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近藤史恵の本棚

  1. サクリファイス
  2. タルト・タタンの夢
  3. 賢者はベンチで思索する
  4. ヴァン・ショーをあなたに
  5. エデン
  6. サヴァイヴ
  7. 天使はモップを持って
  8. モップの精は深夜に現れる
  9. モップの魔女は呪文を知っている
  10. ダークルーム
  11. 三つの名を持つ犬
  12. モップの精と二匹のアルマジロ
  13. モップの精は旅に出る
  14. マカロンはマカロン
  15. ときどき旅に出るカフェ
  16. インフルエンス
  17. 震える教室
  18. わたしの本の空白は
  19. 歌舞伎座の怪紳士
  20. たまごの旅人
  21. おはようおかえり
  22. それでも旅に出るカフェ
  23. ホテル・カイザリン
  24. 間の悪いスフレ

サクリファイス  ☆ 新潮社
 いや~おもしろかったです。いろいろなサイトで評判がよかったので読んでみたのですが、期待に違わぬおもしろさでした。最近とみに大部になってきたミステリー小説の中では、250ページにも満たない作品ですが、その少ないページは読みどころ満載でした。今年のミステリーのベスト10の上位に評価する人もいるのも無理のないところです。
 物語は自転車のロードレース界が舞台です。この作品の主人公は、高校時代は陸上競技で将来を期待されながら、大学入学に際し陸上をやめ、ロードレースの世界に飛び込んだチカこと白石誓。彼は今ではチーム・オッジに所属する若手選手。エースの石尾、若手でエースの座を狙う自信家の伊庭、そして赤城、篠崎らチームの先輩ら、それぞれの思惑の中で、競技は進んでいきます。
 ロードレースのことは“ツール・ド・フランス”の名前くらいは知っていても、ルールさえ知らず、単に一番早くゴールに入った人が勝利者だと思っていたのですが(確かにそうですが)、単にそれだけでなく、難しい駆け引きがあることをこの本を読んで知りました。風圧が一番かかる先頭を順番に交代をするのがマナーだなんて思いもしませんでしたし、チームのエースのために自己を投げ出すアシストという立場の人がいるなんてまったく知りませんでした。個人競技というより団体競技の要素が大きいのですね。
 スポーツ小説というと、最近の「一瞬の風になれ」にしても「風が強く吹いている」にしても清々しいという印象がありますが、この作品では、人間同士のどろどろとした思惑がぶつかり合います(それが当たり前ですが)。そんな人間たちがエースではなくエースを勝たせてもなんら脚光を浴びないアシストに徹するというには、よほどしっかりとした気持ちを持っていないとできないですよね。そんなアシストに徹する主人公のチカはかっこよすぎです。誰でも、やはりエースになりたいという気持ちが生じるのは当たり前です。そういう点では、はっきりエースの座を目指すことを公言している伊庭は、自分に正直に生きている人間で割りと好きです。
 ロードレースを描いたスポーツ小説であると共にミステリー小説でもありますが、ミステリーの部分も真相が二転、三転で楽しむことができました。
 「サクリファイス」とは日本語で「犠牲」ということです。てっきりアシストのことを言っているのかと思ったのですが、近藤さん、そんな単純な理由で題名をつけたわけではなかったですね。終盤思わぬ事実が明らかになることにより、「サクリファイス」という題名の本当の意味がわかります。こんな自己犠牲があるのかと悲しくなってしまいましたが、前向きのラストに救われました。感動です。おすすめ。
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タルト・タタンの夢  ☆ 東京創元社
 カウンター席7つ、テーブル5つという小さなフランス料理店を舞台に、そこに来る客の抱える謎を日頃無口なシェフが鮮やかに解き明かす7編からなる連作短編集です。
 フランス料理店を舞台にしていますから、当然作品中にはフランス料理が出てきますので、グルメの読者には謎の解決とは別に楽しめる作品でしょう。しかしながら、フランス料理とはほとんど縁のない僕にとっては、フランス料理の名前が出てきても、どんな料理か頭に思い描くことができず、何のことやらという状態。“シュークリート?”“グリエ?”等々、そもそも言葉自体がわかりません。謎がフランス料理と関わっている場合には、まったくお手上げでした。残念ながら、そうした点ではこの作品集の持つミステリとは別の面のおもしろさを味わうことができませんでしたね。
 ミステリとしては、“常連客はなぜ体調を崩したのか”“偏食がひどい客の妻の手料理はなぜひどいのか”“お菓子の中に入れたはずの人形はなぜ消えたのか”など、日常の謎系の話です。なかでは妻が突然家を出て行ってしまった理由を解き明かす「オッソ・イラティをめぐる不和」が男としては、そしてチョコレートの詰め合わせの数がなぜ素数なのかを解き明かす「割り切れるチョコレート」が母を持つ子として胸に応えます。
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賢者はベンチで思索する 文春文庫
 久里子はファミレス・ロンドでバイトをしているフリーター。久里子が働くファミレスには、いつも同じ窓際の席に座り、何時間も居座る国枝という名物老人がいた。この物語は久里子と国枝との出会いと別れを3つの短編を通して描いていきます。
