噂 |
講談社 |
香水の販売戦力として流した都市伝説のはずだったのに・・・。その噂のとおりにニューヨークから来た殺人鬼「レインマン」が出没、ついに女子高校生が殺され、その死体からは足首が切断されていた。
渋谷系のティーンエイジャーの生態を絡めながら、男やもめの所轄の刑事といまどきの女子高校生である娘との関わり、そして彼とコンビを組むことになった階級が上の本庁の女性刑事への戸惑い等を背景に連続殺人事件を追う刑事を描いていく。最後の3ページはちょっと恐ろしい。
誰もが携帯電話を持ち、化粧をし、渋谷の街でたむろする。不幸の手紙ではなくチェーンメール。今どきの女子高校生というのはこんなものなんだろうか。小学生の娘でさえ理解できないことがあるのに、高校生になったらもう、娘というより宇宙人になってしまわないか不安である。 |
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ハードボイルドエッグ |
双葉文庫 |
フィリップ・マーロウに憧れ、30歳目前にして会社を辞め、探偵業を始めた主人公。しかし、彼の元の持ち込まれる事件はペットの失踪調査8割、浮気調査2割という有様だった。そんな主人公が突然、美人秘書を募集することを決意するが、それに応募してきたのは履歴書と一緒にダイナマイト・ボディの写真を送りつけてきた、片桐綾。さっそく採用しようとするが・・・。
「ハードでなくては生きていけない。優しくなければ生きている資格がない。」とつい独り言を言ってしまう主人公とダイナマイト・ボディ(?)の秘書が遭遇する殺人事件。二人のコンビをコミカルタッチで描きながら最後にはちょっと涙腺が刺激されてしまう、タフと優しさを秘めたハードボイルド作品である。 |
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コールドゲーム |
講談社 |
甲子園への夢が破れた主人公の光也。その主人公の周囲で中学校時代の同級生が襲われるという事件が起きる。犯人として名前が挙がったのが「トロ吉」。中学時代に、同級生のいじめにあっていた生徒である。その後、トロ吉をいじめていた者が次々と襲われる。果たして犯人は本当にトロ吉なのか。光也たちはトロ吉の行方を追う。
いじめた人、いじめられた人、いじめを知りつつも何もしなかった人。ほとんどの人がこの3つのうちどれかには属すが、いじめられた人以外は、時がたつとその事実を忘れてしまう。しかし、いじめられた人の心にはいじめの事実はいつまでも消えない影を落とす。
それをいじめた側は全く分かっていない。この小説のラストのような衝撃的なことが起きなければ、いじめた側は分かろうとしないのだろうか。あまりに悲惨なラストにやるせない気持ちになってしまった。 |
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僕たちの戦争 |
双葉社 |
主人公は、2001年に生きる根拠なしポジティブ頭のフリーター尾島健太と1944年に生きる日本海軍の飛行術練習生の石庭吾一です。この二人がそれぞれサーフィン中と単独飛行練習中にタイムスリップをしてしまい、生きる時代が入れ替わってしまいます。
設定としてはありふれたSFものです。二人がどうしてタイムスリップしたのか、瓜二つの顔だったのはどうしてかということの説明は作者からはなされません。二人が全く環境の違う世界に現れることから、彼らの取る行動はおかしく、そこには笑いが描かれます(特に尾島健太はどうしようもない根拠なしポジティブ頭なので、考えることやることが笑いを誘います)。しかし、戦争中という緊迫した世の中で現代の若者を代表するようなポジティブ頭のフリーターが何を考え、どうやって生きていくのか、そして戦争など対岸の火事にも考えていないのんびりとした現代を、御国のため、家族のためには死も厭わずと考える青年兵士はどう見るのか、作者はそれを描きたかったのではないのでしょうか(それも、さらっと)。
今年で戦後59年となり、しだいに戦争を語る人も減ってきた今、荻原さんには申し訳ありませんが、この作品はあまり世間の人の目は引かないでしょう。しかし、今月くらいはこの作品を読むことで、忘れ去られようとしている戦争を今一度考えてもいいのかもしれません。この本が発売したのは8月上旬ですが、奥付の日を見ると8月15日になっています。終戦の日です。 |
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明日の記憶 ☆ |
光文社 |
主人公は、働き盛りの広告宣伝会社の営業部長。何ヶ月後かには一人娘の結婚式を控えていた。ある日、彼は目眩や不眠から病院に行くが、診断の結果は若年性アルツハイマーだった。
身につまされる話でした。僕が20代、せめて30代の頃にこの本を読んだのであれば、他人ごとのように、単に主人公が哀れと思っただけに違いありません。しかし、40代の今、若年性アルツハイマーという病気は他人ごとに思えなくなってきました。というのは、最近、物忘れがひどくなってきたのです。特に人の名前です。若い頃は人の顔と名前を覚えるのが得意で、妻からも、よく一度会っただけの人をいつまでも覚えていることができるねえ、とあきれられたものでした。それが今では、時々会う人でも、ふと名前をど忘れしてしまうことがあります。この物語を読みながら、もしかしたら自分もアルツハイマーの徴候があるのではないかと怖ろしくなってしまいました。
記憶がなくなっていくことが自分で意識できるなんて、こんな辛いことはありません。僕には、そんな状態に耐えることができるのかわかりません。
物語の中で、主人公が思います。「歳をとり、未来が少なくなることは悪いことばかりじゃない。そのぶん、思い出が増える。それに気づくと、ほんの少し心が軽くなった。」 しかし、アルツハイマーは、増えた思い出を消し去ってしまうのです。
本当に辛い物語でした。この物語の続きには、もっと辛い現実が待っています。やりきれませんね。 |
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メリーゴーランド ☆ |
新潮社 |
市役所という公務員の世界で奮闘する一人の男を描いた作品です。
主人公は9年前に父親が亡くなり、母親が一人になったことを契機に東京での会社勤めを辞め、故郷へとUターンして市役所に勤めている遠野。
昨今の第三セクターの破綻はこの駒谷市においても例外ではなく、バブルの頃作られた“アテネ村”は閑古鳥が鳴いている状態です。市長選を前にして、現市長の肝煎りでアテネ村の再建のために設置された“アテネ村リニューアル推進室”に遠野は異動することになります。
公務員といえば前例踏襲、事なかれ主義、責任回避、コスト意識皆無等々いいことは何も言われませんが、この作品で描かれる駒谷市役所も典型的な公務員の集まりです。
