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三浦しをんの本棚

  1. まほろ駅前多田便利軒
  2. 風が強く吹いている
  3. きみはポラリス
  4. 星間商事株式会社社史編纂室
  5. まほろ駅前番外地
  6. 天国旅行
  7. 仏果を得ず
  8. 舟を編む
  9. まほろ駅前狂騒曲
  10. 神去なあなあ日常
  11. 神去なあなあ夜話
  12. あの家に暮らす四人の女
  13. ののはな通信
  14. エレジーは流れない

まほろ駅前多田便利軒   文藝春秋
 初めて読んだ三浦しをんさんの作品です。
 東京のはずれに位置する“まほろ市”(これはどうも町田市がモデルのようですね。)の駅前で多田便利軒という名前の便利屋を営む多田。ある日多田は仕事帰りに高校時代の同級生行天に出会い、彼を事務所に寝泊まりさせることになってしまう。
 高校に入学してから卒業するまで声を発したのはただ1回という変人、今ではちゃらんぽらんで、暴力的な男だが、どこか謎めいている行天。一方、人との繋がりを必要とする便利屋という商売をしながら、人との関係を疎んじている多田。ペットの世話、小学生の塾の送り迎え、恋人の代行など便利屋の仕事をする二人の周囲で事件は起きます。単に便利屋の仕事をする中で関わってくる事件の解決だけではなく、物語の底に隠されている、友達とは言えない多田と行天の不思議な関係は実は・・・という話(ホモではありませんよ)に加え、そんな彼ら二人が心の中に傷を持っていることが次第に明らかとされてくる展開にはページを捲る手が止まりませんでした。
 彼らが出会う自称コロンビア人娼婦のルルとハイシーや麻薬密売人の星など、登場人物があまりに劇画的ですが、そう感じるのも各章の初めに書かれている挿絵も一因かもしれません。あまりに劇画的な挿絵です。ただ、話の内容からすれば、挿絵の二人はあまりに格好良すぎる気がしますね。
 非常にテンポのよい文章で、内容のおもしろさだけでなく、スラスラ読むことができます。最後は希望のある終わり方。二人のコンビをシリーズ化してもおもしろいのではないでしょうか。
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風が強く吹いている  ☆ 新潮社
 三浦しをんさんの直木賞受賞第一作です。
 駅伝といってすぐ頭に思い浮かぶのは、正月の箱根駅伝です。正月といえば、コタツに入ってミカンでも食べながらテレビで箱根駅伝を見るのがこのところの正月の過ごし方になっています。不思議なんですが、どうしてただ走っている選手を映しているだけのテレビを夢中になって見てしまうのでしょうねぇ。
 三浦さんの新作は、この箱根駅伝を目指す大学生たちを描いた青春小説です。本当にど真ん中真っ直ぐの青春小説です。
 人に強制されるのではなく、自分から走りたいと思い、駅伝の有力大学からの誘いを断って駅伝では無名の大学に入学した清瀬灰二。一方才能がありながら、人との付き合いがうまくなく、ついに監督を殴って陸上エリートの道を捨てた蔵原走。清瀬が4年生になって新入生の蔵原と出会ったことから、箱根を目指す彼らの物語が始まります。
 そんなに簡単に箱根駅伝に出場できるわけがない、そうでなければ実際に箱根を目指して努力をしている選手たちがかわいそうだなどと思いながら読み始めたのですが、いやぁ~おもしろい。そんな思いを忘れさせるほどのおもしろさです。10人だけで箱根を目指すという突飛もない計画、清瀬に半強制的に駅伝を始めさせながらも、しだいにそれに打ち込んでいくアパートの住人たち、かつての同級生との確執、仲間内で心のすれ違い等々、様々な紆余曲折を経てラストは箱根駅伝を迎えるというストーリー自体は、ありふれた流れの話かもしれません。しかし、三浦さんの筆力のせいでしょうか、ぐいぐい物語に引き込まれます。
