▲トップへ   ▲MY本棚へ

道尾秀介の本棚

  1. 向日葵の咲かない夏
  2. シャドウ
  3. 片眼の猿
  4. ソロモンの犬
  5. 背の眼
  6. ラットマン
  7. カラスの親指
  8. 鬼の跫音
  9. 龍神の雨
  10. 花と流れ星
  11. 骸の爪
  12. 球体の蛇
  13. 光媒の花
  14. カササギたちの四季
  15. 水の柩
  16. ノエル
  17. 笑うハーレキン
  18. 鏡の花
  19. 貘の檻
  20. 透明カメレオン
  21. サーモン・キャッチャー
  22. 満月の泥枕
  23. スタフ
  24. スケルトン・キー
  25. いけない
  26. カエルの小指
  27. 雷神
  28. いけないⅡ
  29. きこえる

向日葵の咲かない夏  ☆ 新潮社
 死んだ友人が××に生まれ変わって現れるなんて、とんでもない話だと思って、書店で手に取ったときは買う気も起こらなかったのですが、新聞の書評が興味をそそる書き方をしていたので、つい購入してしまいました。
 物語は小学生の主人公ミチオが発見した友人Sの首吊り死体が警察が到着したときには消えていたという事件を中心に、それに町内で頻発する犬猫殺害事件が絡んで進んでいきます。
 ネタバレしないように感想を書くのは非常に難しい作品ですが、帯にも書かれているとおり、実は死んだ友人Sはあるものに生まれ変わって、ミチオのもとに現れ、自分は殺されたと言うのです。ミチオは、妹と友人とともに真相を探っていきます。物語の設定は突飛ですが、内容はミステリといっていいでしょう。Sを殺した犯人は誰なのか、その死体はなぜ隠されたのか、犬猫殺害事件は関連があるのかなど、文章的にも読みやすく、ミステリとして興味深く読むことができます。いろいろと伏線が張られており、読み終わったあとに考えると、「あ~、だからあそこにこう書いてあったのか」と思わずうなってしまいました(例えば、妹に最初S君のことを秘密にしようとした理由等)。丁寧に書いているということがよくわかります。
 読む人は、たぶん1ページ目から、なんかおかしいなあという思いにとらわれながら読み進めることになります。小学生の冒険譚かと思いきや、学校内でのいじめや、家庭内虐待等が描かれ、終始暗い雰囲気です。そしてラストにはあ然、帯に書いてあるように超絶・不条理ミステリでした。
リストへ
シャドウ  ☆ 東京創元社
 昨年10月末に読了したまま感想を書かずにほっておいたら、「このミス」でなんと第3位にランクインしました。「本格ミステリ・ベスト10」でも第6位にランクインしたほか、「向日葵の咲く頃」もそれぞれ第17位と第9位に、さらには「本格ミステリ・ベスト10」では「骸の爪」が第7位にランクインするなど、昨年の道尾さんの活躍はすごかったですね。
 今回の作品は「向日葵の咲く頃」での、死んだはずのクラスメートの“生まれ変わり”と称する、ある“もの”が現れるという突飛な設定に比べるとおとなしくなった気がします。あれほどの衝撃度はなかったですね。
 物語は、冒頭、小学5年生の我茂鳳介の病気で亡くなった母親の葬儀の場面から始まります。その後、家族ぐるみで付き合いのあった同級生の水城亜紀の母親が夫が勤務する病院の屋上から飛び降り自殺をし、さらに亜紀も事故に遭うなど、鳳介の回りで事件が続きます。
 いろいろな人の視点から物語が語られていきますので、当然叙述トリックがあるのではないかとの疑いを持ちながら読み進めていきましたが、登場人物が皆怪しげな様子を見せるので、なかなか尻尾を捕まえることができませんでした。読んでいて、何か変だなあという違和感を感じるのですが、それが何かはわからないまま、ラストにいたって、鮮やかにどんでん返しを見せてくれました。違和感を感じていた様々な事実を見事にすっきりとさせてくれるところは見事です。
 ただ、これだけの評価が高い作品であるのに拘わらず、のめり込むことができなかったのは、ある人物の行動が(謎解きがされたあとでも)やはり納得できないなあと思ったせいでしょうか。
リストへ
片眼の猿  ☆ 新潮社
 道尾さんの作品を読むのも3作目となると、きっとこの叙述のどこかにトリックが仕掛けられているだろうと思うのは当たり前ですね。案の定、今回も、「この文章なんかおかしいなあ?」と思うところが所々にあったのですが、そこは道尾さん、こちらが予想したとおりとはいきませんでした。というより、そもそも何かおかしいと思った時点で、すでに道尾さんのトリックの中にすっぽりはまり込んでいたんですね。
 主人公は私立探偵の三梨、子供の頃から容貌にはかなりの特徴があることが語られます。そして、彼が彼の事務所にスカウトした女性にもある特徴が・・・。ストーリーの中心となるのは、ある楽器会社から、ライバルメーカーにデザインを盗用されている疑いがあるので、その証拠を掴んでほしいと依頼された三梨が、ライバルメーカーを調査中に調査対象だったライバルメーカーの社員が殺される事件です。正直のところ事件の話は二の次です。それより、この本のおもしろさは、読者をミスリーディングして、読者の頭の中にあるイメージを植え付けようとする道尾さんと騙されるものかという読者の戦いにあります。固定観念で物事を見ると、すっかり道尾さんに騙されることになります。僕自身、十分わかっていながら、読み進める中でいつの間にか、あるイメージを抱いてしまい、結局ラストで「やられたなあ!」となってしまいました。発想を転換すること、物を一方向からだけではなく別の方向からみることは重要なことですね。
リストへ
ソロモンの犬  ☆ 文藝春秋
 主人公は大学生の秋内。ある日、秋内と彼の大学の友人たちの目の前で、大学の女性助教授の一人息子が突然走り出した愛犬に引っ張られて車道に飛び出し、車に轢かれて死亡するという事件が起きる。なぜ、愛犬は急に車道に走り出たのか? 突然の夕立でたまたま喫茶店に集まった4人の回想で謎解きが始まる。
 読み始めたときから、どこか心に引っかかる違和感がありました。「向日葵の咲かない夏」や「シャドウ」の道尾さんの作品ですから、一筋縄ではいかないとは思いながら、その違和感の正体がなかなかわかりませんでした。もしかしたらあれかなあ・・・と思いながら読み進めると・・・思ったとおりの展開へと。ふ~ん、やっぱりかと自分自身の直感に感心したとたん、またもや最後にうっちゃられました。
 従前の道尾さんの作品もそうですが、今回のこの展開も、読む人の好き嫌いが出るでしょうね。僕自身は嫌いではありませんが。
