▲トップへ   MY本棚へ

西加奈子の本棚

  1. サラバ!
  2. i

サラバ!  ☆ 小学館
 仕事でテヘランに駐在していた父の関係でテヘランで生まれた圷歩(あくつあゆむ)。イラン革命で日本に戻ったが、わずかな時間を日本で過ごした後父の転勤で今度はエジプトに行き、父母の離婚により日本に帰ってくることとなる。そんな歩くんの人生を描いていく作品です。
 上下巻700ページを超える大作です。語り手となる歩は、テヘラン生まれということなので、プロフィールを見るとご自身もテヘラン生まれ、カイロ、大阪育ちというという西さん自身の経験がかなり色濃く反映されているのではないでしょうか。
 とにかく、主人公の歩より、歩の姉・貴子のキャラがすごすぎます。幼いときから母に反発し、ご飯は食べない、部屋にこもって部屋中に鼠の尻尾のついた巻き貝の絵を描く、宗教にはまる、巻き貝のかぶり物で街中に出現するなど奇矯な行動に出る姉。美人のお母さんには似ずに、外見のかわいらしさがなく、対照的に母に似てかわいい歩にみんなの興味が向いてしまうことは姉にとっては腹立たしいものがあったでしょう。無理もないよなぁと思わざるを得ない点もあります。とはいえ、ストレートに母の愛情を欲するのではなく、愛情を欲するが故のあまりに奇矯な行動に気持ちを理解する以上に退いてしまいますけど。歩が姉を避けるのも当然という気がします。
 この貴子だけでなく、歩の周囲の人は濃いキャラばかり。中でも矢田のおばちゃんは、近所の人の相談にのっていたことから、次第に多くの人が集まるようになり、結局新興宗教の“教祖様”みたいなものに祭り上げられてしまうという人物。それも自分は教祖なんてさらさら思っていないのですから、すごい人物です。あの貴子に大きな影響を及ぼすのですから、貴子以上のキャラと言えます。
 そのほか、エジプトでの現地の友人・ヤコブ、高校時代の友人・須玖など歩に影響を及ぼす特徴あるキャラが登場します。そんな中で、歩自身は幼いときから母と姉の対立に巻き込まれてはいけないと二人の間では存在を消し、成長して母似の
いい男と自覚してからはいろいろな女性と遊ぶという、まったくの普通のキャラといっていいでしょう。
 物語は阪神大震災、オウム真理教事件、東日本大震災などを経て進んでいきます。後半、順風満帆だった歩に試練が襲いかかります。僕らと変わらない普通の人であるのに、周りの強烈なキャラに囲まれて過ごした歩くんの人生、十分堪能しました。読み応えがあります。オススメです。
リストへ
ポプラ社 
 主人公の“アイ”はアメリカ人の父・ダニエルと日本人の母・綾子との間のシリア人の養子。ハイハイを始める前の幼い頃に養女となり、二人の愛に育まれて成長したアイは父・ダニエルの転勤にともなってニューヨークから日本へとやってくる。高校でミナという友だちも得て、幸せな生活を送っているように見えたが、アイの心の中には常に、高校の最初の数学の授業で数学教師の言った「この世界にiは存在しません」という言葉が強く残っていた・・・。
 この物語を簡単に要約してしまうと、数学教師の言葉を常に心の中に持っていたアイが、この世界での自分の存在を確認するまでを描いていく作品です。
 先日テレビでシリアの反政府組織の拠点が政府軍によって制圧されたというニュースが流れていました。アイが生まれたシリアは現在世界の中でも一番の紛争地帯といってよく、政府軍と反政府軍の戦いによる大勢の一般市民の死が日々報道されています。アイがシリア生まれということで、もしかしたらアイではなく別の子どもが養女となったかもしれない、そうであればアイは現在この世界に存在していなかったかもしれないという思いが、アイに世界で起きている惨事の死者数をノートに記させます。自分の名前の“アイ”と二乗して−1となる虚数の“i(アイ)”を同一視して自分が存在していない、存在するべきではないと考えてしまうのも、彼女がシリア生まれを意識する限りは無理ないのかもしれません。
 そんなアイが悩み苦しみながらアイデンティティを獲得するまでを、東日本大震災やその後の原発問題等現在の日本の状況を通して描いていますが、現実に目の前に戦場があるわけではなく、読者がアイと同じ立場になって思考するのはなかなか難しいところかもしれません。
 アイ以外の登場人物たちの名前も意味深です。“アイ”はもちろん“私”でしょうし、ユウは“you”“あなた”であり、そして“ミナ”は“みんな”を表しているのでしょうか。 
 リストへ