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奥泉光の本棚

  1. 雪の階
  2. 死神の棋譜

雪の階  中央公論新社 
 読み終えてどっと疲れました。600ページという大部に加えて、会話部分が少なく、ページの端から端までが字で埋まっています。文書もすらすらと読むことができる文体ではありません。
 奥泉さんといえば、いわゆる純文学作家ですが、従来から「葦と百合」をはじめ、ミステリ色の豊かな作品が多く、今回も2.26事件が起きる昭和初期の太平洋戦争直前の時代を背景に、心中事件の真相を主人公の女性が明らかにしていく様子が描かれます。
 主人公の伯爵家の娘、笹宮惟佐子は数えの20歳。たぐいまれな美貌でありながら、趣味が数学と囲碁ということで、周囲からはちょっと変わった娘と見られている。ある日、サロン演奏会に一緒に行くはずだった友人の宇田川寿子が姿を見せず、その後、富士山の麓で陸軍軍人と心中しているのが発見される。惟佐子は寿子から届いた欠席を詫びるハガキに死を思わせるような内容はなく、また、ハガキが投函されたのが死の前日で仙台からだったことから、心中事件に疑問を抱き、幼い頃彼女の遊び相手の“おあいてさん”だった牧村千代子に助力を求める。千代子は記者の蔵原と共に寿子の足跡を辿るが・・・。
 数学と囲碁が好きという理系の頭脳を持った伯爵令嬢の安楽椅子探偵ものかなと思ったのですが、やがて、彼女が驚きの行動を見せたことにより、それまでのちょっと変わった令嬢という印象が急にドロドロとしたものに変わってしまい、引いてしまいました。これでは読者の共感をあまり得ることはできないかもしれません。そんな惟佐子よりは千代子のおっちょこちょいのキャラの方が魅力的です。
 物語は「天皇機関説事件」など当時の状況が描かれているので、歴史好きとしては面白く読んだのですが、惟佐子に対し思わせぶりな態度を見せるドイツ人ピアニスト、カルトシュタインはあっけなく退場してしまうし、いつかは登場するだろうと思っていた伯父の白雉博允は結局登場しないし、事件の鍵を握ると思っていた兄の惟秀はそれほど描かれないしで、拍子抜けです。
 とにかく、惟佐子のキャラはガッカリだったなあ。 
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死神の棋譜  ☆  新潮社
 このところ将棋界は藤井聡太七段の最年少二冠タイトル獲得、最年少八段昇段の話題で盛り上げっていますが、この作品はそんな将棋界を舞台にしたミステリーです。大山十五世名人や羽生善治棋士など実在の多数の棋士の名前も登場し、ミステリ好きのみならず将棋指しにとっても楽しめる作品ではないでしょうか。ちなみに藤井聡太二冠をうかがわせるような人物が、意外な形で登場する場面もあります。
 2011年5月、第69期将棋名人戦が行われている日に。元奨励会員の夏尾が将棋会館の横の鳩森神社で詰将棋の図式が書かれた紙が結ばれた矢文を見つけ、将棋会館に持ち込んだ。居合わせた棋士たちが頭を捻るが、だがどうやっても玉が詰まない「不詰め」だった。ライターの北沢は居合わせた先輩ライターの天谷から、以前にも矢文の図式を見たことがあり、そのとき矢文を持ち込んだ十河という奨励会員は姿を消してしまったという話を聞く。やがて、矢文を持ち込んだ夏尾が消息不明となり、北沢は夏尾の妹弟子の玖村麻里奈女流二段とともに夏尾の行方を捜し始めるが・・・。
 北海道の閉山となった坑道地下の神殿で行われる「龍神棋」のシーンは、個人的には映画「ハリーポッター」でのチェスのシーンを思い出してしまいました。このシーンだけみると、ミステリーというより“伝奇小説”“幻想小説”といった方がいいジャンルの話かと思いましたが、そこは奥泉さん、きちんとミステリーとしての論理的な決着をつけてくれました。犯人がわかったときは、あるひとことを言いたくなるほど、犯人としてはよくあるパターンですが、それを奥泉さんはまったく想像させませんでした。このラストは考えさせますねえ。犯人は逮捕されるのでしょうか。 
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