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櫛木理宇の本棚

  1. ホーンテッド・キャンパス
  2. ホーンテッド・キャンパス 幽霊たちとチョコレート
  3. ホーンテッド・キャンパス 桜の宵の満開の下
  4. ホーンテッド・キャンパス 死者の花嫁
  5. ホーンテッド・キャンパス 恋する終末論者
  6. チェインドッグ
  7. 世界が赫に染まる日に
  8. FEED
  9. 209号室には知らない子供がいる
  10. 鵜頭川村事件
  11. ぬるくゆるやかに流れる黒い川
  12. 虎を追う
  13. 虜囚の犬
  14. 老い蜂
  15. 氷の致死量
  16. 少年籠城

ホーンテッド・キャンパス 角川ホラー文庫
 2012年から新設された第19回日本ホラー小説大賞の読者賞受賞作品です。
 幽霊が見える能力を持つ八神森司は、高校時代、校舎の窓から水やりをする女生徒を見ていたとき、彼女に人ならぬものが忍び寄るのを目撃し、慌てて校舎を飛び出る。彼が彼女の元に走り寄ったときには既に人ならぬものの影は消えていたが、森司はすっかり下級生の彼女・灘こよみに一目惚れしてしまう。浪人して入学した大学で同級生となった彼女と偶然再会した森司は、彼女を守るため、彼女が入会したオカルト研究会に入会する。
 森司とこよみちゃん以外では、オカルト研究会の部員は、部長の黒沼、分家として本家の黒沼部長を守るという時代錯誤男の黒沼泉水、アネゴ肌で長身美人の三田村藍という魅力的なキャラの3人です。かなり、このキャラで読ませる部分が.あります。
 引っ越しても引っ越し先の部屋の壁に女の顔が浮かび上がる「壁にいる顔」、いつも同じ人が出てきて何か告げようとする夢を見る「ホワイトノイズ」、入居者がすぐ引っ越してしまうマンションの部屋に起こる怪異を描く「南向き3LDK幽霊付き」、ドッペルゲンガーを何度も見るという「雑踏の背中」、引き籠もりの少女のために降霊術を行う「秋の夜長とウイジャ盤」の5つの不思議な出来事をオカルオ研究会の面々が解決していきます。
 角川ホラー文庫ですが、表紙カバーからもわかるとおり、ライトな小説で、ホラーというよりミステリぽくて、更には青春ものの趣もある作品です。
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ホーンテッド・キャンパス 幽霊たちとチョコレート 角川ホラー文庫
 オカルト研究会に持ち込まれる超常現象を、幽霊が見えてしまう草食系大学生の八神森司ら研究会のメンバーが解き明かすシリーズ第2弾です。
 映研のカメラに映る「後ろ姿の女の霊」の謎を解く「シネマジェニック」、高校時代に失踪したクラスメートの女性の幻が見える謎を解く「彼女の彼」、居酒屋に出る幽霊の謎を解く「幽霊の多い居酒屋」、鏡に自分の姿が映らなくなった謎を解く「鏡の中の」、動き出す日本人形の謎を解く「人形花嫁」の5編が収録されています。オカルトといっても、それほど怖い話ではありませんが、ラストの「人形花嫁」だけは、ある意味相当怖いです。
 相変わらず、好きなこのみちゃんに対し、何も行動できない情けない森司くんは健在。オカルトミステリですが、草食系男子・森司くんの恋模様も描かれる青春ラブストーリーに、情けないやつと思いながらも声援を送りたくなります。ラストは今後に期待を持つことができそうです。
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ホーンテッド・キャンパス 桜の宵の満開の下 角川ホラー文庫
 幽霊が見えてしまう体質の八神森司くんはじめ、個性豊かな面々が集まるオカルト研究会に持ち込まれる幽霊騒ぎを描くシリーズ第3弾です。
 今回、オカ研に持ち込まれた幽霊騒ぎは、雪おんなに祟られる男子学生(「月の夜がたり」)、部屋の暗い隙間から居住する女子学生を睨む目(「覗く眼」)、警備会社のバイト先のビルに出現する白い影(「泣きぼくろのひと」)、妻が事故死して以来怒りっぽくなった教授の研究室で起こるポルターガイスト現象(「白丁花の庭」)、恋人たちに自殺を決意させる沼(「水辺の恋人たち」)の5編。今回はかなり怖い話が多いですが、その中では異色の「白丁花の庭」が一番読ませます。幽霊の独白が挿入されるのですが、これがラストに意外な事実となって読者に前に明らかにされます。
