ある日、町の広報紙に「となり町との戦争のお知らせ」が掲載される。しかし、開戦日になっても周囲の生活はそれまでと全く変わらず、主人公北原修路はいつもどおり会社へと出勤する。ところが、次の広報紙を見ると、そこには戦死者の数が。やがて、役場からの通知で戦時特別偵察業務従事者に任命された主人公は、戦時下という実感を持たないまま戦争に巻き込まれていく。
第17回小説すばる新人賞受賞作品で、第132回芥川賞候補作です。
戦争という非日常的なできごとが起こったはずなのに、いつもと変わらない日常が始まります。途中から拠点偵察の任務を与えられたが、やることといえば、となり町のアパートで役場職員の香西さんと暮らすだけ。リアルティのない不思議な戦争です。
戦争が町の総合計画の中に位置づけられて、町の事業として淡々と遂行されていきます。戦場となる地域の住民説明会まで行われ、流れ弾で住居が破損した場合の補償の話まで出てきます。そのうえ、総務省によって、戦争従事者についての通達まで定められているのだから、なんだこの戦争は、と思ってしまいます。ところどころに任命書とか記録表とか、公的な文書が挟み込まれていますが、どうも作者は公務員らしく、さもありなんと思えるような各種文書です。「となり町戦争推進室分室業務分担表」なんて、ホントお役所の文書らしくて笑ってしまいます。
テーマは言うまでもなく戦争です。実感の伴わない戦争、しかし、どこかで戦闘は行われ、戦死者はでている。そこに関わることで、もしかしたらどこかで人が死んでいるかもしれないという、どこかすっきりしない気分を感じる主人公を描いています。
戦後60年となり、戦争を実体験していない世代が増えています。僕らにとっては、戦争は、日常とは関係なく、テレビの中のできごとにしか考えられません。世界の各地では戦争が起こっていますが、僕らはそれをテレビで見ながら、戦争はいけないことだとわかりながらも、どこか他人事のように感じています。死体が道ばたにあるのが映っていても、戦争を嫌悪するという気持ちよりも、「あ!死体だ」と、どこか興味本位で見ているところが正直のところあります。そんな僕らに「戦争」というものを考えさせてくれる作品です。
香西さんが主人公に言います。「戦争というものを、あなたの持つイメージだけで限定してしまうのは非常に危険なことです。戦争というものは、様々な形で私たちの生活の中に入り込んできます。あなたは確実に今、戦争に対して手を貸し、戦争に参加しているのです。」と。 僕たちも戦争とは関わり合いがないと思っていても、どこかで目に見えない戦争に参加しているかもしれません。
小説すばる新人賞の選考会で選考委員の井上ひさしさんが絶賛した作品です。僕としてもオススメです。 |