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三崎亜記の本棚

  1. となり町戦争
  2. バスジャック
  3. 失われた町
  4. 鼓笛隊の襲来
  5. 廃墟建築士
  6. 刻まれない明日
  7. 海に沈んだ町
  8. 逆回りのお散歩
  9. ターミナルタウン
  10. ニセモノの妻
  11. チェーン・ピープル
  12. 30センチの冒険

となり町戦争  ☆ 集英社
 ある日、町の広報紙に「となり町との戦争のお知らせ」が掲載される。しかし、開戦日になっても周囲の生活はそれまでと全く変わらず、主人公北原修路はいつもどおり会社へと出勤する。ところが、次の広報紙を見ると、そこには戦死者の数が。やがて、役場からの通知で戦時特別偵察業務従事者に任命された主人公は、戦時下という実感を持たないまま戦争に巻き込まれていく。
 第17回小説すばる新人賞受賞作品で、第132回芥川賞候補作です。
 戦争という非日常的なできごとが起こったはずなのに、いつもと変わらない日常が始まります。途中から拠点偵察の任務を与えられたが、やることといえば、となり町のアパートで役場職員の香西さんと暮らすだけ。リアルティのない不思議な戦争です。
 戦争が町の総合計画の中に位置づけられて、町の事業として淡々と遂行されていきます。戦場となる地域の住民説明会まで行われ、流れ弾で住居が破損した場合の補償の話まで出てきます。そのうえ、総務省によって、戦争従事者についての通達まで定められているのだから、なんだこの戦争は、と思ってしまいます。ところどころに任命書とか記録表とか、公的な文書が挟み込まれていますが、どうも作者は公務員らしく、さもありなんと思えるような各種文書です。「となり町戦争推進室分室業務分担表」なんて、ホントお役所の文書らしくて笑ってしまいます。
 テーマは言うまでもなく戦争です。実感の伴わない戦争、しかし、どこかで戦闘は行われ、戦死者はでている。そこに関わることで、もしかしたらどこかで人が死んでいるかもしれないという、どこかすっきりしない気分を感じる主人公を描いています。
 戦後60年となり、戦争を実体験していない世代が増えています。僕らにとっては、戦争は、日常とは関係なく、テレビの中のできごとにしか考えられません。世界の各地では戦争が起こっていますが、僕らはそれをテレビで見ながら、戦争はいけないことだとわかりながらも、どこか他人事のように感じています。死体が道ばたにあるのが映っていても、戦争を嫌悪するという気持ちよりも、「あ!死体だ」と、どこか興味本位で見ているところが正直のところあります。そんな僕らに「戦争」というものを考えさせてくれる作品です。
 香西さんが主人公に言います。「戦争というものを、あなたの持つイメージだけで限定してしまうのは非常に危険なことです。戦争というものは、様々な形で私たちの生活の中に入り込んできます。あなたは確実に今、戦争に対して手を貸し、戦争に参加しているのです。」と。 僕たちも戦争とは関わり合いがないと思っていても、どこかで目に見えない戦争に参加しているかもしれません。
 小説すばる新人賞の選考会で選考委員の井上ひさしさんが絶賛した作品です。僕としてもオススメです。
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バスジャック  ☆ 集英社
 「となり町戦争」で第17回小説すばる新人賞を受賞した三崎亜記さんの7編からなる短編集です。わずか3ページの短い作品から90ページ弱の作品まで内容はさまざまですが、どれも不思議な作品です。普通の小説は最後の「送りの夏」くらいではないでしょうか。「送りの夏」にしても十分変わっていますけど。
 おもしろかったのは、最初の「二階扉をつけてください」です。出産のため妻が実家に帰って一人暮らしの男の家に近所の中年女性が「そろそろ二階扉をつけてもらえないでしょうか」と言ってくるところから物語は始まります。男はさっそく二階扉をつけようとしますが、二階扉は何の目的でつけるのか、見積もりに来た工務店等の営業マンが名前は違うのに同じ顔を持っているのはなぜか、二階扉をつける工事になぜ幼稚園児がかかわるのか等、不条理な謎はまったく説明がされません。しかし、ラストには思いもかけない結果が待っています。ラストの衝撃度では作品中一番です。
 表題となっている「バスジャック」は、バスジャックがブームになっている世の中という設定が奇抜ですし、その中でバスジャックのためのいろいろな規制が定められているというのは、小説世界の雰囲気が「となり町戦争」とどこか似ています。その展開の切れの良さということでは作品集の中で一番です。
