バルーン・タウンの殺人 |
ハヤカワ文庫 |
舞台は東京都第七特別区、人呼んでバルーン・タウン。AU(人工子宮)全盛の世の中で、妊娠・出産という過程を経て子供を産むことをあえて選んだ女性たちが天然記念物並みの保護を受けて暮らす妊婦の町である。このバルーン・タウンで起こった事件を女性刑事とその友人で翻訳家の妊婦が解決するという短編集。表題作の「バルーン・タウンの殺人」ほか3編を収録。
お腹が風船のように膨らんだ妊婦の町だから通称がバルーン・タウンとは名前からしてユニーク。そんな町でもやっぱり事件は起きる。だけど目撃者も、犯人が妊婦であれば、皆お腹には興味があるけど、顔はよくみていない。どんな人だったと聞けば、亀腹だとかとがり腹だとか、マタニティウェアはどうだったという話になってしまう。密室も妊婦であるが故の密室という、とても面白い密室事件となる。本格的な謎解きというよりは、設定が面白い。
特に僕としては3作目の「亀腹同盟」が好きである。「○○同盟」となれば、ホームズの「赤髭同盟」を即座に思い出すだろう。そのうえ、「6つのナポレオンの胸像」、「踊る人形」が出てくるのだから小学生の頃にホームズを友達と競って読んでいた僕としては、著者がどう料理するか興味しんしんであった。もちろん、ホームズの作品と同じ解決であるはずがなく、ひねりが効いていて、おもしろかった。 |
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スパイク |
光文社 |
自分の犬が突然口をきいたらどうする?ワンワンと吼えるのではなく、「オーイ、腹減った。」とか「散歩に連れて行ってくれえ〜。」と言い出したら・・・。
これは、主人公の女性緑と突然口をきくようになった彼女の飼うビーグル犬のスパイクの冒険の物語。ある日、緑はスパイクと散歩中、やはり同じビーグル犬を散歩させていた男性幹夫とぶつかりそうになり、それがきっかけで二人はお茶を飲み、メールのやり取りを始める。しかし、すぐにメールが届かなくなり、次回会う約束の場所に彼は現れなかった。そんな時、突然スパイクが口をききはじめる。「ぼくは、幹夫のスパイクだ。」・・・。
この世界にはいくつもの似た世界があるという、いわゆるパラレルワールドを扱っているが、犬がどうして口をきけるのかということも含めて、科学的なことは何も考えずにその状況を楽しめばいい作品である。しだいに強くなっていく緑がいじらしい。 |
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安楽椅子探偵アーチー |
東京創元社 |
小学校5年生の衛と、衛がゲームを買いに行く途中の骨董店で目にして思わず買ってしまった人間の言葉を話す安楽椅子を主人公とした4話からなる連作短編集である。
松尾由美のミステリーはいつも変わった設定だ。「バルーンタウンの殺人」を始めとする近未来で妊婦を探偵とするシリーズ、最近では犬が人間の言葉を話してしまう「スパイク」、そして今回はなんと椅子が探偵役をしてしまうという、まさしく本当の安楽椅子探偵である。
正直のところ、設定のおもしろさに対し、ミステリーとしてのおもしろさは今一つ、それに衛とミステリー好きの友人である野山芙紗がいろいろ話すところが小学校5年生とは到底思えない。特に印象深かったのは、第3話目の「外人墓地幽霊事件」の最後である。自分を好きと思っている男を、それと知りながら利用する女を芙紗が批評するところなんて、いくら女の子の精神的成長が早いからといっても、あんなこと小学校5年生で考えるかなあと思う。まあ、もともと椅子が話すのだから何でもありかな、という気はするのだけど。 |
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バルーン・タウンの手品師 |
文藝春秋 |
バルーン・タウンシリーズ第2作。表題作ほか4編からなります。
東京都第七特別区、人工子宮が普及した時代にあえて自分のおなかで子供を育て出産するという女性たちの保護区、人呼んで「バルーン・タウン」で事件は起こります。スタッフ以外は妊婦しかいない街で妊婦探偵が事件を解決するという設定の面白さで読ませる作品です。前シリーズで出産をした妊婦探偵の暮林未央が今回はどんな形(解決の仕方ではありません。妊婦でなくなってしまってお腹がすっきりしてしまったという見てくれの問題です)で、登場するのかと思ったら・・・。
