巷説百物語 ☆ |
角川書店 |
小股潜りの又市、山猫廻しのおぎん、考物の百介、事触れの治平の4人が活躍する7編からなる連作短編集。もうこれは完全に京極風必殺仕事人という趣の小説である。彼らは決して正義の味方という感じではない。しかし、人の依頼を受けて、妖怪と同じ、いや妖怪にも劣る人間を成敗していく。読んでいて爽快。最後に仕事(?)が終わった後の又市の「御行奉為(したてまつる)」というせりふがなんとも言えずきまっている。 |
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姑獲鳥の夏 ☆ |
講談社ノベルス |
今をときめく京極夏彦の記念すべきデビュー作。ふりがながふっていなければ決して読めない題名である。僕はこの作品が講談社ノベルスで出た際に買って読んだのだが、どうして、そのときこの本を手に取ってしまったのか記憶が定かでない。賞を取ったわけでもなく、難解な漢字が多用されているうえに、今では京極作品の中では薄いと言えるが、他と比較すれば異様に分厚い本であったのに。
昭和27年夏、20ヶ月も妊娠したままの女がいるという噂が巷に流れた。しかも夫は夫婦げんかの直後、密室状態の部屋から忽然と姿を消したという。語り手である小説家の関口巽は夫婦と思わぬ関係があったことから事件に巻き込まれていく。
「この世には不思議なことなど何もないのだよ、関口君」とうそぶく、古本屋「京極堂」の主人であり神主でもある陰陽師、中禅時秋彦を始め、「薔薇十字探偵社」の主にして他人の記憶の断片をのぞき見る探偵、榎木津礼二郎、そして語り手である精神がかなり不安定な関口巽と、個性豊かな登場人物によって、驚くべき結末まで読者をぐいぐいひっぱっていく。これだけの膨大な情報量が詰め込まれ、かつ禅問答のような難解な部分もあるのに、最後まで飽きもせずに読み切ってしまったのは、彼ら登場人物の造形のおもしろさにもあるのだろう。これ以降京極ワールドにどっぷりと浸かっていくことになる。 |
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魍魎の匣 ☆ |
講談社ノベルス |
「姑獲鳥の夏」に続くデビュー第2作。いよいよ厚くなってきた。「姑獲鳥の夏」が430ページであったのに対して、この作品はそれを凌ぐ684ページである。本当に弁当箱である。正直のところ読みにくいこと甚だしい。
しかし、その厚さの中では前作を凌ぐ京極ワールドが展開されている。少女がホームから転落し、列車に轢かれ重傷を負う。事故に遭遇した木場刑事は病院に現れた少女の姉を見て驚愕する。彼女は木場が憧れる映画女優だった。彼女は少女を窓のない巨大なまさに箱のようなビルにある施設に強引に転院させるが、彼女は木場の目前で突然消失してしまう。一方関口はカストリ雑誌の編集者鳥口とともに連続バラバラ殺人事件の現場取材をしていた。一見無関係に思える二つの事件がやがて結びついていく。
相変わらず妖怪やオカルトなど多岐にわたる知識を繰り広げながら、謎解きもきちんとある。京極ワールドにのめりこむばかりである。 |
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嗤う伊右衛門 ☆ |
中公文庫 |
夏といえば怪談、怪談といえばなんといっても「四谷怪談」でしょう。というわけで、読んだのは京極夏彦の「嗤う伊右衛門」(この本は再読でしたが、すっかり内容を忘れていました)。京極夏彦が描く「四谷怪談」です。
僕が知っている四谷怪談の話といえば、民谷家に婿に入った伊右衛門が、妻のお岩が邪魔になり、毒を盛ったところ、見るも恐ろしい姿となって、伊右衛門を恨んで死んだが、幽霊となって伊右衛門らに祟るというもの。ところが、この作品では、お岩の顔はすでに結婚前に疱瘡によって、いつもの怪談話に出てくる顔のように崩れてしまっています。それを承知で伊右衛門は婿入りしてくるのです。
怪談話では男に付き従うという性格の岩がこの作品の中では気性が激しく、顔が崩れてしまっても前を向いて毅然と生きていく女に描かれています。でも逆にそれが人から疎まれてしまうという悲しさがあります。人というのは残酷なもので、岩が己の不幸に打ち震えていれば、同情を見せるのでしょうが、強く生きていこうとすると、なんだあの女は!と逆に足を引っ張るのですね。
伊右衛門はお岩を愛し、お岩も伊右衛門を愛しますが、お互い心の中で思っていることをうまく口に出せずに、思いはすれ違って言い合いとなってしまいます。あまりに哀しすぎます。京極さん描く「四谷怪談」は、怪談ではなく、恋愛物語です。
※伊右衛門の婿入りのあっせんをするのが、なんとあの「巷説百物語」の登場人物である御行の又市です。 |
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百器徒然袋 雨 ☆ |
講談社ノベルス |
「鳴釜」、「瓶長」、「山颪」の3編からなる京極堂シリーズ番外編です。
主人公は、シリーズでおなじみの薔薇十字探偵榎木津です。調査も推理もしない自覚だけの名探偵。人の記憶を視るという特異な能力を持つ男。半ば常軌を逸した行動とこれぞ美男子だというその容姿の落差。この榎木津が事件を仕切るのだから、周りの人はたまりません。京極堂シリーズでも京極堂こと中禅寺に負けぬ存在感を出していた榎木津ですが、この作品集では、よりいっそうはじけてしまっています。そのうえ、日頃は冷静な京極堂までが「唆すなあ」と言いながら榎木津に手を貸してしまうのだから可笑しい。京極堂が「腹を抱えて散々大笑いをした挙げ句・・・」なんて、本編の妖怪シリーズでは考えられないのではないでしょうか。
「鳴釜」は、榎木津が奉公先の息子たちに乱暴された依頼人の姪のために、中禅寺たちに手伝わせて仕返しをするという話です。その仕返しの仕方が、痛快です。「瓶長」は、榎木津礼次郎の父、榎木津元子爵から息子の榎木津に甕を探せという命令と逃げた亀を探せという命令があり、二つの「かめ」を探すことから巻き起こる話。「山颪」はヤマアラシの針が見たくて「ヤマアラシ捜し」を引き受けた榎木津が、同時に「鉄鼠の檻」で登場した常信和尚から依頼された事件を解決する話。3編とも本当に笑わせてもらいました。とにかく、榎木津と、その下僕の益田、和寅、今川、伊佐間、関口等の関わり合いが何とも言えず愉快です。「鳴釜」での依頼人の、常に榎木津から変な名前で呼ばれる「僕」も、「瓶長」、「山嵐」と自ら榎木津に関わり合うようになってしまいます。とうとう下僕に成り下がってしまったようです。
僕自身、本編よりこちらのシリーズの方が好きかもしれません。おすすめです。
「鳴釜」の最後に榎木津が友人の小説家と白樺湖に行ったとありましたが、それが「陰摩羅鬼の瑕」で描かれているのでしょうね。 |
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百器徒然袋 風 ☆ |
講談社ノベルス |
(前作の「百器徒然袋 雨」を読んでいない方は読まないように!)
