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長沢樹の本棚

  1. 消失グラデーション
  2. 夏服パースペクティヴ
  3. 冬空トランス
  4. 幻痛は鏡の中を交錯する希望
  5. ダークナンバー
  6. 月夜に溺れる
  7. イン・ザ・ダスト

消失グラデーション  ☆ 角川書店
 第31回横溝正史ミステリ大賞受賞作です。帯に書かれた選考委員3人(綾辻行人、北村薫、馳星周)の絶賛のコメント。これを読んだら読まないわけにはいきません。
 内容としては大好きな青春ミステリのジャンルです。主人公は、私立藤野学院男子バスケットボール部の椎名康。康は、クラブ棟屋上でリストカットをしようとした女子バスケットボール部の花形選手であり、モデルでもあった網川緑のために救急箱を取りに行くが、その間に緑は屋上から落下してしまいます。康は倒れている緑を助けようとするが、何者かにより首を絞められ、気を失ってしまいます。気付いた時には、緑の姿は消えていました。放送部員である樋口真由が康を助手に、俄か探偵となって緑失踪の謎を追います。
 ミステリとして様々な謎、網川はなぜリストカットを繰り返したのか、網川が屋上から落ちたのは事件なのか事故なのか、そして網川の姿が消えたのはなぜか等々事件の真相に至る過程はもちろんおもしろかったのですが、それ以上に真相が解明されるとともに作者が読者の前に提示した事実にはびっくりしてしまいました。その上、1回びっくりしたと思ったら、さらに新たな事実に驚かされるのですから。いやぁ~、参りました。
 これはものの見事に作者の長沢さんに騙されましたね。読んでいて、ところどころ違和感を感じた理由はこんなところにあったのかぁとようやくわかりました。
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夏服パースペクティヴ 角川書店
 拉致され、クロスボウの標的にされた5人の少女たち。犯人は、彼女たちの中の2人が死なないと、密閉された部屋では全員が窒息死してしまうと脅し、クロスボウを置いて出ていく。犯人は逮捕されたが、残された部屋からは殺害された2人の少女の遺体が発見される。序章からすると、この話は妹を殺された少女の復讐譚かなと思って読み始めたのですが・・・
 女子高校生二人組の音楽ユニットのビデオクリップの製作と、その製作過程を追ったメイキング・ドキュメントという二重構造の映画がその女子高の映像文化研究部と出身の女性監督によって製作されることになります。主人公の遊佐渉は、スタッフの募集に応募し、カメラマンとして採用される。さらに、前作「消失グラデーション」で探偵役を演じた樋口真由が遊佐の友人として一緒に撮影に加わることになります。
 カメラが回っているときとそうでないときの現実と虚構の世界が入り乱れて、殺人が起こったと思ったら、それは虚構の世界のことだったとかで、なかなか本当の事件が起こらないので、途中で投げ出したくなりました。前作は普通の高校生活の中での事件でしたが、今回は映画撮影の現場という状況設定が最初から日常と違いますし、そのうえ、映画撮影の専門的なことがわからないので、ちょっと読みづらいです。
 事件で助かった3人の女性のうち、2人まではすぐに誰かがわかったのですが、あと1人はどこにいるのか最後までわかりませんでした。前作の驚きからして、また何か叙述トリックが仕掛けられているのかと気にしながら読んだのですが、う~ん、そういうこととは、予想外です。前作ほどの驚きはなっかっというのが正直な感想です。次作に期待です。
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冬空トランス 角川書店
 3話が収録された“消失シリーズ”第3弾です(いつの間にか、そんなシリーズ名になっていたんですね。)。書店でおじさんが手に取るのはちょっと躊躇ってしまう、これ、どうにかしてくれないかなあと思う表紙カバーです。
 冒頭の「モザイクとフェリスウィール」は、樋口真由と遊佐渉との出会いを描いた作品。撮影不可能な映像はどうやって撮られたのかという真由からの挑戦に渉が挑みます。前作の時もそうでしたが、映画制作に関しての知識がないので読むのに苦労しました。
