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奥田英朗の本棚

  1. マドンナ
  2. イン・ザ・プール
  3. 空中ブランコ
  4. 東京物語
  5. ララピポ
  6. ガール
  7. 町長選挙
  8. サウスバウンド
  9. 真夜中のマーチ
  10. 家日和
  11. 純平、考え直せ
  12. 我が家の問題
  13. 沈黙の町で
  14. 我が家のヒミツ
  15. ナオミとカナコ
  16. 向田理髪店
  17. ヴァラエティ
  18. 罪の轍

マドンナ  ☆ 講談社
 直木賞候補となった短編集。本の題名となっている「マドンナ」は、自分の部下として異動してきた若い女性に恋してしまう中年の上司の話。自分を好きなのではないかと思い込んでしまい、若手の部下と競い合ってしまうところが悲しい。「ある。ある。こういうこと」と思わず納得してしまうほど中年の気持ちを分かっている。僕自身を投影しているようでこわい。しかし、妻はそんな主人公の気持ちをすっかり読み切っているのだから、やっぱり女性にはかなわない。
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イン・ザ・プール  ☆ 文藝春秋
 注射フェチでマザコンの精神科医伊良部と、そこを訪れる、水泳中毒、陰茎硬直症、自意識過剰、ケータイ依存症、強迫神経症の患者が繰り広げるドタバタ劇。5編からなる短編集です。笑ってしまいました。とにかく、伊良部という医者のキャラクターには大爆笑です。何だ、この医者は!とみんな思いながらも、通院を続けてしまう患者自身もやっぱりおかしい。そんなこんなしながらも、病気が治ってしまうのだから、伊良部は名医かとも思えてしまいます。心がふさぎ込んでいるときに読めば最高です。
 周りの人が自分をどう見るかなど全くかまわず、欲望の赴くまま行動する、「友だちいる?」と聞かれても、「うん、いないよ」としれっと答えられるなんて、伊良部という人物は本当は僕たちもそうでありたいと考える理想の人ではないでしょうか。もちろん、同じようには決してなれないけどね。
 患者たちも特別な人というより、自意識過剰やケータイ依存症など、どこにでもいる人たちですね。僕自身も強迫神経症だと言われても否定できません。自分でも時に家を出るときに鍵をかけたかなあと再確認したりしてしまいます。まあ、陰茎硬直症だけは回りにもいないと思うけど・・・。
 ところで、伊良部の描写から、ある人の姿を思い浮かべたのは僕だけでしょうか。色白で太っていて、そして名前が伊良部とくれば、やっぱりあの人ですよね。
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空中ブランコ  ☆ 文藝春秋
 「イン・ザ・プール」に続く、精神科医伊良部が活躍(?)するシリーズ第2作です。
 今回伊良部の元を訪れるのは、人間不信の空中ブランコ乗り、尖端恐怖症のやくざ、義父のカツラを剥ぎ取りたい衝動に駆られる強迫神経症の精神科医、スローイング恐怖症の野球選手、嘔吐症と強迫症に悩む女流作家の5人です。とにかく、理屈抜きにおもしろいです。抱腹絶倒の作品、思わず笑い声が出てしまいます。気持ちが落ち込んでいるときに読むには最高の小説のような気がします。そのうえ、ただ単に笑いだけでなく、最後にはホッとさせてくれるところがまた素晴らしいところです。
読んでいると、こんなとんでもない精神科医が不思議とまともなのかなと思えてしまうところが自分ながら怖いです(^^) ただし、あんな注射フェチでとんでもない医者には絶対掛かりたくないですが(看護師のマユミさんには会ってもいいかな(^^;)。
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東京物語  ☆ 集英社
 主人公田村久雄は、名古屋から大学に進むために上京しましたが、父親の会社の倒産により大学を中退し、小さな広告代理店に就職します。70年代後半から80年代終わりまでの約10年間の彼の人生を、その時々の世間の出来事を背景に描いた連作短編集です。(ただし、掲載順は年代を追っていません。作者の何か意図があるのでしょうか。)
 「最悪」、「邪魔」路線とも伊良部シリーズとも異なる趣の青春物語です。
 僕自身が主人公と同年代なので、物語のあちらこちらに、「ああ、そんなこともあったなあ」というところが多くありました。ジョン・レノンの暗殺、オリンピック候補地選びでの名古屋市の敗退、キャンディーズの解散と、同じ時代を生きた人にはたまらない作品ではないでしょうか。