「百器徒然袋 雨」に続く薔薇十字探偵こと榎木津シリーズ第2弾です。「五徳猫」、「雲外鏡」、「面霊気」の中編3編が収められています。前作に続き、榎木津の下僕にすっかりなってしまった「僕」の語りで話は進んでいきます。「五徳猫」は、二人の女性が不思議な事件を榎木津に相談しようとしていることを知った「僕」がまたまた事件に巻き込まれてしまう話。「雲外鏡」と「面霊気」は、「五徳猫」事件の黒幕であった男が榎木津に復讐しようと、榎木津本人ではなく、下僕の「僕」と益田を標的にしたことから、例のごとく「僕」がひどい目に遭ってしまう話です。いつもながら破天荒な榎木津が仕切ると、事件がとんでもないことになってしまいます。解決はするのですが。
いつもの下僕たちを始め、「五徳猫」には、「今昔続百鬼」の沼上蓮次も登場し中禅寺を手伝って活躍しています。
相変わらず招き猫やお面についての京極さんの蘊蓄が中禅寺の口を通して語られます。その知識には、すごいとしか言いようがないですね。とにかく、前作に引き続き理屈抜きにおもしろいです。ただ、最後の終わり方がちょっと気になります。前作の最後で、ようやく語り手である「僕」の名字が本島であることが明らかとされ、榎木津も本作ではどうやら名字は覚えたようです。そればかりでなく・・・。最後のこの終わり方は、これでよいのでしょうか。これでは、シリーズが大団円で終わりという感じがしてしまうのですが。 |
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続巷説百物語 ☆ |
角川文庫 |
小股潜りの又市、考物の百介、山猫廻しのお銀、事触れの治平が活躍するシリーズ第2弾です。6編からなり、それぞれの話は完結するのですが、一つ一つの話が繋がってさらに大きな一つの物語となっています。
この作品集では、前作で語られなかった事触れの治平と山猫廻しのお銀の過去も語られます。闇の世界に生きることとなった彼らの過去はあまりに悲しいものでした(小股潜りの又市の過去についても、わずかですが事触れの治平の口から語られます。)。
小股潜りの又市をはじめとするレギュラー陣は相変わらずみな個性的ですが、この作品中には彼ら以外の魅力的な人物が登場します。一人は、第1話に登場する百介の兄、山岡軍八郎です。八王子千人同心で、無骨な謹厳実直な人ですが、百介の突拍子もない話にも耳を傾ける弟思いの頭の柔らかな人物です。また、4話以降に登場する東雲右近は、悪に対峙する善として読者の前に現れます。さらには全編をとおして大きな鍵を握る人物が山猫廻しのお銀と関係があったりと、人間関係が思わぬ繋がりを見せていきます。
どの話にも妖怪等の名前が冠されており、一見妖怪譚の形はとっていますが、これは又市たちの仕掛けの手段となるためのもので、最後には合理的な解決へと話は収斂していきます。悪人を退治するということから、仕掛けて仕損じなしの、いわゆる“必殺”シリーズに擬せられますが、今回も鮮やかな手並みを見せてくれます。特に今回は一つの藩をまるまる仕掛けてしまうのですから、その手並みの鮮やかさには大向こうから「見事!」と声を掛けたくなります。又市の最後の「御行奉為」で、気分はすっきりです。
とにかく、おもしろいです。大部な上に人間関係が複雑ですが、京極さんの筆力は、それを感じさせません。読み出したら最後、ぐいぐい読者を引っ張っていきます。オススメです。
※このシリーズ第2弾でシリーズが終了するかなと思いましたが、この後「後巷説百物語」が刊行されました。 |
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陰摩羅鬼の瑕 ☆ |
講談社ノベルス |
白樺湖畔に建つ元伯爵の豪邸。その豪邸の中には鳥の剥製があふれていて、「鳥の館」と呼ばれていた。そこの主人は由良元伯爵は過去4度の結婚のたびにその翌朝に妻を殺害されていた。5度目の結婚を前にして、事件を未然に防ごうと呼ばれたのが、名探偵榎木津。ところが、榎木津は現地に行く前に目を患ってしまって、目が見えなくなってしまう。その榎木津の看護兼助手として一緒に来たのが関口。果たして彼等は花嫁を守ることができるのか。
いまさら言うまでもないですが、これでもかというような分厚いお弁当箱本です。
相変わらずの京極さんの博識ぶりを見せられました。ただ、仏教と儒教、林羅山、ハイデッガー哲学等々その蘊蓄が披露されるところで、どうにも読むのが辛くなり一度読むのを中断、再度読み出した際は、飛ばし読みしてしまいましたけど。あの蘊蓄が話と何の関係もなく披瀝されているのではないことは重々わかっているのですが・・・。とにかく、いくら読んでもなかなか事件が起こりません。あの700ページを超える作品で、やっと事件が起こったと思ったら、そこはすでに500ページを超えているという状況でした。
今回は最初から榎木津が事件を未然に防ぐために呼ばれており、これは榎木津探偵大活躍かと思いきや、最初から失明状態で登場。他人の記憶を視ることは失明していても問題はないようですが、残念ながら期待していたほどの活躍、というか無茶苦茶は見せませんでしたね。一方付き添いで来た関口は、相変わらず榎木津に罵倒され、必要以上におどおどし、失語状態で読んでいてもイライラしてしまいますね。ただ今回は事件を未然に防ごうと、思わぬ行動力を発揮しますが・・・。
犯人捜し自体は、割とシンプルです。事件の謎は、シリーズの某作品と似ているような気がしますが、どうなんでしょう。 |
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邪魅の雫 |
