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貫井徳郎の本棚

  1. 慟哭
  2. プリズム
  3. 転生
  4. さよならの代わりに
  5. 天使の屍
  6. 失踪症候群
  7. 誘拐症候群
  8. 殺人症候群
  9. 神のふたつの貌
  10. 迷宮遡行
  11. 追憶のかけら
  12. 悪党たちは千里を走る
  13. 愚行録
  14. ミハスの落日
  15. 夜想
  16. 乱反射
  17. 後悔と真実の色
  18. 明日の空
  19. 灰色の虹
  20. 微笑む人
  21. 北天の馬たち
  22. 私に似た人
  23. 壁の男
  24. 宿命と真実の炎
  25. 悪の芽
  26. 紙の梟 ハーシュソサエティ
  27. ひとつの祖国

慟哭  ☆ 東京創元社
 貫井のデビュー作であり、僕にとってはこの作品が一番好きである。話は幼女誘拐事件の捜査をする警察と新興宗教にのめり込んでいく一人の男の話が交互に語られていく。果たしてこの二つの話はどこに接点があるのか。通常考えると当然こういうことなんだろうなあと推測できるが(ネタばれになるおそれがあるので書けないが)、ラストで思わぬ事実が明らかになってくる。単行本で発売されたときに買って読んだが、最近書店の文庫本コーナーに立てられていたポップを見て(ここの書店には貫井ファンがいるようだ。)、思わずまた買って何年ぶりか再読したが、やっぱりおもしろい。
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プリズム 創元推理文庫
 アントニイ・バークリーの名作「毒入りチョコレート事件」に挑んだ作品であるとされるが、残念ながら僕はその作品が未読である。実は本棚には遙か以前に購入した創元推理文庫版があるのだが、その解説によると、どうも意外な結末で読者にアッといわせることが目的ではなく何通りもの結末を読者の前に提示していくことが目的であるらしい。
 本作においても、小学校の女性教師が殺された事件に対し、その教え子から始まり、同僚教師、父兄等がそれぞれ推論を展開するスタイルを取っている。なんと10通りの仮説が提示されるのである。
 僕からすれば、最後の推論が一番衝撃的であるが、しかし、それが真実であると断定されていない。あ~消化不良を起こしそうだ。
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転生 幻冬舎文庫
 主人公は心臓病のため心臓移植手術をした大学生。手術後、食べるものの嗜好が変わったり、絵を描くのがうまくなったり、知らなかったはずのショパンの曲を知っていたりと不思議なことが起きます。また、夢の中に恵梨子という会ったこともない女性が出てくることから、主人公は恵梨子がドナーであり、不思議な現象は恵梨子の記憶が転移した結果ではないのかと調べ始めます。
 心臓の移植によって記憶が移るという考えはおもしろいですね。通常は、脳が記憶を司っているだろうから、脳移植によってドナーの記憶が移植を受けた者に移ると考えることはできるのでしょうが。ただ、心はどこにあると聞かれると、頭より胸、つまり心臓を指さしてしまいます。ハートマークも心臓を表していますよね。やはり昔から心=心臓ということだったのでしょうか。このことからも心臓が停止しないと死亡ではない、その人はまだ生きていると考えるのも無理からぬことだったのでしょう。脳死ということを受け入れるのは難しい、それも家族にとってはいっそう難しいことなのでしょうね。
 
 僕としては、この作品で、どうして心臓移植により記憶が移るのかという点がメインの謎かと思っていたのですが、その理由は最後の方でわずかな仮説の説明だけで終わっています。ちょっと残念な気がします。しかし、それを差し引いても、臓器移植という難しいテーマで、爽やかな読後感を与えてくれました。
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さよならの代わりに  ☆ 幻冬舎
 書店の平台にありましたが、とても目に付く表紙です。ジェット・コースターの写真は、某遊園地のものだそうですが、読み終えて見ると、そういう意味があったのですね。なかなか素敵な表紙です。
 この小説はミステリというより、ラブ・ストーリーです。確かに主人公が所属する劇団で看板女優が殺されるという事件は起きます。そして、その殺人事件をほのめかすような謎の美少女が現れ、主人公が彼女とともに事件の真相を追い求めるという、一見ミステリの体裁はとってはいます。でも、ミステリの部分は読み進めるうちに犯人は「あ、あの人だな」わかってしまいます。それより、主人公と謎の美少女との関係がどうなるのかの方に興味が引かれていきます。
 僕の好きなある設定が用いられているので、その点からもおもしろく読むことができました。さよならの代わりに彼女が言うことばが切なかったですね。
 
 貫井さんが別に書いた「思慕」という小説がこの「さよならの代わりに」のパラレルストーリーだそうです。「さよなら・・・」ではプラトニックな関係の二人が、そうでなくなったらどうなるかというイフの物語だそうです。読んでみたいですね。
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天使の屍 角川文庫
 中学生の一人息子がビルから飛び降りて死亡します。死亡した息子の体からはLSDが検出され、警察の捜査が始まります。納得できない父親は真相を探ろうとしますが、さらに息子の友人が飛び降り自殺をする事件が続きます。
