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中澤日菜子の本棚

  1. ニュータウンクロニクル
  2. Team383
  3. お願いおむらいす
  4. 働く女子に明日は来る!

ニュータウンクロニクル  光文社 
 “クロニクル”は、直訳すれば“年代記”で、出来事や事件を年ごとに記述したものということで、この物語は1960年に建設計画の持ち上がったニュータウンの1971年から始まり、2021年まで10年ごとにニュータウンの移り変わりとそこで生きる人を描いていきます。
 1971年は、ニュータウン建設初期の住民たちが組織した「ニュータウンの未来を考える会」の活動に、会員の主婦・春子に心惹かれて関わっていく役場職員の小島健児が描かれます。
 1981年は、ニュータウン入居と同時に開校となった小学校が児童数の増加で新たな小学校の新設に伴い、生徒が二つに分かれる直前の3学期を迎える中で小川文子の5年1組のクラスにやってきた転校生によって文子の周囲にもたらされる騒動が描かれます。
 1991年は、バブルの時代も末期の頃、経営していたプールバーがテレビドラマの撮影場所として使用された主婦が投資に夢中の夫と引き籠もりの息子に嫌気が差して、ドラマに出演していた若手俳優に惹かれていく様子が描かれます。
 2001年は、前作の息子・浩一が主人公。バブルが弾けて廃業したプールバーの店舗を染め織りの工房として借りたいと言ってきた女性・海蔵寺梓に関わることで変わっていく浩一が描かれます。
 2011年は、1981年に5年1組だったクラス会に参加した相羽秀樹が仲の良かったクラスメートの正人と純と校舎に忍び込んで夜を過ごす中で現在の自分を見つめ直す様子が描かれます。
 2022年は、父の死によりニュータウンで独り暮らしになった母を引き取ろうと、母の部屋の片づけにニュータウンにやってきた理恵子が母の思いを知っていくまでが描かれます。
 1970年代の大学生だった頃、新宿から京王線に乗って八王子方面に行くところを、誤って多摩ニュータウン駅に降りてしまったことがあります。当時はまだニュータウンが建設途上という感じでしたが、田舎から出てきた僕としては、家々の立ち並ぶ姿に凄いなあと圧倒された記憶が残っています。そんなニュータウンも今では話題になるのは、若い人がいなくなって高齢化が進んでいるということ。物語の中でも描かれていたように高齢者が多いのにエレベーターのない団地、また、人が少なくなったことから店舗が撤退してしまって買物弱者となってしまった住人といった具合に、計画当時は夢のようなニュータウン構想に60年近くが経った今では、様々な問題が噴出しています。
 この物語のラストが現在より先の2022年という未来を舞台にしているところが、作者のニュータウンにかける思いが表れている気がします。 
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Team383  新潮社 
 高齢になり、運転免許証を返納した老人たちがママチャリによる8時間耐久レースに出場する中でそれぞれの直面する問題に悩む様子を各章、主人公を変えながら描いていきます。
 第1章は個人タクシーの運転手、小田山葉介が主人公。自損事故が続き、息子夫婦からも進められて運転免許証を返納しに運転免許試験場にやってきた葉介は、手続き後、コンビニ店長の坂内菊雄から声をかけられ、ママチャリカップへの出場を目指すチームに勧誘される。菊雄に連れてこられた中華料理屋「紅花亭」には、石塚紅子、鈴木比呂海、中原玄のいずれも70歳代のチームのメンバーが待ち構えていた。
 第1章の雰囲気ではママチャリカップに向けて頑張る老人たちの姿をユーモラスに描く作品かと思いましたが、予想は裏切られました。今まで自分の思いを口にしたことのない菊雄の妻が乳がんの宣告を受けて、やっていなかった結婚式をしたいと言い出す第2章、ケガをした妻がしだいに認知症の症状を見せ、人も変わってしまった様子に戸惑う比呂海を描く第3章、夫を亡くして以降元気のない高校時代の同級生を訪ねた紅子がそこで見た親友の状況を知って驚く第4章、かつての仕事仲間から手伝ってほしいと頼まれた玄が、仕事の現場で思わぬ出会いをする第5章といった具合に、第2章以降はレースを目指す彼らの様子よりは、彼らの生活を描くかなり重い話が続いていきます。
誰もが辛い思いをしますが、そんなときチームのメンバーが寄り添います。自分一人で担いきれないときに誰かがいてくれるというのは本当にありがたいことです。老人になると、なかなか社会との繋がりを求めていくのは難しいのでしょうが、ほんのちょっとした決心が新しい仲間との繋がりを作ることができることを中澤さんは描いていきます。