講談社文庫 |
日本軍が研究中だったとされる毒薬によって連続毒殺事件が起きます。被害者の女性が榎木津のお見合い相手になるはずだったということから益田と関口は事件に関わっていきます。
さすがに、京極さんの弁当箱のような分厚い作品を読むのが辛くなってきました。文庫になっても上・中・下の3巻。今回も肝心の中善寺が活躍し出すのは下巻になってから。それまでは様々な事件関係者の目を通して事件が語られていきますので、どれもが全体としての事件の一部分だけで、なかなか事件の全体像がつかめません。そのうえ、それぞれの語り手の独白がだらだらと続いたりして、あやうく途中で、降参です!と投げ出したくなってしまいました。毎日、通勤バスの中で少しずつ読んでいたのですが、読了するまでなんと2か月近くがかかり、そのうちに登場人物の名前や関係まであやふやになってしまうというていたらく。京極さん、長すぎますよ!というのが正直な感想です。
ようやく中善寺が登場してからも、犯人らしき者を前にして、中善寺の口からは“世間話”を始めとする様々な蘊蓄が披露され、関口や益田らのいつもの仲間たちが勝手に議論をしていきます。それらの話は巡り巡って事件の真相に関係ある話となっていくのですが、それにしても長すぎます。別にこの部分を抜きにしても話は成り立つだろうにと思ってしまうのは僕だけでしょうか。
今回は、榎木津のお見合い相手が被害者でありながら、榎木津自身の活躍はあまりみられません。榎木津ファンとしては残念なところです。犯人はシリーズの中のある犯人を思い浮かべてしまうのですが、あちらほどインパクトはありません。 |
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死ねばいいのに ☆ |
講談社 |
(ちょっとネタばれあり)
派遣社員の女性が自室で殺されるという事件が起きます。物語は、ある男が事件の関係者の元を、殺害された女性のことを聞きたいと訪ねてくることから始まります。各章とも、その男・渡来と彼が訪ねた(最後の一人だけは、逆に渡来の元を訪ねてくるのですが。)事件の関係者二人だけの会話で構成されます。
渡来が知りたいのは、殺害された女性のこと。しかし、誰もが彼女のことより、自分自身のことばかりを話します。そして、自分の人生への不満を渡来にぶつけます。そんな彼らに対し、渡来の口から出る言葉が「死ねばいいのに」。すごい、決めゼリフですねえ。俺は頭悪い、無職だ、高卒だとか自分のことを卑下しながらも、次第に渡来の口から出る言葉の方が正しいと気づかされていくという、この会話の流れがリズミカルで京極さんらしいです。京極堂シリーズや巷説百物語シリーズに相通じるものがあります。あっという間に話の中に引き込まれていっき読みでした。
彼女を殺した犯人は?という、ミステリーとしての謎解き部分については、想像がついてしまいますが、それは二の次です。おすすめの1作。 |
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前巷説百物語 ☆ |
角川書店 |
巻説百物語シリーズ第4弾です。今回は、又市がまだ若者の頃の6つの話が掲載されています。時代設定としてはシリーズの一番最初の話になります。まだ、又市は御行ではなく双六売りをしています。「死んでいい命はない」と言う又市が、「青臭い」と言われるのですからね。若いです。
いつもの山猫廻しのおぎんや事触れの治平は登場しませんが、新たな仲間、靄舟の林蔵、長耳の仲蔵、山崎寅之助らの個性的なキャラが登場します。特に元公儀鳥見役の山崎の強さと、裏返しの弱さは印象深いです。
上方で無頼働きを繰り返していた日、仲間の不始末で上方にいられなくなり、江戸へと流れてきた又市は、損料屋・ゑんま屋の裏の仕事を手伝うことになります。彼らを束ねるのは損料屋の女主人・お甲。彼女を頭にして、又市たちが悪人相手に仕掛けます。まさしく京極版必殺シリーズです。
彼らの大胆極まりない仕掛けによって、悪い奴らに胸のすく一撃を加えることになります。ところが、彼らの仕掛けによって、迷惑を被った者が逆に又市たちを狙います。又市たちと彼らを狙う者との攻防を描く後半は手に汗握ります。
又市の決めゼリフ「御行奉為」の由来もわかる、シリーズファンには楽しい1作となっています。おすすめです。 |
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西巷説百物語 ☆ |
角川書店 |
巷説百物語シリーズ第5弾です。今回の主人公は御行の又市ではなく、前作「前巷説百物語」に登場した靄船の林蔵です。時代設定としては「前~」から14年後の話、舞台は上方となっています。
「前~」では、又市の弟分という立場のどこか軽い感じの男だった林蔵が、その印象を一変させ、リーダーとして仕掛けを仕切ります。この作品のちょっと前に「前~」を読んだのですが、そのキャラの落差にはびっくりします。この間、時の経過がありますから、林蔵も成長したということでしょうか。
大向こうを唸らすような大仕掛けはありませんが、個性的なキャラの持ち主が集まって、事件の裏に隠された真実を明らかにし、人間の本性を暴くのはこれまでと同じです。ただ、今回の特徴は、相手に最後に選択の余地を与えてやることです。一方を選択すれば助かるかもしれないのですが、そこはやっぱり、みんな助からない方を選択するんですねえ。
ラストの「野狐」には、又市も登場、上方メンバー総登場で、又市と林蔵が16年前に江戸に逃げることとなった事件の決着がなされます。