また市役所幹部の天下り先である第三セクターの役員たちも市役所以上の典型的な公務員ですから、ここで描かれる彼らの言動には読んでいてもイライラさせられます。もし、これが現実の公務員の姿だったら、税金泥棒と叫びたくなりますよね。公務員の世界にいなければわからないようなことまで、荻原さんはどこで知ったのでしょう。
ストーリーは、アテネ村がゴールデン・ウィーク中に開催するイベントに奔走する遠野の姿を描いていきます。前例踏襲、コスト意識皆無で、考えるのは地方にありがちな有力者に気を遣うことと予算消化のことだけという第三セクターの役員たち。そんな彼らを前に、会社員だった頃の意識が次第に頭をもたげてきて、どうにかして今までのことを変えていこうとする遠野の努力に、思わず声援を送りたくなります。でも、ご老体が昔の意識を引きずっていて考えを変えないのは、何も公務員の世界だけに限りませんよね。
遠野の周りに集まる面々は、個性豊かで楽しい人物たちです(ちょっとお友達にはなりたくはないですが(^^;)。地元のイベント企画会社のプランナーの沢村、遠野が学生時代属していた劇団の座長来宮と座員たち、暴走族上がりの宮大工の孫シンジとその仲間、そして遠野の同僚である典型的な軽い若者である柳井とつかみ所のない女性の徳永等・・・。そんな彼らの破天荒な行動が遠野を支えます。
最後には地方政治のどろどろとした裏側まで描いており、とてもおもしろく読むことができました。地方公務員必読の本ですね。 |
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あの日にドライブ ☆ |
光文社 |
主人公牧村は43歳の中年男。エリート銀行員でしたが、理不尽な上司の言葉に楯突いたため、関連会社に出向の命を受けたのを機に退職。今ではタクシーの運転手となっています。
最初は、帯に「元銀行員のタクシー運転手は、自分が選ばなかった道を見てやろうと決心した」と書いてあったので、これはタイムトラベルの話なのか、あるいはパラレル・ワールドに迷い込む話かと想像したのですが(先日、「バタフライ・エフェクト」という、愛する女性の人生を変えるために過去に戻る男の映画を見たので、なおいっそうそう思ってしまったのかもしれません)、まったく違いました。単にあの時ああしていればと夢想しがちな男の話です。
確かに、誰でも、あのときああしていたら今の人生は変わっていた(それもいい方向に)と思うことはあるでしょう。戻れるのなら戻ってみたいと思うこともあるでしょう。僕自身もあの時違う決断をしていたらと考えることも数え上げたらきりがありません。しかし、この主人公はあまりに夢想ばかりしていすぎですね(^^)
エリート銀行員だったのだから、辞めてもそれなりの職業に就けると高を括っていたら、面接では惨敗、年齢制限にもひっかかるという状況で、現実から逃避したいのはわかりますが、夢見るだけでは何の解決にもなりません。挙げ句の果ては昔愛した人を見たさに家の周りをうろつくなんて、これはもう完全にストーカーです。主人公が同年代だと、どうしても自分の姿を重ね合わせてしまいがちですが、これはさすがに遠慮ですね。
荻原さんはユーモアも交えた文章で書かれていますが、同年代の男にとってはちょっと辛いです。ただラストに向かうにつれ、重苦しい雰囲気から明るい雰囲気となってきたので、ホッとしながら読了しました。
山本周五郎賞を獲得した「明日の記憶」もそうですが、中年の男を書かせると荻原さんはうまいです。荻原さん自身も同じ年代だからでしょうか。
主人公が思います。「こうなりたいと思う自分と、現実の自分とのギャップを人間はいくつになってもなかなか埋められないものだ」と。あ~、心に染みる言葉です。そのとおりですね。 |
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ママの狙撃銃 ☆ |
双葉社 |
主婦が実はスナイパーだったなんて、このところの「明日の記憶」「あの日にドライブ」のようなシリアス路線とは異なる作品です。気軽に読み進めてあっという間に読了です。
主人公は日系三世の曜子。幼い頃アメリカの祖父の元に預けられていたが、実はその祖父はスナイパーで、孫娘に銃の撃ち方や身の守り方を教授する。そんなある日、曜子は死の床につく祖父の代わりに一人の男を殺害する。祖父の死で日本に戻ってきた曜子は、今では二人の子供の母親として平凡な生活を送っていたが、そこにかつての仲介役Kからある男の殺害依頼の電話がかかってくる。今の平凡な生活を守るために無視しようとする曜子だったが、Kの言葉の端々に感じられる依頼を断ると家族への危害が及ぶ恐れに彼女は悩む。そして将来も考えずに会社を退職してしまった夫の無計画な行動による家計への不安から、彼女は依頼を引き受けることとする。
主婦がスナイパーなどという絵空事のような設定ですし、カバーの絵からはページを開く前はユーモア小説かと思っていたのですが、違いましたね。気の弱い夫と二人の子供という家庭を必死に守ろうとする主人公の話です。主人公曜子はスナイパーという特異な職業(?)を持っていますが、後先考えずに会社を辞めてしまう夫を気遣い、学校でいじめにあっている娘を心配する普通の妻であり、母親です。ただ、娘へのいじめを解決する手段がさすがスナイパーらしいといえます。普通の母親には真似できませんね。
ラストは意外な事実も明らかとなり、大団円です。ちょっと感動もありのラストでした。 |
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押入れのちよ |
新潮社 |
現在映画「明日の記憶」が公開されている荻原浩さんの最新作です。今までの荻原さんの作品とはちょっと毛色が変わったホラー系の9編からなる短編集です。
ホラーといっても、怖いものから、感動もの、そして怖いながらもユーモアを感じさせるものと、色々揃っています。
最初の「お母さまのロシアのスープ」は、他の作品とは違って登場人物は外国人です。絵本のような語り口から最後に「あっ!」と言わせる作品ですが、これは途中で落ちが読めてしまいました。どこかで同じような落ちの作品がなかったでしょうか。
「コール」と「しんちゃんの自転車」は感動もの。同じ落ちの作品といっていいでしょう。これもよくあるパターンの作品です。
「殺意のレシピ」と「予期せぬ訪問者」は、荻原さんのユーモア感覚が生かされた作品です。特に「殺意のレシピ」はおもしろいです。お互いに相手を殺そうと思った夫婦が食事に有毒の食材を混入させ、どうにか相手に食べさせようとするが・・・。お互いの心の動きと最後の結末が最高です。
「老猫」と「介護の鬼」はこの作品集の中で一番ホラー色が強い作品です。やっぱり歳を取った猫は怖いです。
表題作の「押入れのちよ」は表紙カバーにもなっている作品ですが、真夜中こんな風に押入れから出てこられたら怖いですよねえ。でも、この作品はホラーより人情ものですね。ラストの「はいなるあんさー?」には笑ってしまいました。 |
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サニーサイドエッグ |
