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今野敏の本棚

  1. 隠蔽捜査
  2. 果断 隠蔽捜査2
  3. リオ 警視庁強行犯係・樋口顕
  4. 朱夏 警視庁強行犯係・樋口顕
  5. ビート 警視庁強行犯係・樋口顕
  6. 疑心 隠蔽捜査3
  7. 同期
  8. 初陣 隠蔽捜査3.5
  9. エチュード
  10. 転迷 隠蔽捜査4
  11. 確証
  12. 欠落
  13. ヘッドライン
  14. 宰領 隠蔽捜査5
  15. 自覚 隠蔽捜査5.5
  16. 廉恥 警視庁強行班係・樋口顕
  17. 精鋭
  18. マインド
  19. ペトロ
  20. 豹変
  21. 寮生ー一九七一年、函館ー
  22. 真贋
  23. 去就 隠蔽捜査6
  24. 回帰 警視庁強行犯係・樋口顕
  25. 変幻
  26. 棲月 隠蔽捜査7
  27. キンモクセイ
  28. 清明 隠蔽捜査8
  29. 黙示
  30. 焦眉 警視庁強行班係・樋口顕
  31. オフマイク
  32. 探花 隠蔽捜査9
  33. 無明 警視庁強行犯係・樋口顕
  34. 審議官 隠蔽捜査9.5
  35. 署長シンドローム
  36. 遠火 警視庁強行班係・樋口顕
  37. 一夜 隠蔽捜査10

隠蔽捜査  ☆ 新潮社
 主人公竜崎は、東大卒のエリート警察官僚。警察庁長官官房総務課長として出世争いのためにひとときも心が休むことがない毎日を送っている。そんなある日かつての殺人事件の加害者が殺されるという事件が連続して起きる。マスコミ対策に追われる竜崎だったが、そんな折、東大以外は大学ではないと主人公から責められ、有名私大に合格しながらも浪人していた息子が、日頃の鬱屈した心から逃れるためにヘロインに手を出してしまう。
 物語は、連続殺人事件の真相に気付いた竜崎が、自己の出世の妨げとなる息子の不祥事に心揺れながらも正義を貫こうとする姿を描いていきます。近年注目を浴びる少年事件の凶悪化と少年法の問題が事件の発生に大きな要因となってはいますが、話のテーマは警察組織を守ろうと奔走するキャリアの正義の闘いです。東大が絶対という一般の人から見れば鼻持ちならない主人公ですが、警察の権威を守るために下した決断には感動します。ただ、僕ぐらいの歳になると、主人公が最後にとった決断はあまりにかっこよすぎると思ってしまいもするのですが・・・。息子の犯罪を知って悩み、幼馴染みの伊丹刑事部長のアドバイスにすがりつく方が父親の本当の姿ではないでしょうか。
 警察のキャリア官僚の物語といえば、横山秀夫さんもその作品の中で書かれていますが、なかなか官僚の世界は厳しいようです。東大卒でなければ出世は望めず、同期入庁の一人が事務次官になると他の人たちは全員辞めて関連法人に天下るというシステム。最近官僚への批判が高まる中でこうした制度も見直しが求められていますが、頭がいい官僚たちが素直に既存システムの変更に応じるのでしょうか、疑問です。

 第78回吉川英治文学新人賞受賞作品です。
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果断 隠蔽捜査2  ☆ 新潮社
 第78回吉川英治文学新人賞を受賞した「隠蔽捜査」の続編です。前作「隠蔽捜査」のラストで東大法学部卒のキャリアでありながら、息子の不祥事のためにエリートの道から外れ、大森警察署の署長となった竜崎のその後を描きます。
 大森署の管内で人質を取った立て籠もり事件が発生する。犯人からの要求のないまま時間が過ぎる中で、現場で指揮を執った竜崎は拳銃を持った犯人に対し、人質救出のためSATに突入を命じる。その結果、人質は無事に助け出されるが、犯人は死亡、犯人の拳銃に弾が残っていなかったことからマスコミによる警察批判が起こる。様々な内外からの圧力に対し、竜崎は毅然とした態度を取るが・・・。
 自己保身で出世のことしか考えないキャリアの中で、正しいことは正しいと言ってはばからない竜崎。信念を持っているから何があっても考えがブレないんですよね。キャリアとしての自尊心を持っているところもあり、周りからすればやはり嫌な男には違いありません。ただ、上司に対しても自分の考えをしっかり言う点は、ちょっと格好良すぎる嫌いがないわけではありませんが、見習うべきですね。
 単に、犯人射殺に対する責任追及に立ち向かう竜崎の話かと思ったら、思わぬ事実が浮かび上がってきて、なかなか読ませます。その過程で描かれるキャリアの署長に対し腫れ物に触るような対応の署の幹部と署長を何とも思わないノンキャリの刑事との対比もおもしろいです。最後はみんな力を合わせてのラストです。
 ところで、竜崎の息子が竜崎に見るようにと渡したDVDは、宮崎駿監督の「風の谷のナウシカ」ですね。
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リオ 警視庁強行犯係・樋口顕  ☆ 新潮文庫
 警視庁強行犯係、樋口顕警部補を主人公とする警察小説です。作者の今野さんは、最近警察キャリア官僚を主人公とした「隠蔽捜査」で吉川英治文学新人賞を受賞し、その続編「果断」も評判を呼んでいますが、すでに10年も前にこんな面白い警察小説を書いていたんですね。
 何が面白いって、主人公樋口の人物造型がいいんです。普通、小説の中で描かれる警察官といえば、いかつい顔、強面の男か、「隠蔽捜査」の主人公竜崎のような切れ者のスマートな男というのが定番です。樋口は、体型という点では竜崎に近いかもしれません。しかし、これまで描かれてきた警察官たちと根本的に異なるのは、彼らが自分に自信を持つ男であるのに対し、樋口は自分自身に自信が持てず、常に周囲の人間の顔色を気にしていること、自分が他人の目にどう映るかを気にする人間であることです。多くの人には多かれ少なかれ、こういうところはあります。そういう点では樋口は非常に人間的といっていいかもしれません。それゆえ、読んでいて樋口をすごい身近な人に感じることができます。それに容疑者の女の子がものすごい美人なので惹かれてしまうなんて、普通の男ですよね。そして、もう一つ、彼に惹かれるのは、彼と同年代であるからです。彼が「全共闘に乗り遅れ、遊びの世代にもなれなかった」という言葉には、そのとおりだなあと思わず頷いてしまいました。
 この作品には、もう一人、魅力的な警察官が登場します。樋口とコンビを組む氏家巡査部長です。樋口とそれほど変わらない年齢でありながら、独身で若い女性とも遊び、大学では心理学を勉強したという、やはり少し変わったところのある警察官です。樋口と氏家の間で交わされる世代論とでもいうべき話も興味深く読むことができました。
 警察小説が好きな人にはおすすめです。
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朱夏 警視庁強行犯係・樋口顕 新潮文庫
 「リオ」に続く警視庁強行犯係樋口顕シリーズ第2弾です。
 ある日樋口の妻恵子が失踪する。そんなとき、警備部長に天誅を下すという脅迫状が警備部長の自宅に投函され、翌週月曜日秘密裏に捜査本部が立ち上がることとなる。樋口は自力で妻を捜そうとするが、彼が自由に行動できるのは、捜査本部が立ち上がる前の土曜日と日曜日の2日のみ。樋口は荻窪署生活安全課の氏家の力を借りて、妻の行方を追う。
 常に相手の考えを考慮して、感情を露わにしない樋口が、今回は妻の失踪で、いつもと違って感情を表に出して行動します。そんな彼を前作「リオ」でもいい味を出していた氏家が助けます。氏家の大学で心理学を専攻していたという変わり者のキャラクターが今回も光ります。
 妻がいなくなったことにより、日頃妻の話をよく聞いていなかったという後悔をしますが、これはどこの家でも多かれ少なかれ似たようなものではないでしょうか(笑)
 夫婦の繋がり、家族の繋がりが中心テーマだったせいか、犯人の動機についての言及はわずかです。犯人が事件を起こした背景が深く語られていませんので、最近はこんな若者が増えている、それは家庭も問題があるというようなありきたりなものになってしまった感があります。その点ちょっと残念ですね。

 ちなみに“朱夏”とは中国の五行思想で、朱色を夏に配することから夏のことをいうそうです。ちなみに春はおなじみ“青春”、秋は“白秋”、冬は“玄冬(玄は黒のこと)”だそうです。これでいくと僕自身は“白秋”か・・・。
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ビート 警視庁強行犯係・樋口顕 新潮文庫
 警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ第3弾です。とはいえ、今回樋口自身は脇役。主人公といえるのは警視庁捜査二課の島崎とその二男です。
 大学の柔道部のOBである銀行員からその銀行を内偵している父親の動向を尋ねられて漏らしてしまった島崎の長男。そのことを脅されて、さらに情報を漏らすことになった島崎。苦悩する兄と父親の様子を知って、島崎を殺そうと決意する二男。そんなある日、銀行員の殺害死体が発見され、二男らしき若者が目撃されたことから、島崎は二男が殺したのではないかと疑惑を抱く。
 警察小説というよりは、家族問題に焦点が当てられた話です。父親の期待どおりに成長した長男、長男と比較され、しだいにグレてしまった二男、二男の悩みに気づかない両親、といった具合によくある家庭問題がクローズアップされます。
 相変わらず、人に嫌われるのが怖く、人の顔色を窺いながら行動する樋口です。人間というもの、多かれ少なかれ樋口のように生きているのでしょうが、警官という職業の中、うまくやっていけるのかなと心配にはなります。
 幕の引き方としては、やっぱりこれは小説だからという感がするのは否めません。現実はそんなに甘くないでしょう。それとも現実だとしたら、やはり仲間内のことには蓋をしてしまうのかな?
