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恩田陸の本棚

  1. 光の帝国 常野物語
  2. 月の裏側
  3. 象と耳鳴り
  4. ねじの回転
  5. 木曜組曲
  6. まひるの月を追いかけて
  7. MAZE
  8. ライオンハート
  9. ドミノ
  10. クレオパトラの夢
  11. Q&A
  12. 禁じられた楽園
  13. ネバーランド
  14. 夜のピクニック
  15. 三月は深き紅の淵を
  16. 夏の名残りの薔薇
  17. ユージニア
  18. 劫尽童女
  19. 蒲公英草紙 常野物語
  20. 図書室の海
  21. ネクロポリス
  22. エンド・ゲーム
  23. 黒と茶の幻想
  24. 朝日のようにさわやかに
  25. 木洩れ日に泳ぐ魚
  26. いのちのパレード
  27. 不連続の世界
  28. きのうの世界
  29. ブラザー・サン シスター・ムーン
  30. 訪問者
  31. 夢違
  32. 夜の底は柔らかな幻 上・下
  33. 私と踊って
  34. ブラック・ベルベット
  35. 消滅
  36. 蜜蜂と遠雷
  37. 失われた地図
  38. 終わりなき夜に生れつく
  39. 歩道橋シネマ
  40. ドミノin上海
  41. スキマワラシ
  42. 灰の劇場
  43. 薔薇のなかの蛇
  44. 愚かな薔薇
  45. なんとかしなくちゃ 青雲編
  46. 夜明けの花園

光の帝国 常野物語  ☆ 集英社文庫
 東北のどこか「常野」から来た人々には、膨大な書物を暗記する力、遠くの出来事を知る力、近い将来を見通す力など、様々な不思議な力を持っている。この作品は彼ら常野出身の人たちを描いた連作短編集。自分たちの能力を隠して普通の人たちの中でひっそりと生きる彼ら。果たしてかれらが存在する理由とは?残念ながらこの短編集では回答は出されていない。文庫本の帯には序章と書いてあったが続きはいつになるのだろうか。
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月の裏側 幻冬舎
 物語は九州のとある水郷の町で三人の老女が失踪する事件が起きることから始まる。やがて三人は何事もなかったかのようにひょっこりと帰ってくる。失踪時の記憶をなくしたまま。元大学教授とその娘、教え子が失踪事件の謎を追うが、そんなおり、猫が精巧に作られた人間の耳をくわえて持ち帰ってくる。もしかしたら、この町の人間は何者かによって「人間もどき」にされているのではないか・・・。そんな恐怖が彼らを襲う。
 この本を読めば、ちょっとSF作品をかじったことのある人なら思うだろう。これはもうジャック・フィニイの古典的名作「盗まれた街」だろうと。いつの間にか知らないうちに周りの人がちょっとおかしい、いつもと違う、顔は同じだが彼ではないのではないか。そんなこと思ったことありませんか。
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象と耳鳴り  ☆ 祥伝社
 主人公は、恩田陸のデビュー作である「六番目の小夜子」に登場した関根秋の父親で、裁判官を退官し、悠々自適の生活を送る関根多佳雄。退職して暇を持て余す一方、ミステリーが好きな彼が、身の回りに起こった出来事を推理する連作短編集である。
 作品はハリィ・ケメルマンの「九マイルは遠すぎる」へのオマージュである「待合室の冒険」をはじめ、手紙で成り立っている「往復書簡」などさまざまなパターンの作品があり、バリエーションに富んだ作品集である。作品中には、多佳雄の子どもの春、夏という秋の兄姉、甥・隆一、姪・孝子まで登場してきており、なかなか個性豊かな面々で興味深い。
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ねじの回転  ☆ 集英社
 時間遡行ができるようになった未来、人類は時間遡行によってもたらされた奇病に冒されていた。人類を悲惨な運命から救うべく歴史の転換点として選ばれた「2.26事件」を再生するために選ばれたのは安藤大尉たち決起将校3人と謎の人物。自らを待ち受ける死の運命を知りながら歴史を正しく再生しようとする者、逆にこれを幸いに昭和維新を成し遂げようとする者、さまざまに交錯する思惑の中で、謎の妨害者の暗躍で歴史に少しずつ誤差が生じ始める。
 時間テーマのSFを軸にしたミステリー作品である。2.26事件は第二次世界大戦へと突き進む転換点になったできごとで、非常に興味ある事件であったため、おもしろく読むことができた。最後がちょっとあっという間に収束してしまった感はあるが。本書と同じ2.26事件を題材にした作品としては、宮部みゆきの「蒲生邸事件」がある。
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木曜組曲 徳間文庫
 4年前に亡くなった作家・重松時子を偲ぶために、毎年命日の前後3日間を「うぐいす館」で過ごす5人の女性。その日、時子の死が殺人であるかのようなメッセージが届いたことから、5人は時子の死後初めて、その死の真相について語り合います。
 舞台は「うぐいす館」だけに限られ、それぞれ個性ある5人の女性が語り合う中で、彼女たちを翻弄していた時子という人物が浮き彫りにされてくる。彼女たちの話で物語が二転、三転し、本当に自殺なのか、それともこの中に犯人がいるのか、地味な物語ではあるが最後まで飽きさせない。
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まひるの月を追いかけて  ☆ 文藝春秋
 異母兄の渡部研吾が失踪し、静は研吾の恋人の君原優佳利に誘われるままに共に奈良へと向かう。優佳利によるとフリーライターの研吾は奈良に取材に行ったまま行方を絶ったという。二人は研吾の歩いたコースをたどることにする。
 各章の題名が雰囲気があってなかなかいい。また、各章の最後にあっと思わせる仕掛けが施されているうえに、童話とか御伽噺みたいなものが挿入されており、次はどうなるのだろうとワクワクさせられる。(しかし、童話や民話等が章ごとに挿入してあるのは、どういう効果を狙ったものだろう。)また、研吾を巡る静かと優佳利の女同士の駆け引きも、僕としてはおもしろかった。
 研吾が取材で歩いた道を辿るということで、奈良の風景が描かれており、ちょっとした旅情サスペンスの雰囲気である。僕としては奈良は中学、高校の修学旅行で行ってから訪れたことはなく、物語の描かれている場所を頭の中に描くことはできない。ただ、奈良公園は、中学校の修学旅行の際、当時好きだった同級生の女の子が鹿にお菓子を与えている僕を撮ってくれた写真があり、その写真とともに記憶の中に残っている。
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MAZE 双葉社
 アジアの西の果てにある「存在しない場所」、「ありえぬ場所」と呼ばれる不思議な丘。そこには奇妙な人工建造物が建っていた。入り口はひとつしかなく、中は迷路のようになっている。しかもそこに入り込んだ何人もの人間が戻ってこないという噂のある場所。その調査をするという旧友の恵弥に頼まれた満、そしてスコット、セリムの4人がこの地にやってくる。
 なぜ人間が消失するのか。しだいにホラーの色が濃くなっていくが、最後に明らかにされる謎は、え~そうなのとちょっと拍子抜け。では、満と恵弥の二人が最後の場面で見る映像とこの解決はどう説明するのかと、読後消化不足気味であった。
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ライオンハート 新潮社
 時空を越えて巡り合い続ける男女の話である。物語は「エアハート嬢の到着」「春」「イヴァンチッツェの思い出」「天球のハーモニー」「記憶」という5つの話からなる。それぞれの話の中で、それぞれの時代のエドワードとエリザベスが巡り合い、そして別れを繰り返す。著者は一度メロドラマを書いてみたいと考えており、メロドラマの醍醐味は「擦れ違い」であり、「時間」を二人の障害として設定すれば、いつの時代でも「擦れ違い」を書くことができるとのことであった。
 それぞれの話の扉に描かれた絵をモチーフに物語を紡ぎ出していく著者の力量はすごい。でも、正直のところ僕にはこの物語がよく分からなかった。どうして大学教授は消えてしまったのか。どこに行ってしまったのか。別にエドワードとエリザベスの二人がタイムトラベラーというわけではないのだろうに。それぞれの時代のエドワードとエリザベスが巡り合うのではないのか。どうも「天球のハーモニー」からよく分からなくなり、結局何がなんだか分からなくなってしまった。恩田さんごめんなさい。
 余談であるが、著者は歌手のケイト・ブッシュの「ライオンハート」というアルバムから題を取ったということだが、僕としてはやはりスマップの「ライオンハート」を頭に浮かべてしまうなあ。
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ドミノ  ☆ 角川書店
