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宮部みゆきの本棚

  1. 模倣犯
  2. パーフェクトブルー
  3. 今夜は眠れない
  4. ステップファザー・ステップ
  5. 蒲生邸事件
  6. 鳩笛草
  7. 初ものがたり
  8. 我らが隣人の犯罪
  9. ドリームバスター
  10. R・P・G
  11. クロスファイア
  12. 誰か
  13. 火車
  14. 返事はいらない
  15. 夢にも思わない
  16. レベル7
  17. ぼんくら
  18. 日暮らし
  19. 龍は眠る
  20. 名もなき毒
  21. 楽園
  22. おそろし
  23. 小暮写眞館
  24. あんじゅう 三島屋変調百物語事続
  25. ばんば憑き
  26. チヨ子
  27. ソロモンの偽証 第Ⅰ部事件
  28. ソロモンの偽証 第Ⅱ部決意
  29. ソロモンの偽証 第Ⅲ部法廷
  30. 桜ほうさら
  31. 泣き童子 三島屋変調百物語参之続
  32. ペテロの葬列
  33. 震える岩 霊験お初捕物控
  34. 悲嘆の門
  35. 過ぎ去りし王国の城
  36. 希望荘
  37. 三鬼 三島屋変調百物語四之続
  38. この世の春 上・下
  39. あやかし草子 三島屋変調百物語伍之続
  40. 昨日がなければ明日もない
  41. さよならの儀式
  42. 黒武御神火御殿 三島屋変調百物語六之続
  43. きたきた捕物帖
  44. 魂手形 三島屋変調百物語七之続
  45. よって件のごとし 三島屋変調百物語八之続
  46. ぼんぼん彩句
  47. 青瓜不動 三島屋変調百物語九之続
  48. 子宝船 きたきた捕物帖

模倣犯  ☆ 小学館
 平成13年度の大ベストセラーになった作品。「このミステリーがすごい」でも第1位の座を獲得した。ある朝犬を散歩させていた少年が公園のゴミ箱で女性の右腕の一部を発見することから物語は始まる。発見者の少年はかつて強盗により家族を殺された過去を持っていた。この少年、殺された女性の祖父、ルポライターの女性等様々な登場人物が複雑にからみあいながら物語は進んでいく。宮部みゆきの作品はミステリー、SF、ファンタジー、時代物等いろいろなジャンルに及んでいるが、どの作品を読んでも飽きさせない。この作品は宮部みゆきには珍しく善意では対抗できない悪意を描いた作品といえる。読み進んでいくうちに犯人への嫌悪感が増すばかりで、途中を飛ばして最後のめでたしめでたしを知りたいと思ったほどだ。映画化されたが、たかが2時間ではこの作品の素晴らしさが描ききれていない。スマップの中居が演じた犯人役は作品のイメージを大いに損ねていると僕は思うが・・・。
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パーフェクトブルー  ☆ 東京創元社
 宮部みゆきの長編デビュー作品であり、僕が読んだ初めての宮部作品である。
 高校野球のスーパースターが焼き殺されるという事件が起きる。たまたま家出をしていたその少年の弟の捜索を依頼された探偵事務所の女性調査員が、見つけた弟と、そして元警察犬の飼い犬マサと真相解明に乗り出す。
この作品がユニークなのは、なんと犬のマサが語り手であり、犬の視点で事件が語られていくことだ。元警察犬であるという設定がまたうまい。警察犬であれば事件のなんたるかを知っていることになるし、事件を語っていく上で無理がでてこない。(まあそもそも犬が語り手ということに無理があるのだけど)
書店で本の手に取ったときは、「犬が語り手だって!ユーモア・ミステリーかな。」と思って、購入しなかったが、その後評判を聞いて読んでみたら、ユーモア・ミステリーとは全然違うおもしろさで、以後僕が宮部みゆきの本を買うきっかけとなった。
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今夜は眠れない 中央公論社
 宮部みゆきの書く作品は、ミステリー、時代物、SF、ファンタジーとジャンルがさまざまで、とにかくポケットがいくつもあるのに驚かされる。それがまた、みんなおもしろいのだから、さらに驚かされる。この作品は中学生を主人公にしたものだが、この手の作品としては、ほかに「ステップファザー・ステップ」や「我らが隣人の犯罪」等があるが、どの作品も主人公の子供たちが生き生きと描かれている。
 物語は普通の主婦である主人公の中学生の母親に5億円の遺産を残した人がいるということから始まる。マスコミが騒ぎ、父親は家出、家庭は崩壊寸前となる。主人公は友人とともに、この謎に挑んでいくが・・・。二人の中学生が活躍する続編に「夢にも思わない」がある。こちらもまた楽しい。
 余談であるが、この作品が強く印象に残っているのはプロローグのところだ。主人公の担任の先生が「情けは人のためならず」という諺の意味を「情けをかけると人のためにはならない。」と説明したところである。小さい頃僕もこういう風にこの諺の意味をとらえていたことがあったけど、間違えているんですよね、この意味では(^^) 
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ステップファザー・ステップ  ☆ 講談社
 主人公は、泥棒のプロの「俺」。東京郊外の家に盗みに入ろうとしたとき雷が落ち、気がつくと目の前に双子の少年たちが・・・。ひょんなことから双子の父親役をやることになった泥棒と双子を巡るユーモア・ミステリー連作短編集。
 「今夜は眠れない」と同様ユーモア・ミステリーで子どもを描かせると宮部みゆきはうまい。とても、個性豊かに(ただし、こんな子どもいるかとは思うが)、そして逞しい子どもが描かれている。そして、やっぱり作者お得意の笑わせるんだけども、ホロッとさせられる作品である。
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蒲生邸事件  ☆ 毎日新聞社
 大学受験のため宿泊していたホテルで火災に巻き込まれた主人公の尾崎孝史。もう駄目だと思ったとき、彼は同じホテルに泊まっていた中年男性に助けられる。しかし、ふと気づいたとき孝史がいたのは、2.26事件直前の日本であった。中年男性はタイム・トラベラーだったのだ。果たして孝史は現代に戻ってくることができるのか・・・。
 2.26事件を扱った作品でミステリーといえば、最近では恩田陸の「ねじの回転」がある。その作品では、2.26事件の首謀者である安藤大尉らを主人公として直接2.26事件を題材にしているが、この作品は2.26事件のまっただ中で起きた殺人事件を扱っており、直接には2.26事件とはリンクしていない。タイムトラベル物なので、単なるミステリでないので謎解きは要注意。
 ただこの作品は、ミステリとしてだけでなく、特別な能力を持ちながらも歴史を変えることのできない男の苦悩やその時代で恋に落ちた主人公の姿も描いており、相変わらず深い感動を与えてくれる。
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鳩笛草 光文社文庫
 超能力を持つ3人の女性を主人公にした短編集。
 予知能力を有する女性を描く「朽ちていくまで」、透視能力・リーディング能力を有する女性を描く表題作の「鳩笛草」、そして念力放火能力を有する女性を描く「燔祭」、どの作品も、超能力を持つがゆえに悩む主人公を描いている。
 僕自身は「クロスファイア」につながっていく「燔祭」を一番面白く読んだ。自分のことを「装填された銃」と呼ぶ主人公があまりに切ない。僕など単純に3人の女性が持つ能力があれば、なんでもできてしまうなあとワクワクしてしまうが、実際はこの主人公たちのように悩んでしまうのだろうか。
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初ものがたり  ☆ PHP研究所
 全く宮部みゆきのポケットの多さには圧倒されてしまう。今回は時代物である。回向院の旦那こと、岡っ引きの茂七が活躍する6編からなる短編集。「初」ものがたりということで、それぞれの作品の中で季節それぞれの「初物」、蕪、白魚、鰹、柿、新巻鮭、桜が出てくる。
 登場してくる人物もそれぞれ魅力的である。回向院の茂七もそうだが、特に、富岡橋に稲荷寿司の屋台を出している親父。物腰が柔らかく穏やかで、口数も少ない人物であるが、地元のならず者たちをまとめている梶屋の勝蔵も一目置いているという人物である。どうやら元は武士らしいが・・・。結局正体がわからないままこの作品は終わっているが、再登場を期待する人物である。
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我らが隣人の犯罪  ☆ 文春文庫
 オール読物小説推理新人賞を獲得したデビュー作である「我らが隣人の犯罪」を含む5編の短編集。殺人が絡むのは4編目の「祝・殺人」だけだが、ストーリー・テラーとしての著者の実力が十分堪能できるバラエティ豊かな作品集。特に「サボテンの花」は、子供たちが生き生きと描かれていて、やっぱり子供を描かせたら宮部さんだなあと改めて感じさせる作品である。とはいえ、この作品は子供たちを信じる教頭先生がいて、初めて成り立つ作品だが・・・。こういう先生が本当にいてくれれば、子供たちの学校生活も楽しくなるだろうにと思わせる一編。
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ドリームバスター  ☆ 徳間書店
 宮部さんの今回はファンタジー作品。
 8歳のクリスマス・イブ、道子の隣家が火事で燃えた。炎の中で踊る奇怪な人影を、再び見たのは娘の真由と同じ夢の中だった。怖しい影は二人を追いかけてきた。その時助けが…。
 この世界とは別の世界から、ある実験のせいで意識だけの存在となった囚人たちが逃げ出してきた。意識だけの存在となった囚人たちが逃げ出したのは、人間の夢の中。彼らは心が疲れている人を見つけると、そこに根を下ろし、元の持ち主の意識を封殺し、肉体を乗っ取る。そんな邪悪な意識体と闘い捕獲する賞金稼ぎがドリームバスターである。
 この物語は、ドリームバスターの16歳のシェンと師匠のマエストロが、邪悪な意識体と闘う愛と冒険の物語である。
 とてもおもしろく読むことができ、早く続きを読みたいと思った本ではあるが、光原百合さんの「遠い約束」と並んで、僕がレジに持っていくのを躊躇した本でもある。「遠い約束」の場合は変なおじさんと思われたかもしれないが、この本の場合はいい大人なのに子供の本を読むのと思われたかもしれない。とにかく出版社の担当の人は、彼女たちのファンにいい歳の大人もいることを忘れないでほしい。表紙のイラストはどうにかならないのであろうか。
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R・P・G 集英社文庫
 題名のR・P・Gとは、ロール・プレーイング・ゲームのこと。
 家の新築工事現場で男の殺害死体が発見される。警察の調べで、男は実際の家族以外にインターネット上で擬似家族を有していたことが分かる。その中で、彼は物分りのいい父親を演じていた。警察は擬似家族で、母親役と二人の子供役を演じていた者を取り調べを別室に本当の娘を立ち会わせて行う。
