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越谷オサムの本棚

  1. ボーナス・トラック
  2. 階段途中のビッグ・ノイズ
  3. 陽だまりの彼女
  4. 空色メモリ
  5. 金曜のバカ
  6. 房総グランオテル
  7. まれびとパレード

ボーナス・トラック 新潮社
 ハンバーガーチェーン店の社員の草野は、ある雨の晩、帰宅途中にひき逃げを目撃します。ひき逃げされたのは大学生の横井。幽霊となった横井は、自分を見ることのできる草野にまとわりつきます。
 第16回日本ファンタジー大賞優秀賞受賞作です。死んだ人が幽霊となって犯人捜しをするというのは、よくあるパターンの物語ですが、人の良いまじめな草野と、幽霊となったのに悲観的でない横井とのコンビが魅力的(というか愉快で)で一気に読ませます。犯人捜しとは関係なく、草野が横井のアドバイスで、仕事上も成長していく様子がまたおもしろいです。また、チェーン店で働く大学生アルバイトの南くんが思わぬ秘密を持っていたりして、物語にふくらみを持たせます。ラストはお決まりのとおりですが、安心して楽しく読ませてくれる作品です。オススメです。
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階段途中のビッグ・ノイズ 幻冬舎
 越谷さんの前作、第16回日本ファンタジーノベル大賞優秀作受賞作「ボーナス・トラック」は、僕好みの作品で、大いに楽しんだのですが、今回も期待に違わない楽しい作品でした。
 神山啓人は軽音楽部の部員。先輩部員が覚せい剤取引で逮捕されたため、軽音楽部は廃部の危機に立たされてしまう。そんなとき、幽霊部員だった伸太郎に引きずられ、校長に掛け合って半年以内に何らかの成果を挙げることを条件に一応の存続を認めてもらう。啓人たちはイベント「田高マニア」出場に向けて、顧問と部員捜しに駆け回ります。
 本の帯に「青春、かもしれない。」などと書かれていると“青春モノ”に弱い僕としては読まないわけにはいきません。このサイトの他の本の感想にも書きましたが、高校時代帰宅部でクラブ活動をきちんとしていなかった身としては、何かに打ち込むというのはうらやましく思ってしまうんですよねえ。
 個性的な部員たち、ボォーとした顧問、規則原理主義の女性教師、理解があるのかないのかとらえどころのない校長先生と、様々なキャラクターの登場人物たちが手を取り合い、反発しあいながらラストの「田高マニア」へとなだれ込んでいきます。「田高マニア」でのある人物の登場は、予想どおりではあるのですが、心が躍ってしまいますね。
 本当に気持ちのよいラストでした。爽快!
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陽だまりの彼女 新潮社
 中学時代、いじめられっ子だった真緒と彼女をかばってクラスから疎外されていた浩介。二人は社会人となって、10年ぶりに下着メーカーの社員と広告会社の社員として再会し、恋に落ちます。
 べたな恋愛ストーリーだと思いましたが、決して途中でアホらしくなって投げ出すというものではありません。1人称で書かれた文章が非常に読みやすく、なにより何だかほんわかさせるストーリーで、ラストでどんな着地を見せてくれるのだろうと思っていたら・・・。やはりデビュー作「ボーナス・トラック」で第16回日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞した越谷さんらしい作品ですね。単なる恋愛小説では終わりません。「ボーナス・トラック」では幽霊の登場でしたが、今回もとんでもない(と言ってはいいすぎですが)展開を見せてくれました。破天荒な(?)ストーリーでしたが、でもこうしたラストも嫌いではないです。楽しく読むことができました。
 しかし、初めて越谷さんを読む人には、なんだこれは!と思われるかもしれない作品でもあります。
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空色メモリ 東京創元社
 主人公が女の子にもてそうもない100キロ近い体重を持つ高校生という珍しい(!)設定の青春物語です。でも、世の中いい男ばかりではない。デブもいるし、チビもいる。そんな彼らだって一所懸命生きている。いい男ばかりが主人公だなんて不公平だ。デブやチビの恋だってある。タブーに挑戦したこの作品はすごい!・・・なんて力説しなくても、十分おもしろい作品です。
