うたうとは小さないのちひろいあげ ☆ | 講談社 |
白石桃子は高校1年生。中学生の時のいじめが原因で引き籠もりになっている友人の綾美の家を学校帰りに訪ねる日々を過ごしている。桃子には中学時代のある出来事で綾美に対する謝りきれない気持ちから、学校では友だちは1人も作らないと綾美に宣言して、クラスで話しかけてくる彩に冷たい態度を取っていた。そんな桃子だったが、ある日、上級生の古畑清らに強引に短歌を詠む「うた部」に誘われ、部の雰囲気の良さから上級生なら“友だち”ではないと考え、入部することとする・・・。 昨今問題になっているいじめの問題がクローズアップされています。いじめられる側だけてなく、いじめられている子を助けようとすると今度は自分がターケットにされてしまうと、いじめる側に回ってしまう子(この作品中では桃子がそうです。)の心の痛みも描いていきます。桃子と綾美の関係がおかしくなってしまった弁当のくだりでは、本当に悲しくなってしまいますね。 ストーリーは、短歌と素晴らしい仲間たちと出会うことによって、いじめの問題で苦しんできた桃子と綾美がそこから抜け出していく様子が語られていきますが、桃子たちが作る短歌がいろいろと出てきて、これを読むのがまた楽しいです。題名となっている「うたうとは小さないのちひろいあげ」と桃子が読んだ上の句に綾美が続けた下の句を読んでじ~んと来てしまいました。 作者の村上さんは俵万智賞の受賞をきっかけにデビューされたそうです。俵万智さんが登場したときには、僕も彼女の「サラダ記念日」を購入して、「短歌ってこんなに自由に書いていいんだ」と思ったものですが、今回久し振りに短歌に触れて、これはおもしろいなあと再認識しました。 「うた部」の部員たちのキャラが立っています。理知的で真面目なのにドキッとするような短歌を詠む部長の大野いと、ケガで思うように泳げなくなり他の部員に迷惑だといわれながらも水泳部を辞めない諏訪業平、桃子を「うた部」に誘った関西弁の古畑清ら。彼女の大阪のおばちゃん風でありながら人の心を思いやることのできるキャラが最高に素敵です。 クライマックスは短歌甲子園の県予選。果たしてどうなるかは読んでのお楽しみです。 新刊で出ていたシリーズ3作目の「青春は燃えるゴミではありません」という題名にひかれて、シリーズ1作目からまずは読んでみようと思って読み始めましたが、これは拾いものの1作でした。おすすめです。 |
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空はいまぼくらふたりを中心に ☆ | 講談社 |
「うたうとは小さないのちひろいあげ」の続編です。前作ではいじめの問題がテーマになっていましたが、今回は近年話題にもなっているLGBTの問題が取り上げられます。 前作では白石桃子の語りの合間に橋爪綾美が書くブログが挿入され、そこに綾美の気持ちが吐露されるという形になっていましたが、今回の語り手は諏訪業平に変わり、彼の語りの合間に性同一性障害に悩む人物の日記が挿入されるという形になっています。 新しい年度が始まり、中田高校「うた部」は、みんなを引っ張っていた部長の大野いとが卒業し、新たに古畑清らを部長として新入生3人を加え、総勢8人の部員で盛岡で開催される啄木短歌甲子園の出場を目指し活動を始める。そんな中、業平のクラスには県下一の進学校の秀麗高校から業平の幼馴染みであった木曽時宗が転校してくる・・・。 青春小説らしい清らと業平との恋の話も語られます。前作ではなかなか業平に思いをストレートに伝えられなかった清らが交際を始めた業平との恋に悩みます。やっぱり、青春小説には恋が語られないといけません。清らの詠んだ「ゆびきりは願いにもにておさなくてどちらがさきにこのゆびはなすの」は、清らの気持ちがストレートに詠われていて胸にぐっときます。果たしてふたりの恋の結末はどうなるのかも短歌甲子園の結果以上に気になります。え~そこに着地してしまうの・・・。 もちろん、短歌の対戦も、今回は前作より短歌甲子園の様子がメインで描かれるので、それぞれの高校生が詠う短歌を十分堪能できます。 LGBTの話は、それほど深刻な話とならず、ここでは割とさらっと解決してしまった気がします。 そのほか、業平が水泳選手の夢を絶たれたことでうまくいかなくなった父親との関係も今回語られていきます。なかなか盛りだくさんの内容で、読み応え十分です。おすすめです。 |
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青春は燃えるゴミではありません ☆ | 講談社 |
