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似鳥鶏の本棚

  1. 理由あって冬に出る
  2. 一〇一教室
  3. 彼女の色に届くまで
  4. 100億人のヨリコさん
  5. 叙述トリック短編集
  6. そこにいるのに
  7. 目を見て話せない
  8. 夏休みの空欄探し

理由あって冬に出る 創元推理文庫
 題名にある「冬に出る」のは幽霊のこと。高校の文化部の部室が入っている芸術棟にフルートを吹く幽霊が出るという噂が立ち、その幽霊騒ぎの解明に乗り出した高校生たちの活躍を描く作品です。
 幽霊の噂におびえて練習に来な<なってしまった吹奏楽部の部員たちに、幽霊などいないことを立証するため、部長は部員の秋野と芸術棟を見張ることとしたが、そのときに付き合わされた第三者が葉山くん。彼らが芸術棟で待ちかまえていると、予想に反し幽霊が現れ、びっくり仰天。さて、果たして幽霊の正体は・・・
 作者の「似鳥」は「にたどり」と読むそうですが、第16回鮎川哲也賞佳作入選の似鳥さんのでデビュー作になります。いい年齢の大人があのカバー絵の本をレジに出すのは恥ずかしかったのですが、大好きな青春ミステリなので購入(年齢の高い人のためにも漫画のカバー絵は勘弁して欲しい。)。ちょっととコミカルなタッチで話は進みますが、内容は本格ミステリです。最初はちょっと読みにくいという印象もありますが。途中からはいっきに読み進めることができます。ラストで明かされる真実は、若い高校生にとってはあまりに苦い現実です。
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一〇一教室  河出書房新社 
 戦前の修身のような教育を謳う全寮制の中高一貫教育の恭心学園は、創設者の松田美昭の過激な言動とともに、有名大学への進学実績とひきこもりや反抗心も治るということで評判を呼んでいた。そんなとき、一人の男子生徒・藤本英人が心臓麻痺で死亡する。告別式で父親が遺体の顔も親族に見せようとしない不審な様子を訝しく思った英人の従兄の藤本拓也は従妹の篠田沙雪とともに英人の死の真相を探り始める・・・。
 拓也が英人の死の真相を探る、高校を舞台にした、いわゆる“青春ミステリ”かと思ったのですが、違いました。物語は拓也の調査の様子に加えて、恭心学園の男子生徒・小川希理人と女子生徒・山口唯香の語りによる、恭心学園の学校とは思えない恐ろしい状況が描かれていきます。厳しい校則や理不尽な教師の暴力と言っていい体罰が日常茶飯事の高校の現況に“青春”という言葉から感じられる清々しさはありません。入学時に全裸になって尻の穴まで他人の面前で見られるのは、まるで映画で見る刑務所のようです。人格を破壊して思うがままに他人を操るという方法ですね。
 作者の似鳥さんが描きたかったのは、教育現場への批判かもしれません。ラストで週刊誌記者の口から語られる「一部の教育関係者にある“信仰”、体罰に対する信仰、スパルタ教育で子供が強くなるという信仰」への批判です。その信仰が一部の親にもあり、それゆえ体罰問題はなくならないということは親として考えなくてはいけないことでしょう。「主犯は学校関係者だが、従犯は親である」という週刊誌記者の指摘はまさしくそのとおりかもしれません。
 学園長の松田のインタビューが所々に挟まれますが、ミステリらしいのはこの構成です。ここにちょっとした仕掛けが施されています。 
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彼女の色に届くまで  角川書店 
 主人公は画廊を営む父の子として生まれ、幼い頃から絵を描くのが上手な子として周囲から認められ、自覚もしていた緑川礼。しかし、成長するにつれ、彼の才能は他の絵の上手な人の中に埋もれて目立たなくなってしまう。決定的だったのは、高校の美術部での活動の帰りに出会った千坂桜の才能を知ったとき。彼女の描いた絵を見て、礼はその才能の凄さに驚く・・・。