文章に使われている表現も漢字も難しいのですが、不思議とすらすらと読ませます。このあたり、京極さんのリーダビリティのなせるところです。おすすめです。 |
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後巷説百物語 ☆ |
角川書店 |
第130回直木賞受賞作にして、巻説百物語シリーズ第3弾になります。シリーズとしては現在までのところ、この後に「前巷説百物語」、「西巻説百物語」が刊行されていますが、描かれる時代としては、この作品がシリーズの最後ということになります。
舞台は江戸時代が終わったばかりの明治初期。―白翁こと山岡百介のもとに、元南町奉行所見習い同心で東京警視庁勤めの矢作剣之進、元北林藩士で貿易会社に勤める笹村与次郎、町道場の道場主で警察の剣術指南役をしている渋谷惣兵衛、元旗本の次男坊で洋行帰りで職に就いていない倉田正馬の4人が持ち込んだ不思議な事件を元に、百介が昔語りをし、この昔語りによって、現在の不思議な事件も解決するという体裁になっています。
この昔語りの部分が又市たちの活躍を描く部分となっています。 百介の口から語られる話は6編。百介が男鹿半島の先の霧に隠された幻の島に迷い込む「赤えいの魚」、御行の又市が代官に斬られてその首が燃えて飛ぶ「天火」、放蕩息子が70年間石函に閉じ込められていた毒蛇に噛まれて死ぬ「手負蛇」、山男のさらわれたという娘がその山男の子どもを連れた戻ってきた「山男」、元公暁が幼い頃、自分を抱いていた女が青鷺になって飛び立っていったという「五位の光」、そしてシリーズ最後の話となる「風の神」は、百物語が語られます。
これまでのように、又市たちが依頼されたことを魑魅魍魎や妖怪変化の類いに見せかけて解決していくというところは同じなのですが、百介の昔語りということもあってか、又市たちの活躍の影が薄く、どうも今までのような爽快感がありません。又市のラストの決めセリフも百介が言ったりして、ピンときません。でも、ラストはシリーズの大団円。ちょっと寂しいですね。 |
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鬼談 ☆ |
角川書店 |
『幽談』『笑談』『政談』に続く「○談」シリーズ第4弾です。
今回はすべての題名に“鬼”の字が冠せられた鬼をテーマにした9編が収録されています。とはいえ、収録された作品中には“鬼”で僕らがイメージする、頭に角が生えた“鬼”は登場しません。どれもラスト1行で恐怖の中に落とされるという感じです。
中でも印象的だったのは「鬼縁]「鬼情」「鬼慕」「鬼気」の4作。
「鬼縁」は弟が生まれたばかりの少女と幼い頃に右腕を失った江戸時代の武家の跡取り息子を主人公にして、2つの異なるエピソードが交互に語られていきます。両方とも父親が大きな位置を占め、恐ろしい結末を迎えますが、この時空を離れた物語にどんな“縁”があったのか・・・。
「鬼情]は人を喰らう鬼となった元僧侶と僧侶との禅問答のような討論を描いていきます。なぜそうなってしまうの!という恐ろしいラストで終わります。
「鬼慕」は、妻を亡くした男と夫を亡くした未亡人とが話をしているところが描かれます。この“夫を亡くした未亡人”というところに恐ろしさが潜んでいるとは・・・。ラストの一言が怖すぎます。
「鬼気]は、帰宅途中の主人公が顔を半分隠した女に後をつけられる話。いったい何者だという恐ろしさに加え、認知症を患っている主人公の母親の言動の恐ろしさという現実が語られます。わけのわからない女より、認知症の現実の方が恐ろしさを感じます。ラストにおける母親の台詞が怖いですねえ。 |
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ヒトでなし |
新潮社 |
主人公の尾田慎吾は、娘を亡くし、悲しみから立ち直れないでいる中で会社は首になり、うまくいかなくなった妻とは離婚、家も処分してその金は慰謝料代わりに妻に与えてすべてを失う。偶然コンビニで会った高校時代の友人、荻野に誘われて彼のマンションに行くが、彼も破産状態で借金取りから逃げるためにマンションで寵城状態になっていた・・・。
自分の考えもはっきり言えなかった男が自分は“ヒトでなし”と自認してから、暴言を吐き放題。娘が死んだときも、離婚をするときも妻に何も言えなかった男なのに、どうしてこんなに急変するのか。自分は“ヒトでなしだ”と開き直ったにしても、そんなに性格変わるのかなと思いながら読み進みました。
600ページ弱という大部です。“ヒトでなし”とは何かと哲学的な問答を読んでいるようで、難しいかと思いきや、会話の部分が多かったこともあって、意外にスラスラと読み進むことができました。京極さんの文章は読みやすい、というより慎吾が吐く暴言が読みやすいのでしょうか。あれだけの大部を圧倒的な筆力で読ませます。
自殺しようとする女たちに「死ね!」と冷たく言い放ち、ただただ、暴言の限りを尽くす男なのに、なぜか彼女たちは慎吾を信頼します。他人が何をしようと、何を考えようとどうでもいいと言う慎吾の周りには、死に切れなかった者や殺人を犯した者が集まってくるというストーリーです。読んでいて、慎吾の吐く暴言を耳で聞いたら新興宗教の教祖の言葉のように、わかった気になってしまうのではと思います。この慎吾のように畳みかけるように言われると、何となくわかった気になって反論できなくなってしまうのでしょうか。振り返ると何を言われたかよく覚えてはいないのでしょうけど。