 親からは、子供が何を考えているかわからないという声を聞きますが、親の皆さんは胸に手を当てて考えてみてください。自分自身は、中学生になってから親に悩みを打ち明けることがありましたか。そもそも、親と話をしていましたか。僕自身もそうでしたが、子供は中学生になるとなかなか親とは話などしないものです。それは子供が成長していく過程なのでしょうが、親としては寂しいものですね。それとともに、物語の中にも書かれていましたが、子供の側には親には理解できない「子供の論理」があるのでしょう。
 最後に明かされる事件の動機は衝撃的です。
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失踪症候群  ☆ 双葉文庫
 今まで読んだ貫井さんの作品とはちょっと毛色の変わった作品です。これは、貫井版"必殺仕事人"シリーズと言っていいのでしょうか。この後「誘拐症候群」、「殺人症候群」と合わせて三部作となる第1作目です。
 警視庁の人事二課に所属する環をリーダーとして、通常は私立探偵、托鉢僧、土木作業員をしている男たちが、警察が動けない(動かない)事件に挑みます。この作品では失踪した若者たちの背後にあるものを探るメンバーの活躍を描いています。勧善懲悪なので、読んでいる方としてはスカッとして気分はいいです。ただ単に勧善懲悪というだけの作品でなく、男たちの人生、この作品でいえば、かつて刑事であった私立探偵の原田の親子関係に苦悩する姿が描かれています。これ以降の作品では他の男たちの人生が描かれるのでしょうか。
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誘拐症候群  ☆ 双葉文庫
 貫井版"必殺仕事人"シリーズ第2作です。この作品では、ジーニアスと名乗る誘拐犯人に挑む環たちのグループを描いています。子供が誘拐される事件が頻発しますが、どの事件も身代金の額が少額で、どうにか用意できる額であることから、親は警察に知らせず身代金を支払い、子供は無事帰ってくるため、事件として公になりません。ある日、新宿駅で托鉢する武藤のそばでティッシュ配りをしていた高梨の子供が誘拐され、1億という身代金が要求されます。実は高梨は大企業の御曹司だったのです。武藤が身代金の運搬役に指名されますが、犯人に身代金は奪われ、子供は翌日死体となって発見されます・・・。
 前作では、グループの中の原田の過去と現在の生活が明らかとされましたが、今回は、托鉢僧の武藤です。なぜ警察官を辞めざるを得なかったのかという武藤の過去が明らかとされます。それにしても、倉持、原田、武藤の3人がお互いを信頼して行動しているわけでもないのに、うまく事が運ぶのはやはりグループのリーダーの存在でしょう。このシリーズは3作ということですが、次作で倉持はもちろん、リーダーの環の過去は明らかとされるのでしょうか。
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殺人症候群  ☆ 双葉社
 貫井版"必殺仕事人"シリーズ第3作にして、最終作です。今回環たちグループが挑むのは法によって裁かれることのなかった殺人犯に対し、被害者の家族に代わって私刑を下している、こちらも"必殺仕事人"です。必殺仕事人対必殺仕事人の戦いです。前作までにグループの原田、武藤の過去が明らかとなりましたが、今回は倉持です。倉持は環からの依頼を断り、姿を消します。その裏には倉持の過去が関わっていたのです。
 いよいよ、シリーズの最終作です。文庫化するまで待っていようかとも思ったのですが、我慢できずに図書館で借りてしまいました。少年法や臓器移植、それに精神障害者の起こした事件という、近年世間で大きく取り上げられている問題がテーマとなっています。死刑問題とも関係するのですが、犯人の更正と、被害者感情をどこで折り合いをつけるかは非常に難しい問題です。特に少年法の問題は、少年を罰するより、更正に力点が置かれているため、その点が一層問題となります。最近は余りに目を背けたくなるような少年犯罪が頻発していますからね。
 今回の作品には「あっ!」と思わせる部分があります。シリーズ中一番の作品ではなかったでしょうか。
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神のふたつの貌 文春文庫
 牧師の父親を持つ主人公早乙女輝の教会にやくざから匿ってくれと闖入してきた朝倉。最初は排他的だった街の人々にも朝倉は生来の気安い性格からしだいに受け入れられていきます・・・。
 主題が神ということで全体を重苦しい雰囲気が流れていますが、貫井さんの筆力によってぐいぐい読ませます。ただ、あまりに荘厳なテーマに、読解力のない自分がついていけない嫌いがありましたが。
物語は三部に分かれています。それぞれで起きた事件の謎が、時間の経過を辿ってクロスワードパズルのピースがあるべき場所にはまっていくように最後に明らかになっていきます。
 この三部構成のなかに貫井さんはいろいろなトリックをしかけて、読む人をミスリードしていきます。一部から二部、二部から三部と移るたびに、あの事件はどうなってしまったのだろうと思いましたが、こういうこと(ネタばれになるので書けませんが)だったんですね。謎解きがされた後で、ちょっとあまりに都合が良すぎるかなと納得しかねることもありましたが。
