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湊かなえの本棚

  1. 告白
  2. 少女
  3. 贖罪
  4. Nのために
  5. 夜行観覧車
  6. 往復書簡
  7. 境遇
  8. 白ゆき姫殺人事件
  9. 母性
  10. 望郷
  11. 高校入試
  12. 豆の上で眠る
  13. リバース
  14. ポイズンドーター・ホーリーマザー
  15. ユートピア
  16. 未来
  17. ブロードキャスト
  18. 落日
  19. ドキュメント

告白  ☆ 双葉社
 小説推理新人賞受賞作である「聖職者」を第1章に据えて、長編化した作品です。
 とにかく、女性教師森口の生徒に対する語りだけで構成されている第1章だけでも衝撃的です。学年最後のホームルームで、担任の森口が校内で自分の娘が死んだ事件のことからクラスの生徒の中に殺害犯人がいるという指摘、そして犯人に対する森口の復讐を淡々と語っていきます。読み始めて頭に浮かんだのは、黒武洋さんの「そして粛正の扉を」です。あれほど破天荒ではないですが、やっぱり凄すぎる教師の復讐劇にあ然としてしまいます。
 第2章以下は、クラスメートの女の子、犯人とされた少年Bの母親、少年B、少年A、そして再び森口のモノローグで事件が語られていきます。あまりに自分勝手な少年たちの犯罪とこれでもかというくらい恐ろしい復讐に読後感は悪いし、もちろん読んでいても非常に嫌な気持ちになってきます。ラストは本当に救いようがないですね。こんなことありえない、絵空事だと思いながらもグイグイ引き込まれていって、いっき読みでした。これで新人作家ですから、凄いですよね。オススメですが嫌な気持ちになること請け合いです。
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少女 早川書房
 昨年の「このミス」で国内部門第4位にランクインした「告白」で注目を浴びた湊さんの第2作です。
 「告白」は、教師が教え子たちに復讐をするという衝撃的な内容の作品だったのですが、今回はそれに比べると割とおとなしめです。とはいえ、読後感の悪さは相変わらずです。
 物語は、「死」に興味を持った二人の少女の語りで進められていきます。一人は「死」を見るために病院の小児科病棟の子どもと仲良くなる由紀。もう一人は、老人ホームでボランティアをしながら「死」に対面できるのではないかと期待する敦子。二人は幼いころからの友人だったが、あることかをきっかけに今は気まずい関係になっています。
 劇的な死のシーンの演出のため、仲良くなった子どもの父親探しをする由紀と、老人ホームでうだつの上がらない中年男と仕事をする敦子を描きながら、様々な伏線が仕掛けられていきますが、最後にそれがどういう形で収束するのかがある程度予想がついてしまいます。簡単にいえば、因果応報の物語です。こんなに因果が巡るなんてことはあり得ないだろうけど、小説だからまあいいかと思うか思わないかが、この作品におもしろさを感じるかどうかの分岐点になりそうです。
 題名になっている二人の“少女”は、等身大の高校生だと言われると怖いものがあります。少女の特権であるいわゆる“無邪気”ということで片づけることはできませんね。作者の湊さんは、読者が読み進む中で頭の中に思い描いた少女たちの姿を、最後にものの見事に砕きます。
 それにしても、因果応報ということからすれば、二人がこのままではおかしいだろうなどと残酷なことを考えてしまうのですが・・・。
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贖罪 東京創元社
(ちょっとネタバレあり)

 夏休み中の小学校の校庭で遊んでいた5人の少女。そのうちの一人が男によって言葉巧みに連れ去られ、暴行、殺害される。犯人が逮捕されない中、事件から3年後、警察の事情聴取に対し男の顔を覚えていないと言った4人の少女に対し、殺された少女の母親は、「 あんたたちを絶対に許さない。犯人を見つけるか、納得できる償いをしないと、あんたたちに復讐する」という言葉を残し町をあとにする。
