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森見登美彦の本棚

  1. 太陽の塔
  2. 夜は短し歩けよ乙女
  3. 【新釈】走れメロス他四篇
  4. 有頂天家族
  5. 恋文の技術
  6. 宵山万華鏡
  7. きつねのはなし
  8. 聖なる怠け者の冒険
  9. 有頂天家族 二代目の帰朝
  10. 夜行
  11. 熱帯
  12. シャーロック・ホームズの凱旋

太陽の塔 新潮社
 本の帯に「庄司薫、遠藤周作といった青春文学の懐かしい味わい」と書かれていました。庄司薫ファンの僕としては見過ごすことができず、思わず購入してしまいました。でも、読み終わった今言えます。いったいこの作品のどこに庄司薫の味わいがあるの?

 京大生森本の独白のような文章で書かれています。読み始めると、なんと傲慢で思いこみの激しい自分勝手な男だろうと思わざるを得ない文章です。しかし、この文体も最初は鼻について仕方がなかったのですが、読み進めているうちに不思議と次第になじんできました。ときどきは思わず笑ってしまいました。
 話は別れた彼女を研究と称してつけ回したり、彼女に恋する男と闘ったり(闘い方がこれまた愉快です。黒光りのするあるもの(!)を彼女の名前をかたって贈るのだから)と、とにかく自分が思うように生きる主人公が描かれています。あまり友達にはしたくない男です。これでは女性にもてないのも当たり前でしょう。彼の回りにいる学友たちも、みんな一癖も二癖もある変わり者です。類は友を呼ぶといいますが、京都大学というのはこんな男たちの溜まり場なんでしょうか。
 最後はちょっとしみじみ終わるところが何ともいえません。
 第15回日本ファンタジーノベル大賞受賞作品です。しかし、この小説のどこをとってファンタジーと呼ぶのでしょうか。
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夜は短し歩けよ乙女  ☆ 角川書店
 物語の舞台は京都。クラブの後輩女子学生に一目ぼれしてしまった先輩男子大学生の涙ぐましいまでの努力の物語です。
 第1話では春の先斗町を、第2話では夏の古本市を、第3話では秋の学園祭を、そして第4話では京都の町を席巻する冬の風邪の中を闊歩する黒髪の乙女とその姿をひたすら追い求める先輩が、近づいたり遠ざかったりする様子を先輩と黒髪の乙女とが交互に語り手となり描いていきます。
 とにかく、登場人物のキャラクターが魅力的です。ひたすら黒髪の乙女を思いながら、告白もできずに彼女の姿を追い求める先輩。一途な想いで、頑張ってしまう先輩に思わず応援したくなります。一方世間知らずで、今時の女子大生とは思えないカマトトぶりだが、好奇心は旺盛で酒はめっぽう強い「黒髪の乙女」。こんな天然キャラの女子大生が今の時代にいるかとも思いますが、不思議と彼女のキャラが京都の町の雰囲気に似合います。この主人公二人だけでなく、天狗のように空を飛ぶ樋口さんの登場にいたっては、この物語はファンタジーだったのかと思ってしまいます(結局この樋口さんの正体は最後までわかりませんが・・・)。そのほか、彼らの周囲に出没する閨房調査団や詭弁論部などの面々もこれまた愉快な連中ばかり。詭弁踊りなんて、実際に見てみたいですね。
 そして、真打登場とばかりに、李白翁が登場。屋上には竹薮が茂り、池があるという李白翁が乗る三階建ての電車なんて出てきたときには、これはもう宮崎駿の世界だ!と思ってしまいました。これは、本当におもしろい。オススメの1冊です。
 ところで、クラブの後輩だけど、何のクラブか書いてありましたっけ?
