないですからね。
 何だかわからないうちに、幽霊もどきのものが部屋の中にいるというのは怖いです。そのうえ、その幽霊もどきというか怪現象を人が感染させてしまうというのですから、さらに恐ろしい。家は自分が建てたものだし、自分自身は幽霊なんて関係ないと思っていても、誰かが感染させるかもしれません。
 夜に読んでいて怖くなってきてしまいました。今までは、単なる家鳴りだと思っていた音が実は何か怪異なものではないかと気にしてしまいそうです。本当に、これって実話でしょうか。話を聞いただけで崇られるものもあるそうですし、これが実話だとすると、もう感染してしまったのでしょうか・・・?
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月の影 影の海  ☆ 新潮文庫
 十二国記シリーズ、本編第1作です。今までシリーズの人気の高さは知っていたのですが、少女を対象にした作品だと思って読まず嫌いだったのを後悔させるほど、この作品は読んでいてわくわくドキドキさせてくれます。どうして今まで読まなかったのか不思議なくらいです。
 主人公は女子校に通う普通の女の子、中嶋陽子。その普通の女の子が、ケイキと名乗る金髪の男によって、現代の日本から十二国記の世界へと連れられてくることから壮大な物語が幕を開けます。ケイキと離ればなれになった陽子が、次々と襲いかかってくる妖魔たちから逃れ、戦いながら知っている人のいない世界の中で生きていく様子を描きます。ロール・プレイニング・ゲームのような話だろうと、勝手に思っていたのですが、単なるゲームのストーリーとは異なります。
 両親や友人たちの顔色を窺いながら生きていた陽子が、十二国の世界で、信じた人に裏切られ、次第に人を信じられなくなるばかりか、人を殺そうと考えている自分に嫌悪しながら、逞しく成長していきます。懸命に生きる陽子の姿に胸が打たれます。
 半獣の楽俊やケイキ、延王・小松尚隆など登場人物たちも興味深いキャラクターです。
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風の海 迷宮の岸  ☆ 新潮文庫
 十二国記シリーズ第3弾です。いやあ~、おもしろかったです。いっき読みでした。
 前作は王となる少女が主人公でしたが、今回は麒麟となる男の子が主人公です。冒頭、「魔性の子」と同じ記述だったので、間違って同じ本を買ってしまったかと思いましたが、これは「魔性の子」に繋がるストーリーだったのですね。“蝕”によって蓬莱(僕たちの生きるこの世界)に流されてしまった麒麟となる子・秦麒が、十二国記の世界に戻って、王となる者を選ぶまでを描いていきます。
 蓬莱で育ったために妖魔を折伏する力もな<、転変する方法もわからない秦麒が果たして誰を王に選ぶのか。そもそも王を選ぶことができるのか。王の選定のクライマックスで悩む秦麒に、どうなるのかと読んでいてハラハラドキドキです。このあたりページを繰る手が止まりません。
 「魔性の子」では、神隠しにあったとされた秦麒(高里)が、1年後に再び戻ってきてからの騒動が描かれていますので、王を選んだ後、再び秦麒は蓬莱の世界に戻ることになるのでしょうか。どんな事情がそこにはあるのか、今作では描かれていませんが気になります。
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東の海神 西の滄海   新潮文庫
 今回の舞台は十二国の中の“雁国”です。「月の影 影の海」「風の海 迷宮の岸」にも登場していた延王・尚隆と、麒麟の延麒・六太の物語です。尚隆が麒麟の六太によって蓬莱から王として連れてこられ、即位してから荒廃した国をしだいに立て直す中で、尚隆に反旗をひるがす元州の斡由との戦いを描いていきます。前2作では雁の国は安定していたようなので、物語の背景はこれらより昔の時代ということになります。
 とにかく、このシリーズのどの作品にも言えることですが、登場人物のキャラクターが魅力的です。麒麟といえば「月の影 影の海」の景麒のように沈着冷静な大人というイメージですが、この物語の麒麟・六太は、見た目は子どもで、行動もやんちゃ坊主のようです。そして、延王・尚隆は、王といっても政務より、遊びほうけていることが多いという、決して名君とは思えない人物。彼を支える部下から逆に怒られているという王ですが、前作を読んでいる人にはわかりますが、本当はなかなかの名君ということが、読み進むに従って明らかになっていきます。そんな尚隆に意見する揚朱衡、成笙の部下コンビも印象的です。