 何という酷い言葉を投げつけたのでしょうか。母親の言葉は、少女たちのその後の人生に大きな影を落とすことになります。愛する子どもを殺されたという辛い事実があるにしても、はっきり言って、4人の少女たちに対しては逆恨み以外のなにものでもありません。しかし、それがトラウマになつて人生を踏み外すこととなる少女たちにとってはたまったものではありません。
 物語は章ごとに4人の少女の独白により、彼女らのその後の人生が描かれていきます。その痛々しさに深く考えずに少女たちを脅した母親に腹立たしさを感じてしまいます。そのうえ、母親の独白の章「償い」で語られる身勝手さと、事件の真実には開いた口がふさがりません。
 今回も非常に後味の悪い読後感です。ただ、わずか7ページの終章がいくらかそれを和らげていたでしょうか。読み始めたら止まらず、いっき読みでした。読者を物語の中に引きずり込んでいく手腕はたいしたものです。ただ、犯人の動機があのようだったにせよ(ネタバレになるので言えません)、小学生の少女を暴行して殺すなどとは考えられません。変質者でない者があえて変質者のせいにしようとして性的な暴行ができるのか大いに疑間があるところです。
 それともう一点、物語の進行に大きな影響を及ぼす事実の誤りがあります。飲酒運転の部分ですが、現在の取扱いが昔もそうだったと思ってしまった湊さんの勘違いですね。
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Nのために 東京創元社
 高級マンションの1室で、妻の浮気に怒った夫が妻を殺し、その夫を浮気相手が殺すという事件が起きる。物語は、その夫婦を巡る4人の男女の独白とその中の一人が書いた作中作により、事件の裏に隠された真実が明らかにされていくという体裁になっています。
 作者の湊さんは、デビュー作の「告白」のインパクトがあまりに強すぎて、後の作品の影が薄くなるという損な作家さんです。今回、それまで続けていた二文字の題名から脱却して、新たな方向を探ったようですが、やはり今回の作品も「告白」は超えられなかった感があります。
 登場人物は、その姓名にNのイニシャルを持つた人たちです。題名は、それぞれが自分が想う“N"のために行動することからきているようです。独白の中で、登場人物たちが悲惨な過去を持っていることが語られますが、そんな者ばかりが偶然にも集まるのかという気もします。
 そんな過去があるにせよ、彼らが勝手に自分であれやこれやと思いこんで行動し、挙げ句の果てに惨劇を招いてしまったことに共感をおぼえることができず、最後まで物語の中に入り込むことができませんでした。だいたい何故に事件の真実を歪めなければならなかったのか、彼らの気持ちは理解できませんし、湊さんが描こうとした恋愛の形も残念ながらまったくもって理解できませんでした。
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夜行観覧車 双葉社
  高級住宅地で起こったエリート一家の高橋家の妻による夫の殺害事件。物語は、残された高橋家の子どもたちと、向かいの遠藤家の家族を描きながら事件の真相を浮び上がらせていきます。ストレートに“家族"とは何かをテーマにした作品です。
 事件が起きた高橋家は父親は医者、3人の子どもはいわゆる“優秀"で、端から見れば羨むばかりの家族です。一方、向かいの遠藤家は、一人娘は私立中学受験に失敗してから家庭内暴力傾向にあり、母親は娘の顔色を窺うばかり、父親は家庭内のいざこざからは逃避するという状況にある家族です。あまりに対照的な家族で、事件が起きるとすれば遠藤家かと思ったら、実際には高橋家という予想外の展開です。
 今回のストーリーは、簡単に言ってしまえば、外部から見れば、「どうしてあの家で?」と思われる家族の中にも、それぞれの心の中に秘めたものがあり、それが何らかのきっかけで爆発してしまったあと、それぞれが家族とは何かを見つめ直して行く話です。
 「告白」ほどのインパクトはありませんし、テーマとしても使い古された感があり、その中に新たな思いなり、視点が入っているということも感じられませんでした。ラストも、ここまで崩壊した家庭が元に戻ることができるのかと疑問もあります。しかし、だからといって、つまらなかったということではありません。読み出したらいっき読みでした。これだけいっきに読ませるというのは、湊さんの才能にほかなりませんね。次作にも大いに期待ができます。

※善人だか悪人だかわからない隣家の小島さと子さんのキャラクターは理解できません。性格、破綻していませんか?