 ドミノというのは、あのドミノ倒しの「ドミノ」なんだろう。いくつも並んだドミノのように、とにかく登場人物が多い。
 先輩OLに言われてお菓子を買いに走る元熱血柔道少女のOL、ミュージカルのオーディションを受けに来た女優志望の少女とその母親、俳句仲間との初のオフ会のために上京してきた老人、爆弾を抱えた過激派のメンバー、ミステリ研の次期幹事長選びのために推理勝負をしている大学生、大口契約の入金のために本社に急ぐ保険外交員、別れ話のために美しいいとこを連れて待ち合わせ場所に向かう若い男性、本業は巫女だというガイドの女性とペットを連れているホラー映画監督などなんと主要登場人物は27人とペット1匹、暴風雨の近づく東京駅周辺に彼ら関係のない人物がいっせいに集まってきて、相互に係わり合い、混乱が広がっていく。あれがこうなり、これがああなりと、題名のようにドミノ倒し状態に騒ぎが大きくなっていくというドタバタ劇。 全く、これだけの人を描ききってみせる力はさすがに恩田さんである。すごい。本を開くとその27人の似顔絵と人物紹介が目に飛び込んでくるが、似顔絵が彼らの性格をよく表しているようでおもしろい。
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クレオパトラの夢 双葉社
 「MAZE」の続編ということだったが、前作はどこかわからぬ西アジアの地での人間消失の建物が舞台というちょっとSFじみた設定だったが、今回はなんと出だしは冬の北海道。ガラット雰囲気が変わった始まり。
 主人公は前作にも出ていた恵弥。ハンサムな顔立ちで女性言葉を使う男。なよなよした男かと思えば、格闘技に弱いわけではないという不思議な人物である。アメリカの薬品メーカーの研究員ということであるが、実態がよく分からない。そして今回、重要な鍵を握る人物として登場してくるのは恵弥の双子の妹の和見。 不倫相手を追って北海道に来ている妹を恵弥が連れに来るというところから話が始まる。クレオパトラとは何か・・・
 それにしても、ハンサムな男が女性言葉で話すというのは、僕だったらちょっと引いてしまうなあ。
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Q&A 幻冬舎
 質問とそれに対する答えで構成される作品です。
 とあるショッピングセンターで死者69名、負傷者116名を出す事件が発生します。しかし、数ヶ月経ってもその原因がわかりません。
 物語はその事件に遭遇した人への質問とそれに対する答えによって進んでいきます。会話文だけで説明的な文章がなく、すらすらと読むことができます。果たして原因は何だったのか。人々の回答からは確かな原因というべきものが出てきません。質問と回答によって浮かび上がってくるのは事件の謎というよりは、回答する人たちの持つ影の部分です。さらに、読み進んでいくうちに、この質問をしている、警察ではないという人たちはいったい誰なのか、何の目的を持っているのかが謎となって気になってきます。途中からは謎の人物たちの質問と回答という話から、事件に何らかの関わり合いを持つ二人の人物の会話形式によって物語が進みます。この辺、展開がとても巧で、まさか始めの方で出た人がこんな形ででてくるとは!と、驚かされます。でも、最後のあの終わり方はなあ。う~ん、質問と答えだけで物語が進行するという設定がおもしろかっただけに、評価が難しいところです。サスペンスなのかホラーなのか、はたまたミステリか、これがまさしく帯に書いてあるように「恩田ワールド」の真骨頂なんでしょうね。最後の結末について評価を留保しながらも、おもしろい1冊と言えます。
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禁じられた楽園 徳間書店
 子供の時に起こった出来事でトラウマを抱えている捷と律子。そして、大学時代の友人である黒瀬に出会った星野。物語はこの3人の男女の話が交互に語られていきます。
 捷は大学の同級生でアーティストとして世界にも名が知られた烏山響一から、彼の実家のある熊野にある有名な芸術家である伯父の野外美術館を見に来ないかと誘われる。そして律子も同じく烏山から誘われ熊野へ。一方星野は黒瀬の彼女とともに失踪した黒瀬を捜しに、やはり熊野へ向かいます。
 恩田さんの筆力にぐいぐい物語の中に引き込まれていきます。いったい、烏山響一とは何者なのか、黒瀬はどこに消えたのか、3人はどのように関わってくるのか等謎がしだいに膨らんできます。直接的な怖さというものはありませんが、心理的恐怖というのでしょうか、じわじわと恐怖感が盛り上がっていきます。相変わらずうまいですね。一気に読むことができました。
 ただ、話の流れから、ある人物が重要な鍵を握っていることは予測がつくのですが、物語の中でのその人物の登場場面が少なかった気がして、最後はちょっとあっけなかった感じがしたのは、残念なところでした。
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ネバーランド 集英社文庫
 ミステリでもなく、ホラーでもない、青春小説です。宮部みゆきさんもそうですが、恩田さんのポケットの多さにも驚いてしまいます。
 それぞれの事情からお正月にもかかわらず帰省せずに、学校の寮に残ることになった美国、光浩、寛司の3人。その3人に自宅通学の統が加わり、告白大会をすることになります。ただ、他人の話で心に重い荷物は背負いたくないということから、話には嘘を一つ混ぜることとします。
 4人がそれぞれ心に深い傷を持っており、ドラマがあります。この4人が寮での生活の中で傷つけ合い、心の中をさらけ出し、理解し合っていく過程を描いていきます。高校時代にこんな友人を持てるなんて、彼らはなんて幸せなんだと思ってしまいます。これも松籟館という寮が背景にあるからなんでしょうか。

※僕自身は学生時代は寮生活という経験はありません。就職してから研修のため半年間寮生活をしたことはありましたが、それは学生時代、いわゆる青春時代の頃とは雰囲気はまた違ったものでしょうね。。ただ、北杜夫さんの「どくとるマンボウ青春記」を読んで寮生活というものに憧れ、大学の入学試験に行った際に、寮への入居希望を出したのですが、試験に失敗したので、結局は希望はかなえられませんでした。あとで聞くと、その寮は学生運動家の拠点になっていたようなので、結果として良かったのでしょうが(^^;
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夜のピクニック  ☆ 新潮社
 恩田さんの話では「六番目の小夜子」「球形の季節」に続く高校三部作の三作目となるそうです。とはいえ、これらの作品と異なりミステリでもなくホラーでもない、いわゆる青春小説です。恩田さんの作品の中では、雰囲気的に「ネバーランド」に近い作品でしょうか。
 夜を徹して、80キロを歩き抜く「歩行祭」という高校の行事が行われた1昼夜を描いた作品です。
 話は融と貴子のある関係を巡って展開していきます。高校生活最後の一大イベントにある決意を胸に参加する貴子。一方、二人のある関係に心を乱されてしまう融。その中で、二人を結びつけようとする友人たち、思わぬ闖入者、そして、この行事中に融に恋を打ち明けようとする女生徒が関わり合って、話が進んでいきます。
 融と貴子を取り巻く友人たちがみんな素敵すぎます。忍や美和子はもちろん、おちゃらけているように見えて実は気配りをしている光一郎。こんな友人たちがいたら高校生活も楽しいだろうなと、読んでいて羨ましくなってしまいました。お互いに相手を思いやることができる友人がいて、いざというときには助け合う、そんな友人が果たして高校時代にいたのだろうかと自分を振り返ってみてしまいます。青春時代が遠くになっていくにしたがい、あれもこれもしておけば良かったなあと後悔することが多くなってきたこの頃。これも歳をとったせいでしょうか。とにかく、おすすめの作品です。
 
※「図書室の海」(新潮社刊)に収録された「ピクニックの準備」がこの作品のプロローグの位置を占めているそうですが、読んでみたいですね。
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三月は深き紅の淵を 講談社
 「三月は深き紅の淵を」という題名の本を巡る4編からなる連作集です。その本は、200部のみ自費出版されましたが、大部分が回収されてしまい幻の本と言われています。さらにその本には奇妙なきまりがありました。この本を借りることができるのは、1人につきただ1度だけ、それも1晩限りだけというのです。
 「三月は深き紅の淵を」を巡る「三月は深き紅の淵を」という本という入れ子構造とでも言ったらいいのでしょうか、不思議な構成をとっています。「待っている人々」は、社長の家に招待された若い社員が家の中に隠されているという「三月は深き紅の淵を」を探す話。「出雲夜想曲」は、二人の女性編集者が作者らしい人を訪ねていく話。「虹と雲と鳥と」は、二人の女子高校生の自殺の裏側に隠された真実の話(どこが「三月は深き紅の淵」に繋がるかと思ったら、最後に明らかとなります)。最後の4作目「回転木馬」は、「三月は深き紅の淵を」を第3章まで書いてきた作者が、第4章を今まさに書こうとしているところから始まります。しかし、それにさらに学園を舞台とする話が挿入され、いったい何がなにやら、わからなくなってしまいました。なんとも不思議な本でした。