 神童も大きくなればただの人とはよく言われますが、神童だった者にとっては、本物の天才を見るのは辛いものがあるでしょうね。物語は、千坂桜の才能の凄さに驚くとともに、彼女に惹かれる礼という高校生の初恋物語という展開から始まって、礼が高校生、大学生、社会人と成長していく過程で遭遇する事件を千坂桜と一緒に解決していく姿が描かれていきます。
 事件は、校内に飾ってあった理事長コレクションの油絵がイタズラされる事件、鍵のかかった展示室の床にまかれたペンキに跡もつけずに行われた絵画の破損事件、鍵のかかった絵画の置かれた部屋で起こった火事、礼の画廊から忽然と消えた50号サイズの絵画の盗難事件と、どれもが絵に関わるもの。それを「犯人、わかりました」と言いながらも、自分では説明しない桜に代わって、結局礼が謎解きをするという体裁になっています。
 本文中に実際にある名作絵画が挿入されており、それが謎を解くヒントになるというのも、絵を見るのが好きな人にとってはちょっと興味をそそられるところでもあります。特に、冒頭の「雨の日、光の帝国で」に挿入されているルネ・マグリットの「光の帝国「」は、一昨年に展覧会を観に行って同じテーマの作品を観ていたので、それだけで物語の世界に引き込まれました。
 礼と桜以外に、自分の肉体が大好きですぐに胸をはだけてしまう礼の友人、風戸翔馬のキャラはいい味出していました。
 4編が収録された連作短編集ですが、ラストの話で「実は・・・」という構成は、連作短編集の王道を行くパターンです。
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100億人のヨリコさん  光文社 
 小磯は大学三年生となり、規約で寮から退去せざるを得なくなったが、貧乏学生のため、アパートを借りる金もない。そんな小磯が学生課で紹介されたのは、築何年経つのかもわからない、学校の紹介にも載っていない富穣寮。そこに住むのは着流しに雪駄の先輩、車椅子だが筋肉もりもりの汪、ベナン共和国からの留学生のマフトンジ、それに白衣姿の儀間という個性的な学生たち。そればかりか、なぜか学生ではない小学生のひかりちゃんとその母親の奈緒さんが住んでいた。更には、そこには“ヨリコさん”と呼ばれる幽霊も・・・。小磯たちは“ヨリコさん”の正体を探ろうとするが、やがて寮内だけに出没していた“ヨリコさん”が寮の外でも出現するようになり、ついには寮生だけしか見えなかった“ヨリコさん”が世界中で出現し始めて、大パニックとなる。
 最初は、ぼろ学生寮に暮らす破天荒な学生たちの生活や、パンツに生える“パンツダケ”や“銘酒 死体洗い”等々の登場、更には古い寮にはありがちの幽霊譚にユーモア小説だと思って読み始めたのですが、途中からホラー、更にはパンデミック小説へと大きく転換。ついには、小磯たちがそれぞれの能力を活かして地球滅亡を防ぐために奮闘するという世界的規模の話となります。予想外の展開に唖然となりながらもどうにか読み切りました。ちょっと時間を無駄にしたかなあという気もします。
 知らなかったのですが、“ヨリコさん”は似鳥さんの作品にはお馴染みのようですね。 
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叙述トリック短編集  講談社 
(ちょっとネタバレあり)
 作者がこれは“叙述トリック”の作品ですよと予め断って書かれた短編集です。
 本読みの中にはあとがきを先に読む人がいますが(かくいう僕もそうです。)、この短編集はぜひ最初の「読者への挑戦状」から順番に読んでいくことをお勧めします。ネタバレを恐れずに言うと、この「読者への挑戦状」にそもそも叙述トリックが駆使されているのですから油断ができません。最後の「あとがき」でこの作品全体を通して読者をミスリードしてきた叙述トリックが明らかにされますが、ちょっと自慢させてもらうと、ひとつの叙述トリックには騙されませんでしたよ。もうひとつの方にはコロッと騙されましたが。
