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長浦京の本棚

  1. リボルバー・リリー
  2. マーダーズ
  3. プリンシパル
  4. アンリアル
  5. 1947

リボルバー・リリー  ☆  講談社 
 西部劇の女性ガンマンの話かと思うような題名ですが、なんと舞台は関東大震災直後の大正時代です。
 陸軍の裏金の秘密を握っていた父親ら家族を惨殺された細見慎太は、日頃から交流のあった筒井国松を頼るが、国松は慎太と弟を逃がした後陸軍と戦って命を落とす。慎太は国松から教えられた小曽根百合に助けを求める。そこから慎太を助けるため、陸軍とやくざを敵に回した百合の戦いが始まる・・・。
 田舎の村から国松に買われ、諜報員を養成する幣原機関で幼い頃から教育された百合。大正時代を舞台とした小説としては、百合のキャラが秀逸です。女性がまだ着物姿が多い中で、肩までの長さの断髪に洋装という外見に加え、女性らしくない大型拳銃リヴォルバーをぶっ放すという今までにないヒロイン像に拍手喝采です。初めて読む長浦作品ですが、百合のキャラとスピード感溢れるストーリー展開に魅了され、500ページ近い大部でしたが、いっき読みです。
 百合だけでなく、登場人物のキャラが印象的です。幼い慎太も追われる中で百合と行動を共にするうちに、少年から次第に肝の据わった男に変貌していきます。百合を助ける元中国の馬賊で漢人とウイグル人との混血の奈加のキャラもまた忘れることができません。彼女の懐紙一枚を刃物のように使って相手を切るという技は必殺仕掛け人みたいで強烈な印象を与えます。
 百合たちを追う陸軍の津山ヨーゼフ清親大尉と南特務少尉もキャラ立ちしています。ドイツ人を母に持ち、栗色の髪と瞳を持つ外国人風の容貌も異質な津山ですが、そんな容貌で血も涙もないという表現がぴったりの行動が追っ手としてのキャラとして最高です。一方、南特務少尉も陸軍軍人とは思えない小柄で子どものような容貌ですが、こちらもその容貌からは想像できない血も涙もない行動に出ます。
 ラスト、ネタバレになるので言えませんが、ある人物の運命には納得できないですねえ。二転三転で助かるかと思ったのですが、なぜ、どうして、という思いでいっぱいです。
 太平洋戦争の中でたぶん日本人には最も有名な軍人も重要な役どころで登場し、百合の活躍はもとよりストーリー的にも飽きさせることがありません。ハードボイルドファンにはオススメです。 
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マーダーズ  ☆  講談社 
 商社に勤める阿久津清春は、飲み会が終わって帰宅途中、ストーカーに襲われ、無理心中の道連れにされそうになっていた女性を助ける。その女性は以前飲み会で会ったことのある柚木玲美だった。成り行きから恋人同士を装った阿久津と玲美だったが、玲美は実は意図的に阿久津に近づいたのであり、かつて阿久津が犯した殺人を警察に話されたくなければ、自殺したとされている母の死の真相と行方不明になっている姉の行方を捜すよう要求する。阿久津のパートナーとなるのは警視庁組織犯罪対策第五課の則本敦子警部補。彼女もまた、玲美から若き頃の殺人の事実を明らかにされたくなければ協力するよう求められていた。
 「リボルバー・リリー」で第19回大藪春彦賞を受賞した長浦京さんの新作ですが、舞台が明治から今回は現代になったこともあってか、前作より、かなりパワー・アップした作品となっています。
 「法では裁き得ない者たちへの断罪が始まる」という帯からは現代版必殺仕事人の話かと思ったら、単に金で殺人を請け負う者の話ではありませんでした。阿久津にはある事件の犯人に対する復讐という殺人を犯す理由があったのですが、そのためには直接関係ない人も殺すことを厭わないという非情の男で、共感できるキャラではありません。しかし、共感できないけれども大いに気になるキャラです。肉体を鍛えていたという描写もなかったのに、自分より逞しい男と格闘しても劣りませんし、様々な武器等も手作りするなどその知識も凄いですよね。