 蔵原と清瀬のほかのメンバーは、在学中に司法試験に合格したユキ、片時もマンガを離さない王子、クイズ番組に夢中のキング、国費留学生のムサ、双子のジョータとジョージ、強烈なスモーカーのニコチャン、田舎の秀才神童。彼ら10人のキャラクターがそれぞれ見事に書き分けられていていいですねえ。ラストの箱根駅伝本番でそれぞれの区間をそれぞれの思いを抱いて走る10人が描かれますが、この場面がまたいいんですよね。読んでいて何度も目頭が熱くなってしまいました。
 今の時代、“青春”なんて言葉を使うことは気恥ずかしいと思うかもしれません。でも、こんな“青春”を過ごすのもいいかもしれないなと思わせる作品でした。オススメです。
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きみはポラリス 新潮社
 恋愛をテーマにした11編からなる短編集です。テーマとなる恋愛もさまざまです。「骨片」という、これは勘弁だなあと思う作品から、「春太の毎日」のようなコミカル作品までさまざまな恋が描かれますが(「春太の毎日」も恋なんでしょうね?)、男女がいれば恋は芽生えるもの。原稿の注文も「恋愛」のことばかりなのも当然でしょう。
 しをんさんらしいと言ったらいいのか、恋愛といってもあまりベタベタした甘ったるい感じのものはありません。しをんさんらしいといえば、一番なのは間に9つの話を挟んだ最初の「永遠の完成しない二通の手紙」と最後の「永遠につづく手紙の最初の一文」でしょう。「永遠の完成しない~」は、ラブレターを書く手伝いをしろとアパートにやってきた寺島に、嫌々ながらもアドバイスをする岡田。ラスト、あれ?これはと読者に思わせながら、物語は終わります。このラスといいですねぇ。そんな読者の「あれ?」をはっきりさせたのが最後の作品「永遠につづく~」です。これは二人の高校生のときの物語。こちらは、岡田の気持ちがよりストレートに描かれています。この2作、発表誌は別々ですが、セットであってより生きてきます。これもまたひとつの恋の物語です。この短編集の中で一番好きな作品です。
 しをんさんが自分で勝手に設定したテーマを「自分お題」として掲げていますが、「私たちがしたこと」の自分お題「王道」には納得。恋愛の王道はやっぱりこうなるのでしょうね。
 収録された短編の題名にない「ポラリス」って何だろうと思ってWebで調べると、『「ポラリス」とはこぐま座で最も明るい恒星である。』とありましたが、結局は北極星のことなんですね。ラテン語のようです。
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星間商事株式会社社史編纂室  ☆ 筑摩書房
 帯に書かれた主人公の紹介にあった「腐女子」って何だ?国語辞典には載っていそうもないので、さっそくインターネットで検索。こういうときはインターネットは便利です。というわけで検索すると、「腐女子」とは、「やおい」や「ボーイズラブ(BL)」を好む女性の総称だそうです。さてさてまたまたわからない言葉が出てきてしまいました。「ボーイズラブ」については、さすがに男性同士の同性愛を題材とした女性向けの小説や漫画のジャンルのことであることは知っていましたが、「やおい」というのも同義なんですねえ。直木賞を受賞した「まほろ駅前多田便利軒」でもそうした雰囲気がありましたが、三浦さん、好きなんですね。このあたりのことは僕自身は理解できませんが、それはともかく、作品自体は面白く読ませてもらいました。
 仕事ができながら昇進を固持し、同人誌を作ってコミケに参加する時間欲しさに、夜と週末は必ず体があく仕事を望んだら社史編纂室に飛ばされた幸代、営業部にいながらある海外での仕事を断ったためにやはり社史編纂室に飛ばされたみっこちゃん、専務の愛人に手を出したため秘書室から飛ばされた矢田、定年間近でやる気のない本間課長、そして姿を一度も見せたことのない幽霊部長と社史編纂室に集まった社員は誰も個性的で愉快です。
 本間課長が幸代が職場のコピー機を使ってコピーしていた同人誌(実はBL小説)を見たことから、突然社史編纂室でも同人誌を作ろう!ということになってから起こる騒動を描いていきますが、社史を作るために会社の過去を調べようとすると、邪魔が入ったりと、ちょっとミステリーっぽいところもあります。なかなか姿を見せない部長については、いったい正体は誰だろうとあれこれ考えて興味深々だったのですが、登場したときにはその正体に拍子抜けしてしまいました。課長もそのアホ面の裏にはどんな顔が隠されているのだろうと思ったら・・・、う~ん、三浦さんにミステリを期待したのがそもそも間違っていました。あくまでもミステリっぽいだけのことであって、三浦さんの真骨頂は笑いの方ですよね。
