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光原百合の本棚

  1. 時計を忘れて森へいこう
  2. 遠い約束
  3. 十八の夏
  4. 最後の願い

時計を忘れて森へいこう 東京創元社
 高校1年生の若杉翠を主人公に、山梨県の八ヶ岳高原にあるシーク協会の自然解説指導員(レンジャー)の深森護を探偵役とする、いわゆる「日常の謎」ミステリです。そこで解かれる謎は、人と人とのすれ違いの原因や、もつれてしまった人間関係です。「事実をそのまま寄せ集めたって真実になるとは限らない、事実を織って物語にして、初めて人の心に届く真実ができる」と話す護が、そうした謎を解きほぐしていきます。護は本当に素敵な人ですね。翠が心惹かれるのも無理ありません。
 作品は三話からなりますが、おもしろいことに、各話には題名がついていません。ただ単に、第一話、第二話、第三話と付いているだけです。これって、珍しいですよね。

※この作品の舞台になるところは清海というところですが、これはもう「清里」を、シーク協会も「キープ協会」をモデルにしていることはすぐわかります(光原さんもあとがきで言っていますし)。清里は、春から秋にかけては観光客でいっぱいで、作品中に出てくるソフトクリームも夏はすごい行列で(確かにおいしいですが)、とても自然をゆっくり味わうという雰囲気ではないのですが、実際はこんな活動があるのですね。
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遠い約束 創元推理文庫
 浪速大学ミステリ研究会に入会した桜子を語り手に、桜子自身の事件ともいえる「遠い約束」を中心にした連作短編集である。
 とにかく、表紙のイラストがあれでは、僕のような男性が買うには非常に勇気がいる。僕は買うときには、この本ばかりでなくあと2冊の本と一緒にレジに持っていった。とはいえ、レジの女の子が光原百合さんがミステリ作家だということを知らないとしたら、きっと心の中では相当変なおじさんと思われたかもしれない。そのうえ、消えた指輪のページには体にタオルを巻いただけの女の子のイラストとあっては、とても他の人の目があるところでは読むことができない。同じ理由で、著者の「時計を忘れて森へ行こう」はまだ購入していない。文庫化の際にはぜひ男性も気軽に買える表紙にしてほしいと願っているのは僕だけだろうか。
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十八の夏 双葉社
(ネタばれあり注意)
 表題作をはじめとする花をモチーフとする4話からなる短編集。表題作である「十八の夏」は、第55回日本推理作家協会賞(短編部門)の受賞作であるが、正直のところ僕にはこの作品がミステリーであるかどうかが分からない。紅美子が主人公の信也の家の近くのボロアパートに引っ越してきた理由も、信也との関わりも朝顔の話のところで全て容易に想像できてしまった。まあ、それは抜きにして、この話の中で重要な役割を持つ主人公の父親が魅力的に描かれ、おもしろく読めた。
 表題作より心がひかれたのは二作目の「ささやかな奇跡」である。この作品もはっきり言ってミステリーではない。妻を亡くした子連れの男と、愛する人とその人との間にできた子を亡くした悲しい女性との恋の行方を描いた物語である。小さな行き違いを正す程度のささやかな奇跡なら起こりうるというのがテーマ(?)だが、とても読後感がよく、優しい気持ちになれる話である。
 それに対し、最後の4作目の「イノセント・デイズ」は全く趣の異なる作品。心の醜い部分が描き出されている。3作目の「兄貴の純情」が割りとコミカルな部分があったので、なお一層この作品の暗さが目に付くのだろうか。
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最後の願い 光文社
 物語は、劇団φを旗揚げしようと奔走する度会恭平と風見爽馬が、その過程で関わった人の抱える謎を鮮やかに解き明かす姿が描かれます。
 僕からすれば、度会も風見も強引で自分勝手で、アクが強すぎて、現実にいたらあまり関わり合いを持ちたくない人物です。最初は彼らのことをうっとおしいと思っていた人々も、「普通の人間なら大人になる過程で当然獲得する幾つかのことを獲得しそこね、当然失うはずのたくさんのことを無くさないまま大人になったらしい」彼らに次第に惹かれていきます。それは、それぞれの人々の心の痛み、わだかまりが、彼らの謎解きによって解消されていくためでもあるのでしょう。
 劇団立ち上げまで、全部で7章からなり、各章でそれぞれ劇団に誘った人等が持っている謎が度会たちによって解かれていくという体裁をとっています。
 7編のなかでは、最初の「花をちぎれないほど・・・」の謎解きが一番見事です。人間心理を鮮やかに解き明かしており、確かにそのとおりと思わず拍手です。
 また、話としては、劇団の制作を担当することになるシロちゃんこと吉井志朗が関わる「彼女の求めるものは・・・」とその続編である「彼が求めたものは・・・」が一番です。シロちゃんの周囲で起こった不思議なできごとが、実はそんな事実に繋がっているとは・・・。ラストで感動を迎えます。
 「風船が割れたとき・・・」は、犯人の気持ちが僕自身わかりすぎてしまって、最初から話の筋が読めてしまいました。ホントにその気持ちわかります。また、「写真に写っていたものは・・・」は、途中で、これは間違っている、光原さんは知らないのかなあと思ったら、なんとそれが謎を解く伏線だったなんて。あまりにはっきりわかりすぎてちょっと残念。「最後の言葉は・・・」は、主人公が死んだ友人の妻に、友人がこれこれ言っていたというのは、あまりに不自然。あの言葉をあの状況で言うのは誰もがおかしいと気づきます。
 最後の「・・・そして開幕」は、それまでの登場人物が一同勢揃いします。度会や風見をはじめ、個性豊かな面々がそろいました(僕自身は、度会たちより響子や遼子の方がお気に入りです。)。まだまだ劇団を立ち上げたばかりです。最後の章で初めて登場した人物もいますし、今後シリーズ化を期待したいですね。
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