 また、時代背景ばかりでなく、主人公がちょっとした経験だけで驕り高ぶり、先輩から注意されるところを読むと、自分もそうではなかったかなあという感慨に浸ってしまいます。
 地味な作品ですが、主人公にその当時の自分を投影して読むことができた作品でした。
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ララピポ 幻冬舎
 英語の題名がついた6編からなる連作短編集で、1つの短編の脇役が次の短編の主人公になるという形で6編が続きます。
 本の帯には“いや〜ん、お下劣”の大きな文字と犬の交尾の絵が描かれ、「紳士淑女のみなさまにはお薦めできません」という作者の言葉も書かれています。表紙カバーには鍵穴の形に穴がくり抜かれており、そこからは浮世絵風の女性の顔が覗いています。何だろうと思ってカバーを取るとそこには、いわゆる昔の男女の秘め事の絵が描かれていてびっくりです。ちょっと女性が本屋さんでレジに持って行くのは勇気がいる本ですね。図書館でこの本を借りる人は、このあたりの装丁者のお遊びが全然わからないでしょうね。図書館の本には帯は取られてしまっているし、表紙はピッタリとビニールのカバーが張られてしまっていますから。
 さて、話の方はというと、これまた性描写満載の作品です。作者自身が「紳士淑女〜」と自分で言うのも無理もありません。ただ、性描写の部分はさしみのツマの部分で、官能小説というわけではありません。本筋は思わぬ人生の落とし穴に落ち込む主人公たちが描かれます。
 各編に登場する主人公は、対人恐怖症のフリーライター、キャパクラ・AVのスカウトマン、熟女もののAV女優の主婦、嫌といえないカラオケボックスのアルバイト店員、官能小説家、テープリライターにして実は裏DVD女優の女性の6人、帯に言うところの選りすぐりの負け犬たちです。
 6人の主人公をみると、確かにどの主人公もこういう人にはなりたくないなあと読者に思わせてくれる人たちです。そんな主人公たちが、転落していく姿は悲惨で、そして滑稽でもあります。ただ、そんな人たちでも、なかには、意外とたくましく生きている人もいます。見事とも思える生き方ですね。僕にはできませんが。
 ララピポとは物語中で外国人が渋谷で人の多さにびっくりして“a lot of people”と言ったことによるもの。確かにアメリカ人が発音したのを聞くと、そう聞こえるかもしれません。
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ガール  ☆ 講談社
 30代OLを主人公とする5編からなる短編集です。以前刊行された「マドンナ」と同じ軽いタッチで、働く30代の女性を描いています。
 主人公の5人の女性ですが、独身女性もいれば、既婚女性もいる、バツイチの子持ちの女性もいます。管理職となった女性は理解のない男性社員に憤慨し、独身女性は30歳代という年齢に焦りを感じ、バツイチの子持ち女性は独身女性に嫉妬し等、それぞれ30代の女性が直面する現実をユーモラスに描いています。
 主人公たちに共通しているのが、男性社員に負けずに仕事をし、自分の考えをしっかり持って生きているということです。女性の皆さんはこの小説を読んでどう感じられるでしょうか。最初読み始めたときは、奥田さん、30代の女性をこんなにおもしろおかしく書いて女性の反発買いそうだなあ、女性からは「30代女性のことは全然わかっていない。やっぱり男性の書いた作品だ」と言われそうだと思いながら読み進んだのですが、そこはやっぱり奥田さんです。最後にはきちんと、女性の皆さんが読んでも共感できる終わり方になっているのではないでしょうか(こう、感じるのは僕が男だからかな)。
 どの作品も甲乙付けがたいのですが、その中でも「ひと回り」が秀逸です。イケメン新入社員の指導担当になった主人公が、彼に近づく若い女性社員たちに嫉妬してしまうのは、上司が男性でもあることです。いろいろ気になって余計なこと考えてしまう気持ちはよくわかるなあと納得です。最初の「ヒロくん」については、僕自身のことを考えると、友人の女性は、男性以上に仕事していますから、女性だからどうだという意識はないのですが、この作品に書かれていることが現実には多いのでしょうか。とにかく、おもしろかったです。おすすめです。
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町長選挙  ☆ 文藝春秋