 あまり深く考えずに楽しむには最適な作品です。作中作として幸代が書いたBLも好きな人には楽しめるでしょうし(笑)、おすすめです。 
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まほろ駅前番外地  ☆ 文藝春秋
 第135回直木賞を受賞した「まほろ駅前多田便利軒」の続編です。まほろ駅前で便利屋を営業する多田と彼のところに転がりこんだ高校の同級生・行天との奇妙な関係と彼らのもとに持ち込まれる変な仕事を描いた前作でしたが、今回は“番外地”と銘打ってあるように、多田・行天の物語だけではなく、前作の脇役陣が主人公となる作品も収録されています。
 前作に登場したまほろ駅裏通りで働く娼婦のルルとハイシー、若いやくざの星と清海、多田が学習塾への送り迎えをした田村少年、曽根田のばあちゃん、バスの運行にこだわる岡老人が再登場、ただでさえ、行天という特異なキャラがいる中に、個性豊かな人々の登場で今回も賑やかな話となっています。
 ただ、今回は、脇役陣の視点で描かれる話もあり、そこでは彼らの生活や心情が描かれていきます。彼ら脇役から見た多田や行天の姿が描かれるのもおもしろいところです。そのなかで、これが一番というのが「岡夫人は観察する」です。長く連れ添った老境の夫婦の妻の気持ちが見事に描かれています。曽根田のばあちゃんが若い頃の恋を語った「思い出の銀幕」もおすすめです。
 最後の「なごりの月」では、多田の新たな恋の予感や、行天の過去の謎がほのめかされたりと、今後の新たな展開が期待される話となっています。続編が待たれますね。
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天国旅行 新潮社
 今まで読んだ三浦さんの作品とはちょっと趣が異なった7編からなる作品集です。
 「まほろ駅前多田便利軒」や「風が強く吹いている」等は、雰囲気的に明るい作品といっていいでしょうが、今回はなにせ「"心中"を共通のテーマにした短編集」とありますから、"明るい"というわけにはいきません。いつもの三浦作品を期待すると戸惑うかもしれません。とはいえ、直接"心中"ということが出てくるのは、夢の中で武士の妻となっている女性が主人公の「君は夜」と、一家心中で生き残った男性を主人公にした「SINK」の2編だけです(と、思うのですが?)。ただ、すべて"死"というものを扱っています。
 中でのお気に入りは、全編遺書の形を取っている、そのものズバリの「遺言」です。好きあって結婚しながら、歳を重ねるとともに次第に心が離れていった夫婦。ちょっと異常とも思えるような行動をする妻に対し、先立つものとして残す遺書のラストは、いい意味予想を裏切られました。「新盆の客」は、"死"をテーマにした作品の中では、ほのぼのとしたものを感じさせる不思議な話です。こういう○○が出てくる話って大好きです。
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仏果を得ず 双葉文庫
 高校の修学旅行で観た人形浄瑠璃・文楽に魅せられて文楽の世界に飛び込んだ青年・健の奮闘を描いた作品です。文楽という世界が非常に丁寧に描かれており、文楽を知らなくても十分に楽しむことができます。
 文楽という伝統的な、それゆえ地味な世界でありながら、この作品を面白おかしく読むことができるのは、登場人物がみな愉快なキャラであるからにほかなりません。主人公の健は、文楽を代々継ぐ家の息子であるならともかく、修学旅行で観ただけでこの世界に飛び込んでしまった若者。「こんな若者、実際にはいないだろう」と思いましたが、女性に一目ぼれしてしまうところはやはり普通の若者です。師匠の銀太夫は、人間国宝でありながら(つまり相当の年齢でもあるわけですが)、いまだに若い女の子の尻を追いかけているスケベ爺。相棒となる三味線弾きの兎一郎は、他人とコミュニケーションを取るのが嫌いな孤高の男ですが、ヨーグルトが異常に好きな変なキャラでもあります。そんな男たちが、文楽となると必死になって芸を極めようとするところがまた読ませます。
