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夏川草介の本棚

  1. 神様のカルテ
  2. 神様のカルテ2
  3. 神様のカルテ3
  4. 神様のカルテ0
  5. 本を守ろうとする猫の話
  6. 新章 神様のカルテ

神様のカルテ  ☆ 小学館文庫
 長野の松本平の民間病院に勤務する内科医の栗原一止と、彼を取り巻く人々を描いた2010年の本屋大賞第2位の作品です。
 一止は漱石の「草枕」を愛読し、日常の話し方もその影響を受けて古風な話し方という、端から変わり者と思われている男。そんな彼が、医師不足という現実の中で患者と向き合っていく姿を描いていきます。地域医療が、医師不足のため一人の医師にかかる負担が増大、そのため、その状況を見た医師が地域医療に携わらず、結局医師不足から過酷な勤務状況になるという悪循環に陥っているのは周知のところです。対照的に高度医療の研究を行うが、果たして患者のことを真摯に考えているのかと思われる大学病院、そして時に問題となる医局制度など、現代医療の抱える問題が描かれており、読みながら考えさせられます。
 そんな苛酷な地域医療を支える大狸、古狐の両医師、看護師の東西、一止の親友の砂山次郎医師など、皆個性的で、こんな病院あるのかと突っ込みながらも、現実にこんな病院があったらいいのにと思いながら読み進みました。個性的といえば、一止の妻のハルさんや同じ下宿に住む男爵や学士殿のキャラも印象的で、彼らとの関わりもおもしろく読ませます。
 ただ、一止の話し方には最後まで馴染めませんでした。奇を衒っているようで、非常に鼻につきます。実際にそんな話し方をする医者はいないでしようし、夏川さんがこの作品で書こうとしていることは、主人公がそんな話し方をしなければ伝わらないというものではありません。奥田英朗さんの描く伊良部のように笑いに徹したり、漫画であったりするならともかく、あの話し方をする必要性はまったくないと言わざるを得ません。
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神様のカルテ2  ☆ 小学館
 「神様のカルテ」の続編です。
 栗原一止の勤務する“24時間365日対応”の本庄病院に大学時代の親友・進藤辰也が赴任してくる。彼と一止とは大学時代に一人の女性を巡っていわゆる三角関係になったこともあった。彼は“医学部の良心”と呼ばれるほどの志の高い医者であったが、本庄病院に赴任してきてからは残業を嫌い、時間外も連絡がつかない状態で病院内の彼の評判は悪化していった。彼にいったい何があったのか。
 医師不足の今、特に地方ではそれが深刻で、地域医療が崩壊の危機に立たされており、そうした中、医師や看護師の労働環境も悪化の―途を辿っています。医師も一人の人間として、生活があり家族も守っていかなければなりません。しかし、患者側からすれば、医師は何があっても患者の治療を優先すべきであると考え、医師も背中に彼らの生活を背負っていることをなかなか理解しません。また、逆に割り切って、時間外や休日は急患であっても診ないという医者も増えていることは確かです。テレビドラマのような医者を期待する方が無理かもしれません。しかし、個人病院だったらともか<、地域の中核病院に地元の人が期待するものは大きいです。この作品では、今医療現場で切実な問題が大きく取り上げられます。
 最終的には、この作品の中でも、医師という仕事と医師個人の生活・家庭との問題は解決していません。どうしても医師不足の現実の中では適切な医療を行うためには、個々の医師の負担によるところが大です。主人公・―止のような医師の存在に期待をしてしまいます。だからこそ、この作品が多くの人の共感を得ているのでしょう。非常に難しい問題です。
 相変わらずの夏目漱石に心酔する一止の口調には閉口させられます。個人的にはどうにかならないかなあと思うのですが、それもこの作品の売りなんでしょうね。
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神様のカルテ3  ☆ 小学館
 神様のカルテシリーズ第3弾です。
 365日24時間対応の本庄病院を舞台に、そこで働く医師や看護師、そして患者を描きながら、今回も地域医療の問題を描いていきます。
 ここまでくると当初鼻についた―止の口調もようやく気にならなくなってきました。慣れというのは恐ろしい。
 今回描かれるエピソードは、病棟の看護師・東西のかつての恋愛相手が入院患者として現れたこと、テキ屋の肝硬変の患者が病院を抜け出してやりたかったこと、そして、一番の大きなできごとは、亡くなった古狐先生の代わりに有能な女性医師・小幡がやってきたことです。有能で寸暇を惜しんで勉強をし論文も書くという小幡でしたが、特定の患者を治療しないということがあり、当初のいい先生という印象がしだいに変わり病院内に波紋が起こります。
 一止の周囲の人々にさまざまな転機が訪れようとしている中で、小幡から言われた言葉が―止の胸に突き刺さります。さらに、ある患者の診断をきっかけに―止にも大きな転機が訪れます。
 小幡と―止の話の中で、医療の進歩に対し医者はどうすればいいかという問題が投げかけられます。大学病院ならともか<、医師不足の地方病院の医師にとっては、目の前にいる患者の対応に追われ、勉強どころではないというのが実態ではないでしょうか。もちろん、新しい知識は必要でしょうけど。
 さて、一止が今後どう歩んでいくのか。気になります。