 文芸部員ではないけど文芸部の部室に入り浸るブーちゃんこと桶井陸と、唯―の部員にして文芸部長、博士という名前にチビでメガネの外観から“ハカセ"というあだ名の河本博士の恋と友情の青春物語です。
 陸は、毎日の出来事を思いつくまま書いてメモリに保存していたが、ある日、そのメモリが紛失し、陸の携帯メールにメモリを読んだよというメールが届く。メモリは無事手元に戻るのか。一方新入部員の女子生徒に恋したハカセの恋の行方は。
 もてない系の男の子たちが主人公であっても、青春物語に定番の恋もあり、友情もあり、そしてちょっとミステリっぽい展開もあり、ささっと読み進めることができます。ブーちゃんとハカセに、しっかりやれよ!と声援した<なります。
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金曜のバカ 角川書店
(ちょっとネタバレ)
 越谷さんの初めての短編集です。何と言っても表題作の「金曜のバカ」が一番です。ひょんなことから、対決を繰り返すことになった女子高校生カナと気弱なストーカーが描かれます。いやぁ〜、越谷さんにすっかり騙されました。種明かしがされたときには、これはやられたと誰もが思いますよ。どこか、変だなあと最初から思っていたのですが。
 「星とミルクティー」は、流星群を見るために真夜中出かけた新一が出会った少女との回想シーンがメインです。流れ星を見ながらたった一晩語り合っただけの少女の手にあった星形の痣を、新一は再びあるところで見ることになります。ちょっとファンタジックな心温まる作品です。
 「この町」は、家族には内緒で彼女と東京旅行を企てる男子高校生が主人公。この作品では、東京に憧れる彼が、出発前にクラスメートや担任教諭との関わりの中で自分自身を見つめ直す様子が描かれます。一昨年行った松山の町並みが思い起こされました。
 「僕の愉しみ 彼女のたしなみ」は、恐竜オタクの男子高校生が、それを隠して同級生の女の子を恐竜展に誘ったところ、思わぬ彼女の姿を知ることになる話です。ここから始まる恋のお話という感じです。
 最後の「ゴンとナナ」は、後輩が自分を気遣ってわざと下手に演奏していることを知って、ブラバンをやめた女子高校生ナナの話です。イヌの散歩をしているときにその後輩が現れ、さらにはその後輩を慕う女の子も登場し・・・という、前半はそんな話です。この作品は、後半一転、ナナを見守るものの視点で描かれることによって、ちょっとほろりとさせる作品に仕上がっています。これも素敵な作品です。
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房総グランオテル  ☆  祥伝社 
 物語の舞台は、房総半島の外房にある架空の町、月ヶ浦。高校2年生の藤平夏海は、その町で両親が経営する民宿「房総グランオテル」の看板娘。そんな「房総グランオテル」に10月半ばのある日、3人の宿泊客がやってくる。パーマの取れかかった長めの髪に革のジャケットと赤いパンツにギターケースを抱えた菅沼欣二、30歳前後の陰気な疲れ切った様子の佐藤舞衣子、20代のオタクっぽいネルシャツを着てカメラとカメラバックを持った田中達郎の3人は、誰もが訳ありげな様子。そんな宿泊客と夏海ら経営者家族、そして遊びにやってきた夏海の従妹のハルカを巻き込んでの2泊3日の騒動が始まります。
 冒頭、何者かによって夏海が銃で狙われているシーンが描かれます。果たして、この緊迫感溢れるシーンに、どう話は展開していくのだろうと思って読み進んでいきました。この1ページを置くことによって、越谷さんは読者をあっという間に物語の中に引き込みました。うまいですよねえ。
 読者には、すぐに、実は舞衣子は職場でのパワハラに疲れ切って有休を取得してやってきたことや、スターだった菅沼が売れなくなって自殺をするためにやってきたこと、田中は撮った写真に写っていた美少女を探すためにやってきたことなどが明かされますが、当然登場人物たちはお互いの事情は知りませんから、夏海の家族が陰気な舞衣子が自殺するのではないかと心配したり、田中をプロカメラマンだと誤解したり、逆に舞衣子は彼女を心配する夏海の態度に夏海はレズビアンではないかと考えたり等々読者を大いに笑わせてくれます。