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疑心 隠蔽捜査3  ☆ 新潮社
 所轄の署長に左遷されたキヤリア警察官僚・竜崎の活躍を描くシリーズ第3弾です。
 今回、竜崎は、アメリカ大統領訪日に際し、大統領警備の方面本部長に異例の抜擢を受けます。浮かび上がってきた大統領へのテロの動きに対し、シークレットサービスとの対応という難しい状況の中で、竜崎は警視庁から秘書役として派遣されてきた畠山に惹かれてしまいます。
 いつもは沈着冷静な竜崎も何ら変わりのない男だということが描かれます。いくつになっても男というのは恋をしてしまうものなのでしょうが(気持ちは良くわかります。)、それにしても、簡単に惚れすぎです。初恋に揺れ動く少年でもあるまいに。そのうえ、嫌っているはずの伊丹に自分の心の中を吐露するのは、おかしい。妻以外の女性に惹かれることは他人に知られることはまずいことでしょうし(特にキャリアであったなら)、よほど気のおけない友人であったらともかく、ライバル相手に話すなんて、理解できませんねえ。
 若い部下への思いに苦悩する竜崎の姿が描かれるのが中心で、テロ事件の方は割とあっさりとしています。話の流れは途中でだいたいわかってしまいますし。その点は前2作に比べるとインパクトは弱い印象があります。
 最後に畠山が竜崎に投げかけたアイヌ語の日本語の意味が予想どおりでなかったことは愉快です。
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同期 講談社
 本庁捜査一課の宇田川の同期の公安刑事が突然懲戒免職となり姿を消すとともに、暴力団同士の抗争と思われた殺人事件の容疑者として名前が挙がる。常に彼を意識していた宇田川は、納得できない思いから事件の真相を探っていく。
 同期というと、同僚とはちょっと違うんですよね。同僚よりも気のおけない話もできる相手ですし、一緒に入社したということでいろいろな点で共通認識を持ちます。しかし、やはり宇田川のように、同期はライバルでもあるからその出世は気になるのも本当です。そんな“同期"という特殊な関係をうまく描きだした作品です。
 このところの隠蔽捜査シリーズでキャリア警察官の竜崎という魅力的なキャラクターを登場させ、警察小説に新たなファンを生んだ今野さんですが、今回はキャラクターよりも“同期"という繋がりの中で男の友情を描いて、大いに読ませます。もちろん、キャラクターということなら、この作品でも宇田川の相棒の植松や捜査本部で組んだ土岐という特色あるキャラを登場させています(この二人の“同期“もいい味出しています。)。
 また、この作品は宇田川の刑事としての成長物語でもあります。上司のいうことには黙って従う、それが警察組織だと考えていた宇田川が、捜査をしていくうちに、しだいに自己の意見を主張する男に変わっていきます。その開き直りとも思える態度の変化にはビックリですけど。刑事の誇りということを意識するようになったんですね。
 ページを繰る手が止まらず、いっき読みです。警察小説ファンならおすすめです。
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初陣 隠蔽捜査3.5  ☆ 新潮社
 隠蔽捜査シリーズ第4作目です。今回は8編からなる短編集で、主人公がこれまでの竜崎ではなく、彼の幼なじみにして同期のキャリア、警視庁刑事部長の伊丹です。映画ではよくあるスピンオフ作品ということですね。副題が「隠蔽捜査4」ではなく、「隠蔽捜査3.5」となっているのは、そのためもあってのことでしょうか。
 今回は、これまでのシリーズの裏側で、伊丹と竜崎がどんな付き合いをしていたかが描かれていて、シリーズファンとしては大いに楽しめました(特に「試練」は、「果断 隠蔽捜査3」の裏側の事情が描かれていて楽しく読めます。)。
 伊丹が事件で悩むことがあると、竜崎のもとに電話をして相談をするというパターンの話が並んでいます。伊丹の相談に対して、竜崎はそっけなく冷たくあしらうという態度ですが、常に的を得ていて、竜崎へ解決への道筋を与えてくれます。
 本庁の刑事部長としては異色の行動力を持つ大胆不敵な伊丹が、この作品では、実は様々な悩みを有し、竜崎につい頼ってしまうという意外な一面を見せてくれる1作ともなっています。シリーズファンにはおすすめです。
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エチュード  ☆ 中央公論新社
 渋谷、新宿の駅前の雑踏で連続して無差別殺傷事件が発生。犯人は民間人の協力により現行犯逮捕されるが、いずれも自分は犯人ではないと犯行を否認する。警察庁から派遣された心理調査官の藤森紗英は、真犯人は心理的なトリックによって、警察官に別人を犯人だと誤認させたのではないかと疑う。
 雑踏の中では、周りの人たちの様子など注意して見ているわけではないし、「犯人はこいつだ!」と声が上がれば、そう意識してしまうでしょうね。そんな人間の心理を見事に操る犯人と心理調査官藤森紗英とのお互いの考えの裏の裏の読み合いがこの作品の見所です。
 警察官も人の子、若く美人な警察官がいれば目を奪われるのも仕方ないし、美人と仲良くしている同僚がいれば、嫉妬するのも無理からぬところでしょう。そんなどこにでもあるような人間関係を描きながら捜査は進んでいきます。ラストはそれまでの流れから犯人の行動は読めてしまい、ちょっとあっけなかったですが、おもしろく読み終えることはできました。これも、対人恐怖症でありながら、職務のために一所懸命気を張って頑張る紗英のキャラに惹かれたせいかもしれません。続編を期待したい1作です。
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転迷 隠蔽捜査4  ☆ 新潮社
 隠蔽捜査シリーズ第5弾です。5作目でありながら“4”なのは、前作「初陣」が伊丹を主人公にしたスピンオフ作品であり、“3.5”と謳っていたためです。
 管内で続発する不審火、元外務官僚が被害者となったひき逃げ事件、麻薬取締官がクレームをつけてきた縄張り争い、同じ方面本部内で起きた殺人事件と、大森署の署長を務める竜崎のもとで数々の事件が重なる。そしてプライベートでも、娘の恋人が乗ったらしい飛行機の墜落事故が起きる。
 公私ともこんなに忙しくては、普通は精神的にかなり辛いところですが、ところがこの竜崎という男、きっちりと優先順位をつけて、ひとつひとつに的確に対処していきます。サラリーマンとして見習わなくてはいけないですねえ。
 シリーズも5冊目なので、そうそう常に最高レベルを保つのも大変でしょうが、今回の事件は今までの竜崎が主人公の中の作品では一番インパクトがなかった事件かもしれません。戸高などの脇役陣の活躍もいまひとつでしたし。
 でも、竜崎は相変わらず変わりません。常に正論を言って、それを通してしまうのですから。そして、それが見事に事件の解決に結びつくのですから羨ましい限りです。普通は正論ばかりではやっていけないよ!とやっかみながら読んでいました。
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確証 双葉社
 高級時計店で強盗事件が発生、その12時間後には近くの宝石店で窃盗事件が発生する。盗犯係の萩尾は、窃盗事件が強盗事件に対する何らかのメッセージではないかと考える。そんな時、今度は強盗殺人事件が発生する。窃盗事件での指紋認証のシステムを破った手口から、萩尾はある男を思い浮かべ、彼を訪ねる。
 盗犯係の萩尾と女性刑事の武田秋穂のコンビを主人公にした今野さんの新たな警察小説です。これまでの警察小説と異なっているのは、主人公が殺人事件を扱う1課ではなく、窃盗を扱う3課であること。そして、主人公が中年男とうら若き女性の刑事のコンビであることです。エリート然とした1課との対立というある意味ありきたりのパターンではありますが、その中で萩尾たちは盗犯係としての衿持を持って捜査に臨みます。