 表題作を含む4編からなるトンデモ精神科医伊良部シリーズ第三弾です。発売前の宣伝文句には伊良部が「引き籠もり」とあったので、え〜と思ったのですが、まったく心配いらなかったですね。相変わらずのトンデモぶりは健在でした。どの話も、散々これでも医者かとこきおろしながらも、伊良部に惹かれていってしまう主人公たちといういつものパターンですが、飽きません。伊良部という男、本当に愛すべきキャラクターです(もちろん、実際には診てもらいたくありませんが(^^;)。
 「オーナー」と「アンポンマン」に登場する患者は、あまりに有名な人をモデルにしていることが明らかにわかります。読みながら、僕らがテレビで見るその人たちの姿が目に浮かんできてしまいました。話はおもしろいのですが、そもそもモデルになった人たちが、現実にもおもしろい(!?)人たちなので、ちょっとモデルのおもしろさに寄りかかってしまった感があるのは仕方ないですね。しかし、現実世界でもあの人たちがこんなことを考えていると思わせてしまうところが、奥田さんのすごいところです。モデルになった人たちは、この本を読んでどう思うのでしょうか、興味があります。「カリスマ稼業」のもう若くない女優さんも、どこかにモデルがいるかもしれませんね。
 表題作の「町長選挙」では、離島の診療所に2か月派遣された伊良部。そこでは、前近代的な町長選挙の真っ最中。その騒動の中で伊良部がマザコンぶりを見せたり、引き籠もったりと、相変わらずのハチャメチャぶりを発揮します。最後は感動の大団円。
 どの作品も大いに笑えて、不思議に感動もして、大いに満足しました。
 今回は前作よりも登場シーンが多くなった看護師のマユミさんが、いつもは無愛想な顔の後ろからちょっと感情を見せるシーンがあり、マユミファンにはよりおすすめです。

※伊良部が言った「デモクラシーなんてものは、最善じゃないの。機能するには一定規模が必要なの。一万人以下のコミュニティだと、昔の藩主みたいのがいて治めたほうが却って栄えるんじゃない。」という言葉。核心をついています。
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サウスバウンド  ☆ 角川書店
 発売当日に購入してから1年間積読ままだったのですが、読み始めたらおもしろくていっきに読み終わりました。
 伊良部シリーズのユーモア感覚はこの作品にも十分現れていて、何度も思わず声を上げて笑ってしまいました。とにかく、愉快でおもしろいです。掛け値なくオススメの作品です。
 主人公の小学6年生の上原二郎は、元活動家の両親と自称グラフィック・デザイナーの姉と小学4年生の妹との5人家族。とにかく、この元活動家の父親・一郎がすごい!区役所の職員は追い返すわ、二郎の担任の先生には君が代斉唱や天皇制について議論をふっかけるというとんでもない父親です。読んでいる分にはおもしろいのですが、実際に自分の父親だったらたまったものではないですね。母親がまた父親を愛しているせいか、働けとも言わないし、自分はせっせと喫茶店を切り盛りしている女性です。元活動家なら夫に働けと言いそうなものですがねえ。そんな父親の元でもひねくれない二郎。この作品は、そんな二郎の成長物語でもあり、最後はバラバラな家族の再生の物語でもあるんですよね。
 物語は2部構成になっており、1部は東京中野での家族の話です。中学生の不良との争いに悩む二郎の家に父親の友人のアキラおじさんが同居したことから家族は非日常の事件に巻き込まれていきます。 第2部は東京中野を出て行かざるを得なくなって父親の故郷沖縄の西表島に引っ越してきた二郎一家が描かれます。しかし、ここに来ても家族には平穏な生活は訪れず、環境保護団体と開発業者との争いに巻き込まれていくという有様です。
 官が大嫌い、国などない方が言いというあまりに強烈な個性の持ち主の父親が、この作品のおもしろさを支えます。そして母親も西表島に来てからしだいに変わってきて父親と同じになってきます。確かに一郎の言うことは正論なところがあります。普通の人は、そうは言ってもねえ、と妥協をしてしまうのですが、それができないのですね。ただ、父親の行動が跳ね返ってくる子どもたちは酷ですよね。読んでいて感じたのは、この夫婦、自分たちの考えはしっかり持っているけど、子供に対しては無責任ではないかなということ。自分たちの考えを曲げないために、子どもたちにあんなに耐えさせてもいいのかなと思ってしまいます。