紅子たちが挑戦するママチャリカップは「スーパーママチャリGP」という名称で本当に富士スピードウェイで開催されているようです。年をとっても何かに挑戦する(無理をしない範囲で)ということは、素晴らしいことだなと思わせてくれる作品でもあります。
 題名の“383”は、チームメンバーの年齢を足した数だそうです。 
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お願いおむらいす  小学館 
  「ぐるフェス」(「ぐるめフェスティバル」のことです。)に関わる裏方、客、出店者、イベント出演者の人生模様を描く5編が収録された連作短編集です。
 太一は、ギタリストへの夢を諦めきれないまま、同棲していた女性の妊娠をきっかけに音楽関係だからと自分を納得させてロック雑誌の出版社に入社する。ところが、入社当日に連れていかれたのは「ぐるフェス」の会場で、太一が配属されたのは編集部とは全く違うぐるフェス事業部の清掃管理部だった(「お願いおむらいす」)。
 姉に呼ばれ東京の実家に帰ってきた歩子は父と同居する漫画家の姉と3人で「ぐるフェス」にやってくる。いちいちうるさい父の言動にいらいらする歩子だったが、そこで姉から重大の事実を聞かされ動揺する(「キャロライナ・リーパー」)。
 ラーメンの名店「紅葉」のぐるフェス店を任された天翔の手伝いをするよう師匠から言われた崇。しかし、弟子として入ってからなかなかのれん分けしてもらえない天翔の作るラーメンは、評判の「紅葉」の味とは比べ物にならず、客はまったく入らない。なぜ、そんな天翔に店を任せたのか(「老若麺」)。
 「ぐるフェス」のイベントに出演するためやってきた美優。さすがに25歳になってもアイドルをやっているのは痛々しいのは自分でも自覚している。そんな美優が彼女の大ファンだという女子中学生と出会い、行きがかり上面倒を見ることになってしまう(「ミュータントおじや」)。
 高校卒業以来働いていた会社を50代後半になってリストラされてしまった浩。認知症の母とその介護をする妻、そして大学入学を控える娘を抱え、経済的に苦しい中、「ぐるフェス」でバイトをしている。ある日、母に癌が発見され、余命が短いことが宣告される(「フチモチの唄」)。
 誰もが人生のある時点で悩み、苦しむときがあります。逃げ出したいと思うときもあるでしょう。この物語に登場する主人公たちも、それぞれ仕事、家族等に悩みを抱え、もがき苦しみながら、その中で前を向いて精一杯生きていこうと考えるようになります。どれもが読んだ後、心が温かくなるストーリーです。
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働く女子に明日は来る!  小学館 
 主人公の時崎七菜は31歳。広島の田舎に生まれ、短大を出て信用金庫に勤めたものの、「ここで一生を終えるのだけはまっぴらごめんだ」との思いから東京に出てきて、今は番組制作会社「アッシュ」でアシスタントプロデューサーをして5年の女性。物語は、人気作家・上条朱音の小説「半熟たまご」のテレビドラマ化に関わる七菜が、その製作過程で様々な困難を乗り越えて成長していく様子が描かれていきます。
 いわゆる“お仕事小説”です。世間では働き方改革が叫ばれますが、テレビドラマの制作現場は「残業がない、休日はしっかり休む」というような働き方改革とは無縁な現場。そのことで、福利厚生がしっかりしている誰もが知っている企業に勤める七菜の恋人である佐々木拓とは時に心の行き違いが生じます。
 二日酔いでミスを犯したり、身勝手な原作者の怒りを買ったりと、七菜の周辺ではトラブル続き。更に、入社前にアルバイトとして働いている平大基のまったく危機感のない態度にイライラさせられるばかり。そんな七菜を有能な上司の板倉頼子がカバーしますが、頼子に起こったある事情により、七菜は独り立ちしていかざるを得なくなります。それからが更に大変。番組が製作できるかどうかという大きな事件が起こり、七菜をどん底に叩き落します。果たしてここから七菜がどう這い上がってくるかがこの物語の読みどころとなります。
 各章に料理の名前がつけられていますが、これは七菜の上司であるプロデューサーの板倉頼子が作るロケ飯のメニューから(ただし、#6と#8は七菜が作ったものです)。頼子の作るロケ飯目当てで彼女の携わる作品に喜んで参加する監督等の製作者や出演者がいるほどの名物となっています。独身で身よりもない頼子が美味しいロケ飯を作るのは番組に関わる人々を家族と考えているからというのは、ある意味ちょっと切ない気もします。 
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