梨木香歩さんといえば児童文学というイメージしかありませんでした。今回評判を聞いて文庫化されたのを機に初めて手に取った梨木作品は、児童文学とは異なる、とても味わい深い作品でした。
現実のこの世と、異世界とがつながっている不思議な場所が物語の舞台です。明治時代が背景のようで、文体もどこか古めかしく、夏目漱石とか芥川龍之介とかそんな時代に書かれた作品を読んでいるような感じです。
湖で行方をたった友人高堂の家の家守として引っ越してきた売れない作家綿貫征四郎が主人公。そんな綿貫のもとに掛け軸から高堂がボートを漕いで現れたり、庭のサルスベリが綿貫に懸想したり、カッパや狸や鬼まで現れます。そんな通常ならば怪異といえる出来事を、ありふれた出来事として季節の移ろいの中淡々と描いていきます。綿貫の周囲の人々も、そんな出来事を当たり前のこととして受け入れているのがなんとも不思議です。
登場人物の中では、特に物知りの隣の奥さんのキャラクターは印象的です。常に綿貫の疑問に対し回答を与えてくれますが、てっきり、「この奥さん、実は・・・」となるかと思ったのですが・・・。考えすぎでした。また、高堂に勧められて飼い始めた犬、ゴローがまたいい。河童とサギの仲裁をして以来、揉め事があれば呼ばれるという不思議な犬です。
不思議な出来事が不思議なままなんら説明もなく終わるのですが、そんな時代もあったんだなと思ってしまいそうな雰囲気を感じさせる作品でした。
長編ですが、植物の名前を冠した各章が非常に短いので、通勤バスや電車の中で読む本として最適です。 |