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往復書簡  ☆ 幻冬舎
 題名どおり、往復書簡で構成される3編からなるミステリ中編集です。
 離れた人とのコミュニケーションは、今では携帯があれば電話もできるし、メールを送ることもでき、手紙を書くということはまずありません。僕自身も今年手紙を書いたのは1度きり。そんな今ですから、手紙で構成される作品を書くことは、手紙であることの必然性がなくては作品そのものが現実味のないものになってしまいます。このあたり、掲載された3編とも、往復書簡であることが違和感のない設定とされています。湊さん、うまいですねえ。
 「十年後の卒業文集」は、同級生の結婚式に集まった女性たちの往復書簡によって、高校生時代のそれぞれの隠された心の中が明かされていくのですが、謎解きがちょっと強引な気がします。
 「二十年後の宿題」は、恩師からかつて恩師とともにある事件に遭遇した6人の教え子を訪ねることを依頼された男と恩師との往復書簡です。なぜ、恩師が彼に依頼したのかがラストで浮かび上がるところが見事です。
 「十五年後の補習」は、突然国際ボランティア隊として外国に行ってしまった男性とその恋人との往復書簡です。二人の関係に深い影を落としていた事件の真相が手紙のやり取りの中から浮かび上がってきます。
 今回も今までのように人の心の奥を描きだしていますが、3話とも嫌な感じで終わっていません。特に「二十年後の宿題」は、逆に温かな気持ちにさせてくれます。衝撃のデビュー作「告白」以降、次々に新作が出版されましたが、正直のところデビュー作を上回るおもしろさは感じられませんでした(それほどデビュー作が凄かったということですが。)。でもようやく、「告白」に次いで、楽しむことができる作品に出会った気がします。おすすめです。
 それにしても、手紙を読むというのは、他人のプライヴァシーを盗み見るようなちょっとドキドキ感がありますね。
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境遇 双葉社
 主人公は36歳の二人の女性です。一人は県会議員の夫を持ち、絵本作家としてのデビュー作がベストセラーとなった陽子。もう一人は新聞記者の晴美。二人は共に親に捨てられ、児童養護施設で育った過去を持ち、陽子が晴美が育った施設にボランティアに行ったことをきっかけで友人となります。ある日、陽子の5歳になる息子が誘拐され、「無事返して欲しければ、世間に真実を公表しろ」という脅迫状が届けられる。“真実”とは一体何なのか。陽子は晴美の手を借りて“真実”を探すが・・・。
 読んでいると、何となく犯人の予想ができてしまったのですが、結果も予想どおり。ただ、犯人がわかって種明かしがされたあとに、犯人の動機に大きく関わる部分でどんでん返しがあったのが読みどころでしょうか。これもまたひとつのパターンではありますが。
 
※本書は書き下ろしですが、すでにテレビ朝日系で松雪泰子さん、りょうさん主演でドラマ化が決定しているそうです。これって、テレビドラマ化ありきの作品だったのでしょうか。
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白ゆき姫殺人事件  ☆ 集英社
 山林の中で、十数箇所も刺された上、焼かれた死体が発見される。身元は化粧品会社のOL・三木典子だと判明するが、彼女の同僚・城野美姫が殺害された日から家族が危篤状態だと嘘の休暇届を出したまま行方不明となっており、美姫に疑いの目が向けられる。
 「白ゆき姫殺人事件」とは、最近ミステリーの世界でもないようなストレートな題名です。テレビの2時間ドラマの題名のようですが、これは作者の湊さんが○○殺人事件という題名を1度付けてみたかったからだそうです。
 本の前半4分の3はフリーライター・赤星の取材に応じた美姫の同僚、同級生、実家の近所の人、そして家族へのインタビュー記事等で構成され、後半4分の1は、“関連資料”として、赤星が書ぎ込みをするコミュニティサイトでのやりとりや週刊誌・新聞の記事で構成されています。
 事件が起きると、よく登場してくるのが“近所の人”や“学生時代の友人”です。彼らがテレビや雑誌の取材に対し、「いつかこんなことが起きると思っていた」とか「幼い頃はとってもまじめな子だった」などと、好き勝手なことを話します。それを聞いた視聴者や読者は、犯人のイメージを膨らませていくことになります。真実がどうなのかはわからないのに、無責任な言動も、週刊誌の記事になれば、つい信じ込んでしまい、その人の人物像を作り上げていってしまいます。そのうえ“関連資料”にもあるとおり、今のネット社会では噂話や個人情報なんてあっという間に広がります。