 阿久津に比べれば、自分を守るために殺人を犯した敦子の方がましです。玲美自身にしても、冒頭で殺人に手を貸していることが描かれますし、とにかく主人公3人は決して正義の人ではありません。
 3人が事件を洗い直すことにより、埋もれていた過去の未解決事件が浮かび上がってきて、それに触れられたくない者が彼らの周囲に現れます。いったい誰が敵で誰が味方という謎解きもあってページから目が離せません。
 登場人物が多くて、頭の中で整理するのが大変ですが、その多くが自分の“正義”のためなら殺人も肯定する人というのですから、これは恐ろしいです。
(以下ネタバレ)
 結局、この一連の事件は警察で裁けない犯罪者を自ら始末するという考えに凝り固まった元刑事の村尾と、悪者は殺害しても仕方ないと考える“先生”こと益井との戦の結果だとも言えます。阿久津たちはその間で両方の思惑通りに動かなかった異端なんでしょう。
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プリンシパル  ☆  新潮社 
 関東最大の暴力団・水嶽組組長、水嶽玄太の娘である綾女は組長の娘であることを嫌い、高等女学校入学を機に家を出ていたが、玄太の危篤の連絡に、敗戦の日に疎開していた長野から東京に戻ってくる。その夜、玄太が亡くなり、出征している兄たちに代わって喪主をするよう求める玄太の後妻・寿賀子の頼みを断り、幼馴染の修造の家に向かった綾女を何者かが襲ってくる。綾女は修造の家族によって隠し部屋に隠されたが、しばらくして助け出された綾女が見たのは修造家族の惨殺死体だった。綾女は復讐のために兄たちが戦地から戻る間、組長代行に就任することを決意し、襲撃した者たちへの復讐を始める・・・。
 物語は敗戦の日から10年間の綾女を描いていきます。とにかく、この綾女のキャラが強烈です。ヤクザを嫌って家を出て教師となったのに、自分を守ったために幼馴染であり乳母の家でもあった修造の家族の惨劇を見たとたん、相手を同じような目に合わせようと考えるなんて、あっという間の彼女の人格の転換にびっくりです。やっぱり父の血をしっかりと引き継いでいたのでしょう。目的のためには手段も選ばず、味方でさえ捨て駒にするのですから、こんな非情な女性はちょっといません。更には自分は兄たちが戦地から帰還するまでの代行だと最初は言いながら、結局は血を分けた兄妹の争いへとなっていくのも、彼女が家族よりもヤクザの組織を優先したためでしょう。
 物語は戦後の政界やGHQとヤクザとの関係も描いていきます。政治家は実名の人が登場しませんが、読んでいてわかるとおり、吉野繁実は吉田茂、旗山市太郎は鳩山一郎のことなのは一目瞭然。安保闘争の学生を鎮圧するのに、当時の与党がヤクザを使ったということは公然の秘密のように、この作品で描かれる政治とヤクザの癒着は歴史上実際にあったことなのでしょう。
 最後の綾女の運命も、それまでの彼女が行ってきた故のことですが、あまりに壮絶。万人にはおすすめできませんが、読み応えのある作品です。 
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アンリアル  ☆   講談社 