 上司にも先輩刑事にも臆することなく自分の意見をいい、女性としての感性からの思わぬ秋穂の推理に対し、萩尾が女の子の意見として拒否するのではなく、尊重して聞くという、二人はなかなかいいコンビです。ただ、秋穂は女性刑事として誉田作品の姫川玲子や結城作品のクロハほどの強烈な個性はまだ発揮していません。姫川からなら“お嬢ちゃん”と子ども扱いされそうです。
 さて、この二人のコンビはシリーズ化されるでしょうか。
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欠落  ☆   講談社
 「同期」の続編になります。前作では主人公・宇田川と彼の同期入庁で突然懲戒免職処分となった蘇我とを巡る事件が描かれましたが、この作品ではSITに配属された、やはり同期の女性警察官・大石が登場します。
 人質立てこもり事件が起き、人質の身代わりとなった大石が逃走する犯人に連れ去られるという事件が起きる。一方、宇田川は、身元不明の殺人死体が発見されたため、大石の行方が気になりながらも、その事件に奔走することになる。やがて、蘇我が宇田川の前に現れ、両方の事件に公安がらみの事件の匂いがしてくるが・・・
 相棒となった所轄刑事の佐倉のやる気のなさに腹を立てながらも、捜査を進めていく宇田川は、いまだ真っ直ぐな若手刑事という感じです。残念なのは、今野さんの「隠蔽捜査」シリーズの竜崎の強烈なキャラとは異なり、印象が薄い嫌いがあり、「同期」シリーズの主人公ってどんな人だっけと問われても、「え~と、どんな人だったかな?」ということになりそうです。彼より、逆に今回登場した佐倉や蘇我の方がキャラクターとしては印象に残ります。
 思いもかけない展開のストーリーにいっき読みでした。宇田川に植松、土岐そして蘇我と何となく力を合わせての事件解決という話になってきましたが、今後もこの傾向が続くのでしょうか。
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ヘッドライン 集英社文庫
 今野敏さんの新たなシリーズものです。報道番組「ニュースイレブン」に所属する社会部遊軍記者の布施、警視庁捜査1課で継続事件を担当する黒川。記者と警察官という本来相容れない二人が、持ちつ持たれつの関係で事件を追います。
 いい加減な男と思われながら、時々スクープをものにする布施。どんな場所にも自然に入っていき、どんな人からも信頼されてしまうという得な男です。怖そうなお兄さんたちとも仲良くなるなんて、あまりに都合良すぎる人物設定ということもあって、読んでいてあまり魅力を感じません。黒川にしても、同じ部下を持つ身として、若手の谷口の扱いに悩むところには共感しましたが、これといった特徴もなく、頭に人物像が浮かび上がりません。それよりは、遊び歩いているようでスクープをものにする布施にイライラし、妬みも感じる布施の上司の鳩村の方が、キャラとしてはあまりに人間的でまだ印象に残ります。
 二人が追う事件についても、未解決のままになっている美容師バラバラ殺人事件という猟奇的事件の割には驚くほどの展開にはならず、「背後には新興宗教団体の存在が」と紹介文にありましたが、この新興宗教団体というのが、読んでいてもまったく影が薄く、印象に残りませんでした。今野作品は大好きですが、正直のところ、この作品は個人的にはいまひとつ。
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宰領 隠蔽捜査5  ☆ 新潮社
 「隠蔽捜査シリーズ」第6弾です。題名は「隠蔽捜査5」ですが、短編集「初陣」が「3.5」と謳っているので、シリーズとしては6冊目です。
 題名の「宰領」とは、普段使うことがありませんが、国語辞典によると「監督すること、取り仕切ること」を意味します。
 大森署管内で国会議員が失踪、やがて議員の運転手が車内で死体となって発見される。犯人が要求してきたのは、死刑の最高裁判決が下されたばかりの被告の釈放。竜崎は伊丹刑事部長から、犯人が神奈川県内に潜伏の可能性があることから神奈川県警に立ち上げた前線本部の副本部長となることを依頼され、前線本部に出動する。そこで竜崎が直面したのは、いつもの警視庁と神奈川県警との確執、縄張り争い。果たして、その状況の中で、竜崎はどんな宰領を見せるのか。
 キャリアでありながら、上に媚びずに自分の信念を貫き通す竜崎が、今回も警視総監や神奈川県警本部長の意向に屈せず、思う道を突き進みます。正しいことだと思えば、普通キャリアがしないこともやるという柔軟性を持っており、今回、終盤、副本部長たる地位にありながら現場に自ら出るだけでなく、現場の判断を優先します。この当たり、シリーズも6冊目となると、着地点がわかってしまう嫌いはありますが。
 キャリアとしての鼻持ちならない部分も垣間見えるので、個人的には好きだとは言えないのですが、あのくらい自分自身に自信がなければ上に立つことはできないのでしょう。
 ラストにひとひねりありますが、そこはちょっと駆け足で描きすぎたのではと思います。もう少し、丁寧に描いてもよかったのでは。今野さんとしては、最初からこういうラストにするつもりだったのでしょうが、何だか、付け足しという感が否めません。
 家庭内では息子の受験、そして思わぬトラブルに、僅かながらも家族を気にかける竜崎を見ていると、少しは子の親としての自覚があったのかとホッとしました。
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自覚 隠蔽捜査5.5  ☆ 新潮社
 隠蔽捜査シリーズ第7弾です。先に刊行された「初陣 隠蔽捜査3.5」と同様、竜崎以外のシリーズに登場する人物たちを主人公にした7編が収録された作品集です。どれもが主人公たちの目を通して、何事にも動じず、的確な判断を下す竜崎の魅力が描かれていきます。
 冒頭の「漏洩」では、容疑者逮捕の事実が報道機関に漏洩、さらにその逮捕が誤認逮捕ではないかとの疑いが起こり、竜崎に知られることを恐れる大森署の副署長・貝塚が描かれます。
 「訓練」は、「疑心 隠蔽捜査3」で竜崎の元に派遣されたキャリアの女性警察官・畠山美奈子が主人公。飛行機に搭乗してハイジャックなどの犯罪に対処する武装警察官・スカイマーシャルの訓練に参加した彼女のキャリアの女性警察官として周囲から見られる苦悩を竜崎に電話で吐露します。かつては彼女への想いに悩んだ竜崎でしたが、今回彼女が電話をかけた際の様子からして、竜崎も想いをすっかり振り払えたようですね。
 「人事」は、新しく赴任してきた方面本部長と竜崎の間で、自分の存在感を示そうとあたふたする方面本部の管理官・野間崎が描かれます。常に竜崎に反発してきた野間崎ですが、意外にただ難癖をつけるだけの男ではないかもと思える一面を見せます。
 「自覚」は、強盗事件の捜査中に人質をとった被疑者を拳銃で撃った戸高への批判が起こる中、自分も処分されるのではないかとびくつく刑事組織犯罪対策課長の関本を描きます。
 「実地」は、卒配された新人地域課員が窃盗犯を見逃したと関本課長や本部の捜査三課の刑事たちから非難される中で、新人を守ろうと決意する地域課長の久米を描きます。ここでは卒配された警官に対する人情味溢れる久米の心意気に拍手です。
 「検挙」は、本部からの検挙数・検挙率のアップをという通達に反対して戸高たちがとった行動に上司として文句を言いながらも、理解を示す強行犯係長の小松を描きます。上司として部下の思いを理解できる小松にも拍手です。
 ラストの「送検」は、おなじみの伊丹刑事部長が主人公です。大森署管内で起きた強姦殺人事件の本部へとやってきた伊丹の勇み足が起こした事態と、それをカヴアーする竜崎を描きます。
 どの作品も、起こったことに対し部下たちは最後に竜崎の意見を求めますが、竜崎が述べる意見は常に同じ立ち位置に立った意見であり、決してぶれることはありません。各話の主人公たちはそんな竜崎の言葉を聞いてはっとするというパターンのストーリーになっています。