 主人公が大学生ですから、物語としては青春ミステリということになるのでしょう。主人公の秋内の羽住智佳への想い、羽住の行動に対し、いろいろと思い悩んでしまうところなど、まったくそのとおりだなあと青春小説としてもおもしろく読みました。それともう一つ、登場人物の一人、動物生態学者の間宮教授のキャラクターは最高。思わぬ犬の生態を勉強してしまいました。
リストへ
背の眼  ☆ 幻冬舎文庫
 道尾秀介さんのデビュー長編にして第5回ホラーサスペンス大賞特別賞を受賞した作品です。
 主人公は作者と同じ道尾という名の売れないホラー作家。彼と一緒に事件を解決するのは、彼の大学時代の友人であり、霊現象探求所の署長である真備とその事務員の北見です。
 福島県の山奥の白峠村に行った道尾はそこで不思議な現象に遭遇する。一方真備のもとにも白峠村で写したという不思議な写真が届けられており、真備ら3人は調査のために白峠村に向かう。
 ミステリとしては、山奥の村の事件なので登場人物が限られており、「ああ、犯人はたぶんこの人だろうなあ」と想像がついてしまうので、あとはどうミステリ的解決をするのかという部分に興味が移ります。ただ、ホラーサスペンス大賞への応募作という作品の性格があったためか、内容はホラー色の強いものとなっており、ミステリとしての解決は見せるのですが、謎のままに終わって、敢えて謎解きがなされていない部分もあります。このあたり、読者としてはちょっと消化不良という気がしないでもありません。それでも、道尾さんのストーリーテラーとしての手腕は見事で、上下二巻飽きさせずにあっという間に読み切りました。
 道尾たち三人が登場する第2作もすでに書かれているようですし、シリーズ化されるのでしょうか。不思議な現象とミステリとの融合が今後どう図られていくのか楽しみです。
リストへ
ラットマン  ☆ 光文社
 タイトルの「ラットマン」とは、見方によって人の顔に見えたりネズミの顔に見えたりする騙し絵のこと。物事は見方を変えると、全然違ったものに 見えてくることを意味しているわけですが、今まで叙述トリック等で読者を騙し続けてきた道尾さんが、こんなタイトルをつけるのですから、最初から書いていることに疑いをもって読み進んだのですが・・・。
 主人公姫川亮は、少年時代に姉を不幸な事件で失い、今でもそのトラウマを心の中に抱えて生きている青年。彼は高校時代から社会人なった今でも友人たちとアマチュアバンドを組んでいた。彼の恋人のひかりは以前はバンドのドラマーだったが、今では妹の桂が姉の代わりにバンドに加わっていた。そんなある日、ひかるがアルバイトをしている貸しスタジオで、姫川たちがバンドの練習をしている間に、大型スピーカーの下敷きとなって死亡する。果たして事故なのか、殺人なのか。
 これまでの道尾さんの作品から、騙されてはいけないぞと思いながら読み進めるのですが、なかなか真実を捉えるまでにはいきませんでした。幼い頃のトラウマとなった姉の不可解な死の謎と現在の事件を絶妙に組み合わせながら、読者をミスリードしていくストーリーには脱帽です。一つの事象もいろいろな角度から見れば違うように見えるということを提示されていたにも拘わらず、道尾さんには鮮やかに騙されました。ラストは青春の終わりというテーマにふさわしい終わり方です。おすすめ。
 なお、この作品中には道尾さんの他の作品中の登場人物の身内が登場しているようですが、すでに読了した作品は忘却の彼方で、誰なのかはわかりませんでした。今度ゆっくり調べてみよう。
リストへ
カラスの親指  ☆ 講談社
(ネタバレあり注意)
 まずは、あらすじを書くと・・・
 詐欺師の武内とテツの元に転がり込んできた少女・まひろ。まひろの母親は借金取りの追い立てを苦にして自殺をしていたが、その借金取りとは武内だった。彼自身がサラ金地獄に陥り、返済の代わりにサラ金の手足となって使われていたときのことだった。彼はそれを悔い、闇金組織の重要書類を警察に渡し、そのことで闇金組織は壊滅した。しかし、そんな彼に対し、組織は彼の自宅に放火し娘が焼け死ぬという痛ましい過去があった。その後武内は他人の戸籍を買って別人となり、詐欺師として生きる道を選んだ。そんなある日、武内とテツが住んでいたアパートが放火され、新たにまひろと住みだした家にも組織が嫌がらせに現れるようになる。武内とテツ、そしてまひろと姉のやひろ、その恋人の貫太郎は、逃げ回るだけでなく、組織に対し戦いを挑むことにする。
 復讐のためにコン・ゲームを仕掛けるというのは、ポール・ニューマン、ロバート・レッドフォード共演の大好きな映画「スティング」を思い出させます。「スティング」は、最後のどんでん返しで観客をあっといわせるというコン・ゲームの最高峰の映画ですが、この作品も、ものの見事に読者をあっといわせる素晴らしい作品です。
 今までの道尾さんの作品と違って当初は“普通”なストーリー。しかし、そこはやっぱり道尾さんです。しっかり騙されてしまいました。いざ詐欺行為の実行中における思わぬ展開、さらにはそれを覆す驚きの事実があって、読者としては「え~!そうなの!!」と驚くこと請け合いです。
 それだけではありません。さらに、そこで読者を「やられたなあ」と思わせておいて、もう一度それまでの出来事を根底から覆すような驚きのオチがあるという、とんでもなくおもしろい作品でした。謎解きがされてから読み返すと、最初からいろいろな会話や行動に伏線が張ってあるのが改めてわかります。計算され尽くしたストーリーですね。お見事。「スティング」と同じように騙された爽快感があります。読後感最高です。おすすめ。
 ※ちなみに題名の「カラスの親指」の「カラス」とは、「玄人」のことを指すそうです。
リストへ
鬼の跫音 角川書店
 道尾さん初めての短編集です。このところの「ラットマン」や直木賞候補作の「カラスの親指」とは雰囲気の異なった幻想小説系の作品が収録されています。どの作品を読んでも、舞台が晴れた日を感じさせるものはなく、曇り空あるいは闇夜を感じさせる作品です。読後感はよくないです。全6編は、すべての作品に「S」という人物が登場していますが、人物的にはまったく別の人であり、各話は独立した話となっています。
 その中で、いつもの道尾さんらしい、最後にあっと言わせるミステリ的な要素を持つ作品は、「鈴虫」「ケモノ」「箱詰めの文字」です。なかでも、「ケモノ」は、過去の猟奇殺人事件の真相が明らかにされたあとの驚き。読者をミスリーディングする展開はまさしく道尾作品でした。僕としての、この作品集の中の一押し作品です。「箱詰めの文字」もラストで事実が二転三転するこれまた道尾さんらしい作品でおもしろいです。
 「冬の鬼」は、現在から過去へと話が遡っていく手法で、ラストで女性に対する壮絶なまでの男の愛が明らかにされるホラー小説です。読み終えた後で、改めて後ろから読み進めてしまいました。