 この作品でも周囲の人の話から殺された女性・典子と疑いをかけられた女性・美姫の姿が浮き上がってきます。事件の背景も明らかになってきますが、同僚や同級生の口から語られる彼女らの人となりが、語る人によって異なるため、事件の謎は逆に深まってきます。でも、語る人によって人物像が異なるというのはよくあることです。ある行為を善意に取る人もいるし、悪意に取る人もいますからね。
 この作品はミステリーですが、犯人あてというよりは、無責任な言動や記事等により、その人の人物像が勝手に作り上げられていってしまう恐ろしさを描くことに主眼のあった作品といっていいのではないでしょうか。
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母性 新潮社
 団地の4階から転落した少女の母親のコメントが気になった高校教師、自殺を図ったらしい少女、その母親の3人の語りで物語は進みます。とにかく、この母親の自分の母にべったりの様子は気味が悪いくらいです。子どもを産んだのに母親になることができず、いつまでも娘でいることを望んでいる精神的に成長できない女性。誤解を恐れずに言うと、女性というのは、男性とはまた違うのでしょうか。母に対する気持ちがまったく理解できませんでした。
 彼女だけではありません。この作品の登場人物には共感できる人がいません。嫁いびりに容赦のない義母、義母に罵られる妻をかばおうともしない夫、自分の息子の世話を義妹に押し付けるのが当然だとばかりの夫の妹、読んでいて腹が立ってきます。ラストはちょっとホッとしましたが、決して読後感がいい作品ではありません。
 帯に湊かなえさんの「これを書けたら作家を辞めてもいい。そんな思いを込めて書き上げました。」という言葉が書かれていますが、それほどの作品かなあと思ってしまったのは、僕が男だからでしょうか?
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望郷 文藝春秋
 瀬戸内海の島・白綱島を舞台に、その島から出て行った者、出ていきたいと思いながら出て行けなかった者、戻ってきた者を描いた連作短編集です。作者の湊さんの出身が広島県の因島だそうなので、そこをモデルに書かれたのでしょう。
 吸収合併される島の式典に25年前に家を出ていき、今では有名作家となった姉が突然帰ってくる。彼女が帰ってきた理由は(「みかんの花」)。タバコを買いに行ってくるといったまま失踪した父の帰りを待つ母と息子。二人の前に一人の中年男が現れ、あれこれと世話を焼くが(「海の星」)。幼い頃から行きたくてもいけなかった東京ドリームランドに、夫と娘とようやく訪れることができたが(「夢の国」)。幼い頃母親が父親を殺したことで、いじめを受けていた嫌な思い出のある島に同級生の頼みを断り切れず、帰ってきた若手歌手(「雲の糸」)。小学生の頃父が自殺し、白綱島の父方の祖父母の家に預けられた千晶。結婚し、生まれた子どもが不登校になったことから、環境を変えるために白綱島に戻ってきたが(「石の十字架」)。教師として故郷の白綱島に戻ってきた航。彼のクラスでいじめがあったが、加害者の生徒もその親も全く反省の色を見せない。同じ教師だった父ならどうしただろうと考えるが(「光の航路」)。
 どの作品も、同じ「白綱島」を舞台にしていますが、それぞれの話に直接の繋がりはありません。どの話にも隠された事実があり、それがラストで明らかにされていきますが、その中でもミステリ色が特に強いのが冒頭の「みかんの花」と「海の星」です。特に、「海の星」は第65回日本推理作家協会賞(短編部門)を受賞していますが、どんでん返しが冴える「みかんの花」も悪くありません。
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高校入試 角川書店
(ちょっとネタばれ
 名門県立高校での入学試験の前日と当日の二日間を描いた作品です。昨年(24年)末にフジテレビで長澤まさみさん主演でテレビドラマとなったものを脚本を書いた湊かなえさんが小説化したものです。
 試験当日「入試をぷっつぶす」という貼り紙が教室の黒板に貼られる中で始まった入学試験の最中に、1人の女生徒が提出せずに隠し持っていた携帯電話が突然鳴ったことから、騒動が始まります。その後起こった答案用紙紛失事件、さらには校内の騒動が逐一ネット掲示板に書き込まれるという事態、更に女生徒の母親である県会議員の妻や、息子が受験生である同窓会長が採点中の学校にやってきて、事態は次第にややこしくなっていきます。