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【新釈】走れメロス他四篇  ☆ 祥伝社
 京都の街を舞台に森見さんが有名作家の作品を下敷きに書き下ろした5編からなる短編集です。
 下敷きにした作品は、中島敦の「山月記」、芥川龍之介の「藪の中」、太宰治の「走れメロス」、坂口安吾の「桜の森の満開の下」、そして森鴎外の「百物語」です。この中で既読の作品は「山月記」、「藪の中」、「走れメロス」の3作品です。憶えている範囲でいうと、「山月記」は、主人公が自らの身分に満足せず、詩人として名を成そうとするが挫折し、その後狂って山奥に入り虎になってしまう話、「藪の中」は、藪の中で起こった殺人事件を何人かの男女が証言しますが、言っていることが食い違い、誰の言うことが真実かわからないという話、「走れメロス」は、暴君の命を狙って捕らえられたが、友人を身代わりに妹の結婚式に出た男が、約束どおりに戻ってくるという友情の話、でしたっけ。あとの2作は題名も聞いたことがありませんでした。
 こんな、それぞれ国語の教科書にも載る有名な話が、森見さんの手にかかると様相が一変します。特に、表題作の「走れメロス」は、原作では身代わりになった友人のために、主人公は必死に帰ろうとするのですが、こちらの主人公は違います。友人はおとなしく帰ってくることは望んでいないとばかりに京都の街を逃げ回ります。ラスト、桃色のブリーフで踊るシーンが頭に浮かんで笑ってしまいました。 ただし、笑いを誘うのはこの作品だけ。あとは暗いタッチの作品ばかり。
 「山月記」で、虎ならぬ、ある異形のものになってしまう主人公は印象的です。彼はこの作品集の他の作品にも顔を出しているので、5編はそれぞれ別の作家の作品を下敷きにしているにもかかわらず、彼が登場していることによってこの作品集全体としては連作短編集を読んでいるようです。
 原作を読んでいる人はもちろん、読んでいない人も楽しめる作品集です(もちろん、原作を知っていれば楽しさは倍増します。)。前作の「夜は短し、歩けよ乙女」に登場した詭弁論部やパンツ番長なども登場していますので、前作が気に入った人にはオススメの作品です。
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有頂天家族  ☆ 幻冬舎
 狸の話ということで、ジブリの映画「平成狸合戦ぽんぽこ」の世界を思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。雰囲気的にはそんな感じですね(特にラストの偽叡電が京の町を疾走する場面なんて、読みながらジブリアニメを頭の中に描いてしまいました。)。
 いや~おもしろかったです。相変わらずの京都を舞台の森見ワールド全開です。別に読んだからといって人生の行き方を学んだ!というものではありません。ただ、四字熟語にこだわる夷川の阿呆兄弟金閣、銀閣との戦いには大いに笑い、メロドラマ風展開には思わず涙がこみ上げてきそうになったりで、あ~いい時間を過ごしたという作品でした。
 この作品に登場するのは、狸一族の中で対立する下鴨家と夷川家の狸たち。下鴨家には母と4人の兄弟、一方夷川家には4兄弟の叔父と双子の息子と娘がいます。さらに狸たちに、現役を引退して(というより他の天狗に住処を追われて)出町柳のアパートに逼塞する天狗の赤玉先生、赤玉先生に攫われ天狗教育を受けて“半天狗・半人間”となった人間の女性の弁天、大正時代から続く秘密の会合“金曜倶楽部”に集う人間たち等々が三つ巴、四つ巴に絡み合いながら話が進んでいきます。
 作者の森見さんからすると、この作品はドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」をイメージした狸四兄弟の話だそうです。ドストエフスキーという名前だけで難しい作品という印象しかないのですが、「カラマーゾフの兄弟」って、こんな面白い作品だったのかなあ(未読ですので、わかりませんけど。でも少なくてもこんなにいっきに読むことができる作品ではないでしょうね)。
 こちらの作品では四兄弟のキャラクターがうまく描き分けられていて、ここがこの作品を最高のエンターテイメント作品にしているところです。今は亡き立派な父の血を受け継ぎ損ねた4匹の兄弟狸、「カチカチに堅いわりに土壇場に弱い」長男の矢一郎、「洛中において最もやる気のない狸と知られ、ある出来事をきっかけに今では蛙に化け井戸の底に引き籠もる」二男の矢二郎、「史上未曾有と言われるほど化けることを不得手とする」四男の矢四郎、そしてこの物語の主人公であり「面白く生きることを主義とする」三男の矢三郎。どこかに欠点を持つ兄弟たちですが、雷が苦手の母のために雷が起きるとどこにいようと母の元へと馳せ参じてくる心優しき4人の兄弟です。家族愛にジ~ンときてしまいますね。いいですよねえ、こんな家族。そんな彼らが“阿呆の血のしからしむるところ”によって京の町を東に西にと駆け回り、ドタバタを繰り広げます。