 この作品では、相変わらずの草食系男子の森司くんに小山内陣という恋のライバル出現。イケメンで身長も高く、そのうえ歯学部で、このみとは小中学校の同級生といった、森司くんからすればかなり強力なライバル。ところが、森司くん、あまりに人が良くて、このみの前ではうまく話すことのできない小山内にアドバイスするなど、ライバルに塩を送ってしまう始末。全編を通して、幽霊騒ぎとは別に、このみに気持ちを告白できない森司くんが、恋のライバル出現に気を揉む様子が描かれます。
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ホーンテッド・キャンパス 死者の花嫁 角川ホラー文庫
 オカルト研究会に持ち込まれる不思議な出来事を研究会の面々が解決していくシリーズ第4弾です。幽霊話だけでなく、同じ部員のこのみに恋する森司くんの初々しいまでの恋心を描くところが、青春ものとしても人気があるシリーズです。かくいう僕自身も“オカルトもの”というより“青春もの”としてこのシリーズを楽しんでいます。今回も、2年生となってから、このみとすれ違うばかりでなかなか会えず、もんもんとする森司の一喜一憂を描きながら、不思議な話が語られていきます。
 収録されている話は、黒ミサの儀式で同級生が殺されたが、その同級生の存在を誰もが否定するという「さいなむ記憶」、そもそも黒岩部長と泉水が不思議な現象の相談に乗るようになったきっかけを部長が語る「追想へつづく川のほとり」、突然自分自身が発火するというイベントサークルの部長の相談に乗る「ファイアワークス」、夏の合宿で黒岩家の所有する別宅にやってきたオカルト研究会の一行が肝試しをしていた墓地で、前世で亡くなった自分の墓を探しているという青年に出会う「うつろな来訪者」、このみの家でムサカリ絵馬に描かれたことから悲惨な運命に陥ったこのみによく似た大叔母がいたことを知る「死者の花嫁」の5編。
 この中では、部長と泉水の小学生時代が語られる「追想へ~」と、このみの両親が登場する「死者の花嫁」がシリーズファンとして楽しむことができました。
 前作では小山内という強力なライバルが現れ、あたふたする森司くんが描かれましたが、今回は影ながら応援してくれる人も現れ、ようやく二人の関係が前進しそうな雰囲気です。
※「死者の花嫁」で語られる“ムサカリ絵馬”は実際に山形県にある風習だそうです。
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ホーンテッド・キャンパス 恋する終末論者 角川ホラー文庫
 人より怖がりなのに、なぜか霊感を持つハ神森司らオカルト研究会に持ち込まれる不思議な出来事を描くシリーズ第5弾です。
 コンパで高校時代のクラスメートの板垣果那と会い、言い寄ってくる男から逃れるため、恋人を装ってくれと頼まれた森司。後日、自分は吸血鬼ではないかとオカルト研究会に相談に来た男の連れが果那だったのを見てびっくり(「告げ口心臓」)。卒業旅行でリゾート地にやってきたテニスサークルの3組のカップル。撮った写真を見て6人は驚きの声を上げる。そこには以前サークル内をかき乱したため、みんなで退学に追いやった女性が写っていた(「啼<女」)。子どもの頃のある事件がきっかけで目立たないように暮らしていた平賀は、大学生になって故郷を離れ、自分自身を変えようと学園祭の実行委員になる。学園祭の当日、故郷の同級生を見た平賀は彼らから逃げるうちにピエロの誘いで迷路に入る(「まよい道 まどい道」)。学部の講義の農業体験である村にやってきた講師と大学生。農作業をしている中で、彼らは手ぬぐいを姉さんかぶりにした老婆の姿を見るようになるが、やがて、寝ている女子大生の枕元にまで座っている老婆の姿を目撃する(「姥捨山奇譚」)。
 今回は、新たな登場人物として、冒頭の「告げ口心臓」に登場した森司の高校時代のクラスメート・板垣果那が全編を通して顔を出しており、彼女の奔放さに翻弄される森司の姿が愉快です。姥捨山奇譚の最後である事実が明らかになりますが、ストーリーの流れからは、当然そうだったのでしょうね。
 このシリーズの中心となる森司とこのみの恋の行方は、進んだといえるかどうかという状態です。しっかりしろと森司の尻を叩きたいくらいです。
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チェインドッグ  早川書房 