 とはいっても、第2部は西表島の人々や島の駐在の新垣巡査、カナダ人のベニーさんという登場人物も加わって、笑いあり涙ありのラストへと突入です。体制に立ち向かう父親というのが、またかっこよかったですねえ。本当におもしろい作品でした。
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真夜中のマーチ  ☆ 集英社文庫
 奥田さんという作家は、様々なジャンルの話を書いて読者を楽しませてくれますが、この作品は、「最悪」「邪魔」のようなひたすらどん底に落ち込んでいくような暗い話系ではなく、伊良部シリーズのようなコメディ・タッチの作品です。
 物語の主人公は、詐欺まがいのイベント会社を経営する横山健司(ヨコケン)、超有名商社に勤める創業者一族と同じ姓を持つ三田総一郎(ミタゾウ)。インチキ美術商を父に持つ黒川千恵(クロチェ)の3人。彼ら3人が思わぬ出会いからクロチェの父ややくざを出し抜いて金を手にしようと悪戦苦闘する話です。3人のキャラクターがユニーク。出たとこ勝負、口八丁手八丁で世の中を生きてきたヨコケン。集中すると周りが見えなくなるミタゾウ。飛び抜けた美人のクロチェ(ただ、父親を毛嫌いしながらも、その金で贅沢な暮らしをしている、よくよく考えれば嫌な女でもあります。)。なかでもミタゾウのキャラが際だっています。一流企業の社員で真面目だと思うのが間違い、他人が創業者一族と勘違いするのを利用して、いろいろ楽しんできたという一面もあり、また、一度見たものはすぐに記憶してしまうという特殊能力を持つのだが、どこか抜けている憎めない男です。
 ドタバタの果てのラストは予想はできましたが、こんな彼ら3人の会話を読んでいるだけでもおもしろい作品でした。

※章が変わると視点がヨコケンからミタゾウ、クロチェと変わるのが、ちょっと気になりました。
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家日和  ☆   集英社
 家庭をテーマに描いた6編からなる短編集です。夫を主人公にした作品が3編、妻を主人公にした作品が3編です。伊良部シリーズのような毒のある笑いはありませんが、クスッと笑いながら、そうだよなあと相づちを打ちながら読み終わりました。どの作品も、それほど突飛な話ではありません。ラストも想像できる終わり方です。でも、読み始めると知らず知らずのうちに話の中に引き込まれ、あっという間に読み終わってしまいました。やはり、奥田さんはうまいですねえ。伊良部シリーズも楽しいですが、この作品集のようなノンシリーズの短編集も甲乙つけがたいおもしろさです(「マドンナ」「ガール」も大好きです。)。
 5編の中で、一番惹かれたのは「家においでよ」です。これは夫の側から書かれた作品です。妻と別居したあとに、部屋の中を自分好みの居心地のいい部屋に模様替えをし、いつの間にか同僚たちの溜まり場になるという話です。何だかとってもうらやましい気がしたと感じるのは僕だけでしょうか(笑)最後にああいう終わりかたにしたのは、あのまま終わりでは奥田さんは世の女性の反感を買ってしまうからでしょうね。
 「ここが青山」もうまいですねえ。これも夫の側から描かれた作品です。やはり、男としては夫の立場で書かれた作品の方が惹かれるようです。会社が倒産したため、妻が元の職場に復帰し主人公は主夫となり、妻に替わって家事をするようになります。世間からは憐れみの目で見られますが、本人は次第に主夫業に目覚めてしまうという話です。今の世の中、男女同権。立場が逆転してもいいかもしれませんね。時々仕事なんか辞めて主夫した方が楽だなあと思うのですが、それを口にすると妻からは、主婦だって楽じゃないんだからねと怒られますが。それにしても「人間至る処青山あり」の「人間」が「じんかん」と読むのを恥ずかしながら初めて知りました。
 妻を主人公にした作品では、「サニーデイ」が秀逸。ネット・オークションにはまった主婦を描いた作品です。オークションで落札者から好評価を得るたびに、若返っていると感じるというのはわかる気がします。人間たるもの、生き甲斐があって夢中になれば、気持ちの老化はしないものです。主人公にとっては、たまたま夢中になれるものがインターネット・オークションだったのですね。最後のオチもいいですね。ラストはこれが一番かもしれません。
 オススメの作品です。
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純平、考え直せ 光文社
(ちょっとネタばれ)