 健を愛する(?)真智とミラの親子も魅力的で、この物語に花を添えます。
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舟を編む  ☆ 光文社
 2012年本屋大賞ノミネート作品です。
 出版社の辞書編集部を舞台に、新たな辞書を発行するために奔走する社員たちの奮闘ぶりを描きます。物語は大きく分けて、新しい辞書の発行を企画した編集部に異動してきた馬締の仕事と恋を描いた前半と、それから13年後、編集部に新たに配属された岸辺みどりを主人公に出版に漕ぎ着けるまでの様子を描いた後半に分かれます。
 それにしても1冊の辞書を編纂するというのは大変なことですね。企画から発行に至るまでが13年以上かかるというのですから。主人公の馬締のように、ことばに対するこだわりがなくては、とても務まりそうにありません。そんな馬締と対照的ないわゆるチャラ男で女の子の尻ばかりを追う西岡ですが、意外にいいキャラをしていて愛すべき男です。この作品の登場人物の中では一番普通の男といえるのではないでしようか。
 ところどころに、彼らが言葉の意味を考える場面が出てきますが、それを読むと、普段何気なく使っていることばにもきちんとした意味があるということがよくわかります。「のぼる」と「あがる」の違いってこういうことなんだと改めて教えてもらいました。
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まほろ駅前狂騒曲  ☆ 文藝春秋
 シリーズ第3弾です。笑いあり、涙ありのシリーズ最高作と言っていい作品です。
 まほろの駅裏で娼婦をするルルとハイシー、バスが間引き運転をしていると多田便利軒にその調査を依頼する岡、まほろ市の裏の世界で生きる星、多田が学習塾への送り迎えを請け負った小学生の田村由良などシリーズお馴染みの顔も登場し、ファンとしては嬉しい限りです。
 今回は行天が精子提供をした三峯凪子から生まれた行天の生物学上の娘(!)「はる」を預かることになったことから、子ども嫌いの行天との間で起こる騒動を中心に、星から強引に依頼されたまほろ市で無農薬栽培の野菜を売り始めた怪しげな団体の調査や岡ら老人たちの起こした行動の中で、いつものように騒動に巻き込まれ、てんやわんやの多田、そして相変わらすのマイペースの行天が描かれていきます。
 前作の短編集の中で描ききれなかった異常なまでに子どもを嫌う行天の過去が明らかとなり、「キッチンまほろ」の女主人・柏木亜沙子と多田とのその後も描かれるなど、シリーズファンにとっては外すことができない作品となっています。
 瑛太さん・松田龍平さんのコンビでドラマ化されたこともあって、読みながら頭の中では二人が演じている場面が浮かびます。最初はちょっと若すぎるのではと思った二人のコンビが意外に小説の雰囲気に合っています。特に行天のイメージは松田龍平さんにピッタリです。
 笑いの中に、感動もありの素敵な1冊でした。ラストはこれで大団円というような雰囲気でしたが、きっと次もあるのでしょうね。次回、行天があんなこと(ネタバレになるので伏せます)ができるのか、大いに気になるところです。オススメです。
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神去なあなあ日常   徳間書店
 高校卒業に当たり、就職も決まっていなかった平野勇気は、担任と母親の策略(!)により、知らないうちに三重県の山の中の林業会社の見習社員として働くハメに。山仕事など何も知らない勇気は携帯電話もつながらない、もちろんコンビニなど一軒もない山の中の暮らしに、最初は脱走を図ろうとするが、お目付役のヨキに邪魔され、嫌々ながら林業に従事することとなる・・・。