 実際に、ネット上にそういう擬似家族というものがあるのだろうか。現実では満たされないものをネット上で実現しようとするのだろうが、結局それは架空の話であって、最終的には心は満たされないのではないか。だから、ネット上だけでは満足いかず、現実に会ってみたいと思うようになる。でも、その結果待っているのは、厳しい現実なんだろう。ネットの中では、自分はどのようにもなれる。僕が20歳の男にもなれるし、女性にだってなることができる。でも、それはあくまで仮想現実である。
 なお、犯人を追う刑事として、「模倣犯」に出ていた武上刑事と、「クロス・ファイア」に出ていた石津刑事が登場している。
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クロスファイア  ☆ カッパ・ノベルス
 短編集「鳩笛草」の中の1編「燔祭」にも出てきた青木淳子を主人公とする物語。自己の念によってものを燃やしてしまうパイロキネシスという超能力を持つがゆえに悩み、自己を「装填された銃」と言わざるを得ない悲しい女性の物語である。
押さえきれない自己のエネルギーを、廃工場の貯水池で放射していた淳子は殺されようとしていた男を助ける。男から連れの女性が監禁されていることを知った淳子は、犯人たちに立ち向かい、その能力を解き放つ。
 自分と異なる能力を持っている人に対しては、人間はそれを排除しようとする。特に超能力ともなれば、それを有する人を危険視するだろう。鳩笛草の感想の中で超能力を有していればと書いたが、それはあくまで、人に知られないようにである。昔、スプーン曲げの少年をいかさまだといって、マスコミ始め世間がそれまでとコロッと変わって、バッシングをしたことがあったが、それも(彼に本当に能力があったのか、いかさまだったのかはともかく)異種なるものを排除するという感情がどこかにあったのではないだろうか。
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誰か  ☆ 実業之日本社
 主人公は大企業グループで社内報を作成する部署に勤める杉村。ある日彼は、義父であるグループの会長から、自転車にひき逃げされて死亡した会長の個人運転手の娘達が父親の自伝を書く手助けをするよう言われる。娘達は本を作ることにっよって、マスコミの注意を引くなどして犯人を捕まえるきっかけとしようと考えたのです。しかし、姉はそのことによって、父親の影の部分がでてきてしまうのではないかと危惧を抱きます。
 この作品は犯人捜しのミステリーというわけではありません。一人の人物の生きてきた道を明らかにしていこうとする話です。確かに、杉村がその人の過去を訪ねて、いろいろな人に会うことにより、その人の隠された過去が明らかとなり、またその過程で、姉が幼い頃誘拐されたのではないかと考えていたことについても、解決がなされますが・・・。
 宮部さんの作品といえば、ほのぼのとした終わり方をする作品が多いのですが、このところ模倣犯を始め、辛い終わり方をしていますね。最後にある人物から杉村に投げかけられる言葉は、杉村の立場に立つ人に対し、多くの人が持ってしまう考えだと思いますが、杉村があまりにいい人なので(ちょっといい人過ぎますが)、逆にすごく惨めになってしまいます。それにしても、○○は許せないなあ。

※ 野村芳太郎監督の撮った松本清張原作の映画というくだりが出てきますが、その映画って「砂の器」でしょうか。
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火車  ☆ 新潮文庫
 宮部さんの作品といえば、この「火車」を落とすわけにはいきません。山本周五郎賞受賞作品ですが、その後の直木賞受賞作の「理由」や「模倣犯」に繋がっていく作品であるといえます。
 休職中の刑事が親戚の青年の失踪した婚約者を探すうちに、彼女が過去に自己破産の手続きをしていたことを突き止めます。ところが、その人物は彼女とは別人であることが判明します。いったい、彼女は何者なのか・・・。
 カードローンにより、自己破産した女性の人生を描いていますが、ヒロインは最後まで全面に出てきません。だからこそ、最後の最後の場面は秀逸です。彼女に対する主人公のやさしさに思わず男の僕でも涙ぐんでしまいました。僕としては直木賞受賞作の「理由」よりこちらの作品の方が好きです。
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返事はいらない  ☆ 新潮文庫
 表題作を含む6編からなる短編集です。宮部さんお得意の少年を主人公にした「聞こえていますか」と「私はついていない」、山本周五郎賞を受賞した「火車」と同じカードローンを題材にした「裏切らないで」等どの作品をとっても、相変わらず読ませます。その中でも僕が一番好きな作品は「ドルネシアにようこそ」です(文庫の解説を書いている茶木則雄さんと同じです)。都会の華やかさとは関係なく、働き、資格を取ろうとしている主人公の唯一の息抜きというべき行為が、地下鉄六本木の駅の伝言板に「ドルネシアで待つ」と書くこと。実在しない相手に向けて存在しない約束をすることから、主人公が巻き込まれる出来事(事件ではありません)が描かれますが、読後感がとても爽やかです。現実が厳しいのに本を読んでまで辛い気持ちにはあまりなりたくないと僕は思っているのですが、そんな僕には最高の作品でした。

 蛇足ですが、「私はついていない」に登場する主人公の従姉を、彼は嫌いにはなれないと言っていますが、僕自身は人の気持ちを思いやれないような、ああした人は大嫌いです。
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夢にも思わない  ☆ 中央公論社
 「今夜は眠れない」の中学生コンビ、緒方雅男と島崎が活躍するシリーズ第2弾です。
 今回は、雅男のあこがれの同級生クドウさんの従姉が白川庭園の「虫聞きの会」の会場で殺されたことから、悩むあこがれの君のために奔走する二人を描いています。
 相変わらず、少年たちを書かせると宮部さんはうまいです。まさしく中学生の心情はこんなんだろうなあと思わせられます。ただ、逆に今こういう男の子たちっているのかなって気がしてしまいますけど。
 二人の友情や幼い恋心を描きながら、しかし、事件から浮かび上がってくるのは、どろっとした人間の心の暗い部分です。最後はあまりに哀しい結末でしたね。
 中学生コンビのシリーズはこの2作だけのようですが、ぜひ、このコンビのその後を書いてくれないでしょうか。
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レベル7  ☆ 新潮文庫
 あるマンションの一室で目覚めた二人の男女。腕にはレベル7と記されているが、二人とも自分が誰であるかの記憶をなくしていた。そのうえ、部屋には大金と拳銃、そして血の付いたタオルが・・・。一方保険会社が設置する電話相談部署「ネバーランド」に勤務する真行寺悦子は、その仕事で知り合った少女が「レベル7までいってみる 戻れない?」という日記を残して失踪していることを知る。
 二つの話が交互に語られていきますが、どう繋がっていくのか、果たして二人は何者なのか、少女はどこへ失踪したのか。早く先が知りたくて一気に読んでしまいました。さすが宮部さん、読者を物語の中にどんどん引きずり込んでいきます。「レベル7まで行ったら戻れない」なんて、いったい何のことだろうと気になってしまいますね。ラストに向かっても話が二転三転し、この人はいったいどちら側の人なんだろう、プロローグで登場している人はいったいこの物語にどうかかわってくるのだろうと、謎は尽きず、最後までおもしろく読むことができました。
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ぼんくら  ☆ 講談社
 深川にある鉄瓶長屋で起きた殺人事件。その後に起きた差配人の失踪。代わりに家主が派遣してきたのは、家主と血縁関係にあるというまだ若い佐吉。佐吉の頑張りにもかかわらず、住人は一人又一人と長屋から立ち去っていきます。果たして、この裏には隠された謎があるのか。面倒くさいことは嫌いという定町廻りの同心平四郎が、その謎に挑みます。
 連作短編集と思いましたが、「長い影」は400ページもある長編です。それまでの短編はすべてこの「長い影」のプロローグにすぎなかったのです。
 平四郎を助けるのは、妻の甥の弓之介。類い希なる美形であるうえに聡明ときているのだから、のんびりとしている平四郎とはいいコンビです。何でも測ってしまう癖には笑ってしまいます。
 岡っ引き嫌いの平四郎が唯一信頼を寄せるのは、あの回向院の茂七の子分の政五郎、そして政五郎の下で働く「おでこ」こと三太郎という記憶力抜群の少年がいます。茂七はすでに米寿を迎えたということで、本作品には直接登場してきませんが、代わりに政五郎が平四郎を助けて活躍します。
 そのほか、鉄瓶長屋でみんなから頼られている煮売屋のお徳、幸兵衛長屋から移ってきたお徳の口喧嘩相手のおくめなど個性豊かな面々が登場します。平四郎の奥方がまたいいですねえ。美形の上にかしこくて、しっかり平四郎を手のひらの上で転がしています。こんな奥さんだったらなあ(と、妻には内緒でため息ついてしまいます。)。
 話自体はあまり後味のいいものではありません。しかし、彼ら登場人物の個性的なキャラクターで、楽しく読み進めることができます。
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日暮らし  上・下  ☆ 講談社
 「ぼんくら」から一年後の話となります。今回も「ぼんくら」同様一つの長編「日暮らし」の前に短編が配され、それらがそれぞれ長編のプロローグになるという体裁をとっています。
 短編はそれぞれ完結しており、それだけでおもしろく読むことができます。その中で「子取り鬼」が今でいうストーカーを描いていますが、何を言っても自分のいいようにとらえてしまうストーカー退治の方法がすごいです。
 メインストーリーは、「ぼんくら」でのある重要な人物が殺されるという事件です。これにはちょっとびっくりしてしまいました。当然、長編の中で重要な位置を占めると思っていた人物が、初めに死んでしまうのですから。
 佐吉が犯人ということで、事件の決着が図られようとするのですが、佐吉が犯人とは思えない平四郎、弓之助が真犯人を捜して奔走します。
 前作に引き続き、相変わらず、個性的なキャラクターたちが走り回ります。平四郎が実は水芸の芸人になりたいと言ったときの平四郎と奥方とのやり取りが愉快です。ますます、奥方が好きになってしまいます。最後の「鬼は外、福は内」でこのエピソードが、再度生かされます。笑ってしまいました。宮部さん、うまいなあ。
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龍は眠る  ☆ 双葉文庫
 この本が出版芸術社からハードカバーで出版されたのは、1991年のこと。あれから15年、新潮文庫版を経て今回双葉文庫の日本推理作家協会賞受賞作全集の1冊として発行された機会に、15年ぶりに再読しました。15年という時は、この本のストーリーも超能力を持った少年の話という以外ほとんど忘れさせていましたが、再読でもおもしろく読むことができました。