 「よいぎつね」と「悪意の顔」は、この作品集の中でホラー・幻想小説系の趣が色濃く出ている作品です。「悪意の顔」はホラーから読者を一度現実に引き戻しながら、再度ホラーめいた落ちを付けるという作品でした。
リストへ
龍神の雨  ☆ 新潮社
(ちょっとネタバレ)
 作者が道尾秀介さんですから、今までの作品を考えると素直に読むわけにはいきません。どこかに読者をひっかけるトリックが隠されているのだろうと気にしながら読んだのですが、やっばりやられました。
 義理の父親と暮らす蓮と楓の兄と妹、義理の母親と暮らす辰也と圭介の兄弟。暴力をふるい、妹の部屋に留守中に入り込んで性的ないたずらをする義理の父親に対し蓮は殺意を覚える。台風が近づく大荒れの日、蓮は寝ていた義父の二酸化炭素中毒死を仕組んで湯沸かしの火を消さずに家を出る。一方同じ日、なさぬ仲の義母になかなか素直になれず、義母を困らせてしまうことをする辰也は圭介を連れて、蓮が働く酒屋で万引きをしようとする。そんな2組の兄弟が出会う日、事件は動き始める・・・。
 兄が企図した殺人が、思わぬ結果を引き起こし、それぞれの思いこみが事件をあらぬ方向へと導いていきます。兄弟4人が入れ替わり語り手となって、それぞれの視点で事件が描かれていくため、読者に様々な“真実"を思い描かせます。きっと、道尾さんお得意の誤導なんだろうなあと思いながらも、ついつい引っ張られてしまいます。
 今回の話は非常に重いです。ただ、いつもの謎解きではなく人間ドラマになるのかと思ったら、やはり道尾さん、そんなに単純にはいきません。確かに今までの作品以上にそれぞれの登場人物たちの内面を描き、重苦しい話となっていますが、読者をだますトリックは今までどおりです。
 意外に早い段階で驚きの事実が明らかになります。あれっ!?あっさりと種明かししてしまっていいのかなあ、先はまだ長いぞと危ぶんだら、またまたひとひねり。やはり道尾さんらしい。ただ、今回の“真犯人"は?と問われたら、「う~ん・・・」と首をひねらざるをえない気もしますが。ラストはめでたし、めでたしでもあり、一方辛いラストともなっています。
リストへ
花と流れ星 幻冬舎
 5編からなる道尾さんの第二短編集です。「背の眼」、「骸の爪」に続く真備シリーズの1冊です。
 死んだ妻に会いたくて霊現象探求所を開いた真備ですが、霊という不合理なものを探し求めている割には、不思議な謎を合理的に明らかにしてしまいます。その当たりはちょっと皮肉ですね。
 この作品集の中でこれが一番と思ったのは、真備の助手の北見凛が主人公を務める「流れ星のつくり方」です。これは、既にアンソロジー「七つの死者の囁き」に掲載されています。飲み物を買いに出た凛が、少年から謎解きを挑まれる話です。学校から帰ってきた息子が、家の中で殺されていた両親になぜ気づかなかったのか。その謎解きはちょっと哀感漂うものがあります。推理作家協会賞・短編部門の候補作となったのもうなずける作品です。
 「モルグ街の奇術」は、酒場で真備と道尾に会ったマジシャンが、自分が右手を失った際の真相を見抜いてみろと挑戦してくる話。ミステリーというよりもラストはホラーっぽい雰囲気で終わります。
 そのほか、「オディ&デコ」は、風邪で寝込んでいる真備に代わって凛と道尾が、「箱の中の隼」は道尾が、というように、この作品集では、真備だけでなくシリーズ・キャラクターである北見凛や道尾が主人公になった作品が収録されていますが、他の作品と比較して、あまリインパクトがなかったというのが正直なところです。
リストへ
骸の爪 幻冬舎文庫
 真備霊現象探求所所長の真備と助手の北見凛、そして作家の道尾秀介の活躍するシリーズ第2作です。
 親戚の結婚式に故郷へ帰ったついでに寄った瑞祥房という仏像の工房で、仏像が血を流したり、笑うという不可思議な出来事に遭遇した道尾は、再度真備と凛を伴って瑞祥房を訪れる。そこで遭遇する仏師の行方不明事件。そこでは20年前にも行方不明事件が起きていた。
 このシリーズは、真備が亡くなった妻に会いたいがために、幽霊の研究をする研究所を開いていたり、助手の凛が他人の考えていることがわかってしまう能力を持っていたりという非論理的なことはありますが、事件解決に至る過程は真備の論理的な推理によってなされるという本格ミステリです。ただ、前作は浮世絵、今回は仏像がモチーフになっており、どこかおどろおどろしい様相を呈し、他の道尾作品とはちょっと異なった雰囲気の作品となっています。横溝正史に近い雰囲気の作品とでもいったらいいのでしょうか。全体的に重苦しく、気分転換の読書とはなりませんね。
リストへ
球体の蛇 角川書店
 父母が離婚し、父親との関係がうまくいっていなかった友彦は、転勤していく父と暮らすことを拒み、隣家のシロアリ駆除を業としている橋塚乙太郎の家に居候しながら高校生活を送っている。たびたび見かける年上の女性が気になっていた友彦は、その女性がシロアリ駆除に入った家に通うのを知って、ある行動に出る。
 ひとことで言えば、年上の女性に恋した少年の成長の物語です。子どもの頃の悲劇的な事件や火事の真相といったミステリーらしい部分はありますが、いつもの道尾作品のように開けてびっくりというような作品でもなく、また「向日葵の咲かない夏」のような破天荒な作品でもありません。どちらかといえば、恋愛小説と言った方が適切かもしれません。
 年上の女性に憧れるというのは男の子にとってはよくある感情です。ただ、今回は物語の中にスッと入っていくことができませんでした。道尾さんは「ダ・ヴィンチ」2010.1月号の中で"主人公は普通の人、どこにでもいる少年です"と言っていますが、彼の取った行動は、はっきりいって犯罪ですし、青春時代に女性に恋い焦がれるということはあっても、普通の高校生はここまではしないでしょう。とても、主人公の友彦の心情をわかるとまで言えません。友彦に共感できなかったことが、今ひとつこの作品を楽しむことができなかった理由でしょうか。
 また、居候先の乙太郎の娘サキも、その物静かでおとなしい娘という外面とは異なって、心の中に隠された暗い部分があったようですが、あっという間に舞台から退場したので、中途半端なままでよくわからない人物として残ってしまいました。この物語の中で重要な位置を占める人物だと思ったのですが・・・。
 誤解あるいは思い込みが悲劇を招いていくという悲しい話でしたが、ラストは、もしそのとおりであったのなら救いがあります。
リストへ
光媒の花  ☆ 集英社
 これは、文句なしに素晴らしい作品です。「球体の蛇」は、直木賞を受賞できませんでしたが、この作品で今度こそ受賞するのではないかと僕は予想してしまうのですが。
