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中村航の本棚

  1. 100回泣くこと
  2. リレキショ
  3. 夏休み
  4. あのとき始まったことのすべて
  5. 小森谷くんが決めたこと
  6. 僕は小説が書けない

100回泣くこと 小学館
 テレビの本の紹介コーナーで紹介されていたのを見て読んでみました。
 物語は200ページほどの短い話です。3年の交際期間を経て、結婚生活の練習と称して一緒に暮らし始めた藤井と佳美。幸せな生活を始めた二人でしたが、佳美が病魔に襲われます。話の筋としては典型的なお涙ちょうだいの昼メロドラマのパターンでしょうか。
 しかし、中村さんは、二人のラブストーリーを淡々と丁寧に描いていきます。実家で死にそうな犬の話から、オートバイの音が好きなその犬のために動かなくなっていたオートバイを二人で分解修理する話、そのオートバイで実家に戻って愛犬が命を取り留める話、そしてプロポーズから彼女の病気の話と、その語り口は本当に静かです。佳美が病魔に倒れたのちの生きる努力をする二人の姿も、同じように静かなタッチで描いており、その淡々とした静かな書き方が逆に深い悲しみをもたらしています。
 僕はキリスト教徒ではないのですが、彼女が一緒に住むために藤井の部屋にやってきた日にスケッチブックに書いた教会での結婚式にお決まりの誓いの言葉、改めていい言葉だと思います。
 先月文庫化された文藝賞受賞作「リレキショ」の登場人物が、この作品にも出ているそうです。「リレキショ」も読んでみなくては。
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リレキショ 河出文庫
 第39回文藝賞を受賞した中村航さんのデビュー作です。最初から戸惑いました。いい年の男が女性に拾われて弟として一緒に住むようになり・・・いったい、この話は何だ?
 彼、半沢良はどうしてここに連れてこられたのか。彼は記憶喪失なのか。彼にここに来るまでに何があったのか。本を読み進めていっても、これらに対する回答は提示されません。事件が起きるのでもなく、起きたことといえば、彼を見ていた受験生のウルシバラさんが彼に手紙を渡したことから交流が始まったことくらいです。
 主たる登場人物は彼以外には彼がアルバイトをしているガソリンスタンドの店員加藤さん、姉(と称する女性)の半沢燈子、姉の友人の山崎さん、そしてアルバイトをしている彼を窓から見つめていた受験生のウルシバラさんの4人だけです。話は彼とこの4人との関わりが淡々と述べられていくだけです。結局最後まで、彼の実体はあやふやで主人公ながらもとらえどころがありませんでした。う〜ん、作者はこの作品で何を描こうとしたのでしょうか。アイデンティティというものが何かということ?なんて、そんな簡単なことではないのでしょうね。最後にある登場人物の言う「都会のおとぎ話なのかな」というのが、この物語には一番ふさわしいのかな。