 物語は雑誌記者高坂を主人公にして、いたずらで蓋が外されたマンホールに幼児が落ちて死んだ事件と高坂への何者かからの脅迫事件をとおして、超能力によって事件の犯人を知った少年たちの超能力者としての存在の哀しみを描いていきます。
 超能力者の一人は高校生の慎司。人の心を読むことができる超能力を持った彼は、警察が解決できないマンホール事件の犯人を知り、正義感から犯人に対して突っ走ってしまいます。しかし、それが逆の結果を生み、彼は苦しみます。宮部さんは少年を描かせると本当に上手いです。超能力を持つ少年慎司の青臭いまでの正義感、超能力を持つという哀しみが読む者の心に響いてきます。また、慎司以上の超能力を持つ直也。彼は、超能力者であることの苦しみを知り、誰にも知られないように身を隠して生きようとします。超能力者と知れば、最初は誰も「へぇ~、すごい」と言っても、誰だって、自分の心が読まれてしまうと思えば、そんな超能力者を避け始めるでしょうから。
 この人、本当は何考えているのだろうと心の中を知りたいと思うことがありますが、知らない方がいいことって多いでしょうね。誰もがある程度は本音を隠して生きているのでしょうから、それをすべて知ってしまうことは生きていく上で相当辛いことに違いありません。
 ミステリーとしては先は読めてしまうのですが、そんなことは関係なしにページを繰る手が止まらないおもしろさです。
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名もなき毒  ☆ 幻冬舎
  「誰か」の主人公杉村が再登場。今回もまた事件に巻き込まれていきます。この杉村という人物、とにかく、やさしすぎる人物なんですね。お嬢様である奥さんの考え方について、自分とは違っても否定せずに包み込んであげます。女性にとっては、理想の男性なんでしょうか。ただ、お節介焼かなければいいのに他人につい優しくしてしまって、面倒な事態に陥ってしまうという家族からすれば困った人でしょうけど。
 今回テーマになるのは理不尽なまでの悪意です。杉村が勤務する社内広報編集室に雇ったアルバイトの女性が仕事はできない、嘘はつくのトラブルメーカーなためクビにしたところ、逆恨みをして、とんでもない行動に出ます。
 当たり前のことですが世の中いろいろな人がいます。こちらの考えとは全く異なる思考経路を持つ人も少なくありません。この女性にしても、ここまでやるのかと思ってしまいますが、実際に犯罪までいかなくても、こちらがまったく考えられない行動に出る人っていますからね。特に最近のインターネット社会では匿名性ということもあってか、毒をまき散らす人は大勢います。たまたま僕の周りにこの女性ほどの人がいないだけのことかもしれません。こんな理不尽な怒りに(本人からすれば当然の怒りだと考えているところが困るのですが)さらされたくはないですね。
 物語はこの女性の起こす問題に対処することになった杉村が、彼女の身上調査のために訪れた私立探偵のもとで無差別毒殺事件の被害者家族に出会ったことから、そちらの事件にも関わっていくことになる様子を描いていきます(おせっかい、お人好しの杉村ならではです。)。この二つの事件がどう関係してくるのかと思って読み進めましたが、そこは宮部さんです。見事に最後は一つに収斂していきます。社会性のある問題を取り上げながら、難しい言葉で語っていないところが宮部さんらしいところ。後味はあまり良くありませんが、おもしろいです。
 秋山氏やゴンちゃんという新たな登場人物が出てきたし、最後は思わせぶりな終わり方になっているので、この杉村を主人公にする物語はまだ続きそうな気がします。おすすめ。
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楽園  ☆ 文藝春秋
 ある日、今ではフリーペーパーの編集会社でライターをしている前畑滋子の元に萩谷敏子という中年女性が訪ねてくる。彼女は12歳で亡くなった息子、等に不思議な能力があったと滋子に等が描いた絵を見せる。そこには、等が死んだあとに明らかとなった両親が実の娘を殺してその死体を床下に埋めていたという事件のことが描かれていた。等に超能力があったのか調査を依頼された敏子は、調査を引き受けるが、やがて、等が知らないはずの9年前の「模倣犯」の事件の舞台となった山荘の絵があることを知る。
 「模倣犯」の続編です。というより、「模倣犯」の重要な登場人物の一人であったライターの前畑滋子の後日談といった方が適切でしょうか。「模倣犯」の事件によって、心に痛手を負って立ち直れないでいた滋子が、この謎を追うことによって立ち直っていく様子が描かれます。
 上・下巻800頁に近い大作ですが、さすが宮部さんの作品は読みやすいです。読み終えるのにかなりの時間がかかるかと思いましたが、読み始めるとすっかり物語の中に引きずり込まれて、意外に短い時間で読み終えることができました。
 果たして、等にはサイコメトラーの能力があったのか。「竜は眠る」や「クロスファイアー」など、従来の宮部作品にも超能力者を扱った作品があります。宮部さんが書くと超能力を持った人の話もSFというのではなく、現実にこんな能力も持っている人がいるのでは、と思わせてしまう話になってしまうところがすごいですね。
 「模倣犯」同様に、この作品にも普通の人には到底理解できない悪意を持った人物が登場します。以前だったら小説の中だけのことと言えていましたが、しかし今では、現実の世の中は小説以上に悪意ある人物が起こす事件が連日起こっています。すでに小説は現実に追いつけなくなっているのかもしれません。
 そんななかで、人の悪意にさらされながらも負けずに生きる人物も描いています。辛い事件の中でホッとするところです。
 実の娘を殺さなくてならなかった理由がラストに明らかになりますが、果たして同じ立場に立たされた時自分だったらどんな決断を下すのか、宮部さんは難しい事実を突きつけます。子どもがいる立場としては辛いですね。

 最後まで明らかにされなかった点が一点あります。宮部さんですから、忘れたわけではなく、何らかの意図があってのことだと思うのですが、それは、滋子がこの事件に関わるきっかけとなった等が描いた「模倣犯」の舞台となった山荘の絵のことです。結局、等がこの絵を描いたのはなぜかが明らかにされませんでした。ちょっと消化不良です。もしかしたら、宮部さんはこのことでまた続編を考えているのでしょうか。
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おそろし  ☆ 角川書店
 現代物、時代物、SF、ファンタジーと引き出しの多い宮部さんの今回の作品は江戸を舞台にした物語。
 江戸を舞台となると「震える岩」のお初のような若い娘を主人公にした作品が印象に残ってるのですが、今回の主人公も17歳の娘おちか。彼女は旅籠を営む実家で起こったある事件のために、今は神田三島町で袋物を商う叔父の三島屋に預けられています。ある日、おちかが叔父夫婦の留守中に訪ねてきた客の不思議な話の聞き役となったことから、叔父は不思議な話を持っている人に三島屋に来てもらい、おちかに聞き役をやらせることとします。他人の話を聞くことで、事件によって心を閉ざしたおちかに変化が起こるかもしれないと考えたのです。
 「百物語」といえば、ろうそくを百本灯した中で怪談話をして、話が終わるごとに一本ずつ火を消していくというものですが、この作品では、おちか一人が不思議な話を聞くだけですし、ろうそくを消すということもありません。そうしたことから“変調”なのでしょう。
 3つの話が客の口から、そしておちか自身から自分の身に起こった事件の話が語られます。一話一話だけでも十分おもしろいのですが、それらが最終話でおちかの身に起こった事件に関連して大団円を迎えるという構成になっています。相変わらず宮部さん、うまいですねえ。読ませます。どんどん物語の中に引き込まれていきます。
 あの終わり方からすると、どうも続きがあるようです。百物語ですからね。シリーズ化してもおかしくありません。
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小暮写眞館  ☆ 講談社
 このところ、時代物ばかりだった宮部さんの久しぶりの書き下ろし現代劇です。 700ページという大部ですが、あっという間に読了してしまいました。宮部さんのストーリーテラーぶりは相変わらずです。
 主人公は男子高校生の花菱英一。以前写真館だった古家に引っ越してきた花菱家。写真館が再開されたと勘違いされて、女子高校生が持ち込んだ心霊写真を英一が受けとったのが物語の始まりです。この心霊写真の謎を解いたことから英一は心霊写真を浄化する霊能力者として評判になり、彼の元に心霊写真が持ち込まれるようになります。
 この作品は、心霊写真の謎解きという点ではミステリですが、一方、謎解きに奔走する英一と彼を助ける友人たちを描く青春物語としても読むことができますし、ある事件が影を落としている花菱家が暗い過去を乗り越えていく様子を描いた家族小説とも言えます。また、それだけでなく心霊写真や写眞館の裏に隠された人の思いや歴史を描いたハート・ウォーミングな物語でもあるという、本当に盛りだくさんの内容の作品です。
 この作品の魅力の一つは、何といっても主人公英一のキャラクターです。とにかく、こんな息子がいたらいいだろうなあと親だったら誰もが思うような、人の気持ちを思いやることができる爽やかな男の子です。普通、あの年齢で、あんなに家族のことを思う男の子はそうそういないだろ!と突っ込みを入れたくなるほどです。宮部さんに少年を書かせると、どうしてこんなに魅力的な男の子になるのでしょうね。
 そして、彼を取り巻く同級生のテンコこと店子力やコゲパンこと寺内千春もまた個性豊かな魅力的な高校生です。同級生の最近話題の“鉄っちゃん"たちもいいキャラをしています。そうそう彼ら高校生だけでなく、彼らの周りにいる花菱家の両親や不動産屋の社長、その女性社員の垣本さんの存在も忘れてはいけませんね。彼ら大人がいてこその英一くんの活躍だったともいえるのだと思うのです。
 本当に気持ちよく読み終えることができました。おすすめです。
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あんじゅう 三島屋変調百物語事続  ☆ 中央公論新社
 袋物屋三島屋の姪・おちかのもとに持ち込まれる不思議な話を描く三島屋変調百物語シリーズ第2弾です。
 第1話「逃げ水」は、旱魃と水涸れをもたらす神“お旱さん”に取り憑かれた染松の話です。彼の行くところからは水がなくなっていくため、生まれた村を追い出され江戸に奉公に出されるが、奉公先でも水がなくなってしまうため、困った番頭が染松をおちかのもとへと連れてくる。おちかは染松を三島屋ヘ引き取るが・・・。収録された4話の中ではラストがほのぼのと終わる作品となっています。悲しくもかわいい神さまの登場です。
 第2話「藪から千本」は、義兄夫婦に生まれた双子を嫌う姑のため、双子の妹を引き取って育てた義妹が語る不思議な話です。双子を死ぬまで毛嫌いした姑の呪いの話と思ったところが、不思議でもなんでもなく、実際はもっと生臭いものだったという話です。人間の心の中の闇が起こすいわゆる“あやかし”なんですね。