 集英社のホームページでお気に入り短編投票が実施されていますが、選ぶとしたら上記のどちらかでしょうか。そのほか、動物を“演じる”女性を描く「動物園」もなかなかですし、「二人の記憶」の最後の一行には思わず「いいなあ」と思ってしまいました。
 三崎さんの豊かな才能を味わうことのできる素敵な作品集です。    
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失われた町  ☆ 集英社
 「となり町戦争」で不条理な世界を描いて評判を呼んだ三崎さんですが、今回その三崎さんが描いたのは、町の“消滅”です。といっても町自身がそっくりなくなってしまうのではなく、そこに住む人々が消えるという話です。愛すべき人を失い、また町の消滅から取り残された人々が、それぞれの哀しみを抱えながら町の消滅後生きる姿を描きます。
 とにかく静かな物語です。「となり町戦争」のときも、戦争が起きている状況下にありながら、静かな雰囲気の話でしたが、今回も静謐さという言葉がピッタリの作品です。
 住民が消える現象が30年に一度起きるという世界、それも“消滅”は意識を持った“町”の意志によってなされます。単に町に住む人々の消滅だけでなく、失われた町に関係するものを見聞きすることによって“汚染”されていくという不思議な世界の話です。
 物語は三崎さん独特の世界観や言葉(例えば“残光”“余滅”“澪引き”“免失者”“分離”など様々な造語が出現します。)によって語られていきますので、正直のところとっつきにくいところがあります。僕自身も居留地とかの世界観に読んでいて挫折しそうになりました。かなり読者を選ぶ作品ではないでしょうか。
 物語の中心となるのは3人の女性です。30年前に消滅した町で消滅から残された“桂子さん”。彼女は消滅耐性(この言葉も読まないとわかりませんね。)を有していることから、現在消滅管理局に勤務し、新たなまちの消滅への対応に奔走しています。
 そして、汚染を寄せつけないほどの悲しみを心に秘めていることから回収員として選ばれ、「月ヶ瀬市」の各家庭から「月ヶ瀬市」やそこに住む人々を思い起こさせるものを回収してまわった茜。「月ヶ瀬市」の消滅で恋人を失い、その後町の消滅に立ち向かうために消滅管理局に入る由佳。どの女性も強い意志を持ち、新たなる町の消滅に向き合います。この女性たちがとても魅力的です。
 そんな女性3人を中心に、彼女らを取り巻く男性たち。「月ヶ瀬市」の消滅で妻や息子夫婦、孫を失ったペンション経営者の中西、「月ヶ瀬市」の住民でありながら、隣町にいて消滅から免れた和宏、茜の高校の同級生勇司、消滅管理局の総監、居留地の住民脇坂が彼女らに関わってきます。この物語では男性陣は脇役に徹します。その中で、ラストに明かされる中西とある人物のエピソードにはホロッときてしまいました。
 ネタバレを恐れずに言うと、最近見たアメリカのテレビドラマ「4400」のように、消滅した人々が戻ってくるという感動的な展開はありません。残された人々のそれぞれの想いが新たな町の消滅に立ち向かっていく中で静かに語られていくだけです。
 それにしても、悲しみを表すことが許されないというのは、なんて辛いものでしょう。嘆き悲しむことによって、人は愛する人を失った悲しみを癒すことができるのでしょうから。
 なぜ、町は“消滅”を繰り返すのか。最後までそのことについての説明はありませんし、町との戦いがどう決着するのかの回答は出てきません。ただ、最後まで読み終わったあとに、始めの「プロローグ、そしてエピローグ」に戻ることで、大きな救いをそこに見いだすことができます。
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鼓笛隊の襲来  ☆ 光文社
 仙台に行ったときに書店で見つけたサイン本を思わず買ってしまいました。9編からなる短編集です。
 相変わらず三崎さんが描くのは不可思議な世界で繰り広げられる物語です。最後まで読んでも、その不可思議な世界には何らの説明もなされないまま物語は終了します。
 表題作は、あたかも台風のように“鼓笛隊”が日本を駆け抜け、甚大なる被害を与えるという話です。「え!鼓笛隊が通り過ぎると被害が出る? いったい、この世界は何だ?」と思うのですが、それに対する回答は与えられません。ただ、内容はSF的ではありますが、実はおばあちゃんと家族との繋がりを描いた心温まる物語です。
