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村上龍の本棚

  1. 55歳からのハローライフ
  2. オールド・テロリスト

55歳からのハローライフ 幻冬舎
 ベストセラーとなった「13歳のハローフーク」は、職業ガイド本でしたが、続編を思わせるタイトルの付いたこの作品は、初老期を前にした5人の男女の生き方を描いた5編からなる中編小説集です。
 5編の主人公は、定年後の夫の姿に幻滅し、熟年離婚をして婚活にいそしむ元主婦、リストラされ、ホームレスになることを恐れる男、早期退職して妻との悠々自適の旅生活を夢見たが、妻の賛同が得られず再就職活動を始める元営業マン、子どもが家を出て行き、ペットの犬を生きがいとする主婦、読書に目覚め古本屋通いをする中で出会った女性に恋する元トラック運転手です。
 どの話も最後は主人公は前向きな気持ちで終了しますが、これは村上龍さんの50代へのエールが多分に含まれているのでしょう。僕としては、同年代としてこれらの話を読むと、やはり辛い気持ちになってしまいます。人生の折り返し点をとっくに過ぎたのに、経済的な不安も抱えているし、これからの人生設計など立てることもできないという現状を、いやがうえにも認識してしまいますから。
 冒頭の「結婚相談所」では、主人公の夫に自分の姿を重ねてしまいます。定年で会社という看板をなくし、人間関係も会社中心であったが故に、会社を辞めると人との付き合いもなくなってしまうという状況は未来の(それも直ぐ先の)自分を見ているようです。妻に愛想を尽かされるのも無理はない気がします。
 ただ、寿命が伸びた今、50代はまだまだ枯れる歳でもありません。ラストの「トラベルヘルパー」の主人公が、この年齢になって一人の女性に惹かれる気持ちもよくわかります。
 この作品の主人公にしろ脇役にしろ、女性の登場人物はみんな強いです。男というのは、だらしないですね。
 果たして僕自身は、この小説の主人公たちのように前向きで生きていくことができるのか、その時はすぐ目前に来ています。
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オールド・テロリスト  文藝春秋 
 セキグチは元ジャーナリスト。記事を書いていた週刊誌が廃刊となり、仕事を失い、外資系証券会社に勤めていた妻はそんな彼に見切りをつけ、離婚して娘を連れてシアトルヘと去る。今ではどんな仕事も引き受けるフリーライターとなった彼の元に、かつての上司からNHKでテロを実行する予告電話が入ったので、取材に行くよう依頼がある。取付費に惹かれてNHKに出向いたセキグチだったが、本当にテロが発生し、多くの犠牲者が出る。現場写真の中に写っていた凄惨な現場を見て笑っている老人を探し、セキグチは取材を始めるが、その後も、なぜか彼にはテロの具体的な予告がなされる・・・。
 老人たちがテロを企てるという、突拍子もないストーリーです。
 主人公のセキグチは、老人テロ集団に対抗するようなスーパーヒーローではなく、妻娘に去られたことで精神的なダメージを受け、今でも精神安定剤の世話になっているというだらしない男。テロ現場でも足は辣むし、失禁はするし、ゲロも吐いてしまうというどこにもいる普通の50代の男です(「希望の国のエクソダス」に登場していた人物のようですが、「希望の国〜」を読んでいなくても大丈夫です。)。
 そんなセキグチが、精神的に不安定なコミュニケーションもよくとれない美女・カツラギを相棒に、テロ集団の老人たちに向かい合うはめになってしまうのですから、いったいどうなるのだろうとページを繰る手が止まりません。ただ、なにしろヒーローになるにはあまりに情けない男で、なかなかテロを防ぐ手立てを考えられません。というか常に及び腰で、悲惨な現場に直面したショックで仕方ないと思いながらも、尻を蹴飛ばしたくなります。
 日本の表社会、裏社会に隠然たる影響力を持つミイラのような老人や片腕を切り落とされた変態・ナガタ、更には身長が150センチに満たないが元力士を一発で殴り倒す男・ジョーといった普通ではない個性的なキャラが登場するのも楽しいです。できれば、ジョーは1回だけでなく再登場してもらいたかったですね。
 ただ、老人たちのテロの目的がいまひとつよくわからず、また、目的のためなら罪もない人を殺すことも厭わずという点からセキグチのようには老人たちに共感を覚えることができませんでした。だいたい、死ぬことを覚悟しているのなら、なぜ若者たちを自分たちの身代わりにしたのかわかりません。そのうえ、老人たちが皆、生活にはまったく困っていない、社会の上辺にいる人だちというのも、テロに走る説得力がない気がします。
 とはいえ、老人たちがテロを起こすという突拍子もない設定は、ちょっと意外でおもしろかったです。だいたい老人たちが集まって悪を懲らしめるという話はあっても、集団で悪事を働くという話はそうそうありません。  
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