事故死した娘が、実は事故死ではなく連続殺人の被害者となったのではないかと言われても、そして娘を手にかけた男を目の前にしても感情が動かない慎吾はどういう人間なのでしょう。やっぱり、“ヒトでなし”なのでしょうか。読んでいて、やはり慎吾の言うことにはうまく反論できないけど納得できません。僕自身は結局荻野側の人間です。 |
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虚実妖怪百物語 序 |
角川書店 |
何やらノン・フィクションかと思うほど、実在の人物が登場しています。「ゲゲゲの鬼太郎」の水木しげるさんは誰でも知っていますが、雑誌「怪」に関わる人々も実在の人物のようです。作者自身も登場人物の話の中で名前が出てきます。
その中で、実在の人物ではない加藤保憲という名前が登場します。この人物、荒俣宏さんの「帝都物語」の登場人物ですが、映画化された際に嶋田久作さんが演じた加藤保憲が秀逸。当時映画を観に行ったのですが、あの長い顔と軍帽から覗く眼の印象が強烈でした。嶋田さんには失礼ですが、怪異そのもの。その「帝都物語」の加藤保憲が登場するというのですから、どんな荒唐無稽の話だろうと思ったら、プロットは元々、映画『妖怪大戦争』製作時に京極さんが準備したものだそうです。
物語は3部作。今回の第1作目の「序」は導入部といったところでしょうか。水木しげるさんが吠えた「目に見えないモノが、ニッポンから消えている」「このままではあんた、ニッポンはおかしくなりますよ。人間ってのはあんた、お化けがいなくちゃ」から物語は始まり、しだいに、あちこちで妖怪が見られるようになります。
加藤保憲も冒頭にちょっと登場しただけです。次の「破」はいったいどんな展開になるのか、楽しみです。
それにしても、実在の登場人物たちが作中に描かれているような会話をしているとすれば、一般の人から見れば相当変な人と言わざるを得ない人ばかりですね。 中には殺される人もいますが、あの人は実在の人物なのでしょうか? |
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虚実妖怪百物語 破 |
角川書店 |
今回も加藤保憲の登場は冒頭だけ。東京都知事の仙石原を従えて(もちろん、ホンモノの都知事は既に死んでいて、加藤が異国の地より連れてきたナニモノかが中に入っている(?)のですが)、いよいよ何かを仕掛ける様子が描かれます。
日本全国に妖怪が現れるようになって、妖怪という存在を国民が嫌うようになってきます。そこまでは理解できるのですが、更には妖怪を研究する人、妖怪を題材に小説やマンガなどを書く人が弾圧されるようになります。「破」では荒俣宏さんの家が暴徒(これが「日本の情操を守る会」という名の、思い込んだら暴力も、更には人を殺すことも厭わないという恐ろしい過激な市民団体です。)に取り囲まれます。その上、暴徒を鎮圧するはずの警察までも、暴徒たちの行為を黙認するといった、ちょっと恐ろしい世の中になってしまっています。でも、そんな危機的状況にありながら、妖怪関係者たちの緊張感のない会話に読みながら笑ってしまいました。挙げ句の果ては巨大ロボット登場で、あまりの破天荒な展開に唖然。荒俣宏さんの姿を思い浮かべて、これまた笑いが零れてしまいます。百鬼夜行出現のシーンで頭に浮かんだのは、ジブリの「平成狸合戦ぽんぽこ」ですね。
妖怪関係(?)でよく名前を拝見する方は決死の行動の結果、命を落とされてしまいましたし、作者の京極夏彦さんも焼き殺されそうになるなど危機一髪の状況になるなど有名人が実名で登場してきて、本好きにはたまりません。終盤には綾辻行人さんや貫井徳郎さんも登場してくるのですから、今後の展開にワクワクしてしまいます。
さて、次作ではいよいよ妖怪関係者と加藤保憲との直接対決が描かれるのでしょうか。 |
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虚実妖怪百物語 急 |
角川書店 |
いよいよシリーズ完結編の第3弾です。
前作では加藤保憲がシリアの砂漠の中から連れてきたダイモンは東京都知事の肉体を借りていましたが、今作では総理大臣を裏から操る幹事長の中へと移ります。一方、富士山の麓の樹海へと避難した妖怪関係者たちは、いよいよ日本を救うために立ち上がります。
相変わらず妖怪関係者たちの“馬鹿”な会話で物語が進んでいきます。ところが、その“馬鹿”が日本を救う原動力となるというのですから、愉快です。でも、この“馬鹿”な人たちは大部分実在の人物なのに、こんなに「馬鹿!馬鹿!」と言ってしまって、京極さん、大丈夫なのかなと思ってしまいます。
ラストを飾る巻だけあって、妖怪はうじゃうじゃ登場するし、ガメラやラドン、更には懐かしのガッパや大魔神まで登場します(残念ながらキング・オブ・モンスターと言うべきゴジラは出てきません。)。そのうえ、貞子さんが自衛隊と戦うという驚愕のシーンも出てきて、樹海は大賑わいです。これは想像しただけでも楽しいです。
でも、ラストは「え!何なの?」という終わり方で拍子抜け。「あの加藤保憲はどうなったんだぁ~」と叫びたくなります。まあ、“あの人”の名前は実在の人物が次々と登場してくる中で、最初から気になっていたんですよねえ。 |
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虚談 |
角川書店 |
題名からすると「鬼談」、「幽談」、「冥談」に繋がるシリーズでしょうか。作者の京極さん自身を想起させる元デザイナーで小説家の「僕」が知人、友人から聞かされる9編の恐ろしい話、不思議な話が収録された短編集です。