 誰が何のために仕組んだ騒動なのか。ドラマを毎週楽しみに見ていたので、ストーリーは知っており、ドラマとの違いは解決後のみのため驚きもなくあっという間に読了です。
 犯人の目的は、試験を実施する学校側の教師たちへの復讐(個々の教師ではなく、試験を実施する立場の教師たちに対する)ということにあるのですが、作品の中でも他から指摘されているとおり、逃げ道を作ってのことに説得力はありません。
 物語は、教師、受験生、親などのモノローグで構成されています。めまぐるしく語り手が変わるので、ドラマを見ていなかった人にとってはちょっとわかりにくいところもあるかもしれませんが、ドラマとは違って、それぞれの心の中で思っていることも描かれるので、また違ったおもしろさもありました。

 ※それにしても、有名高校の出身というエリート意識は鼻につきますねぇ。
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豆の上で眠る 新潮社
(ちょっとネタばれ)
 小学校1年生の時に2歳上の姉が誘拐され、2年後に戻ってきたという過去を持つ結衣子。彼女は、大学生になった今でも、戻ってきた姉が誘拐される前の姉とは違う人物ではないかという疑いを抱いていた。同じように疑っていた祖父の求めで行ったDNA鑑定では、確かに父母との親子関係は認定されたが・・・。
 いくら子供で成長途上だといっても、生まれたばかりの赤ちゃんではないのですから、2年間で本人かどうかを判断できないほど容貌が変わるとは思えません。この作品の肝となる姉が誘拐される前の人物と同じかどうかがはっきりしないという前提が僕には理解できなかったので(いくら何でもそれはないでしょうと思うので)、物語の中に入り込むことができませんでした。また、誘拐した犯人の行動も理解できませんし、それ以上にわからないのは、誘拐された姉の行動です。ここに描かれる姉の行動と同じように行動しようと考える小学3年生がいるのでしょうか。親子の関係ってそんなものなのと思ってしまいます。ちょっと説得力がないというのは言い過ぎでしょうか。
 この作品を読んで、ある事実から、昨年公開された某映画を思い浮かべてしまいましたが、それは僕だけではないでしょうね。
 結衣子の心に大きな影響を与えたアンデルセン童話の「えんどう豆の上にねたおひめさま」ですが、この話は今まで聞いたこともありませんでした。
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リバース  講談社 
 深瀬和久は事務機器会社で働く営業マン。ある日、恋人の美穂子の元に「深瀬和久は人殺しだ」という手紙が届く。彼は思い当たること、大学時代にゼミ仲間で行った旅行先で起こった事件について語るが、それを聞いた美穂子は彼の元から去って行く。同じ内容の手紙は彼だけでなく、大学時代の同じゼミの3人の元にも送られていた。いったい送り主は誰なのか・・・。
 脅迫の動機となる大学時代の事件の真相については、読んでいて、ああこれだなと多くの人が気づくと思います。最近はそういうものに(ネタバレになるので詳細は伏せます)誰もが割と神経質になっていますから。そのため、作者がインパクトを与えようとしたラスト1行には残念ながら驚きはありませんでした。
 また、読者をミスリードしようとして疑わしい人物を登場させますが、その設定はあまりに偶然が重なりすぎるだろうと思う部分もあり、ミステリとしての評価はいまひとつです。 
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ポイズンドーター・ホーリーマザー  光文社 
  4つの短編と題名になっている「ボイズンドーター」と「ホーリーマザー」という連作短編が収録されています。
 冒頭の「マイディアレスト」は、刑事に聞かれた被害者の姉の話という形で物語は進んでいきます。
 淑子には妹がいるが、幼い頃から母親は淑子には厳しいが妹には甘いことを理不尽に思っていた。ある日、出産のため里帰りしていた妹が通り魔によって殺される事件が起きる・・・。
 飼い猫の蚤を取るときの描写、特に子どもがお腹の中にいる蚤を潰すときの描写はイヤミスとしての雰囲気がたっぷりです。雑誌に掲載された際は「蚤取り」という題名だったようですが、そちらの方が内容にぴったりです。
 この作品集の中で個人的に一番だったのが、次の「ベストフレンド」です。