 最初の「ちゃんと流す神様」は、詰まったトイレが誰もなにもしていないと言うのに詰まりが直って、水漏れの後も綺麗に掃除がしてあった出来事が描かれます。トイレの前では立ち話をしていた者がおり、彼らによるとトイレに入ったのは3人だけで、それもすぐ出てきたという。果たして誰がという話ですが、謎が明らかになってみれば、そんなことできるのは一人しかいませんよね。詰まったものの正体がわかったときは、思わず笑いがこぼれてしまいました。
 「背中合わせの恋人」は、SNSで友達申請をしてきた見知らぬアドレスの主のブログに載っていた写真に惹かれ、その人に会いたいと思うようになる大学生の話です。この叙述トリックはよくあるパターンで、このトリックはわかってしまいました。
 「閉じられた三人と二人」は、雪の山荘に閉じ込められた4人の強盗と2人の日本人旅行客の中で、強盗の1人が殺害されるという事件を描きます。収録作の中で一番短い作品ですが、見事にミスリードさせられました。
 「なんとなく買った本の結末」は、暇なバーの中で従業員の女の子がバーテンダーに自分が読んだミステリの真相当てクイズを出す話。結末がわかって戻ってみると色々と伏線が張られていたのですが、気付かなかったです。
 「貧乏荘の怪事件」は、日本人、中国人、韓国人、タイ人、セネガル人、インドネシア人と様々な国籍の人が住む世間から貧乏荘と呼ばれるアパートで、住人の一人、中国人の李くんの「海参」が盗まれてしまった事件が描かれます。これは、きちんと読む人にはすぐわかる作品ですが、字面をさらっと読み飛ばす人は気づかないでしょう。それにしても、最後まで明らかにされなかった「海参」って何なのでしょうか。
 「ニッポンを背負うコケシ」は、出入口に監視カメラのある密室状態といっていい場所にあった巨大コケシに落書きがされた事件を描きます。いったい犯人はどこから侵入し、どうやっていたずら書きをしたのか。ここでは、ここまで読んできた作品に関わるある重大な事実が明らかになります。読みながら何か違和感があったのですが、まさかこんなこととはねぇ。 
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そこにいるのに  河出書房新社 
 13編が収録されたホラー短編集です。わずか3ページの掌編から50ページ弱の作品まで種々雑多な作品が収録されています。霊だけでなく、「二股の道にいる」のY字路おじさんや最後の「視えないのにそこにいる」に登場するような怪物の話もあります。
 1編を除いて共通しているのは、“クママリ”というキャラクターが登場すること。ぬいぐるみやキーホルダー、シールなど、様々な形で作品の中に登場しています。
 唯一“クママリ”が登場しない「帰り道の子ども」だけが、ホラーという形をとりながらも、ラストは人の温かさを感じさせるストーリーになっています。仕事帰りの暗い道に立つ子どもが、通り過ぎるたびに「〇人目だよ」とつぶやくのは怖いですよねえ。この「○人目だよ」の意味がわかったときにホラーから話がガラッと変わります。個人的には一番好きな作品です。
 残りの12編の中で印象的なのは「写真」と「なかったはずの位置に」。どちらも、次第に恐怖の対象が近付いてくるというもので、前者は地元の人が撮るなと言った写真の中に写った女がその写真のデータを人に送るたびにだんだん大きくなって近付いてくるというもの、一方後者は、恐怖の対象が近付いてくるという点は同じですが、それは記憶が明らかになってくるたびに近づいてくるというもの。どちらも、最後は振り向けませんよねぇ。
 すべてを読んでから目次に戻ってじっと見ていると、あることに気づいてしまいました。「見るな。気づかないふりをしろ。」と言われたのに・・・。最後の話では「この世には、見えてはいけないものがあるのだから」と書かれていたのに・・・。 