東京創元社 |
「ハードボイルドエッグ」の続編、フィリップ・マーロウに憧れる私立探偵最上俊平が再び登場します。私立探偵の看板を掲げながらも、彼のもとに持ち込まれるのは失踪した犬やネコの捜索がほとんどという有様。今回彼が事件に巻き込まれることになるのも、2件の猫のロシアンブルーの捜索です。1件は和装の美女から、そしてもう1件は東亜開発というコワいお兄さんからの依頼です。
前回は秘書としてあまりに歳を召した女性が登場しましたが、今回彼の事務所にアルバイトしてやってきたのは金髪、グリーンの目、歳以上に発達した胸の盛り上がりを持つ女の子、茜。またまたこの女の子を抱えて騒動が巻き起こります。そして、そんな彼の周りで起きる連続動物虐殺事件が加わって、最上を休ませません。動物虐殺事件や茜が抱えるある問題は、現実の世の中を反映した問題といえますが、ちょっと詰め込みすぎで最上一人の活躍では手に負えない嫌いがないわけでもありません。
フィリップ・マーロウばりに減らず口をたたくが、人情が厚いところが憎めないところ。腕の方はからっきし、相手をなぎ倒すのは想像上だけ、いつも逆にやられてしまうというのがまた笑えます。最上同様にフィリップ・マーロウファンの須藤捜査一課課長補佐のキャラクターも愉快です。須藤のようにフィリップ・マーロウの台詞を臆面もなく言う警官がいたら楽しいでしょうね。Jのマスターも再登場して、売り上げ増のために頑張ります。
失踪した猫の捜索の模様が語られますが、これって猫の習性とか知らないと書けませんよね。野良猫との戦いは読んでいても楽しい場面です。荻原さん、どこかで勉強しましたね。 |
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さよなら、そしてこんにちは |
光文社 |
荻原さんの2冊目の短編集です。前作の短編集「千年樹」は非常に暗い作品でしたが、うって変わってこちらはユーモアとペーソスにあふれた作品集です。やはり、荻原さんにはこちらの作風の方がお似合いです。
テレビの健康番組に一喜一憂するスーパーの食品売場の責任者を描いた「スーパーマンの憂鬱」。実際にテレビ番組で納豆が健康に良いと放送された翌日に、納豆がスーパーの棚から消えてしまうこともあることからすれば、スーパーの仕入れ担当者が本当にテレビの健康番組を見ていても不思議ではありません。それにしても「スーパーマンの憂鬱」とは、題名が秀逸です。
カントリーライフを夢見てど田舎に引っ越した家族を描いた話が「ビューティフルライフ」。カントリーライフを目指した理由が大黒柱のリストラだけでなく、不登校となった息子のためというのが現代的。それが家族の暗黙の了解となっているところがいいですね。ラストの落としどころがほっとした気分にさせてくれます。
「寿し辰のいちばん長い日」は、客が入らない寿司屋の無愛想な主人が主人公。こんな無愛想な主人って、心当たりありますよね。そういうお店は、こっちが緊張してしまって食事のおいしさなんて全然わかりません。そんなお客にとってラストはちょっと爽快です(ごめんなさい。)。
「長福寺のメリークリスマス」は、妻と娘からクリスマスをしたいとせがまれるお寺の住職が主人公。住職という立場に悩みながら返送してツリーを買いに行くが・・・。荻原さんらしい心がほんわかするラストです。
そのほか、笑い上戸のくせに葬儀社で働く男を描く表題作の「さよなら、そしてこんにちは」、テレビのイケメン俳優に恋する主婦を描く「美獣戦隊ナイトレンジャー」、スローライフブームに乗った料理研究家を描く「スローライフ」と、どれも時代やブームに翻弄される人々を描いた作品集です。 |
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愛しの座敷わらし ☆ |
朝日新聞社 |
一家の主の転勤で東京から田舎に引っ越してきた夫婦、子ども二人、夫の母親の高橋一家5人。会社人間の夫、家庭を顧みない夫と姑との生活に疲れている妻、中学校で友だちとの関係が上手くいっていない姉と喘息気味のため過保護な弟の子どもたち、息子家族との同居から認知症らしい症状が出てきた夫の妻と、どこにでもいそうな平均的な家族です。そんな一家が、座敷わらしとの出会いによって家族の絆を取り戻していくという話。
こうしたほのぼのとした作品を書かせると、荻原さん、うまいですねえ。400ページを超える作品ですが、新聞連載小説だったためか、作者の荻原さんが述べているように、「一話完結といかないまでも、それに近い形で毎回なにがしかのストーリーを終わらせること。」のため、スラスラと読むことができてあっという間に読了です。
彼らを取り巻く人々もいい人ばかりで、社会に疲れている人がひととき現実を忘れて読むには最適かもしれません。何か事件が起こるということはありません。座敷わらしも結局最後まで言葉を話しませんし、何かをしてくれるということもありませんでした。座敷わらしと同じ家に住む日常の生活の中でそれぞれ東京に住んでいるときには抱えていた問題を解消し、ばらばらだった家族を自ら再生していきます。
最後の一行に「おお、そうきたか!」とニヤッとした人もいたのではないでしょうか。 |
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ちょいな人々 |
文藝春秋 |
表題作をはじめとする7編からなる短編集です。どこにでもいるようなこうした愛すべき人々を荻原さんに描かせるとうまいですねえ。どの作品も思わず苦笑というか、クスクスと笑いが沸き起こってきてしまいます。表題作の「ちょいな人々」は、カジュアル・フライデーのセンスを競う部長と課長の話です。若い女性社員のひとことでちょいわる親父を気取う二人が哀れに思ってしまうのは、同じ中年親父のせいでしょうか。この二人の気持ちわかるんですよね。“ちょい”は、ちょいわる親父の“ちょい”かと思ったら、あの“ちょい”だったんですね。日頃、若い女性社員に踊らされている中年男性必読です(笑)
庭木とペットをめぐる隣同士の戦いを描いた「ガーデンウォーズ」もおもしろい作品です。隣の木の落ち葉が庭に落ちてきたり、近所の家の飼い猫が庭にはいってきて悪さをするなんてよくある話。なかなか近所だからと文句も言えないのが現実ですが、この話の中年おばさんと老人のようにやり返したいと思うのが本当の気持ちですね。読みながらどちらの気持ちもわかるなあと納得してしまいました。ラストの締めもいい。
「いじめ電話相談室」は、いじめの相談に応じる市役所の「いじめ電話相談室」の一員である女性が主人公の話ですが、笑いを誘うこの作品集の中では異質なちょっといい話です。主人公が、いじめられている子どもたちのために表面的ではなく、実効性のある破天荒な手段を取るのが愉快。それゆえ、子どもたちに頼られますが、そのことが逆に同僚たちの嫉妬を招き、いじめにあうことになります。そうそう!大人の社会にもいじめはありますよねえ。それにしても、主人公は逞しい。見習いたい!