 物語は、インターネットにつながっていないパソコンに勇気が打ち込んだ文章を読者が読むという体裁で語られるお仕事小説です。題名の「なあなあ」とは、舞台となる神去村で日常的によく使われる言葉で、「ゆっくり行こう」「まあ落ち着いて」というようなニュアンスだそうです。
 都会(横浜)のヤンキーが斜陽産業である林業の仕事に就くというギャップから起きる出来事が、読んでいて大いに笑わせてくれますが、次第に村人からもよそ者扱いされないようになっていく勇気の頑張りには拍手を送りたくなります。
 仕事仲間がいい人ばかり。30才を過ぎても金髪で悪ガキという感じだが、山仕事の腕だけは抜群のヨキ、幼い頃“神隠し’にあったという巌さん、70才過ぎても現役で天気の変わり目を素早く判断する三郎じいさんと、それぞれ勇気を彼らなりにフォローします。そうそう、いつも仏壇の前にちょこんと座っているヨキのお祖母さんもいいキャラしています。
 舞台となる“神去村”という村が非常に変わっていて、その風習等にも笑ってしまいます。村の48年に一度の大祭は、諏訪大社の御柱の木落しがモデルでしょうか。
 実際には林業に従事するということはそんなに簡単なことではないでしょうけど、読者に林業を身近に感じさせてくれる作品となっています。おすすめです。 
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神去なあなあ夜話 徳間書店
 無理矢理山奥の村での林業の世界に投げ込まれた若者・平野勇気を描く「神去なあなあ日常」の続編です。
 収録されているのは、“神去”という名前の由来が繁ばあちゃんから語られる「神去村の起源」、ヨキとみきさん夫婦の出会いから結婚までが語られる「神去村の恋愛事情」、勇気の雇い主である清一さんのことが語られる「神去村のおやかたさん」、ヨキと勇気のプチ遭難と20年前に神去村の人々に起こった事故のことが語られる「神去村の事故、遭難」、村に来た当初は勇気を毛嫌いしていた山根のおっさんが失くしたお守りが現れるまでの顛末が語られる「神去村の失せもの探し」、クリスマスを知らない(いくら何でもそれはないでしょう!)清一さんの息子・山太のために皆でクリスマスパーティを企画する「神去村のクリスマス」、ラストは勇気と直紀さんの恋の行方を描く「神去村はいつもなあなあ」の7編です。
 前作では林業の世界を全く知らず、田舎暮らしもしたことのない勇気の戸惑いながらも次第に村に馴染んでいく様子が描かれましたが、今作では神去村に来て1年が過ぎ、中村林業株式会社の正社員となった勇気がすっかり馴染んだ神去村での生活を語ります。ヨキを始めとする強烈なキャラは健在。特にヨキの祖母であるシゲばあちゃんの恐ろしき能力に大笑いの1作となりました。難しいことを考えずにさらっと楽しめる作品となっています。勇気の恋も始まったばかりですが、果たしてこの後の展開はどうなるのか、気になります。
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あの家に暮らす四人の女  ☆   中央公論新社 
  この作品は、文豪・谷崎潤一郎が没落する大阪・船場の商家の4姉妹を描いた代表作「細雪」がモチーフとなっているそうで、登場人物4人の名前は「細雪」の4姉妹とほぼ同じだそうです。とはいっても、僕自身は「細雪」を読んだことがないし、そういえば吉永小百合さんが4姉妹のひとりを演じた映画作品もあったなぁくらいの知識しかないので、原作のストーリーと比べることはできず、まっさらな状態での読書でした。
 「細雪」で描かれる4姉妹に対し、この作品で杉並区の善福寺川に近い敷地150坪の古い洋館に住む4人は、2人は母と娘で、あとの2人の女性は赤の他人です。三浦さんがインタビューで語っているところでは、「女同士の話というと、ドロドロとした、足を引っ張りあうような話が多いんですが、この4人にはそれなりに仲良く楽しく暮らしてほしい。なので皆、裏表のない気持ちのいいキャラクターになりました」というわけで、登場する鶴代、佐知の母娘、佐知の友人の雪乃、雪乃の会社の後輩の多恵美とも嫌みのないキャラで、女性同士の確執もなく、和気藹々と同居生活の中での出来事が綴られていきます。とはいっても波風立たない生活ではなく、スト一カーや泥棒騒ぎ、それぞれの恋愛もあるのですが・・・。
