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町田そのこの本棚

  1. うつくしが丘の不幸の家
  2. 宙ごはん
  3. あなたはここにいなくとも
  4. 夜明けのはざま
  5. わたしの知る花

うつくしが丘の不幸の家  ☆  東京創元社 
 初めて読む町田そのこさんの作品です。
 25年ほど前に新興住宅地として開発された海を見下ろす小高い丘に広がる“うつくしが丘”と呼ばれる住宅地。そこにある3階建ての家に住んだ5つの家族(第一章「おわりの家」の理容店を開業する夫婦、第二章「ままごとの家」の社宅から引っ越してきてからバラバラになった4人家族、第三章「さなぎの家」の同居する高校時代の同級生(これだけは厳密には家族ではないですが。)、第四章「夢喰いの家」の不妊治療がうまくいかない夫婦、第五章「しあわせの家」のバツイチのクズ男と結婚した女性と義理の息子)を描きます。
 第一章「おわりの家」で現在を描き、章を進むに従って、逆に時は遡りながら、近所から不幸の家だと思われていたそれぞれの家族が幸せをつかんで引っ越していく様子が描かれていきます。そして最後に置かれたエピローグが第一章に繋がり、思わぬ驚きの、そして心温まるラストとなっていきます。この辺りの構成は上手いですねえ。
 その家に前の家族が残したものが思わぬ話のアクセントになっているのも面白いです。壁に打たれた釘が自殺に使われたものかと思ったら、実は笑ってしまうようなものに使用されたものであったり、そして何といってもビワの木ですね。各話で話題に出るビワの木にあんな素敵なエピソードがあり、それがラストに繋がっていくとはねえ。読了感、最高です。そうそう忘れてならないのは、3階建ての家の隣に住んでいた荒木さん。彼女のおかげで、みんなが幸せになっていったといっても過言ではないです。「おわりの家」で引っ越してきた美保理に「ここが「不幸の家」って呼ばれているのを知っていて買われたの?」なんて平気で言うおばさんのような人とは近所づきあいは難しいですが、荒木さんのような人なら、近所付き合いも大丈夫そうです。
 それにしても、この作品に登場している男性はどうしようもない男が多いですね(特に第三章、第四章の夫は最低の男たちです。)。  
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宙ごはん  ☆  小学館 
 主人公・川瀬宙の幼稚園から大人になって仕事を始めるまでの成長を彼女の周囲にいる人との関わりとともに描いた作品です。
 彼女には二人の母親がいます。一人は宙を産んだ“お母さん”でイラストレーターの川瀬花野、もう一人は赤ちゃんの頃から宙を育ててくれている“ママ”である叔母の日坂風海。宙が小学生のとき、風海の夫がシンガポール転勤となり、ママの風海についてシンガポールに行くか、母の花野と暮らすかを問われた宙は花野と暮らすと答えてしまう。ところが、花野は母親として家事能力は皆無で、そんな花野に代わって宙の食事の世話をしてくれたのは花野の後輩だという料理人の佐伯恭弘。宙は恭弘から料理を習いながら成長していきます。
 そもそもなぜ宙は風海に育てられていたのか。花野は親としての自覚がまったくなく、宙のことより、自分のこと、自分の恋愛のことを優先するような母親です。それで傷つく宙を恭弘は美味しい料理で癒してくれます。やがて、宙が風海のもとで育てられた理由も明らかにされていくのですが、結局は宙は二人の母親、花野と風海に深く愛されていたことがわかります。
 そして、この二人以上に宙を大切に思ってくれたといえる、恭弘というキャラがこの物語にはなくてならない存在です。花野に恋しても全く恋愛の対象にもしてもらえないにも関わらず、恭弘は花野と宙を優しく見守ります。それなのに町田さんの恭弘に対する仕打ちはひどすぎます。「え!それはないだろう!」と思わず叫びたくなります。
 そんな恭弘から料理によって人の心を癒すことを学んだ宙がどんな道を歩んでいくのか。とても素敵な物語でした。 
 
