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久保寺健彦の本棚

  1. ブラック・ジャック・キッド
  2. みなさん、さようなら
  3. すべての若き野郎ども
  4. 中学んとき
  5. オープン・セサミ
  6. GF
  7. ハロワ!
  8. 青少年のための小説入門

ブラック・ジャック・キッド 新潮社
 本作品は、第19回日本ファンタジー大賞優秀賞受賞作です。作者の久保寺さんは、今年この作品ばかりでなく「みなさん、さようなら」(幻冬舎)で第1回パピルス新人賞を「すべての若き野郎ども」で第1回ドラマ原作大賞を受賞するなど、新人としては驚くべき活躍です。
 この作品は、手塚治虫の漫画「ブラック・ジャック」の主人公であるブラック・ジャックになりたかった少年の物語です。
 主人公和也は小学校三年生。彼は「ブラック・ジャック」に夢中になるあまり、母親にねだって買ってもらった女性用の黒いロングコートを黒いレインコートに見立て、髪はヘアリキドとヘアスプレーでブラック・ジャックのような髪型にして学校に通います。当初は学校でも認められていた和也のブラック・ジャックへの傾倒に対する同級生の見方も、父親の事業の失敗、母親の失踪という状況の中、転校をした新しい学校生活でがらりと一変します。
 作者の久保寺さんが「自分の体験と重ねた1970年代の空気感や風景」と言うように、物語の背景はどこかノスタルジーを感じさせます。今ではテレビゲーム全盛ですが、70年代の子どもといえば、放課後になると友達と校庭や団地の広場でいろいろなゲームをして遊んだものです。和也の場合はちょっと度が過ぎているところもありますが、多かれ少なかれ、幼い頃はヒーローになることを夢見て、その真似をして遊んだというのは誰にも経験があることですよね。
 親の離婚、学校でのいじめという和也の周りの環境は暗いものがありますが、少女漫画に夢中の宮内君と作家を目指す泉さんという、和也と同じようにクラスで浮いた存在の二人との心のふれあいが描かれているため読後感は爽やかです。できれば、幼い頃の恋を成就させてもらいたかったなあ。大人になった二人が、小学校時代を振り返るというのであれば最高だったのですが・・・。幼い頃の恋はうまくいかないものでしょうかね。
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みなさん、さようなら 幻冬舎
 第1回パピルス新人賞受賞作です。昨年発表した3作品がすべて何らかの賞を受賞したという久保寺健彦さんの注目の作品です。僕としては、既に読んだ「ブラックジャック・キッド」より、こちらの方が好みかもしれません。
 小学校の卒業式に起こったある事件のために、自分が住む団地内から外に出ることができなくなった渡会悟。団地内で彼は成長していくが、彼の同級生たちは成長する中で一人又一人と団地から去っていく。各章に記された団地から去っていく同級生の名前と残りの人数の数字が印象的です。
 最近部屋から出ることができないいわゆる“引き籠もり”の話はよく聞きますが、部屋ではなく、自分が住む団地から出ることができない主人公という着想がおもしろいですね。人間は社会的動物だと言われます。他の人との関わりがなくては生きていくことができません。ただ、この作品の主人公は、普通の“引き籠もり”とは違って、社会との接触がないわけではありません。団地の中では友人たちと遊び、恋もし、そして就職もします。しかし、彼の世界は団地の中のみ。それ以上の広がりを見せることができません。そんな主人公が一生を団地の中で暮らしていけるのかは読んでのお楽しみ。ラストはやはり感動してしまいました。
 一つ残念だったのは、彼が団地から出て行かないことを責めずに理解を示した母親の心情があまり深く描かれていなかったことですね。こんな息子に彼女がどのように思いを抱いていたかを知りたかったという気がします。おすすめです。