 第3話「暗獣」は表題作となった話です。三島屋の丁稚・新太の手習所仲間の直太郎の先生・青野が、直太郎の父親が焼け死んだ屋敷にまつわる不思議な話を語ります。今回語られる話の中で一番胸を打つ悲しい話です。“暗獣”と表題の“あんじゅう”では受ける印象が異なりますが、読んでいくうちに“あんじゅう”がピッタリだということがわかってきます。
 最後の「吼える仏」は青野先生の友人の偽坊主、行然坊が山奥の村で経験した不思議な話を語ります。豊かな集落であることを周囲に隠すための掟を破った男の一家に村人がなした仕打ちに対し、村人たちの身に起きた出来事は・・・。この話が一番怖い話です。でも、ラストの惨劇も人間の心の狂気がなせるもの、結局は怖いのは人間の心なんですね。
 今回は、おちかを巡り新たなキャラクターが登場します。魔よけの役目を負ったあばた顔のお勝、頼りなさそうな青びょうたんでありながら免許皆伝の腕前の青野利一郎、偽坊主の行然坊、新太の友達の金太、捨松、良介の三人組。彼らが今後のシリーズでどんな活躍を見せてくれるか、そして青野とおちかとの関係がどうなるのか気になることがいっぱいのシリーズになってきました。
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ばんば憑き  ☆ 角川書店
 引き出しをいくつも持っている宮部さんの今度の作品は、表題作を含む6編からなる時代物短編集です。
 内容としてはホラー系なので、以前刊行された「あやかし」の系列の作品といっていいでしょう。ただし、宮部さんがインタビューで答えているように、ただホラーというだけでなく、中にはちょっとした笑いやユーモアの要素も含まれる作品も含まれています。 冒頭の「坊主の壺」に出てくる壺から顔を出す坊主の絵が描かれる掛け軸の謎も、気味が悪いと言うよりもユーモラスに見えますし、「博打眼」で活躍する張り子の犬や「野槌の墓」での野良猫の正体も怖いというよりはユーモラスです。
 ただし、表題作の「ばんば憑き」は、この作品集の中でユーモアのかけらもない一番怖い話になっています。箱根湯治の帰り道の宿で相部屋となった老女の口から語られる“ばんば憑き”の話が、相手をする伊勢屋の若旦那である養子の佐一郎の心に影を落とすラストが怖いですねえ。佐一郎がいい人がゆえに怖さが倍増します。
 作品中に他の宮部作品の登場人物が顔を出しているのも、宮部ファンとしては嬉しいところです。「お文の影」には「日暮らし」などに登場する深川の岡っ引き、政五郎親分とおでこの三太郎が登場し、三太郎の語る昔話が謎解きのヒントになるという重要な役どころを担っています。
 そして何より、「討債鬼」には「あんじゅう 三島屋変調百物語事続」の一編「あんじゅう」に登場する青野利一郎と行然坊との出会いが描かれており、また、利一郎の過去も語られるというシリーズファン必読の作品となっています。金太、捨松、良介の手習い所の悪ガキ三人組も大活躍です。
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チヨ子 光文社文庫
 アンソロジーに収録後又は雑誌掲載後単行本に収録されなかった5編を集めた作品集です。内容としてはホラー、ファンタジー系の作品です。
 正直のところ、どれといってインパクトはなかったのですが、その中では、殺人事件の被害者の噂をボーイフレンドとともに調べると言い出した娘を心配する父親を描いた「いしまくら」が一番楽しく読めました。話としてはあんなに簡単に事件が解決してしまうかという疑問はありますが、この作品はそれより娘を心配する父親の親バカぶり描いたものなんでしょう。ラストの一言がまた素敵な終り方です。
 「雪娘」は、幼なじみが集まった飲み会の席で小学生の時に殺された友だちのことを話題にすると、そこに彼女の幽霊が現れるというホラー。
 表題作の「チヨ子」は、アルバイトでウサギの着ぐるみを着ると、相手の姿がその人が子どもの頃大切にしていたおもちゃやぬいぐるみに見えるという不思議な話です。ファンタジックな話ですが、なぜ、そう見えるのかの理由まで語られないのは物足りない気もします。
 残る「オモチャ」、「聖痕」はホラー系の作品。2編とも後味は悪い作品、特に「聖痕」は、少年犯罪の加害者が世間に復帰して再起を図ろうとしている中で、ネットの中でそんな彼を英雄視するサイトが立ち上がっていて、少年が苦しむのですが、どうにもやりきれないラストです。 
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ソロモンの偽証 第Ⅰ部 事件  ☆ 新潮社
 雪が降り積もった年末の終業式の朝、雪の中から校舎の屋上から飛び降りたらしい生徒の死体が発見される。生徒の名は柏木卓也。クラスの中でも友人と呼べる同級生もいない生徒だったが、11月半ばに同級生の札付きの不良と喧嘩をして以来不登校となっていた。
 父を刑事に持つクラスメートの藤野涼子、精神的に不安定な母を持ち、他人との関わりを避けている第一発見者の野田健一、そんな健一の唯一の友人といえる向坂行夫、父母が病弱な弟にかかりきりで、そんな弟の本当の姿を恐れて祖父母と暮らしている卓也の兄・宏之、卓也が自分を嫌っていることに気付いていた新任教師の担任の森内、不登校のきっかけとなった喧嘩相手の大出俊次等々さまざまな人物の思惑が交錯する中で、事件が自殺に落ち着こうとしていた矢先、学校と涼子の元に大出たちによる殺人だという密告文書が郵送される。果たして彼の死は自殺なのか、それとも殺人なのか・・・。
 三部に別れた物語の第一部では、事件の発生から当初自殺とされていた事件が、殺人だという投書によってマスコミが介入し、殺人事件ではないかと騒ぎが増大する中で、新たな悲劇が起こります。
 最近、いじめで自殺してしまった生徒に対する学校や教育委員会の対応に対し、大きな非難がわき起こっていますが、この作品でもいじめ問題が焦点となっており、そういう点からも興味深<読むことができます。この第1部では、まだまだ物語は端緒についたばかり。いよいよ、これから生徒たちによる事件の裁判が行われるのでしょう。第2部の展開が気になります。
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ソロモンの偽証 第Ⅱ部 決意   新潮社
 いやぁ~おもしろいです。全3部作の2部まで刊行されましたが、ここまででも今年のマイベスト10の第1位と言っていいおもしろさです。
 今回の第Ⅱ部では藤野涼子が立ち上がり、学校や警察ではな<、自分たちで真実を明らかにしようと生徒に呼びかけます。学校に睨まれたくないとか受験勉強の方が大事という大勢の中で何人かの生徒が涼子に協力を申し出ます。果たして、柏木卓也は大出俊次によって殺されたのか、それとも警察発表どおり自殺なのか。当初弁護士役を務めるはずだった涼子が検事役となり、弁護士役には柏木と小学校と塾で一緒だったという他校の神原和彦が手を挙げます。
 今回も700ページという大部ですが、実際の裁判の開始は第3部で描かれ、この第2部では裁判が始まるまでの検事役、弁護士役それぞれの活動が描かれていきます。裁判を行うということになるまでは涼子とまったく接点のなかった、いわゆるツッパリの勝木恵子が陪審員役に加わったり、学年一の秀才の井上康夫が判事役になったりと、思わぬ人物たちが声を上げます。特に、ひたすら目立たないということをモットーにしていた健一が弁護人の補佐について、第Ⅰ部からは想像できないほどの行動力を見せます。
 そんな生徒たちの中で、相変わらず自分の罪を死んだ友人になすりつけようとする三宅樹里が今後裁判の中でどういう役割を演じるのか、大いに気になります。そして、彼女とともにもう―人気になる人物がいます。この人物、今回読む限りでは真実に深く関わっているだろうと想像できるのですが、果たして第Ⅲ部でその人物はどういう行動を見せるのか。また、兄の宏之でさえ恐ろしい弟だと感じ、被告の大出さえ不気味なやつだと思っていた柏木卓也の本当の姿はどうだったのかも気になるところです。
 さて、いよいよ第Ⅲ部は裁判の開始です。どんな真実が出てくるのか、発売が待ち遠しい。
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ソロモンの偽証 第Ⅲ部 法廷   新潮社
 いよいよ学校内裁判が始まります。検事役である藤野涼子と弁護士役である神原和彦によって、生徒だけでなく学校外の大人も証人として呼び出されます。お互いに思わぬ人物を証人として登場させ、裁判は緊迫感に包まれます。果たして真実はどこにあるのか。告発状を書いた三宅樹理はどうなるのか。親の威光を笠に着てやりたい放題の被告人の大出俊次、その腰巾着のような二人の生徒、橋田と井口、親を恐れて何もできない学校、いじめがあっても見て見ぬふりの同級生、両親から常に気にかけてもらえる卓也に嫉妬する兄の柏木宏之、おもしろおかしく事件を煽るマスコミ等々。果たして、この裁判によって彼らはどうなるのか、そもそもこの裁判の行き着く先はどこなのか。わくわくどきどきの第3部です。
 ミステリとしての謎解きについては、告発状の真偽については既に読者には事実が明らかにされていますし、火事についても前巻でプロの仕業ということがわかっており、ラストで明らかにされないといけないのは、ある一点だけです(ネタバレになるので伏せます。)。でも、これも読者にとっては、すでに読んでいれば予想できるので、事実が明らかとされても、“驚愕の真実”というような驚きは正直のところありません。落としどころは予想がついてしまいます。
 しかしながら、この裁判を通して、裁判に関わってきた生徒たちがラストにはどうなるのか、このあたり宮部みゆきさん、さすがに読ませます。
 判事役、弁護士役とそれぞれ当たり前の人物が就任したという感じですが、一番考えられなかったのが野田健一です。人との関わりを避けてきた健一が、弁護士助手となり、最後にはあそこまでなるのですから、宮部さんの登場人物を見る目は優しいです。それは、告発状を書いた三宅樹理に対しても同じです。何とも憎たらしかった彼女に、最後にあんな場面を与えるとは・・・。
 それにしても廷吏役の山崎晋吾くん。登場人物の中で最高に素晴らしいキャラクターでした。
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桜ほうさら   PHP研究所
 宮部さんお得意の人情時代劇です。主人公は上総国搗根藩で小納戸役を仰せつかる古橋家の次男坊・笙之介。ある日、父が収賄の疑いをかけられて切腹してしまう。母親の命で、古橋家の再興を取りなしてもらうため、江戸留守居役・坂崎重秀を訪ねた笙之介は、彼の口から父の事件には搗根藩の御家騒動がからんでいることを教えられる。笙之介は、父の汚名をそそぎたいという思いを胸に、深川の長屋に住み、貸本屋村田屋の仕事をしながら事件の真相究明にあたる。
 物語は、父の汚名をそそぐため、父の手蹟を真似て偽の文書を作った男を探す話を中心に、それぞれ笙之介が関わる事件が描かれていきます。
 第一話では、物語の導入から笙之介が住むこととなる長屋の人々など、笙之介に関わっていく人々の紹介がなされます。ここで描かれる笙之介を巡る人々が、みんないい人物ばかり。宮部さんの描く人情ものらしいところです。