 そのほか、宝塚が大好きで「黒服の王子」と呼ばれる「タカラヅカ風美青年」に化ける彼らの母狸のキャラクターも愉快。矢二郎の元婚約者の夷川家の娘、海星のキャラも素敵です。矢二郎の前には声だけで決して姿を現さない海星が、今後姿を現したときには、どんなビックリを読者に与えてくれるのでしょうか。
 “面白きことは良きことなり”いい言葉です。

 さて、第2部では赤玉先生と喧嘩別れをしてイギリスに行っていた赤玉先生の息子が帰還するそうです。果たしてどんな話になることやら、今から楽しみです。
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恋文の技術  ☆ ポプラ社
 (ちょつとネタばれ)
 石川県の能登の研究所にいやいや派遣された京都の大学院生・守田が文通武者修行ということで、様々な人に送った手紙文で構成されている作品です。書簡体の作品といえば、井上ひさしさんの「十二人の手紙」とか宮本輝さんの「錦繍」を思い浮かべます。ただ、「十二人の手紙」は12人の、「錦繍」は2人の手紙からなるのですが、この作品はすべて守田が書いた手紙です(最後の方ではちょっといろいろありますけど)。
 彼の文通相手は、友人の小松崎、研究室の先輩・大塚緋沙子、家庭教師をしていた小学生の間宮くん、守田の妹・薫、守田の憧れの女性・伊吹夏子、そしてなんと作家の森見登美彦さんも。相手からの返事は掲載されていないのですが、彼が様々な人に出した手紙の内容から、返事の内容を推し量ることができておもしろいです。また、一つの事件がいろいろな人への手紙の中に出てくるので、事件の様相が浮かび上がってきたりするのも愉快です。
 やることが子どもっぽいというのか、大塚女史とパソコンの隠し合いをするくだりには笑ってしまいます。伊吹夏子さんへの出さなかった恋文もこれまた相当に笑えます。いろいろ文面を考えて四苦八苦し、結局はひどいものになってしまうというのは経験上からも理解できます。とにかく、ばかばかしくて、でも真剣に悩む主人公に笑える作品です。
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宵山万華鏡  ☆ 集英社
(ネタバレあり)
 祇園祭はテレビのニュースで見るくらいで、実際に見たことはありません。祇園祭の山鉾巡行の前日が「宵山」と呼ばれるそうですね。この作品は、そんな宵山の夜を描いた6編からなる連作短編集です。
 バレエ教室の帰りに宵山の街ではぐれた小学生の姉妹の妹の視点で描く「宵山姉妹」と姉の視点で描く「宵山万華鏡」。宵山を堪能しようと高校時代の同級生を訪ねてきた男が大変な目に遭う「宵山金魚」。宵山の夜に大がかりなドッキリを仕掛ける大学生たちを描く「宵山劇場」。宵山の夜に囚われてしまった男を描く「宵山回廊」と「宵山迷宮」。この2つずつ対になった作品が、さらに一つになって宵山の幻想的な夜を描いていきます。それぞれの登場人物が他の物語にも顔を覗かすという趣向の作品となっています。
 6編のうち“姉妹"、“回廊"、“迷宮"、“万華鏡"は不思議な世界の話ですが、“金魚"と“劇場"は不思議な世界の話と思わせておいて、実は裏では大がかりなだまし劇が進むという大いに笑える話です。この作品集の中ではこの対の2編がいつもの森見作品らしくて一番楽しめます。
 作品中に乙川という人物が登場しますが、“金魚"と“劇場"の乙川と“迷宮"の乙川では印象がかなり違っています。これって現実で完結する話と不思議な世界の話の違いということもあるのでしようか。個人的には“金魚"と“劇場"の意味のないことに力を注ぐ乙川のキャラの方が森見さんの作品らしくて好きです。

※ちなみに作品中に登場する“奥州斎川孫太郎虫”は、てっきり森見さんの創作と思ったら実在の虫でした。びっくりですねえ。
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きつねのはなし 新潮文庫
 これ以前の大学生を主人公にしたちょっとユーモアもある作品と異なって、京都の街を舞台にした幻想的なストーリー4話(3話は大学生が主人公ですが)が収録されています。
 4つの話は、古道具屋の女主人と怪しげな顧客との間で翻弄されるアルバイトの大学生を描く表題作の「きつねのはなし」、書物に囲まれた下宿で物語を紡ぐ先輩とその祖父の話を描く「果実の中の籠」、家庭教師のアルバイト先付近で起こる通り魔事件を描く「魔」、祖父の通夜の席に届いた芳蓮堂に預けてあった家宝を描く「水神」ですが、第1話に登場した古道具屋の芳蓮堂が、他の話の中に出てきたり、狐のような胴体の長いケモノや同じ物らしい根付けが各話に登場してきたり、関連のありそうな描写もありますが、それぞれは独立した話となっています。