 歌舞伎町を縄張りとするやくざ、早田組のチンピラ坂本純平。喧嘩の仲裁に入ってくれた北島に憧れて、この道に入ったが、未だ身分は一番下。そんな純平にヒットマンとなって抗争相手の幹部のタマを取る命令が下り、決行までの3日間の猶予期間を与えられる。粋がりながらも、歌舞伎町で生活する女性からは子ども扱いでかわいがられる純平に、題名どおり「考え直せ!」と願いながら読み続けました。
 自由時間を与えられた純平は女の子と遊んだり、高級ホテルに泊まったりと、日頃できなかったことをします。そこで出会った人々との交流によって3日の間に純平の心に変化が生じるのか。
 さらに、女の子が純平のことを携帯サイトに書き込んだことから、サイト上の掲示板では純平の行動を巡ってスレッドが立ち、サイトの中で純平の行動について無責任な意見や考え直すように言う様々な意見が飛び交い始めます。それを知った純平はどうするのか。
 現実空間で純平が出会う人、仮想空間で純平に話しかける人、果たして彼らとの関わりによって3日の間で純平はどうするのか。ここが読みどころですが、ラストは予想していた展開とは異なる結果にちょっと残念な終わり方というのが正直な感想です。
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我が家の問題  ☆ 集英社
(ちょっとネタばれ)
 「家日和」で、」どこにでもありそうな家族の様子を描いた奥田さんですが、この作品はその第2弾ともいうべき、どこにでもある“我が家”の問題を描いた6編からなる短編集です。
 冒頭の「甘い生活?」は、新婚にもかかわらず家に帰りたくない夫が主人公。普通はこんなこと考えられないでしょうが、これって、相手のことを理解し合わないうちに結婚してしまったせいでしょうね。ラスト、これで解決したことになるのでしょうか。いささか疑問。
 「ハズバンド」は、夫が会社では仕事ができない男と評価されていることに気付いてしまった妻を描く作品。日頃、家ではやり手な感じで仕事の話をしている夫の真の姿を知ったら・・・。男性の読者にとっては、ちょっとドキッとさせられる話です。
 両親が離婚を考えていることを知ってしまった娘を描く「絵里のエイプリル」。当事者にとって大問題でありながら、両親のことを友人や先生に尋ねる様子はどこか笑いを誘います。でも、ラストに続く物語に描かれない現実は、この短編集の中で一番深刻かもしれません。
 「ハズバンド」同様、夫の会社での姿を知ってしまった妻を描く「夫とUFO」。突然、宇宙人と交信できると言い出した夫に精神に異常をきたしたかとうろたえる妻が、派手な格好で「これからおとうさんを救出してきます。」と、意を決して出かけるシーンは笑いながらも感動です。
 「里帰り」は、それぞれの実家への結婚後初めての里帰りに心を砕く夫婦を描いた作品。これはどこの夫婦も身につまされる話です。我が家は双方の両親とも同じ市内に住んでいるので、時間をかけた里帰りということはないのですが、妻の父は関西なので、生活習慣が異なるところがあって、「えっ!?」と思うことがあります。正月のお雑煮だけとっても、初めての時はびっくりしましたもの。
 「妻とマラソン」は、「家日和」の「妻と玄米御飯」に登場した大塚一家が再登場。前作ではロハスにハマった大塚家の妻ですが、今回妻がはまるのはジョキング。そんな妻を心配する夫の優しい視線で描かれた作品です。とっても素敵なラストに拍手です。
 「絵里のエイプリル」を除けば、家族っていいものだなあと改めて思う作品集です
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沈黙の町で 朝日新聞出版
 中学2年生の名倉祐一が部室棟脇の銀杏の木の下で頭部に傷を負った死体となって発見される。部室棟の屋上に足跡があったことから、そこから転落死したらしい。警察の調べで、彼の背中につねられた痕が残っていたことから、彼がいじめにあっていたことがわかり、同じテニス部の4人の男生徒が傷害容疑で逮捕(14歳の誕生日を迎えていない2人は児童相談所に保護)される。果たして、事故なのか、自殺なのか、それとも他殺か。物語は加害者の男子生徒、同じクラスの女生徒、事件を担当する刑事や検事、いじめの加害者及び被害者の親、事件を取材する新聞記者など多くの人の視点で語られていきます。