 そして笙之介にとっての大事な人となる和香との出会いが語られていきます。第一話での出会いから、しだいに笙之介に関わりを持っていく和香のはっきりとした性格は、温厚で優しい笙之介と対照的で、とても魅力的です。個人的に大好きなキャラです。
 第二話、第三話は笙之介と長屋の人たちとの人情噺であり、笙之介の成長が描かれていきますが、ラストの第四話で、いよいよ父の収賄事件の真相が明らかになります。ここで描かれる事件の真相はあまりに悲しいものがあります。ミステリーとしても思わぬ事実が明らかにされるなど読ませますが、本当に辛い結末でした。
 悍馬と言われるほど勝気な母親と、そんな母が入れ込んだ気性の強い兄に対し、温厚な父と、そんな父同様おとなしい弟という家族の中で、父、弟側からすれば相容れることを拒否するような母、兄に対し、どう対応したらいいのでしょう。家族の難しさというものも考えさせられます。

 題名の「桜ほうさら」は、甲州弁の「ささらほうさら」からとったもの。「ささらほうさら」とは、甲州弁で「あれこれいろんなことがあって大変だ、大騒ぎだっていうようなとき、言うんだよ」と作品中で説明されていますが、今まで聞いたことがありませんでした。ただ、妻は知っていたので、甲州弁ではあるようです。甲州弁は例えば「そうでしょう」というのを「そうずら」といった具合に、耳にあまり心地よく響く方言ではないのですが、主人公の笙之介が「きれいな言葉ですね」というのはちょっと嬉しいですね。
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泣き童子 三島屋変調百物語参之続   文藝春秋
 三鳥屋に行儀見習いに来ている主人の姪のおちかが不可思議な話を聞く、「三鳥屋変調百物語シリーズ」第3弾です。表題作を始め6編が収録された連作集です。
 「魂取の池」は、若い娘が嫁入り前に祖母から聞かされた不思議な池の話。
 「くりから御殿」は、病気上がりの老人が語る、幼い頃、山津波にあって家族や親戚を亡くし、引き取られていた網元の別宅で起こった不思議な出来事の話。
 表題作の「泣き童子」は、三島屋の前で倒れたすっかりやつれた元家守の男が語る捨て子の童子の話。店子が店先に捨てられていた子どもを引き取って育てていたが、3歳になっても口をきかないばかりか、突然、火のついたように泣く。泣き出す理由を探ると、ある事実がわかるが・・・。この話が、この連作集の中で一番怖い話でした。ロをきかなかった子どもが元家守に言った言葉は衝撃的でした。
 「小雪舞う日の怪談語り」は、札差しが催した怪談語りで語られる4つの話が描かれます。逆さ柱で建ててしまった屋敷で起こった怖ろしい出来事の話。転んだときに手を差し出されても自力で起きなければならないと言われた橋で、差し出された手にすがってしまった女に起きた怖ろしい出来事の話。視力の失われた目で相手の病気の箇所がわかる能力のあった母親の話。岡っ引きの半吉親分が若い頃、親分から命令された住み込み先にいた病人に起こった怪異譚。語り手が語りっぱなし、おちかは聞きっぱなしという方式で語られていく不可思議な物語も、今回はいつもの三島屋の黒白の間で語られるだけでなく、この話では、おちかが三島屋の外に出て、怪談話を語る会で聞く話が描かれます。
 「まぐる笛」は、瓦版を読んでおちかの評判を聞いてやってきた北国の藩の若い武士が語る、幼い頃預けられた母親の生まれた村に出没した人を喰らう怪物と母親に託された役割の話。
 「節気顔」は、幼い頃、家に身を寄せていた伯父の身に起こった不思議な話。この話には、シリーズ第1作中の「家鳴り」に登場した“商人”が再登場します。果たして、この世とあの世を結んで商売をするこの“商人”の正体は何なのか。この後、おちかとどう関わってくるのか、大いに気になります。
 宮部さんは99話まで書くと言っているようなので、まだまだシリーズは続きます。
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ペテロの葬列 集英社
 「誰か」「名もなき毒」に続く杉村三郎シリーズ第3弾です。
 杉村と園田編集長が取材の帰りに乗ったバスが一人の老人にバスジャックされる。事件は3時間後、警察の突入とともに犯人の自殺により終結するかに見えたが、その後、人質になった者たちの元に犯人からバスの中で約束された慰謝料が送られてくる。老人の犯行の動機は何なのか。いつもは冷静な園田編集長の事件最中の言動をおかしいと感じた杉村は事件の背景を調べ始めるが・・・。
 いやぁ~このラストはいったい何なのでしょう。このシリーズ、読んでいても主人公の杉村には自分に置き換えて同一視するということはありませんし、共感もあまりしないので、作品にのめり込むということが前作でもありませんでした。やはり、その境遇、大企業の会長の娘婿であり、本人はあまり感じていないようですが、高級マンションに住むなど生活が裕福すぎるほど裕福であることや、なんだかんだ言っても娘は父親に頼んで会社に自分の知り合いを入社させることができたり、社用車も私用で使い放題だったりするなど、自分たちとは別世界に住んでいる人たちであること、そして何よりあまりに杉村が“いい人”だったのが理由だったのでしょう。でも、それなりにこれまではおもしろく読んではいたのですが・・・。それが今回、このラストとは。憤慨しますよねえ。杉村に対して、「いい加減、人がいいにもほどがある!」と、怒鳴りたくなりました。“あの人”は綺麗事ばかり言って、自分を責めてるようで実は正当化しているとしかいるとしか思えません。まったく、杉村のようなお人好しが世間の荒波を生きていけるのでしょうかねえ。
 それにしても、本筋の話がどこかに行ってしまうほどのラストの驚きです。あまりの腹立たしさにおすすめできません。このシリーズ、この終わり方で続くのでしょうか。
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震える岩 霊験お初捕物控  ☆ 講談社文庫
 人に見えないものが見え、人に聞こえないものが聞こえるという不思議な能力を持った少女・お初が遭遇する事件を描<シリーズ第1作です。
 お初は、柳橋のたもとに捨てられていたところを紙屋の夫婦に拾われ、彼らの息子である六蔵の年の離れた妹として育てられる。岡っ引きである六蔵の事件解決に彼女の不思議な能力が役立っていることを知った南町奉行根岸肥前守鎮衛はお初に目をかけ、ときどき屋敷に呼び寄せられるようになる。
 事件のきっかけは、一度死んだはずの男が生き返った事件。さらには油屋の油樽の中に少女が殺されて捨てられるなど、連続する子ども殺しが起き、これに赤穂浪士の大石内蔵助が切腹した庭にあった石が真夜中に鳴動するという不思議な出来事が加わります。お初は、お初の元に奉行から預けられた鬼与力の息子・古沢右京之介とともに事件の謎に挑んでいきます。それにしても、最初の死人憑きに忠臣蔵が関係するところまで話が及ぶとは、さすが宮部さんという作品です。最終的には、赤穂浪士討ち入りについての宮部さんの考えがこの作品中に色濃く描かれます。
 不思議な能力を持ったお初と、与力を継ぐより本当は算術の道を歩みたいちょっと気弱な右京之介とのコンビがこのあとどうなるのかも気になるところです。
※お初の奇妙な体験を根岸は自分の随筆集「耳袋」にお初から聞いた奇妙な話を記したことになっていますが、お初のことは別にして、根岸鎮衛は実在の南町奉行で、彼が奇妙な話、愉快な話、味のある話などを収集して「耳袋」に記したことは本当の話だそうです。
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悲嘆の門 上・下   ☆  毎日新聞社 
 主人公の三島孝太郎は大学1年生。高校の先輩に誘われて、先輩が取締役を務めるサイバー・パトロールを業務とするクマーという会社でアルバイトを始める。折しも世間では遺体の一部を切り取るという猟奇殺人事件が連続して起こっており、クマーでもネットの監視を行うこととなる。そんなある日、ネットに書かれた廃品回収業の老人が突然姿を消したという事実を確認するため、現地に調査に行った孝太郎の同僚・森永が、忽然と姿を消してしまう。森永の行方を追う孝太郎は彼が行ったとされる廃ビルに向かう。一方、元刑事の都築は同じ町内に住む老婆から廃ビルの屋上に設置されているガーゴイルの像が動いているという訴えを聞き、その真偽を確かめるために廃ビルに侵入する・・・。
 猟奇殺人事件というミステリーの要素とこの世界とは別の“領域”からきたガラという存在との関わりというダーク・ファンタジーの要素の組合わさった作品です。作者の宮部さんが言うには、この作品と以前刊行された「英雄の書」とは“合わせ鏡”のような作品だそうで、「英雄の書」の登場人物・森崎友理子はテレビドラマで言えば“特別出演”といった感じでこちらにも登場しますが、「英雄の書」を読んでいないとストーリーがわからないということはありません。ただ、僕も元刑事の都築と同様、ガラや森崎友理子の語る“無名の地”や“始源の大鐘楼”“輪”等々ほとんど理解できませんでした。ゲームなどのファンタジー世界に馴染んでいない世代としては、ガラや友理子の語る部分を頭の中に思い描くのはちょっと難しかったです。
 この作品で宮部さんが描こうとしているのは、簡単に言えば“言葉”の大切さ、いや怖さでしょうか。特にネットの場合は、顔が見えないので何を言ってもかまわないと言葉を吐き出すと、それが自分の中に蓄積されていつかそれが何らかの形となって現れてくるということは、おぼろげながらも理解できます。こうしてHPを公開している僕自身としても、読みながら自戒することもありました。
 ガラはいったい何のために現れたのか、苫小牧から始まり、日本を南下し、やがて孝太郎の身近な人物が被害者となった猟奇殺人事件の犯人は誰か、森永の行方はどこか、さらに孝太郎の家の近所の女子中学生をめぐるいじめはどうなるのか等々様々な謎を前にページを繰る手が止まりません。 
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過ぎ去りし王国の城  角川書店 
 高校入試を直前に控えた時期、推薦で既に入学先の決まっていた尾垣真は、母に頼まれて行った銀行に掲示してあった古い城の描かれた絵に心を奪われる。壁から剥がれ落ち人に踏まれたその絵を真は家に持ち帰ってしまうが、家でその絵に触れた真は絵の中に引き込まれそうになることに気づく。真は美術部員の城田珠美の助けを借りて、その絵に自分の分身を描いてもらい、絵の世界の中に入っていこうとするが・・・。
 当初は「英雄の書」や「ICO」のようなファンタジー系の作品かなあと思って、図書館での予約が多いこともあり、読むのを遠慮していたのですが、発売から1年が過ぎ、ようやく予約の順番待ちだった図書館の本に予約がなくなったので、借りてきました。
 珠美が描いた鳥をアバターとして絵の世界に入った真は塔の中に閉じ込められているらしい少女の姿を見つけます。この段階で、ストーリーの行く先は、クラスの中で目立たない真と仲間はずれになっている珠美のコンビが絵の世界でヒーロー、ヒロインとなって敵をなぎ倒して少女を救うというロール・プレイングゲームのような冒険活劇ファンタジーかと予想したのですが、ちょっと違いました。