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目を見て話せない  角川書店 
 表題作を始め5編の中短編が収録された火村・アリスシリーズです。
 表題作の「カナダ金貨の謎」は、国名シリーズ第10弾です。男が殺害され、殺人現場から男が身に着けていたメイプルリーフ金貨のペンダントが持ち去られた事件に火村とアリスが挑みます。いわゆる倒叙ミステリで、犯人は最初からわかっています。犯人はなぜ金貨を持ち去ったのか、犯人がいったいどこでミスを犯したのか、それを火村とアリスはどう突き止めていくのかが、倒叙ミステリとしての醍醐味ですが、犯人の視点以外にアリスの視点のパートがあるところが、通常の倒叙ミステリとはちょっと違います。
 「船長の死んだ夜」は、元船長だった男の殺害事件が描かれます。壁に貼ってあったポスターが剥がされていた事実から、犯人を推理していきます。既に発売されている「七人の名探偵 新本格30周年記念アンソロジー」に収録された作品です。
 「エア・キャット」も「アンソロジー 猫が見ていた」に収録されている作品です。被害者の本棚から火村が抜き出した夏目漱石の「三四郎」の中に犯人の手がかりが残されていたが、アリスは火村の部屋で事件前日に書かれた「三四郎」のメモを見つける。火村はなぜ事件の前日に「三四郎」を予知していたのか。猫好きの火村を認識する作品です。
 「あるトリックの蹉跌」は、火村とアリスの出会いを描いた作品です。大学の大教室での授業中にアリスが書いていたミステリを隣に座った火村がのぞき込んで読み、犯人を推理したことが二人の出会いだったというシリーズファンにとってはたまらない作品でしょうね。「46番目の密室」にも登場するシーンだそうですが、すっかり忘れていました。この作品では二人の出会いに加えて、アリスが書いていたミステリがどんな話だったのかがわかります。
 「トロッコの行方」では、歩道橋からの転落死事件が描かれます。マイケル・サンデルの『これからの「正義」の話をしよう』にも取り上げられていた“トロッコ問題”をモチーフとした作品だそうです。そもそも“トロッコ問題”を知らなかったので、興味深く読むことができました。『これからの「正義」の話をしよう』を読みたくなります。 
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夏休みの空欄探し  ポプラ社 
 部員2人だけのクイズ・パズル研究同好会の会長をしている成田頼信はクラスの中でも目立たない高校2年生。同じクラスにはスポーツ万能で人気者の同じ姓の成田清春がいて、クラスの中で「成田くん」といえば清春のことで、頼信は「じゃない方」だった。ある日、モスバーガーにいた頼信は、隣のテーブルで二人の若い女性がクイズらしきものに頭を悩ませているのに気づく。横目でそれを見た頼信は正解を思いつくが気軽に話しかけられず、二人が席を離れたときに答えをメモに書き置いて席を立って店を出る。そんな頼信に二人の女性、大学生の立原雨音と高校1年生の七輝の姉妹が追いかけてきて、頼信に事情を話し、一緒にクイズを解かないかと誘う・・・。
 有名人の遺産の隠し場所をクイズ・パズルを解きながら辿っていくなんて、「おいおい、いくら何でも現実的にありえないぞ!」と言いたくなりますが、ひと夏の青春物語と思えばそれもありですかね。そんな3人に、ひょんなことから合流した清春が加わり、4人での遺産探しが始まります。クラスの中では交わることのなかった頼信と清春が姉妹を間にしてしだいに友達関係を築いていきます。これが青春だよなあと、遥か昔に過ぎた日々を思い出しながら読んでいると、謎解きの先には思わぬ衝撃の事実が現れてきます。物語のラストの時点では淡い恋物語ですが、この先に書かれない未来には頼信にとっては辛い現実が待ち受けます。 
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