 子供を持つ親としては、自分の子供が加害者だったらどうだろう、被害者だったらどうだろうと、まず考えてしまい、親たちの言動が一番気になりました。被害者の親とすれば、やはり名倉の母親のようにいじめていた生徒たちを許すことはできない、いつまでも自分の子供が死んだことを心の重荷として引きずっていてもらいたいと思うし、加害者の親とすれば、自分の子供はいじめていない、少なくとも誰かに引きずられてやむを得ずいじめに荷担しただけと親バカなことを考えてしまうかもしれません。それを思うと、この作品で描かれる親たちを自分勝手だと一概に非難することはできませんでした。
 いじめの被害者である名倉自身も、ちょっと普通のいじめられっ子とは違うことが次第に明らかにされていきます。いじめられるのがわかりながら、自分の家が裕福なのを鼻にかけ、高価な服や物を見せびらかすなど、非常に鼻持ちならない人間で、読んでいて彼の気持ちを慮ることができません。この点は、いじめられる側にも問題があるような描き方に、いじめを容認しているのかとの批判もあったようです。
 今日的ないじめ問題をテーマにした作品としては、昨年ミステリベスト1を横山秀夫さんの「64」と争った宮部みゆきさんの「ソロモンの偽証」という大作があったので、どうしてもそれと比較してしまうのですが、「ソロモンの偽証」に比べるとちょっと・・・というのが正直な感想です。
 ラストはあっと驚くような真相が出現するのかなと期待していたのですが、何かバタバタと急いで終結にしたという感じがします。死の原因はわかりましたが、いじめの加害者の4人の中学生はどうなるのか、名倉の親と加害生徒の親とはどういう幕引きになるのか、女生徒の気持ちはどこに落ち着くのか、すべてが宙ぶらりんのまま唐突に終わってしまった感があります。この先どうなるのだろうとページを繰る手が止まらなかっただけに、ラストはえっ!と脱力でした。
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我が家のヒミツ  ☆   集英社 
 「家日和」、「我が家の問題」に続く、家族が抱える問題をちょっとユーモラスに描く第3弾。6編が収録されています。
 30歳を過ぎ周囲から「赤ちゃんは?」という圧力がかかる中で、頼りにならないと思っていた夫を見直すこととなる「虫歯とピアニスト」。ピアニストが言う「人間なんて、呼吸をしているだけで奇跡だろうって。」、ちょっと心が軽くなる言葉です。
 自分より仕事ができないと思っていた同期との出世争いに敗れた男の気持ちを描く「正雄の秋」。同じサラリーマンとして主人公の気持ちはよくわかるなあ。多かれ少なかれこんな経験は誰にもあるのでは。
 父親が実の父ではないと両親から打ち明けられた女子高生のアンナ。実の父は著名な劇作家であると知って浮かれるアンナに、友人たちはアンナの育ての父を気遣う「アンナの十二月」。有名人の実父と比較される育ての父親がかわいそうです。今更職業であれこれ言われてもどうにもなりませんものねえ。それにしても二人の友人の気遣いは素敵です。というか、彼女らの両親が素晴らしいのですね。
 母親を亡くした亨が1年前に妻を亡くした会社の上司から父親の心配をされる「手紙に乗せて」。亨と妹が理解できない父親の寂しさを同じことを経験した上司だからこそ理解できるのですね。オヤジたちの手紙のやりとりはちょっと引きますが。
 マンションの隣室に越してきた夫婦の不審な行動が気になって仕方がない産休中の妻を描く「妊婦と隣人」。行動を起こした先に待っていたものは・・・。これは予想外の展開でした。
 最後は前二作にも登場した大塚康夫の一家がみたび登場する「妻と選挙」。第1作ではロハスにはまり、前作ではジョギングにはまった妻が今度はまってしまったのは選挙。自分が参加しているNPO法人の会員たちに押されて、市議会議員選挙に立候補する様子を描きます。妻に振り回されている康夫が、最初は距離を置いていたのに今回も懲りずに妻の選挙に巻き込まれていきます。世の妻たちはこんな夫が欲しいのではないでしょうか。
 どの作品もほんわかと温かい気持ちにさせてくれます。オススメです。 
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ナオミとカナコ  ☆  幻冬舎 
 キュレーターとして葵百貨店の経営する美術館で働きたくて就職したのに、外商部の営業として働く直美。ある日、友人の加奈子を訪ねた直美は、彼女が夫・達郎からDVを受けていることを知る。仕事で知り合った中国人の女社長・李との関わりの中で、中国では夫から暴力を受ければ親族みんなで妻を助ける、夫を殺すとまで言い切る李の言葉に触発されて、直美は次第に加奈子の夫を殺すことを考え始める。そんな中、李の会社で達郎そっくりの中国人、林に出会った直美はある計画を思いつき、達郎への恐怖から離婚できない加奈子に対し、達郎の殺害を持ちかける。