 3つの短編は、それぞれ、近所で起こる犬への暴力事件の謎、ロンドで出された料理が変な味がすると客から文句を言われる事件の謎、ロンドの常連客の子どもが誘拐されるという事件の謎を描きますが、それ以上に3つの話を通じて存在する大きな謎は、国枝という人物の正体です。ときには認知症のように見え、ときには鮮やかに謎を解く、また、見栄えも背を丸めていかにも老人といったときもあり、はたまた品のいい服を着こなす初老の紳士然としたときもあるという、不思議な男性です。ミステリという形式をとっていますが、デザイナーを目指していたが就職先がなくしょうがなくフリーターしているという久里子が、この不思議な老人と付き合っていくうちに成長していく姿を描いた作品でもあります。
 この二人とともに、重要な登場人物(?)が二匹の犬。人懐こい雌犬のアンと、無愛想な雄犬のトモというコンビで久里子の心の支えになります。
 柴田よしきさんの文庫本解説では、続編が既に刊行されているとありますが、この終わり方で、どんな続編になっているのでしょうか。これは楽しみです。
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ヴァン・ショーをあなたに 東京創元社
 「タルト・タタンの夢」に続く、フレンチレストラン「ビストロ・パ・マル」を舞台にした7編からなる連作短編集です。
 舞台にしたといっても、今回実際に「ビストロ・パ・マル」が登場するのは最初の5編。そのうち1編は、それまでのギャルソンの高築くんの一人称で書かれたものとは異なって、第三者の語りで描かれています(これがまた“僕”で語られているので、ちょっとややこしい。)。また残りの2編は三舟シェフがフランスで修行中だったときのエピソードを第三者の語りで描いています。そういうわけで、全体をとおしてみると統一感がありませんが、フランス留学中のことは高築くんの語りというわけにもいかないので仕方ないのでしょう。
 レストランが舞台の作品ですので、今回も当然料理のことが出てくるのですが、料理に疎い僕としては、おいしそうと頭に思い描くことができないのが残念なところです。料理好きの読者であれば、もっと楽しむことができるでしょうね。
 7編の中では表題作の「ヴァン・ショーをあなたに」が心ホロッとさせる作品です。市場で最も美味しいといわれていたおばあさんのヴァン・ショーが作られなくなった理由は?という話で、フランスの地で日本人である三舟シェフの推理が冴えわたります。読後感が良いです。読後感が良いということでは、もう1編、「ブーランジュリーのメロンパン」もおすすめ。そのほか、三舟シェフの恋心(?)を描いた「マドモワゼル・ブイヤベースにご用心」では、ラスト「三舟シェフ!よく言った!」と拍手したくなってしまいます。
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エデン  ☆ 新潮社
 マイナーな競技である自転車ロードレースのおもしろさを教えてくれた「サクリファイス」の続編です。
 主人公・白石誓は、あれから海外へと活躍の場を求め、現在はフランスのバート・ビカルディに所属しています。そのチームもスポンサーが降り、今シーズン限りでのチームの解散という状況の中、最後のツール・ド・フランスに挑みます。
 今回は、ロードレースに詳しくない僕でも名前を知っていたレース、ツール・ド・フランスが舞台となります。チーム解散を前にして、自分を他チームに売り込むためには目立たなくてはならないが、チームの勝利のためにはエースである者を自分を犠牲にしてサポートしなくてはならないというロードレースという競技ならではの矛盾に悩みながら、果たして誓はどういう行動をとるのかがこの作品のメインとなります。そのあたりの描き方、近藤さん、うまいですねえ。読ませます。この作品は、もうミステリではなく、人間ドラマですね。前作「サクリファイス」ほどではないにせよ、おすすめです。
 それにしても、単にチームの中でエースをアシストするだけでなく、チームを越えてのアシストも行われるとは、びっくりです。ロードレースというのは奥が深いですね。
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サヴァイヴ 新潮社
 「サクリファイス」、「エデン」に続くロードレースの世界を描いたシリーズ第3弾です。今回は短編集で、前2作の前後を描いた6編の作品からなります。これまでの白石誓だけではなく、彼の同僚であった伊庭、赤城が主人公となった作品が収録されています。
 冒頭の「老ビプネンの腹の中」と最後の「トウラーダ」は、白石誓を主人公にした彼のその後を描く作品です。
 「スピードの果て」は、日の前で起こった事故を目撃した伊庭が、事故のトラウマから立ち直っていく様子を描く作品です。
 「プロトンの中の孤独」、「レミング」、「ゴールよりももっと遠く」は、雑誌「Story Seller」に収録された作品ですが、赤城を主人公に「サクリファイス」より前の話が描かれています。「サクリファイス」に繋がる作品であり、エースであった石尾のひととなりを窺い知ることができる作品です。