※「訓練」で描かれたスカイマーシャルですが、今年、リーアム・一二ーソン主演の「フライト・ゲーム」にアメリカの航空保安官が登場していましたが、日本にも同じものがあるとは知りませんでした。
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廉恥 幻冬舎
 警視庁強行犯係・樋ロ顕シリーズ第4弾です。前作「ビート」から14年ぶりの新作です。
 警察にストーカー被害を訴えていた女性が殺され、樋口ら捜査に当たる警察はマスコミからの警察批判が起こるのではないかと危惧する。警察庁はストーカーによる事件を想定してマスコミ対策としてストーカー犯罪を専門とするキャリア警察官の小泉蘭子を捜査本部に派遣する。一方、樋ロのもとには樋口の娘のパソコンから脅迫事件のメールが送られたとの情報が同僚から入ってくる。
 ストーカーと遠隔操作ウィルスによるメールでの脅迫という、今日的な犯罪が題材となっています。ただ、そのことを問題として深く描いているわけではありません。事件の真相も、だれもそこを考えなかったの?と思うくらい厳しくいえば捜査陣が抜けていて、結局あっけない幕切れでした。日頃会話のなかった娘との信頼回復も簡単すぎます(今までの樋口の育て方が良かったんだと言われればそれまでですが。)。
 事件と共に家族の問題が描かれるというパターンは、「隠蔽捜査」シリーズ第1作と同じです。また、キャリアの女性警察官が登場しているという点でも「隠蔽捜査」と似ています(ただ、「隠蔽捜査」に登場する畠山美奈子に比べ、小泉蘭子のキャラはあまり目立ちませんが)。
 作中に登場する警視庁捜査―課長の名前は田端守雄で、この人は「隠蔽捜査」シリーズの最新作「自覚 隠蔽捜査5.5」にも登場していますので、その部下である樋口が大森署管内で事件が起きたら派遣されて竜崎と出会うことになるかもしれません。竜崎の押しの強いキャラに比べて、樋口の方は周りに気を遣う人なので、かなり竜崎に押されてしまいそうですが。
 題名の「廉恥」とは、国語辞典によると、「心が清らかで恥を知る心が強いこと」だそうです。「恥を知る」という教えに共感する樋口の気持ちからつけられたのですね。
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精鋭  朝日新聞出版 
  警察官となった柿田亮は、警察学校卒業後地域課に配属となったが、研修中の各部署でのグレーゾーンの取り扱いに疑問を抱き、上司の「お前は機動隊向きかも」という言葉から機動隊を希望する。見事面接に通って機動隊に入隊し、更にはその中でも精鋭中の精鋭のSATの入隊試験を受けることとなる。
 警察官となった主人公の成長物語といえる作品です。柿田は大学時代はラグビー部だったという、いわゆる体育会系の男。ラグビー部時代は頭で考えるより練習を重ねた結果身体が勝手に動いたという人物で、頭でいろいろ悩むのは苦手で、どこかあっけらかんとした性格。そのため、物語は厳しい訓練の日々を描いていきますが、物語に深刻な雰囲気はありません。とはいえ、細かいことを考えるのは嫌いだからという機動隊面接の際に述べた理由では、機動隊員となって、ただ盾を持って突撃していくだけになってしまいます。機動隊員だってどうすべきかを判断しなくてはならない場面もいろいろ出てくるでしょうと思うのですが。
 物語の中では、柿田と同僚や先輩等との話を通して、警察や自衛隊との違い、軍隊との違いなど作者の今野敏さんの考えが窺えるところもあって、興味深く読みことができました。ラストは過酷な試験を乗り越えてのSAT入隊で終わりますが、今後SATでの活躍を描くこともできそうな終わり方です。
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マインド  中央公論新社 
 警視庁捜査一課の刑事・碓氷を主人公とするシリーズ第6弾です。「エチュード」に登場した心理捜査官・藤森が再登場しています。
 物語は、同じ日の同じ時間に、都内で2件の殺人事件と2件の自殺が起きたことから始まります。同じ時間帯に同時に事件が起きていることを知った捜査一課長は碓氷ら第5係に事件の関連性をあたらせる。捜査の結果、更に2件の強姦未遂事件と1件の盗撮事件が同じ
時間帯に起こっていることを突き止めた碓氷らはこの7件の事件の当事者すべてが通っていたクリニックを調べる・・・。
 果たして無意識のうちに人の心を操って罪を犯させたり、自殺をさせたりすることができるのかということが、この作品の主題になっています。マインドコントロールということで脳裏に浮かぶのは、オウム真理教事件で、教組の指示どおりに人を殺害することを悪とも思わず実行した信者のことですが、あの場合は行動を認識した上で行っていましたが、この作品では自分の行ったことを認識していないという点が違います。
 犯人はすぐに予想がついてしまう上に、犯人のキャラが際立っていないため、残念ながら読んでいて、わくわくどきどき感がありませんでした。         ;  ゛’
 碓氷刑事が主人公のシリーズですが、読んだのは「エチュード」とこの作品だけです。それだけで碓氷刑事を評してはなんですが、今野さんの別シリーズの主人公、樋口顕や竜崎伸也ほどの切れ者というわけではなく、同僚と皮肉を言い合ったりして、普通の刑事という感じです。今回はちょっと刑事としてはあまり褒められない状況になってしまいましたし。また、碓氷以外の刑事の存在感もあまりありません。 
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ペトロ  中央公論新社 
 大学で考古学を教える教授の妻であり、大学の講師の女性が自宅で扼殺される。現場の壁には桃木文字、あるいは吉見百穴文字といわれる神代文字が刻みつけられていた。その文字の研究者で、5年前に大学を追われた結婚前の妻とも仲が良かった尾崎徹雄を重要参考人として警察は追う中で、再び教授の弟子である大学の講師が遺跡発掘現場で殺されるという事件が起き、そこには楔形文字が残されていた。警視庁捜査一課の碓氷弘一警部補は、その文字の謎を追う・・・。
 碓氷弘一シリーズ第5弾です。題名の「ペトロ」とはペトログリフ(石や洞窟に刻まれた、ある種の意匠や文字のこと。)のこと。今回碓氷の相棒となるのは、ペトログリフの専門家である大学教授。それも驚くことに日本人ではなく、ユダヤ系アメリカ人のジョエル・アルトマン教授です。今作のおもしろさは、現場に残された文字の謎解きと、警察関係者でない外国人の大学教授が探偵役として活躍するところにあります。質問しながら、相手に考えさせ、自分自身で答えを見つけさせるという尋問上手のアルトマン教授は碓氷も認める見事な技術を持っており、碓氷以上の探偵役かもしれません。ただ残念ながら犯人はほとんどの人が「あの人でしょう」と思う人で、予想外とは言えませんでした。
 アルトマン教授とのペトログリフ等に関する議論が難しくてわかりにくい部分もありましたが、今野さんは神代文字のことを勉強したんですね。凄いです。 
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豹変  角川書店 
 中学生が友人をナイフで刺したり、バットで殴ったりという事件が起き、現場に急行した警視庁少年事件課の巡査部長・富野は、少年たちが狐憑きにかかったような症状となっているのを見る。現場に現れたお祓い師の鬼龍光一と安部孝景によって、狐は祓われたが・・・。
 僕自身は読んだことがなかったのですが、この作品はお祓い師、鬼龍光一が活躍するシリーズの新作のようです。警察小説だと思って読み始めたのですが、そこは期待外れ。主人公が警察官というだけの(それもその警察官もお祓い師の系統の人物だという)、いわゆるジャンルとしては伝奇小説でしょうか。
 ストーリーは事件に関わった中学生たちがみなネイムというSNSをやっており、その占いアプリを使用し、更にはSNSを開発した与部のブログや掲示板に書き込みをしていることがわかります。果たして、与部はこの狐憑き事件に関係があるのかがストーリーの中心となっています。狐憑きなどという時代がかった話なのに、SNSとか中二病などということが語られるのが現代的といえば現代的です。