 シナリオ作家を目指し、シナリオコンテストに応募して優秀賞を受賞した涼香。大賞受賞作より自分の作品の方が優れていると思った涼香は、大賞受賞者の薫子を表面上は褒めながら、どうにか蹴落としてやろうと余計なアドバイスをしたりするが・・・。
 涼香に限らず、他人の幸せを嫉妬する気持ちは誰でもが持つものです。湊さんがその当たり前の人間の気持ちをどう料理するのかと思ったら、ラストに鮮やかな捻りを見せてくれました。
 15人を殺傷した通り魔殺人事件の犯人の動機が片親しかいないからだと彼の境遇のせいにするするのは許せない、その犯行は自分にも責任があるという女性の語りで進んでいくのが「罪深き女」。彼女は子どもの頃、犯人と同じアパートに住んでいて、虐待されていた犯人の面倒も見ていたと話すが・・・。
 物事を勝手に自分の思い通りに解釈してしまう人って、周囲にもいますよねえ。思い込みが激しくて、思い込んだら他人の言うことには耳を貨さない人。そして、自分の行動に酔ってしまう人。真実を知ったら、彼女はどう思うのでしょうか。物語に書かれていないその先のことが知りたくなります。
 バーベキューに行った先で女が男を刺し殺すという事件が起きる。「優しい人」は二人の関係者の証言と加害者の明日美の独白、そしてラストで“優しい人”の証言で構成されます。被害者側関係者から話される加害者の男・奥山が幼い頃から“優しい人”であったと
いう証言がなされていきます。明日美の母も、願っていたのは思いやりのある優しい子に育ってほしいというただそれだけと証言する。二人とも“優しい人”なのに、どうして事件は起こったのか。いったい、“優しい人”とはどのような人かを読者に考えさせる作品になっています。
 明日美が好きになった淳也が明日美に語った言葉が、明日美の“優しさ”を見事に言い当てているといっていいでしょう。“優しさ”ということへの一つの回答です。
 ラストに置かれた「ポイズンドーター」と「ホーリーマザー」は連作です。
 自分の人生に目を出す母に反発して女優を目指し上京した弓香。母から逃れたのにも関わらず、女優になった今でも口うるさい母に気兼ねしてやりたい役をできないでいた。そんなとき、テレビのトーク番組への出演の話が舞い込んでくる。テーマは“毒親”。弓香はそこで自分の母のことを話そうと考えるが・・・。
 お互いにわかり合えない母と娘の結末がちょっと悲しすぎます。ストーリーの展開からは、相手の気持ちを思いやれない弓香が悪役という感じですが、母親も我が子のことがいくら心配であっても(親としてその気持ちは理解できますし、片親だからという気負いもあったでしょう)、弓香の語る母親では人格が芽生えてくれば誰でも反発したくなると思います。単に彼女の思い込みだと結論づけてしまうのもどうかと思うのですが・・・。親子というのは近くにいても(逆にそれだからこそ)なかなか理解し合えない部分があるのでしょうか。
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ユートピア  ☆   集英社 
 第29回山本周五郎賞受賞作品です。
 海沿いの田舎町に暮らす3人の女性、病気の義父を捨てて家を出た義母こ代わって仏具店を切り盛りしている地元育ちの菜々子、都会生活を望みながらも夫の転勤で仕方なく町にやってきた光稀、芸術家たちが集まる分譲地で暮らす犬学時代の恋人に声をかけられ移住してきた陶芸家のすみれに起こる事件が描かれていきます。
 町のお祭りの実行委員になったことにより、知り合った3人の女性。祭りの当日に飲食コーナーで起こった火事の中、光稀の娘、彩也子は交通事故が原因で歩くことができない菜々子の娘、久美香をおぶって逃げる。光稀は娘の行動を褒め、彩也子にすみれの作る天使の翼をモチーフにした素焼きのストラップを買う。後日、彩也子の書いた「翼をください」という作文が新聞に掲載され、すみれが二人の子どもの写真とともにHPに載せたところ、評判となり、それとともに、すみれの作るストラップも売り上げを伸ばす。3人はストラップの売り上げの一部を車いす利用者の支援に当てるための基金「クララの翼」を創設するが・・・。
 作者の湊さんが言うには、テーマは「善意から生まれた悪意」だそうです。善意から始めた町おこしやボランティアが、マスコミの注目を浴びるようになったことから、当初の彼女たちへの称賛に代わって偽善だと陰口を叩かれるようになります。人の成功を称えながらもその裏では嫉み、羨むことがあるというのは、小説の中だけに留まらず、現実社会でもよくあることです。彼女たち3人もお互いに心の中にわだかまりを持つようになるのですが、生きる背景も違い、考え方も異なるのだから、少しずつズレが生じてくるのはやむを得な