 表題作の「冬空トランス」は、時系列としては前作「夏服パースペクティヴ」のあとの話。女子高生バンドのミュージック・クリップを撮影中に起こった女子高校生の飛び降り自殺未遂事件の真相を真由が明らかにします。倒叙形式をとった作品です。女子高校生を飛び降り自殺にみせるトリックについては、頭で考えるとかなり困難なものに思え、素直に「ああ、そうか」と納得できませんでした。ここに登場するキャリア警察官である椎野小和の強烈なキャラが印象に残る作品です。
 「夏風邪とキス以上のこと」は、時系列としてはシリーズ第1作「消失レボリューション」のあとの話となります。藤の学院の事件の話を聞きに真由が転校した藤野学院高校にやってきた渉。第1作に登場した久住の策略で放送室に閉じ込められた真由がどうやって脱出したのかを渉と久住が推理します。真由が脱出するには相当の体力が必要ではないのかなと思うのですが、運動神経がいいとは思えない真由がそこまでできるのか、これまた大いに疑問に思えてしまった脱出劇です。
 シリーズも3作目となりましたが、1作目のような衝撃は残念ながらありません。次作を読むかは考えどころ。
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幻痛は鏡の中を交錯する希望  中央公論新社 
 絶対的な空間把握能力と危険を察知する本能的な嗅覚という才能を持っていたために、諜報員養成機関である統合予科練習院に強制的に入れられてしまった秋島智士。最終試験として伊神彬の名前で送り込まれたのは第七独立整備校区にある東亜国際情報芸術カレッジ。そこで智士に課せられた課題は「適切な状況下で暗殺されること」だった・・・。
 物語の時代設定は、近未来。第二次世界大戦後に南北に分断されていた日本が、再び緩やかな連邦制国家として生まれ変わろうとしていた際に、それに反対する“北”の旧政権の流れを汲む武装勢力が東京湾岸を占拠し、自治区を成立させ、その周辺には国連主導で緩衝地帯である“特例区”が設けられているという世界です。
 設定が複雑すぎて、頭の中が整理しきれずに、ストーリー展開についていくのが大変でした。スパイになるための最終試験に臨むスパイの卵たちが誰が敵で誰が味方なのかがわからない中で、自己に課された課題をクリアしていくというだけの話ならまだ理解できたのですが、警察庁公安部、警視庁刑事部、陸上自衛隊情報本部、更には厚生労働省環境特科隊の思惑も絡んで、課題の外側にある隠された真の目的がまったくわからずに、頭の中は右往左往でした。
 そんな読者としては、成績がBランクにも関わらず、“最終”に臨む智士が、その特異な能力を使って危機を乗り越えていく場面をハラハラドキドキしながら読んでいくだけです。深読みなどとてもできずに、登場人物の正体が明かされるたびに、「え!そうだったの」と驚くだけでした。二つの能力を持つが故にスパイの世界で生きることとなった智士が、ちょっと哀れですが、ラストはいくらかは救いがあった気がします。
 まだ読んでいませんが「武蔵野アンダーワールド・セブン」シリーズも南北に別れた日本が舞台になっているそうです。同じ状況設定でしょうか。 
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ダークナンバー  ☆  早川書房 
  主人公は二人の女性。警視庁刑事部捜査支援分析センター捜査分析三係係長の渡瀬敦子警部と東都放送外信部海外素材版権担当デスクの土方玲衣。この二人のキャラクターがまったくの正反対。敦子は警察という組織の中で目立たぬよう、できるだけ後方にいたいと望んでいたのに、なぜか分析係の係長となって事件の前線に立つこととなります。一方、玲衣は「東京キー局史上初の生え抜き女社長になる」と広言するほど自分に自信を持ち、自分の考えを隠さずに生きてきた、あまりにパワフルな女性です。中学校の同級生というこの二人が情報を交換しながら事件を解決していくストーリーとなっています。冒頭、この二人の間に学校時代に何かあったことが仄めかされるのですが、それが何かというのも読み進める上での楽しみとなります。
 敦子が追うのは東京都下の連続放火事件ですが、玲衣から埼玉の連続路上強盗致死傷事件との関連を指摘されたことから、捜査は新たな局面を迎えることになります。玲衣は、そんな敦子を番組の素材として追い、特ダネをつかもうとします。