 いくらDV野郎の夫から逃れられない親友の加奈子を助けるためとはいえ、行政が頼りにならなくても、今では女性を支援する組織とか探せばあるのに、ひたすら殺すことだけに考えが向いてしまう直美が怖いです。結局、自分たちでは完璧だと思っていた計画も、いざ実行に移せば、穴だらけ。昨今、監視カメラは至る所に設置されているのは誰でも知っていることなのに、達郎に扮した林を空港まで一緒に送っていったり、林がATMで金を下ろすのに立ち会ったりと、普通、そんなことマズイと分かりますよねえ。ちょっと抜けているとしか言えません。ただ、彼女たち、考えは浅はかでも行動力だけは凄いです。
 この作品は、いざとなれば女性は強いんだぞということを男性の読者に示します。直美と加奈子の行動力も凄いですが、直美と加奈子に対峙する達郎の妹・陽子も凄いです。彼女は兄の失踪を不審に思い、直美と加奈子の企みを暴こうと行動します。行動力だけでなく、頭の回転も直美たちより一枚上手です。ラストは逃げる二人と追う陽子の女性同士の戦いが見所です。それに比べて男性はといえば、あえなく殺される達郎と殺人の片棒を担がされる林という、残念な男たちです。
 夫を殺そうと思うのは短絡的ですし、その計画に必須となる夫にそっくりな男に偶然出会うというのは都合良すぎのストーリーですが、この先どうなるんだろうと気になって、いっき読みでした。世のDV夫たちは女性が肉体的に自分より劣っているのをいいことに暴力を振るいますが、いつかはしっぺ返しを受けますよ。

※先日、最終回を迎えたテレビドラマでは、ラストシーンがはっきりしなかったので、果たして二人は逃げ切ったのかどうかが話題となりました。ドラマでは達郎の姉・陽子役の吉田羊さんのキャラが際立っていました。そして忘れてはならないのが李社長役の高畑淳子さん。はじけていましたね。 
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向田理髪店  ☆  光文社 
 物語の舞台となる北海道の中央部にある町、苫沢町はかつては炭鉱で賑やかな町だったが、閉山となってからは人口も減る一方で、ハコモノ行政のツケも出て財政破綻した町。かつての炭鉱町で財政破綻した町といえば夕張市が思い浮かびますが、苫沢は架空の町です。そこで理髪店を営む向田康彦の目を通して語られる過疎の町での出来事を描いた6編が収録された連作短編集です。
 向田康彦は理髪店を自分限りで閉店と考えていたが、札幌で会社勤めをしていた息子・和昌が1年で会社を辞め、跡を継ぐと実家に帰ってくる。会社を辞めざるを得ない何かがあったのではないかと心配する康彦に対し、妻の恭子は息子が帰ってきたことで喜びを隠しきれない・・・(「向田理髪店」)。
 近所の老人が突然倒れた。一命はとりとめたものの寝たきりとなり、病院へ入院することとなる。康彦らは年取った奥さんを心配し、通院を手伝うと申し出るが、奥さんは頑なに申出を断る・・・(「祭りのあと」)。
 なかなか嫁が来なかった農家の野村大輔の元に中国から花嫁がやって来た。康彦らは中国からの花嫁に最初は戸惑うものの、大輔に花嫁が待ちに溶け込めるよう早く皆に紹介するようせっつく。だが大輔はお披露目を避け続ける・・・(「中国からの花嫁」)。
 母の介護のために札幌から戻ってきた娘がスナックを新規開店する。妖艶なママに町のオヤジ連中は皆そわそわ・・・(「小さなスナック」)。
 苫沢町が有名女優が主演する映画のロケ地になり、全町民大興奮。エキストラ募集に康彦も康彦の母も手を挙げて大騒ぎとなるが、映画の内容が過疎の町を舞台にした殺人がテーマになっていると知って、今度は非難の声が上がる・・・(「赤い雪])。
 年寄りに詐欺を働き、ついには自殺者まで出してしまった詐欺グループの一員として指名手配された男は苫沢出身。実家の周囲にはマスコミが群がり警察も張り込みを始める。康彦たちは男の両親に交代で差し入れをして励ますが・・・(「逃亡者」)。
 ラストの「赤い雪」、「逃亡者」は、静かな町の中に降って湧いたイベントのようなものですが、あとはどこの過疎の町でも起こりうるささやかな日常の出来事が描かれます。生まれ故郷に戻ってきた若者たちがどう生きていくのかとか、家を継いだ若者の結婚の問題と
か、若者が出て行って老人だけになったことで考えなくてはならない問題等々過疎の町の問題がユーモアというオブラートにくるんで語られていたりもします。