 読み始めてしまったので最後まで読み切りましたが、今はこういうジャンルは興味の外です。 
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寮生ー一九七一年、函館ー  集英社 
 高校入学とともに家を離れて寮で暮らすこととなった“僕”。寮では入学したばかりで浮かれている新入生の精神をたたき直そうと2年生による“入魂会”という儀式が行われていたが、毎年、この“入魂会”を主催した2年生の中で死人が出るという話が伝わっていた。そんなある日、“入魂会”を主催した2年生のひとりが寮の屋上から落ちて死ぬ事件が起きる。“僕”と同級生の古葉らは事件を調べ始めるが、更にその伝説には「死の真相に迫ろうとしたり、伝説の秘密を探ろうとした者も死ぬ」という続きがあることを先輩から聞かされる・・・。
 今野さんといえば警察小説をまず頭に思い浮かべますが、今回は初めての青春ミステリーです。実際に今野敏さんが卒業された「函館ラ・サール高校」での高校生活をモデルにした作品で、舞台となった1971年は、今野さんが高校へ入学した年だそうです。
 作中にラジオの深夜放送の「オールナイトニッポン」や「パックインミュージック」という番組名が登場しており、深夜放送が勉強をする際の環境のひとつだったというくだりには、僕自身の高校生時代を思い起こしました。今野さんとは同年代で、学生運動の波には乗り遅れた世代として、自分の高校時代を振り返るような気持ちで読み進んでいきました。
 事件の謎、そして“入魂式”伝説の謎を主人公たちが探っていく“青春ミステリー”とい体裁はとっていますが、ミステリーの謎解きとしてはありふれたもので、それより、親元を離れた寮生活で一生の友人を見つけたり、ちょっと大人びた恋に憧れを抱いたりする少年
たちを描く青春小説という部分の占める方が大きい作品です。
 作中に音楽や映画など当時を思い出す様々な小道具が登場していますが、ラストの南沙織さんは、僕としては天地真理さんだったなあ。 
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真贋  双葉社 
 「確証」に続く警視庁捜査第3課の萩尾秀一と相棒の武田秋穂の活躍を描くシリーズ第2弾です。
 目黒署管内で空き巣事件が発生し、臨場した萩尾は、その手口から犯人はダケ松と渾名される窃盗犯だと考える。ダケ松はすぐ逮捕されたが、萩尾は逮捕時の状況からダケ松が誰かを庇っているのではと疑いを持つ。取り調べの中で、ダケ松の口から故買屋の八つ屋長治が大きな仕事を予定しているという噂があることを聞いた萩尾は、渋谷署管内のデパートで開催される中国陶磁器展に展示予定の国宝の茶器・曜変天目が狙われているのではないかと考える・・・。
 物語は、ダケ松が自分の弟子を庇っているのではないか、その弟子が中国陶磁器展で何かするのではないかと考える萩尾と秋穂が事件を未然に防ごうとする様子を描いていきます。果たして弟子は何者なのか。どうやって曜変天目を盗もうとしているのかがストーリ-の中心となりますが、これについては、途中でだいたい話の展開が読めてしまいます。
 ただ、この作品はそれだけではなく、登場する人物たちの様々な師弟関係が語られていきます。この作品には3組の師弟関係が登場します。1組はもちろん、ダケ松とその弟子ですが、二組目は捜査2課の警部補である舎人と彼とコンビを組む柏井です。社会の中での人間関係をうまく作ることのできない舎人という刑事のキャラはあまりに個性的ですが、そんな舎人の相棒である柏井に萩尾らが、刑事は通常2人で行動するのに、いつも1人で行動しているのはなぜかと問いただしたときの柏井の言葉に、相棒を信頼している気持ちが込められていて、ちょっと胸を打たれます。そして、3組目の師弟関係は萩尾と秋穂です。萩尾は秋穂に盗犯捜査のプロとしての自分の知識・技能を教えていますが、「直弟子か?]と聞かれて、「相棒だよ」と返すところが、二人の良き関係を表しています。まだまだシリーズは続きそうな感じです。 
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去就 隠蔽捜査6  新潮社 
 “隠蔽捜査”シリーズ第8弾です。
 竜崎は娘の美紀が交際している男との間が結婚問題でこじれ、男がストーカーまがいのことをしていると娘から聞かされる。折しも、警察では増加するストーカー被害に対処するため、各署にスト一カ一対策チームを設けることとなり、大森署ではその構成員の人選をしていた。そんなとき、管内でストーカーによる女性連れ去り事件が発生する。その後、女性と一緒にいた男が殺され、さらに被疑者と思われた男が父親の家から猟銃を持ち出し、自宅に立て龍もっているという情報が流れ、事態は急変するが・・・。
 今回は事件のみならず竜埼の家庭でもストーカーという問題が取り上げられます。最近、警察にストーカーの相談をしている女性が、スト一カーによって殺害されるという事件が起きており、今日的なテーマとして取り上げられてはいますが、この作品では、そうした事件における警察の対応とか、今回の事件を起こした犯人の心情とかは深く描かれていません。事件の成り行きよりは、竜崎の身の処し方の方に重点が置かれていたようです。
 相変わらず、竜崎は変わり者です。言うことは正論ですが、世間の常識とはズレています。だいたい、竜崎が警察署長として、娘と交際している男にストーカーとしての警告をすることを、男の父親である竜崎の元上司はそれをしないことを問題にするだろうと思うなんておかしいでしょう。なぜ息子をストーカー扱いするのかと怒ると考えるのが普通でしょうに。
 でも、そんな竜崎でも「判断をし、責任を取る。俺たちにできるのは、それだけなんだ」」と言い切るところは上司の見本です。仕事だけではなく責任まで部下に押しつけようとする上司の多い中、竜崎の行動を上司の方々に見習ってもらいたいと思う人も多いのでは。
 この作品では個性的なキャラクターとして以前から登場している戸高に加え、ストーカー対策チームの一員となった少年係の女性警官、根岸が登場します。警察の仕事に意欲を持ち、自らで考え行動する警察官の鏡のような存在です。戸高ともいいコンビだったようですし、今作だけの登場ではもったいないですね。 
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回帰 警視庁強行班係・樋口顕  幻冬舎 
 警視庁強行犯係・樋ロ顕シリーズ第5弾です。
 四谷にある大学の門前で駐車していた自動車が爆発するという事件が起き、テロということから公安との合同捜査となる。その事件の直前、樋口の上司である天童管理官のもとには、元部下であった因幡からテロを防ぐために協力して欲しいという電話が入っていた。因幡はある事件が原因で警察を辞め、その後海外を放浪した末に国際テロ組織に入ったと噂されていた。やがて、爆破事件の容疑者としてパキスタン人が浮かぶ・・・。
 事件とともに樋口の家庭内のことが描かれるのは前作と同じです。今回は娘がバックパッカーとして世界旅行がしたいと言い出し、樋口を慌てさせます。
 この樋口、ストレスに強いという評判とは別に自分自身では恐怖や緊張に弱く、人一倍心が折れやすいと自覚しています。この辺り、平凡な人間という感じで共感が持てます。沈着冷静だと言われる裏にはどうしていいかわからないから黙っているなんて、まったく僕と同じです。娘の行動には父親としてやきもきするし、同じ今野さんの別シリーズであるキャリア官僚の竜崎のような折れない心を持っている強い男とは違う樋口に親近感が沸きます。
 ストーリー的には、前半は外国人によるテロ事件を防ぐために元警察官で国際テロ組織に入っているらしい男が果たして何者なのかという興味に、更には公安とのつばぜり合いといういつものパターンの話もあって、この後どうなるのだろうと期待が膨らんだのですが、後半の展開はあれれという感じで、ちょっと駆け足過ぎた嫌いがなきにしもあらずです。 