 幻想的なストーリーが京都の街の雰囲気にピッタリです。読んでいて鬱蒼とした竹林が思い浮かぶ、そんな感じの作品です。ただ、怪奇譚が語られながら、最終的に何も解き明かされずに終わるラストが消化不良を感じるかもしれません。
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聖なる怠け者の冒険  ☆ 朝日新聞出版
 大阪の町に最近出没する正義の味方「ぽんぽこ仮面」。「将来お嫁さんを持ったら実現したいことリスト」を改訂して夜更かしすることが唯一の趣味である小和田くんは、突然出会ったぽんぽこ仮面から自分の後を継ぐよう要請されます。ところが、もとより怠け者の小和田くんにそんなつもりはなく、ひたすら逃げ回ります。一方、ぽんぽこ仮面もある組織から追われ逃げ回ることになります。
 宵山で賑わう京都を舞台に繰り広げられる、怠け者の小和田くんが巻き込まれるドタバタ騒動を描きます。小和田くん以外にも、本業は学生で、週末だけ探偵事務所の手伝いをしている玉川さん、休日をいかに充実して過ごすかということに血道を上げる小和田くんの同僚の恩田先輩とその彼女の桃木さん、スキンヘッドの強面の勤務先の後藤所長、小和田くんとどこか似ている、あんまり働かない探偵の浦本ら個性豊かな面々が登場し、話を賑やかにします。
 別に大きな事件が起きるわけでもありません。ぽんぽこ仮面なんていうある意味ふざけた人物や、無間蕎麦という蕎麦をひたすら食べるイベント、それに閨房調査団、大日本沈殿党、テングブラン流通機構などという怪しげな団体、そしてぽんぽこ仮面を巡っての町中の大騒ぎなど、相変わらずのとんでもない小説ですが、不思議とそれらが京都の町にマッチして、ついつい読み進んでしまいます。果たして、小和田くんはぽんぽこ仮面の二代目となるのか・・・。
 朝日新聞に連載されたものですが、連載時とは大幅な改稿を経て、かなり違う作品になったようです。
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有頂天家族 二代目の帰朝  ☆  幻冬舎 
 京都を舞台に狸と天狗のドタバタ模様を描いた「有頂天家族」三部作の2作目です。前作から7年半、続編はいったいいつ刊行されるのかと待ちくたびれましたが、ようやく刊行です。
 一人の女を巡っての親子げんかの末、父に敗れてヨーロッパに渡っていた天狗の赤玉先生の息子が突然帰国。狸、天狗を巻き込んでの親子喧嘩から物語の幕が開きます。
 相変わらず「面白きことは良きことかな」をモットーに京都の町を駆け巡る主人公(主狸公?)矢三郎をはじめ、空を飛べなくなった天狗の赤玉先生、矢三郎が密かに恋する弁天、生真面目で怒ると虎に化ける下鴨家の長男・矢―郎、蛙に化けたままの二男・矢二郎、偽電気ブランの研究室で研究に励む四男・矢四郎、宝塚歌劇の美青年に化ける下鴨兄弟の母、下鴨家に敵対する夷川家の四文字熟語が大好きな双子狸の金閣、銀閣、矢三郎に姿を見せない元婚約者の夷川海星、寿老人を筆頭にした金曜倶楽部の面々、狸を食べることを批判して金曜倶楽部を抜けた淀川先生など前作で登場したキャラは今回も健在。
 今作では、彼らに加えて、強烈なキャラクターが登場します。イギリス紳士風の“二代目”、寿老人の怒りを買って地獄絵図の中に閉じ込められていた幻術使いの天満屋、将棋大好きな南禅寺玉蘭、そして各地を流浪していた夷川家の長男・呉一郎らが加わって京都の街でドタバタ騒ぎが起こります。
 下鴨家と夷川早雲を筆頭とする夷川家との確執はどうなるのか、その渦中に突如現れた夷川家の長男・呉一郎は何をするのか、矢一郎は偽右衛門を襲名することができるのか、そして今作の題名にもなっている帰ってきた二代目と赤玉先生や弁天との関係はどうなるのか、さらには金曜倶楽部の狸鍋に矢三郎は落ちることはないのか等々興味の種は尽きません。
 そのうえ、ある場面に、なんと森見さんの前作「聖なる怠け者の冒険」に登場した“ぽんぽこ仮面”まで現れて、またまた大騒動。森見ファンにはたまりません。 
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夜行  小学館 
 受賞は逃しましたが、第156回直木賞ノミネート作品です。
 大橋が京都で学生時代を過ごしていた頃、英会話スクールに通う仲間6人で鞍馬の火祭りに行った際、そのうちのひとり、長谷川さんが忽然と姿を消し、行方不明になる事件が起きる。長谷川さんの安否がわからないまま、それから10年が過ぎ、そのときの5人の仲間は、再び鞍馬の火祭りに行くこととなるが・・・。