 この中で一番印象的だったのは「祭りのあと」の頑なに通院の手伝いを拒んだ老婆の心の中です。わかってみれば、なるほどなあ、やっぱり女性は強いと改めて思ってしまいました。男性だったらこうはいかないよなあとも。
 それと、大いに理解できたのは、「小さなスナック」でお互いに張り合うオヤジ連中の気持ちです。わかるなぁ。自分が恋の対象にならないとわかっていても、心の片隅では「でも少しは」と期待してしまうオヤジたちが哀れです。 
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ヴァラエティ  講談社 
 他の作品集への収録からこぼれ落ちてしまった作品、シリーズ化する予定が途中で断念してしまった作品等々、今までの作品集に掲載されなかった様々な小説7編と2つの対談(相手はイッセー尾形さんと山田太一さん)が収録されています。
 冒頭の「おれは社長だ!」と、続く「毎度おおきに」はシリーズ化を前提にして書き始めたもののようですが、奥田さんの意欲が続かなかったのか、2作品で打ち止め。大企業でやり手でならした男が退職して起業したものの、起業して初めて、大企業の社員でなくなった故に失ったもの、あるいはやらなければいけなくなったことに気づき、愕然とする話。しかしそこは奥田さんの書く作品です。ただ、落ち込むだけの暗い話ではなく、ユーモアも交えた末来が見える話になっているのがホッとします。まだ話としてはスタート地点が描かれただけなので、これで終了ではもったいない。ぜひシリーズ再開を期待したい作品です。
 妻の思わぬ行動から、どんどん追い詰められていく、かわいそうな夫を描くのが「ドライブ・イン・サマー」です。自分勝手な人々に翻弄される主人公を描くストーリーは伊良部シリーズに通じるものがあります。夫に同情を禁じ得ません。
 「クロアチアvs日本」は、サッカーワールドカップの日本対クロアチア戦をクロアチア人側から描いたショート・ショートです。
 「住み込み可」は、DVの夫とサラ金の借金から逃れ、やってきた温泉街の食事処で働く暎子が主人公。仲居頭から虐められる新人の女性の行動が気になるが・・・。ちょっとミステリ系のストーリーになっています。
 初体験をしようとする娘に気づいた母親の気持ちを描く「セブンティーン」、幼い頃の夏の出来事を描く「夏のアルバム」は笑いのないシリアス系の作品です。 
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罪の轍  ☆  新潮社 
 東京オリンピックを目前にした東京の下町で起きた小学生誘拐事件に関わる3人の男女、義父からの虐待で頭に障害を持つ青年、誘拐事件の捜査に携わる警視庁捜査一課の刑事、東京の山谷で旅館を営む母の手伝いをする在日韓国人の女性の視点で事件が描かれていきます。
 北海道礼文島で漁師として働く宇野寛治は、幼い頃、義父により当たり屋の道具とされ、車にはねられて頭を打ったことの後遺症で、物覚えも悪く、時に意識を失うこともあり、周囲から“莫迦”と言われていた。盗みをすることに罪悪感を抱くこともなく、漁師の傍ら空き巣をしながら生活していたが、ある事件がきっかけで宇野は東京に向かうこととなる。それから1月後、警視庁捜査一課の落合昌夫は南千住で起きた強盗殺人事件の捜査に携わっていたが、その事件の関係者として、やがて宇野の姿が浮かび上がってくる。宇野を追う中、豆腐屋の子どもが誘拐される事件が起き、誘拐事件の捜査に回された落合らの目前で身代金が奪われてしまう。戻ってこない子どもの行方を捜す中で、誘拐された子どもの周辺に宇野の姿があったことを落合は突き止める・・・。
 作品は1963年に起こった「吉展ちゃん誘拐殺人事件」を下敷きにしているとされます。僕自身は当時はまだ幼かったので、事件が起きたときのことは記憶にないのですが、この事件はその後、映画・テレビドラマ化され、事件を知らなかった僕らにも強い印象を与えました(特に捜査に当たった平塚八兵衛刑事は有名になりました。)。
 物語は高度成長時代を迎える中、電話の普及が一般家庭にはまだだったところに、逆探知ができないなど、時代の流れについていけない警察の失態や、次第に普及を始めたテレビを通して犯人の声が流されるなど当時の世相が色濃く反映されたものとなっています。60年安保が終わり、70年安保を前にした時代に新左翼運動が山谷の町の中にもあったとは、この作品を読んではじめて知りました。 
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