 主人公沖野修也は19歳。彼は自分が危険が迫るとその気配を感じることができ、殺意や敵意、憎悪を抱えてる人間と対峙すると、その両目が光って見える能力を持っていることに気づき、曾祖母から代々沖野家に受け継がれている者であることを聞く。中学2年生の時、両親が自動車事故で亡くなるが、事故と結論付けた警察の説明に納得できず、自ら真相を明らかにするために引きこもり生活を送りながら勉強し、警察官になる。警察学校在学中、沖野は未解決事件を独自に調査、犯人を特定し、事件解決に貢献したが、上からは推理遊びは以降禁止と言われる中、本庁公安と騒ぎを起こし、なぜか本庁警備部警護課に異動となる。しかし、警護課に登庁する前に彼は「内閣府国際平和協力本部事務局分室国際交流課二係」に出向を命じられる。そこは、実は日本の防諜、諜報活動を行うスパイ組織だった。彼はそこで格闘技等スパイは身に着けることが必要な知識・技能を学びながら、彼の特殊能力を使って仕事に従事するようになる。仕事をやり遂げるごとに両親の詩に関わる情報の深部へとアクセスすることができるようになることが沖野を後押しする・・・。
 いくら特殊能力を有しているからとはいえ、まだ19歳ですから精神的な未熟だろうし、元引きこもりですから独力で学んだとはいえ、格闘技等に秀でているわけでもありません(このあたり、よく警察学校を無事卒業できたなあと思ってしまうのですが)。
 そんな青年が突如スパイの仲間入り(それも殺人でさえ行うこともある)のですから、戸惑うのも無理ありません。課長の天城や係長の国枝といった上司には雰囲気的に緊張感がないものの、口から出る言葉は恐ろしい言葉ですし、沖野とコンビを組む水瀬響子にしても、任務となれば人も殺すし、仲間である沖野を撃つことも厭わないという非情さを持つ女性ですから、なおさらです。
 基本的には半人前のスパイの成長譚ともいえます。沖野は「リボルバー・リリー」の小曾根百合や「プリンシパル」の水嶽綾女ほどの強烈なキャラではありませんが、これから更に経験を積んで一人前のスパイへと成長していくのでしょう。沖野の前任者であり沖野と同様に特殊能力を持つ神津(彼の場合は人の話すことが嘘かホントかがわかるという能力ですが)の登場により、彼がなぜ組織から離れたのか、彼は今どういう立場で動いているのか等々謎も多く残っているので、続編がありそうです。 
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1947  ☆  光文社 
 舞台は1947年の東京。第二次世界大戦中、捕虜となっていた兄を日本軍に殺害された英国陸軍中尉のイアン・マイケル・アンダーソンは、兄の殺害に関わった五味淵中佐、権藤少佐、下井一等兵に復讐するため、香港で通訳として雇った潘美帆(メイ)を伴って日本にやってくる。しかし、五味淵と権藤の行方は分からず、下井は隅田川沿いの狭い土地にトタン板の長い壁が築かれ、その内側に廃材とバラックで組み上げられた家々が乱立する“トタン要害”と呼ばれる地区の頭目である竹脇によって匿われていた。やがて、五味淵と権藤は巧みに戦後のどさくさの中を泳ぎ、ある理由からGHQに匿われていることが判明する。そんなとき、なぜかメイが突然姿を消してしまう・・・。
 戦後間もない時期で、日本人は生きることに精一杯の時代、占領政策を行っていたのはGHQといっても、実質はアメリカ軍であり、また、そのGHQの中でも民生局と参謀第二部の対立があるという状況の中、英国人のイアンはアメリカ政府に莫大な資金力で影響を持つ父の力を借り、仇の行方を捜すというストーリーです。
 戦後の混乱期の中でGHQにしろ、トタン要害の竹脇や胡喜太のような朝鮮人、そして権力者と繋がって利益に群がるヤクザたちにしろ、更にはイアンを助けるはずの英国大使館にしろ、それぞれ思惑があり、いったい誰が味方で誰が敵なのか判然とせず、この先どうなるのだろうと、ページを繰る手が止まりません。
 主人公のイアンが日本人やアジア系の人々を人とも思わない差別扱いをする人物のため、共感を覚えることができない嫌いがありますが、世界情勢の中の密約の存在など相変わらず長浦さんらしい面白い設定で最後までいっき読みです。
 ただ、仇を討った後に耳と薬指を切り取るとは、イギリス人はそんなことをするのですかねえ。 
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