 この作品は、第1章の脇役が第2章の主人公に、第2章の脇役が第3章の主人公にというように、それぞれの作品が繋がっていくという構成の妙を持った連作短編集です。ただ、ラストの第6章で、再び前の章の主人公たちが顔を覗かせるという点では、群像劇として捉えることもできるかもしれません。
 ミステリー的な要素も備わっていますが、前作の「球体の蛇」より前の道尾作品のような読者を騙すトリックというものはありません。いつもなら、道尾さんのことだから、きっと何か裏があるぞと疑いながら読むのですが、今回はそういうことのない作品となっています。あえてジャンル分けするとなると、ミステリーというよりは普通の小説と言った方がいいでしょう。それにしても、第1章の最後の一文が「私には、もう探してくれる鬼はいない」で終わったと思ったら、第2章の最初の一文が「鬼は探しに来なかった」と繋がっていくなど、道尾さんうまいなあと思わさせられる箇所がいっぱいです。
 主人公たちは、心に大きな悲しみや葛藤を持った人たちであり、物語の雰囲気としては第3章までは暗い感じなのですが、第4章からは希望を感じさせる、救いがあるラストとなっていきます。おススメです。
リストへ
カササギたちの四季  ☆ 光文社
 直木賞受賞第1作です。このところの直木賞候補でなく芥川賞候補でもいいでしょうという道尾作品とは異なり、割とライトなミステリー連作集です。「リサイクルショップ・カササギ」を営む華沙々木と日暮、そして、ある事件がきっかけで「カササギ」に入り浸っている菜美が遭遇する4つの事件を描いていきます。
 名探偵を自称するのは、華沙々木ですが、名探偵を気取るだけで、謎解きは方向違いばかり。始末に負えないのは、華沙々木は自分が謎を解決したと常に勘違いしてしまうということ。実際に謎を解くのは相棒の日暮ですが、彼は決して表に立たずに、菜美が抱く天才・華沙々木のイメージが損なわれないよう陰でいろいろ細工をしています。これがなぜかは3編目の“秋 南の絆"で明らかにされますが、日暮という青年、いい男すぎますね。
 待望の道尾さんのミステリーですが、これまでの道尾さんのミステリーとはちょっと雰囲気が違う感じがします。これまでの道尾さんの作品のイメージは天気で言えば曇りとか雨でしたが、この作品の4つのエピソードのラストはどれも晴れをイメージさせてくれる心温まるものとなっています。
 各編の最初で日暮ががらくたを高く買い取らせられるエピソードが出てきます。その相手の黄豊寺の住職が話の中心となるのはラストの「冬 橘の寺」です。この話の中で華沙々木が流した涙の理由は何だったのでしょうか。まだ明らかになっていない謎もあります。シリーズ化に期待です。
リストへ
水の柩  ☆ 講談社
 もうすっかりミステリーからは足が遠のいた感がある道尾さんですが、今回もミステリー色は薄目です。ただ、道尾さんらしい読者に仕掛けたトリックもあって、初期の作品のファンとしては嬉しい限りです。
 直木賞受賞作同様、主人公は少年です。普通であることから抜け出したい少年と普通でありたいと願う級友からいじめを受けている少女との出会いから物語は進んでいきます。田舎から抜け出したいと思っている主人公ということでは、この前読んだ辻村さんの「水底フェスタ」に雰囲気が似ていますが、少年・少女の心を細やかに描き出している道尾作品の方が僕としては好きです。
 祖母との関係も読ませどころです。厳しい祖母が過ごしてきた人生に何があったのか。ある過去の秘密が明らかになることにより、元気をなくした祖母のために少年が心を砕く様子も読んでいてグッときます。
 ラストは本当に心がホッとする終わり方です。このところの道尾作品としては珍しいのではないでしょうか。直木賞受賞作「月と蟹」は途中で断念したままですが、この作品はぐいぐい物語の中に引き込まれました。
リストへ
光  ☆ 光文社
 小学4年生の小学生の視点で、夏から冬までの子どもたちの冒険が描かれた作品です。
 僕が子どもの頃は今のように塾に通っている子どもなどほとんどなく、塾といっても書道塾かそろばん塾でした。だから放課後は時間がいっぱいあって、家に帰るのがめんどうだったので、授業が終わるとそのまま友達と運動場で暗くなるまで遊んだものでした。この作品を読むと、どうも背景が僕ら中年おじさんの子ども時代のようで、自分の子どもの頃が思い浮かんできて、懐かしい思いで読んでいました。
 優等生の利一、屈託というものを持たない慎司、自分の家が裕福だということを鼻にかけている宏樹、逆に家庭的に恵まれていない清孝、しっかり者の慎司の姉の悦子など、そういえば僕の周りにもそんなヤツいたなあと思ってしまうほど、当時のどこにでもいそうな普通の小学生の話です。
 子どもたちはそれぞれ個性豊かですが、それ以上に彼らの周りで光り輝いていたのが、顔がキュウリみたいだからキュウリー夫人と呼ばれていた清孝の祖母です。野良犬と喧嘩して自分の子分にしてしまうのですから。読みながら喧嘩のシーンが頭に浮かびましたが、これはすごいですよ。これだけだと、意地悪ばあさんを想像してしまうのですが、恐い外見とは異なり、孫思いのおばあさんであることが、しだいにわかってきます。「冬の光」のキュウリー夫人は最高です。そのほか、声を荒げないが他の先生に怒鳴られるより恐い教頭先生やカブトガニに似ているからガニーさんとあだ名される用務員さんが子どもたちの話に思わぬ形で入ってきます。
 第1章「夏の光」はミステリー仕立てになっていますが、それ以降は最近の道尾さんの作品同様しだいにミステリーから離れていき、女恋湖の人魚伝説を巡る冒険の話(「女恋湖の人魚」)、自慢ばかりの友人を騙そうとする話(「ウィ・ワァ・アンモナイツ」)、ある人物の思いがけない心情が吐露される話(「冬の光」)、転校する友達のためにアンモナイトの化石を贈ろうと考えて彼らがとった突拍子もない行動の話(「アンモナイツ・アゲイン」)、ラストは彼らが誘拐事件に巻き込まれる話(「夢の入り口と監禁」「夢の途中と脱出」)といった仲間たちとの冒険の口々が語られていく作品になっています。
 「アンモナイツ・アゲイン」で彼らがしたことは悪いことですが、彼らがそれをした気持ちにはグッときてしまいますし、「冬の光」でキュウリー夫人の病室で弾け散った“花火”には「よかったなぁ~」と声を上げたくなりました。おすすめです。
 最後にそれまでに張られていた伏線が回収されていきますが(慎司と悦子が利一の家に泊まったときに、予め利一がしておいたこと等)、それとは別に道尾さんらしいちょっとした仕掛けが明らかにされます。いやぁ~やられました。読後に道尾さんのインタビューを読んで知りましたが、もう最初のページにも仕掛けがなされているんですね。