 筧井雅也は、Fランク大学の3年生。中学校までは田舎の神童としてクラスの中心にいたが、進学校に進んだ高校生になって自分が井の中の蛙だったことを知り、挫折して休学を繰り返し退学。高等学校卒業程度認定試験を経て大学受験に臨んだが志望校には落ち、今では周囲との関係もうまくいかず、屈折した大学生活を送っていた。そんな彼の元にある日、24人を殺害したとされる稀代の連続殺人犯・榛村大和から手紙が届く。榛村は雅也が高校生となって寮生活に入るまで、よく買いに行った近所のパン屋の主人だった。刑務所に榛村を尋ねた雅也に対し、榛村は送検された8件の殺人について、「罪は認めるが、最後の1件だけは冤罪だ。それを証明してくれないか。」と話す。
 なぜ、榛村が大学生にすぎない雅也に調査を依頼したのか。彼は何を隠しているのか。大きな謎を抱えながら雅也は榛村の関係者を訪ね歩きます。やがて浮き彫りになる榛村の姿に惹かれていく雅也でしたが・・・。
 端整な顔立ちなのに、高校生ほどの年齢の少年・少女を残酷な拷問にかけて殺すという、シリアルキラー感満載の榛村のキャラがあまりに特異です。シリアルキラーといえば、「羊たちの沈黙」のレクター博士を思い出しますが、彼は単なる殺人鬼に留まらず、人の心を操る特殊な能力を持った恐ろしい男です。この作品の榛村も同様。最後の1件が榛村の犯行ではないと明らかになったらどうなるのか。何のために雅也に調査をさせたのか、読んでいて、物語の方向性が最初まったくわかりませんでした。途中で読者は榛村が意図したことに気づきますが、エピローグで更に驚くこととなります。続編があってもおかしくありません。
 それにしても、あのカバー桧はどうにかならないでしょうか。いい歳のおじさんが図書館で借りるのに、ちょっと勇気のいるカバー桧です。 
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世界が赫に染まる日に  光文社 
 中学3年生の緒方櫂は、夜のランニングに出かけた際に、公園で同級生の高橋文稀に出会う。何をしているという櫂の問いかけに自殺の予行演習をしていたと答える文稀に、櫂は文稀が自殺するまでの間、櫂の復讐に協力するよう求める。櫂の復讐相手は、従兄弟を意識不明の重体にし、その妹をレイプした中学生の兄弟。櫂は、文稀の提案で本命への復讐の予行演習として、少年法に守られて大した罪に問われなかった者たちを次々と襲っていく・・・。
 殺人事件等の重大犯罪で裁判が開かれると、巷で聞こえてくるのは、一人を殺しても死刑には問われず、被害者家族の感情の持って行き場がない、被害者に比較して加害者には手厚い法の保護があり、おかしいではないかという主張です。昨今も少年が加害者となる事件が起こっていますが、理不尽にも殺されてしまった人の親の嘆きはどれほどのものだろうかと思うと、刑罰のあまりの軽さに疑問を持たざるを得ません。同じ親として加害少年を殺したいほど憎む気持ちもわかります。
 この作品では、加害少年に甘い少年法のもとで凶悪犯罪化する少年犯罪、いじめ問題に蓋をしようとする学校を始めとする大人たちなど、最近の問題を取り上げながら、加害者に復讐を果たそうとする少年たちを描いていきます。
 ただ、果たして復讐をすることにより、被害者側の気持ちはそれで収まるのでしょうか。自分たちとは関係のない者を悪人だからとリンチを加えていく考えに櫂は疑問を持たなかったのでしょうか。しだいにその制裁もエスカレートしていきます。作者はそんな櫂たちを描きながら復讐の意味を読者に問いかけます。

(ここからちょっとネタバレ)

 櫂は意識を回復した従兄弟のリハビリを行うことで、復讐を止めます。櫂はその怒りが自分自身が受けた暴力から生まれたものではなかったので、簡単に止めることができたのでしょうが、文稀にとっては梯子をはずされたようなものです。ラストになって、文稀が自殺しようとした理由が、ある事実が明らかになることにより消滅してしまっただけでなく、その事実の残酷さに、文稀はある決意をするのですが・・・。あまりに悲しすぎる結末です。 
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FEED  新潮社 