※読んだ当時は、これがその後の恩田作品にかかわってくるとは思いませんでしたね。
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夏の名残りの薔薇 文藝春秋
 国立公園内の山奥にあるクラシックなホテルで毎年秋に開催される豪華なパーティー。主催するのは熟年の三姉妹。そこに集まるのは姉妹の親戚や関係者。そこで次々と起きる変死事件。果たして犯人は・・・。
 熟年の三姉妹となれば印象としては三人の魔女という感じで、この三人がこのホテルの中にどのように蜘蛛の巣を張って招待された人々を絡め取っていくのか、という話かと思いましたが、あにはからんや、話は全く別の方向へと進んでいきます。
 この作品では、章ごとに語り手(つまりは視点)が変わります。そして、章の終わりに事件が起きますが、次の章に進むと、前の章で語られていたことが実は・・・ということで、真実はどこにあるのか読者である僕らを戸惑わせます。
 最後の解決編ともなるべき第六変奏ですが、そこで、ある人が推測することは、あまりに無理があるのではないでしょうか。それまでに語られていたことからは、その事実を導き出すことはできないと思うのですが。ちょっと都合がよすぎます。
 作品中、ところどころに映画「去年、マリエンバードで」のアラン・ロブ=グリエ脚本が引用されています(いるそうです)。僕は映画を見ていないのですが、難解と言われているようで、この引用部分も非常に読み辛く、それまで流れていた物語が、この引用部分で途切れてしまう印象を持ちました。引用がなくても、十分話としては繋がるし、逆にもっとスムーズに流れるのではと思うのですが、恩田さんとしては、この作品には「去年マリエンバードで」がどうしても必要だったそうです。う~ん、映画を見ている人は、どんな印象を持ったことでしょうか。
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ユージニア 角川書店
 ある夏の日、丸窓の屋敷と近隣から呼ばれていた旧家で催された米寿の祝いの席で、届けられたジュースを飲んだ家族や来客が17人も死亡するという事件が起きる。唯一生き残ったのは、盲目の少女。そして、現場に残されていた謎の詩。犯人と目された青年が自殺し、事件は終わったはずであったが。
 手にとって非常に装丁が凝った本だということに気づきます。最初の2枚のページがサイズが異なっていたり、文章が幾分傾いて印刷されています。最初、これは印刷ミスかなと思ったのですが、書店の平台に積んであった本も、やはり同じでした。また、カバーを裏返してみるとそこには・・・。
 それぞれの章が事件の関係者へのインタビューや回想等で構成されるところは、昨年出版された恩田さんの「Q&A」と似ている印象を受けました。一人称だったり、三人称だったり、事件の様相が視点を変えながら語られていきます。そして、そこに浮かび上がってくるのは一人生き残った少女の姿です。
 恩田さんの世界にすっかり引き込まれてしまいました。視点を変えて語られる事件から、どんな事実が浮かび上がってくるのか、気になって一気に読んでしまいました。しかし、読み終わっても、すっきりしません。結局事件の真相はどうだったのでしょうか。恩田さんは謎をすべて明らかにするのではなく、読者の考えに委ねているのではないかという気がしてなりません。また、一度読んだだけでは、理解できないのかもしれません。

※ 実際の人物とは異なる名前で書かれている第三章は、どういう位置づけなのでしょうか。雑賀満喜子が書いた「忘れられた祝祭」の部分でしょうか。わかりません。
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劫尽童女 光文社
 買ってから3年間も積読ままになっていましたが、今回、文庫化されたことで、慌てて読みました。
 「ZOO」という秘密組織から研究成果と共に逃げ出した天才科学者伊勢崎博士とその子供。8年後、博士は子供を連れて日本に姿を現します。それを知った「ZOO」は、ハンドラーと呼ばれる男とその仲間に博士の拘束を命じます。
 自分が持つ能力に悩むという点では、宮部みゆきさんの「クロスファイア」を、超能力者を抹殺しようとするストーリーからは、筒井康隆さんの「七瀬ふたたび」を思い起こさせます。
 最初から緊迫感があって一気に読み進みました。残念なのは、VOLUME3化色(前編)までは、わくわくして読んだのですが、それ以降急にトーン・ダウンしてしまったように感じられることです。結局「ZOO」という組織が何だったのか、はっきりとした説明はありませんでしたし、「ZOO」に抵抗する組織についても明らかにされませんでした。後半では、政治的な問題も絡んできて、う~ん、最初と話の流れが変わってしまったなあという印象を受けました。それに結局ラストは何だったのかなあとよくわからないうちに読み終わってしまったという感じです。最初がおもしろかったのに、もったいない気がしますね。
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蒲公英草紙 常野物語  ☆ 集英社
 「光の帝国 常野物語」に続く不思議な能力を持つ常野一族の物語です。
 物語の舞台は20世紀を迎えようとしている、明治時代の宮城県南部の村。槇村という大地主が治める「槇村」という集落です。前作「光の帝国」の続編ではなく、それより100年ほど前の話になります。
 物語は村の医者の娘、峰子が、子供の頃「蒲公英草紙」と名付けた日記から当時を振り返るという形をとっています。
 峰子は、父親に頼まれて、槇村家の病弱な娘聡子の遊び相手となります。そんなある日、槇村家に春田一家(「光の帝国」の記実仔や光紀の祖先なのでしょうね)が訪ねてきて、逗留します。
 終盤までは何の事件も起こりません。槇村家の人たち、槇村家に寄宿している画家の椎名、仏像彫刻家の永慶、発明家の池端先生たちの生活、そして彼らが心の中に抱える思い、悩みが淡々と描かれていきます。僕としては、この作品は、春田一家たち常野一族よりは、20世紀を迎えたばかりの時代とその時代を生きた人々を描いたものと捉えられたのですが・・・。
 ラストは、予想がついてしまいましたが、そうはいっても、感動してしまいました。恩田さんには次作はぜひ「光の帝国」の続編を書いて頂きたいと思います。「光の帝国」の最後で書いてあった亜希子がいつかする大きなこととは何なんでしょう。
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図書室の海  ☆ 新潮文庫
 表題作を含む10編からなる短編集です。内容に統一感を持った短編集ではありません。ホラーあり、ミステリーあり、SFありと恩田さんの引き出しの多さを感じさせる作品集です。
 この短編集を買った一番の理由は、中の「ピクニックの準備」が本屋大賞を受賞した「夜のピクニック」の前日譚であるということを聞いていたからです。とにかく、これが読みたかったのですが、この短い作品は、「夜のピクニック」の導入部にすぎないので、「夜のピクニック」を読まないと物語は完結しません。これだけでは何のことやらですね。
 また、「イサオ・オサリヴァンを探して」も「グリーン・スリーブス」という長編小説の導入ということですが、これを読んだ限りは、ちょっとSF的な雰囲気を漂わせていて、気になる作品です。この作品集の中で一番惹かれました。いったい、イサオ・オサリヴァンの正体は。そして彼は何故姿を消したのか。そして主人公はこの後どうするのか。このままでは消化不良です。ぜひこの続きを早く書いて欲しいと願わざるを得ません。
 また、ホラーに分類される「国境の南」のラストも考えさせます。
 その他にも、「睡蓮」は「麦の海に沈む果実」に登場する理瀬の幼い頃の話、表題作の「図書室の海」は「六番目の小夜子」の主人公関根秋の姉、夏が登場する番外編と、恩田ファンにとっては楽しい作品集です。読者を飽きさせません。
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ネクロポリス 上・下  ☆ 朝日新聞社
 物語の舞台は、V.ファーという国。そこにはヒガンの時期に死者が戻ってくるというアナザー・ヒルという聖地があり、ヒガンになると、死者との出会いを求めて、世界中から人々が訪れ、賑わいを見せます。東京大学大学院生のジュンイチロウ・イトウは、研究のためにV.ファーに住む親族とともにアナザー・ヒルを訪れます。
 V.ファーでは英国の切り裂きジャック事件と同じ連続殺人事件が起こっており、今年のヒガンには、その事件の被害者が現れるのではないか、また、それゆえ犯人の血塗れジャックがそれを阻止するためにアナザー・ヒルにやってくるのではないかという噂も流れています。