お腹が大きい妊婦しか歩いていない街を想像するだけでも非常にユーモラスで(失礼!)、また妊婦しか住んでいないことによる流行や、妊婦ならではの行動がユーモラスに描かれており、正直のところ謎解きよりもおもしろく読むことができました。ただ、最後の「埴原博士の異常な愛情」は、本の中でも埴原博士も言っているように、バルーン・タウンというユーモラスな街の影の部分を浮き彫りにさせる事件でした。「わたしが(誕生までにいたらなかった胎児を)料理して食べている、というのです」と話す埴原博士というのはあのハンニバル・レクター博士をモデルにしているのでしょうね。 |
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銀杏坂 |
光文社文庫 |
(ちょっとネタばれ)
北陸の架空の町、香坂市(金沢が舞台であるのは明らかですね)を舞台として、木崎刑事が遭遇する不思議な事件を扱った5話からなる連作短編集です。
各話で起きる事件には、幽霊、予知夢、生き霊、サイコキネシスといった現実の事件とは相容れそうにないものが関わっており、これら個々の話が最後の話「山上記」に収斂していく形になっています。そうしたこともあって、5話の中ではこの「山上記」が秀逸です。最初の幽霊事件を解決したことから、変わった事件が起きると木崎刑事に話が持ち込まれるようになりますが、どうして木崎刑事の回りで不思議な現象が起きるのかに対し、「山上記」の中で、木崎刑事自らが一つの回答を示しています。人は誰でも悲しくて寂しいんですよね。最後は不思議な余韻を残して物語は終わります。 |
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雨恋 |
新潮社 |
外国に仕事で赴任する叔母からマンションの部屋の管理と猫の世話を依頼された沼野渉は、ある雨の日、部屋の中になにかがいる様子に気づきます。姿がみえないその存在は、3年前にその部屋で死んだ小田切千波といい、自分は自殺したことになっているが、本当は殺されたと話し、真相を調べて欲しいと渉に頼みます。
殺された人が幽霊となって犯人捜しをするというパターンの話は、よくあります。先日読んだ「ボーナス・トラック」もひき逃げされた青年が、たまたま現場を通りかかった青年とともに犯人捜しをする話でした。ただ、今回幽霊となった千波は、「ボーナス・トラック」の幽霊青年と異なって、自由に歩き回る(?)ことはできず、現れるのは死んだマンションの部屋で、それも雨の日だけです。したがって、犯人捜しは専ら渉の役割となります。こうしたパターンの話に共通しているのは、主人公が人が良くて、自分には関係ない犯人捜しを頑張ってしまうところですね。
渉の調査によって次第に悲しい真相が現れ、ラストはこうした話としては当然の結末を迎えます。とっても切ないストーリーでした。ただ、帯には2005年ベスト1確実!のラブストーリーとありましたが、そこまではなあというのが正直な感想です。
それにしても、真相に一歩近づくごとに、ある現象が起こるのは、僕が当事者であったらちょっと勘弁してよ!と言いたくなってしまいます。 |
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バルーン・タウンの手毬唄 |
創元推理文庫 |
4編からなるバルーン・タウンシリーズの第3弾です。
東京都第七特別区、人工子宮全盛の時代に、昔ながらのやり方で子供を産もうとする女性たちを集めた保護区、通称バルーン・タウン。前作までは、妊婦探偵として大きなおなかで活躍を見せていた暮林美央ですが、今回は「もう妊娠はこりごり」と、夫と二人の子供を抱えて、第七区を離れています。
したがって、今回は厳密には妊婦探偵とは言えないのですが、収録されている4編のうち最初の2編は妊婦としてバルーン・タウンに暮らしていた頃の話、3編目は小説家の須任真弓がバルーン・タウンを舞台に書いたミステリーを美央が推理する話、4編目はバルーン・タウンで起こった事件で特別区保安部門の高山主任にかけられた容疑を解く話と、どれもバルーン・タウンを舞台とした話です。それゆえ、謎解きは、今までと同じようにバルーン・タウンであるが故の謎解きとなっています。
目次を見て、すぐ気がつくのが、それぞれの編が有名なミステリーのパロディになっていることです。「バルーン・タウンの手毬唄」はあの横溝正史の「悪魔の手毬唄」、「幻の妊婦」はウィリアム・アイリッシュの「幻の女」、「九か月では遅すぎる」はハリイ・ケメルマンの「九マイルは遠すぎる」であることは、ミステリファンならすぐわかりますよね。「幻の妊婦」などは、出だしの「夜は若く、彼も若かった。」まで同じですものね。思わず、ニヤッとさせられます。ただ、3編目の「読書するコップの謎」は何のパロディなのでしょう。後の3編の題名が有名ミステリのパロディであるのですから、これだけは違うとは思えないのですが。う〜ん、気になります。