「犬猫語完全翻訳機」と「正直メール」はセットで楽しめる作品です。どちらもこんな機械があったらいいなあという機械を開発した騒動を描いていますが、人間にしろ犬猫にしろ、余計なことは知らないほうがいいよというお話です。
すごく気になったのは、最後に掲載されている「くたばれ、タイガース」です。果たしてジャイアンツファンの父親とタイガーズファンの恋人の行く末はどうなるのでしょう。 |
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オイアウエ漂流記 ☆ |
新潮社 |
無人島への漂流記といえば「十五少年漂流記」や「ロビンソン・クルーソの冒険」などが思い浮かびます。少年時代ワクワクして読んだ作品でした。果たして何もない無人島でどうやって生活していくのか、最終的に島から脱出することができるのか。本を読み終わった後も、主人公を自分に置き換えて空想の世界に浸ったものです。今回は荻原さんらしいユーモアに溢れた作品となっています(無人島に漂着しながらストーリーには全然悲壮感がありません。)。
日本人乗客らを乗せたプロペラ機が嵐にあって無人島に漂着。彼らは、ゴルフ場建設のためにやってきたリゾート開発会社の4人とそのスポンサーの会社の副社長。戦友の慰霊にやってきたおじいさんとその孫、新婚旅行中の夫婦、正体不明の外国人男
性の10人と飛行機から脱出する際行方不明となった機長の愛犬のセントバーナード。そんな10人と1匹の無人島での生活がおもしろおかしく描かれていきます。やっばり荻原さんに、こうしたユーモア小説を書かせるとうまいですねえ。これからどうなるのかと、ページを繰る手が止まりません。
主人公となるのは、なぜこんなときまで?と思いながらも上司の命令に従ってしまうリゾート会社社員の賢司。無事生還することを考えると、会社の上下関係をそのまま維持しな<てはならないのがサラリーマンの悲しいところ。腹が立ってもここは我慢というのがサラリーマンの悲哀です。ただし、やがてそんな関係に嫌気がさして爆発してしまうというのが、だいたいのパターン。それに、日頃隠されていたその人の本当の姿が現れて来るというのもこういう話ではパターンですね。この作品でもパターンどおりに話は進んでいきます。わかっていながらもおもしろく読んでしまうのが荻原さんの筆力のなせるところですね。
上役にもヘイコラせず、無人島でも化粧をビシッと決めている主任のキャラは最高です。この主任のキャラによって、この作品がかなりおもしろくなっているといっても過言ではありません。こういう強い女性は大好きです。
「十五少年漂流記」が好きな人におすすめです。
※ちなみに「オイアウエ」とは、トンガ語で喜怒哀楽すべてを表わす言葉だそうです。嬉しいときも、悲しいときも、トンガの人々はまずこう言うそうですよ。 |
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砂の王国 上・下 |
講談社 |
(ちょっとネタばれ)
大手証券会社を首になり、妻には離婚届を置いて家を出て行かれ、アパート代わりのネットカフェで全財産を持ち逃げされて、ホームレスヘと転落した山崎遼一。さまよい、たどり着いた公園で弁舌巧みな占い師と若い美形のホームレスに出会う。彼は占い師の口と若いホームレスの顔を利用して新興宗教を立ち上げ社会へ逆襲しようとする・・・
大卒でさえ、就職が決まっている人が6割にも満たないという昨今の不況の世の中、いつ自分自身が山崎と同じ境遇に落ちるかわかったものではありません。ほんのちょっとしたことから坂道を転がる雪だるまのようにホームレスヘと転落していった山崎の身の上は他人事ではありません。ただ、だからといって這い上がるために利用するのが新興宗教というのはちょっと唐突すぎる嫌いがします。そのうえ、宗教を起こす元手がまずあり得ない幸運に恵まれた結果であることもご都合主義すぎます。最初は、彼はこれからどうなるだろうと物語の中に引き込まれたのですが、途中から少し引いてしまいました。
新興宗教が、この作品のように変容していく過程はよくあるパターンで、話の途中でストーリーの先が読めてしまったのは残念です。ただ、ラストが悲惨な結果とならず、先にまだわずかながらも希望が見えるのが救いでした。 |
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月の上の観覧車 |
新潮社 |
表題作を始めとする8編からなる短編集です。今回も前作「砂の王国」同様笑いのない作品ばかりです。僕自身は荻原さんのユーモア溢れる作品が好きなのですが、こうした切ない、哀惜感漂う物語を書いても荻原さんうまいですね。
どの作品も主人公、あるいは描かれる人物は人生の半ばを過ぎたあるいは人生も終わりに近付いている人ばかりです。そんな人たちが人生を振り返り、失ったものに思いを馳せるという話になっています。冒頭の「トンネル鏡」では故郷や亡くなった母親に、「金魚」では亡くなった妻に等々。(「上海租界の魔術師」と「ゴミ屋敷モノクローム」の二編は、亡くなった老人たちの人生を語り手が思うという形になっています。)
8編の中で最も強烈な印象を与えるのが「レシピ」です。定年退職の日を迎えた夫を食事の支度をしながら待つ妻。レシピ帳に書かれた料理から過去を回想する妻を描いたものですが、ラストに読者に突きつけられる事実は衝撃的です。
都会に出た男がいまだに心の中に想う地元の女性。主人公の心がどことなくわかるというのは男故でしょうか。女性の読者からは批判されそうな「胡瓜の馬」
夢を見続けてきた男が妻に突きつけられたのが離婚という現実。別れた妻が引き取った娘に年に一度会う男の悲しさが胸に応える「チョコチップミントをダブルで」。
そこかしこで社会的な問題となっておりゴミ屋敷に住む老婆を描いた「ゴミ屋敷モノクローム」。彼女がゴミの中に隠しておきたかったものとは。思わずほろっとさせられる一編です。