 僕自身は宗教というものに否定的です。神が見捨てていないなら、どうしてこの世には悲惨なことが満ちているのかという主人公の問いに対し、信者の久永が“人は誰しも生を受ける前に神と契約を結んでいて、不幸に陥った人は自分をそういう境遇に追い込むよう神とあらかじめ約束していたのだ”と主人公に説く場面があります。そんな久永に対し、主人公は、“宗教とは人を救うためのものであって、不幸な状況を納得させるためのものではないはずだ。それは、人に神の教えを説く者と、そして神自身の責任逃れだと言います。” 全くそのとおりだと思います。
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迷宮遡行 新潮文庫
 貫井さんのデビュー2作目の「烙印」を下敷きに大幅に書き直した作品です(だそうです。僕自身は「烙印」を読んでいないので、どう書き直されたのかはわかりませんが)。
 会社をリストラされ、妻に突然失踪されてしまった男、迫水が主人公。妻の失踪の理由が分からない彼は、妻の行方を捜し回りますが、そんな彼の周りに暴力団が現れ、彼の行く手を妨害するようになります。
 「烙印」はハードボイルドタッチで、主人公は元警察官ということだったようですが、この作品では、主人公は、ぼくらと同じような全くの一般人で小心者。普通の生活では暴力団とは関わりがないから、突然暴力団が目の前に出てくればびびってしまうのは当然でしょうね。ただ、小心者の割には無鉄砲すぎます。「あなたのせいで起こったことが多すぎます!」と、言いたくなりますね。本当の小心者はもっと慎重です。
 貫井さんには珍しく主人公の言動にユーモアを交えていますが、いつもと違った感じでちょっと戸惑ってしまいました。
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追憶のかけら  ☆ 実業之日本社
 主人公の大学講師松嶋は、つまらないことで喧嘩して妻に実家に帰られ、その妻が帰省先で交通事故に遭い死んでしまうという過去を持っています。
 そんな松嶋の元にある日、自殺した作家佐脇が残した未発表手記が持ち込まれます。そこには、善意と思って行ったことが恨まれ、周りの人に不幸を呼び、結果的に自殺を考えるに至った経過が書かれていました。彼はその手記の研究発表を期に、学会での評価を得て、今は妻の実家で育てられている娘を引き取って二人で暮らしたいと考えます。
 手記を持ち込んだ人は母に頼まれたといい、発表するに当たってはその手記に書かれている謎を解いてほしいといいます。彼は、原稿の謎を解こうとしますが・・・。

 未発表手記の部分は旧字旧仮名遣いで書かれており、読みにくいかとも思いましたが、意外にすらすらと読むことができ、それだけで非常におもしろい作品です。これなら松嶋が心惹かれたのも分かります。善意で行った行為によって何故に佐脇が悪意に晒されることとなったのか、ページを繰る手が止まりませんでした。そして、手記の中の佐脇と同じように悪意に晒され、危機的状況に陥っていく松嶋。生きるのが下手で、自分に自信が持てない松嶋を見ていると(自分を見るようで)イライラしながらも、ぐいぐい物語に引き込まれていきました。どこか佐脇と松嶋のキャラクターが似ているのも惹かれた一因でしょうか。いったい、松嶋に悪意を持っているのは誰なのか、話が二転三転、ああそうなのかと思ったところにうっちゃられるという具合に貫井さんに弄ばれました。
 悪意を持つ人の正体がわかったときは、そこまでするか!と非常に嫌な気分になりました。そして、そうした悪意を持つことを何とも思っていない人間がいることに(たぶん現実の世界にもいるだろうことに)暗い気持ちになってしまいます。救いは、主人公に悪意を持つ人がいるように、主人公を助ける人もいるということです。 人間の悪意という暗いテーマでありながら、テンポよく読み進めることができたのは、主人公松嶋の性格からか、作品全体がそれほど重い感じにならなかったこととともに、善意の人がいたということにもよるのでしょう。大部を大部と思わせない内容の作品でした。おすすめです。 
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悪党たちは千里を走る 光文社
 今まで読んだ貫井さんの作品とは雰囲気が異なり、軽いタッチのユーモアミステリといった作品です。あっという間に読み切ってしまいました。
 詐欺師の高杉とその相棒の園部、そして同じく女詐欺師の菜摘子が主人公です。高杉も菜摘子も真面目に生きてきたのに、人生で認められず、ドロップアウトして詐欺師になったという共通点を持っています。ドロップ・アウトしたら詐欺師になるのかと思いますが、菜摘子みたいに美人で東大出の頭があれば、相当な詐欺師になるかもしれませんね。
 物語は、詐欺をはたらこうとした家で偶然出会った3人が、金持ちが飼う犬を誘拐して身代金をせしめようと計画することから始まります。ところが、その家の息子巧に計画を悟られてしまい、逆に自分を狂言誘拐して、親から身代金をせしめようと持ちかけられます。しかし、計画実行を前にして、今度は本当に巧が誘拐されてしまい、犯人から高杉たちが親と交渉しろという脅迫を受けます。
 巧があまりに賢すぎる嫌いがありますが、深く考えず、三人の漫才のような会話を楽しみながら、理屈抜きに読むのが一番です。

 途中、捜査一課の刑事陰木が登場します。「陰気ではないですよ」と自己紹介するなかなかのキャラクターでしたが、いつの間にか登場しなくなってしまいました。せっかくのキャラクターなのに、これでは、わざわざ登場させる意味がなかったのでは?