どの話も、ラストで「嘘だ」とか「嘘であれば」「嘘なのかも」などと、真実ではない、真実ではないだろうと締めくくっていますが、その言葉がなお一層話に怖ろしさを味付けする感じがします。。
9編の中で、個人的に一番の話は「クラス」です。「僕」は、デザイン学校時代のクラスメイトの御木から、中学生の頃に山崩れで死んだはずの妹が歳を取った姿で、なのに中学生のセーラー服を着て自分の前に現れたという話を聞きます。更には妹の顔をした豚みたいな動物に指をかみ切られたとも。お婆さんに近い女性がセーラー服だけでも不気味なのに、人間の顔をした豚とは、これはちょっと怖いです。ところが、そこから事態は二転、三転。京極さん、これでもかと読者を翻弄します。
怖いということでは、もう1編。冒頭に置かれた「レシピ」です。「僕」は高校の同級生の大垣から会いたいと連絡が来ます。彼の話は、高校卒業式前に自宅の火事をきっかけに逢うことのなくなった、今では亡くなっている恋人だった女性が、今の恋人が台所に立つと耳元で囁くというのです。これだけで、怪談めいているのですが、京極さんは更にひとひねりして読者に考えさせます。京極さん、うまいですねえ。 |
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今昔百鬼拾遺 鬼 |
講談社タイガ |
百鬼夜行シリーズのスピンオフといえる作品です。三か月連続刊行の第一作目です。
ここでの主人公は京極堂の妹の敦子。京極堂、榎木津、関口は登場しません(シリーズ登場人物では、カストリ雑誌の記者、鳥口守彦が顔を見せます。)。彼らは旅行中に起きた事件で栃木に行っていて不在(これはかねてから刊行予定になっている「?の碑」で描かれる事件でしょうか。)だったので、敦子のもとに相談が持ち込まれたという次第。彼女のもとにやってきたのは、「絡新婦の理」に登場していた女子高校生の呉美由紀(「絡新婦の理」を読んだのはもう20年以上も前なので、彼女がいたのかもうすっかり忘れていました。)。彼女は「絡新婦の理」での事件後、閉鎖された「聖ベルナール女学院」から再び全寮制の女学院に編入したようです。
美由紀の相談は、学校で仲の良かった友人・片倉ハル子が斬り殺された事件のこと。昭和29年3月、駒沢野球場周辺では「昭和の辻斬り事件」と呼ばれる日本刀を使った連続通り魔事件が発生し、犯人はハル子を殺害後逮捕されたが、その犯人はハル子の恋人とされ、また、ハル子は以前から片倉家の女性は代々斬り殺される運命にあると恐れていたとのことだった・・・。
敦子が調査をする中で出てきたのは“鬼の因縁”とか“鬼の刀”。ハル子が殺害されたのは、この“鬼の刀”だったということですが、この“鬼の刀”というのが土方歳三の持っていた刀であり、このことが京極さんの土方歳三を主人公にした「ヒトごろし」とリンクしているらしいです(「ヒトごろし」を読んでいないのではっきりいえませんが。)。もう一つ、ネットの情報によると短編集「虚談」の中の「ちくら」ともリンクがあるようですね。
事件の真相自体は、だいたいの予想がついてしまいます。それより、上に述べた“鬼の刀”の由来や刀剣の蘊蓄の方にページが割かれていて、京極堂は登場しませんが、蘊蓄が披露されるのはいつもどおりという感じです。
敦子より、ラストで敦子や刑事たちを相手に真っ当なことを言って、事件をスッキリさせた美由紀が強烈な印象を残します。もう一度「絡新婦の理」を読み返したくなりました。 |
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今昔百鬼拾遺 河童 |
角川文庫 |
今昔百鬼拾遺第2弾は、“河童”。
冒頭、呉美由紀と女学校の同級生、裕美と佳奈の3人による河童談議が繰り広げられます。それも元々は近頃浅草を中心にして現れる“覗き魔”、それも女性ではなく男性の入る風呂や便所を覗くというちょっと変わった“覗き魔”の話が河童の話に至ってしまうのですから、いつの時代も女学生の思考にはついて行くことはできませんね。まあ、このあたり、相変わらずの京極さんの蘊蓄の披露です。延々50ページにわたる河童談議が終わって、ようやく場面変わって本筋に入ります(本編に入るまでが長すぎます!)。
ようやくの本編の物語は、薔薇十字探偵社に持ち込まれた調査依頼の関係者が川で尻を出して殺害されている事件が続いたのを、薔薇十字探偵社の探偵、益田が中禅寺敦子に相談することから始まります(未だに京極堂や榎木津は帰ってきていません。)。ここで、被害者が尻を出して殺害されていることから、冒頭に長々と語られた尻子玉を取る河童の話と結びついていきます。更には美由紀が訪れた親戚の家近くで被害者が出たことから、美由紀が今回も事件に関わってくるという話になっています。ここでも、最後に啖呵を切って話を真っ当な方向に向けるのは美由紀というパターンです。
この作品でもシリーズ登場人物が顔を出します。薔薇十字探偵社の探偵で榎木津の助手である元刑事の益田と多々良です。この多々良が登場するところでまた河童の蘊蓄が語られます(しつこいですね。)。 |
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今昔百鬼拾遺 天狗 |
新潮文庫 |
薔薇十字探偵事務所に立ち寄った呉美由紀は、そこで、友人の是枝美智栄の行方探しを依頼に来ていた代議士の娘にして筋金入りのお嬢様である篠村美弥子と出会う。美智栄は高尾山に登ったきり消息不明になっていたが、2か月後、遠く離れた群馬県の迦葉山で美智栄の衣服を身にまとった女性の死体が発見されていた。果たして美智栄はどこに消えたのか、遠く離れた山で発見された死体がなぜ美智栄の衣服を着ていたのか。「稀譚月報」記者・中禅寺敦子、美由紀、そして美弥子の3人の女性がその謎を追う・・・。