リストへ
ノエル  ☆ 新潮社
 3つのエピソードが繋がってひとつの話を作る連作集です。それぞれのエピソードの鍵となるのは童話です。
 冒頭の「光の箱」は、先に刊行された「Story Seller」の中に収録されていた作品です。中学校時代にいじめを受けていた圭介に一緒に絵本を作ろうと声をかけてきた弥生。翌日から学校が終わってから圭介の家で二人で絵本を作ることが楽しみとなります。同じ高校に進学した二人だったが、ある事件がきっかけとなって、二人の間には亀裂が生じてしまいます。卒業後IO年以上がたち、童話作家となった圭介のもとに同窓会の案内が届き、彼は出かけていくが・・・。
 道尾さんらしい読者をミスリードしながら最後にあっと言わせてくれる作品となっています。3作の中で一番ミステリ色が濃い作品となっています。
 次の「暗がりの子供」には「光の箱」の圭介が描いた童話「空飛ぶ宝物」が登場します。祖母が入院し、母のおなかの中に赤ちゃんがいると知った莉子は、母に疎外されていると感じ、しだいにある思いにとらわれていきます。彼女が心の支えにしていたのが「空飛ぶ宝物」です。母親を生まれてくる弟妹に取られてしまうのではないかという不安をうまく描きながら、「光の箱」同様、読者をミスリードし、これまたラストで読者が頭の中に思い描いていた情景をひっくり返してくれます。
 「物語の夕暮れ」では、妻と一緒に子どもたちへ童話の朗読ボランティアを行っていた与沢が主人公です。妻が亡くなり、生きる意欲を失った与沢は自分が昔住んでいた家が童話作家の住まいになっていることを知り、彼にあるお願いをします。僕自身も退職というゴールがうっすらと見えてきた現在、人生を振り返って、自分は何も残してきてはいないのではないかと考える主人公の思いが理解できます。ここには1作目の童話作家のほかに、2作目に関係するある人物が登場し、大きな役割を担います。
 ラストでとても温かな気持ちにさせてくれる作品です。おすすめです。
リストへ
笑うハーレキン  ☆ 中央公論新社
 最愛の子どもを事故で亡くし、経営していた家具会社も倒産、妻とも離婚した東口は、今では家具修理でわずかな収入を得ながら荒川沿いのスクラップ置き場でホームレスの仲間と暮らしていた。そんな彼の前に弟子入りを志願する若い女性が現れたことから彼の人生が新たに動き始める。
 冒頭「いまの俺は爆弾だ」にハードボイルドの展開だなと思ったのに、本当の意味がわかったときには笑ってしまいました。道尾さんの作品に、こんな笑いがあふれるところがあったでしょうか。主人公が最愛の子どもを亡くし、妻とも離婚しホームレス生活という状況でありながら、全体を通してユーモアもあり、暗い雰囲気の一方、それなりの明るさもあります。
 犬の毒殺やホームレス仲間が川で死亡しているのが発見され、更には謎めいた老人の豪邸に監禁されての書庫の修理を命令され、物語はいっきに緊張感を増していきます。
 どんでん返しというほどの驚きはありませんが、最後にそれまでに貼られていた伏線が見事に回収されていきます。感動作を期待すると、物足りない面もあるかもしれません。道尾作品の中では「カラスの親指」系の作品といっていいでしょうか。このところの子どもを主人公にした作品も悪くありませんが、やっぱり僕としてはこの作品のように、張り巡らされた伏線が最後に回収されて、それまでとは別の顔が現れてくる作品の方が好きです。前向きのラストにも好感。
リストへ
鏡の花 集英社
 これは感想を書くのが難しい作品です。「光媒の花」の姉妹編であり、道尾さんがそれを越えるものをと思って書き上げた作品だそうです(一つの物語では脇役であった人が、次の物語では主役になるという構成上の共通点はありますが、僕の頭ではどこが姉妹編なのかが、よくわかりません。)。このところの道尾さんの作品らしい、トリックやどんでん返しのないミステリーというジャンルから外れる作品です。
 6章からなる作品です。自分の存在を疑って両親が以前住んでいた家を訪ねる少年、亡き夫の不貞の疑いを今でも心の中に残す妻、 息子の携帯電話からかかってきた警察からの電話に言葉を失う夫婦、亡くなった弟の同級生と交際する女子高生、泊まりに行った友人の家を早々に飛び出てきた姉弟等々各章に登場する人々は誰かを失っています。どれも悲しい物語です。誰もが失った者への思いがあり、各章の最後で何らかの謎が明らかになりますが、それは登場人物たちの心を休めるものとはなりません。物語の最後となる第6章は、それまでの章より長い話となっています。ここでようやく、それまでの話にいくらかの明かりが見えるといっていいのでしょうか。
 登場人物は重なっているので、連作短編集かと思って読んでいくと違和感を覚えることになります。連作短編集として、ラストでそれまでの話が伏線となってある驚きの話となるというのとは違います。パラレル・ワールドでの話かとも思ってしまうのですが、そう単純でもないようです。不思議な構成の物語です。
 道尾さんには以前のようなミステリも書いてもらいたいと思うのですが、そうでなくても次も買ってしまうだろうなと思わせる作品でした。
リストへ
貘の檻  ☆ 新潮社
 突然、家に帰ることができなくなり妻と離婚し、職も失った辰男。電車に飛び込んで自殺しようとしたところ、反対側のホームで見知った女性が飛び込むのを目撃する。彼女は32年前、辰男の父親が犯したとされた殺人事件で行方不明となっていた美禰子だった。元妻の仕事の関係で、息子を預かることになった辰男は、彼を苦しめる悪夢の原因を知ろうと息子と共に故郷の村を訪れるが、やがて、息子が誘拐されるという事件が起きる・・・。
 このところ少年を主人公にした、ミステリーというよりは純文学の雰囲気を持った作品が多かった道尾さんによる、久しぶりの本格ミステリーです。ミステリーでも「ガラスの鍵」や「シャドウ」よりも、初期の「背の眼」や「骸の爪」の真備庄介シリーズのような感じの作品です。
 舞台は長野県の山村。そこには二つの大きな旧家に地下水路、さらにはそれを作った人の伝説、それに加えて、かつてその村で起きた殺人事件と帰ってきた加害者の息子という設定は、「八ツ墓村」をはじめとする横溝正史の作品世界を思い浮かべることができます。そういう設定となると、犯人はあの人だなと予想もついてしまうのですけど。
 父親は本当に殺人事件の加害者だったのか。なぜ美禰子は32年の間身を潜ませていたのか、どうして今になって突然自殺を図ったのか。辰男が見る悪夢の正体は何なのか。ラスト、様々な出来事が信じられていた事実とはズレていることが明らかになるところは見事です。やっぱり道尾さんにはミステリーを書いてほしい。