 伊沢綾希は16歳。高校一年生の冬休みに家出をし、家賃の安さ、敷金・礼金・保証人なしで入居にあたっての年齢制限がないのを理由に、そこがとんでもない場所だったとは知らずに『シェアハウス・グリーンヴィラ』に住み始める。綾希はそこで関井眞美という綾希と同様に家出をして『シェアハウス・グリーンヴィラ』に住む同世代の少女と出会い、やがて友情が芽生えるようになる。しかし、『シェアハウス・グリーンヴィラ』のオーナーの知り合いだという宇田川海里が現れてから眞美は海里に心酔するようになり、二人の距離はしだいに離れていく・・・。
 非常に後味悪い作品です。冒頭に置かれたネットに流れるリンチされたらしい少女の死体の写真のエピソード。こんな残酷なことを人間ができるのかと思ってしまうほど彼女の身体に加えられたリンチの状況に、現実にも悲惨な事件が新聞紙上を賑わす中で、これは決して自分たちがいる世界とは違う話とは言い切れませんでした。
 このあまりにむごたらしい殺され方をした少女が、果たしてこの作品の中の誰なのか。どうしてこんなことになったのか、早く知りたくてページを繰る手が止まりませんでした。この時点で既に櫛木さんの術中に嵌まってしまった感じです。
 ちょっとした人との出会いから辿る道が大きく離れていく二人の少女が描かれていきます。一方の少女のことを簡単にバカな女だと非難することは簡単です。でも、家族からも見捨てられ、一人で生きる中で自分を求めてくれる人がいると思えば、その人のために何でもしたいと思ってしまうのもやむを得ないかもしれませんね。
 題名の「FEED」は、名詞では食べ物を与えることとか餌を、動詞では食べ物を与える、餌を与えるという意味ですが、果たして櫛木さんはどういう意味を込めているのでしょうか・・・。 
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209号室には知らない子供がいる  角川書店 
 瀟洒なマンション「サンクレール」を舞台に、マンションに住む5人の女性に起きた出来事がそれぞれ語られ、最後の5話でその種明かしがされるという体裁になっています。第5話の主人公で家族のいない波佐野羽美を除けば共通しているのはどの女性も家族の中で孤立していること。彼女らはマンションの209号室に住むという少年・葵によってしだいに精神が病み追い詰められていきます。
 仕事を辞め専業主婦となった菜穂だったが、幼い息子が連れてきた少年・葵が菜穂一家の生活の中に入ってくるにつれ、夫までもが子どものような振る舞いを見せるようになる・・・(「コドモの王国」)。
 義父の死去により夫の母親と同居を始めた亜沙子だったが、義母が一人でいたといって葵を部屋に連れてきたことから誘拐騒ぎになるのではないかと恐れるが・・・(「スープが冷める」)。
 妻を亡くしたばかりの上司と結婚した千晶は、先妻の病死から半年もたたずに結婚したことに負い目を感じ、先妻の子・航希とうまくいっていない。そんなある日、航希は葵という少年を部屋に連れてくるが・・・(「父帰る」)。
 結婚相手を妹に取られた和葉はその心の傷を癒やすための自助グループで知り合った波佐野羽美からサンクレールの209号室を借り受けて住むようになる。ある日、チョコレート依存症の和葉がチョコレートを葵に与えたことから彼と交流を持つようになるが・・・(「あまくてにがい」)。
 サンクレールに何室かの部屋を所有する波佐野羽美はマンションで次々と起こる事件を不思議に思い、マンションの建つ土地の来歴を調べ始めるが・・・(「忌み箱」)。
 ラストの「忌み箱」に至って、なぜ、女性たちばかりが被害者となるのかが明らかになります。いっきにこの作品がホラーだったことが前面に押し出されてきますが、どこかで読んだことのあるようなパターンの話となってしまったのは残念。
 大人になりきれない夫、箱入り娘でいつまでも若い娘の気持ちでいる姑、人のものを何でも欲しがる妹など、お会いしたくない人物の登場はイヤミス系のホラーといったところでしょうか。 
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鵜頭川村事件  文藝春秋
 舞台は1979年(昭和54年)の6月。亡き妻の墓参りに妻の故郷である鵜頭川村へやってきた岩森明と娘の愛子は、豪雨で村に足止めされてしまう。そんな中、村で託児所をやっている邦枝の一人息子・敬一の刺殺死体が発見される。事件を警察に知らせようとするが、山崩れが起き、町に繋がる道は埋まり、更に停電となって村は孤立してしまう。日頃から行状の悪い村の有力者である矢萩吉朗の息子・大助が犯人だと若者たちは騒ぐが、大人たちは有力者である矢萩家に対し誰も声を上げようとしない。降谷辰樹をリーダーとする若者たちは自警団を組織し、矢萩家に対抗するが、やがて、潜在していた家同士の対立が表面に現れてきて、新たな事件が起きる・・・。