高尾山も迦葉山も天狗伝説がある山ということから、前作まで同様、京極さんの“天狗”の蘊蓄が美由紀と今回登場する美弥子の口を借りて披露されます。とはいえ、天狗は物語には直接関係はありません。
今回も最後は美由紀の啖呵で締めくくられます。犯人に対して美由紀が言った一連の言葉は、当時の男性たちには耳が痛いものですが、それはLGBTについて多様な考えが出てきた今の時代でも同じ。物語の時代の男たちと同じように考える人が今も多いのでは。
美由紀だけでなく、お嬢様でありながら、そのイメージとは逆に毅然と自分の意見を言う美弥子のキャラクターは当時としては異質であったでしょうが、好きなキャラです。
これで、鬼、河童、天狗と続いた今昔百鬼拾遺も一区切りですが、美由紀には今後も京極堂が主役の本編の方にも登場してもらいたいですね。 |
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遠巷説百物語 ☆ |
角川書店 |
(ちょっとネタバレ)
巷説百物語シリーズ第6弾、11年ぶりの新作です。
今回の舞台となるのは江戸末期の「遠野」です。遠野といえば、柳田國男さんの「遠野物語」をすぐ思い出すように、何といっても民話の里ですから、妖怪、化け物の登場にはピッタリの場所です。
主人公となるのは、遠野南部家当主であり盛岡藩筆頭家老である南部義晋の密命を受け、巷に流れる噂話を調べる宇夫方祥五郎。「続巷説百物語」で視点人物を務めた山岡百介に対応する人物です。そして、仕掛けをするのは、「前巷説百物語」に登場した長耳の仲蔵、「西巷説百物語」に登場した献上品を売買する献残屋という仕事で諸国を巡っている六道屋の柳次です。また、祥五郎の情報屋として巷の噂を売るのが乙蔵です。
物語は「歯黒べったり」「礒撫」「波山」「鬼熊」「恙虫」「出世螺」と、妖怪の名前を冠した6話からなりますが、どの話も、冒頭に昔話を置いて(「譚」)、次に祥五郎が乙蔵から聞いた巷の噂を置き(「咄」)、その噂の当事者の語りがあり(「噺」)、最後に事件の決着後に祥五郎が仲蔵からタネを明かされるというパターンとなっています。今までどおりに表の世界では解決できない事件を、裏の世界に生きる悪党たちが妖怪、化け物の仕業に見せかけて解決するという展開は同じです。
最後の2編、「恙虫」では藩の金を巡って不正を働く者たちの存在と、それを暴こうとした者たちの殺害事件が描かれ、「出世螺」では「恙虫」で描かれた事件の裏に幕府の要職にあった人物が関わっていたことが明らかとされます。ここで、今までシリーズの中で語られていた話に繋がっていきます。この話には、ある人物が思わぬ姿で登場し、ファンとしては嬉しい限りです。まさか、ここで登場するとは・・・。
現在雑誌「怪と幽」でいよいよシリーズ最終作となる「了(しまいの)巷説百物語」連載中だそうです。「続巷説百物語」から語られていた「でけえ鼠」(今作で正体が明らかになります。)との対決が描かれるのでしょうね。大いに期待したいです。
乙蔵については、遠野物語の中にも同じ名前の人物が峠の上で甘酒屋をやっていると書かれているそうですから、無事甘酒屋を開けたのですね。 |
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鵼の碑 ☆ |
講談社ノベルス |
百鬼夜行シリーズ(個人的には京極堂シリーズですが。)第10弾です。前作の「邪魅の雫」から何と17年ぶりの新作です。いやぁ~待ちました。題名は発表されていたものの、もう書かれないのではと諦めていました。
物語は、“蛇“、”虎”、“狸“、”猿”、そして題名にある“鵼“とは異なる“鵺”という5つのパートが並行して進んでいき、最後の種明かしが“鵼”という構成になっています。
最初の蛇のパートでは榎木津の兄が経営するホテルに戯曲を書くために来ていた劇団の座付き作家・久住がホテルのメイドの娘から人を殺したことがあると聞いて、どう対応したらいいか悩むところに、たまたま日光の輪王寺の調査の依頼を受けて日光に行く中禅寺と彼に同行する榎木津のおまけでやってきた関口が関わっていきます。
虎のパートでは、勤めていた薬局の経営者である寒川秀巳から結婚を申し込まれ、返事をしないうちに寒川が失踪してしまったと、薬局の薬剤師である御厨富美が、行方探しを薔薇十字探偵社に依頼に来ます。日光に行って不在の榎木津に代わり、調査を引き受けたのは助手の益田。益田が調査を始めると、寒川が日光に行った形跡が現れてきます。
貍のパートの主人公は刑事の木場です。退職した先輩刑事から戦前に起きてうやむやになった死体消失事件の話を聞いた木場がその謎を追いますが、これがまた日光に関りが出てきます。
猿のパートでは、日光東照宮で発見された謎の古文書を、僧の築山と中禅寺秋彦が調査します。このパートでは中禅寺の口からいつものように東照宮等に係る蘊蓄が次々と披露され、一番読みにくいパートです。しかし、この蘊蓄のパートも最後には他の物語と繋がっていきます。
鵺のパートでは、中禅寺、榎木津、関口の幼馴染らしい病理学者の緑川佳乃が登場し、亡くなった大叔父が残した日光の旧診療所の整理に日光にやってきます。