 森見さんのこれまでの作品は、京都の雰囲気に合った不思議なストーリーが展開される中で、ユーモアも交えた話が多いのですが、今回の作品にはユーモアの要素はまったくありません。それより、「きつねのはなし」のような幻想的な話となっています。
 物語は、宿でそれぞれが旅先(尾道・奥飛騨・津軽・天竜峡)で岸田道生の銅版画「夜行」というシリーズ絵を見たときに遭遇した不思議な話を語っていきます。どれも、その不思議なことに対する回答が示されず、最後まで引っ張ってこられて、手を離されたという感じで話は終わります。「中井の妻は結局どこにいたの?」、「死相が出ていた二人とは誰と誰なの?」等々ラストになっても明らかにされないままで終わってしまい、「え!結局どういうことなの?きちんとした謎解きをして欲しい!」と思ったのですが・・・。
 岸田道生には「夜行」と対をなす「曙光」というシリーズかあるらしいということから物語の構成が薄ぼんやりと見えたのですが、結局、話の結末が明らかになっても、それぞれが語った不思議な話の謎はすっきりとせず、読了後も、もやもやしたものが残ります。 
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熱帯  文藝春秋 
 第160回直木賞ノミネート作品です。森見さん自身が言われているように“怪作”といっていい作品です。
 冒頭登場するのは森見さん自身。彼は友人に連れられて“沈黙読書会”なる、「参加者が「謎」のある本を持ち寄り、参加者全員で「謎」の話をする」という集まりに参加する。そこで彼は学生時代古本屋で見つけて購入し、途中まで読んだままどこかに紛失してしまった佐山尚一著「熱帯」を持っている女性・白石さんに出会う。白石さんは「熱帯」を彼女が持っている理由を語り始める・・・。
 最初は森見さん自身が語り手となり、それが次は白石さんが語り手となり、やがてその語りの中の登場人物が語る話となり、といったふうにどんどん話は重層的な構造になっていきます。かといって、読みにくいことはなく、すらすらと読むことはできるのですが、話の内容が魔王や魔法使いの女、魔王の魔法の謎を奪おうとする“学団”という秘密結社、更にはシンドバットや海賊も登場し、読者としてはいったい何の話だ、着地点はどこにあるんだと翻弄されるばかりです。
 作品中で「千夜一夜物語」のことが語られますが、結局この「千夜一夜物語」と「熱帯」の関係も、登場人物たちのその後はどうなったのかも、そもそも「熱帯」の本とはいったい何だったのかも僕の理解力の範囲内に納まることができず、読了後もわからぬままです。消化不良です。 
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シャーロック・ホームズの凱旋  ☆  中央公論新社 
 コナン・ドイルの書いた名探偵ホームズ作品といえば、小学生の頃、図書館のジュヴナイル版の本を友人と競い合って読んだものです。私のミステリの読書遍歴の始まりといえる作品です。そんなホームズものを森見さんがどう描くのだろうと思ったらホームズ譚でありながら舞台はロンドンではなく、なぜかヴィクトリア朝京都という異世界での話から始まります。
 ホームズが住むのは、べーカー街ではなく寺町通り221B。ホームズはこの1年スランプに陥り、事件解決に乗り出していないことになっています。そんなホームズの部屋の上に住むのは、なんとホームズの宿敵のはずのモリアティー教授。彼もスランプに陥って研究が進まず、なぜか二人は意気投合してしまいます。あの宿敵がお互いのスランプの傷を嘗めあっているのですから驚きです。ホームズの部屋と通りを挟んだ向かいに探偵事務所を構えたのが元舞台女優のアイリーン・アドラー。「ボヘミアの醜聞」でホームズを翻弄したアイリーン・アドラーがスランプのホームズを横目に次々と事件を解決し一躍人気となり、彼女はホームズに事件解決を競う対決を持ち掛けます。更にそんなアイリーンの活躍を描く小説を書くのが、彼女の女学校の同級生だったワトソンの妻であるメアリといった具合にホームズシリーズに登場する人物たちが顔を揃えます。
 ホームズやワトソンが京都の街を闊歩するというのですから、まったく想像もつかない設定です。ところが、最終章になると、思わぬ展開でいっきにそれまでの風景がひっくり返ります。これだけでも驚きなのに、ラストで再びのどんでん返しに再度びっくりです。京都なのに、日本人の登場人物はいません。いったいこの世界での日本人はどうなっているのでしょう。
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