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神様のカルテ0  ☆  小学館 
 シリーズ第4弾。今回はシリーズの前日譚である4編が収録された短編集となっています。
 冒頭の「有明」は栗原―止が大学卒業間近の医師国家試験に臨む直前の話です。これまでの作品に登場した辰也やその後彼の妻となる千夏、さらに砂山次郎も医学生として顔を揃えます。苛酷な試験に押しつぶされる者、医師との恋に揺れる者など医師となる前の一時期が描かれます。
 「彼岸過ぎまで」は24時間365日診療を標榜することとなった本庄病院の中を描きます。ここには内科部長の大狸と副部長の古狐が登場します。新しく就任した事務長は、徹底的な経費節減を目指し、余計な検査をするなと言い、医師だちと対立します。しかし、「私の仕事は、先生方に完璧な診療を求めることではありません。先生方が完璧に近づけるように環境を整えることにあります」との言葉からは、過去に病気で妻を失った彼が彼なりの覚悟で医療に向き合っていることがわかります。
 「神様のカルテ」は本庄病院で研修医として勤め始めて4ケ月がたち、当直のときは患者が1.5倍になることから、“引きの栗原”とすでに言われている―止を描きます。末期の癌患者の希望に対し、―止が医師として、あるいは人間として、悩み、そして決断する姿を描いていきます。
 ラストの「冬山記」はハルさんが登場します。50歳の誕生日に突然妻から離婚を言い渡された男が冬山で滑落し、死んでもいいと思ったところをハルさんに助けられます。ハルさんの“生きる”ことへの真摯な思いがうかがわれる1作となっています。
 どれもがシリーズファンにとっては読み甲斐のあるエピソードになっています。おすすめです。 
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本を守ろうとする猫の話  ☆  小学館 
 父母の離婚、母の死で幼い頃に古書店を営む祖父に引き取られ、二人暮らしをしていた夏木林太郎。祖父の突然の死で、叔母に引き取られることになった林太郎の前に茶トラの猫が現れる。猫は人語を話し、林太郎に本を解放する手助けをして欲しいと言う・・・。
 第1の迷宮の住人は月100冊以上本を読むといい、1度読んだ木はケースに太切に保管している男。第2の迷宮の住人は“読書の効率化”ということで、時間がもったいないので、本のあらすにだけ知ればいいと考える男。第3の迷宮の住人は売れる本だけあればいいと考える男。そんな彼らに対し、林太郎は「そうではない」と説得を試みます。
 彼らの姿は、次から次に出る新刊を読むのに追われ、今では1度読み終われば本棚に飾ったままで読み返すことはないし、図書館の予約本を自転車操業のように読んでいるだけで、じっくりと読み込むことができない自分自身を見ているようです。林太郎が彼らに告
げることばは、まさに僕自身にも言われているようです。
 本を何冊読んだなんて自己満足だと思いながら、そこから抜け出すことのできない我が身に林太郎の言葉が突き刺さります。
 第4の迷宮の住人はそれまで以上の強敵。そんな強敵を前にして林太郎は「本の力はなんなのか」を語ります。本を読むことの素晴らしさを改めて考えさせてくれる作品です。 
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新章 神様のカルテ  ☆  小学館 
 シリーズ第5作です。題名に「新章」とつけられているように、今回から話の舞台は今までの本庄病院から信濃大学病院(もちろん信州大学病院がモデルですね。)へと移ります。
 栗原一止が大学病院に勤務する傍ら大学院で学び始めて2年。“引きの栗原”の異名は大学病院に移ってからも変わらず、一止は患者の治療に、大学院での研究にと多忙な毎日を送っていた。そんな一止が属する第四内科第3班に外科から29歳の膵臓がんの女性患者が回されてくる・・・。
 「1つしかパンがなかったとしたら、そのパンによって今確実に今を生き延びられる子にのみ与えられるべきだ」といった例え話で、病棟のベッドの管理を行う宇佐美准教授と、一止らは対立します。僕自身、大学病院ではありませんが、県の中核病院に入院したことが数年前にありましたが、なるべく早く退院させようとする病院側の意向は身をもって感じました。開腹手術をして1週間もたたないのに退院ですからねえ。確かにより重度の大学病院でなくては治療のできない患者のためにベッドを空けるべきだという考えもわかりますが、それ以上に長期入院で診療報酬点数が低くなった患者は経営上出て行ってもらうべきという考えもあるのではないかという変な勘繰りをしたくなります。
 そういうこともあって、大学病院の在り方を巡り上司と対立する一止がラストで「パンの話をしているのではないのです。患者の話をしているのです。」というシーンには感動します。理想を掲げ過ぎているとは思いますが、やはり医療を受ける立場としては、一止のような医師が多くあってほしいと願うのは患者側誰しもでしょうね。
 このシリーズ、憎むべき人物はまずでてきません。今回の憎まれ役であった宇佐美准教授にしても結局は人を見る目はありましたし。また、愛すべき妻や子、信頼すべき同僚や隣人(隣室の住人)の登場もいつもどおりで、読了感は爽やかです。
相変わらず、色々な酒の名前が登場します。日本酒好きとしては飲みたくなります。 
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