あなたはここにいなくとも  ☆  新潮社 
 5編が収録された短編集です。
 いつも自分のことを気にかけてくれていた祖母の突然の死で実家に帰ることになった清陽。一緒に行くと言った恋人に、いつも酒を飲んでいる父親と毎日スロットに通っている母親に会わせたくないとの思いから冷たく断り喧嘩になってしまう (「おつやのよる 」)。
 会社でいじめに遭い、人間関係が怖くなり、会社を辞め菓子製造工場でパート勤めをする香子。家の近くの一軒家に住む老婆は毎日庭に置いた食器を箸で叩いているが、香子はその食器の中に友人が大切にしていたグラスがあるのに気づく (「ばばあのマーチ 」)。
 ある日突然人間関係が嫌になり、すべてをリセットしてその地から離れることを繰り返している萌子。祖父の従妹の藤江が亡くなったと連絡があったことを機に、交際していた男に別れを告げ、実家に戻る。実家では葬儀業者から役所に手続に行くと、藤江は40年前に失踪宣告が出され、既に死んだことになっていたことが告げられ大騒ぎとなっていた (「入道雲が生まれるころ 」)。
 美鈴は不倫相手の男から栗の渋皮煮を作ってくれるよう頼まれる。それは男の妻が美鈴の作った渋皮煮が美味しかったので食べたいと言ったものだった。美鈴は渋皮煮の中に虫に食われた穴のある、もしかしたら中にまだ虫がいるかもしれない栗を一つ混ぜる(「くろい穴」)。
 幼馴染の藍生が高校の近くにある老婆の家に入り浸っていると聞いた加代は、実は自分は藍生が好きだったことに気づき、気になって老婆の家を訪ねる。そこで加代は老婆の姪から、藍生が病気で余命短い老婆の好きだった人に似ており、藍生の顔を見ると食欲も出てくるので、藍生に家に来るようお願いしたと言われる (「先を生くひと 」)。
 5編の主人公はすべていろいろな悩みを抱える女性です。物語はそんな彼女らが高齢の女性との関わりの中で (実 際に会ったり、思い出の中と違いはありますが)、 前を向いて歩いていくようになるまでを描きます。
 5編の中では冒頭の「おつやのよる」と「ばばあのマーチ」が個人的にはお気に入りです。特に「おつやのよる」の清陽の亡くなった祖母は最高です。清陽と仲違いした父親との仲、清陽の従妹と浮気したその夫との仲を修復しようと、おばあちゃんには思えないいきな行動を見せたり、息子の嫁を自分の娘のように大切に考えたりと、こんなおばあちゃんがいたらいいなと思ってしまうような人です。題名の「あなたはここにいなくても」が一番スッキリ合う作品でした。また、「ばばあのマーチ」の、人が大切に思い、捨てがたい食器を引き取って、持ち主だった本人が泣 く代わりに食器が泣くために毎日それを叩いている“コンサー トばばあ"も何とも言えず気になるキャラでした。
 おすすめです。 
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夜明けのはざま  ☆  ポプラ社 
 家族葬専門の葬儀会社「芥子実庵」で行われる葬儀に関わる人を描いていきます。
 「見送る背中」の主人公は、「芥子実庵」の葬祭ディレクター、佐久間真奈。恋人の純也から仕事を辞めるよう言われている中、彼女の元に作家であり今は風俗店で働く親友のなつめの心中死の連絡が入る。遺言で真奈に葬儀の担当になってもらいたいという。なつめの死のショックで最初は断った真奈だったが、やがて自分が取り仕切ろうと決意する・・・。
 「私が愛したかった男」の主人公は、「芥子実庵」の祭壇作りを任される花屋の店員・牟田千和子。彼女に元夫・野崎から亡くなった恋人のための祭壇作りの指名が入る。優柔不断ですべてから逃げる野崎に嫌気がさして離婚した千和子だったが、なぜ、元夫は亡き恋人の祭壇作りに自分を指名したのか・・・。
 「芥子の実」の主人公は、「芥子実庵」に入社したばかりの須田。ある日、須田が担当した葬儀は、中学時代に彼をいじめていた同級生・伊藤の父親の葬儀。伊藤が須田の母親を骸骨みたいだと言ったことから始まったいじめのことを、再会した伊藤は謝るが・・・。
 「あなたのための椅子」の主人公は、夫と幼い娘と暮らす専業主婦の良子。中学時代から仲が良く、一時は恋人関係にあった〇の不慮の事故死の連絡を受け、葬儀に行こうとするが、このところ夫婦生活がうまくいっていない夫は男友達の葬儀なんてと許そうとしない。良子のとった行動は・・・。
 「一握の砂」の主人公は、最初に戻って佐久間真奈です。恋人の純也から結婚するに当たって葬儀会社を辞めてほしいと最終的な選択を突き付けられるが、そこに「芥子実庵」に仕出し弁当を入れている仕出し屋やなぎ柳沢が亡くなったという知らせが入る。行くなら追わないという純也に、果たして真奈が出した結論は・・・。
 葬儀社、それも家族葬専門の葬儀社を舞台にする中で、身近な人の死によって、残された主人公たちが死にどのように向き合い、どう考え、これからをどう生きていくかが描かれます。主人公たちはみな、大きな決断を下します。真奈の恋人の純也ですが、姉のことはよくわかって理解があるのに、どうして真奈のことを理解しようとしないのでしょう。真奈がああいう決心をせざるを得なかったのもやむを得なかったのかもしれません。 
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わたしの知る花  ☆ 中央公論新社 
 幼馴染の奏斗から性自認ができないと聞かされた安寿はうわべだけの言葉で彼を傷つけてしまい、奏斗は自殺未遂を起こしてしまう。彼から会うのを拒否され、悔やみ公園で泣いていた安寿に声をかけたのが、最近になって公園に時々現れる高齢の男性だった。安寿の祖母は彼の名前は葛城平だと教えてくれたが、何らかの繋がりがありそうだったがそれ以上のことは話そうとしなかった。奏斗と和解し、久しがりに平のアパートを訪ねると、彼は四日前に亡くなったことを大家から告げられる・・・。
 物語は、各章、葛城平と関わりのあった人々の口から平の人生が語られるという体裁になっています。浮かび上がってくるのはあまりに辛い平の人生でした。最終章では安寿の祖母によって、平が幼い頃からある出来事によって心の中に大きな傷を抱えていたことが明らかになります。これはあまりに悲しすぎる事実です。決して平の責任ではないのに、その悲しい事実を背負って人生を生きていくなんて、辛すぎます。
 この物語、葛城平の人生を描いていくのがもちろん中心になるのですが、それぞれの章の語り手自身の人生も描いているところが、物語に厚みをもたらしていると言えます。 
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