 “家”ということをモチーフにしたミステリーと言えば、横溝正史の「犬神家の一族」や「悪魔の手毬唄」などの一連の金田一耕助作品を思い浮かべてしまいますが、それらの作品の舞台となるのは戦後すぐの頃。この作品の舞台となるのは今から40年前で、すでに戦後で言えば30年以上が過ぎていた頃です。そんな時代でも、まだまだ田舎では“家”というものへの拘りがあったのでしょうか。
 そんな閉鎖的な村の中で、都会への憧れがあり、都会へ行きたくても田舎に縛られて希望を失った青年のうっ憤が、友人の殺害という事件を契機にいっきに表に出たことが騒乱の始まりですが、ここまで若者たちが狂気の行動をとったのは、孤立し、情報がまったく入ってこないという特殊事情の中でCB無線により情報を操作し、日頃若者たちが心の中に持っている不満をうまく一方向へ向かわせる辰樹の人心掌握術によるところが大だったのでしょう。
 物語は殺人者は誰かという謎解きよりも、狂乱の村の中で明が一人娘を守るために奮闘する姿を描く部分がほとんどを占めます。ラストで明かされる殺人犯の動機は、「昭和の50年代なのにまだこんな考えが?」と思ってしまいます。まるで金田一耕助の世界です。
 ちなみに、昭和54年にいくら田舎で世間から取り残されていたにせよ、学生運動のアジテーションはないでしょう。 
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ぬるくゆるやかに流れる黒い川  双葉社 
 高校生の時、ともに家族を突然家に侵入してきた20歳の男に殺された同級生の香那と小雪。犯人・武内譲は取り調べで「女であれば誰でもよかった」と供述していたが、犯行動機等の詳細が不明なまま拘置所で自殺してしまう。事件から6年が経って、香那が通う大学に現れた小雪は香那に改めて事件のことを調べようと誘ってくる。一方、当時、事件を担当した元捜査一課刑事で、現在は閑職の地域安全対策室長である今道は、今でも事件のことが気にかかり独自で調査を続けていた。ある日、香那たちが武内の国選弁護人だった弁護士の紹介で事件のことを聞きに行く予定だった武内の祖父の弟が何者かによって殺害される事件が起きる・・・。
 なぜ犯人が犯行に及んだのかを被害者の家族であった女子大生二人とひとりの刑事が究明していく物語です。その過程で殺人事件が起こり、犯人は誰かという謎も出てきますが、これは二の次。武内の「女なら誰でもよかった」という女性嫌悪の気持ちが、果たしていつどうやって武内の心の中に醸成されたのかを調べていくことがストーリーの中心です。香那たちが事件を調査していく中で、その理由が“からゆきさん”の時代まで遡っていくという一筋縄ではいかない物語となっています。
 読み終えて初めて、冒頭に置かれた手紙の意味がわかり、当時の男たちのあまりに勝手な考えが、やがて今の時代の武内の犯行を呼んだということがわかってきますが、まあなんと唾棄すべき男たちか・・・。 
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虎を追う  ☆  光文社 
 星野誠司は栃木県警の捜査一課の元刑事。5年前に退職して悠々自適の生活を送っていたある日、新聞に30年前に起こった北蓑辺郡連続幼女殺人事件の犯人である死刑囚のひとりが癌で亡くなったという新聞記事を目にする。星野は事件当時、捜査本部でデスク担当で書類仕事に携わっていたが、もしかしたら冤罪ではないかと心に引っ掛かっていた。星野は友人の週刊誌の記者である小野寺のアドバイスで孫の旭と彼の友人の石橋哲の力を借り、ネットを使って世間の目を事件に向けさせようとする。そんなある日、新聞社に事件の被害者の遺留品が届く・・・。
 事件の内容があまりに凄惨で、その描写は読むに堪えないくらいで、その行為を平気で行う犯人の異常ぶりに作品を読むこと自体を嫌悪して、途中で読むことを辞めた読者もいたのではと思います。少なくとも、子どもには読ませられませんねえ。しかし、それを除くとグイグイと読者を引き付けるストーリー展開で物語の中に引き込まれていきます。