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愚行録  ☆ 東京創元社
 東京の近郊の住宅地で起こった一家4人の惨殺事件。物語はルポライターがこの事件の被害者夫婦について関係者に取材するという形で、すべて会話文で構成されています。最近では恩田陸さんの「Q&A」が同じような会話文だけで構成されている形をとっていましたね。ただ、「Q&A」は、最後まで真実がよくわからないまま終わってしまった感があるのですが、この作品は関係者の語りで夫婦の人となりが明らかとなっていく中で、ラストに驚きの真相が現れます。読者に提示されるのは、最初のページに掲げられた「3歳女児衰弱死」の新聞記事、そして、殺された夫婦についての知人等の語り、そしてその途中に挿入される兄に話す妹の語り。果たしてこれらが、事件の謎にどうかかわってくるのか、注意深い人なら真相に途中で気がつくことができるかもしれません(僕は素直に騙されましたが。)。
 関係者の語りから浮かび上がる夫婦の姿。二人とも有名大学を出て、美男美女、素敵な人柄の夫婦と思われたのに、関係者が語る二人は人間的に非常に嫌な人物。果たして真実はどうだったのか。人に対する評価というのは、当然評価する人によって異なりますし、また評価する人のそのときの気分によっても異なるでしょう。このことは実際にもよくあることです。人間関係の難しいところとひとことで言うのは簡単ですが、現実は大きな誤解を生むことも少なくありませんね。
 物語自体は非常に後味の悪い話でしたが、会話文が読みやすくて一気に読み終わってしまいました。読後爽やかな気分にはなれませんがオススメです。
 それにしても、作品の中で慶応大学のことについて書かれていますが、あんなこと書いて慶応大学関係者から抗議が来ないか心配になります。書かれていることが本当のことならびっくりですし、鼻持ちならない学生の集まりだなあと思ってしまいますよね。
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ミハスの落日 新潮社
 外国を舞台にした5編の短編集です。ミハス(スペイン)、ストックホルム、サンフランシスコ、ジャカルタ、カイロという5つの街で起きた事件を描いています。様々な書評で、評判がいいようですが、どうも僕は日本人の作家が外国人を主人公に描く作品に違和感を感じてしまって、正直のところあまりのめり込むことはできませんでした。
 表題作の「ミハスの落日」の密室殺人のトリックは、貫井さん自身が“まともに書いていたら憤飯もの”と言っているように、そんな馬鹿なとしか言いようがありませんでした。ストーリーの内容自体も、最初からわかってしまって、あまり楽しめたとは言えませんでしたね(貫井さん、ごめんなさいです。)。そんな中でおもしろかったのは、「ストックホルムの埋み火」です。物語の中で読者に仕掛けられたトリック自体は、ありふれたものでしたが、警察小説ということから見ると楽しめる作品です。ラストの2行は警察小説ファンにとっては思わずニヤリとしてしまうところです。
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夜想 文藝春秋
 発行元の文藝春秋の作品紹介では、作者自らデビュー作の「慟哭」の主題に改めて挑んだ作品と紹介されています。「慟哭」同様、非常に重苦しいテーマの作品でした。ただ、やはり「慟哭」の衝撃には及ばないというのが正直な感想です。「慟哭」の印象は強すぎます。
 また、貫井ファンとしては、騙されないぞと思って読んでしまっているので、「たぶん、これはこういうことなんだろうな」と裏を読んでしまうんですよね。残念ながら、今回は思ったとおりの展開でした。設定自体も僕としてはいただけません。
 妻子を交通事故で失った男性、雪藤。残存思念を読み取ることができる女性、遥。 雪藤は彼が落とした財布から彼の悲しい心を知った遥が涙をこぼしたことから、遥の力を知り、人の手助けをしたいという遥の意を汲んで、彼女のために働こうとします。
 しかし、いい年の男性でありながら、考えることがあまりに思慮不足。こういう主人公には歯痒くてついていけません。妻子をなくして生きる気力がなかったところを彼女をサポートすることで生きがいを見出したにしてもです。とても社会人とは思えませんねえ。彼女の力を世に知らせれば、どういうことになるかは想像できるでしょうに。それは遥の方にしても同じ。いくら父親同様人の役に立ちたいと思っても、世間がほっておかないことはわかるでしょうに。なんだか世間知らずの登場人物ばかりで、もう読んでいてイライラしてしまいました。こういう読書はストレス解消には不向きですね。
 雪藤と遥の話とは別に所々で挿入される家出した娘を捜す女性の話。ちょっと異常な雰囲気の女性でしたが、やっぱりそう来ましたか。これもちょっと想像できてしまいました。果たしてこの女性のエピソードは入れる必要があったのでしょうか。
 何だかんだ言いながらも、あっという間に読んでしまいました。やはりストーリーテラーとしての貫井さんの筆力のなせるところでしょうね。
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乱反射 朝日新聞出版
 強風で街路樹が倒れ、そばを歩いていた親子を直撃し、子どもが死亡する。直接の原因は、街路樹の状況を調査するはずだった業者の従業員が病的な潔癖性で、犬の糞が木の根本にあったため近寄ることができず、結局調査を怠っため、木が弱っていたことを見落としたことにあった。しかし、被害者の父である新聞記者が原因を追及していく中で、この事故には間接的に多くの人々、犬の糞を放置した老人、街路樹の診断を邪魔した伐採反対運動を行つている主婦たち、糞を片づけなかった市の職員、治療を拒否した近所の病院の夜間診療担当医、昼間は混雑しているからといつて風邪程度で救急患者対象の夜間診療に通う大学生、車を放置して救急車が通る道路の渋滞を引き起こした女性が関わっていることを知る。