 何といっても夏海のキャラが秀逸です。誰もが彼女と話しているのが楽しいと思わせるほどの素敵なキャラクターです。彼女の存在がこの作品を面白くしている理由の大部分を占めるのではないでしょうか。
 絶世の美少女でありながらちょっと抜けてるハルカにも笑ってしまいます。最近社会でも大きく問題となっている職場のパワハラに苦しんでいた舞衣子は、最初は根暗なキャラかと思ったら、とんでもなく強い女性でしたね。
 「グランオテル」とは何かと思ったら、フランス語の「グランドホテル」のようです。民宿なのに「グランドオテル」という気取った名前が後々大きな意味を持ってくるのも越谷さんの見事なところです。
 冒頭のシーンが結局あんなことになるとは。見事に越谷さんにうっちゃられたという感じです。いやぁ〜面白かったです。 
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まれびとパレード  ☆   角川書店 
 “まれびと”とは、民俗学者、国文学者、国語学者であり、詩人・歌人でもある折口信夫によって提示された用語。目次ページの裏に書かれていますが折口はこれを「神である。時を定めて来り臨む大神である」と言っています。この作品にはこの“まれびと”が登場する4編が収録されています。
 冒頭の「Surfin’Of The Dead(邦題:サーフィン・ゾンビ)」は、ゾンビと化した元恋人とのひと時を描いた作品です。以前はサバの水揚げが多く、賑わっていた町も、このところのサバの漁獲量の激減で、すっかりさびれてしまっていた。港近くで定食屋を営むミナミの家も、今では昼食の時間も閑古鳥が鳴くような状況だった。ある日、浜に昼食を食べに行ったミナミは、その時期一番という大波の中、1人のサーファーが波に乗って彼女に近づいてくるのを見て驚く。そのサーファーは1年前、サーフィンに行ったまま行方不明となり、死んだはずの元恋人のコータだった。題名からしても、浜の名前が“ロメロヶ浜”からしても、ゾンビ映画の神様というべきジョージ・A・ロメロを意識していることは間違いありません。水死したはずの元恋人がゾンビとして目の前に現れるという、想像すると怖いのですが、ゾンビと二人で浜に腰を下ろし海を見ながら話をするなんて、ちょっとシュール。普通の気心の知れた男女の会話という感じがなんともおかしいです。
 「弟のデート」では座敷童が登場。好きな男ができた母が父と離婚したため、今は父と中学生の弟との3人暮らしの紗良。家の新築のため築何十年という家に仮住まいしていたが、弟はいじめにあって以来、不登校になっていた。そんなある日、紗良は家の中に着物を着たおさげの少女がいることに気づく・・・。引き籠りの弟のもとに訪れてくる女の子が座敷童と知って、座敷童が家からいなくなると不幸になるという昔話を信じる姉の紗良が、座敷童を家の中に留めようと奮闘する姿が描かれます。
 「泥侍」では泥田坊が登場。モール建設予定地で怪しげな声がするという市民からの声で様子を見に行った市役所あんしん課の大宇巨は、泥の中から出てきた男に遭遇する。男は先日剥がされたアスファルトによりその下に300年以上の間、閉じ込められていたという・・・。田を守ろうとする泥田坊のためにモール建設を中止にしようと画策する妖怪好きの上司、並中と、実は泥田坊は祖先だと知った大宇巨の奮闘ぶりが描かれます。
 「ジャッキーズの夜ふかし」は、他の3編と異なって“まれびと”が主人公の作品です。四天王の情けで四天王の足元から解放されて一晩自由に過ごすこととなった邪鬼の冒険が語られます。登場するのは、奈良の興福寺の東金堂に安置されている四天王の足元で彼らに踏まれている4体の邪鬼。昨年「運慶展」を観に行った時にも、同じ興福寺の仮講堂の四天王が展示されていましたが、その足下にも4体の邪鬼がいました。“よこしまなおに”と称されながらも、よくよく見るとユニークな表情をしています。そんな邪鬼が四天王のお情けで50年ぶりに外へと出ます。まるでいたずら坊主たちのような言動に笑い、邪鬼という名前からは想像できない優しい心に気持ちがほんわかする作品です。
 どの作品も異界の存在が登場しますが、ホラーというジャンルの作品ではなく、どれもが読んでいて心が温まる作品となっています。おすすめです。 
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