 僕自身団地に住んだことはありませんが、同級生の中には団地住まいの人もいて、子どもの頃は団地の庭が放課後の遊び場でした。それから大学生になって東京に出てきてから見た多摩ニュータウンの田舎の団地と全然違う規模にはビックリしたものです。今ではそんな団地もこの作品の中のように高齢化が進んでいるのでしょうか。
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すべての若き野郎ども 講談社
 昨年発表した3作品がすべて何らかの賞を獲得した久保寺武彦さん。ドラマ原作大賞審査員特別賞を受賞したこの作品は、3作の中で最後の単行本化の作品です。
 ブラック・ジャックに憧れる少年が主人公の「ブラック・ジャック・キッド」、自分が生まれた団地から外に出ることができない少年が主人公の「みなさん、さようなら」という、ちょっと変わった少年を主人公にした前2作とは作品の雰囲気が異なっており、さすが受賞がドラマ原作大賞らしい作品です。
 主人公は高校を3日で中退し、今は暴走族の特攻隊長となっている恭平。皿割と称する技で喧嘩には連戦連勝の恭平だったが、そんな恭平を倒した高校生がもう一人の主人公、達夫。ある日通りすがりに二人は喧嘩になり、恭平は達夫の旋風脚と称する技で叩きのめされる。なぜか達夫に惹かれた恭平は暴走族を脱退し、達夫とつるむようになる。
 とにかく、達夫のキャラクターが強烈です。「細かいこと考えねえで、ガンガンいきゃあいいんだよ」と突っ走る達夫の前では、ヤンキーの恭平さえ普通の男に思えてしまうところが愉快です。ドラマの原作らしく展開はスピーディーで、山あり谷ありのストーリーが続きます。
 4話からなりますが、第1話では二人の出会いから四月町最強と噂される“ウルトラセブン”との闘いを、第2話では二人の女の子に翻弄される恭平を、第3話では期間限定でもぐりの飲食店を開いた二人に降りかかる騒動を、第4話ではアメリカに旅立つ達夫のお別れパーティーの夜に四月町の不良たちから追われる二人を描きます。ウルトラセブンのテレビどおりに闘おうとする男なんているわけないだろう!なんて思いながらも、頭の中でその場面を思い描いて笑ってしまうところが久保寺さんの筆力のなせるところでしょうか。
 ハチャメチャな達夫と彼に振り回される恭平のコンビが最後まで笑わせます。そして、笑わすだけでなく、恭平が自分の進む道をしだいに探し出していく姿を描いていて、ラストは爽やかです。
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中学んとき 角川書店
 同じ町にある4つの中学校を舞台に、それぞれの中学三年生の男子が主人公となる独立した4つの短編を収録しています。
 自分自身の中学生時代を振り返ると、小学生の頃のようには親の言うことに素直になれず、また女性に対しても単に憧れる、好きだという感情だけではなく、性の対象として見だした年頃でした。カバー絵からは、この本の内容をそんな僕らと同じような中学生を描くユーモア小説かなと思っていたのですが、違いましたね。
 読んでいて僕らの時代のような中学生らしいと思ったのは3つ目の作品の「願いまして」だけです。好きな女の子と話すための携帯電話欲しさに苦手な運動を頑張る今では珍しいそろばん教室に通う中学生を描いていますが、この短編集の中で一番読んでいて辛さを感じさせない作品でした。
 女子生徒に恋いこがれる男子中学生を描く「純粋恋愛機会」は、苦い初恋の様子をユーモラスに描くと思ったら、ラストで非常に厳しい現実を少年の前に突きつけました。「逃げ出した夜」は、現在の生活と折り合いをうまくつけられず心に鬱積したものを持つ少年の苛立ちが描かれています。「ハードボイルドなあいつ」は、ハードボイルド小説の主人公を気取っているがゆえクラスメートから虐められる少年が主人公。虐められながらもハードボイルドに徹している彼が凄い。これなら確かに周りから浮いてしまいます。それにしても、この作品だけ雰囲気的には、中学生を描いたというより、高校生を描いた感じですね。