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変幻  講談社 
 “同期”シリーズ第3弾にして、完結編です。
 警視庁捜査一課の宇田川は、同期である特殊犯捜査係の大石の食事の誘いを受け、密かに期待していたが、大石が誘ったのは宇田川だけでなく、彼とコンビを組む植松警部補と特命捜査対策室の土岐警部補。大石は任務で当分会えない旨を皆に話しその日以降姿を消す。同じ頃、薬の売人の殺害事件が発生し、宇田川は捜査に携わることとなるが、防犯カメラに映った事件に使用された車の運転手が大石であることに気づき、彼女が潜入捜査を行っていることを知る・・・。
 今回は麻薬密売の組織内で不測の殺人事件が起きたために、組織に潜入捜査している大石をビックアップすることができない事態となったため、宇田川、そして公安の裏の仕事をしているらしい同期の蘇我が力を合わせて大石を救い出すストーリーとなっています。同期を信頼することで事件が解決していくといういつものパターンです。
 この作品でシリーズ完結ということで、宇田川と大石の関係が今後どうなるのかとか、蘇我がこのまま警察に復帰しないのかなど、気になる点を残したまま終了してしまうのはちょっと残念です。まあ、そうそう同期3人がそろって事件に関わることかあるとは限りませんから仕方ないですが。 
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棲月 隠蔽捜査7   新潮社 
 「隠蔽捜査」シリーズ第9弾になります。
 大森署の管轄内を通る鉄道のシステムがダウン。更には大手銀行のシステムがダウンしたことを不審に思った竜崎は、署員を鉄道会社と銀行に向かわせるが、そうした竜崎の行動は管轄外に口出しするなと生活安全部長たちの不興を買う。そんな中、管内で不良グループのリーダーが殺害される事件が発生し、捜査本部が立ち上がる。事件で慌ただしい中、竜崎は同期の伊丹刑事部長から「異動の噂が出ている」と聞かされる・・・。
 シリーズの転換点となるべき作品ですが、竜崎が考えるとおりに事件が着地するだけで、ストーリーとしては意外性もなくいまひとつ。ハッカーやネットでの伝説、いじめ等が描かれますが、何だかさらっとしたストーリー展開に終わっている感があります。

(ここからネタバレ)
 このシリーズのおもしろさは、キャリヤである竜崎が懲罰人事で就任した所轄の署長として、他のキャリヤや上司たちの思惑など関係なく、正しいと思ったことを遠慮なく行っていくところにあるのですが、そんな竜崎が次は神奈川県警の刑事部長ですから、本部長に次ぐナンバー2として、どう事件に関わっていくのかが気がかりです。
 戸高や前作で登場した根岸、今作で初めて登場したサイバー犯罪対策班の田鶴など個性豊かなキャラともお別れとなるとちょっと寂しいです。同期の伊丹刑事部長とも警視庁と神奈川県警に別れたならば、関わりを持つことも少なくなるでしょうし、登場が減ると思うと残念です。 
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キンモクセイ  朝日新聞出版 
 法務省のキャリア・神谷が外国人らしい男に拳銃で撃たれて殺害される。隼瀬は警察庁警備局警備企画課の課長補佐を務めるキャリア。彼は神谷が日米合同委員会を担当し、殺害される前に「キンモクセイ」のことを気にしていたという事実をつかむ。神谷殺害の専任捜査を命じられた隼瀬だったが、突然警察庁は捜査から手を引くこととなり、所轄の捜査本部も縮小される。やがて、隼瀬の情報元であった後輩の岸本が自殺して発見される・・・。
 同期の通産省キャリアで気のある鵠沼歩美にいいとこを見せたいがためにキャリアの殺人事件の情報収集をしていた隼瀬が、次第に事件の渦中に足を踏み入れていく様が描かれます。彼と協力するのが同じ警備企画課の課長補佐の水木。隼瀬より年上で出世の道から外れたやる気のない男だと思っていた水木が、情報に触れた自分たちが生き残るためには、その内容を知って公開するしかないとの考えのもと、隼瀬を叱咤します。この水木がなかなかのキャラです。
 日米安保条約の下で締結される地位協定は、沖縄等で米軍人による犯罪が起きると、常に不平等ではないかと指摘されるあの“協定”です。日米合同委員会はその協定を日米間で協議する委員会ですが、果たしてこの事件が日米合同委員会にどう関係しているのか。当然防衛上の機密事項を扱う部門なので、国家機密としてうやむやにされてしまうのではないかと予想されたのですが・・・。それにしても、あんなことで殺し屋が雇われて、キャリアが殺されることなんてあるの?と絵空事の話だと思ってしまうのは、現実を知らない能天気な平和惚けなんでしょうかねえ。
 後半の警察に追われる隼瀬の逃避行がハラハラドキドキ感いっぱいです。警察内の果たして誰が味方で誰が敵なのかという隼瀬の疑心暗鬼の中、明かされる事実にもビックリでした。 
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清明 隠蔽捜査8  ☆  新潮社
 隠蔽捜査シリーズ第10弾です(長編としては8作目)。警視庁大森署署長から神奈川県警刑事部長に異動となった竜崎が描かれます。
 神奈川県警といえば、他の警察小説でもよく描かれるのは警視庁とは隣同士でありながら仲が悪いこと、そして不祥事が現実にも多いことです。赴任の挨拶に行った神奈川県警の佐藤本部長からは神奈川県警を変えて欲しいと言われますが、キャリア官僚としては異色の竜崎であれば、神奈川県警を変えることができるのではないかと考えるのも無理からぬところです。
 今回は東京都との県境で起こった殺人事件が中心となりますが、プライベートの部分でも東京と異なって車が日常生活に必要だということからペーパードライバーだった妻が運転を習うために行った自動車学校で起こした物損事故をめぐっての県警OBとの諍いが描かれます。退職した警察官の再就職先として自動車学校はよくある話ですが、そのOB・滝口が県警でもやり手だった人物で、彼と竜崎との関わりがこの作品の読みどころの一つとなっています。
 また、新たなキャラクターということでは、神奈川県警刑事部の参事官である阿久津が印象的です。常に沈着冷静で、キャリア的な思考の持主でありながら、どこか竜崎の行動も容認しているようなとらえどころのない存在であり、果たして彼が竜崎の味方となるのか敵となるのか、今作でははっきりしません。
 メインとなる殺人事件は警視庁との合同捜査ということで、今回も幼なじみで同期の警視庁刑事部長の伊丹との掛け合いも描かれます。また、管轄に横浜中華街を抱えるだけあって、今回は中国人犯罪者が登場しましたが、今後も国籍豊かな犯罪者との対決があるかもしれません。 
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黙示  双葉社 
 警視庁捜査三課の萩尾警部補と相棒の武田秋保刑事が活躍するシリーズ第3弾です。
 前作に登場した美術館キュレーターの音川も再登場し、加えて、僕自身は読んだことはないのですが、今野敏さんの「神々の遺品」「海に消えた神々」に登場する私立探偵・石神達彦が登場していますので、今野ファンとしては嬉しい1作でしょう。
 しかしながら、個人的な評価としてはいまひとつ。高級住宅地の家から盗まれたものが伝説の「ソロモンの指輪」ということで、歴史的な蘊蓄が登場人物の口から語られるだけならまだ我慢できますが、伝説上の殺人者集団とかの話も出てきて、あまりに荒唐無稽で「これはいったい何?」と戸惑ってしまいます。更に、そんな大風呂敷を広げた割には、あまりにあっけない真相に更にガクっときてしまいました。 
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焦眉 警視庁強行班係・樋口顕  幻冬舎 