そのほか、「幻の妊婦」には妊婦たちによる「バルーン・タウン・イレギュラーズ」というホームズの「べーカー・ストリート・イレギュラーズ」が出てきたりして、愉快です。 |
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ハートブレイク・レストラン |
光文社 |
バロネス・オリツィの“隅の老人”へのオマージュというべき“隅のおばあちゃん”シリーズです。6編からなる連作短編集です。
実は、バロネス・オリツィの作品に“隅の老人”という主人公がいるミステリがあることは昔から知っていたのですが、読んだことはありませんでした。そのため、その作品の“隅の老人”がどんな人なのか知らないのですが、この作品の“隅のおばあちゃん”は、ファミレスの片隅に笑顔で座っているおばあちゃんです。でも単に隅に座っているだけではなく、実はわけありのおばあちゃんなのです(このあたりはネタバレになるので、読んでのお楽しみにします。)。
物語は、主人公のフリーライター寺坂真以が、このおばあちゃんのいるファミレスで、仕事をしている間に漏れ聞こえてくる謎を、おばあちゃんが鮮やかに解決する“ケーキと指輪の問題“から始まり、最後の3編は、謎を解決したことで知り合った南野氏が抱える謎を聞いておばあちゃんと解決するというストーリーになっています。この南野氏が、この連作短編集の中で次第に大きな位置を占めてくるのですが、それも読んでのお楽しみです。最後の話が終わって、当然この連作短編集は終わりかと思いましたが、どうもそうはならないような雰囲気です。またおばあちゃんの登場があるのでしょうか。楽しみです。
個々のミステリの謎自体にはどうかなあと思う部分もありますが、それより、おばあちゃんと寺坂真以との関わりが最後の1編で見事につじつまが合わせられていて、連作短編集としてのおもしろさがありました。
舞台となるある雰囲気を持ったファミレスもユニークですし(帯に書かれた「幸せな人は、入店お断り」の意味が読むとわかります)、その店長さんも魅力的です。 |
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安楽椅子探偵アーチー オランダ水牛の謎 |
東京創元社 |
安楽椅子探偵アーチーシリーズ第2弾です。安楽椅子探偵といえば、通常は家にいて与えられた材料だけで謎を解く探偵のことをいうのですが、アーチーは本当の安楽椅子、それも人間の言葉を話す安楽椅子です。
前作で、主人公及川衛がアンティークショップからアーチーを購入してから1年がたちました。今回アーチーと衛(そして衛の同級生の野山芙紗)が挑む謎は、表題作の「オランダ水牛の謎」を始めとする、エラリー・クイーンの「国名シリーズ」同様国の名前が冠された謎です。
衛が拾った封筒に書かれていた“オランダ水牛”“植民地”“スパイ”という言葉から、アーチーのかつての持ち主・鈴木老人と推理合戦を繰り広げる表題作の「オランダ水牛の謎」、野山芙紗が友だちから預かった猫の不思議な行動の謎を解く「エジプト猫の謎」、密室状態の図工準備室に置いてあった彫刻が壊された謎を解く「イギリス雨傘の謎」、インド料理店で更紗のテーブルクロスが裏返された謎を解く「インド更紗の謎」、アーチーはほとんど登場しない、衛のひと夏のチョットした冒険を描いた「アメリカ珈琲の謎」の5編です。
小学生・衛が主人公ですから、謎といっても日常の謎が主体で、事件らしきものは「イギリス雨傘の謎」での密室の中での彫刻の損壊くらい。あまり構えて読む本ではありません。ホームズ役のアーチーとワトソン役の衛のほのぼのとした迷コンビの名推理(迷推理?)を楽しく読むことができます。さらに、この二人に加えて野山芙紗という女の子が登場するのもいいですね。小学校のとき、こういう元気な女の子っていましたよねえ。 |
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九月の恋と出会うまで |
新潮社 |
趣味の写真の現像液の臭いのトラブルから、アパートを出ることになった北村志織は、変わった入居条件(他のアパートを3回以上断られた人で芸術関係の人でないと入居できない)をどうにかクリアして、新しいアパートに移り住みます。そんなある日、エアコンの配管のパイプから彼女に語りかける声を聞きます。声の主は、自分は隣室の平野で、1年後の未来から話しかけていると言い、彼女に自分を尾行して写真を撮って欲しいと依頼します。彼女は平野の依頼を訝しく思いながらも彼の依頼を引き受け、尾行を始めますが、不思議な行動をとる平野に気づきます・・・