 ※「谷尾・竹花」刑事は、「骸の爪」や「向日葵の咲かない夏」にも登場しています。
リストへ
透明カメレオン  ☆   角川書店
 (ちょっとネタバレ)
 ラジオパーソナリティーの桐畑恭太郎。彼は誰もが魅力を感じる特別な“声”を持っていたが、声の素晴らしさからみんなが思い描くイメージとは懸け離れた、冴えない容貌を持つ男だった。そんな彼がある日、行きつけのバー「f」で一人の女性・三梶恵と出会ったことから物語は始まります。
 恭太郎のファンだという恵がイケメンのゲイバーのホステス・レイカを恭太郎だと誤解したことをいいことに、彼女に―目惚れした恭太郎はレイカに頼み込んで誤解を解かないままに演技を続けますが、あんな二人羽織みたいなことで騙せるわけがありません。あっけなく正体を見破られてしまい、恵から自分を騙した見返りに手伝ってもらいたいことがあると言われます。最初は疑心暗鬼の「f」の常連たちでしたが、彼女の生い立ちを聞いて、彼女に手を貸すこととしますが・・・。
 「光媒の花」や直木賞を受賞した「月と蟹」のような純文学的な作品とは異なり、今回は「カラスの親指」や「カササギたちの四季」のようなエンターテイメントたっぷりの作品となっています。
 容姿にコンプレックスを持っている恭太郎が恋する女性のために初めて全力でぶつかっていくストーリーかと思って読み進んでいたのですが、活劇シーンが終わって、これで大団円と思ったら、ラストで道尾さんにまたやられました。恭太郎だけの物語ではなかったのですね。どんでん返しはないだろうと思ったのに、ラスト20数ページで、そこまでのドタバタのお笑いの要素もあったストーリーがいっきにひっくり返りました。こんな感動を用意していたとは。オススメです。
 道尾さんは『「透明カメレオン」というタイトルには、存在しないものでも信じればそこに存在するんだという意味を込めています』と語っていますが、そうやって人間は辛いときもどうにか生きていくのでしょうね。

※恭太郎の声に女性たちは振り向くが、韻を見ると失望するという表情を見せるということが続けば、男としては辛いでしょうね。とはいえ、顔がいい=声もいいというわけでもないでしょう。実際に洋画の吹き替えをする声優さんを見ても、イケメン俳優の吹き替えをしている人はこの人なのかあとイメージの違いに驚くことも少なくありません。
 リストへ
サーモン・キャッチャー  光文社 
 道尾秀介さんとケラリーノ・サンドロヴィッチさんがコラボして、小説は道尾さんが、映画はケラリーノ・サンドロヴィッチさんが担当することでできあがった作品です。
 舞台となる「カープ・キャッチャー」は、釣った魚の種類によってポイントがつき、景品と交換できるというパチンコ店みたいな射幸心を煽る釣り堀です。その「カープ・キャッチャー」で出会った6人の男女、まだ誰も獲得したことのない最高ポイントで交換する景品を見たいという娘の望みを叶えようとするホームレスで健康ランドで寝泊まりする便利屋の大洞、釣り堀で幽霊ビデオをでっち上げようとした極端に気が小さく人間関係を築けない賢史とその妹の智、ネットの語学レッスンの講師が拉致されるのを見てしまった釣り堀でバイトをする大洞の娘の明、閉店する「カーブ・キャッチャー」で最後の一匹をつり上げた“神”と呼ばれる釣りの名人のヨネトモ、ヨネトモから釣りの景品のトースターをもらったお金特ちだが孤独な市子という、父娘の大洞と明のほかはまったく関係のないはずの人々が複雑につながりながら物語が展開していきます。
 関係ないと思われた話がやがて繋がって大団円というパターンは、どこか伊坂幸太郎作品にも似ていますが、道尾作品でも「カラスの親指」の感じです。
 強烈に印象に残ったのは「ヒツムギ語」なんていう架空の言語。これか愉快。ヒツムギ語で「ジョン・ポル・ジョジ・リンゴ!」は、「けっきょく俺にはこのやり方しかない!」です。 日本語訳はともかく、「ジョン・ポル・ジョジ・リンゴ!」は、間違いなくビートルズのことでしょうね。それにしても、ヒツムギ語なんて遊び心は道尾さんが考えたのか、それともケラさんなのか・・・。映画ではこのヒツムギ語はどうするのでしょう。文字だからおもしろさがわかるということもあるのてすが。 
 鯉しかいない釣り堀なのに、“サーモン(鮭)”とはどういうことかと思ったら、最後の最後にそうきましたか。
 リストへ
満月の泥枕  ☆  毎日新聞出版 
 凸貝二美男(こんな名字あるんですかね)は、自分の不注意で幼い娘が亡くなってから自暴自棄となって仕事もせず酒浸りの生活となり、挙げ句の果て妻と離婚することとなる。池之下町のぼろアパートで一人暮らしをしていた二美男だったが、兄の死で兄の再婚相手が面倒を見られないと連れてきた姪の汐子を引き取ることになる。そんなある日、酔って公園で寝ていた二美男は2人の男が争う声を聞き、公園の池に何かが落ちる音と、去って行く男の姿を目撃する。池に落ちたと思われる剣道場の道場主の嶺岡道陣の孫・タケルから、池に沈む祖父の死体を探して欲しいと頼まれた二美男はタケルが提示したお金ほしさにぼろアパートの住人たちを巻き込んだ突拍子もない計画を実行する。ところが、池から出てきたモノを巡って二美男らは思いもよらない騒動に巻き込まれていくこととなる・・・。
 この作品は、道尾さんの作品の中では「ガラスの鍵」系のちょっとコミカルな部分も入った人情ミステリです。まずは、池の中に沈む死体をどうにかして池から探し出そうとする祭りの日の二美男たちの奮闘が山場ですが、ストーリーはそこから池から出現した“モノ”の正体を知っていそうな人物の行方を追う二美男たちの前に“モノ”を奪い取ろうとする者たちが現れ、更なる山場へと突入します。
 この作品のおもしろさは、もちろん、予想もできないストーリー展開とラストでそれまでにそこかしこに張られていた伏線が見事に回収されていくところにあるのですが、それとともに印象的な登場人物のキャラによるところが大です。
 心の中に娘の死という深い聞を抱えながらも、どこか三枚目キャラの二美男と小学校4年生にしてはしっかり者の大阪弁の姪の汐子と嶺岡タカシを始め、二美男がかつて夜逃げの際に利用した運送店の従業員で気になる女性である菜々子、家主の不動産屋の息子でありながら貧乏生活を体験したいとアパートの空き部屋に入居している壺倉光司、物まね芸人を目指しながら芽が出ない宝川隆史、昔はバイオリニストだった老原とその妻の香苗、まったく売れない画家である能垣と、こんな人たちを計画に巻き込んで大丈夫かと思ったら案の定のドタバダ騒ぎとなりますが、それぞれの特技を活かした活躍も見せてくれます。ちょっとクスッとして胸にジーンとくる話でした。 