 非は尚隆にあると思いきや、しだいに善と思われた斡由の正体を暴かれていく様子にページを繰る手が止まりません。いやぁ~、このシリーズ相変わらずのおもしろさです。
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風の万里 黎明の空   新潮文庫
 十二国記シリーズ第5弾です。今回の作品の主役は3人の女性です。
 一人目は「月の影 影の海」で描かれた、蓬莱から来て慶の王になった高校生の陽子。二人目は、貧しさ故、子どもながらも奉公に出される旅の途中で崖から落ちて、十二国の世界へと迷い込んでしまった鈴。三人目は芳王の娘の祥瓊。芳王の圧政に苦しんだ民により父は殺され、祥瓊は身分を剥奪されて、下界で暮らすことになります。
 蓬莱の世界では高校生だった陽子は、王として国をどう治めていったらよいかわからず、悩み、下界へ降ります。同じ蓬莱の出でありながら慶の王となった陽子と、どうしてこんなに境遇が違ってしまったのかと思う鈴。かつては王の娘として何不自由のない生活を送っていたのに、なぜこんな下賎の身に落ちなければならないのかと同じ年頃の陽子を妬む祥瓊。遠く離れ、出会うこともないはずだった3人が、それぞれの悩み、思いを持ちながら旅する中で、やがて運命的な出会いをします。
 上巻は3人の女の子たちの成長物語ですが、下巻になると、専横な和州の州候・呀峰らとその後ろに隠れる人物との戦いになります。圧倒的兵力の呀峰らに対し、陽子たちがどう戦うのか、わくわくしながら読み進みました。ここまでくると、陽子に王としての威厳も出てきて、後半、麒麟に乗って禁軍の将軍に命令するところは女子高校生だったとは思えません。ラストの陽子の語る言葉にも胸を打たれます。いやぁ~、おもしろかったです。次作が待ち遠しいです。
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図南の翼   新潮文庫
 十二国記シリーズの1冊です。今作では、王が亡くなって国が乱れている恭国で、12歳の女の子、珠晶が昇山して王になるまでの旅を描きます。
 主人公である珠晶は、大人からみれば生意気な、あるいは小憎らしい感じの女の子ですが、大金持ちなのに国の乱れを治めるために昇山しようともしない父親たち大人に落胆し、自ら王となるため昇山を決意するという、なかなか普通では考えられないほどの気骨のある女の子です。既に刊行されている「風の万里 黎明の空」の中で、自分の立場を呪う祥瓊に対して厳しい言葉を投げかける恭王として登場していましたが、今回は、それ以前の時代を舞台にしたものです。
 慶王・陽子と違って悩むということもなく、あまりに生意気で、読んでいて、こんな子が王となっていいのかと思いましたが、口は悪いが、自分を客観的に見ることもできる目を持っており、12歳の子どもとは思えません。とにかく、様々な苦難を乗り越えて、いつの間にか大人たちの信頼も勝ち得て旅を続ける様子がハラハラドキドキで、いつものようにページを繰る手が止まりませんでした。
 彼女を守る頑丘と利広のキャラにも惹かれます。シリーズファンにはアッと思う人物も登場します。今までの十二国記シリーズの中でもおすすめ度ナンバー1です。
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華胥の幽夢  ☆ 新潮文庫
 十二国記シリーズの1冊。5編が収録された短編集です。
 政治のこともわからず自分の存在意義について悩む幼い泰麒が、驍宗によって派遣された漣の国で廉王と出会うことにより、なすべきことを理解していく(「冬栄」)。民を苦しめる王を倒した月渓だったが、周囲からの仮王になることの依頼を拒んでいた。そんな彼の元に景王・陽子と今は陽子に仕える王の娘・祥瓊からの書簡が届けられる(「乗月」)。陽子と今は延の大学で勉学に励む楽俊との書簡のやりとりを描く(「書簡」)。采王・砥尚は、民を苦しめていた先王を倒し、王となって理想の国作りをしようとしたが、国は荒れ果てていくばかりだった。枕辺に挿して眠ることで国のあるべき姿を見せるという華胥華朶が見せる夢のとおりの国になっているはずだったのになぜなのか(「華胥」)。傾きつつある柳の国で出会った利広と風漢は自分が王あるいは王族であることを明らかにしないまま酒を酌み交わしながら語り合う(「帰山」)。