 9編の中で唯一の書き下ろしの「同じ夜空を見上げて」は、この作品集の中で一番好きな作品です。突然の事故で恋人を失った女性の立ち直りを描いたものです。昨日まで横にいた人が今日からはいないという喪失感から立ち直っていくことは、本人にとっては大変なことでしょう。本当ならいつまでも思い出の中にいた方が楽かもしれません。しかし、三崎さんは主人公に辛いながらも再出発の道を与えます。ちょっと泣けます。
 「覆面社員」も印象的な作品です。覆面をかぶって仕事ができることが許される世界の話です。覆面をかぶって出社してきた後輩のことを気遣う話が途中で一転します。読んでいて、がらっと風景が変わるこの作品、うまいですねえ。
 そのほか、センチメンタルな恋の話の「遠距離・恋愛」、ゾッと恐ろしさを感じさせる「『欠陥』住宅」、「校庭」、ちょっと悲しい「象さんのすべり台のある街」、「失われた町」の雰囲気を感じさせてくれる「彼女の痕跡展」、「突起型選択装置と、不可思議な世界の中での様々なジャンルの話を味合わせてくれます。三崎ワールドを十分堪能できる作品集です。
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廃墟建築士 集英社
 表題作を含む4編からなる短編集です。4編はどれも建物をモチーフにした作品となっていますが、相変わらず三崎さんらしい不可思議な世界が描かれています。
 「七階戦争」は、街の建物の七階で事件が頻発することから、七階の取り壊しを決定した町当局とそれに反対する住民との闘いを描いています。七階を取り壊せば八階が七階になると思うのは普通の考えなんですが、三崎さんの作品ですからそう簡単にはいきません。ホテルでよくあるように、3号室の隣が4号室ではなくて5号室という、あの感覚でしょうか。読んでいるうちに、いつの間にか、三崎さんの不条理な世界の中に取り込まれてしまいます。
 表題作の「廃墟建築士」は、題名のとおり“廃墟”を建築することを仕事とする男の話です。“廃墟”というのは、すでに人間が住むことがなくなった、あるいは利用しなくなって朽ち果てている建物のことをいうのであって、それを建築するというのは発想の転換ですよね。“廃墟”ではありませんが、読んでいて心に浮かんだのはガウディのサグラダ・ファミリアでした。
 「図書館」は本好きとしてこの短編集の中で一番気になる作品でした。夜の図書館では本が本棚の周りを羽をはやしたように飛び回っている。でもその本たちには隠されている野生があり、そんな本たちの調教師もいるなんて、ちょっとファンタジックです。短編集「バスジャック」に収録されている「動物園」の登場人物、日野原が再登場しているのも気になるところです。
 「蔵守」は蔵とそれを守る蔵守との交互の語りで物語が進んでいきます。蔵が語るなんて、それだけで不可思議な世界の物語です。ラスト明らかにされる蔵を守らなければならない理由、そして蔵を奪わなければならない理由は悲しいですよねえ。
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刻まれない明日  ☆ 祥伝社
 10年前に3095人の人が忽然と消えた町。その町では、今でも消滅した地区にあった図書館分館からは消えてしまった人々の貸出記録が届き、ラジオ局には消えてしまった人々からのリクエスト葉書が舞い込みます。さらに、消滅した時間に走っていた路線バスが同じ時間に走っているのが目撃され、あるはずのない鐘の音が聞こえます。そんな奇妙な現象が、今でも10年前に消えてしまった人とあとに残された人をつないでいる不思議な町を舞台にした物語です。
 人が忽然と消えるということからは、「失われた町」の続編かなと思ったのですが、はっきり「月ヶ瀬」という町の名前が出てくるわけでな<、アナザーストーリーと考えた方がいいかもしれません。
 しかし、描かれる世界(町?)は、同じようですし、同じ名前の似たような登場人物もいます。「Feel Love」という雑誌のvol.7で三崎亜記特集が組まれていますが、その特集によると、第3章に登場する女性が「失われた町」にも一瞬顔を出しているそうです。また、第5章に登場する黒田さんは、名前は同じで違うキャラクターとして「バスジャック」収録の「送りの夏」にも登場しているようです。また、図書館の従業員として登場する鵜木さんは「廃墟建築士」収録の「図書館」にも登場しますし、“予兆”さんも「失われた町」ではエピソード4で歌声だけが登場します。第3章では7階が撤去された建物も登場しますが、これは三崎さんの前作「廃墟建築士」の中の「7階闘争」で描かれていたことですよね。そのほか、“ヒノヤマホウオウ”や“バスジャック規制法”、“奏琴”等々三崎さんの他の作品に出てくるものがあちらこちらに顔を出します。まさしく三崎ワールドの中のお話です.