シリーズ第3弾です。新年度となり、清らと業平も卒業し、高校3年生となった桃子が新たに部長となって中田高校「うた部」の活動が始まります。そんな桃子の前に立ち塞がったのが進路の問題。部長という重責の中で将来の進路に悩む桃子を中心に中田高校「うた部」の活動が描かれていきます。今回は桃子の語りの合間に桃子自身の日記が挿入され、そこで桃子の本心が吐露されます。 桃子は、専門学校に行ってパティシエになりたいという夢を持っていたが、父親が会社の吸収合併により正社員からパート社員となり、専門学校へ行く資金が用立てなくなってしまう。悩む桃子を尻目に彩は医者になるため医学部へ、綾美も生物を勉強するためにお茶の水大学へと進路を決めていく。そんなとき、慰問に行っている老人養護施設で人所者の伊勢重郎の不興を買った桃子と友郎は、宮崎に行って海の青さを歌に詠む約束を重郎としてしまう。困った2人は宮崎に行くために宮崎で開催される牧水短歌甲子園に出場しようと画策する・・・。 今回出場する牧水短歌甲子園は、単に短歌だけで優劣をつけるのではなく、お互いに相手の歌について質問をしたり意見を言い、それに対し答えるということを含めて勝敗が決まるという、短歌の内容だけでなくディベートカが必要なもののようです。この作品で描かれている桃子たちと対戦相手との攻防戦はなかなか読ませます。 シリーズはこれで終了ですが、短歌のおもしろさを再認識させてくれただけでなく、恋や進路の問題に悩む少年少女を描いた久し振りの青春小説を十分堪能しました。これからも童話作家ではない村上さんに注目です。 |
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死にたい、ですか | 小学館 |
村上しいこさんといえば、「うたうとは小さないのちひろいあげ」(講談社)で野間児童文芸賞を受賞している児童文学作家で、受賞作のように高校生を対象にしたものから絵本まで幅広いジャンルで活躍されていますが、今作は初めて一般の読者を対象としたものだそうです。 物語の主人公は高校3年生の由愛と新聞記者の大同要の二人です。由愛の母親は、4年前に通っていた高校でのいじめにより自殺した兄への謝罪を求めて、いじめの加害者と学校を相手取って損害賠償の請求訴訟を起こし、父親は兄の自殺後、酒浸りとなり会社の飲み会の席で不祥事を起こして左遷され、今ではアルコール依存症という家庭環境にあります。一方、由愛の母親に裁判の記事を書くことを依頼され、裁判の傍聴に来た新聞記者の大同要も母親は父親の暴力に耐えかねて失踪、父親はアルコール依存症となって自殺したという過去があり、それがトラウマとなって交際していた同僚との仲がうまくいっていない状況にあります。 物語は、裁判に関わる由愛と大同を描いていきますが、いじめ問題に直接焦点を当てたものではなく、いじめによる自殺で残された家族が家族の崩壊状態から再生していくまでを描いていきます。 確かに息子がいじめによって自殺しても、誰もそれに対して謝罪することがなく、教師も自己保身を図るだけ、更には逆にあのくらいで死ぬ方がおかしいなどと思われるのなら、加害者や学校に対して怒ることは当然です。しかし、いくら息子がかわいかったといっても、4年が過ぎても息子の部屋で生活し、娘には「あなただったらよかった」と言う母親の気持ちは親としてまったく理解できません。息子の死に自分が何もできなかったことを悔やみ、アルコールに逃げた父親の方がある意味まともかもしれません。 途中、加害者、被害者の弁護士が裁判を話題に酒を飲み交わしていることに大同が腹を立てるシーンがありましたが、結局この双方の弁護士の馴れ合いともいえる事実が、裁判の進行にどう影響していくのか描かれることがなかったのは、なんだか消化不良です。 ラストはちょっとあっけない終わり方だなと思ったのですが、この本以上に衝撃的だったのは、著者の紹介欄に書かれていた「幼年期よりいじめや虐待を受け高校への進学もさせてもらえず」という村上さん自身のこと。更に担当編集者さんによると、「あまりに辛い毎日に耐えきれず、ある日、虐待を続ける親に懇願したそうです。「私を殺してくれ」と。でも、その希望さえ「おまえは家族の奴隷だから殺すわけにはいかない」と叶えてもらえなかった、と。」。これは凄すぎます。小説世界より壮絶な人生ですよね。こんな壮絶な人生を送った人が短歌甲子園を目指す高校生たちを描いた素敵なシリーズを著わすまでになるとは。よく人生、誤った方向へ行かなかったものですね。そんな村上さんに、これまで以上に注目です。 |
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