 そんな中、アナザー・ヒルの入り口の鳥居に吊された死体から始まる不穏な出来事。ジュンのもとに現れたサマンサという少女の正体、ジュンと一緒にアナザー・ヒルに入ったジミーの死んだはずの双子の兄の影などミステリ要素もいっぱいで、どっぷりと恩田ワールドに浸かりました。
 いつも不思議な世界を見せてくれる恩田さんの描くアナザー・ワールドの物語です。そこでは、日本は長い間英国統治領で第二次世界大戦後独立したとされています。また、同じイギリス植民地であったV.ファーには古くから日本人が訪れており、ヒガンや鳥居など日本の文化様式が取り入れられイギリス様式との調和が図られているという不思議な世界です。最初は外国でありながら、登場人物の名前も日本人ぽい名前であったり(おじいさんの名前が“ニザエモン”ですよ!)、日本の文化がそこかしこに出てきて、いったいこれは何だと戸惑ったのですが、そこは恩田さん、すっかり話の中に引きずり込まれてしまいました。
 そのうえ、ラインマンや黒婦人など不思議で魅力的な人物も登場し、800ページという大作でしたが、その長さを感じさせないおもしろさで、あっという間に読了です。ただ、ひとつ残念だったのは、ミステリという観点からは、最後はちょっとあっけない幕切れに拍子抜けしてしまったかなという感じはありましたが。
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エンド・ゲーム 集英社
 「光の帝国 常野物語」の中の「オセロ・ゲーム」の続編です。「常野物語」の長編としては、昨年刊行された「蒲公英草紙」に次ぐものになります。「常野物語」の中では、「オセロ・ゲーム」は人間に取り憑く未知の生命体(?)との戦いを描いた一番SFサスペンスの雰囲気が感じられる作品といえます。この続編となると、“裏返す”力を身につけた時子が、いよいよ未知との生命体の戦いに参戦していくのかと思いましたが、う~ん・・・予想外の展開でした。
 大学生になった時子のもとに、母親の暎子が研修先で倒れ、眠ったまま意識を回復しないという知らせが届きます。時子は、冷蔵庫に貼ってあった失踪した父が残した電話番号がなくなっているのに気づきます。
 失踪した父の動向、“洗濯屋”と呼ばれる者の存在等読者の前に謎が提示され、いったいどういう終結に向かっていくのかと、ページを捲る手が止まらなかったのですが、最後に話が尻すぼみになってしまったという気がします。こんなことで終わってしまうのかと思ってしまいました。正直のところ、ちょっと期待はずれかな。
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黒と茶の幻想 講談社文庫
 淡々とした物語でした。事件が起きるわけではありません。気のおけない男女4人の仲間がY島(屋久島ですよね)を旅するだけです。その旅の間にそれぞれが持ち寄った謎を解き明かしていきます。メインとなるのは学生時代の友人憂理に関わる謎です。それぞれの心の中に憂理のことが重くのしかかっています。いったい彼女は今どうしているのか。生きているのか。もしかしたら殺されたのではないか・・・。
 それにしても、男女で気のおけない友人なんてうらやましいですね。通常男女の間には恋愛感情も芽生えてしまって、なかなか男と女という性を抜きにして結婚した後まで交際するというのは難しいですよね。ましてや、この物語の蒔生と利枝子はかつては恋人同士だったのですから。う~ん、こんな関係を構築できるのかなと思ってしまいます。ただ、旅の間で、それぞれが心の中に持っていた思いが明らかになるとともに、過去に隠されていた真相が明らかになってきて、果たして次の旅があるかは不確かになっていくのですが。
 物語は4章に分かれ、それぞれの章に4人の名前が付けられ、各章が名前を付けられた者の語りという構成になっています。謎解きという部分では4章を貫く憂理の謎が一番大きいのですが、ミステリという点からいえば、彰彦の章で語られる彰彦の友人が被害者となった殺人事件の真相が一番衝撃的です。それとともに、彰彦の姉紫織と蒔生との間の真実でしょうか。
 かなりの部分がY島の人間の存在を圧倒する自然が描かれていて、一種の紀行文としても読むことができ、Y島への興味をかき立てられます。
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朝日のようにさわやかに  ☆ 新潮社
 ホラーあり、ミステリあり、SFタッチの作品ありと恩田さんの種々雑多な短篇を集めた作品集です。
 最初に掲載されている「水晶の夜、翡翠の朝」は、「麦の海に沈む果実」「黄昏の百合の骨」の水野理瀬シリーズの番外編。理瀬のパートナー、ヨハンのエピソードということですが、そもそもヨハンの存在はすっかり忘れていました。こんなワルだったの?
 表題作の「あなたと夜と音楽と」は、アガサ・クリスティの「ABC殺人事件」へのオマージュというアンソロジーのために書いた作品だそうですが、これって、どこがオマージュなんだろうと、まったくわかりませんでした。そもそも「ABC殺人事件」を読んだのは、遙か昔、中学生時代のことでしたからねえ。憶えているわけがないです。結局、それとは関係なく純粋にミステリとして楽しむことができました。深夜番組のスタジオの中の会話だけで成り立っているミステリーですが、しだいに真実が明らかになってくる過程の描き方が上手いですね。この作品集の中では一番好きな作品です。それと、ジャズファンとしては作品中に出てくる曲が興味深かったです。チェット・ベイカーの「あなたと夜と音楽と」を聴きたくなってしまいました。
 ホラー系の話の中では「卒業」が秀逸。設定も何も説明がありませんが、これが怖い。長編になったらどうだろうと思わせる作品でした。女子高校生が登場人物だし、「六番目の小夜子」や「球形の季節」のような新たな学園ものになるかも。
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木洩れ日に泳ぐ魚  ☆ 中央公論新社
(ネタバレあり)
 舞台は荷物が運び出され、がらんとしたアパートの一室。明日には部屋を引き払って別々に住むことを決めた男と女が、最後に酒を酌み交わしながらある事件の真相を明らかにしようとしている。彼らの仲がおかしくなったきっかけとなった男の転落死について、二人はお互いにその男を殺したのは相手だと疑っていた。
 登場人物は二人だけ。ただ二人だけの会話から、よくこれだけの物語を紡ぎ出すことができるものだと感心してしまいます。これだけで、読ませてしまうのですから、さすが恩田さんです。
 まずは最初の設定からして、読者は恩田さんに騙されます。うまくミスリーディングしますよね。一つのアパートに住んでいた男女が別れるとなれば、当然考えるのは二人の関係は夫婦なのですが・・・。とにかくうまいです。でも、これも単なる小手調べか、この騙しもすぐに自ら明らかにして話は先へと進んでいきます。
 お互いに相手を殺人者だと考えていたことを吐露することによってある事実が浮かび上がってくるのですが、それが単に事件の真相だけではないのですねえ。残念なのは、男の転落死が結局は二人の推論にしか過ぎないということ。果たして事実がそのとおりかは明らかにならないので、その点評価が分かれるかもしれませんが、僕自身はまあまあ楽しく読むことができました。一気読みです。
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いのちのパレード 実業之日本社
 早川書房の異色作家短編集へのオマージュとして書かれた短編集です。約20ページほどの全15編の短編が収録されています。
 あとがきで恩田さんが「あの異色作家短編集のような無国籍で不思議な短編集を作りたい・・・」と言っているように、確かにどの作品も無国籍でどこか変わった雰囲気の作品、あるいは摩訶不思議としか形容ができない作品が揃っています。ジャンルもホラー、SF、ファンタジー、ミステリと様々です。
 正直のところ、僕にはどうも楽しむことができない作品集でした。だから何なのという終わり方の作品も多かったし、これといって印象に残る作品もありませんでした。ホラー系も怖くなかったし。今までの恩田作品の中では自分の興味から一番遠いところにある作品集でした。
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不連続の世界 幻冬舎
 「月の裏側」に登場していた塚崎多聞が再登場ということですが、これがまったく覚えていない(笑) ただ、「月の裏側」の続編というわけでもないので、そちらを再読しなくても大丈夫です。
 内容は、塚崎多聞が出会った不思議な出来事を描いた5編からなる連作短編集です。ミステリっぽい話もあれば、この結末をどう解釈したらいいのだろうと考えてしまうどこかとらえどころのない話(「木守り男」がそうですね。)もあり、これが恩田ワールドという感じなのでしょうか。
 第一話の「木守り男」に多聞と友人関係の魅力的な二人の女性が登場しますが、あとの作品にそれほど登場してこなかったのは残念ですね。一人が最後の作品で多聞の奥さんになっているのにはびっくり。もう少し多聞との関わりを描いて欲しかったですね。