 “姉さん”の「大切なのは意志と勇気。それだけでね、大抵のことは上手くいくのよ」という言葉には惹きつけられました。
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夏休み 河出文庫
 “夏休み”という題名から学生が主人公の話かと思いましたが、そうではなかったですね。二組の夫婦が過ごす、ちょっと変わった夏休みの話です。
 現実とはずれているとしか思えない夫婦の不思議な関係です。主人公の妻は結婚する際に母親にどちらの人がいいと写真を見せて、選んでもらうというあまりに現実感に乏しい出来事から始まった夫婦関係。さらに夫同士は「離婚するときは一緒にしよう」という妻たちには内緒の約束をしてしまうという、夫婦関係ってなんだろうと考えてしまう二組の夫婦です。
 ある日、そんな夫婦の片方の夫が突然失踪したことから、仲がいいと思っていた二組の夫婦に危機が訪れますが、最後の結論を出すのも夫組対妻組のテレビゲームでのバトル。う〜ん、いくらテレビゲーム世代だといえ、ゲームで人生の重大事の決着をつけようとするのはねえ。それも冗談と思わずに真剣に練習までして臨んでしまうのだからすごいです。
 とにかく、夫二人が幼くて妻たちに最後まで踊らされているという印象の作品でした。、
 夫が失踪する理由というのは、あり得る理由で、これだけが現実的だったかなあと思えてしまいました。
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あのとき始まったことのすべて 角川書店
 仕事関係の人と話しているうちに、たまたま中学時代の同級生・石井さんの連絡先を知り、10年ぶりに会うことになった岡田。有楽町のマリオンでの待ち合わせが恋の始まりとなり・・・
 偶然から中学の同級生の連絡先を知ったにしても、なかなか会おうと行動を起こすことは僕には難しいです。相手が仲が良かったにせよですね。ましてや女性ではなおさらです。でも、それって僕らの年代だからでしょうか。今の若者は(完全にオジサン口調ですね(笑))、いろいろ考えずに躊躇なく誘うことができるのでしょうか。そういうこともあって、出だしはちょっと乗りきれずに読み出しました。こんなに簡単に恋が始まるのかと。
 二人だけのストーリーではなく、途中に挿入された同じ班だった白原さんの独白の章が挟まれているのが、ストーリーが平板にならずよかったかもしれません。
 ベタな恋物語と思いながらも、同級生を妻にした身としては、こういう話はつい無条件で読みたくなってしまいます。それにしても出来過ぎのラストですね。
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小森谷くんが決めたこと  ☆ 小学館
 この作品は、編集者が中村さんに「男子の小説を書いてほしい」という発言から生まれた作品で、中村さんがどこにでもいそうな普通の青年にインタビューを重ね、彼のこれまでの人生を描いていくという形をとっています。
 主人公の名前は小森谷くん。幼稚園の時には大きくなったら先生と結婚するぞと願い(それは先生の結婚によってあえなく崩れ去りましたが)、小学校時代は自転車で駆け巡り、修学旅行のパンツ落とし物事件で自殺したいと悩むほど傷つき、中学時代は勉強を頑張り、バレンタインデーにチョコレートをもらい、高校時代は食い逃げで捕まり母の涙を見て反省し、二浪してどうにか入った大学時代はバイトに明け暮れと、本人としてみれば波瀾万丈の人生かもしれませんが、周囲から見ればどこにでもいそうな青年に過ぎない小森谷くんの人生が中村さんの感想を加えることなく、淡々と描かれていきます。
 幼稚園の先生に始まり、同級生が自分を好きではないかと勘違いして告白して、見事に撃沈してしまう小森谷くんの姿には、「笑えないよなあ、あの思い込みは僕と同じだよなあ。」と、自分を重ね合わせて苦笑いです。
 大学を卒業し、映画配給会社に就職が決まってから、普通の人生を送ってきた小森谷くんに思わぬ出来事が起こります。悪性リンパ腫が発見され、治療をしないと余命2ケ月が宣告されます。さすがに、これは“普通”ではありませんよね。ここからは彼の悪性リンパ腫との戦いが描かれていきます。辛い治療が続きますが、作者の中村さんは闘病の様子もやはり淡々と描いていきます。
 この作品を読んでいて、横森世之介という男の人生を淡々と描いていった吉田修一さんの「横森世之介」を思い出しました。この作品は中村航版「横道世之介」という雰囲気の作品です。終盤の悪性リンパ腫の闘病生活を除けば、本当に“普通”の人の話でしたが、いつの間にか彼の“普通”の人生の話にのめり込んでいっき読みでした。おすすめです。
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僕は小説が書けない  角川書店 
 中学生のとき、自分が父の本当の子どもではないと知った高橋光太郎は、両親と向かい合うことができなくなり、家庭の中で孤立感を感じるようになる。そのため、中学生時代に書いていた小説も執筆が止まったままだったが、高校に入学した光太郎は2年生の佐野七瀬によって部員不足で存続の危機に立だされていた文芸部に無理矢理入部させられてしまう。
 アニメとライトノベルに詳しい井上部長、歴史オタクの水島副部長、ホラー小説を書くのに恐がりの鈴木先輩、BL小説を書く中野先輩、部員の小説の校正作業をする七瀬といったそれぞれ特徴のある部員たちが、生徒会から示された部存続の条件である「部誌」づくりに奮闘する様子を描いていく青春小説です。
 中田永一さんと中村航さんとの合作小説です。二人が書く青春小説らしい作品になっていますが、ただ、これといった驚きのストーリーではなく予想どおりの展開という点が残念なところ。これも芝浦工大で実験中の小説を書くソフトを使用してプロットを書いたということに理由があるのかも。まだ、開発途上ですから青春小説なら青春小説の、恋愛小説なら恋愛小説のある程度のパターンしかソフトに組み込まれていないのではないでしょうか。
 文芸部OBの"御大"と呼ばれる武井の特異なキャラはユニークだったのですが、性格が真反対のOB原田との確執はやっぱりお決まりの展開ですね。それにしても、男が婚約者を連れて浮気相手の前に平気で登場するシーンは、いくらなんでもそれはないでしょうと思うのですが。恋愛小説の名手の二人として、あんなシーンを描くのかとちょっとびっくりです。 
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