 途中で、真たちと同じように絵の中に入った漫画家のアシスタントのパクさんが登場し、真たちに協力しますが、現実世界でアシスタントを休業中のパクさんの秘密や、そして10年前に起こった少女失踪事件の謎が描かれ、ミステリ的な要素も加わります。
 終盤、この絵の世界の謎解きをするところは、真同様に戸惑ってしまった部分もあるのですが、そこはさすが宮部さんらしく、読みやすくてさくさくページが進みました。
 更にはネグレクトやいじめがストーリーの背景で語られていきますが、着地点は宮部さんらしい優しい結末となっています。
 また、この作品は真と珠美の成長物語でもありますが、その点からは「かっこいい!」と言いたくなるラストの二人の決意でした。 
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希望荘  ☆  小学館 
 杉村三郎シリーズ第4弾です。前作で妻と離婚し、会社も辞めた杉村のその後を描く、表題作を含む4編からなります。
 本を読んでこれだけ腹が立ったことはないと思うほど腹が立った前作でのあまりに酷い妻の仕打ちに、果たして杉村はどう立ち直るのだろうかと思ったら、冒頭でいつの間にか探偵事務所を開いた杉村が描かれます。ハードボイルドが似合わない杉村に探偵ができるのか危惧するばかりですが、そこは宮部さん、やっぱりうまいですねぇ。杉村なりの探偵ぶりを描いてくれます。
 冒頭の「聖域」では、アパートで慎ましく一人暮らしをしていた老女が死んだと聞いていたのに、別の場所で綺麗な格好で生きているのを見かけた事務所の大家の知り合いから、老女の行方探しを依頼された杉村を描きます。新興宗教の話や、それにのめり込んで母親の金を注ぎ込む娘というありがちな話が、母親に起こったあることによって別のストーリーヘと変わっていきます。あまり後味が良くない話です。
 表題作の「希望荘」は、胸打つ物語になっており、個人的に収録作の中でのベスト1です。施設に入っていた父親が心筋梗塞で亡くなったが、その直前、息子や施設の職員に自分が殺人を犯したことがあるようなことを仄めかしていた。息子から、事実の調査を依頼された杉村は、過去の事件を調べ始める・・・。父がなぜそんなことを言い出したのか、その裏に隠された真実から、父の人生の後悔が浮かび上がってくるというストーリー展開が、宮部さんらしい感動を生みます。
 「砂男」は、杉村が探偵事務所を開く契機となった事件を描く作品です。杉村は、離婚後、故郷の山梨の実家に戻り、フリーペーパーの記者をしながら観光客相手の農産物直売店を手伝っていたが、そこで調査事務所の所長である蛎殼と知り合う。彼からの依頼で蕎麦屋の主人が駆け落ちして失踪した事件に関わることとなるが・・・。駆け落ち事件の真相を探るところからストーリーは意外な展開へと進んでいきます。これは探いですねえ。真実が明らかになったと思ったらもうひと捻りを加えたところが、さすが宮部さんです。読ませます。
 「二重身」は、東日本大震災直後の物語です。女子高校生から、東日本大震災時に失踪したままの母親の交際相手の行方を捜して欲しいとの依頼を受けて、杉村は調査を始めます。大震災時に東北に行っており、その後行方不明となっていれば、誰しも震災に巻き込まれたと思うのが当然ですが、その裏には実はという話です。
 前作まで登場していた喫茶店・睡蓮のマスター、水田が、なんと杉村の事務所近くに店を移転して(喫茶店の名前は「侘助」に変わりましたが)、この作品でも登場するほか、「二重身」では大家の三男坊・トニーがいいキャラを見せてくれます。今後のシリーズ参加に期待したいです。
 杉村がこの作品中でも、元妻の不倫は自分にも責任があったと言っていて、「お人好しもいい加減にしろ!」と腹が立ちましたが、元妻が登場して、杉村が彼女にそんなことを言うシーンがなかったことは、ホッとしました。このシリーズはまだ続きそうですが、とにかく、元妻には簡単に杉村の前に顔を出してもらいたくないなぁ。 
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三鬼 三島屋変調百物語四之続  ☆  日本経済新聞出版社 
 江戸は神田にある袋物店・三島屋の姪、おちかが人々の身に起こった不思議な出来事を聞くという形で描かれる三鳥屋変調百物語シリーズ第4弾です。表題作を含む4編が収録されています。
 冒頭の「迷いの旅寵」は江戸近郊の小森村からやってきた小作人の娘、おつぎが語り手です。殿様の子どもが亡くなり、春の訪れを神に教える村祭りに中止のお達しが出されます。しかし、村人たちは村に滞在していた絵師の考えにより一計を案じ、大事な祭りを行おうとしますが、絵師にはある思惑があり、彼の指図どおりに祭りの準備をしていたことが、恐ろしい事態を引き起こすこととなってしまいます。亡くなった者への思いをどう心の中で整理するのか、一人の男の行動に涙がにじみます。
 「食客ひだる神」は三島屋が花見の際に注文する仕出し弁当屋“だるま屋”の主人、房五郎が語り手です。評判を呼ぶほどのおいしい弁当なのに、花見シーズンが終わると秋口まで店を閉めてしまう理由を主人が語ります。百物語というと怖い話というイメージがありますが、これはちょっとコミカルな素敵な話になっています。
 表題作の「三鬼」の語り手は、お取り潰しになった藩の江戸家老だった村井清左衛門です。妹を辱めた男を殺めたことから代々の小納戸役の任を解かれ、山番士を命ぜられて洞ヶ森村にやってきた村井が経験した恐ろしい出来事が語られます。「食客ひだる神」とはがらりと雰囲気が変わります。山奥に暮らす者たちのあまりに辛い現実から引き起こされる怪異が胸を打ちます。「山鬼(さんき)」ではなく「三鬼]なのはなぜでしょうか。説明がありましたっけ?
 ラストの「おくらさま」の語り手は、若い娘のように振り袖を着た老婆・お梅。家は香具屋を営んでいたというお梅は自分の家が代々娘の一人が“おくらさま”という家の守り神にならなければならないという決まり事があり、ある大火事のときの不思議な出来事を語ったかと思うと姿を消します。娘を守るためにしきたりを破ろうとした婿の行動を誰も責めることはできません。
 この「おくらさま」は、不可思議な出来事を描くこととは別に、シリーズの重要な登場人物の退場と今後のシリーズの常連になるであろう人物の登場が描かれるており、シリーズの転機となる作品となっています。果たしてお勝の言葉はいったいどういうことを指すことになるのでしょうか。大いに気になります。 
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この世の春  上・下  ☆ 新潮社
 名君と言われた藩主、北見成興の突然の死により、北見藩2万石の藩主の座についた重興だったが、御用人頭の伊東成孝を重用し、彼が権勢を思うままに振るうことを許していたことに反発した家老衆によって“主君押込”がなされ、伊東は失脚し、切腹する。元作事方組頭である父親の元に出戻っていた各務多紀は、従兄弟の田島半十郎によって藩主の別邸である五香苑に連れてこられたが、そこには前藩士の重興がいた。そこで多紀は元江戸家老石野織部から、今回の“押込”は単に伊東の専横だけでなく、重興の精神錯乱がその理由にあったことを聞かされる。多紀がここに連れてこられた理由は、16年前に起こったある里の皆殺し事件と多紀の亡母の生まれが関係していた・・・。
 座敷牢に閉じ込められた元藩主の元から時々聞こえる子どもと女性の声は何なのか。現代の医学では解離性人格障害などの診断が下されるのでしょう。しかし、ときは江戸時代。そんな知識もない時代であれば、憑き物・怨霊と思ってもやむを得ないでしょう。ましてや、宮部さんのこれまでの時代小説には憑き物・怨霊も登場していますから、果たして読者はどう考えていいのか、宮部さんはなかなか正解を示してくれません。
 そこには16年前の事件の真相が関わっており、なおさら憑き物なのかとも思います。更には主治医の白田登を助けて重興の病気を治そうとする多恵たちの前に重興の命を狙う者も現れるのですが、これが、そんなに北見家が憎いのかと思うほどの憎悪で向かってきます。そこらの怨霊より恐ろしい存在でした。
 サイコホラーにサスペンス、その上ミステリの要素もあって(そして、カバー絵からもわかるように恋愛小説でもあります。)、ページを繰る手が止まりませんでした。いやぁ~おもしろかったです。上下巻併せて800ベージにわたる物語でしたが、3日で読了しました。
 多紀に半十郎、石野織部等登場人物がそれぞれに印象的だったのですが、中でも火事で顔から身体の半身にやけどを負いながら、健気に精一杯生きているお鈴は一番印象に残ります。相変わらず、宮部さんに子どもを書かせるとうまいですよね。そして、出番は少ないながらも重興の元奥方、本当に素敵な女性です。
※御用人頭の伊東成孝だけは、この物語の重要人物かと思っていたら、あの突然の退場ではあまりにあっけない気がします。
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あやかし草子 三島屋変調百物語伍之続  ☆  角川書店 
(ちょっとネタバレ)
 シリーズ第5弾です。5編が収録されています。
 前作「三鬼」のラスト「おくらさま」でおちかが思いを寄せていた青野利一郎と別れて半月が経ちました。おちかの気持ちを考え、百物語を聞くのはまだいいという三島屋の皆に対し、待っている人のためにおちかは黒白の間に出ることを決心します。今回から隣の間に控えているのはお勝だけでなく、身体を壊して奉公先から帰ってきた三島屋の次男坊・富次郎が加わり、「だんまり姫」からは富次郎はおちかと一緒に話を聞くようになります。
 最初の「開けずの間」(「開かずの間」ではありません。)は、どんぶり飯屋の主人・平吉が語る話。平吉が子供の頃、嫁いでいた質屋を離縁されて実家に帰ってきた姉が、嫁ぎ先においてきた子ども会いたさから、家に行き逢い神を招き入れてしまったことから起こる悲劇が語られます。願いを叶えるためにはそれに見合うものを差し出さなければならないのに、目の前の欲望に負けてしまうのは人間の性でしょうか。入るときの行き逢い神の小袖 だった着物が出ていくときは真っ赤な振り袖だったというのは怖いですねえ。
 「だんまり姫」は、江戸見物に来た紙問屋美濃屋の婿養子の母・せいが語る話。魔物を呼び寄せる“もんも声”という声を持って生まれた彼女が、一言も口をきかないお城の姫君に仕えたときの不思議な出来事が語られます。この物語は何と言っても“〇”を持つせいのキャラが魅力的です。お城に奉公に上がるときも、何かあったら魔物を呼んで騒ぎを起こして逃げればいいやなんて思うそのおおらかさに惹かれます。
 「面の家」は、性分の悪いところが奉公人に向いていると言われ、ある家に奉公した少女・お種が語る話です。悪しき魑魅は人の間に交じって跳梁するために面の形をとっていることが必要というのはむべなるかなですね。
 「あやかし草紙」は、三島屋に出入りの貸本屋・瓢箪古堂の若主人・勘一が語る話です。店を手伝い始めたばかりの頃、瓢箪古堂が貸本の写本をお願いしている浪人の栫井の身に起こる話が語られます。また、もうひとつ、老婆による全く関係ない別の話が語られるのですが、実はこの話と先の話を絡めて、ラストでシリーズの転機になる出来事が描かれます。「おくらさま」でお勝が言っていたことはこれだったんですね。