 あっと思わされたのは最後の「夜明けのガスパール」です。読者の目の前に示されていた事実があっという間に180度ひっくり返されます。これは見事。最後に置かれなくてはならなかった作品ですね。
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きのうの世界 講談社
 水路のある町ということからは「月の裏側」を彷彿させる作品です。
 何の目的で建てられたのかもわからない3つの塔がある不思議な雰囲気の町。誰もそのことについて不思議に思わない。町の中には隣の市の飛地があり、その飛地と町とは水無月橋と呼ばれる一つの木の橋でつながっているだけ。ある日、その橋の上で飛地の管理小屋に住んでいた男の死体が発見される。彼は町の中を測量と称して歩き回っていたが、身元は1年前に突然失踪した市川吾郎であることがわかる。
 吾郎は何故失踪したのか。その町で何をしていたのか。そして誰が彼を殺したのか。また、3つの塔は何のために存在するのか。様々な謎が読者の前に提示され、語り手を変えながら、それらの謎に迫っていきます。恩田さんの筆力のなせるところか、グイグイ物語の中に引き込まれていきます。“あなた”で語られる登場人物の正体を途中まで明らかにしないのもうまいですねえ。ラストに読者の前に明らかにされるその大掛かりな謎は、島田荘司さんの作品をうかがわせるようです。
 ただ、吾郎の死の真相があんなことだったことには、ガクッときてしまいました。結局、吾郎の死はこの物語にとっては大きな謎の端にあるものにすぎないということでしょうか。
 恩田さんの作品にはラストがはっきりとして結論を出さないものがありますが、どちらかというとこの作品は、そちらに属する作品といった方がいいですね。恩田さんのこういう傾向の作品はどうも消化不良になってしまって苦手です。様々な残された謎、たとえば吾郎の葬儀をとっくに辞めた会社が取り仕切ったのはなぜ?焚き火をしている修平の周りで感じられた存在の正体は?塔に結び付けられた赤い糸の謎は?等々が気になってしまいます。
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ブラザー・サン シスター・ムーン 河出書房新社
(ちょっとネタばれ)
 帯の謳い文句によれば、「夜のピクニックから4年、青春小説の新たなスタンダードナンバー誕生」だそうです。
 物語は高校の同級生だった3人の男女が大学を卒業した後、それぞれの大学生活を振り返るというもの。3章に分かれ、読書、音楽、映画を趣味とする3人の日常生活が語られていきます。ミステリではないので別に事件が起きるというわけではありません。また、ストーリーに大きな盛り上がりもありません。3人の共通した記憶として、高校時代に授業で3人が組になって街に調査に出かけたときの謎めいたエピソードが語られますが、それに対する回答が示されるわけでもありません。淡々と物語は進んでいき、淡々と物語は終わります。
 大学生活というのは社会に出る前の猶予期間。社会人としての義務と責任の猶予されている時代であると言われます。この作品はそんな時代を3人の同級生の男女を通して描いたものでしょうが、これといって読み終わった後に強く心に残るものがあるわけでもなし、結局、この物語は何だったのだろうというのが正直な感想です。
 「文藝」2007年春号が恩田陸特集になっていますが、それに掲載された短編「糾える縄のごとく」では、本作の3人の主人公たちが高校生の時が描かれています(上記エピソードが語られています。)。それによれば、彼らがそのエピソードを思い出すのはある事件を待たなければならないとあったのですが、それは本作では事件という事件は起きていません。どうしたのでしょう。
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訪問者 祥伝社
(ちょっとネタバレ)
 出るぞ出るぞと言われ続けて、裏切られ続けた作品がようやく刊行されました。雑誌掲載終了時からすでに5年以上。待たされましたねえ。雑誌掲載時には読んでいないのですが、かなり加筆修正がされているのでしょうか。
 恩田さんには演劇集団キャラメルボックスのために書き下ろした「猫と針」という戯曲がありますが、この作品も舞台化できそうな話です。ほとんどの場面が限られた人物により別荘の一室で進行していきます。

 所有者である女性実業家が謎の死を遂げた山荘。そこに集まった彼女の兄弟たちのもとに彼らと関係のある故人の映画監督の取材をするために訪れた雑誌記者とカメラマン。そしてその後訪れる予期せぬ人々。数日前に兄弟の一人の元に送らていた「もうすぐ訪問者がやってくる。訪間者に気を付けろ」という手紙。やがて、嵐の中、一人の男が屋根から転落死し、町へと続く道路は土砂崩れのために封鎖される。果たして訪問者とは・・・。
 これはこてこての本格ミステリ、クローズド・サークルの設定です。途中、アガサ・クリスティの有名なある作品を想起させる場面もあって、本格ファンとしては楽しく読むことができます。このところ、ラストが読者としては(僕としては)消化不良気味だったものと比較すれば、今回は一応解決が見られているのにもホッとしました。しかし、ここに提示された解決もいくつか考えられるうちの一つにすぎません。読者は考えようと思えば、違うラストも思い浮かベることができます。そういう意味ではやっぱり消化不良かしらん。
 各章につけられた名前は、それぞれ絵本のタイトルからつけられたものとなっているのもおもしろいところです。家にあるのは「せいめいのれきし」「ちいさいおうち」(両作ともバージニア・リー・バートン作です。)と「おおきなかぶ」の3作。その章の内容を想像できるような名前をつけているのでしょうか。最後の章に「おおきなかぶ」とつけたのは、読んだあとから考えれば、ははぁ~と納得です。
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夢違 角川書店
 恩田さんの久しぶりの作品は、様々なジャンルを書く恩田さんの作品の中では、「常野物語」などと同様、不思議系に属する作品です。それとともに、恋愛小説ともいえる作品です。
 夢というものを映像として記録することができるようになった時代。夢を記録し、デジタル化した“夢札”によって夢を解析する“夢判断”を職業にする浩章。彼は、全国各地の学校で起きている集団白昼夢事件に関わった生徒たちの夢判断を依頼される。すると、生徒たちの夢の中に、かつて火災事故によって死亡したはずの兄の婚約者で予知夢を見ることができた結衣子の姿を発見する。
 新聞連載小説だったためか、テンポ良く話が進み、非常に読みやすい作品でした。500ページ近い大部でしたが、さくさくと読了。結衣子が果たして生きているのか、死んでいるのか、夢の中に出てくるのはなぜか、そして怪しげな刑事を名乗る男の正体などの謎解きの部分もあって、どんどん物語の中に引き込まれます。ただ、最終的に多くの謎の説明がなされないまま(と、僕は思っているのですが)のエンディングに、物足りないところがなきにしもあらずです。

(ここからネタばれ)
 ラストはどう解釈すればいいのでしょう。結衣子は未来にタイムトラベルして浩章の前に現れたということ? でも、結衣子は、浩章たちに見守られながら、死んだはずだから、死んだ人がタイムトラベルというのも解せない・・・。ハッピーエンドでいいのですが、いろいろ考えてしまいます。
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夜の底は柔らかな幻 上・下 文藝春秋
 舞台は日本の国家権力が及ばず治外法権となっている「途鎖国」(名前の通り高知県(土佐)をモデルにしています。)そして、「途鎖国」に多いとされる「イロ」と呼ばれる特殊能力を持った「在色者」たち。ここで生まれ、ある事件から途鎖国を飛び出した有元実邦は、警視庁の刑事として、数々のテロ事件に関わり、現在は犯罪者たちの頂点「ソク」として君臨する神山倖秀を追って生まれ故郷へと戻ってきます。
 常野物語のような超能力者たちの話ですが、雰囲気は違います。こちらでは、超能力者同士が戦う凄惨な場面が続出。情け容赦な<殺し合いが起きます。
 フランシス・フオード・コッポラの「地獄の黙示録」をやろうということで書き始めた作品だそうです。「地獄の黙示録」ではジャングル奥地で原住民の上に君臨する元アメリカ兵カーツ大佐を殺害するため派遣されたアーティン・シーン演じるウィラード大尉との戦いを描いていきますが、とにかくマーロン・ブランドが演じたカーツ大佐の強烈なキャラは忘れられません。それに対して、ここで描かれる「ソク」の神山はあまりに印象が薄いです。
 上巻を読んでいたときの、神山との戦いはどうなるのだろう、彼と同じように超能力を持った2人の男たちとはどうなるのだろう、実邦を助けるみつきやオネエの軍は大丈夫か、実邦に近づいてきた黒塚の正体は何者かなどのドキドキ感が下巻に入ってからは急に減退。ラストに、壮絶な戦いが行われるかと思ったら、あれでは(ネタバレになるので書けませんが)拍子抜けです。え!これで終わってしまうの。いったいみんなどうなったの。あれは何なのと、頭の中で整理がつきません。恩田ワールドにどっぷりつかった上巻がおもしろかっただけに残念です。
