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小川糸の本棚

  1. 食堂かたつむり
  2. ツバキ文具店
  3. キラキラ共和国
  4. ライオンのおやつ
  5. とわの庭

食堂かたつむり ポプラ文庫
 同居していた恋人にすべてを持って逃げられると同時に声も失い、着の身着のままで故郷の村に戻ってきた倫子。彼女は、村で一日に一組の客しかとらないレストランを始めます。名前は「食堂かたつむり」。彼女の作った料理を食ベると恋や願い事が叶うという噂が流れ、順調にレストランは続きますが・・・。
 いい人ばかりが登場し(悪い人物は、最後まで登場しない逃げた恋人と、彼女を妬んで料理に陰毛を入れた男の2人だけです。)、読んでいてほっとします。そして、彼女の料理を食べる人々のストーリーもほのぼのとしていいです(なかでも、お妾さんの話は素敵です。)。
 後半は、倫子と母の親子の話が中心になってきます。なかなか理解し合えなかった倫子と母ですが、母が倫子に残した手紙にはじ~んときてしまいました。ただ、母の死に際には声が戻るのではないかと思いましたが、そこは小川さんに裏切られました。話の流れでは、それでハッピーエンドかと思ったのですが。
 料理にはとんと興味がない僕にとっては、読んでいても倫子が作る料理をなかなか頭の中で形作ることが難しかったのですが、料理好きの人には料理の場面を読むだけでも楽しむことができるかもしれません。なにせ「食堂かたつむり」に出てくる料理のレシピ本まで出版されるくらいですから。
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ツバキ文具店  ☆  幻冬舎 
 手紙というものを最近は書かなくなりました。葉書でさえ、書くのは映画試写会の申込みか年賀状くらい。年賀状も宛名はもちろん、文面も年賀状ソフトで作成したものをプリンターで打ち出し、ちょっとした添え書きをするくらいです。学生の頃は、同じ年の女の子と何年か文通をしていたこともあり、せっせと手紙を書いていた時期もあぅたのですが・・・。まあ、今の時代のように携帯電話が普及していなかったし、学生の身分で電話をアパートに引いている人も少なかったので、学校内で会わない人とは手紙や葉書で連絡を取るということも多かった気がします。
 この作品の主人公は、鎌倉で「ツバキ文具店」を営む雨宮鳩子。その名前から皆からは“ポッポちゃん”と呼ばれる20代後半の女性。実は「ツバキ文具店」は文房具の販売をしながら“代書屋”を営んでおり、鳩子はその職業を祖母から継いだ十一代目です。
 “代書屋”という職業があること自体知りませんでした。昔はデパートなどで贈答品の熨斗に送り主の名前等を書いたりする字の上手な人がいましたが、今はパソコンで何でも書くことができてしまうので、そんな人もいなくなったのでは。でも、鳩子の“代書屋”は字の汚い人に代わって手紙を綺麗に書くだけでなく、その手紙の書き手とシチュエーションに応じてその内容までも考えて書くという商売です。
 この作品中では、お悔み(これがペットの死に対するものだからびっくりですけど)、離婚のお知らせ、借金の断り、昔、結婚を約束して別れた女性への手紙、誕生日のお祝いカード、絶縁状などそれぞれの書き手とシチュエーションに合わせた文章がつづられていきます。筆記道具や紙、更には封筒に貼る切手まで書き手とシチュエーションに合わせるという懲りようです。作品中に鳩子が代書した手紙や葉書がそのまま掲載されていますが、字が綺麗なのはもちろん、その内容も見事です。借金の断り状など、内容だけでなく、その字に“借金はお断りだ!”という気持ちが表れています。自筆で書かれた手紙には、パソコンで書かれた手紙とは違う“味”があります。
 物語では、そんな代書屋のエピソードとともに、先代の祖母と鳩子の関係が描かれます。代書屋の訓練に厳しい祖母に反発して家を出て、祖母が死ぬまで戻らなかった鳩子が、祖母が友人に書いた手紙を読んで、祖母の本当の気持ちを知るところでは、いやぁ~涙が浮かんでしまいました。
 登場人物たちも印象に残るキャラばかりです。人生を謳歌している隣家のバーバラ夫人、“男爵”という渾名がぴったりの最近は見かけない粋な男性、鳩子にポストに投函した手紙の回収を頼んだ学校の先生のパンティー等々、鳩子を取り巻く人たちはみんな素敵な人ばかり。物語はハッピーエンドで締めくくられましたが、できれば続編を読みたいと思ってしまう作品でした。オススメです。 
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キラキラ共和国  ☆  幻冬舎 
 「ツバキ文具店」の続編です。前作のラストではQPちゃんを通して鳩子と守景蜜朗との間が接近していきましたが、今作ではすでに冒頭で結婚ということになっています。思わぬ展開の早さに驚きながらも、どんどん物語の中に引き込まれていきました。