 リストへ
スタフ  文藝春秋 
 掛川夏都はボランティアの看護師として海外で働く姉の一人息子の智哉と二人暮らし。夫と離婚した際、行きがかり上、移動デリを始めた夏都は、ある日、男にマンションの一室に拉致される。そこには緑色の髪の毛をしたテレビで顔を見る女の子・カグヤがおり、夏都に11年前のメールを消して欲しいと言う。実は夏都は、夏都と同じ場所で別の曜日に店を開く女性・室井杏子と間違われて拉致されたことがわかる。杏子はかつてアイドルとしてカグヤの姉で人気女優の寺田桃李子とコンビを組んでおり、当時桃李子が枕営業をした証拠となるメールを消してもらいたいと懇願したのに拒否したので姉思いのカグヤが強攻策に出たらしい。夏都は甥っ子の智哉とともに彼女に協力することになるが・・・。
 自分は間違われて、大いに迷惑を被っているのに、なぜかカグヤたちと一緒になってメールの行方探しをする夏都のおせっかいな性格はどうかと思うのですが、これもある人物の計算のうち。夏都が自分たちでいろいろ考えて行動してきたと思ったことが、実はある人物によって決められたルートを辿らされていたことが最後に明らかにされます。ちょっとそこまでうまくいくかという気もしますが。
 コミカルなストーリーだと思って読んでいましたが、謎が明らかになると、そこには意外に深い意味がある話でした。
 題名の「staph(スタフ)」とは辞書では「不規則なコロニーを形作りがちである球形のグラム陽性の寄生虫細菌」のことだそうですが、その説明さえ理解できず、このストーリーとどう繋がるのか読了後もわかりません。 
 リストへ
スケルトン・キー  角川書店 
 強盗によって母親を殺害され、帝王切開で生まれてから児童養護施設で育った坂木錠也は、施設を出た後、バイク便の会社で働いていたが、その無茶な走りに目を付けた週刊誌記者の間戸村に声をかけられ、彼の取材の手伝いで、取材対象者の尾行や時には家への侵入などの危ない仕事を行っていた。幼い頃から恐れや共感という感情を持たない彼は同じ施設で育ったひかりから「錠也くんみたいな人はね、サイコパスっていうのよ」と言われる。彼女からサイコパスは心拍数が少ないと聞いた錠也は、まともな状態が保たれるよう、心拍数を上げるための抗鬱剤を常用していた。また、尾行をする際のオートバイの命知らずの走りが心拍数を上げ、まともな状態を保つ手段となっていた。そんなある日、同じ施設で育った“うどん”こと迫間順平から呼びだされた錠也は、彼から錠也の母親を殺害したのは自分の父親ではないかと告白される。その日以降、平穏な日常が次第に崩れていく・・・
 最近の道尾作品とはかなり趣が異なるダークな雰囲気な作品でした。暴力シーンも多く、その暴力を何の感情もなくふるえてしまうという主人公・坂木錠也は、これまでの道尾作品の登場人物とはちょっと異質です。とはいっても、単なるサイコパスの物語ではありません。丁寧に読む人は気づくかもしれませんが、実はあちこちに伏線が張られていて、ふたを開けたらびっくりです。こちらは、○ページにある、医者を目指すひかりが語る脳の働きの話、人の顔を認識する際に右脳つまり左の視野を専ら使い、右の視野が無視される“シュードネグレクト”、つまり“疑似無視”という話をおもしろく読んでいたのですが、見事に道尾さんにやられました。
 ラストでは生まれてくる子を育てることができない母親の哀しい思いも語られ、このあたりは道尾さんらしいと思うのですが、個人的には歯に物が挟まったような、取りたくて取れないもどかしさを抱えたまま物語は終了します。消化不良ですねえ。 
 リストへ
いけない  文藝春秋 
 この作品中の第1章の「弓投げの崖を見てはいけない」は、2010年に東京創元社から刊行された蝦蟇倉市を舞台に起きる事件を描いたアンソロジー「蝦蟇倉市事件1」の1編として発表されたもの。その後、この物語を土台にして雑誌に発表した作品を合わせて、今回終章を書き下ろし、連作短編集として編まれたものです。それぞれの章で起きた事件はそれぞれの最終ページに掲げられた絵(写真)によって真相が指し示されるという趣向になっていますが、最後に作品全体を貫く中でのもうひとひねりが加えられているという形になっています。
 自殺の名所付近のトンネル内で死亡事故が起きたが、加害車両は逃走してしまう。やがて、車が特定されるが、警察が逮捕する前に加害者の男は事故現場で殺害される(「弓投げの崖を見てはいけない」)。これには、読者をミスリードする、あるトリックが仕掛けられており、更に、ラストで車に轢かれた人物は誰かを推理させる作品です。最後のページの地図をじっくり見てそれぞれの行動を地図に落としていけば自ずと轢かれたのは誰かは見えてくるというわけですね。
 万引きをしようと入った文房具店で珂(カー)は後姿のジャンパーの男の先に横たわる店主のおばあさんの足が見え、その後男が何かを巻いた毛布のようなものを車で運び去ったことから、おばあさんが殺されたのではないかと考える。しかし、女性は元気で、彼女の夫が死亡したことがわかる(「その話を聞かせてはいけない」)。これは、ちょっとホラーもどきの雰囲気でしたが、真相は最後のページを見なくてもわかってしまいます。
新興宗教の幹部の女性が自室の玄関ドアのノブに巻き付けたロープで首をつって死んでいるのが幹部の男性と不動産会社の社員により発見される。やがて、不動産会社の社員が殺害され、発見された彼の手帳には事件現場の様子を描いた絵が残されていた。刑事の竹梨は部下の水元と捜査を進めるが・・・(「絵の謎に気づいてはいけない」)。この話は最後のページの絵が作品中で一番衝撃的なものとなっています。
 最後の章は、主要登場人物が総登場。それまでの三話の関係性が明らかとなり、伏線が回収されていきます。驚きの真相が読者の前に提示されますが、更に道尾さんはある意味読者を消化不良にさせるラストをその先に用意していました。個人的には納得いかないですけど。
 リストへ
カエルの小指  講談社 
 「カラスの親指」の続編です。
 武内竹夫は前作での仕事の後、詐欺から足を洗い、今では派遣会社に籍を置き、スーパーやデパートで実演販売を行う実演販売士として暮らしていた。ある日、スーパーでジューサーの実演販売をしていた武内の前に中学生・キョウが現れる。キョウは、昔、武内が自殺を思いとどまらせた女性の子どもで、その女性が結婚詐欺に遭い、祖父母の財産を取られたことからキョウの目の前で自殺したことを告げ、母親を騙した結婚詐欺師・ナガミネを探偵を雇って探す資金稼ぎのために、武内から実演販売を学び、テレビの「発掘!天才キッズ」に出演して賞金を獲得したいと話す・・・。