表題作である「月の上の観覧車」は、8編の中では唯一ファンタジックな雰囲気の作品です。老人が観覧車に乗って一周する間に、自分の人生を振り返って後悔するという話かと思ったら、予想外の展開。救われます。 |
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幸せになる百通りの方法 |
文藝春秋 |
物語の主人公は、認知症気味で家族の中で浮いている老女、オレオレ詐欺の片棒をかつぐ売れない役者、ネットの世界で繋がっている男女、リストラされたことを妻に言えないサラリーマン、動物園でのお見合いパーティーに参加したアラサ―女性、歴女の彼女に振り回される青年、ノウハウ本のとおりに行動する青年といった、それぞれ何となく声援を送りたくなる人ばかりです。
収録された7編の中でもインパクトが強かったのが次の3編です。
役者仲間に誘われて、オレオレ詐欺に手を賃すことになった売れない役者の青年が大阪のおばちゃん相手に詐欺をするどころか逆に手玉に取られるのが愉快な「俺だよ、俺」。オレオレ詐欺が大阪では少ないというのは何となく納得させられてしまいます。
身につまされたのが「ベンチマン」です。リストラされたことを妻に話せずに毎日出勤のふりをして、公園のベンチで時間をつぶす男が主人公です。雇用情勢がまったくよくならない今、自分がリストラされたらと思うと、読んでいて辛くなりました。
大学時代に動物行勤学を専攻した主人公がお見合いパーティーの様子から動物を思い浮かべる「出会いのジャングル」には笑ってしまいます。彼女が選んだ相手は「あの人?」という意外な人物だったというオチも愉快です。 |
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家族写真 ☆ |
講談社 |
家族の姿を描く7編が収録された短編集です。
「結婚しようよ」は、妻の死後、男手―つで育て上げた娘の結婚に心穏やかでない父親を描きます。娘を持つ身として、わかるなあ、この父親の気持ち。いつか、こんな日を迎えるのだろうと感慨深いです。吉田拓郎の歌もよく歌いました。
「磯野波平を探して」は、「サザエさん」の磯野波平と同じ歳になったことに戸惑いを覚え、波平のように年相応に振る舞おうとする男が主人公。ちょっと笑ってしまいます。でも、自分たちが子どもの頃は、50代なんて波平のようなお爺さんに近い年配に見えたものです。それにしても、波平が54歳とはびっくりです。
「肉村さん一家176㎏」は、体重の増加に危機感を覚えてダイエットに臨む家族を描きます。次第に楽な方へと流れてしまうのは、意志の弱い人間の常。これは自分を見ているようで、読んでいて耳が痛かったですねえ。
「住宅見学会」は、念願のマイホーム建築を目指し、理想の家を見学に行った家族を描きます。表面的には幸せそうな
家族にも「実は・・・」という話。
「プラスチック・ファミリー」は、家族といっても、それは女性と子どものマネキン。1人で生きるのが楽だと思っていた中年男が、かつて好きだった人に似たマネキンを拾ったことから自堕落な生活から抜け出していく話。ちょっと悲しい話ですがラストには希望があります。
「しりとりの、り」は、会話だけで描かれた作品。どこにでもいそうな夫婦と小学校4年生の息子、18歳の娘の4人家族の日帰り旅行のー場面を切り取った作品かと恩ったら・・・。旅行帰りの車の中で始めたしりとりから次第に明らかになってくる家族の姿。一歩間違えば、悲壮感漂いそうな状況ですが、なんだか笑ってしまいます。荻原さん、うまいですよねぇ。この短編集の中で一番好きかも。
表題作の「家族写真」は、写真館を営む父親が脳梗塞で倒れたあとの三人の子供たちの姿を描きます。やっぱり、家族っていいものだなあと思わせる、この短編集に相応しい話で締めくくられます。 |
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冷蔵庫を抱きしめて |
新潮社 |
8編が収録された短編集です。冒頭の「ヒット・アンド・アウェイ」は、DVがテーマ。内縁の夫のDVに立ち向かうためにボクシングジムに通う妻を描きます。暴力を振るうことで優位な立場に立とうとする者が自分より強い者が現れたら・・・。爽快なラストです。
表題作の「冷蔵庫を抱きしめて」は、結婚して夫との食べ物の好みの違いに気づき、ストレスから若い頃になっていた摂食障害に再びなってしまった妻を描きます。でも、味覚なんて所詮慣れ。僕だって小学校の給食の頃から食べることができなかった酢豚を今では美味しく食べていますからねえ。お互いの歩み寄りと寛容でしょう。
「アナザーフェイス」は、周囲の人から身に覚えのないところで見たと言われた男が主人公。この短編集の中では異質なホラ一系の作品です。
「顔も見たくないのに」は、浮気性の男に愛想を尽かし別れを告げたが、男が芸人として売れるようになり、気になってしまう女性が主人公。あんな男に情けをかけたら自分が不幸になりますよ。
「マスク」は、風邪でマスクを付けたところ、視線をブロックする心地良さに気づき、マスクなしでは外出できなくなってしまう男が主人公。自意識過剰というか、これは完全に病気です。
「カメレオンの地色」は、ゴミを捨てられなくて汚部屋と化した部屋に気になる男性を呼ぶことになった女性が主人公。必死に片付けることによって、心の中に埋もれていたものが現れてきます。
「それは言わない約束でしょう」は、転勤で一人暮らしとなった百貨店の婦人服売り場に勤める男が主人公。心で思っていることが知らずとロに出てしまい、客のみならず、同僚や上司を怒らせてしまいます。声に出して言えたらと、我慢することって多いですよね。
「エンドロールは最後まで」は、結婚しない女として生きていくことを決めた38歳の女性が主人公。ある日、彼女は一人で映画を観た帰りに入った牛丼屋で男に話しかけられ、映画の話で意気投合するが・・・。これって、普通の恋愛小説です。 |
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金魚姫 ☆ |