 ラストに置かれた4つの話とは別のエピローグは何のためにあるのでしょうか。登場人物は、1つの話の中で主人公たちの会話に出てきた女の子だと思うのですが。
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オープン・セサミ 文藝春秋
 題名の「オープン・セサミ」は、「アリババと40人の盗賊」でお馴染みの「ひらけ、ごま」のこと。この作品は、20代から70代までのそれぞれの年齢の人の新たな経験をテーマに描いたものです。新たなドアを開けたときに、さてそこに待ち受けているものは・・・。
 「先生一年生」は、クラス担任となった20代の男性が主人公。生徒たちにすっかり見くびられて学級崩壊になってしまった新任教師の粉骨砕身物語です。
 「はじめてのおでかけ」は、娘の初めての一人でのお出かけが′心配でそっと跡をつけていく30代の男性が主人公。笑える行動ですが、子供を持つ身としては主人公の気持ちはよくわかります。ましてや、女の子で、初めての子であればなおさらです。これが二人日、二人目となると親としても対処の仕方を学んで、どっしりと構えていられるんでしょうけど。
 「ラストラ40」は、怪我をした小学生の息子の変わりにリレーのアンカーを務めることとなってしまった40代の女性が主人公。見栄を張ったツケで小学生と張り合うことになってしまった女性に声援を送りたくなる1編です。ラストを競い合った小生意気な小学生のキャラもなかなかのもの。
 「彼氏彼氏の事情」は、左遷されてきたかつてのエリートを部下に持つことになった50代の男性が主人公。50代の男同士がmixiで語り合ったりしたり、ちょっとボーイズ・ラブっぽい雰囲気が笑えます。
 「ある日、森の中」は、退職した夫と常に顔をつきあわせているのを避けるため、山歩きサークルに入った60代女性が主人公。我儘な仲間の勝手な行動に危機に瀕した中で普通の主婦が思わぬ活躍を見せるところがおもしろいです。読んだ後わかるのですが、題名も意味深でしたね。
 ラストの「さよならは一度だけ」だけは、小学生から見た70代男性を描いているので、他とは異なった雰囲気です。この作品中で70代のオージが言った「しかし、だからおもしれえのかもな。いくつになっても知らねえことがあって、初めての経験ができる。」という言葉は、この作品のテーマを語っていると言えます。
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GF 双葉社
 題名の「GF」だけみれば、“ガールフレンド"のことかと思ってしまうのですが、これは“ガールズフアイト"のこと。月刊誌「小説推理」に掲載されていましたが、ミステリーではありません。5人の女の子(女性)が頑張る5編からなる短編集です。
 一時は飛ぶ鳥を落とす勢いのアイドルだったのに、今ではすっかり落ちぶれて、ヘアヌード写真集を出すということだけで芸能事務所に契約してもらった和美(「キャッチライト」)、フィギュアスケートのペア選手を目指し、アイスダンスの選手だった男性とペアを組むことになった菜摘(「銀盤がとけるほど」)、中国大陸で裕福に暮らしながら敗戦のため帰国の時まで身を潜めて生きていかなければならなくなった貴和(「半地下の少女」)、白バイ隊員になりたかったのに背が伸びずに断念した翼(「ペガサスの翼」)、かつて自分の担任教師がモンスターペアレントたる母親の抗議に耐えられず自殺してしまった過去を持つ可奈子(「足して七年生」)、それぞれ挫折なリトラウマを抱えながら生きてきた若い女性が、ある人生を賭けた闘いに挑むときを描いた作品集となっています。
 5編の中で個人的に好きなのは、冒頭の「キャッチライト」です。舞台となるテレビ番組は、TBSテレビでいつも番組改編期に放映されるクイズ番組をモデルとしているようですが、やはり番組での見所のひとつがマラソン。この作品では自分を売り込もうとマラソンでなりふり構わず奮闘する和美を描いていますが、傍で見ていると悲しくなるくらいの悪あがきです。でも、その悪あがきぶり、そして彼女の決意に思わず声援を送りたくなります。