 普通の人々の、このくらいはと思うエゴの積み重なりが、一つの悲劇的な事件を起こします。誰もが、そのくらいのことで、何故責任を負わなければならないのかと主張します。
 読んでいて嫌な気分になるばかりでした。確かにそのくらいのこと誰でもやっているだろうと思ってしまう自分がいます。自分自身もその程度のことはやってしまうのではないかとの思いが、読みながら絶えず心の中にありました。
 そこまで責任を追求されたら世の中犯罪者ばかりだというのが正直なところでしょう。ましてや、犬の糞を放置したり、自分の都合で夜間診療に通うことは法的、道徳的に糾弾されるでしょうが、例えば、伐採反対運動をしていた主婦たちは業者を追い返したことが悪いことなんて認識はなかったのですから、責任取れと言われてもびっくりですよね。
 この作品では多くのことを考えさせられます。誰もが“それくらい"と思って自分のエゴを通していたらどうなるんでしょう。“それくらい"と思わない人が誰か一人いたら、この話の場合、子どもは助かっていたかもしれません。
 ただ、現実問題としてこれだけ多くのことが積み重なるかは疑問があるところですけど。
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後悔と真実の色  ☆ 幻冬舎
 女性を殺害し、指を切り取る“指蒐集家”と名乗る連続殺人犯とそれを追う刑事たちの姿を描きます。
 中心となって描かれるのは、警視庁捜査一課のエリート刑事であり、“名探偵”といわれる西條警部補ですが、西條に説明できない敵愾心を燃やす機動捜査隊の綿引や同じ捜査一課の刑事たちを描く群像劇ともいうべきスタイルとなっています。
 刑事同士でありながら、同僚を嫉妬し、自己の手柄のために情報を隠したり、相手の足を引っ張ったりと、それでは捕まる犯人も捕まらないだろうと思ってしまうほどの刑事たちの世界が描かれていきます。刑事といっても聖人君子ではなく、いい意味、みんな個性的で、あまりに人間らしい世界です。ただ、西條については、昇進よりも事件の解決を考える刑事の鏡ともいうべき男ですが、ときに自己中心的だと思われる部分もあって、感情移入ができませんでした。西條といえども単なるエリート刑事ではなく、妻との心の通わない生活から不倫に走ってしまうという弱い部分も持っている姿も描かれはするのですが、やっぱり、駄目ですね。まだ、家族のために昇進を強烈に望む綿引の方が、正直で「気持ちわかるなあ・・・」と思ってしまいます。
 それぞれの思いや事情を抱えて捜査にまい進する刑事たちのストーリーはおもしろくページを繰る手が止まりませんでしたが、警察小説としては傑作であっても、ミステリとしてはいまひとつ。途中のある部分で、伏線があまりに強烈過ぎて、ラストの着地点が想像できてしまいました。指蒐集家の独白と併せればおのずと展開が読めてしまいます。帯に書かれた“驚愕の結末”とまでは残念ながら思えませんでした。とはいえ、おもしろく読むことができた1作です。
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明日の空 集英社
 貫井さんの10年ぶりの書き下ろし作品です。
 今年になって日本推理作家協会賞を受賞した「乱反射」、山本周五郎賞を受賞した「後悔と真実の色」に比べると、170ページほどの短い作品で、あっという間に読了です。
 第1章では、アメリカで生まれ育った栄美が、日本に帰国して編入した高校3年生のクラスでの生活が描かれます。クラスに好きな男子生徒ができて、彼とデートに行く約束をしますが、いつも何者かによる邪魔が入ります。帯にはミステリ長編とありましたが、"何者"かの想像はつくし、ミステリ色は弱いなあと思いながら読み進めると、第2章では大学生活に幻滅したユージとアンディの友情物語に一転します。
 第3章は再び大学入学後の栄美が描かれます。この章で、今まで張られていた伏線が回収されていき、それまでの青春ストーリーの裏側にあった事実が明らかとされていきます。ここに至って、読者は貫井さんにミスリーディングされていたことに気付くのですが(僕も途中までAはBだと勘違いさせられていました。)、同じようなパターンの話はあった気もするし、上記2作と比較してもそれほどのインパクトはなかったというのが正直な感想です。やっぱり、ミステリの体裁を取った青春物語として読んだ方が正解です。
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灰色の虹  ☆ 新潮社
 このところ世間では、正義を体現しなければならない検察官が証拠を改ざんしたり、刑事が任意取り調べに際し、自白を強要して暴言を吐く(取り調べを受けた人は、暴行されたとも訴えています。)など、冤罪を産み出しかねない事件が続いています。そんな状況の中、この作品は冤罪をテーマにしており、タイミングピッタリの発売です。
 物語は、冤罪で有罪となり服役した男が、出所後、自分を逮捕・自白を強要した刑事、翻した自白をまったく信用しなかった検事、やる気のなかった弁護士、彼に有罪判決を言い渡した裁判官らに復讐を誓い、実行に移して行く過程を、各章ごと刑事、検事、弁護士、裁判官を主人公にして描いていきます。
 読んでいるとわかりますが、復讐される刑事らは、決して自分たちが間違っているなどとは思っていません。彼から自白を引き出した刑事にしても、故意に無実の者を犯罪者にしようと思ったわけではありません。また、検事も自分が正義だと思っているのです。でも、冤罪というのは起こってしまったのです。こういうことって、今でもどこかで起きているのではないかと考えさせるほどリアリティーがあります。怖いです。
 冤罪で犯人とされたため、彼自身は恋人と別れ、姉の結婚は破談となり、父親は自殺という、あまりに悲しい結果はいったい誰が責任を取ってくれるのでしょう。家族が崩壊してしまった彼の悔しさは、どこにぶつければいいのでしょうか。彼を冤罪で犯罪者とした刑事や検事たちに憎悪を抱くのは無理がないといえないでしょうか。冤罪事件が再審請求が認められて無罪となるケースは、ほとんど考えられない状況では、僕ら一般人としては、人を裁く側にある人たちが、本当に真摯にその役目を果たしてくれることを祈るばかりです。