角川書店 |
ノルマ、ノルマのブラック企業の仏壇仏具販売会社で働く江沢潤。同棲していた恋人からは愛想を尽かされて出て行かれ、鬱病気味で自殺も考える毎日を送っている。ある日、たまたま出かけた近所の夏祭りで、ビルから飛び降りるかどうかを心の中で賭けた金魚すくいを行ったところ、見事一匹の琉金をすくいあげ、自殺を思いとどまる。すくった金魚を持ち帰った夜、目覚めた潤が見たのは赤い着物を纏った美女・・・。その日から潤は死んだ人が見えるようになり、商談もまとまるようになるが・・・。
古代中国で、好きだった人を殺され、無理矢理結婚させられるのを逃げた女性が沼に飛び込むという話や中国そして長崎での怖ろしい話を途中に何度か差し挟みながら、物語は進んでいきます。
えびせん好きなリュウと名付けた金魚から化身する美女と潤との奇妙な生活がどうなっていくのか、そもそも彼女はなぜ潤の元にやってきたのか、先の展開が気になってページを繰る手が止まりません。
涼とリュウとの生活をユーモラスに描きながら、泣き所も用意されています。特に、死んだ人が見えるようになった潤が、彼の前にやってきたある人物を幽霊だと知るシーンは泣けましたね。ラストも泣けるファンタジーらしい終わり方でした。オススメです。 |
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オロロ畑でつかまえて ☆ |
集英社文庫 |
「なかよし小鳩組」、「花のさくら通り」と続くユニバーサル広告社シリーズ第1弾です。第10回小説すばる新人賞受賞作にして荻原さんのデビュー作です。
日本の最後の秘境といわれる大牛山の山麓にある過疎の山村・牛穴村の青年会では廃れゆく村をどうにかしようと村おこしキャンペーンを行うことに決定する。青年会会長の米田慎一は大学時代の同窓生で今は大手広告代理店にいる男をさっそく訪ねるが、体よく追い返される。他の広告代理店に当たってもまったく相手にされず、弱り切って歩いていた慎一らの目についたのは“ユニバーサル広告社”の看板。藁をもすがる思いで依頼をするが、藁をもすがる思いだったのは仕事の依頼のまったくこないユニバーサル広告社も同じ。さっそく、村へと乗り込むが・・・。
物語は、社長以下4人の倒産寸前の広告代理店と牛穴村青年会が組んでぶち上げた、とんでもない“村おこし”のドタバタ騒動を描いていきます。日本語とは思えない言葉を駆使する村人と酒を飲むと人が変わってしまう杉山らユニバーサル広告社の面々のキャラに、大いに笑ってストレス発散の1作でした。ラスト、思わぬ大発見に再び牛穴村に出発するところで終わるのも余韻を残します。どうして今まで読まなかったのだろうと後悔するほどおもしろい作品でした。
広告製作会社勤務だった荻原さんの経験も活かされているのでしょうか。シリーズ第2弾の「なかよし小鳩組」も期待できそうです。 |
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なかよし小鳩組 ☆ |
集英社文庫 |
ユニバーサル広告社シリーズ第2弾。今回ユニバーサル広告社が依頼を受けた仕事は暴力団のCI(コーポレイト・アイデンティティ・企業イメージ統合戦略)です。
ユニバーサル広告社は相変わらずの自転車操業。唯一請け負っていた仕事が発注先の会社仕長の背任騒ぎでおじゃんになり、にっちもさっちもいかなくなったところに、大手広告代理店の営業マンを通して企業のCIの話が持ち込まれる。石井、杉山、村崎で喜び勇んで相手先に向かうと、そこは武闘派でならす暴力団・小鳩組の事務所だった・・・。
暴力団がCIだなんて、そもそもその取り合わせ自体がお笑いですが、杉山ら3人の小鳩組の事務所でのやりとりに、職場で昼休み中に読んでいて思わず声を出して笑ってしまい、隣の同僚に不審な目で見られました。でも、強面のヤクザたちを前に緊張する杉山らの姿を頭の中で思い描くと、笑いがこみ上げてきて、どうにも止まりません。
息子の「パパの会社にはマークがないの?」というひとことから暴力団にもCIをと決めた親バカな小鳩組長、先頭に立ってそれを実行する元爆弾作りの過激派出身の本部長・鷺沢、なぜかマグリットのことを知っている専務取締役こと若頭の桜田、昔ながらの侠客の藤村顧問、そして杉山たちの見張り役である河田など個性豊かなヤクザたちに翻弄されながら、結局、依頼を断ることができずに、杉山らは小鳩組のCIに関わっていくことになります。
個性的なキャラはヤクザだけではなく、相変わらず、酒を飲むと1杯だけで止まらず、記憶をなくして何やらやらかしてしまう杉山に社長の石井とアート・ディレクターの村崎はもちろん、不幸にもユニバーサル広告社のドタバタに巻き込まれる三田嶋デザイン研究所の三田嶋とそのアシスタント・大神林のキャラも愉快です。愉快というキャラでは、昼メロのセリフをまねて大人もドッキリするようなことを言う杉山の娘・早苗もはずせません。それと、事務所のアルバイトの猪熊の思わぬ正体にはびっくりです。
暴力団とCIのギャップと登場人物たちの個性的なキャラに大いに笑わせてもらい、ラストの杉山の頑張りにちょっと感動させてもらいました。オススメです。 |
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ギブ・ミー・ア・チャンス ☆ |
文藝春秋 |
「仕事」をテーマにした8編が収録された短編集です。
P・D・ジェームズに「女には向かない職業」という作品があり、その職業は“探偵”ということでしたが、冒頭の「探偵には向かない職業」では、それは相撲取り。確かに相撲取りの体型では探偵の基本である尾行は目立ってしまい、かなり無理があるでしょう。この作品では相撲取りで大成しなかった男が探偵となって奮闘する様子を描いていきます。尾行はダメでも元相撲取りなりの長所もあります。この短編集の中で個人的に一番好きな作品です。