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ハロワ! 集英社
 景気が回復しない中で、失業率も高くなり、有効求人倍率は下がるばかりです。あまり身近ではなかったハローワークも最近ではよくニュースでその様子が報道されています。そんな中、ハロワを舞台にした今日的な作品です。
 自分自身が求職者でありながら、スカウトされてハロワの嘱託相談員となった沢田信を主人公に、様々な求職者との関わりや彼の恋愛模様を描いていきます。
 ハロワで主人公の信と話すことが主目的になってしまい、時間つぶしに来ているとしか思えない人たち。人生嘗めているのかと思うような人から、求職のために常に万全の体制でハロワに現れる人。様々な個性的な求職者を相手に主人公の信が奮闘するのですが、この信がいい人過ぎます。求職者と常に向かい合っていたいと考える相談員の鏡みたいなものです。だから逆に彼の所ばかりに問題が出るのでしょうけど。
 この作品に登場する求職者の問題も人ごとではありません。僕自身も今、首になれば、手に何の技術も持っていないし、この年齢で現在の不況の世の中再就職ができるかと考えると、とてもそんな自信はありません。履歴書を何度も送っても面接にさえ進めないとなると、ショックですよ。意地でもこの会社にしがみついて、ハロワの面倒にはならないようにしようと考える読後でした。
 職探しに来る人々のキャラも個性的で、物語としてはおもしろく読むことができましたが、真剣にハロワに仕事を探しに来ている人にとっては、この作品をどう感じるのでしょうか。

 ※「ハローワーク」が「ハロワ」と呼ばれているなんて初めて知りました。
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青少年のための小説入門  ☆   集英社 
 久保寺健彦さん、約7年ぶりの新作です。
 題名から読書量の少ない最近の青少年に対して、久保寺さんが推薦する本を紹介する作品と思って、中も見ずに読まないままでいましたが、実はそうではないことを土曜日朝のTBSテレビ「王様のブランチ」で知って、慌てて図書館に予約して読んでみました。
 入江一真は中学2年生。クラスのワルに脅されて駄菓子屋での万引きを強要されるが、見つかって駄菓子屋の孫・田口登に捕まってしまう。一真が有名私立高校の受験に失敗し公立に通っている現在の状況を話すと、では本を読むのがうまいだろうと本を渡されて読むよう命じられる。実は登は文字の読み書き学習に著しい困難を抱えるディスレクシアという障害を持っており、自分で本を読むことができなかった。登は田中康夫の「なんとなく、クリスタル」を以前読んで、自分なら100倍おもしろいのが書けると、作家になろうと考えたが、字が読めないし、書けないので、登が作った話を一真に書けと言う。その日から、ストーリーを考えるのは登、書くのは一真という分担で作家デビューを目指して物語づくりが始まる・・・。
 巻末にこの作品に登場する文学作品が掲載してあります。それらを一真が朗読する中で登がいろいろ批評するのですが、読んだことのある作品なら、こんな捉え方もあるのかと、読んだことのない作品なら、これだったら読んでもいいかもとか思いながら楽しく読み進みました。
 様々な作品を下敷きにして、まったく新たなストーリーに作り変える登の才能はさえ渡りますが、ヤンキーの本性を持つ登がそうそうおとなしくしていられるわけがなく、物語は思わぬというか、やっぱりといった方がいい展開になってしまうところが、読者としては悲しいし、残念です。
 強烈な個性の登以外にも、登を信じ、愛する祖母や引き籠りからアイドルへと転身を遂げるかすみという印象的なキャラが登と一真の関係に深みを持たせます。
 ラスト一行に余韻を感じながら読了です。オススメです。 
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