 5編のなかで一番読み応えがあるのは、「華胥」です。王の叔父の殺害事件と弟の出奔をミステリ風に描く中で、理想の国作りに励んでいるにもかかわらず荒廃していく国の姿に悩む王やその家臣の戸惑いが描かれます。「華青華梁」が見せた国の姿はなんだったのか。采王・砥尚の「責難は成事にあらず」という言葉は胸に突き刺さります。理想を追って国を作ってきたのに、王という存在は辛いものですね。
 「書簡」もいいですよ。陽子と楽俊のそれぞれが口に出さないまでも相手のことを思いやっている様子がわかる掌編となっています。
 ラストの「帰山」は、秦の国王の息子・利広が見聞してきたことを家族に話すので、十二国記の世界の現在を理解するのに役立つ1編となっています。
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黄昏の岸 暁の天  ☆ 新潮文庫
(ちょっとネタバレあり注意)
 戴の国で内乱の平定に出向いた王・驍宗に対し謀反が起こされ、その騒動の中で驍宗は行方知れずとなり、また、宮殿にいた麒麟の泰麒も何者かに襲われ、姿を消してしまう。それから7年、偽王が立った戴の国の元将軍であった李斎は、慶の王・陽子に助けを求めて、慶の王宮を訪れる。陽子は延王の尚隆に相談するが・・・。
 王が軍を引き連れて他国に入れば天綱に定められた最も重い罪の1つである覿面の罪(てきめんのつみ)により、王も麒麟も数日のうちに斃れるてしまうことを知りながら、陽子に助けを求める李斎の苦しみや、慶の国がまだ安定しない中でも戴を助けたいと考える陽子の心情、さあ果たしてどうなると、先が気になってページを繰る手が止まりませんでした。
 また、蓬莱にいた陽子ならではの考えで、泰麒の捜索に各国の麒麟が手助けを行うことになるのですが、ここで新たなキャラが登場してくるのもシリーズファンには嬉しいところです。
 泰麒は行方不明の間、再び蓬莱に戻って生活しており、その間のことが描かれるのがシリーズ第1作の「魔性の子」。これにて、講談社文庫で刊行されていたものがすべて再刊されましたが、今回の話はまだ途中で終わってしまった感があり、この続きが描かれる新作の刊行が待たれます。
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営繕かるかや怪異譚  ☆  角川書店 
 6編が収録された怪異連作短編集です。
 舞台となるのは、城下町の趣を残した町。その町に住むことになった人々に訪れる怪異な出来事に対し、「営繕かるかや」を名乗る若い男、尾端が怪異の元を見つけて解決をしていきます。
 解決といっても霊を退治するとか、追い払うとかではありません。あくまで「営繕かるかや」の仕事は家を修繕したり、改築したりすること。この物語の中では、尾端は塞いだ窓を開けたり、天井をつけたり、塀を作ったり、シャッターを格子戸に変えたりといったことを行うだけです。ただ、そのことに意味があり、怪異が止みます。ストレートに霊の出現を防ぐということではなく、婉曲的な形で霊が出現しない方法を採るというものです。
 6編の中で一番ぞっとしたのは「雨の鈴」です。雨の日に現れる黒い和服姿の女が訪れた家では必ず人が死ぬという話です。鈴の音と共に現れて、まっすぐにしか進まずに、壁に当たれば方向を変え、次の雨の日にはまっすぐ進んだ先に佇んでいます。雨の日のたびに、だんだん自分の家に近づいてくるなんて、情景を思い描いただけで怖いです。ここで尾端が採った解決策が、まっすぐしか進まない霊の特性を活かしたものでちょっとおもしろいです。
 「異形の人」も怖いです。鍵を閉めてあっても、いつのまにか家の中に貧相な老人が入り込んでいるというもの。風呂のフタをとったら、あるいは冷蔵庫を開けたら、そこに老人の顔があって、こちらを見つめていたら、これはもうびっくりです。
 尾端は工務店の棟梁が連れてきたりしますが、彼が何者かは細かく語られません。現在、雑誌「怪」にて連載されているようなので、そのあたりは、いつか明らかにされるのでしょうか。オススメです。 
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営繕かるかや怪異譚 その弐  角川書店 