 世田谷区の住宅街で投資ファンド会社を経営する相沢和史が刺殺され、捜査一課の樋口顕が臨場する。警視庁が特捜本部を設置すると、東京地検特捜部の検事・灰谷と荒木が現れる。彼らは先の総選挙で予想を裏切り現職の与党議員を破って当選した野党の衆議院議員・秋葉康一を政治資金規正法違反容疑で内偵中だった。秋葉と相沢は大学時代の友人であり、相沢は以前から秋葉を支援していた関係にあった。殺害現場付近の防犯カメラに秋葉の秘書が映ってもいたことから灰谷らは秘書の身柄を拘束。樋口の証拠不充分の主張に一旦は釈放するものの、逮捕に踏み切ってしまう。検察の強引な逮捕に樋口らは裏に何かあると考えるが・・・。
 警視庁強行班係・樋口顕シリーズ第6弾です。
 今回この作品の中心となるのは、事件の解決過程より、警察と検察との対立の話です。警察が無理な捜査や取り調べを行うことはよく言われ、それが現在の取り調べの“可視化”に繋がっていくわけですが、この作品で描かれるのは警察ではなく検察の強引な捜査です。
 作品の中でも語られていますが、現実にも検察は大物官僚を逮捕するに当たって証拠を改ざんし、結局官僚は無罪になったという事件がありましたが、一般市民からすれば警察ならまだわかるけど検察が不正をするのかという思いがあったのではないでしょうか。この作品では、自分たちの思うとおりにストーリーを描こうとする検察に対し、樋口ら警察が反発してきちんとした捜査をして犯人を見つけ出すというストーリーになっています。
 起訴されれば99.9%有罪になるというのが現在の日本の司法制度の状況です。その起訴の権限を持つ検察官が自分の都合のいい様に事実を折り曲げてしまうのでは、一般市民はたまったものではありません。ましてや、その原因がこのところ政治や行政の世界で流行りの“忖度”では、いったい正義はどこにいってしまうんだと言いたくなります。樋口も上司や同僚の気持ちを推し量り、理解もしますが、決して勝手に思い込んで正義を曲げるようなことはしません。こういう警察官が実際にいて欲しいですよね。 
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オフマイク  集英社
 人気報道番組「ニュースイレブン」に所属する社会部記者の布施と警視庁捜査1課特命捜査係で継続事件を担当する黒川という、記者と警察官という本来相容れない二人が、持ちつ持たれつの関係で事件を追う“スクープ”シリーズ第5弾です。ただ、今野さんのこのシリーズは追いかけていないので、個人的には今までに「ヘッドライン」を読んだだけで、今回が2作目となります。
 継続事件を担当する黒川は捜査二課の多岐川から20年前に起った大学生の自殺事件を調べるよう依頼される。多岐川はその事件が政治家へ切り込む何らかの糸口にならないかと考えているらしい。一方、「ニュースイレブン」のデスクの鳩村は、番組の打ち切りの噂を聞き、布施に知っているか尋ねると、IT長者の藤巻から聞いたと答える。また、それとともに、キャスターの香山恵理子を藤巻が自分の会社に引き抜こうとしていることを知る。自殺事件を調べる黒川は、自殺した大学生があるサークルに入っていたこと、その大学生の前にも同じサークルに入っていた女学生が自殺したことを調べあげ、そのサークルの主催者が藤巻だったことから、鳩村・布施と黒川に接点が生じる・・・。
 やっぱり、このシリーズは布施のキャラでもっている気がします。いつの間にか人の懐の中に入り込んで必要な情報を得ていく布施の能力に今回も驚かされます。普通の人の一歩も二歩も先に進んでいるのですから。
 20年前の自殺事件の真相が今になって明らかになるのは黒川の捜査能力というより、あまりにできすぎの話です。こんなに簡単に20年前の真実がわかるのでは、当時の捜査陣がまったくの無能力だと言っているようなものです。
 IT長者の藤巻ですが、ネット上での過激な発言が物議をかもすなんて、作者はモデルはいないとは言っていますが、思い浮かぶ人がいますよね。 
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探花 隠蔽捜査9  講談社 
  隠蔽捜査シリーズ第11弾です。神奈川県警刑事部長になって2作目となります。
 福岡県警から竜崎の同期であり、同期の中で成績が一番だった八島圭介が警務部長として異動してくる。時を同じくして横須賀の公園で死体が発見され、目撃者のナイフを持った白人が逃げていったという証言から、アメリカ海軍基地の軍人の関与が疑われる。容疑者が米軍関係者だった場合を考え、竜崎が横須賀基地司令官と交渉した結果、海軍犯罪捜査局のリチャード・キジマが特別捜査官として捜査に加わることとなる。そんなとき、娘の美紀の友人から息子の邦彦が留学先のポーランドで警察に逮捕されたという情報が入り、邦彦との連絡が途絶える・・・。
 とかく悪い噂のある八島が福岡県警から異動になった途端、事件関係者が北九州の暴力団と関わりがある人物だとは、あまりにできすぎ感があります。相変わらず周囲に配慮するとか、長い物には巻かれろとはまったく無縁の竜崎が突っ走ります。県警本部長は竜崎の行動をのらりくらりとうまくかわしながら、さすが偉くなる人は違うと思わせますが、部下はたまったものではないですね。その中で、阿久津参事官だけは竜崎に忖度しませんし、未だに敵か味方がわからない不気味な存在です。
 今回は、殺人事件と並行してポーランドに留学している竜崎の息子・邦彦の行方不明事件が描かれます。こちらは海外のことなので、竜崎にはどうしようもなく、既知の外務省官僚に様子を尋ねるだけです。これは思わぬ結果に終わるわけですが、邦彦も懲りずに面倒かけますねえ。
 同期の成績で、竜崎が警視庁の伊丹刑事部長より下だったとは意外です。
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無明 警視庁強行犯係・樋口顕  幻冬舎 
 警視庁強行犯係・樋口晃シリーズ第7弾です。
 新聞記者の遠藤から樋口に対して千住署で起こった事件の話がもたらされる。荒川の河川敷で高校生の水死体が見つかり、所轄の千住署は早々に自殺と断定したが、両親は、事件前に彼が旅行の計画を立てており、また、遺体の首筋にはひっかき傷があったということで、自殺には納得していないという。更に両親が司法解剖を求めたのに、千住署の刑事に断られただけでなく、恫喝されたという。樋口から話を聞いた上司の天童管理官は、藤本刑事と二人で別行動で事件を調べるよう指示する。千住署に赴いて事件を調べ始めた樋口たちに対し、最初は友好的だった千住署の刑事たちもやがて猛反発するようになり、なぜか樋口たちの独自行動を知った石田理事官からは激しく叱責され、懲戒免職もほのめかされる・・・。
 警察という組織は階級社会だという印象が強いのですが、その階級社会とは違うところで権力を持つ者がいるのでしょうか。
 千住署が自殺と済まそうとした理由がはっきりとは語られません。例えば、殺害に警察の関係者が関わっていて、それを隠蔽するために自殺とすぐに断定したというならわかるのですが、仕事を増やしたくなかったというのでは小説的に面白くはありません(まあ、現実はそんなものかもしれませんが)。それに、真実が分かった時点で、千住署の責任問題はどうなったのでしょうか。被害者の両親を恫喝するなんて、謝って済む問題ではありませんが、どういう責任になったのかが描かれず、すっきりしません。
 ともかくも、上司にクビだと脅されても正しいと思うことを曲げない樋口に、そしてそんな樋口を護ろうとする直属の上司である天童管理官に拍手です。普通なかなかこんな上司はいませんよ。 
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審議官 隠蔽捜査9.5  新潮社 
 隠蔽捜査シリーズ第12弾です。今回は短編集。表題作他書下ろし1編を含む9編が収録されています。