いところです。結局はそんなズレを感じながらも、お互いがどこまで妥協するかで社会生活が成り立っていくのでしょうけど。
 後半までは田舎町で暮らす3人の女性のつき合い、表面的には仲良くしていても、心の中では互いにそれぞれの考え方にズレを感じているという関係が描かれていきます。最後になって物語の最初から触れられていた殺人事件と菜々子の義母の失踪がいっきに物語の表面に浮かび上がります。ラストに置かれた彩也子の独白で明かされる事実は驚きのものでしたし、何より彼女が一番3人の女性の関係を的確に捉えていたみたいです。
 このところの湊さんの作品の中では一番印象に残る作品でした。おすすめです。 
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未来  双葉社 
 残念ながら受賞は逃しましたが、第159回直木賞の候補作に選ばれた作品です。
 冒頭、二人の少女が夜行バスに乗り込むところから物語は始まります。彼女らが行こうとしているのはどこなのか。
 作品の半分以上を占めるのは中学生の佐伯章子の話です。ある日、30年後の未来の自分からの手紙を受け取った章子。30年後の“章子”は未来からの手紙の証拠として、そのとき開園10周年を迎えたばかりのドリームランドの30周年を祝う記念グッズを同封します。未来の自分から手紙を受けった章子は、未来の自分に向けて手紙を書くこととします。もちろん、それは書いても出すことのない手紙で、いわば日記のようなもの。物語の前半は、そんな章子の手紙で彼女に起こった出来事が描かれていきます。物語はこうした、ある意味ではファンタジックといってもいい設定から始まりますが、その内容はといえば、ファンタジックなところなどかけらもないダークなストーリーになっています。
 父を病気で亡くし、精神的に不安定な母を抱えて奮闘する章子。ところが、学校でいじめにあい、臭いと言われて登校できなくなり引き籠りとなる章子。章子をいじめる実里という女の子が、本当に嫌な女の子です。そしてこんな親だからこんな子が生まれるのだろうと思ってしまう実里の母親が典型的なモンスター・ペアレント。そうした中で唯一章子の側に立つのが亜里沙。誰にも媚びないいわゆる孤高の少女ですが、実里にもはっきりと自分の意見を言います。しかし、亜里沙も家庭内には大きな秘密を持っている少女という設定です。
 とにかく、子を持つ親として腹立たしいし、嫌悪を感じる大人ばかりが登場します。子どもを不幸にするのが身近な大人という点は、現実で起きている事件と同じです。読んでいるのが嫌になるほどです。
 エピソードⅠ、Ⅱ、Ⅲと題された章で、章子以外の3人の人物が語り手となりますが、それによって手紙の謎ばかりではない、様々な事実が明らかとなってきます。こちらの内容も本当にやり切れないことばかりです。ラストである決意をした章子たちの未来が明るくなることを祈るばかりです。 
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ブロードキャスト  ☆  角川書店 
 中学3年生の時、全国大会を目指した駅伝の県予選で第2位となり、全国大会出場が夢に終わった町田圭祐は、スポーツ推薦で高校駅伝の名門、青海学院高校に進学する陸上部のエース、山岸良太からの高校で一緒に陸上をしようとの誘いで青海学院高校を受験する。努力の甲斐あって合格したものの、入学前に交通事故にあって足を負傷し、陸上部に入ることを断念せざるを得なくなる。そんな圭祐を、たまたま入学式で出会った同じ中学出身の宮本正也は、声がいいので放送部に一緒に入らないかと誘う。放送部に様子を見に行った二人だったが、ラジオドラマ制作中の部長たちに出演を依頼され、すったもんだの騒動があって、やがて正式に部員となる・・・。
 湊さんの従来の作品と異なって、暗い雰囲気の作品ではありません。コテコテの青春小説です。陸上にすべてをかけてきた圭祐が交通事故が原因で陸上を断念せざるを得なくなった時に、放送部という文科系クラブで高校生活でのやりがいを見いだしていく姿を描いていきます。良太の走っている姿を見て苦しみながらも前を向くことができたのは、放送部の部員皆の協力で作品を創り上げていくという形が、選手皆の力でタスキを繋いでいく駅伝という競技と相通じるものがあったからでしょうか。
 なあなあの関係にどっぷりつかっている三年生、そんな三年生に批判的な二年生、そして圭祐、正也、久米咲楽の一年生たちが、やがてお互いに言いたいことを言いながらも理解し合って成長していくところは、胸を熱くさせてくれます。