  シリーズ第2弾。6編が収録されています。今回も怪異現象に対して、営繕屋である尾端がそれを鎮めるというパターンはこれまでどおり。ただし、尾端が怪異の元となる物の怪などと戦うものではありません。あくまで彼が行うのは、怪異の原因となる建物の修繕などの間接的なこと(あるいは怪異の原因を突き止めて助言すること)です。
 大学での研究生活を断念し、両親と弟が死んで空き家になっていた実家に戻ってきた貴樹は、ある日、部屋の柱と壁の間の隙間から隣家にいる芸妓らしき女性が見えるのに気づく。時折三味線の音が聞こえ、手紙を書いていたり、泣いていたりする様子が気になった貴樹が隣の女主人を訪ねると、そんな人物はいないと言われるが・・・(「芙蓉忌」)。リドルストーリーのようなラストで、貴樹が結局その後どうなったのか気になります。ラストに書かれた手紙、怖いですよねえ。この短編集の中で一番怖かった話です。
 わらべうたの「通りゃんせ」を聞くと、幼い頃、神社で遊び過ぎて遅くなり、急いで帰ってから、忘れ物をしたことに気づいて取りに帰った神社の背戸で鬼に出会った記憶が蘇る・・・(「関守」)。わらべうたの「通りゃんせ」も、その歌詞をよくよく聞くとちょっと怖い歌ですよね。作中で友人夫婦や夫と交わされる“通りゃんせ”の歌詞の意味論争は興味深く、「そういえば、そうだなあ」と改めて思わされました。
 離婚して息子を連れて実家に帰ってきた俊宏。しばらくして、母は病に倒れて入院し、更に母の飼っていた猫は交通事故で死んでしまうが、俊宏は母の入院も猫の事故死も息子に言い出せないでいた。そんなある日、息子は寝ている間に行方不明だった猫が戻ってきたと言い出す・・・(「まつとし聞かば」)。結局、怪異の正体は何だったのでしょう。わからないというのは恐怖です。
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 恋人の末武に結婚話を切り出すと「僕には結婚する資格がないんだ」と言われた遥奈。末武が話すには、子どもの頃、溺れていた友だちをふざけていると思って助けなかった過去があり、その友人の霊が年を経るごとに自分に近づいてきているという・・・(「水の声」)。尾端が探偵役になって、怪奇現象の謎を解くミステリーぽい話です。
 祖母の家に引っ越してきた樹は押入れの天井に誰かが作った屋根裏部屋らしき空間があるのに気づく。喜んで自分の居場所にした樹だったが、ある日、暗闇の中に揺れる人影を見る・・・(「まさくに」)。現象としては怖い話ですが、それが現れる理由はそこに住む人を思ってのものという温かい話となっています。
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営繕かるかや怪異譚 その参  KADOKAWA 
 シリーズ第3弾です。6編が収録された連作短編集です。今回も、様々な家に現れる怪異を営繕屋の尾端が解決方法を示すというのはこれまでと同じです。
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 典利の妻・和花は妊娠中だが、最近彼女の周りで変事が起きる。典利は先祖代々この城下町に住む、昔の藩の重鎮だったという自分の家系に起こっていた出来事を知り、恐怖する・・・(「誰が袖」)。
 海岸を形どった庭のある河口にある真琴の家には昔から海で亡くなった人が自分の遺体を見つけてほしいとやってくる。そんな真琴の家はいつからか近所から避けられるようになり、朽ちていく家に真琴は一人住んでいたが・・・(「骸の浜」)。
 姉を溺愛し、自分には辛く当たる母を嫌い、故郷を離れた響子だったが、故郷の町にある歯科医院を引き継ぐため久しぶりに家に戻ってくる。既に姉は15年前に自殺、母も2年前に亡くなっており、無人となった実家の庭にあったツルバラに覆われていた物置に入ると・・・(「茨姫」)
 6編の中で強烈な印象だったのは、「火焔」です。嫁姑の確執はよくあることですが、嫁にここまで面倒を見てもらっても悪態をつき、挙句の果ては死んだ後も嫁を苦しめるとは、とんでもない姑です。いやぁ~読んでいて腹が立ってしまいました。
 直接の被害はなくても恐ろしかったのは「歪む家」です。ドールハウスの中の惨劇はまるでスプラッター映画のようです。
 最後の二編は、それぞれ主人公の女性が一歩を踏み出すラストが心地よい作品となっています。 
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