 あまりに悲しい物語です。帯に書かれた“予想外の結末”については、ほとんどの人が途中で予想がついてしまうと思います。しかし、その点をマイナスしても、人間ドラマとして大いに読ませます。おすすめです。
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微笑む人 実業之日本社
(ネタバレあり)

 妻と娘を夫が殺害する事件が起きたが、エリート銀行員である夫の口から語られた動機が「増えてきた本を収納する場所がほしかったため」という、多くの人からするとまったく理解できないものであった。更に、彼と同じ銀行の支店に勤めていて行方不明になっていた男の死体が発見され、警察は彼の犯行ではないかと捜査するが、彼は犯行を否定する。事件に興味を持った小説家は、彼の周囲の人たちに取材し、彼の生い立ちを調査するが、その過程で彼の周囲にいた何人かの人が事故死していることに気付く。果たして彼は稀代の殺人鬼なのか。
 一般人からしてみれば不可思議な動機をさも当然のように話す夫が、本当に殺人を犯したのか、そして彼の過去から浮かび上がってきた事故死が実は彼の犯行なのか、貫井さんのリーダビリティにぐいぐい物語の中に引き込まれていき、いっき読みです。
 でも、あのラストは・・・。はっきりいって消化不良です。彼の本当の姿はどうだったのか、同僚の死や事故死の真相はどうだったのか。そして、終盤に登場する人物と彼との関係は実際はどうなのか。語り手である作家の考えは書かれていますが、結局何も結論が出ていません。帯に貫井さん自身の言葉として「ぼくのミステリーの最高到達点です」とありましたが、評価が別れるところでしょう。
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北天の馬たち 角川書店
(ちょっとネタバレ)
 横浜・馬車道で母と喫茶店「ペガサス」を営む毅志。経営する喫茶店の2階に所有する空き事務所の借り主として、皆藤と山南という感じのいい二人の男が現れ、そこで探偵事務所を開業する。次第に彼らの人柄にほれ込んだ毅志は、やがて彼らの探偵業の手伝いを始める。それから2年、今回、結婚前の女性に暴行した男に対する復讐を女性の父親から依頼されたという皆藤と山南を毅志は手伝うことになるが・・・。
 作者の貫井さんによると男の友情を描いた作品です。皆藤と山南の友情かなと思いましたが、そうではなく、読み進んでいくと、そこにある人物の存在が明らかになっていきます。ネタバレになるので、ここでは詳細は述べませんが、冒頭からの話が彼らのある目的を達成するためのものだということがわかってきます。ただ、最終的にああいう結果となるなら、最後の結果だけ生じさせればそれで済むものではなかったでしょうか。一番の問題は、最後に登場する男だったのですから。わざわざ、その前にいろいろ画策する必要があったのか、なんだか毅志はただ利用されただけのような感じがして、帯に書かれたようにストレートに感動するというまでには至りませんでした。同じようなパターンの友情の話がどこかにあったような気もします。
 魅力的なコンビの探偵物語を期待したのですが、彼ら自体が深く描かれていないのは残念でした。
※ちなみに「北天の馬」とはペガサス座のことだそうです。
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私に似た人 朝日新聞出版
 自らの命をなげうって冷たい社会に抵抗する“レジスタント”と称する者たちによる小規模なテロが頻発するようになった日本を舞台にした連作集です。
 各章には「○○の場合」という章名が付され、テロで好きな人を亡くした者、小口テロに走る者、テロを憎む者、テロを傍観する者、小口テロの黒幕を追う刑事、小口テロを唆す者、夫がテロの首謀者ではないかと恐れる妻、「小ロテロ」では目的が達成できないと新たなテロを企てる者など10人の男女を主人公に、いわゆる謎解きのミステリではなく、「小ロテロ」を巡って繰り広げられる様々な人物たちの人間模様を描いていきます。
 テロの実行犯は、いわゆる貧困層に属しており、職場や地域に居場所を見つけられないという共通点が見出せるものの、実生活における接点はなく、特定の組織が関与している形跡もない中で、実はそんな彼らを使嗾する“トベ”という人物がいることが次第に明らかになってきます。このあたりは、現在のネット社会を反映したストーリーとなっており、こういうこともあり得るのではないかと思います。
 しかし、何があろうと、たとえ被害者となった人々が世の中を変えようと何もしていないにせよ、無関心であろうとも「だからあなたも責任の一端がある!」としてテロ攻撃の対象にするなんてことは、許されるものではありません。そもそも世の中を変えるために何かをできる人なんて、そうそういません。僕としては世の中が理不尽だ、他人の痛みを想像できない人ばかりだといって一般の人を標的にする、この作品で描かれる「小ロテロ」に対しては、批判的な考えしか特つことができません。
 それ故に、ラストで「小ロテロ」の始まりを語る人物の考えに共感することはできません。生きて罪を償うなんて綺麗事で許されるものではないと強く思ってしまいました。いくら理由があるからといっても、この人物の行動に対しては憤りを感じざるを得ません。
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壁の男  文藝春秋 
  栃木県の北東部にある小さな町、高羅で家々の壁に奇妙な絵が描かれていると話題になる。興味を惹かれたノンフィクションライターの鈴木は、その絵を描いた伊刈に取材を試みるが、すげなくあしらわれてしまう。
 子どもが描くような下手な絵がなぜ描かれるようになったのか。物語は東京から地元に戻り、かつて美術教師の母親のアトリエだった部屋を改造して塾を始めた伊刈があることをきっかけに絵を描き始めるところから語られていく。