 序章から新たなる序章までの7章から成り立ちますが、どの章も、失った人たちへの思いを残しながらも、新しい一歩を踏み出そうとする人たちを描いています。そして、お互いを支え合う愛する人を見つけた人たちの話、ラブ・ストーリーでもあります。
 特に第5章で愛する男性の顔を認識できる代わりに、彼以外のすべての人から記憶されなくなることのどちらを選択するかと問われた登場人物が選択した答えは、当然予想できますが、べたなラブストーリーでありながらジーンときてしまいます。
 三崎作品を読んでいる人にとってはもちろん、「失われた町」を読んでいなくても十分楽しめる作品になっています。
※第5章では、「失われた町」では明らかとされていなかつた町の消失の原因が語られています。「失われた町」を読んでいる人にとってはは、興味深い章ではなかったでしょうか。
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海に沈んだ町  ☆ 朝日新聞出版
 作者の名前を隠して読み始めても、「あ〜 これは三崎さんの作品だな」とすぐわかるほど、三崎作品の香りがたっぷりのの短編集です。表題作を始めとする9編からなります。不条理な世界のオンパレードです。
 中では最後に収録された書き下ろしの「ニュータウン」が個人的に一番です。先日もニュースで放映していましたが、高度経済成長期の象徴であったニュータウンも今は高齢化の波が押し寄せ、当時の賑やかさは見る影もありません。この作品は、最後に残った“ニュータウン"を国が保護するという話です。ニュータウンを生物のように扱い、あたかも絶滅危惧動物を外来種の進入から保護するかのように外部から隔離しています。そこに住む住民たちがテレビで見る番組もニュータウン華やかなりし頃の番組の再放送だけというもの。相変わらずのユニークな発想ですね。形式的なお役所仕事を笑っているかのような三崎さんお得意の作品です。
 「ニュータウン」と同じ雰囲気の作品が「団地船」です。団地がそのまま船として航海をする“団地船"。かつては団地船に住むことが憧れのライフスタイルとなって、時が移り、今では住む人も減り廃墟同然になっているという話です。昔団地船に引っ越していった好きな女の子を訪ねる男を描きますが、9編の中では、一番涙腺を刺激する話になっています。「ニュータウン」に次ぐお気に入りの作品です。
 「巣箱」はブラックユーモア作品です。生き物のように増殖する巣箱の駆除に右往左往する住民の姿を描きますが、ラストには思わず笑わせられます。「四時八分」は、午前四時八分で時間が止まり、永遠に朝がこないまま住民が眠り続けている町の話。これだけだと思ったら最後にもうひと捻りがあるのが三崎さんらしいところです。その他のどの作品も短い作品ながら読み甲斐のある作品となっています。
 なお、冒頭の「遊園地の幽霊」には、三崎さんの他の作品にも顔を出す図書館員の鵜木さんも登場しています。
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逆回りのお散歩 集英社
(ネタバレあり)
 市町村合併を題材にした表題作の「逆回りのお散歩」と「となり町戦争」のスピンオフ作品である「戦争研修」が収録されています。
 市町村合併を題材にしているところは、元市役所職員だった三崎さんらしい作品です。実際の平成の市町村合併の際もそれぞれの市町村では住民の賛成、反対があって、中には合併を断念したケースもありました。この物語では、合併相手のC町がA市の乗っ取りを謀っているとして合併反対がネット上から起こります。
 相変わらず三崎作品らしい不思議な雰囲気の作品です。「となり町戦争」では、どこで起きているのかわからない戦争が描かれましたが、三崎さんによると、この作品では「そこで起こっているのを誰もが見ているのに、存在しない戦争」を描きたかったそうです。
 ネットから始まる合併批判、やがて市による反対運動への介入をさせないための「お散歩デモ」が起こりますが、“主義者”が反対運動に賛同することにより、逆に一般市民が運動から離れ、やがて反対運動はなかったかのように沈静化していきます。三崎さんの言う「起こったことを、起こらなかったことにする力」が働いたのです。
 この作品の主人公の聡美は、都会での勤めを辞めて地元に戻ってきた友人が反合併運動に関わっているのではないか、そしてその反合併運動を潰そうとしているのが自分の不倫相手である議員ではないかと疑惑を抱きます。最後に明らかとされた思わぬ事実を前に、聡美はどういう決断をしていくのかが、この作品の大きなテーマの一つのようです。