 最後の「金目の猫」は、三島屋の長男である伊一郎が語る話です。これを聞くのは次男坊の富次郎。シリーズの新たな展開の幕開けとなるといっていいのでは。ラストには以前何度か登場した、あの世とこの世をつないで商売をする“商人”も顔を見せます。
 相変わらず、宮部さんうまいなあと言わざるを得ません。グイグイ物語の中に引き込まれて600ページ近い大部でしたが、あっという間に読み終えました。 
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昨日がなければ明日もない  ☆   文藝春秋 
 杉村三郎シリーズ第5弾です。前作「希望荘」で私立探偵事務所を立ち上げた杉村が、本格的に動き出します。といっても、所員は杉村一人ですし、着手金は敷居が高くならないように5千円ですから、そんな大きな事件が転がり込んでくるわけがないと思ったのですが・・・。収録されているのは3編。どれもが依頼人は女性。そして描かれるのは、あまり関わり合いたくない女性たちです。
 冒頭の「絶対零度」は、この作品集の中で半分近くのページ数を占めるメインとなる作品です。娘が自殺を図って入院したというのに娘の夫が自分に会わせてくれず、娘からも連絡がないと嘆く母親からの依頼から始まります。杉村が調査を始めると、夫は不審な行動を見せるし、不倫関係にあるような女性も登場し、これは、妻は自殺未遂ではなく、夫からの暴力で瀕死の重傷でも負っているのではと予想したのですが、まったく意外な展開となりました。杉村の調査が進むに従って、その裏に大きな事件が隠されていたことがあぶり出されていきます。
 今年は体育会系のクラブで不祥事が発覚しましたが、上下関係の中で先輩に命令されれば断れないという体育会系のクラブの嫌な一面がこの作品にも描かれます。胸糞悪い男たちと、そしてそんな男のために何でもやり、その行動を責められれば、自分は悪くない、男がいけないと責任転嫁をするこれまた胸糞悪い女が登場し、読んでいて腹立たしくなります。非常に後味悪い作品です。
 それにしても、相変わらず、杉村は優しすぎます。やむに已まれず罪を犯した男のために泣くなんて、いつかまた痛い目にあいそうです。
 「華燭」は、近所に住む女性から、仲たがいしている妹の娘(姪)の結婚式に自分の娘と代わりに出席して欲しいと頼まれることから始まります。当日会場に着くと、式場は大混乱。隣の式場からは花嫁がいなくなり、姪の式場には新郎の元カノが現れ、結局両方の結婚式はお流れに。二つの結婚が破談になった裏側に隠された事実を杉村が明らかにしていきますが、犯罪が起きる訳でもなく、収録された3編の中ではちょっと雰囲気の異なる作品です。ただし、ここにも“困った女性”が登場しますが。
 表題作の「昨日がなければ明日もない」では、別れた夫が親権を持つ息子が預け先で交通事故にあったので、損害賠償請求をしたいと、大家の孫娘の元同級生の母親が杉村に依頼してきます。この母親が身勝手なシングルマザーで、着手金の五千円を報酬が全部で5千円と自分でいい様に理解するし、とにかく他人の迷惑など知ったことじゃないという女性。この女性の身勝手な行動が周囲の人を巻き込んで悲惨な事件を起こします。血縁であるがゆえに関係を断ち切れずに、こんな女性に翻弄される家族があまりにかわいそう。
 今回初登場の警視庁捜査一課継続捜査班の立科警部補ですが、なかなか印象的なキャラクターです。今後も杉村と関わってきそうです。 
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さよならの儀式  河出書房新社 
 8編が収録された宮部さん久しぶりのSF短編集です。
 8編の中では、個人的には「戦闘員」、表題作である「さよならの儀式」、そして「保安官の明日」、が印象に残りました。
 「戦闘員」は80歳を過ぎた老人・藤川達三が主人公。ある朝散歩の途中で、駐車場に設置されている防犯カメラを壊そうとしている少年を見つけ注意する。その後、街中にある防犯カメラが気になりだした達三は、再会した少年から驚くべき話を聞く。妻を亡くし孤独な老人だった達三のラストの決意に拍手したくなる一作です。
 「さよならの儀式」は長年一緒に暮らしてきた家庭用ロボットとの別れを描いた作品です。これは宮部さん、ずるいです。涙が零れてきてしまう一作です。
 「保安官の明日」は人口823人の小さな町“ザ・タウン”で保安官をする男が主人公。SF作品集の1編でありながら“保安官”とはSFらしからぬ、ちょっと毛色が異なるなあと思ったら、あるSF映画を思い起こさせる設定でした。“ザ・タウン”の成り立ちがそういうことだったとは。
 2編以外では、「わたしとワタシ」。45歳の“わたし”とタイムスリップしてきた高校生の“ワタシ”の出会いをユーモラスに描く作品です。今の自分を否定する“ワタシ”には会いたくないですね。 
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黒武御神火御殿 三島屋変調百物語六之続  毎日新聞出版 
 “三島屋変調百物語”シリーズ第6弾です。前巻まで変わり百物語の聞き役を務めていたおちかが貸本屋の瓢?古堂の勘一に嫁入りし、今作からは三島屋の次男・富次郎がおちかに代わって聞き役を務めます。
 最初の「泣きぼくろ」の語り手は、語り手を三島屋に送り込む口入屋の灯庵が、聞き役となったばかりの富次郎の肩慣らしにと気を遣ったのか、富次郎の幼馴染で豆腐屋の“豆源”の八太郎。仲の良かった大家族がある怪異な“もの”によって崩壊していく様子が語られます。その正体は何だったのかが結局明らかにされないところが読者としては消化不良です。
 「姑の墓」の語り手は絹物商の妻の花。なぜかその家の女性だけは登ってはいけないという祖先からの言い伝えがあった桜の名所の丘に登ったがゆえに家族が不幸に陥る様子が語られます。この怪異の正体はなぜここまで嫁に危害を加えるのか、理解できないです。理解できないが故の怪異なんでしょうけど。
 「同行二人」は、若い頃飛脚として街道を走っていた男・亀一が語り手となります。子どもの頃逃げ足の速さを買われて飛脚屋に入った亀一は、嫁ももらい子どももできて幸せな日々を送っていたが、流行り病で妻子と両親を亡くしてしまい天涯孤独となる。失意の中、街道を走る亀一の後ろを付かず離れずで怪異な“もの”がついてくるという話です。
 表題作である「黒武御神火御殿」は、300ページを超える作品で、これだけで1冊の本となり得る厚さです。語り手となるのは、博打にのめり込んでしまった札差の三男坊・甚三郎。彼は博打をする金の無心に乳母のもとへ行く途中道に迷い、見知らぬ屋敷に迷い込んでしまう。その屋敷で甚三郎同様迷い込んだ老人の亥之助、女中のお秋と出会い、三人で抜け出そうとするが、なぜかその屋敷から抜け出すことができない。更には・・・。家から抜け出せないというのは、よくあるホラー作品のパターンですね。そういう意味ではありきたりなホラーですが、そこはストーリーテラーの宮部さんですから、それに、江戸時代は禁制であったキリスト教が関わってくるという話を加えて、更に恐ろしさを醸し出しています。読み応えのある作品です。
 まだまだ、聞き手としては初心者で、いまひとつ頼りない感じの富次郎ですが、この後経験を重ねるにしたがってどう変わっていくのかも興味があるところです。この作品にはおちかも登場しており、シリーズファンとしては嬉しいところです。
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きたきた捕物帖  ☆  PHP研究所 
(ちょっとネタバレ)
 舞台となるのは江戸時代。深川一帯を縄張りにする岡っ引きの千吉親分がフグの毒にあたって急逝する。千吉の遺言で岡っ引きは手下に継がせず、本業の文庫売りは一番年かさの手下であった万吉夫婦が後を継ぐこととなる。千吉の手下で一番若い北一は16歳。幼い頃迷子となり千吉夫婦に育てられた北一は、万吉から文庫を卸してもらい、文庫の振り売りをして暮らすこととなる。北一が住むこととなるのは「桜ほうさら」の笙之介が住んでいた富勘長屋・・・。
 4話が収録された連作短編集です。
 冒頭の「ふぐと福笑い」は、シリーズ開始に伴う北一たちの人間関係が描かれるとともに、材木屋に代々伝わる「呪いの福笑い」の話が語られます。ずっとしまってあった福笑いを見つけた材木屋の子どもが、それで近所の子どもたちと遊んでしまう。するとそれからその子どもが大やけどをしたり、祖母の目にものもらいが生じたりと不幸が続き・・・。目が見えないがゆえに研ぎ澄まされた注意力を発揮するおかみさんの活躍編です。
 「双六神隠し」は、駒が止まるところに“はれもの”“きんいちりょう”“かみかくし”などと書かれた不気味な双六の話。道に落ちていた双六で遊んだ子どものひとりが神隠しにあってしまう。しばらくして戻ってきたが、その後別の子どもが姿を消してしまう。その双六には“はれもの”“きんいちりょう”“かみかくし”などの表記が・・・。ホラーかと思ったら、人情噺でした。
 「だんまり用心棒」は、北一の相棒となる喜多次の登場編です。若い女性を弄ぶ男を諫めた差配人の富勘が逆恨みでかどわかされ、北一に身代金を持ってこさせるようにとの投げ文がなされる。富勘を心配する北一の長屋に以前出会った風呂炊きの喜多次がやってきて、犯人を捕まえて富勘を助けに行こうと言う。
 「冥途の花嫁」は、亡くなった妻の生まれ変わりだという女性が現れる話。北一がお祝いの文庫を請負った味噌問屋の跡取りの祝言の日に、死んだ妻の生まれ変わりだという娘が現れ、祝言はめちゃくちゃとなる。騙りだというおかみさんに、北一は自分に任せてくれと言う。北一は喜多次の助けを借りて一計を案じるが・・・。
 題名の「きたきた捕物帖」の“きたきた”というのは、この物語の主人公である北一と「だんまり用心棒」から登場した喜多次のこと。あっという間に人を気絶させたり、家の中に密かに侵入することができる喜多次の正体はいったい何者なのか、謎を抱えながらシリーズ化がなされるようです。
 差配人の富勘や笙之介が絵を描いていた村田屋の治平衛も登場するほか、「初ものがたり」に登場する稲荷屋の親父の正体が明らかになるという、宮部ファンにとっては嬉しい他作品とのリンクもあります。
 目が不自由にもかかわらず、夫だった千吉親分のような名推理と行動力を見せる親分のおかみさんの松葉、旗本の用人でありながら、気安く千吉にも声をかける青海新兵衛、年齢も家族関係も明らかではない深川一帯の差配人の勘兵衛、通称“富勘”、今回は姿は見せなかったが、千吉の文庫づくりを起用に手伝ってしまう椿山家の若殿など、千吉の周囲にいる人たちも非常に興味深いキャラが揃っており、読んでいて楽しい1作です。 
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魂手形 三島屋変調百物語七之続  ☆  角川書店 
  シリーズ第7弾です。聞き手がおちかから三島屋の次男坊・富次郎に変わって2作目となる今作は3編が収録されており、これまでのように厚くはありません。