 冒頭の「空席」は竜崎が神奈川県警刑事部長に異動になり、新署長が着任するまでに起こった事件に奔走する大森署員を描きます。ラストで竜崎に代わる大森署の新署長が登場します。
 「内助」は竜崎の妻の冴子を主人公にした作品です。夫が署長を務める大森署管内で発生した殺人事件を推理します。
 「荷物」は竜崎の息子、邦彦が主人公の作品です。これも「内助」と同じく竜崎がまだ大森署長のときの話です。留学生から自分の代わりに友人から荷物を受け取ってもらいたいと頼まれた邦彦でしたが、その中身が覚醒剤らしいと知って、かつて自分がヘロインの所持・使用で父親に迷惑をかけたことから、再び父親に迷惑をかけるのではないかと悩みます。
 「選択」は竜崎の娘・美紀を主人公とする作品です。これもまた竜崎が大森署長の時の話です。通勤途上の駅で女性から痴漢と指摘された男が逃げるのを捕まえた美紀が、男からは名誉棄損だと警察に訴えられ、会社では上司から仕事より痴漢を捕まえることを優先したのは大切な仕事を担当しているという自覚が足りないと非難されます。
 「専門官」は神奈川県警刑事部長となった竜崎に対し、前刑事部長の頃からキャリアに反感を持つ専門官(警部待遇の警部補)である矢板が問題を起こすのではないかと危惧する幹部たちを描きます。
 「参事官」は本部長から折り合いの悪いと噂のある阿久津参事官ともう一人の参事官である平田組織犯罪対策本部長との仲をどうにかしろと言われた竜崎を描きます。
 表題作である「審議官」は前作「隠蔽捜査9 探花」で描かれた横須賀で起きた殺人・死体遺棄事件で米海軍犯罪捜査局(NCIS)の特別捜査官リチャード・キジマが東京で捜査をしたことに対し、警察庁長官官房の審議官から責任を追及された竜崎の対応を描きます。
 「非違」は竜崎が異動し、新署長である藍本百合子が赴任してきたあとで、方面本部の野間崎管理官に指摘された戸高の問題に対処する大森署幹部を描きます。藍本新署長の対応が見事です。
 「信号」は唯一の書下ろしです。県警本部のキャリア会での本部長の発言に対し、ノンキャリアの交通部長に詰め寄られた本部長から助けを求められた竜崎が取った対応が描かれます。
 「空席」で登場した大森署新署長の藍本百合子ですが、目を引くほどの美貌の持ち主というだけでなく、「非違」で描かれたように竜崎とはまた違った見事な対処の仕方をする人物であり、今後シリーズの中にも登場してくるかもしれないですね。Wikipediaによると、すでに今野さんの別作品「カットバック警視庁FCⅡ」等に登場しているようです。 
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署長シンドローム  講談社 
 隠蔽捜査シリーズの主人公・竜崎が大森署から神奈川県警刑事部長に異動になり、後任の署長としてやってきた藍本小百合を主人公に据えた作品です。語り手は副所長の貝沼悦郎。
 この藍本署長ですが、前任の竜崎と同様、キャリア警察官。それに加え、誰もがつい見惚れてしまうほどの圧倒的な美貌の持主という設定です。そのため、用もないのに何かと理由を付けて方面本部長などのお偉い人が藍本署長に会いに大森署を訪れて、貝沼ら大森署幹部としては大迷惑を被っています。そんな大森署に本部の安西組織犯罪対策部長がやってきて、羽田沖での外国人の薬物・銃器の取引を摘発するため、前線本部を大森署に設置することになります。戸高ら大森署の面々も捜査に駆り出されるが・・・。
 最近では女性の外見のことをたとえ“美貌"であると褒めたとしても、“ルッキズム“と批判されるので、いつもはうるさい幹部たちが藍本が美貌故に何も言わないと描くとなれば、この作品も批判されそうですね。でも、藍本署長は、自分の美貌に男たちが参っていることを承知の上でうまく自分の考えを通すことに利用している賢い女性という感じがします。ラストのあるものを巡っての幹部たちの議論の中でも合理的で頭が切れる一面を見せています。
 この作品には、藍本署長に加え、新たに大森署に配属された刑事になったばかりの山田太郎というキャラが登場します。外見はぼ―っとした気が利かない感じの刑事ですが、彼は見たものを画像として記憶できる、いわゆる映像記憶能力を持っており、今回、この能力が事件の解決に大いに発揮されます。
 この藍本署長と山田太郎のキャラはこの作品だけで終わらせるのはもったいない。シリーズ化されるのでしょう。 
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遠火 警視庁強行班係・樋口顕  幻冬舎 
 警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ第8弾です。
 奥多摩の山中からシーツにくるまれた若い女性の全裸死体が発見される。調べを進めると、被害者は渋谷署の少年係が職質をしたことがあり、売春を疑っていた女子高校生・梅沢加奈であることが判明する。更に加奈は渋谷に集まる女子高校生の集団“ポム"のメンバーであることがわかり、そのリーダーである山科渚や被害者の友人である女子高校生・成島喜香から事情を聴取するが売春の証拠は出てこなかった。その後、喜香に呼び出され話を聞きに行つた樋口だったが、樋口と喜香がベンチで話している写真が「捜査中に美少女と密会」としてSNSで拡散することになる・・・。
 男親と娘とはなかなか理解しあえないものですが、樋口と娘の照美の間も彼女が議員の事務所に勤務するようになってから少しずつ改善されてきたようです。今回は照美より更に若い女子高校生が事件関係者になるのですから、なお一層彼女たちが何を考えているのか樋口たちに理解できないのも無理ありません。
 しかし、今回も樋口の懐の深さというか、敵を作らない人扱いのうまさという能力は遺憾なく発揮され、樋口に敵対していた者もいつの間にか樋口側に取り込まれてしまいます。そんな樋口だからこそ、最後には事件が解決できたのでしよう。
 題名の「遠火」とは遠くに見える火という意味ですが、作者の今野さんがこの題名に込めた意味はどういうことなんでしょうか。ここはちょっとわかりませんでした。
 最近では警官が手を出せないことをわかって警官にわざと絡んで、それをスマホで撮影してSNSにアップする不逞の輩がいることがこの作品の中でも語られますが、警察官も大変ですね。 
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一夜 隠蔽捜査10  新潮社 
 シリーズ第13弾。今回は有名作家の誘拐事件の解決に臨む竜崎が描かれます。
 小田原署管内で作家の北上輝記が誘拐される事件が起き、作家の名前さえ知らない竜崎だったが捜査本部が立ち上がった小田原署に詰める。そんなとき、北上の友人だという作家の梅林賢が北上が誘拐されたのではないか、自分の知恵を貸すと申し出てくる。北上の大ファンである佐藤県警本部長から尻を叩かれ、一方、梅林のファンである伊丹刑事部長からはうらやましがれる。家庭では息子の邦彦が留学先のポーランドから帰ってきて、早く映画作りの現場に出るため、東大を辞めたいと言い出し、妻の冴子から考え直すよう息子と話をするよう言われる・・・。
 竜崎は事件解決のために梅林の考えを聞くとともに、プライベートの息子の相談もします。普通、協力すると一般人から申し出ても、警察がその申し出に乗ることはないでしょうね。そこが竜崎らしいといえば竜崎らしいところなんでしょうけど。それにしても、登場する二人の作家とも、それなりに有名な作家らしいのに、名前さえ知らないという竜崎は世間からかなリズレているといえます。でも、それがどうしたという竜崎の前では有名作家に会って喜ぶ本部長や伊丹の方がおかしいと思ってしまうのですから不思議ですよねえ。
 事件の様相は途中でだいたいわかってしまうので、ミステリー的にはいまひとつです。今作では竜崎をライバル視する警務部長の八島やちょっと正体の捉えどころのない阿久津参事官があまり前面に出てこなかったのが、物足りなかったかなあ。 
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