 読む前に感じていた堅苦しい物語かという印象とは異なり、4人のユニークなキャラもあり(特にお嬢様然とした鶴代のキャラには笑わせられます。)、そして庭の片隅に昔から住む山田という老人、更にはカラスの善福丸やある人物(ネタバレになるので伏せます)の登場もあって、「この物語はいったい何かの?」と思いながらも愉快に読み進むことができます。三浦さんらしい作品と言ったらいいのでしょうか。失礼ながら予想外のおもしろさでした。おすすめです。
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ののはな通信  角川書店 
 書評で三浦しをんさんの代表作だという評判を読んだので、図書館での長い順番を待ってようやく読んでみました。
 物語は横浜のミッション系のお嬢様学校に通う二人の女性、東大を目指す優秀な生徒で一般家庭で育った野々原茜(のの)と、外交官の家庭に育ったお嬢様育ちの牧田はな(はな)の、高校時代から40歳代までを二人の手紙、めも、そして時代が過ぎてからはメールでのやり取りを通して描いていきます。
 書簡体で書かれた作品といえば宮本輝さんの「錦繡」が大好きな作品ですが、最近はやはり手紙を書くことは少なくなったのでしょうね。この作品でも時代が現在に近づいてくると、物語の中では手紙からメールへのやり取りへと変わっていきます。
 びっくりしたのは、最初からののとはなの恋愛が描かれていったこと。最近ではLGBTへの理解が深まり、女性同士の結婚も不思議ではなくなってきましたが、いまから30数年前は女子高校生がレズビアンと知れれば大騒ぎになっていたことでしょうね。ただ、同性愛としての二人の愛情はともかく、個人的には二人の行動は理解できませんでした。特にののが与田先生に対して取った行動はまったくわかりません。こんな思考をする女子高校生がいるのかと思ってしまいます。また、好きだとくっついたり、別れた方がいいと言って自分から離れていったのに、また近づいたりというはなの考えにもまったくついて行くことができませんでした。
 世間の評判に反して、正直のところ、途中で投げ出したくなったくらいです(後半、大使の夫と共に内戦状態の中のゾンダで暮らすののの状況が描かれていなければ読むのを中断していたかもしれません。)。
 書評の中には宮本さんの「錦繍」に迫るものがあるというものがありましたが、それは言いすぎではないでしょうか。 
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エレジーは流れない  双葉社 
 温泉で有名な観光地で高校生活を送る穂積怜の青春ストーリーです。
 穂積怜は観光地の駅前商店街で土産物屋を営む母との二人暮らし。ただ怜には東京で会社を経営し、月に一度高台の家にやってくるもう一人の母がいる。高校2年生でそろそろ将来の進路も考えなくてはならないが、同じ商店街の干物屋の息子で野球部の佐藤竜人や喫茶店の息子で美術部の丸山和樹、サッカー部の森川心平、旅館の跡取り息子の藤島翔太とのんびりとした高校生活を送っていた。そんな彼らの町で事件が起きる・・・。
 物語は、そんな5人の住む町にある博物館から縄文土器が盗まれネットで販売されるという事件が起こり、心平が小学生の頃博物館で制作した縄文土器がまだ博物館にあったことから、それをおとりに5人が犯人を捕まえようとするドタバタ騒ぎとともに、怜に二人の母がいるという複雑な家庭環境の理由が商店街を巻き込んでの騒ぎの中で明らかになっていくまでを描きます。
 怜の成長物語であり、また、商店街のみんなが力を合わせて怜親子を助けるというホームドラマのような展開もあるストーリーとなっています。修学旅行先で喧嘩騒ぎになった地元の高校生と結局仲良くなって、喧嘩をした高校生が町を訪ねてくるという、どこかひと昔前の高校生のような青春ストーリーになっていますが。。
※ストーリーとは関係ありませんが、東海道新幹線のこだまが停車する駅のある温泉の観光地が舞台ですが、これは熱海ですかねえ。 
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