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私と踊って 新潮社
 19編が収録されたノン・シリーズ短編集です。バラエティに富んだ作品集ですが、どちらかといえばSF的な作品やちょっと不思議な作品が中心となっています。
 19編もあると、読んでもまったく心に残らない作品もあるのですが、中で印象に残った作品をいくつか。
 「忠告」とこれと対になっている「協力」。一方には犬が、他方には猫が登場しますが、やはり犬が人間の良き友という感じですが、猫は怖ろしいですね。
 冒頭の「心変り」は、いなくなった同僚の行方を、机の上に残されたものから探っていく過程がおもしろく、ラストがあそこで止まるのも読後の余韻が残っていいです。この作品集の中では珍しいサスペンスタッチの作品です。
 この「心変り」と対になる作品が「思い違い」。恩田さんがハリイ・ケメルマンの「九マイルは遠すぎる」をやってみたかったという作品です。何気ないコーヒーショップでの会話がラストではまったく違う様相を見せます。
 最後に置かれた「東京日記」は、外国人の日本滞在記の体裁をとっており、淡々と描かれた日記ですが、その内容はかなり怖い現実が書かれており、日記の雰囲気との落差が大きいのが、逆に現実の怖さを浮き立たせています。
※「弁明」は「中庭の出来事」のスピンオフ作品だそうですが、「中庭の出来事」が未読なので、残念なことに何のことやらと楽しめず。
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ブラック・ベルベット  双葉社 
 「MAZE」、「クレオパトラの夢]に続く神原恵弥シリーズ第3弾です。前作「クレオパトラの夢」が刊行されてから10年以上がが経過し、もうすっかり前2作の内容も神原恵弥の人となりも忘れていました。いい男なのにオネエ言葉で、悪口立ちするということで、普通の人なら引いてしまうキャラだったとは。
 T共和国(隠すまでもなくトルコのことでしょう)にある仕事で行くことになった神原は、友人の多田からT共和国に行ったまま行方不明となっている日本人の女性研究者、アキコ・スタンバーグを探してほしいとの依頼を受ける。T共和国でアキコを見つけて後を追った恵弥だったが彼女は恵弥の目の前で通り魔に襲われ命を落としてしまう・・・。
 行方を捜していた女性研究者の死、恵弥をT共和国に呼んだ“アンタレス”と名乗る人物、“死の工場”と呼ばれる薬物、黒い苔で体中が覆われる病気等々、恵弥の前に様々な謎が提示されます。
 恵弥の昔の恋人でもあった橘浩文や現地で居酒屋を開いている同級生の時枝満、現地警察の美人刑事、ロシア系らしいアンタレスの連絡役など様々なキャラが登場する中で、恵弥たちの運転手役を勤めたエディのキャラが強烈です。ひ弱な若者かと思いきや、人を殺すと軽い口調で言って恵弥を慌てさせます。美人刑事にはもっと恵弥と絡んでほしかったですが、あっという間に退場で残念です。
 なぜ恵弥がT共和国に呼ばれたのか、なかなか捻りのきいた理由があり、謎解きはおもしろく読んだのですが、最後はちょっとあっけない幕切れだったかなという気がします(特に“アンタレス”の正体は)。 
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消滅  中央公論新社 
(ちょっとネタバレ)
 大型台風が接近している国際空港で、海外から帰国した10人の男女が入国審査で引っかかり別室に連行される。更にネットで匿名で激しい差別発言や悪意に満ちた攻撃を繰り返す者を告発している“ゴートゥヘルリークス”のベンジャミン・リー・スコットがロシアに亡命を断られて空港に姿を見せ、係員に連行される騒ぎが起こる。別室に移された10人は、キャサリンと名乗るヒューマノイド型ロボットから、この中にテロリストがいる、それをみんなで見つけるようにと指示される・・・。
 読売新聞の朝刊に連載されていた作品なので、新聞1日の掲載分で切れ目があるためか、読みやすかったです。ただ、10人でテロリスト捜しが始まるのですが、自己紹介をしているわけではないので、語る人の印象で“日焼けした男”“鳥の巣のような頭”“ごま塩頭の男”等々と他の人を特定するので、「あれっ、この人誰だったかな?」と元に戻って確認することが何度もありました。結局、テロリストが誰かわかってから名前が明らかになった人もいましたし。
 1室に集められた人々の過去が語られる群像劇かと思いましたが、それほど深いエピソードは語られませんし、ああだこうだと推理していたテロリスト捜しも結局はテロリスト自らが名乗り出ることによって解決という、ちょっとあっけない幕切れです。「何だ!これで終わりなのか?」というのが正直な感想です。
 また、実は10人の中に実際には海外から帰国した人ではない人物が紛れ込んでいるのですが、どうやって紛れ込むことができたのか最後まで説明がなされないのは消化不良です。
 そんな中で一番印象的だったのがキャサリンです。キャサリンのキャラが(ロボットにキャラと言っていいのかわかりませんが)、ロボットなのに人間らしかったり、逆にちょっとズレていたり、好感を持てたり、時に不気味だったりと、非常に個性的でユニークでした。でも、こんなロボットがいつの間にか周囲に紛れ込んでいたら怖いですね。 
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蜜蜂と遠雷  ☆   幻冬舎 
 第156回直木賞受賞作です。物語は、世界的に有名なピアノコンクールを舞台に、コンクールに出場する4人の男女と彼らの周囲の友人や審査員たちを描いて行きます。
 幼い頃天才と言われながら彼女を支えてきた母親の死後、表舞台から姿を消した栄伝亜夜。世界的ピアニスト、亡きユウジ・フォン=ホフマンの弟子として彼の推薦状を持ってコンクールに突如現れた風間塵。亜夜の幼馴染みでジュリアード音楽院で学ぶ日系人のマサル・カルロス・レヴィ・アナトール。楽器店に勤めながらコンクールに臨む28歳の高島明石。この4人のうち誰が優勝するのかを第1次予選、第2次予選、第3次予選、そして最後の本選を通して描きます。
 心情的には妻と子を持ち楽器店で働きながら、コンクールに臨んでいる高島明石を応援しながら読み進みました。何不自由なく音楽に没頭できる環境でピアノの演奏を極めることができる人よりも、あるいは生まれながらにして天賦の才に恵まれている人よりも、普
通のサラリーマン生活をしながらコンクールに臨む人に僕のような凡人は惹かれます。天才が優勝するのは当たり前すぎて面白くないじゃないかと嫉みもあって思ってしまうのですが。
 登場人物の中では高島明石を除けば後の3人は天才といっていいのでしょう。特に風間塵は養蜂家の父親と各地を転々としながら、家にピアノもない中で、あれだけの能力を発揮するのですから、幼い頃からピアノが生活の一部であった亜夜やマサルとはまた異なった形の天才です。塵のようにサラッと弾いて他の奏者よりも人に感動を与えてしまうなんて、ズルいよと言いたくなります。
 ライバルの演奏を聴きながら、それぞれが感じる心象風景が描かれますが、恩田さんの表現力って凄いですね。今回登場人物たちが演奏する曲を相当聴き込んだに違いありません。クラシックの演奏会に行っても、語彙が少ない僕には「凄いなあ!」としか言えないのですが、本当に演奏を聴きながら感動するのは、演奏によって自分の心の中にあるものを感じとるからなんでしょう。
 読んでいると、演奏されている曲はどんな曲だろうと、思わず聴きたくなってしまいます。ほとんど聴いたことのない曲ばかりでしたが、その中でわずかながらも聴いたことのある曲のひとつ、バッハの「平均律クラヴィーア」を聴きながらの読書でした。
 結果はネタバレになるので書きませんが、直木賞選考委員の浅田次郎さんが、「結末の予想はついたが、へんなことしないで終わってくださいよ、と思っていたら、終わってくれた。見事な着地でした。」と言っています。僕自身の想像した落としどころとは異なっていましたが。 
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失われた地図  角川書店 
(ちょっとネタバレ)
 日本各地に出現する「裂け目」から出てくる“グンカ”を封じ込める能力を持つ一族である遼平と彼の甥である浩平と遼平の元妻である鮎観。彼らは、“煙草屋”と呼ばれる「裂け目」の出現を予言する男の指示で日本各地の「裂け目」を封じているが・・・。
 正直のところ、この作品だけでは物語の全体像がわかりません。いったい、遼平と鮎観の一族とは何なのか。“グンカ”とは何なのか。“グンカ”を封じ込めることができないとどうなってしまうのか。更には、何故か旧日本海軍の戦艦大和まで登場し、宇宙戦艦ヤマトの波動砲みたいな光で“グンカ”を殲滅したりもします。戦艦大和はいったい何なのでしょう。冒頭から“グンカ”との戦いが描かれ、その後も何ら詳しい説明がなされません。この作品だけでは長い物語の端緒という感じです。おもしろいとも何ともこれだけでは評価しようがありません。