今作の舞台は日光です。5つの最初はまったく繋がりのなかった物語が、やがて日光という地に収斂していきます。17年ぶりとあってか、シリーズレギュラー登場人物が勢揃い。中禅寺は例によって、最後にカッコよく登場し、皆の憑き物落としをします。いつもの中禅寺の「この世にはね、不思議なものなど何もないのだよ」のセリフも登場し、思わず拍手したくなってしまいます。榎木津はこの作品ではほとんど登場しませんが、わずかな登場シーンでも笑わせてくれます。中禅寺や榎木津、関口の旧友である緑川が初登場しますが、今後も登場してほしいキャラですね。
830ページにわたる大作ですが、蘊蓄の部分さえ我慢して読み進めることができれば、あとはページを繰る手が止まりません。 |
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了巷説百物語 ☆ |
KADOKAWA |
第1作の「巷説百物語」が刊行された1999年から、25年にわたって書き続けられたシリーズがついに最終巻を迎えました。シリーズ第7弾にして、1100ページを超える大作です。
最後を飾るにふさわしく、小股潜りの又市はもちろんですが、これまでのシリーズに登場してきた者たち、山岡百介、山猫廻しのおぎん、事触れの治平、算盤の徳次郎、御燈の小右衛門、靄船の林蔵、玉泉坊、横川のお龍、祭文語りの文作、一文字屋仁蔵、六道屋の柳次らが総登場します。特に久しぶりのおぎんと治平の登場には感無量です。やはり、又市となればおぎんと治平ですからねえ.相変わらず、きっぶのいいおぎんには惚れ惚れしますし、治平はといえば、最後にふさわしい彼らしい働きを見せてくれました。泣かせます。
今回、重要な役回りで新たに登場するのは、下総に住む狐狩りを生業としているが、人の嘘を見破る能力を持つことで知られる“洞観屋”稲荷藤兵衛と、武蔵野にある晴明神社の宮守である“憑物落とし”の中禪寺洲斎。“洞観屋”稲荷藤兵衛は、地元の佐倉藩の山崎由良治から老中・水野忠邦の改革の邪魔をする者たちがいる、改革を進めるためにもその者たちの正体をあぶり出してほしいと依頼される。藤兵衛は、遠見遠耳の猿猴の源助、猫絵のお玉とともに、やがて浮かんできた又市に近い人物・山岡百介を探して品川宿に向かうが、そこで出会ったのは、大阪の一文字屋仁蔵に繋がる横川のお龍たちだった。一方“憑物落とし”の中禪寺洲斎は一緒に暮らす病に苦しむ娘の薬と引き換えに水野の資金源となっている福乃屋から憑物落としを依頼されるが、一度は引き受けたものの、その裏にあるものに気づき依頼を断る・・・。
物語は、水野忠邦への又市の仕掛けを巡り、稲荷藤兵衛、中禅寺洲斎、一文字屋仁蔵、そして水野の後ろにいる福乃屋と七福神と呼ばれる者たちが入り乱れての戦いが始まります。まさかあの人がという人物が命を落としたりして、ハラハラドキドキの展開です。また、北町奉行・遠山金四郎や「続巻説百物語」に登場した八丁堀きっての堅物の定町廻り同心、田所真兵衛、更には水野忠邦の元で働く“かいぶつ”の綽名を持つ鳥居耀蔵甲斐守も登場するなど顔ぶれは賑やかです。
水野忠邦の天保の改革を巡っての又市の仕掛とは何なのか。水野忠邦の天保の改革の裏にいる人物の正体はいったい何者なのか、そしてその人物のたくらみとは何なのか。これまで又市たちが関わってきた事件がすべてある人物に収斂していくというラストの作品らしい結末となっていました。
ちょっと残念だったのは、又市自身が裏側で仕掛けを行っていたため、なかなか表舞台に登場してこなかったこと。でも、最後に「御行奉為」を聞くことができたのは良かったです。これで終わるのはもったいない、もっと又市たちの活躍を読みたいです。とりあえず、おぎんや治平たちのそもそもの登場を今一度読みたくなりました。現時点で今年のマイベスト10ベスト1を争う作品です。
なお、中禪寺洲斎はあの京極堂・中善寺秋彦の曽祖父で、次は彼が主人公の「狐花 葉不見冥府路行」が発売になります。この夏の歌舞伎の舞台の原作になるようです。これも楽しみ。 |
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狐花 葉不見冥府路行 ☆ |
角川書店 |
先頃刊行された「了巻説百物語」に登場した京極堂シリーズの主人公・中善寺秋彦の曽祖父である中禪寺洲齋を主人公とする作品です。現在、松本幸四郎さんらの出演で歌舞伎座で公演中の歌舞伎の原作として京極さんが書かれたものだそうです。
作事奉行、上月監物の娘・雪乃の前に絶世の美男が最近姿を現すようになる。雪乃はその男に惹かれるが、彼女の御付の女中のお葉はその男を見て以来床に臥せ、次第に窶れていく。お葉は死ぬ前に材木問屋近江屋の娘の登紀と口入屋辰巳屋の娘の実祢に何としても会いたいと言いだす。作事奉行・上月監物とその家臣である的場佐平次、材木問屋の近江屋源兵衛、口入屋の辰巳屋棠蔵は表では関りがあることを伏せていたが、実は4人はかつてある悪行を働いた仲間であり、上月は今回のことは昔の悪行に何らかの関りがあるのではと恐れる。的場はお葉の名を騙って彼女の元に秘かに登紀と実祢を呼び出し、3人の話を盗み聞きする。すると、彼女たち3人は自分が愛した男・萩之介が自分たち3人を弄んでいることを知り、3人でその男を殺したこと、雪乃の前に現れた男が殺したはずの萩之介だったことからお葉が恐怖に怯えていたことを知る。的場は憑き物落としで評判の中禪寺洲齋に憑き物落としを依頼するが・・・。
不思議なことなどないという洲齋が、死んだはずの萩之介の亡霊の正体を暴きます。ただ、それだけでなく、「了巷説百物語」で語られていた洲齋の出自がわかるところにもこの作品の面白さがあります。
京極さんには珍しく、普通の厚さの本でしたが、十分楽しむことができました。 |
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