 「戦争研修」は、「となり町戦争」に登場していた香西が主人公の作品です。戦争のための研修会だなんて、なんだか公務員らしい発想だなんて思ってしまうのですが。
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ターミナルタウン  ☆ 文藝春秋
 かつては鉄道のターミナル駅であった静ヶ原駅を抱えて発展してきた静原町。路線が廃止され、残った線も通過駅となってターミナル駅としての機能を失ったことから、町は衰退の一途を辿り、今では隣の開南市に吸収合併され、市の一地区として存在していた。ある理由から、町は東西に分裂しており、西口の商店街は存在しない“タワー”を迷惑施設として補助金をもらって細々と営業を続けている一方、元町長の娘婿に率いられた隨道士たちは駅の東西通路を閉鎖し、東口に居を構えていた。ある日、旧都からやってきた一人の男により商店街の活性化が試みられるが・・・。
 三崎さんの作品といえばデビュー作の「となり町戦争」を始めとして、「失われた町」など、架空の町の不思議な設定の作品が多いのですが、この作品もかつてはターミナルタウンとして栄え、今は衰退した町を舞台にしたパラレルワールドを感じさせる不思議な作品です。
 ある理由から影を失った男、ある目的を持って町にやってきた男、父親の介護のため町に戻ってきた娘、かつて神童と呼ばれていた男、道端で通行人の数をカウントする男、隧道を種から育てる隨道士たち、「町興し」を専門に行う接続主任者、鉄道原理主義者等様々な人が静原町に集まる中で起こる出来事がサスペンスタッチで描かれていきます。
 隧道士、接続主任者、鉄道原理主義者など、三崎さんらしい造語がいっぱいですが、何といっても“隧道”です。造語ではありませんが、トンネルとは異なる“隧道”という存在、なんと種から育てるというのですから、いったいどうしたらそんな発想が出てくるのでしょう。祇園祭の山鉾巡業の山鉾のように、あるいは、ねぶた祭りのねぶたのように、隧道が町の中を隧道士によって動くシーンは、想像するだけで楽しいです。
 一人の男によって始められた町おこしが、様々な人の思惑で当初の目的からズレていきます。果たして静原町はどうなるのか。存在しない“タワー”の秘密は何なのか。町にやってきた商店街の活性化を図る男の目的は何なのか。町長と娘婿との間の確執は何なのか。町の騒動を冷静に見ている“神童”は何を考えているのか。色々な謎が出てきて、早く先の展開を知りたくてたまらなくなる作品です。三崎さんの不思議な世界を知っているだけでなく、三崎作品の造語やSFっぽい感じに戸惑わなければ、初めての人でも楽しむことができます。
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ニセモノの妻  新潮社 
 デビュー作の「となり町戦争」から不思議な世界の物語を書き続ける三崎さんですが、今回収録された4編も、この世界とは異なるパラレルワールドの世界で起こる“不思議な”あるい“不条理な”物語となっています。
 冒頭の「終の筈の住処」では、隣接しているわけでもなく、環境被害を与えているわけでもないのに、なぜか離れた地域の住民から強硬に建設を反対されていたマンションに住み始めた若夫婦の戸惑いを描きます。三崎作品らしく、問題は収束したものの、読者の「いったいなぜ?」という気持ちに正解が与えられないまま終わります。
 表題作の「ニセモノの妻」は、罹患すると自分とまったく同じ「ニセモノ」が突然出現するという感染症が流行る中、妻から自分はニセモノだと言われた夫が“ニセモノの妻”と一緒に“ホンモノの妻”捜しの旅に出る話です。ニセモノを排除しようとする国と甘い言葉でニセモノを呼び寄せてとんでもないことを考える集団が入り乱れる中で、ラストはやっぱり三崎さんらしい終わり方です。いったい、妻はホンモノなのかニセモノなのか・・・。
 「坂」は“坂”という存在がブームになる中で、“坂愛好家”の夫婦が“坂が好き”という考え方の違いから仲違いをする中で思わぬ争いに巻き込まれていく話です。「坂」をバリケード封鎖し、誰も通れない状態は“坂”ではなく単なる“斜面”だと主張するバリケード封鎖派の主張や「坂」と見なされないと市役所として対応できないとする市役所の「坂課」のお役所的な対応に不条理な三崎ワールドが全開です。
