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鴻上尚史の本棚

  1. ヘルメットをかぶった君に会いたい
  2. 僕たちの好きだった革命
  3. 八月の犬は二度吠える

ヘルメットをかぶった君に会いたい 集英社
 奥田英朗さんの「サウスバウンド」を読んだあとだったせいでしょうか、書店で「ヘルメットをかぶった君に会いたい」という題名が目に入ってきて、思わず購入してしまった作品です。

 劇作家であり演出家の鴻上尚史さんの初めての小説です。帯に「これは“小説”です」と書かれていましたが、内容は1969年当時の映像に映ったヘルメット姿の女性に魅了された鴻上尚史が、彼女を探しながら、それを集英社の「すばる」誌上に掲載していくというのですから、ノン・フィクションかと思ってしまいます。実際主人公の鴻上尚史は1958年生まれで早稲田大学に入学し、その後劇団を旗揚げするというのですから、これは作者の鴻上さんそのものですし、いったいどこまでがフィクションで、どこからがノン・フィクションなのか、その境界がはっきりしません。ただ、これがノン・フィクションであれば、鴻上さんはこの本の発表とともに警察に連行されたでしょうがね(ただ、大隈講堂の前にいた“ヘルメットをかぶった君”は実際の人物のようですが)。

 1958年生まれの鴻上さんも僕らと同じように学生運動には乗り遅れた世代です。学生運動は内ゲバの印象から怖ろしいものとしか思っていなかった僕としては、大学に入学したときに、キャンパスの立看板の少なさにホッとしたものでした。ただ、あの60年安保の際のデモのニュースから感じられる学生運動の熱気には、ただ単に学生運動イコール過激派という印象とは異なったものがあると心の片隅で思っていたことも事実でしたね。

 この作品は、そんな乗り遅れた世代の鴻上さんが、ヘルメットをかぶった女性活動家を探すことで、乗り遅れた世代としてあの時代を振り返ったものなんでしょうね。政治的理由でなく、ヘルメットをかぶった君に会いたいという思いが読者をストーリーに引き込みます。
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僕たちの好きだった革命 角川学芸出版
 この本は、「トリック」の堤幸彦さんが長年温めてきた原案を、昨年鴻上尚史さんが舞台化したものの小説版です。 
 1969年日本全国では学園紛争の嵐が吹き荒れ、各地の高等学校にもその波は押し寄せていました。そんな学園紛争華やかなりし頃、機動隊の催涙ガスの水平撃ちを頭に受けて意識不明となった高校生・山崎が、30年たって意識が回復、高校へと復学したことによる騒動を描きます。
 30年前の価値観を持った中年男が現代の高校生の意識とのギャップに気づかずに突き進む姿に悲しさを感じるとともに、応援したくなるのは、やはり世代が近いからでしょうか。僕らの世代が高校生になった頃は、すでに学生運動も沈静化していて、そのなごりさえどこにも見られませんでした。大学生になって、試験前になると騒ぐセクト(こんな言葉も死語になりましたね。)があって、学校がロックアウトをするという状況があり、学生運動ってまだあるんだと思ったくらいです。
 そんな学生運動華やかなりし頃の時代に遅れて生まれてきた僕らの世代はともかく、いわゆる団塊の世代にとっては、この作品は心の片隅に残っているものに訴えるものがあるかもしれません。あの頃の時代の、高校生でさえ社会の問題に直接関わっていこうという情熱はいったいどこから生まれてきたものなのでしょう。いったい、あの時代は何なんだったのでしょうか。そして今の時代は何なのでしょうか。この作品の中では、学生運動のリーダーであった兵藤が、今では教頭となって、逆に山崎たちを押さえる側に回っています。いったい、若さとは何だったのでしょう。そして大人になるということは・・・。考えさせられます。
 舞台では山崎役は中村雅俊さんが演じたようです。30年前の価値観を疑うことなく持って突き進む山崎には、相変わらず若さを感じさせる中村さんはうってつけだったかもしれません。観たかったですねえ。
  → その後平成9年に再演された際、観に行ってきました。
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八月の犬は二度吠える 講談社
(ネタばれあり)
 浪人生活を送るために京都の予備校の寮に入った山脇は、そこで同じ浪人生活を送る長崎らと出会う。大学に進学した後も、予備校の舎監として寮に住む長崎の元に時々集まった彼らは、戌年にちなんで“大文字焼”を“犬文字焼”にしようと計画するが、いざ実行となったとき、思わぬ事件が起き、計画は頓挫する。それから24年ぶりに連絡があった長崎に会った山脇は、彼の命があと半年だということ、24年前に頓挫した計画を実行したいと打ち明けられる。
 ストーリーは現在と24年前の過去を行ったり来たりしながら進みます。回想シーンとなる24年前は1970年代。登場人物たちが僕と同世代で、あの頃の時代の雰囲気というものが感じられて、つい引き込まれて読んでしまいました。
 この歳になると、どうも過去を振り返りたくなるものですね。未来を見ている若い人にとっては、過去を振り返って、あの頃は青春だったなあとか恋愛に悩んだなあとかしみじみ言うのは理解できないかもしれません。そういう点では、この本は読む人を選ぶかもしれませんね。
 同じ生活を送った仲間も、社会に出れば、それぞれ別の人生を歩んでいきます。自分の思いどおりに人生を歩める者もいれば、意に反した道を歩まざるを得ない者もいます。彼らの“今”を知ると、悲しい気持ちになります。これもオジサンだからでしょう。
 鴻上さんには舞台化した「僕たちの好きだった革命」もあるし、ぜひ、この作品も舞台化してほしいですね。僕らオジサン達がきっと観に行きますよ。
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