 冒頭に置かれたのは「火焔太鼓」。国元から殿の出府に付き添って江戸にやってきた侍がまだ子どもの頃に経験した出来事を語ります。藩に伝わるその太鼓を鳴らせばどんな火事も広がらないとされる神器“火焔太鼓”と、おおぼらけ沼に住むぬし様と呼ばれる生き物のことが語られます。これは本当に切ない話です。藩のために己を捨て、藩のために生きる武士の覚悟が描かれています。ある人物が藩から出奔したのは、元々その藩の家の出でないことから、“覚悟”がなかったからでしょう。武士とはそこまでしなくてはならないものでしょうか。武士は辛いですよねえ。
 「一途の念」は、富次郎が好きな屋台の串団子を売るおみよが語り手。患っていた母親が亡くなったときに「やっと死んでくれたぁ、おっかさん!」と言ったおみよの気持ちが明らかにされます。これもおみよの母の人生を思うとあまりに切ない話ですが、ラストは未来を感じさせる展開となっており、ほっとします。
 表題作である「魂手形」は3編の中では一番長い作品です。語り手は隠居の粋な老人の吉富。50年前、木賃宿の息子だった吉富が15歳の時に経験した不思議な出来事を語ります。この物語は、もちろん不思議なあるいは怪奇な現象を語る百物語としてのおもしろさでもあるのですが、それ以上に読者に強烈な印象を与えるのは吉富の義母となったお竹です。大女で口は悪く、奉公人で来たその日に自分の気分で吉富を曲尺で叩こうとした祖母を一喝したり、吉富の前に現れた幽霊から身を挺して吉富を守ろうとするなど、見た目と違って優しい人柄です。まさしく肝っ玉かあちゃんという感じです。
 物語は通行手形の代わりに赤い蠟で封がされた文書を持つ七之助と名乗る旅人の正体が明らかにされ、その後に吉富の身に起きた突拍子もない出来事が語られていきます。前半の怖さに対しここは痛快な出来事ですね。
 この作品の中では三島屋に起きるある吉事も描かれますが、これは次作でも語られるのでしょう。また、謎の商人も登場し、気になる言葉を残します。早く次が読みたいです。
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よって件のごとし 三島屋変調百物語八之続  ☆  KADOKAWA 
 三島屋変調百物語シリーズ第8弾です。聞き手がおちかから三島屋の次男坊の富次郎になってから3作目となります。
 「賽子と虻」は賭け事が好きな神様をまつる村で起こった出来事を描きます。その村に住む餅太郎は手作りの編み込み草鞋を売りながら家族でつましい生活を送っていた。ある日、姉が仲買問屋の一人息子に見染められて嫁に行くことになるが、それを妬んだ何者かによって呪いをかけられてしまう。姉は食べ物の中に虻が見えるようになり、食事をとることができなくなって衰弱し、婚姻の話は解消となる。餅太郎は姉を助けようと、餅太郎には見えない呪いの虻を飲み込むが、突然現れた巨大な虻によって神たちの集まる賭け事の里へ連れてこられてしまう。そこで餅太郎は姉が彼のために神にお供えした賽子のキリ次郎とともに生活することになるが・・・。
 「土鍋女房」の語り手は、兄と弟とともに渡し船の仕事をしているとび。ある日、村の大きな商家から兄へ娘との縁談話が持ち上がるが、兄は決して首を縦に振らない。そんなある夜、目を覚ましたとびは兄が土鍋に向かって話しているのに気づく。その土鍋はいつの間にか渡し船の中に現れ、持ち主がわからないままのものだった・・・。
 おちかの出産の前にして、しばらく百物語を休止する前の最後の話が表題作の「よって件のごとし」です。ゾンビにパラレルワールドというホラーとSFの融合した作品です。奥州久崎藩の宇洞の庄にある夜見ノ池から水死体があがるが、突然動き出して人々に襲い掛かる。その池から現れた娘・花江の話によると、池は別世界の羽入田村の黄泉ノ池に繋がっていて、羽入田村では、ときに「ひとでなし」といういわゆるバケモノが発生するときがあり、花江はバケモノになって池に落ちた父親を追ってきたという。○や○は、○村で起こっているゾンビ騒動から村人を助
けに行こうと立ちLがります。宮部版ゾンビ作品です。動きのゆったりとしたゾンビ
や走るゾンビなど麻りだくさんです。別の世界の村人たちを助けに行こうとする宇洞の庄の男たちの男気がかっこいいですね。助け出した村人たちのその後の運命が悲しいですけど。
 今作では三島屋の跡取りで、今は外に修行に出ている富次郎の兄である伊一郎も登場。おちかの出産を前にしておしまが瓢箪古堂に行くなど、新たな局面に入っていきそうです。 
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ぼんぼん彩句  角川書店 
 俳句の世界に魅せられた宮部さんが仲間と作ったボケ防止のためのカラオケの会のメンバーと始めたボケ防止句会で生まれた俳句をタイトルにして書かれた12の短編小説が収録されています。
 披露された句に会員たちが込めた思いに関わらず、宮部さんがその句を宮部さんなりに解釈して創作した物語となっています。12編の中で個人的に印象的だったのは次の5編。
 「鋏利し庭の鶏頭刎ね尽くす」・・・揃いも揃って異常な家族のもとに嫁入りした女性。離婚にあたっての嫁の意
趣返しに拍手を送りたくなります。でも、この家族、きっとその後も変わらないので
しょう。
 「散ることは実るためなり桃の花」・・・娘の夫の浮気現場を目撃した母は、娘に忠告するが、娘はそれは夫の単
なる気分転換だという。どうしてわからないのかなあと母親側の立場に立ってイライラしてしまうほど腹立たしい話。
 「山降りる旅駅ごとに花ひらき」・・・家族の中で除け者にされてきた春恵。祖父が亡くなり相続手続きのために家族旅行で利用していた温泉宿に集まることになる。そこで春恵は女将から驚きの話を聞く。最初は暗い話でしたが結果オーライの話です。こんな酷い家族もいるんですかね。
 「薄闇や苔むす墓石に蜥蜴の子」・・・引っ越した家の裏山に冒険に行ったケンイチは、そこで虫眼鏡を見つけて警察に届ける。ところがその虫眼鏡が5年前に行方不明になった少年の持ち物だったことがわかり、大騒ぎとなる。少年の冒険譚かと思ったら怖ろしい話になりました。
 「薔薇落つる丑三つの刻誰ぞいぬ」交際を始めたケイタがとんでもない危険な男だと知ったミエコは彼と別れようとするが、彼とその仲間によって幽霊が出るという廃病院に拉致される。幽霊の姿に驚いて逃げたケイタに置き去りにされてしまう。幽霊登場でホラーになるかと思ったら、ラストは温かい気持ちになります。 
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青瓜不動 三島屋変調百物語九之続  ☆  角川書店 
 “三島屋変調百物語”シリーズ第9弾です。4話が収録されています。
 おちかの出産を前に落ち着かない毎日を送っている富次郎の前にかつて三島屋を押し込みから助けてくれた行然坊がやってくる。おちかが出産するまでは百物語を休んでいる富次郎だったが、行然坊はおちかのために語り手を寄こすという。やってきたのは、“うりんぼ”様と呼ぶ不動明王像を背負ったいねと名乗る女性。彼女は不動明王像にまつわるある女性の話を語ると、不動明王を置いて帰っていく・・・。彼女の語る話がどうおちかの安産に関係してくるのかというと、日頃人との争いごとが苦手な富次郎がおちかのために奮闘します(「青瓜不動」)。
 百物語を再開した富次郎の元にやってきたのは兄・伊一郎の周旋による丸升屋の三男坊・文三郎。彼は祖父から聞いた一族の昔話を語ります。味噌と土人形づくりで生計を立てていた村に新たにやってきた悪代官は私腹を肥やすために自分に意見する村長たちを連れ去ってしまう。村と取引のあった味噌醤油問屋で働く文三郎の先祖の文一は村を訪れた際に、代官の非道を見て、命からがら戻って主人に見たことを話す。その甲斐あって悪代官は放逐される。その後、村に行った文一は村娘のおびんから武者の土人形を与えられ、文一が今回の騒動の際に死を覚悟した数だけこの武者の土人形は文一だけでなく、その子孫を守るという・・・。文三郎の口からそれからの文一一族の危機を救う武者人形の活躍が語られます(「だんだん人形」)。
 第三話は黒白の間で語られる話ではありません。富次郎が田楽を買うために出かけた際に池之端の町筋の一角にひっそりと看板を掲げている骨董屋で見かけた絵師の話です。骨董屋に筆を預けていた絵師が骨董屋からその筆を持ち出し、挙句の果て、へし折ると口に突っ込んで噛み砕き飲み込んで絶命する。その筆は実は・・・という、収録された4編の中では一番短いですが、一番ホラー色が強い作品です(「自在の筆」)。
 第四話の語り手は右腕のない門二郎という男。捨て子だった門二郎は豊かな豊ノ国で網元の家で養われていたが、12歳のとき“子合わせ屋”の千三によって御劔山の狭間村に連れられ、生活することとなる。狭間村には火に強いヤマワタリという山鳥の雛の羽毛と生薬の材料になるその卵の殻という宝があり、門二郎はナナシと名乗る子とコンビを組んで羽毛と卵の殻を集める仕事をしていた。だが、その村では連れられてきた捨て子たちはある歳が来ると、村から出ていくきまりとなっていた。しかし、門二郎はその村で唯一村出身ではなく外との窓口となって働く老人・増造の後釜としてその村に残ることとなる。だが、突然御劔山が噴火して大騒動となる・・・。なぜ、雨の降らない村だったのか、なぜ外から来た捨て子たちはある程度の年齢になると村を出て行くのか等々の謎が御劔山の噴火で明らかになってきます(「針雨の里」)。
 おちかが出産し、筆をおいた富次郎が再び筆を執ることを決心する、ある意味ターニングポイントとなる一作です。 
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子宝船 きたきた捕物帖  ☆  PHP研究所 
 ヘタレで半人前の岡っ引き見習いで“朱房の文庫”を売る北一と、登場シーンは少ないですが、湯屋の釜焚きの喜多次の活躍を描くシリーズ第2弾です。
 酒屋の伊勢屋源右衛門が宝船の絵を子どものできない夫婦に描いて贈ったところ子どもができたことから評判を呼び、子どもが欲しい夫婦から絵をかいてもらいたいという注文が殺到する。ところが、あるとき源右衛門が絵を描いて贈った先で生まれた子どもが相次いで死亡し、源右衛門が描いた絵から弁財天が抜け出すという噂が世間を駆け巡ったことから、源右衛門を非難する声が上がる・・・(「子宝船」)。
北一がいつも利用していた弁当屋の一家3人が毒殺される。北一は事件の騒ぎの中、犯行があった弁当屋を見ている不審な女に気づくが、女は姿を消してしまう(「おでこの中身」「人魚の毒」)。
 このシリーズは半人前の北一が事件に一所懸命取り組み、少しずつ成長していくところ、そして、その過程に謎めいた過去を持つ喜多次が関わっていくところが読みどころとなっています。また、このシリーズは宮部さんの他作品「桜ほうさら」や「初ものがたり」とのリンクがありますが、今作には“ぼんくら"シリーズの政五郎親分と“おでこ"こと三太郎が登場します。相変わらずおでこの中に膨大な資料を蓄え、今では奉行所の資料係の補助として働いているという成長した姿を知ることができたのは嬉しいです。また、今作では謎めいた喜多次の正体が少しだけ明らかにされているのも、今後の展開が期待されます。 
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