 突然出現した断層により家族が引き裂かれる様子を描く「断層」は、4編の中ではストレートに悲しみを描く話です。主人公夫婦のバカップル的な会話にはちょっと閉口するところもあるのですが、妻と自分との時間の流れが異なるのを妻に気づかせないようにする夫の姿にグッときてしまいます。 
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チェーン・ピープル  幻冬舎 
 この作品は「はじめに」もあるとおり、あるルポライターが「各章ごとに1人の人物にスポットをあて、合計「6人」の、さまざまな人生の軌跡を辿っていく」物語です。
 冒頭の「正義の味方」で語られる人物(?)は、“ウルトラマン”らしき正義の味方。40年前に未確認巨大生物と戦い、当初は“正義の味方”として国民の期待を一身に集めて戦った彼が、しだいに疎まれて姿を消さざるを得なかった過程を辿っていきます。最初は好意的な意見ばかりだったのに、時が経つにつれ、次第に否定的な意見が現れ、それが逆に多数意見に形成されてしまうということは、何だかこれはどこにでもあるよくある話です。
 そのほか、「似叙伝」では人の希望にかなう自叙伝ならぬ似叙伝を書く男が、表題作の「チェーン・ピープル」では“平田昌三”という人物を体現する男たちが、「ナナツコク」では代々頭の中にだけ存在する“ナナツコク”という国の地図を引き継ぐ女が、「ぬまっチ」では着ぐるみなしの“ゆるキャラ”を演じる男が、「応援」では人気絶頂の故、逆に過剰すぎるファンの応援から引退へと追い込まれ、更にはその後の人生さえも狂わされる俳優が描かれます。
 ルポライターの取材によってそれぞれの人生が浮き彫りにされていくところは同じですが、それぞれの6人(?)には繋がりはありません。三崎亜記さんらしいアナザーワールドでの不思議な人たちの話です。
 それぞれの人物の人生だけでなく、「ぬまっチ」での“裸の王様”の話や「応援」でのネットパトロンの行動原理となる彼女らの正義の恐ろしさなど、考えさせられるところの多い作品でした。 
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30センチの冒険  ☆  文藝春秋 
 ある日、実家に帰るために乗ったバスで寝過ごしてしまった図書館司書の悠里(ユーリ)は、不思議な世界に迷い込んでしまう。その世界は、世界の道筋を記憶する女性“ネハリ”が亡くなり、その後継者が突然街から姿を消してから、「遠近」の概念が狂って、近くに見えるものも、近くにあるとは限らず、家の外に出ればたちまち迷って家に帰ることができなくなってしまう世界だった。ユーリはエナという女性に助けられ、彼女の家にやっかいになる・・・。
 三崎ワールド全開という作品です。ただ、従前の作品は、舞台となるのが、普通の世界のようだが、どこかちょっとズレた不可思議な世界、いってみればパラレルワールドのような世界だったのですが、今回はロールプレイングゲームの世界での冒険譚という感じになっています。
 これまでの三崎作品に登場した、ハーメルンの笛吹きのように人を巻き込んで行進し続ける“鼓笛隊”や“本を統べる者”、“空を飛ぶ本”も登場します。また、“ウノキさん”は、「廃墟建築士」に収録されている「図書館」や「刻まれない明日」等にも登場していた図書館員の“鵜木さん”を意識しているのでしょうか。そのほか、町を統率する施政官、遠近の狂った世界で独自の測量方法で町から町への道を辿る測量士、そしてユーリには聞き取ることのできない職業のムキら新たなキャラも登場します。
 果たしてユーリや施政官たちは鼓笛隊の襲撃を止めることができるのか。帯に書かれた「30センチのものさし。それを持った人間がこの世界では救世主になる」とはどういうことなのか。ユーリが聞きとれないムキの職業とは何なのか。後半、世界の滅亡を救おうと砂漠の中に歩み出したユーリたちが様々な危機を乗り越えながら進んでいく様子はまさしくロールプレイングゲームの世界のようでした。
 ユーリが思い出せない実家に戻ってきた本来の目的は何なのか、そしてユーリは元の世界に戻ることができるのか、若返っていくエナはどうなるのか。先を早く知りたくてページを繰る手が止まりませんでした。 
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