 物語は5章からなります。各章とも冒頭でノンフィクションライターの鈴木が調べようとする事柄が語られますが、作品中では鈴木はいわゆる狂言回しという立場にすぎず、鈴木の取材で事実が明らかになるというかたちではなく、鈴木が知りたいと思っていた事実が伊刈の語りで描かれていくというかたちになっています。
 第1章では伊刈が絵を描き始める契機を、第2章では伊刈の娘のことを、第3章では伊刈の妻のことを、第4章では伊刈の父と母のことを描くことで伊刈の人生が語られていき、そしてラストの第5章で伊刈が下手な絵を描くこととなるそもそもの理由が描かれます。ネタバレになるので詳細は語れませんが、第2章で描かれる伊刈と娘とのあまりに悲しい関係の中で「納得いかないなあ・・・」と思っていたことが、ページが進むにつれ逆に過去へと遡って語られる事実によって「そういうことだったのかぁ」と腑に落ちてきます。でも、やっぱり伊刈の妻のことは最後まで理解できませんでした。
 伊刈が鈴木の依頼で描いた絵には、いったい何が描かれていたのでしょうか。鈴木が思ったとおりというのは、女の子の絵でしょうか。大いに気になります。
 ラストはちょっとあっけなく、「えっ!?これで終わり」と思ってしまいましたが、そもそも伊刈が子どもが描くような絵をなぜ描くのかということがこの物語のメインストーリーなので、描いたことによりこの先どうなるのかは二の次なんでしょう。
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宿命と真実の炎  ☆   幻冬舎 
 幼いときに警察により離ればなれになってしまった誠也とレイ。大人になって再会した二人は警察に復讐することを誓い実行する。一方、警察官殺害事件の捜査本部に加わった所轄刑事の高城理那は、他の署で事故死した警察官と殺害された警察官との間にある関係に気づき相棒を組んだ捜査一課の刑事・村越と調べるが・・・。
 第23回山本周五郎賞を受賞した「後悔と真実の色」の続編です。「後悔と真実の色」で“名探偵”と謳われた西條はスキャンダルで警察を辞め、今は警備会社で警備員として働いています。今回西條に代わっての主人公というべき存在は、連続警察官殺害事件の捜査本部に加わることとなった野方署の女性刑事・高城理那です。
 警察小説に登場する女性警官といえば、誉田哲也さんの「ストロベリーナイト」の姫川玲子や、結城充考さんの「プラ・バロック」のクロハユウなど、スタイルが良くて美人というのが相場ですが、この作品に登場する高城理那は本人も自覚しているように、背が低くがっちりした体格で、顔は凹凸に乏しいという平均的水準を下回っている容姿です。玲子のように係長として男性刑事をぐいぐい引っ張る強い女性でもなく、クロハのような感情を表さない冷徹な女性でもありません。平凡な顔立ちよりもスタイルが良くて美人の方が読者の心を掴むのでしょうけど、実際、女性警官がみんなモデルのような体型や顔立ちをしているわけがありません。そういう点では男性社会の中で孤軍奮闘する高城理那は等身大の警察官という感じです。
 物語は、連続警察官殺害事件の犯人である誠也の視点、所轄刑事の高城理那の視点、そして理那が助力を求めた西條の視点で語られていきます。
 警官殺しを実行するのは誠也とレイの二人ということは読者には明らかにされているので、あとは高城たちがどう犯人に近づいていくのかが読ませどころですが、貫井さんらしくそんなに簡単に犯人の姿を明らかにしてくれません。ちょっとした仕掛けが施されています。ラストはちょっと駆け足気味で話が進んでいきますが、事件が解決した後の犯人の独白は怖いですねぇ。 
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悪の芽  角川書店 
 日本最大のコンベンションセンターである東京グランドアリーナで開催されたアニメコンベンション、通称“アニコン”の初日に、入場を待っていた観客に向けて男が火炎瓶を投げ、更に警備員を刃物で切り付け8人を殺害、自身は油をかぶって焼身自殺をするという凄惨な事件が起きる。都市銀行に勤める安達周は事件のニュースを見て、犯人の斉木均が小学校5年生の時同じクラスで、安達があだ名をつけたことからいじめられるようになり、不登校となった同級生だということに気づく。安達は自分があだ名をつけたことが今回の事件のきっかけになったのではないかと悩み、斉木が事件を起こした動機を探り始める・・・。。
 安達ってある意味真面目な男ですね。だいたい、いじめられた方はいじめられた事実をずっと覚えているが、いじめたほうは「そんなことあったっけ?」と忘れているのが普通のような気がします。この物語でも登場するいわゆるいじめっ子の真壁のように。安達のように覚えていて悩み、精神的に参ってしまうくらいだったら、最初から相手のことを思いやっていじめを止めると思うのですが。
 ただ、安達が斉木にあだ名をつけたのが、自分が大便をしてトイレから出てきたのを斉木に見られ、それを誰かに言われるのを怖れ、それと正比例して憎むようになったからというのですが、その気持ちはわからないでもありません。学校のトイレで大便をするなんて恥ずかしい、友達には知られたくないと小学生の僕も思っていましたし、大便をすることをからかう友人たちも現にいましたから。小学生ってそういうものなんですかねえ。残酷なものです。
 安達は斉木が犯行に至る動機を探りますが、何であっても、やはり安達も思うように斉木にも想像力はなかったとしか言えませんし、わかって行動したのなら同情の余地はありません。しかし、小学校の頃のいじめによって不登校になってしまったことはその後の人生を変えたことは間違いありません。安達までとはいいませんが、当時を思い出し自分の行動を振り返ることは少なくとも必要でしょう。
 それにしてもこの作品にもSNSの恐ろしさが描かれますが、匿名の無責任はどうにかしないといけませんよねえ。 
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紙の梟 ハーシュソサエティ  文藝春秋 