 元刑事にイケメンの祖父思いの孫、そして孫の引き籠もりの同級生というトリオが力を合わせて事件解明に尽力する様子が、事件の凄惨さとは正反対に非常に心地よく感じさせてくれます。いいですよねえ、世代の離れた祖父と孫たちが同じ目的のために一緒になって頑張るなんて。
 最後は、色々なところに張られていた伏線が回収されていって、事件の思わぬ様相が現れてきます。ここまでは想像できませんでした。この犯人、存在するだけで許せませんが、特別ではないというエピソードを読むと恐いですね。このエピソードの前で終わってほしかったです。 
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虜囚の犬  角川書店 
 元家裁調査官の白石はある事件がきっかけで心を病み、退職して妹と二人暮らしで専業主夫をしていた。そんな白石の元に友人の刑事、和井田が訪ねてくる。白石が家裁調査官時代の7年前に担当した少年、薩摩次郎がホテルで刺殺体となって発見され、薩摩の自宅に駆け付けた警官が地下室で鎖に繋がれたやせ細った全裸の女性を発見、更に敷地内からは二人の遺体が発見されたという。薩摩のことを和井田に尋ねられた白石は、薩摩が「ぼくは犬だ」と繰り返していたことを思い出す・・・。
 かつて少年たちが自宅に少女を監禁して弄んだ上に殺害するという事件がありましたが、この作品の冒頭で描かれる監禁事件はそれ以上に醜悪な事件で読んでいて辛くなります。こんな醜悪な事件を起こした薩摩を殺害したのは誰なのかということが物語のメインかなと思ったら、さにあらず。白石が調べたのは薩摩がなぜそういうことをする人物になったのかということから、強権的な薩摩の父親のこと、更には父親の事故死の真相など、薩摩の殺害事件から離れていってしまうので、焦点がぼやけてしまいます。最後にはそれがすべてパズルのピースのようにうまくはまって真相が見えてくるのですが、ちょっとややこしい。
 ややこしいのは、物語が白石と和井田のパートと、それとは別に幼い頃継母から虐待を受けていた國広海人と友人で父親の違う弟を嫌う三橋未尋のパートに分かれて語られているためでもあります。いったいこの2つの話がどう繋がっているのか。ミステリ読みとしては、当然ある仕掛けを予想してしまうのですが(そうして結局は思ったとおりのトリックが使われているのですが)、櫛木さんは読者をミスリードするものを話のあちこちに色々と散りばめて読者を騙します。
 ラストで、様々な人の心を操る希代の悪人の姿が明かされたときは「え?」と確かに犯人の姿に驚くのですが、最初の猟奇的な事件の幕開けが尻すぼみしてしまった感はあります。 
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老い蜂   東京創元社
 物語は冒頭3つの事件が描かれます。
 友安小輪は勤務先の会社のごみを集めに来る作業員の岸智保がスーパーで万引と間違えられるのを救ったことから彼と交際するようになり、いつしか小輪のアパートで一緒に暮らし始める。ところがある日から老人が彼らの部屋に執拗に嫌がらせをするようになり、警察に話しても取り合ってもらえず、やがて岸は姿を消してしまう・・・。
 荻窪署管内でアパートに住む若夫婦が老人に襲われ、夫は死亡、妻は老人に連れ去られるという事件が起きる。姉をストーカーによって殺害された過去を持つ荻窪署刑事課の佐坂は、警視庁捜査一課の北野谷と組んで事件の捜査にあたる・・・。
 大学院生の丹下薫子はある日から突然老人のストーカー行為に脅かされていたが、交番の警官も、後輩も兄も老人のやることだからと真剣に考えてもらえず、精神的に追い詰められていた・・・。
 物語は、荻窪署管内で起きた事件を中心に進んでいきますが、やがて、友安小輪と丹下薫子のストーカー事件もこの事件に関りがあることが分かってきます。
 老人といえばひ弱なイメージであり、老人がストーカーになるといっても危険はないだろうと思うのが。交番の警官や薫子の後輩や兄の考えたところであり、多くの人もそう思うかもしれません。しかし、凶器を持てば老人も若い人と変わらないし、ストーカー行為は力で行うものばかりではありませんから、老人だからということで安心できるものではありませんね。