「冬燕ひとり旅」は、営業でどさ回りをする女性演歌歌手が主人公。ラスト、売れない芸人を馬鹿にして笑いを取る番組で、彼女が見せた意地に拍手です。
「タケぴよインサイドストーリー」は、人気のないゆるキャラのぬいぐるみに入ることとなった市役所職員が主人公。嫌々着たゆるキャラが思わぬ人気を博したことから、子どもの頃からにぶいやつといじめられキャラだった主人公が、ゆるキャラを演じることで自分自
身に自信を持っていく姿を描きます。
そのほか、漫画家としてデビューを夢見ながら人気漫画家のアシスタントをする青年、地上勤務を勧奨されたことから飛行機のCAを辞めたが、他社のCAにもなれず、結局列車のCAに転職した女性、子育ての合間にミステリー新入賞に応募しようと夫の殺害方法を考える女性、お笑い芸人を夢見てコンビニでアルバイトをしている青年を主人公にして、荻原さんはそれぞれが仕事に夢を見たり、再チャレンジしたりする姿を描いていきます。こういう短編を書かせると、荻原さん、うまいですねぇ~。クスッと笑わせながら、読む人に自分も頑張ってみるかなという気を持たせます。 |
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海の見える理髪店 |
集英社 |
親子や夫婦など家族の姿を描いた6編が収録された短編集です。こうした話を書かせると荻原さんうまいなぁ~。
海辺の小さな町にある理髪店にやってきた青年に、店主は自らの人生を語っていく(「海の見える理髪店」)。表題作らしくこの短編集の中で一番印象的な作品でしたが、正直なところ、ストーリーの行く先は予想が付いてしまいました。
自分勝手な母に反発し家を出ていた杏子だったが、弟に懇願され、16年ぶりに実家を訪れる(「いつか来た道」)。他人の気持ちを考えることのできない母親が嫌いで家を出た杏子が、認知症になった母親に正面から向き合うのはかなり大変なのではと思ってしまいます。
仕事ばかりで家庭を顧みない夫に愛想を尽かして娘を連れて実家に帰ってきた祥子だったが、その夜から彼女の元に不思議なメールが届く(「遠くから来た手紙」)。ファンタジーです。昔、結婚前に妻に出した手紙を今でも妻は取ってあるのか。祥子と同じ考えでいられたら、これはちょっとまずい・・・。
両親の離婚で母親の実家に来た茜は、居心地の悪さに海に向けて家出をする(「空は今日もスカイ」)。主人公が一歩を踏み出すなど希望が窺える作品の多い中で、これだけは結末があまりにひどすぎます。
父の形見分けで母からもらった止まった時計を商店街の片隅にある時計店に修理に持ち込む(「時のない時計」)。時計屋の老店主が意外に意地悪なところがあることがラストにわかりますが、私の返事が老店主の期待に反していたことにニヤッとしてしまいます。
5年前に15歳で亡くなった娘に代わって成人式に出席しようと両親はとんでもない行動を起こす(「成人式」)。娘を亡くした両親の気持ち、特にあのときこうしていればと後悔する父の気持ちを考えるとあまりに切なすぎます。子を持つ親として胸を締め付けられる作品です。 |
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ストロベリーライフ ☆ |
毎日新聞出版 |
会社を辞め独立して2年のグラフィックデザイナーの望月恵介。広告代理店に勤務していた当時はいくつかの広告賞も獲った恵介だったが、今では仕事の依頼電話を空しく待つ毎日を送っていた。そんなとき、田舎で農業をしている父親が脳梗塞で倒れる。一命を取り留めたものの、農作業ができる状況ではなく、長男としてイチゴ農園をどうするかという難しい決断をしなければならなくなる・・・。
農業をすることが嫌で、父親の職業にも自営業と書く恵介が農業をやっていくことができるのか。かつて手のパーツモデルだった妻が一緒に田舎に来て手が荒れる農業に従事することができるのか。口うるさい三人の姉との関係はどうなるのか。物語は、農業は継がないと父親と喧嘩をしてグラフィックデザイナーになったものの、栽培しているイチゴが気になって仕方がなく、実家でイチゴ栽培に四苦八苦する恵介を描くとともに、田舎にいる時間が増えることで、それに反比例して東京の家にいる時間は少なくなり、妻や子どもとの間にはすきま風が吹くようになっていく望月家の様子が描かれていきます。
直木賞を受賞した「海の見える理髪店」より、こうした軽い雰囲気の(テーマとしては本当は重いのでしょうけど)荻原さんの作品の方が僕好みです。ときどき、クスッとさせてくれるところもいいんですよねぇ。
望月家はいったいどうなるのかという問題を突きつけながらも、荻原さんだから深刻な事態になることはないだろうという安心感があります。結論は予想できてしまいますが、そこに行き着くまでの経過を手を変え品を変え楽しく読ませてくれます。この作品の落としどころとしては、あそこでしょうかねぇ。妻や子もそろって田舎で農業をするというのでは、あまりに嘘くさい話になってしまいますから。
先日、派遣切りにあった女性が農業をしようと奮闘する垣谷美雨さんの「農ガール、農ライフ」を読んだときの感想にも書きましたが、朝から晩までずっと農業をしてきた人の代わりがそんなに簡単にできるわけがありません。もちろん、現実はこんなに簡単に物事は運ばないだろうなぁという思いはあります。でも、一人で頑張った「農ガール、農ライフ」の久美子と違い、恵介は農業をしていた両親がいて、3人の姉とその連れ合い、さらには地元で農業に従事していた同級生の協力も得られるのですから、幸せ者です。 |
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それでも空は青い |
角川書店 |
7編が収録された短編集です。
「スピードキング」は、かつて同じ高校の野球部に所属し、その後プロ野球選手になった男の訃報をニュースで聞いた主人公が自分の過去を振り返り、この先を見つめ直していく話です。