 終章では、県予選で監督がエースの良太をメンバーから外した本当の理由が語られるというミステリの謎解きのようなおまけもあります。映像がない音だけのラジオでのドラマ作りの説明になるほどなあと思わされるところもあって、湊さんの作品には珍しく、楽しく読むことができました。 
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落日  ☆  角川春樹事務所 
 先頃発表となった第162回直木賞の候補作です。
 脚本家になることを目指し、有名脚本家・大畠凛子の事務所で働く甲斐千尋のもとに、国際的に有名な映画祭で賞を受賞した新進気鋭の映画監督・長谷部香から、新作映画の脚本について相談したいと言ってくる。千尋の実家のある町で15年前に起こり、既に刑も確定している、引きこもりの男性が高校生の妹を自宅で刺殺後、放火して両親も死に至らしめた「笹塚町一家殺害事件」を題材にしたいという。千尋は殺害された妹・立石沙良と同じ高校だった従兄の正隆を通して沙良の友人だった女性に会い、彼女から事件の表には出ていない沙良の本当の姿を聞く。一方、香は幼い頃、笹塚町のアパートに住んでおり、母親の仕置きでベランダに出されたとき、仕切りを挟んで隣の部屋のベランダにいた子どもが、殺害された沙良ではないかと考えていた・・・。
 物語は、脚本を書くために事件のことを調べる千尋を主人公としたパートの間に「エピソード」と題した長谷部香の語りのパートが挿入されるという体裁になっています。
 実績もない千尋に香が連絡を取ってきたのは、実は香が千尋のことを幼稚園の頃の同級生だった千尋の姉・千穗と間違えていたためだったことがわかります。このことに関連して、後に明らかとなる千尋のパートを読むと感じられる違和感の正体がこの物語の大きな伏線となっています。
 大畠からあなたの描く人物は優しい人ばかりでダメだと批判された千尋が脚本を書きあげることができるのか。そして、笹塚町一家殺害事件には裁判で明らかとされなかった事実はあったのか、香が住むアパートの隣室のベランダにいたのは沙良だったのか等々の謎が様々に張り巡らせた伏線を回収しながら明らかとなっていきます。多くの人物たちが絡み合い、そこで明らかとなる事実はあまりに辛いものですが、ラストで千尋が香に示した事実だけは唯一心温まるものでした。 
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ドキュメント  角川書店 
 3年生が引退し、2年生4人と1年生3人となった青海学院放送部。来年夏のJBK杯全国高校放送コンテスト出場を目指し、それぞれ持ち寄った案を検討した結果、テレビドキュメント部門は、陸上部の1年生でありながら高校駅伝の補欠に名を連ね、代表に選ばれるかもしれない良太と、良太の中学時代の陸上部の顧問であり、青海学院OBで1年生で初めて全国大会を走った村岡先生の師弟関係を描くとともに、陸上を断念して放送部に入った町田の目を通した陸上部を見てみたいと白井部長が提出した「夢を繋げ、過去から未来へ」に決まる。放送部が陸上部の練習風景を撮影し始めた中、ドローンで撮った映像の中に陸上部を揺るがす衝撃的な映像が映っていた。更に、放送部員しか知らないその映像が何者かによって陸上部の監督にメールされてしまう。いったい、誰が何のために・・・。
 湊さんには珍しい青春小説だった「ブロードキャスト」の続編です。「ブロードキャスト」は爽やかな青春小説でしたが、今回は青春=爽やかの数式にはあてはまらないストーリー展開になっています。
 個人的には読了感はよくありません。どんな理由があろうとも無実の者を陥れようとした犯人は許せません。たいした罰はないと考えるのは犯人の勝手な考えであって、無実の罪を被せられた者は、他人からはずっとそのことを言われ続けるのですから、大会に出ることができないだけでなく、心に大きな傷を負うことになります。犯人はその動機が人のことを思いやってのことのようですが、その思いも自分勝手で、他人の心などまったく考慮していないといっていいです。犯人を責めた町田は自己嫌悪に陥るようですが、非難しても仕方ありません。だいたい、犯人は結局罪を着せた相手に心から謝罪したのでしょうか。
 今作のラストでは町田はまだ2年生。あと1年残っているので、今作では中止となったJBK杯全国高校放送コンテストにもう1回挑戦できますね。続編が期待できそうです。 
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