 詐欺師が主人公の話であり、前作の「カラスの親指」のこともあるので、「きっとどこかで読者を騙すトリックが仕掛けられているのでは?」と気を付けて読み進めていたのですが、幾重にもだましが張り巡らせてあり、見事に騙されました。ただ、最後に大どんでん返しのあった「カラスの親指」と比較すると、騙しの仕掛けは小粒だったかなという気はします。
 「カラスの親指」は、阿部寛さん、石原さとみさん、能年玲奈(現在では「のん」)さんらで映画化されたので、どうしても彼らのイメージが読みながら頭の中に浮かんでしまうのですが、あれから10数年が経つ作品世界では、やひろとまひろが石原さとみさんとのんさんではさすがにイメージが違いますね。やひろと貫太郎との間に生まれた子ども・テツがITの知識に長けた小学生として、メンバーの一員に加わっているところに時の経過を感じます。 
 リストへ
雷電  新潮社 
 埼玉で小料理屋を営む藤原幸人は妻を娘・夕実のある行為が原因で起きた事故により亡くしていたが、当時幼かった夕実にはその事実を隠していた。ある日、子どもに真実を知られたくなければ金を用意するよう脅迫電話がかかり、更には店に脅迫者が現れたことにより、心労も重なって幸人は倒れてしまう。退院後、休養も兼ねて写真家を目指す夕実の憧れの写真家が撮った場所に行きたいという希望で、姉の亜沙美も同行して新潟県の羽田上村を訪れる。そこは幸人と亜沙美が幼い頃住んだ場所だったが、31年前、村の雷電神社の祭り“神鳴講”での“コケ汁”づくりに出かけたまま姿を消した母が、川で発見され、その後亡くなった事件が起こった村だった。また、その1年後の祭りの際には亜沙美が雷の直撃を受け身体に電紋が残るケガをし、幸人も側撃で記憶を失う事故が起こるとともに、村の有力者4人にふるまわれた“雷電汁”の中に入っていた毒キノコにより2人が死亡するという大きな事件が起きていた。その後、幸人の父が雷電汁に毒キノコを入れたのではないかという噂が広まり、逮捕とはならなかったものの、父は幸人と姉を連れて村を出たといういきさつがあった。久しぶりに村に来た幸人の前に脅迫者が現れ、再び惨劇が起きる・・・。
 事件の様相は読んでいる中でだいたい想像できてしまいます。母親の死の原因というのは、「ああ、こういうことだな」と何となくわかりますし、父親が犯人に疑われるのも、こういうストーリー展開だろうと読むことができます。そこに雷が落ちる事故が起きたことが事件を複雑化することになったという流れです。
 更に事件を複雑化するのは脅迫者の存在です。ここに読者に対する道尾さんのミスリーディングがあり、また、登場人物の勘違い、思い込みが謎の解決から遠ざけることになっていきます。
 ラスト、張り巡らされた伏線が見事に回収されていきますが、思わず道尾さんにやられたなとページを前に繰って再確認してしまいました。 
リストへ
いけないⅡ  文藝春秋 
  「いけない」シリーズ第2弾です。
 桃花の姉・緋里花は1年前に突然家を出たまま失踪していた。姉の裏アカでの投稿を見た桃花は姉が失踪した日に明神滝に行ったのではないかと考える。その滝には、自分の大切なものと引き換えに願い事がかなえられるという言い伝えがあり、当時乳がんの手術を控えていた母の手術の成功を祈って願い事に行ったのではないかと考えた桃花は滝に向かう・・・(第1章「明神の滝に祈ってはいけない」)。
 真は夏祭りの日にタニユウに誘われ、ヨッチ、ハタケの4人で首切り男の幽霊が出るという鶴麗山の麓にある銀杏の木のところで肝試しをすることになる。いつも偉そうにしているタニユウに仕返ししようと、真はヨッチとハタケと謀ってタニユウを驚かせようと考える。そのために幼い頃増水した川で流され、自分を助けようとした父親を亡くしてから引き籠りとなっている伯父が部屋で作っている首吊り人形を借りることとする・・・(第2章「首なし男を助けてはいけない」)。
 息子の暴力に耐えかねて息子を刺し殺し、遺体を橋の上から川に流したと年老いた父親が自白したが、その遺体がどこにも見つからない。必死で捜索を続ける隈島刑事は、やがてカーナビに残された「決定的な映像」を発見する。それに基づき警察は鶴麗山の捜索を始めるが・・・(第3章「その映像を調べてはいけない」)。
 どの話にも作者のミスリーディングが仕掛けられているのですが、中に挟み込まれた写真をよく見れば、真実がわかるのは前作の絵や写真と同じです。とはいえ、個人的には様々な違和感にはまったく気が付かず、写真の意味が分かったのは第2章の写真だけでしょうか。第1章冒頭の何かに祈っている少女の写真なんて、特に何のことやらです。第1章のミスリーディングについては、ミステリにはよくあるパターンなのに他の読者のネタバレを読むまで騙されていました。
 最終的には第1章の話が第3章に繋がり、終章で驚愕の事実が明らかなり、第2章の主人公の少年が第3章の人物と関わることにより、精神的な開放を得ることができるという構成になっています。読了感がいいのか悪いのか、どう言ったらいいのか戸惑う作品でした。 
 リストへ
きこえる  講談社 
 5話が収録されたミステリーです。冒頭に「この作品は耳を使って体験するミステリーです。」と書かれているように、5話それぞれの話の冒頭、又は中途や最後にQRコードが置かれており、スマホでこれを読み取るとYouTubeに誘導され、再生すると音声(あるいは音声とともに映像)が流れてきます。紙に書かれた物語にこの音声が加わることによって衝撃的な事実が明らかになる、謎が解かれるという体裁になっています。
 5つの話の音声は、帰宅途中の公園で通り魔に襲われて亡くなってしまったシンガーソングライターが残したデモテープに入っていた音声(「聞こえる」)、25年ぶりに出会った二人の男のトイレの中での会話(「にんげん玉」※実際は鏡文字になっています。)、倉庫の中から見つかった昔のラジカセに録音されていた両親と祖父母の話(「セミ」)、塾の講師が塾生の女子高校生の部屋に仕掛けた盗聴器から聞こえてきた声(「ハリガネムシ」)、DVに遭っている友人のスマホからの音声を拾ったICレコーダーに録音された音(「死者の耳」 これには映像もついています)。
 5話の中で「やられたなあ」と思ってのは、「にんげん玉」です。題名が鏡文字になっているのが、ある意味伏線だったのですね。
 ただ、音声を聞いて、すっきり謎が解けるというわけではありません。個人的には音声を聞いただけではいったい何なんだろう、理解できないなあという話もあって、ネットのネタバレ解説を読んで、ようやく「ああ、そういうことだったのかぁ」と納得することも。また、私の性格では読んで、QRコードを読み取ってという作業は面倒くさかったです。 
 リストへ