「妖精たちの時間」は、上司と折り合いが悪く一流商社をやめてから人生上手くいかない主人公が、高校時代に好きだった女性に会いたいがために同窓会に参加する様子を描きます。作中で主人公が、「同窓会というのは、人生の品評会でもあるのだな。自分の人生に『いいね!』をクリックしてもらうための」と、同窓会を評しますが、そのとおりだなと強く感じてしまいました。
「あなたによく似た機械」は、夫がもしかしたらロボットではと疑い始める妻の話です。よくあるパターンの近未来小説。落としどころは最初から予想がついてしまいますが、それでも切ないストーリーに仕上がっています。この作品集の中で一番印象に残る作品です。落ちていたネジがどこのネジかわからない、いつかわかるだろうと思って保管しておいても結局そのままというのはというのは日常でよくあることです。このエピソードを使ってうまく構成した作品です。
「僕と彼女と牛男のレシピ」は、バーテンダーである主人公と、離婚して一人で子どもを育てる看護師との恋の話です。前夫との間の子である“牛男”との関係に苦慮する主人公が描かれますが、荻原さんはこの作品を「連れ子がいる女性を愛せるか」というテーマで書いたそうです。最近、現実世界でも夫が妻の連れ子を殺すという悲惨な事件が多いですからね。
「君を守るために、」は、この作品集の中で一番ユーモア溢れる作品です。家にいる犬の様子を見るために設置したカメラに写った何者かの足。ストーカーの侵入かと思ったところに登場するパンツ一枚の同級生の男。事態は二転三転し、ハッピーエンドとなるのですが、ラストで描かれる犬の笑い顔に愉快になります。
「ダブルトラブルギャンブル」は、双子の特徴をうまく利用して生活してきた双子がある出来事がきっかけで双子であることをやめようとする話です。双子であるがゆえに好きになる人も同じなのでしょう。
最後の「人生はパイナップル」は、型破りな祖父と孫との野球を通じた関わりを描いた作品です。二人の関係性がとっても素敵です。この短編集の題名はこの作品のある一場面からとられています。 |
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ワンダーランド急行 |
日本経済新聞出版 |
朝、それも月曜日の朝となれば、出勤途上で仕事に行きたくないと思うことはサラリーマンなら一度や二度ならずあったことでしょう。そういう私自身も電車通勤はほとんどなかったのでこの作品の主人公のように逆方向の電車に乗ることはありませんでしたが、車通勤の途中で右折するところを左折しまいたいと思ったことはしょっちゅうですし、急に休みたくなることもいつもです。
野崎修作は40歳の妻と二人暮らしのサラリーマン。彼は部長から月曜の会議までにと命令された行動計画書を結局作成することができずに会社に向かう途中、誘われるように反対方向に向かう下りの急行に乗り込んでしまう。終点で降り、ロータリーの端にあった古びた店で朝ご飯とビールを買い、歩き出して、近くに見えた山に登って家に帰る。ところが、自宅のある駅に帰ると、似ているが何かが違う。妻の様子もどこかおかしい。翌日、家を出てみるとコロナ禍でマスク必須だったはずなのに、誰もマスクをしていない・・・。
パラレルワールドに落ち込んでしまった男の話です。彼が落ちたパラレルワールドの一つに現実のコロナ禍の世界での未知の感染症に対する恐怖感を背景に,マスクをつけていない人を激しく罵倒したり、都会の他県ナンバーの自動車を傷つけるなどといった「自粛警察」「マスク警察」と呼ばれる過激な言動が問題になりましたが、それを更に極端にした世界があり、一歩間違えば現実の世界もこの作品に描かれているような世界になってしまったのではないかという怖ろしさを感じます。また、会社では後輩だった男が、独裁者となってミサイルの実験をしている世界の話は、もう完全に海を隔てた向こうの国の話そのものです。そういったことからすると、荻原さんは小説という形を借りて、今の世界を皮肉っているのでしょう。
果たして、野崎は元の世界に戻ることができるのか。荻原さんらしいラストに、やっぱりそうきたか。 |
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笑う森 ☆ |
新潮社 |
久しぶりに読む荻原作品です。
夫を病気で亡くし、自閉症スペクトラム障害(ASD)の5歳の息子・真人と二人暮らしの川崎岬は、最近自殺者が多発することから小樹海と呼ばれる“神森"の合体樹に興味を持った真人のために、彼を連れて神森に行く。ところが、ちょっと日を離した隙に真人の姿が消えてしまう。1週間後無事に発見された真人は、それほどの衰弱もなく、知らないはずの「森のくまさん」の歌を歌ったり、平安京遷都の年を表す語呂合わせの「鳴くよウグイス平安京」などと言ったり、嫌いだったものが食べることができたりするようになっており、誰に助けられたという問いに“くまさん"と答える。行方不明だった1週間に真人に何があったのか、真人の叔父である冬也は真人の足跡をたどり始める・・・。
物語は、真人が行方不明となっている期間中に、様々な事情で神森に来て、真人との時間を共有した4人の人々、別れ話から殺してしまった男を埋めるために神森に来ていたデパートの派遣社員の松元美那、富士山の樹海でキャンプすると偽って神森でキャンプをしていたユーチューバーの戸村拓馬、生徒たちの嫌がらせに耐え切れず、自殺しようと神森に来ていた中学校教師の畠山理実、娘の臓器移植費用のために組の金を奪って逃げる途中で神森に逃げ込んだ暴力団組員の谷村哲との出会いを描いていきます。いったい、真人を助けた「くまさん」とは誰なのか。また、これらの話とは別に、中盤からはある人物の協力を得て、ネット上で岬を中傷する者を探っていくストーリーも加わります.その際に明らかになる岬のキャラが愉快。
そして最後には「え!」と思う驚きの謎解きが読者を待っています。この辺り、荻原さんらしいと言っていいのでしょうか。おススメです。 |
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