 現在、殺人の法定刑に死刑は規定されていますが、実際は1人を殺しただけでは死刑判決がでないのが現実です。この作品集には、人を一人殺せば死刑になることが決まっている日本を舞台にした5編が収録されています。
 指をすべて切り取られ、舌も切り落とされ、更には両目もつぶされて路上に放置されていたデザイナーの男が病院に運び込まれる。犯人が逮捕されても殺人ではないので死刑を求刑できないが、被害者のあまりの悲惨な状況が殺人とどう違うのかという世間の声が沸き上がり、死刑制度に対する議論がたたかわされることになる・・・(「見ざる、書かざる、言わざる」)。ここまで残酷な行為をしても殺人ではないから死刑にならないのでは、被害者側としては納得いかないでしょうね。
 サークルの合宿中、メンバーの女子学生が男に襲われ、男子学生が助けようとして石で殴ったところ男は死んでしまう。検事を目指していた男子学生は自首しようとするが、他の学生はこんなことで死刑になるのはおかしいと彼を止め、事件を隠蔽することとする。ところが、翌朝その男子学生が刺殺されているのが発見され、外部からの侵入経路がないため内部犯行ではとみんなは疑心暗鬼となる。さらには翌日、別の男子学生が硫化水素で殺害されてしまう・・・(「籠の中の鳥たち」)。男子学生の行ったことは過剰防衛といえるでしょうから、今の刑法では減刑・免除される余地があり、死刑になることはないと思うのですが、検事を目指す彼がそれを知らないのはおかしいです。それとも、この世界では過剰防衛であっても一人殺害すると死刑になるのでしょうか。
 いじめを受けた中学生が自殺する事件が発生し、いじめの加害者、加害者の家族、いじめを知っていながら止めなかった学校関係者や教育委員会に対し、批判の声が上がる。そんな中、自分では死ぬことができないが国家が死刑にしてくれるならという自殺志願者が加害者の中学生を殺害する事件が起きる・・・(「レミングの群れ」)。いじめの加害者等に対し世間の非難が起こるのは当然ですが、それが高じて殺されても当然と思う風潮は、法治国家としてどうなんでしょう。自殺志願者にとっては一人殺せば国家が自分を殺してくれるので、殺人罪を厳しくしても、逆に殺人を実行するハードルが下がってしまったといえます。現実にも死刑になりたかったといって、見ず知らぬ他人に危害を加える事件も起きています。小説の中の話ではすまなくなっています。
 一人暮らしをしていた姉がアパートで何者かに殺害される。姉に交際を断られ、ストーカーまがいのことをしていた男が容疑者として浮かぶが、証拠がなく釈放される。弟はその男が犯人だとして復讐を考え、止めるように言う恋人の言葉に耳を貸そうとせず、実行に移すが・・・(「猫は忘れない」)。自分の勝手な思い込みが自分に跳ね返ってきてしまった男の末路が描かれます。
 作曲家の恋人が殺害されるが、彼女の持っていた免許証は偽造されたものであり、住民登録も行っていないなど身元を偽っていたことが判明する。犯人は父親が彼女と交際し、金を巻き上げられたあげく捨てられ自殺したため、復讐をしたと話す。そんなことをする女性ではないと信じる作曲家は、彼女の身元を調べていくが・・・(「紙の梟」)。一度罪を犯した者は許されないのか、人生をやり直すことはできないのか。死刑制度の根幹に関わる問題が提示されます。
 死刑制度は冤罪ということを考えると取り返しのつかないことになります。ただ、被害者家族の大事な家族の命を奪っておいて生きながらえるなんて許されないという感情も無視できません。どちらが正しいのか簡単に結論が出るものではありません。そもそもどちらが正しい、誤っているという問題ではありません。 
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ひとつの祖国  朝日新聞出版
 第二次世界大戦末期、ソ連が北海道に侵攻したことから日本はドイツ同様、新潟の糸魚川と静岡の富士川を結ぶ線を境に民主主義の東日本と共産主義の西日本の二つの国に分断されたが、ベルリンの壁の崩壊時に日本も再び統一国家となる。しかし、資本主義経済によって経済的に豊かな西日本に対し、共産主義経済だった東日本は貧しく、統一国家といっても、東日本出身者は二等国民扱いをされていた。そんな状況に対し、「MASAKADO」と名乗るグループはテロにより再び東日本の独立を画策しようとしていた。西日本生まれの辺見公佑と東日本生まれの一条昇は父親が自衛隊員だったことから幼い頃からの友人だったが、父と同じ道を歩んで自衛隊員になった辺見に対し、一条は同じ道を歩むことに反発し、引っ越し業者の契約社員として働いていた。そんなある日、一条は会社の同僚の聖子たちに、「MASAKADO」の関係者と疑われている経済学者・春日井の講演に誘われる。その後起きた「MASAKADO」によるテロ事件に使用された圧力釜から一条の指紋が検出されたことから、一条は意図せずテロリストとして追われることになり、一方自衛隊特務連隊の辺見は彼を追うことになる・・・。
 MASAKADOの中に潜むスパイは誰なのか、MASAKADOの指導者は誰なのか等貫井さんらしいミステリ・サスペンスタッチで物語は進行します。テロリストグループに入ってしまった一条とそれを追う自衛隊特務連隊に入った辺見との、幼馴染ゆえの反発と信頼が描かれるストーリーであることを期待したのですが、辺見と一条の関わりが思ったほどなく、というよりほとんどなく、二人が言葉を交わすのは残念ながらラストの少しだけ。辺見ら自衛隊特務連隊とMASAKADOとの戦いも期待していたようにはなく、また、聖子を始めとする「MASAKADO」のメンバーたち登場人物のキャラを活かしきれていない気がします。更に辺見の相棒となる香坂という絶世の美人でありながら、口汚くいが自衛隊特務連隊の隊員である女性のキャラが強烈で、また、辺見とのやり取りも面白いので、もっと彼女の活躍の場面も用意して欲しかったです。
 前半を読んでいる時のこれは面白そうだという高揚が後半のストーリー展開で尻すぼみとなってしまいました。
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