 前作では亡くなった祖母との確執の中で代書屋を継いだ鳩子の成長物語が描かれていましたが、今作では新たに家族になったQPちゃんと蜜朗と、どういう家族の形を作っていくのか鳩子が悩み、考えるところが主体となっています。蜜朗とQPちゃんの妻であり母である女性・美雪との間にどういう別れがあったのかも語られ、そこはジ~ンときてしまいます。
 前作同様、今作でも代書屋として鳩子が書いた、盲目の少年による母への感謝の手紙、川端康成からの手紙、立て替えたお金の返済を求める手紙等々が手書きの形のまま挿入されています。この体裁はうまいですよねえ。その内容に沿った手書きの味のある文字に惹かれます。
 手紙の内容も素敵です。母への感謝の手紙には涙が出てきてしまいそうです。酒乱の夫と離縁したい妻と別れたくない夫の両方から代書を依頼されたのは愉快。でも、これって信義則に反しませんかねぇ。
 ラストは妻として母として幸せな家庭を作ろうと決意する鳩子の美雪への手紙で締めくくられます。親子、家族について考えさせてくれる素敵な1冊です。 
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ライオンのおやつ  ポプラ社 
 海野雫が入居したホスピス「ライオンの家」では、毎週日曜日、入居者が生きている間にもう一度食べたい思い出のおやつをリクエストできる「おやつの時間」があったが、雫はなかなかリクエストできずにいた。「豆花」、「カヌレ」等々入居者がリクエストするおやつが出てくる中、雫の時間は流れていく・・・。
 物語の舞台となるのは地元の人々から「レモン島」と呼ばれる瀬戸内海の島にある「ライオンの家」というホスピスの施設。物語は、その施設に年末の12月25日に癌で翌春までの余命と宣告された海野雫がやってくるところから始まります。
 いつかは誰でも迎える死までの時間が病気によって短く決められた主人公・雫の死までの短い期間が描かれていきます。作者の小川さんが、「読んだ人が、少しでも死ぬのが怖くなくなるような物語を書きたい」と思いこの作品を執筆したと書かれているように、この作品の中では「死」への恐怖や「死」に至るまでの痛みや苦痛はそう強烈には書かれていません。限られた時間の中、次第に死を迎える雫の様子を時にファンタジックなシーンを交えながら静かに描いていきます。
 こういう作品を読むと、どうしても自分に置き換えて考えてしまうのですが、果たして僕自身はホスピスの中で心安らか死を迎えることができるのだろうか。きっと、ジタバタするのだろうなあと予想ができます。雫のように心穏やかに時は過ごせません。もう一度食べたいおやつは何だろうなあと考えても、思い出とともに浮かび上がるおやつは思いつきませんし、たぶん、そんな気持ちにはならないだろうなあという気がします。そんなに思い出として残るようなエピソードのあるおやつって皆さんあるのでしょうか。
小川さんには申し訳ないけど、この物語を読んでも、やっぱり、死は怖いです。
※先頃、家族旅行で広島から愛媛を繋ぐしまなみ海道をドライブしてきましたが、この作品にある「レモン島」は「生口島」ですね。 
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とわの庭  新潮社 
(ちょっとネタバレ)
 戸籍を持たない人のことがニュース等で話題になることがあります。何らかの事情で出生届が提出されず、戸籍のないまま生きざるを得なかった人たちが法務省が把握しているだけでも700人以上いるとされます。お役所が把握しているだけで700人以上ですから、実際はこれを超える数の無戸籍者がいるのでしょう。戸籍のない人の生きる道は厳しいです。戸籍上存在していないのですから学校に行くことができないのはもちろん、健康保険証も発行されず病気になっても病院に行くことさえできません。
 この物語の主人公“とわ”も、そうした無戸籍者の一人です。その上、“とわ”は、目が見えないというハンディも負っています。ものごころついた時から母と二人でほとんど家の中で暮らしている“とわ”にとって、母がいなくなるということは、どんなに辛かったことでしょう。いえ、辛いというだけでなく、生命の危機にさらされることになるのですから。
 そんな“とわ”が家の外に出て、やがて施設でスズのように“とわ”に屈託なく接することができる人に会えたのを知って読んでいてほっとしてしまいました。家の外に出ることにより、“とわ”は様々な経験をすることができ、また、スズ以外に魔女のマリさんや恋人のリヒトといった“とわ”を温かく見守る人ができたのも本当に良かったですね。そんな“とわ”から僕たちが教えてもらうことも多そうです。 
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