 印象に残ったのは、大阪、呉で遼平たちと一緒に戦ったカオル。元自衛官で筋肉もりもりの逞しい身体をしているのに、オネエロ調のキャラが強烈です。また、「裂け目」を封じる方法が、遼平が髪に刺した簪で縫ったり、カオルが糊付けしたりするというのですから、想像すると笑ってしまいます。
 大きな謎のひとつとして残されたのが遼平と鮎観の間の息子、俊平の存在です。“グンカ”と遼平、鮎観一族との戦いの中で、俊平はどう位置づけられるのか、今後の展開が気になります。 
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終わりなき夜に生れつく  文藝春秋 
  「夜の底は柔らかな幻」の登場入物たちのエピソードが語られる4編が収録された作品です。「夜の底は柔らかな幻」を読んでいないと、物語で描かれる世界の成り立ちが理解できないので、楽しむことはできないかもしれません。
 冒頭の「砂の夜」には須藤みつきと軍勇司が登場。アフリカの地で医療ボランティアを行う彼らがある部落で遭遇した事件が描かれます。「夜のふたつの貌」は軍勇司が医学部の学生だったときの話。のちに入国管理官となる葛城晃との出会いが描かれます。「夜間飛行」は葛城が入国管理官になるきっかけが描かれます。この物語において葛城と“ソク ”である神山の進む道が分かれます。
 表題作である「終わりなき夜に生れつく」は他の3編と異なって一般人である週刊誌記者・岩切によって語られます。首に絞め跡のない窒息死事件が連続する。殺されたのは“在色者”に反感を持つ団体「HPU(均質化主義連合)」の会員だったことから“在色者”の関与が疑われる。一方、記者の傍ら、お尋ね者を探し出し懸賞金を得る賞金稼ぎの顔を持つ岩切は電車の中で気になる男を見つけ、周辺を探るが・・・。「夜の底は柔らかな幻」へと繋がる作品であり、ここでの出来事がある男が行動を起こすきっかけとなります。
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歩道橋シネマ  新潮社 
 ホラー系、SF系、ミステリ系や表題作「歩道橋シネマ」のような恩田さんらしい不可思議な話など18編が収録されたノン・シリーズの短編集です。
 ホラー系の作品が多いのですが、その中でもストレートなホラーは、「テープレコーダーから聞こえる人々の話し声」だけで描かれている「あまりりす」です。ある祭りの最中に死んだ大学教授の死に様が想像すると恐ろしいです。「切り干し大根」のようだったというのですからね。そして、銀行に立て籠もった犯人が人質に遊ぶことを強要するという「ありふれた事件」です。幼子の言うラストのセリフは恐いですねえ。
 ホラーでも、その恐怖の正体がはっきりしないところが怖いというところでは、祖父の家の縁側にある風鈴が風もないのに音を響かせる「風鈴」です。
 SFにミステリ要素が加わったのが、「逍遙」です。今のヴァーチャル・リアルティが進化したリモートリアルという装置で、他の場所にいるのに、その場所にいるように自分でも感じ、他人からもそこに実際にいるように見えるという技術が開発された未来で起こる落とし物事件とその顛末が描かれます。既刊の「消滅」のスピンオフのようです。
 ちょっとコミカルな要素が入った作品が「トワイライト」と「惻隠」です。前者はカタカナの題名とは不釣り合いな昔話、後者はこれはもう「我が輩は猫である」へのオマージュという作品です。
 これらとちょっと趣が異なるのが「線路脇の家」と「楽譜を売る男」です。前者は電車から見える家の同じ部屋にいつも同じ3人の男女の姿が見えるという話。後者はコンサートホールで外国人がただ楽譜を並べて何することもなく座っているという話。どちらも最初は奇妙な風景ですが、最後には現実的な種明かしがされます。奇妙な風景を最後に現実に落とすその過程が見事です。
 そのほか、「降っても晴れても」は唯一の本格ミステリといっていい作品です。雨の降っていない日でも水玉模様の傘をさして、同じルートを歩く人物が、いつものルートを外れた歩道でビルの工事現場の足場が崩れる事故に巻き込まれて死亡する事件を描きます。
 「麦の海に浮かぶ檻」は「麦の海に沈む果実」のスピンオフ作品とのことですが、「麦の海に沈む果実」のことはもうすっかり忘れていて、どこがスピンオフなのかわかりません。スピンオフということではもう1作。「悪い春」は「EPITAF東京」のスピンオフのようです。 
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ドミノin上海  ☆  角川書店 
 前作「ドミノ」が書かれたのは2001年。それから既に19年が過ぎているのですから、その内容はまったく覚えていませんでした。今作の舞台は日本ではなく中国の上海ですが、この作品には前作の登場人物が何人も再登場しています。前作を覚えていれば、クスッとする場面もあったでしょうが、19年も経っていてはそれは無理。ただ、覚えていなくても十分楽しむことはできます。
 冒頭の登場人物紹介には、前作では27人と一匹の動物がいましたが、今作では25人と三匹の動物が紹介されています。前作でも登場した映画監督・フィリップ・クレイヴンのペットであるイグアナのダリオは、なんと、冒頭でホテルの中華レストランの厨房に迷い込んでしまい、料理人の王によって料理の材料として調理されてしまうというかわいそうな運命。それ以降は、彷徨う霊として物語に登場します。代わって物語の中で大暴れするのがパンダの厳厳。人間たちを凌駕する知恵で上海動物園を逃げ出します。この厳厳のキャラは好きですねえ。擬人化されて描かれる厳厳の心の動きが面白いのなんのって。この作品一番のキャラですね。そして今作には更にもう一匹動物が登場します。パンダの厳厳を追うミニチュアダックスフンドの燦燦(さんさん)。諦めることなく厳厳を追いかけます。
 再登場する人物はダリオの飼主の映画監督のフィリップ・クレイヴンとその関係者のプロデューサーら。そして映画配給会社の社員で神官の娘である安部久美子と役小角の末裔である小角正も再登場。更には保険会社の三人娘、北条和美、田上優子、市橋(旧姓・加藤)えり子も登場し(このうちえり子は今では上海で宅配寿司店を経営する市橋健児の妻となっています。)、ドタバタ騒ぎに思わぬ役柄を得て大活躍です。
 物語の中心にあるのは、盗難品である至珠「蝙蝠」の争奪戦です。上海に持ち込まれ、骨董品店を営む董衛員の元に渡るはずが、手筈が狂って、ダリオが飲み込むことになってしまったのが、今回の最初のドミノが倒れるきっかけとなります。そこから、盗難品である“蝙蝠”を巡る窃盗グループと香港警察、暴走族の経験を活かして上海で寿司の出前配達をする市橋健児と上海警察、動物園から逃げ出した厳厳と厳厳を追う飼育員の魏英徳と燦燦等々の争いが始まっていきます。
 25人と3匹が入り乱れての大騒ぎですが、これだけの人数を登場させながらも読みながら頭の中がグチャグチャしないのは、恩田さんの筆力のなせるところですね。最後は見事に広げた風呂敷がたたまれます。気軽に楽しく読むには最高の作品です。 
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スキマワラシ  集英社 
 読む前は、題名の「スキマワラシ」からは当然のように「座敷童子」を連想してしまい、荻原浩さんの「愛しの座敷わらし」のような田舎の家での座敷童子との関わりを描いた作品かなあと思ったら全然違いました。
 主人公は古道具屋を営む纐纈太郎と散多の兄弟。弟の散多は物に残る人の思い~残留思念を読み取る能力(サイコメトリー)を持ち、兄も超能力ではないが見たものを映像として記憶することができる映像記憶の能力を持っている。あるとき、古いタイルに触れた弟がその残留思念の中に両親の若い頃の姿を見る。また、廃ビルの解体中に麦わら帽子をかぶった白い服の少女が現れるという都市伝説で語られる少女を弟は解体予定の建物の中に見る。果たして少女と両親はどんな関わりがあるのか。やがて、兄も取り壊し直前の店舗の中で白い服の少女を見る・・・。
 読み進めているうちに読者の前に様々な謎が提示されていきます。①いったい散多と太郎が「スキマワラシ」と名付けた少女の正体は何なのか、②太郎と散多の間に子どもはいたのか、③醍醐覇南子と纐纈兄弟の関わりはどうなっているのか、④履物の片方を集める犬のジローは、なぜそんなことをするのか、⑤タイルに残された思念がどう両親に結びついていくのか等々。
 最終的に②、③についてははっきりわかったものの、結局①については最後に少女が姿を現しても、僕個人としてはその正体は理解できず、④についてもその理由ははっきり書かれていませんし、⑤についても、「だから何?ただそれだけなの?」というちょっと腰砕けな感じでした。まあ、なぜ「散多」という名前がつけられたのかはわかりましたが、「ニワトリが先か卵が先か」ですよね。
 もう少し、ファンタジックなストーリー展開を期待していたのですが・・・。 