 青春ミステリーである樋口真由シリーズとはまったく異なるコテコテの警察小説です。犯人の犯行の様相が複雑なため、ちょっと読みにくいと感じる部分もあります。結果を見ればミステリーにはよくある事件のパターンですが、そこまで複雑に犯行を重ねるのかと思わざるをえません。しかし、敦子と玲衣のキャラが、とくに玲衣の強烈なキャラがページを線る手を止めさせませんでした。
 犯人にしてやられたというべきラストは、読者によって好き嫌いがあるかもしれません。敦子と玲衣のキャラはこれで終わりではもったいない気がします。シりーズ化、せめて第2弾を期待したいです。
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月夜に溺れる  光文社 
 警視庁生活安全部の真下霧生を主人公にした4編が収録された連作集です。
 女性刑事が主人公の作品といえば、誉田哲也さんの姫川玲子シリーズや結城充孝さんの黒葉佑ことクロハシリーズがありますが、この真下霧生という女性刑事は、美貌と捜査能力が高いという点では同じでも、かなり異質です。もちろん、姫川玲子だって恋もしますし、やくざと男女の関係になったこともあります。しかし、真下は、恋愛に対してもっと積極的というか貪欲です。いい男となると、ついついふらっと参ってしまいます。とにかく、将来を嘱望された若手警官だった遊佐龍太を彼女がいたのに略奪結婚をし、子どももできたにもかかわらず、龍太と同様将来の幹部候補と期待されていた伊地智と不倫、そのあげく子どもをもうけてしまうという、ちょっと倫理観欠如というか刑事という職業ではそれはまずいでしょうと言われても仕方のない男好きな女性です。あまりに型破りすぎます。普通なら理由をつけて退職に追いやられるのではないでしょうか。まあ、バツ2といえど、現在は独身ですから恋をするなとはいいませんが、ロッカーに勝負下着を置いておく刑事がいますかねえ。
 結局そんな男好きがたたって、大変な目に遭うのが冒頭の「少しだけ想う、あなたを」と「もし君にひとつだけ」です。自業自得ですが、イケメンに目が眩んで隙がありすぎです。そんな真下と対照的なのは、彼女の元夫たち。真下に振り回されても、彼女を非難しようとしない、あまりに人のいい二人にちょっと歯がゆいですね。更に母親とは違ってしっかりしている娘の紗霧のキャラがいい感じです。
 女性刑事としては特異なキャラに、今後の活躍を期待です。 
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イン・ザ・ダスト  ハヤカワ文庫 
  中学校時代の同級生、渡瀬敦子と土方玲衣を主人公とする「ダークナンバー」の続編です。
 新しい番組を制作するために過去の事件のテープを調べていた東都放送報道局の土方玲衣らは、1997年に起こった地下鉄駅爆破事件の現場にたまたま居合わせた記者が撮影したテープに改ざんされている部分があることに気づく。調査を進めると、改ざんした人物は撮影した本人であり、現在行方がわからなくなっていた。一方、警視庁捜査分析支援センター分析捜査三係の渡瀬敦子はこのところ、事件の加害者が被害者の関係者から復讐されるという事件が続くことを不審に思っていた。そんな中、線路に横たえられた男が列車に轢かれて死ぬ事件が起きる。死亡した被害者が2009年に起こった一家3人が殺害されたパチンコ店強盗殺人事件の関係者であることがわかるが、更に当時の事件関係者が殺害されているのが発見される。
 物語は、地下鉄爆破事件、何件かの被害者側からの加害者に対する復讐事件、パチンコ店強盗殺人事件といったいくつかの事件が絡み合うので、関係者も多く、複雑な様相を呈し、人間関係を把握するのが大変です。それに、土方が新番組を制作するに当たってたまたま映像の改ざんが分かった地下鉄駅爆破事件の関係者が今回メインとなる殺人事件に関係しているなんて、あまりにできすぎと思うところは多々あります。
 やはり、この作品の魅力は、生まれながら顔から体に痣があるという容姿からあまり自分を出さない渡瀬と自分は最初の女社長になると日頃から豪語する土方という正反対の性格の二人が持ちつ持たれつの関係の中で事件を解決していくところにあります。渡瀬は他の有名な女性刑事と比べると地味な感じは否めませんが、それに対してテレビ局初の女性社長になると公言して憚らない土方のキャラは強烈な印象を残します。続編が書かれたことであるし、ぜひシリーズ化に期待です。
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