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西川美和の本棚

  1. きのうの神様
  2. 永い言い訳

きのうの神さま  ☆ ポプラ社
 映画監督でもある西川美和さんがポプラ社のPR誌に発表した2作に書き下ろし3作を加えた5編からなる短編集です。第141回直木賞候補作でしたが、残念ながら北村薫さんに敗退しました。
 この作品、現在公開されている笑福亭鶴瓶さん主演の映画「ディア・ドクター」のアナザーストーリーということで購入したのですが、読んでみると全くの別作品でした。映画と同じ題名の「ディア・ドクター」という作品も収録されていますが、内容は脳梗塞で倒れた医者の父親と二人の息子たちの話で、映画のストーリーとは異なります。また、収録作の中には医者が主人公の「ありの行列」や「満月の代弁者」がありますが、映画とは僻地医療をテーマにしているところは同じですが、話自体は異なります。ちょっと出版社に騙されたかなあという気もします。しかし、騙されたのもまあいいかとと思えるほど、収録作5編、それぞれおもしろく読ませる作品となっています。
 短編なので、尻切れトンボという気がしないでもないものもあります。最初の「1983年のほたる」など主人公の女の子がどう成長していくのだろうと思ったのですが、最後はささっとまとめたという感じで終わってしまいましたし・・・。
 5編の中で一番気に入ったのは、「ノミの愛情」です。医者の妻となった元看護師の妻が、平穏な家庭生活の中で、ある事件をきっかけに生き甲斐を見いだしていく姿がちょっとプラック・ユーモア風に描かれていておもしろいです。最後のセリフ「はい、私は看護師です。」に思わず拍手。
 どの作品も文体もテンポよくて読みやすい。おすすめです。
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永い言い訳  ☆  文藝春秋 
 主人公は、本名が衣笠幸夫という名前の読み方が広島カープの選手と同じだった作家の津村啓。彼は作家で大成するまでは、美容師である妻・夏子によって生活を支えられていたが、今では担当の女性編集者と浮気をするなど、自分勝手な生き方をしており、夫婦の間は表面的な会話だけのものとなっていた。ある日、友人とスキーツアーに出かけた夏子はバス事故により帰らぬ人となってしまう。突然、妻を夫った津村だったが、彼は妻の死を心から悲しむことができず、妻の死を嘆く夫を演じることしかできずにいた。そんなときに、妻と一緒に亡くなった友人の夫、大宮陽一とその子、真平と灯の二人の子どもに出会ったことから、彼らに深く関わっていくことになるが・・・。
 妻の死の際に別の女とベッドを共にしていたことに大いに後悔し、悩む苦しむ夫かと思いきや、津村にはそれはどの思いは見られず、ただ他人の悲しみを眺めているだけ。そんな主人公の対角線にいるのが妻の死を大いに嘆き悲しみ、いつまでも忘れられないでいる陽一という構図です。
 妻との間で子どものことも話題にしなかった津村が、なぜか真平と灯の兄妹の世話にのめり込んでいきます。ここまで読んで、妻の死による喪失態を感じられなかった津村が、この家族と関わりを持つことによって、変わっていく物語かなと思いましたが、それほど単純ではありませんでした。
 このあたりの彼の心情はよくわからないのですが、子どもが自分に懐いてくれるという自己満足を感じるためのようであって、彼の気持ちが変わっていったとは思えませんでした。結局ある女性の出現によって変わりつつある子どもたちとの関係に、イライラを募らせてしまうことになるのですから。
 こう書くと主人公は嫌な人物に思えるかもしれません。しかし、以外とそういう風には感じませんでした。事故現場でのインタビューの際に主人公が叫んだ言葉は彼の本当の思いだったでしょうし、僕自身も言ってしまうかなという気もします。
 ラストで、再び陽一の家族とも向き合い、作家として書くことに向かい、そしてようやく初めて妻の死を悲しみます。彼が言う「他者の無いところに人生なんて存在しないんだ。人生は、他者だ」と言うところは、ちょっと感動ですね。 映画化に期待です。
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