こうした時間をテーマにした作品は大好きです。時間をテーマにしているだけで、ちょっと評価も甘くなってしまいます。大森望さんの書評にも書いてありましたが、映画でも、時を隔てて手紙のやりとりをする「イルマーレ」や、父と子が時を隔てて無線通信をする「オーロラの彼方へ」なんてのがありました。両作品とも大好きな作品です。
今回はエアコンの配管孔で現在と未来が繋がってしまいます。どうして、繋がってしまったのかという理由については明らかにされません。でもそんなことはどうでもいいのでしょう。それより、それを前提に、なぜ彼はそんなことを依頼したのかが重要な問題です。その理由は途中で明らかにされますが、そこからがまた、ジーンとくる物語の始まりです。
地下鉄路線を使った“時間”についての説明も難しいものではなく、すっと頭の中に入ってきます。主人公は女性ですが、帯に「男はみんな奇跡を起こしたいと思っている。好きになった女の人のために」と書いてあるように、これは本当は男性の話でもあります。 |
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煙とサクランボ |
光文社 |
幽霊が出てくる怪談は嫌ですが、ファンタジーの“幽霊もの”は大好きです。松尾さんには幽霊が名探偵という安楽椅子探偵ものの作品がありますが、今回はそれとはちょっと違います。
通常幽霊は人に見えないのですが(幽霊に恨まれている人には見えて、怖ろしい思いをするのでしょうけど)、この作品では、「死者と面識がない、または面識はあるが死んだという事実は知らない場合には、その人が幽霊であっても見えるし、話をすることができる」ということになっています。
10人も入ればいっぱいになるバー、そこで若い女性・晴奈と話をする初老の男・炭津は実は幽霊。そして、バーテンダーの柳井は死者に出会ったときにそれとわかる特殊な能力を持つ男。炭津は14年前に交通事故で死亡したが、この世に未練を残したことがあるため、幽霊となってこの世に留まっています。一方、酔っ払いに絡まれているところを炭津に助けられてから彼と話をするようになった晴奈には幼い頃自宅が放火されたという過去があります。炭津がこの世に留まっている理由、彼女の自宅の放火の謎をメインに、バーテンダーの柳井との出会いや幽霊仲間の高田とのエピソードを挟みながら話は進んでいきます。
柳井との出会いのエピソードを読んだ時には、幽霊による謎解きミステリかと思いましたが、少しずつ事実が明らかになるにしたがって、途中でメインとなる謎の着地点はほぼ想像できてしまいます。それより、ミステリの体裁を借りた一人の男の人生を描いた作品であることがわかってきます。そして、すべてが明らかとなったときには帯に書かれた「せつなさが胸に響く」ということを知ることになります。
※途中にバーに入ってきた男が名前の話をする場面があります。ストーリーの伏線ともいうべき話ですが、いくらか唐突過ぎる嫌いがあります。また、幽霊たちの情報交換の場が図書館というのを読んで、ヴィム・ヴェンダース監督の「ベルリン・天使の詩」を思い出しました。 |
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ハートブレイクレストランふたたび |
光文社文庫 |
ファミレスの片隅に座っているおばあちゃんがファミレスを訪れる人が抱える謎を解き明かすシリーズ第2弾、6編が収録された連作短編集です。バロネス・オルツィの“隅の老人”へのオマージュとされる作品です。
おばあちゃんの正体にびっくりしながらも楽しく読んだ前作ですが、残念ながら今回は前作ほどのおもしろさはありませんでした。前作で謎を持ってきた南野は、今作では転勤となったためそれほど登場せず、その代わりにおばあちゃんを見て好意を抱いた作家の佐伯と南野の後任の女性刑事・小椋が登場します。特に小椋はかつては誰もが振り返る美女でしたが、男性から好意を寄せられるのに疲れて、無理矢理に太った上、垢披けない格好をしているという女性で、個性的なキャラですが、うまくそのキャラが活かしきれていない感じがします。
謎自体にも首をかしげるようなものもありました。冒頭のペンケースから消えた修正ペンの種明かしにしても、自分のアリバイ作りのため、男性がファミレスで編み物をしようとするというのも、どうなんでしょうと思ってしまいました。続編もありそうなので、次回に期待です。 |
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