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灰の劇場  河出書房新社 
 物語は、恩田さん自身を思わせる小説家の「私」がデビューしたての頃、新聞の三面記事で読んだ事件のことを小説にしようとする過程を描く「0」の章、?とTという仮名の女性二人を主人公に語られる「1」の章、更に「1」の舞台化を巡る人間模様を描く「(1)」の章という三つの章に分かれるという構成になっています。
 この作品は、恩田さんらしいミステリーではありませんし、青春ストーリーでも、またホラーでもありません。「事実に基づく」とはどういうことかを問う小説のようですが、正直のところ恩田さんの描こうとしたものを理解することができませんでした。残念ながら個人的に合わない作品でした。 
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薔薇のなかの蛇  講談社 
 英国へ留学中のリセはソールズベリーにある薔薇をかたどった館「ブラックローズハウス」の主人、オズワルド・レミントンの娘・アリスから館でのオズワルドの誕生日パーティーに招かれる。そこではレミントン家に代々伝わる秘宝・聖杯が披露されるのではという噂が流れ、誕生日前から多くの招待客が集まっていた。折しも館の近くでは首と手足が切断され、胴体が真っ二つにされた死体が見つかり、「祭壇殺人事件」と名付けられていたが、招待客でにぎやかなレミントン家の敷地内で同様に切断された死体が発見される。主人のオズワルドには“聖なる魚”を名乗る者から脅迫状が届けられていたが・・・。
 2004年に刊行された「黄金の百合の骨」以来17年ぶりとなる水野理瀬が登場する長編作品です。17年ぶりなので正直なところ前作の内容は全く覚えていません。物語は、ヨハンという人物と彼を訪ねてきた男との「祭壇殺人事件」の会話で始まり、この二人の会話がレミントン家に滞在するリセの話の所々に挿入されます。前作までの理瀬シリーズを読んでいた人にはあの“ハンス”かとわかると思います。ハンスと理瀬の関係性を知っておいた方がより楽しむことができるでしょうが、知っていなくても、この二人の関係が今回の事件に関わってくるわけではないので大丈夫です。
 探偵役を務めるのはレミントン家の長男のアーサーとリセ。ただ、「祭壇殺人事件」の謎を解くのはアーサーでもリセでもありません。身体の切断の理由は、提示されている事実だけではわかりませんよねえ。
 アーサーは周囲の人から就職先は国の秘密機関と言われ閉口していますが、そう思われるほど頭脳は明晰で侮れません。次々と理知的に謎を解き明かしていくリセにアーサーは恋愛感情ではなく、“敵”としての警戒感を抱きます。そういう意味では、今回の作品は次作のために置かれたいわゆるアーサーとリセとの前哨戦といった感じです。今後の二人の関係が気になります。 
 
愚かな薔薇  ☆  徳間書店 
12500年後に地球は太陽に飲み込まれて滅亡することがわかっている現在、人類は新たな住む星を探して、宇宙に旅立っていた。宇宙船の乗員は“虚ろ舟乗り”と呼ばれ、少年少女たちの憧れであった。そんな“虚ろ舟乗り”になるためには、かつて他の星から来た宇宙船が墜落したとされる“磐座”でのキャンプに参加し、そこで過ごしている中で変質する必要があった。変質とは果てのない宇宙を旅するために不死の体になること。そのためには、人間の血を飲む必要があった。キャンプに参加した高田奈智の母は磐座出身の“虚ろ舟乗り”であったが、以前胸に銀の杭を突き立てられて殺害され、同時に父親は行方不明となっていた。キャンプが始まるとともに奈智には誰よりも早く変質が始まっていた・・・。
 SFでありながら昔から伝わる土俗的な祭りが行われている“磐座”を舞台に、吸血鬼という西洋的なイメージのある存在を始め様々なものがごったまぜになった物語です。心臓に銀の杭を打って、紫外線にさらされないと死なないなんて、まさしく吸血鬼のイメージですが、吸血鬼の物語かと言われるとそうではありません。長い宇宙の旅をするために不死の存在になろうとするのですが、なぜ、一部のものだけが吸血鬼へと変質するのかは、言い伝えというか、伝説の話で、はっきりとしたことは語られません。科学的なのか、非科学的なのか、とにかくよくわかりません。更には、変質の過程で、別の人格なる“木霊”と呼ばれる存在も登場し、残虐な行為を行うなど、西洋と東洋がごった煮という感じです。
 そんな西洋的とも東洋的とも取れるゴタゴタした世界ですが、飽きることなく読むことができるのは、恩田さんのリーダビリティのなせるところでしょう。
 でも、正直のところ、12500年後に地球滅亡と言われても、まったく「へえ~そうなの」という感想くらいで、何かしようとは思わないでしょうね。この物語の世界の人たちは、行動を起こしているのだから凄いです。 
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なんとかしなくちゃ 青雲編  文藝春秋 
 大阪の海産物問屋の長男の父、東京赤坂の老舗和菓子屋の娘の母との間に生まれた4人の子どもの末っ子である梯結子の4歳から大学卒業までを描く物語です。 
 幼い頃、結子につむじが二つあると気づいた父方の祖母と父は、「なんぞ特別な才能でもあるんとちゃうか」と思ったとおり、幼い頃から周りをよく観察する子で、幼稚園生の頃には、既に効率の悪いもの、コストが高くつくものを「キモチワルイ」と感じ、その「キモチワルイ」をなんとかしようとする子として育ちます。
 自宅近くの公園に隣の町内の子供たちがやってきて、自分が遊べなくなってしまったのはなぜか、どうすれば万尾の状態に戻すことができるのかとか、華美になりがちな友だちを呼ぶ誕生日会を華美にならずに、そして経済的に豊かでない家の友だちにも負担をかけずに参加してもらうかという結子のアイデアは周りをよく観察している結子ならではのアイデアですよね。そんな結子のヒーローが映画「大脱走」のジェームズ・ガーナー演じる「調達屋」とは、やっぱり普通の子とはちょっと違います。
 周りをよく観察するという結子の才能は、高校時代に生徒会長に立候補した友人の応援演説をする際にも、そして新聞部で先輩の三ツ橋歌子の付き添いをする際にもいかんなく発揮されます。この高校時代に出会った三ツ橋歌子という人物、美人で後に東大に合格するほど優秀だけど、ガラガラ声で「げへげへげへ」と笑うという彼女のキャラは個性的で強烈です。結子に次ぐ
 物語の後半は、結子の大学時代が描かれます。ここで彼女はなぜか「城郭愛好研究会」というサークルに入ることになってしまいます。サークル内で合戦シミュレーションが行われるのですが、ここでも「名誉の死よりも未来への生に重きを置く」という彼女の考えは“梯ドクトリン”として、皆に認知されます。
 物語は、総合商社に内定をもらい大学を卒業するところで終了します。続編は社会での結子の活躍が描かれるのでしょう。総合商社に入った結子がどんな仕事をし、どんな結果を出していくのでしょうか。楽しみです。
 この物語、時々、作者の恩田さんが登場して、色々述べますが、そこもまた楽しいです。 
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夜明けの花園  講談社 
 既発表の5編に書き下ろ1編(「丘をゆく船」)を加えた6編が収録された短編集です。理瀬シリーズのスピンオフ作品集です。湿原の中にある瀟洒な寄宿学校を舞台にした作品が4編、それ以外が2編となっています。
 寄宿学校の生徒が何者かが仕掛けた罠によって怪我をする事件が連続して起きる。事件が起きた時に笑いカワセミの鳴き声が聞こえたという。事件を調べ始めたヨハンだったが、今度はあやうくヨハンが殺されそうになる・・・(「水晶の夜、翡翠の朝」)。ヨハンの冷徹さが描かれます。
 学校に新入生のタマラがやってくる。人と関わろうとしないタマラに校長の二人の子ども、要と鼎は彼女を気に掛けるが・・・(「麦の海に浮かぶ檻」)。ラストで、実はこの物語は理瀬シリーズには重要な登場人物である人物のことが語られていたことが明らかになります。読者をミスリードする作品です。
 続く「睡蓮」は、本当の兄弟ではない亘に思いを寄せる幼い頃の理瀬を描き、「丘をゆく船」は「麦の海に沈む果実」の前日譚。「麦の海に沈む果実」に登場する黎二と麗子の過去の物語を描きます。
 「月蝕」は、寄宿学校を卒業し、アメリカの大学に留学するまでの間の聖が思い出す話。家族の事情で休むことになった教師の代わりにやってきた女性の数学教師はスキがなく常に周囲に注意を払っているように見えた。聖は自分を始末しに来たのかと考えるが、という話です。
 最後の「絵のない絵本」は成人した理瀬がヴァカンスにやってきた某国のホテルでテロに巻き込まれる話。ある目的をもってやってきた理瀬でしたが、ラスト、実は理瀬はここに引き寄せられたということが明らかになる怖さがあります。それにしても、ヨハンにしろ、聖にしろ、そして理瀬にしろ、命を狙われるという怖い人生ですねえ。
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