 ただ実際はストーカーということではなく、一人だけでなく何人かの自分勝手な行動により起こった事件で、二転三転する事件の真実の姿にびっくりです。それにしても、ここで描かれるストーカー行為は怖いですねえ。こんなことされては、精神的に耐えられません。 
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氷の致死量  早川書房 
 作者の櫛木理宇さんは、先頃阿部サダヲさん主演で話題になった映画「死刑にいたる病」の原作となる同名小説でサイコキラーを描きましたが、今回はそれ以上に異常なサイコキラーが登場します。スプラッター映画のような殺戮後のサイコキラーの行動の描写には、食事時を避けて読んだ方が無難です。
 鹿原十和子は以前自身に起こった事件で公立高校の教師を辞めていたが、再び教壇に立ちたいと、恩師の口利きでキリスト教系の私立高校の教師となる。その高校では14年前に女性教師・戸川更紗が生徒に刺され、死亡するという事件が起きていたが、十和子は殺害された女性教師に似ていると皆から言われたこともあり、戸川更紗の事件に興味を抱く。彼女は結婚していたが誰にも性的魅力を感じず、他人を性的に求めることがない性的指向者である“アセクシャル”であり、夫との仲は冷え切っていた。一方、28歳の八木沼武は中学2年生の時に副担任だった戸川更紗の死の瞬間を見て以来、これまで4人のデリヘル嬢を殺害していた。そんな八木沼が戸川更紗に似ている十和子を偶然見かける・・・。
 物語はキリスト教系の私立高校の教師、鹿原十和子とサイコキラーの八木沼武、そして戸川更紗の事件を担当した刑事・今道の交互の語りで進んでいきます。話の流れとしては、どうやって八木沼が十和子を狙うのだろうかというところが読みどころとなるのですが、その辺りは櫛木さん、一筋縄ではいきません、読者をミスリードします。
 この小説には十和子を始め多くの性に関するマイノリティーが登場します。「へえ、そんな人もいるんだ」とLGBTQ+の時代ですから様々な考え方の人がいることは理解できるのですが、正直言ってその人たちの考えはやっぱりなかなか理解できません。 
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少年籠城  集英社 
 柳楽司は国立大学で社会福祉を学んだが、大学生の頃アルバイト先の一膳めし屋の店長の「この世にはキリストだのアッラーだのいろんな神様がいて、神様が違うごとに常識も正義も変わる。だが子どもを飢えさせないってのは、世界共通の、唯一絶対の正義なんだ」という口癖に感動し、温泉街で営む家業の飲食店「やぎら食堂」を継ぎ、親からまともに面倒を見てもらえない子どもたちにできる手伝いをさせながら食事を提供していた。ある日、幼い子どもが被害者となる猟奇殺人事件が起き、その容疑者とされた少年の間瀬当真と渡辺慶太郎が警官から拳銃を奪い、司と子どもたちを人質にして「やぎら食堂」に立てこもる。間瀬の要求は真犯人を探して、その名前をテレビで公表しろというもの。司の幼馴染で警察官となった三好幾也は司との連絡役として事件の最前線に関わることになる。やがて、最初の死体発見現場から別の子どもの遺体が発見される・・・。
 所在不明児童の問題は最近マスコミにも取り上げられるようになり世間でも注目されるようになりました。この作品で描かれるように、親が子どもの面倒を見ないケースから、そもそも戸籍の届けを出さないことから存在そのものが行政に把握されていないケースなど実態は様々です。
 また、親が子育てを放棄した子どもだけでなく、親がシングル等の理由で働くことに精一杯で子どもに手をかけられないケースもあり、そんな親の子どもたちのために司がやっているようないわゆる“子ども食堂”も多く目にするようになりました。
 この作品では子どもたちを巡る様々な問題が提起されていますが、そうした児童の問題だけでなく、そんな児童を欲望の対象にする大人たちによって引き起こされる事件を描きます。本当に唖棄すべき大人たちですよね。立て籠った少年の「世間のみんなは死んだ子供にしか興味ない。生きているうちは「自己責任」って言われるだけだ。死んではじめて「かわいそう」って言われるんだ。そんなのはいやだ。同情されたって、死んだら意味ないじゃんか。生きているうちに、ぼくは、ここから逃げたかった。」という悲痛な叫びは心に突き刺さります。 
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