 第1作ではミステリーとしての色合いが強かったのですが、第2作以降はロードレースの世界に住む人々の人間ドラマという部分が前面に出てきました。今回はもうこれはミステリーというより人間ドラマといった方がいいです。チームのエースを勝たせるためにはアシストは自分を殺さなくてはならず、だからといって、その貢献が賛辞を浴びるものではなく、常に日が当たるのはエースだけというロードレースならではの特殊性が人間ドラマとして描くのに向いているのでしょう。
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天使はモップを持って 文春文庫
 大介は、4月に入社したばかりの新入社員。課長のほかの同僚社員4人はすべて女性という中で、いじられながら毎日を過ごしています。ある日、いつもより早く出勤した大介はビルの清掃員の女の子キリコと出会います。
 大介が遭遇する会社の中での事件を清掃員とは思えない格好をした魅力的なキリコと、人の良い大介とのコンビが解決するという連作短編集です。二人が謎を解く事件は、突然大介の机から大事な書類が消えてしまった事件、会社の中を回っている保険外交員のおばさんが殺された事件、マルチ商法に加担している同僚を非難していた女性社員が自らマルチ商法に手を染めようとする事件、派遣社員の女性が給湯室で襲われた事件、会社のロッカールームにひよこがいた事件、ある課長の机の上に置いてあった娘へのプレゼントのぬいぐるみが無惨に切り裂かれた事件、トイレが汚されることが連続した事件の7件です。オフィスの中での日常の謎に留まらず、殺人事件も起きます。
 ラストの「史上最悪のヒーロー」は、それまでのキリコと大介コンビで事件を解決するパターンとは異なり、大介の独白で話が進みます。事件が起きるわけではありませんが、作者は読者に対してもある仕掛けをしています。ある意味ミステリらしい作品となっています。
 「ゴミ箱の中身は、無防備にその人をさらけ出す。」まったくそのとおりかもしれません。
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モップの精は深夜に現れる 文春文庫
(第1作を読んでいない人にはネタばれあります)

 清掃人のキリコが事件を解決するシリーズ第2弾です。
 4編からなる短編集です。シリーズ第1作では、主人公大介が勤める会社の中で起きる事件をキリコが解決をしていくというスタイルでしたが、二人が結婚したということもあってか、舞台は大介の会社からキリコが清掃に派遣される会社へと変わります。残念ながら前作のような賢いキリコといじられ役の大介というコンビが見られないのは残念です。ただ、収録作品は、家では娘との間がギクシャクしている課長がキリコの力を借りて課内に漂う雰囲気の裏側にある企みに気付く「悪い芽」、女性社長以下女性5人の小さな編集プロダクションを舞台に猫の毛アレルギーの社長が死んだ謎を解く「鍵のない扉」、二股をかけられたモデルが追い打ちをかけられるように濡れ衣を着せられた謎を解く「オーバー・ザ・レインボウ」と、どれも前作同様、会社(あるいは事務所)という働く場所での人間関係から生まれる事件を描くところは同じです。身近にあるよなあ~こんなこと、と思う描写に頷くこともあります。
 ラストの「きみに会いたいと思うこと」だけは、大介の語りで話が進みますが、これもコンビで事件を解決するという話とはなっていません。謎解きというよりは、大介・キリコの夫婦の話を描いたもので、それはそれでシリーズファンとしては気になるところです。
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モップの魔女は呪文を知っている 実業之日本社文庫
 4編が収録されたシリーズ第3弾です。今回は相棒の大介はまったく登場しないところはシリーズファンとして残念なところです。
 この連作集では、キリコが掃除に行った場所での事件を解き明かすというこれまでの形とは異なる作品があったり、いわゆる“倒叙もの"の作品があったりで、前2作とはちょっと異なる作品集となっています。
 「水の中の悪魔」は、みんなが帰った後に素っ裸でプールで泳ぐことを楽しみにするスポーツクラブのインストラクターを主人公に、プールでトレーニングをしていた人が火傷をおう謎を、「愛しの王女様」は、ペットショップで見た猫を買うために生活費も切りつめバイトに精を出す女子大生を主人公に、ようやく手に入れた猫がいつの間にか他の猫にすり替わった謎をキリコが解いていきます。
 「第二病棟の魔女」はこの連作集の中でメインともいうべき、ほぼ半分近くのページを占める作品です。子どもが嫌いなのに小児科に配属されてしまった新米看護師が、子どもたちとのコミュニケーションがうまくいかない中、病院内で魔女を見たという子どもたちの噂を聞いて、その正体を暴こうとします。この作品では、小児科病棟での子どもの患者と母を巡る事件を描くとともに、キリコに降りかかったある状況が語られていきます。シリーズファンにとっては切ない事実が明らかにされます。いつものキリコとはちょっと違うキリコの姿を見ることができます。
 ラストの「コーヒーを一杯」は、いわゆる“倒叙もの"で犯人の視点で書かれた作品です。犯人が犯行を悟られないと思ったのになぜキリコにはわかったのか、その謎解きはなるほどと思わせられます。
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ダークルーム 角川文庫
 様々な雑誌等に掲載されたノン・シリーズ作品を集めて文庫化した短編集です。発表時期はデビュー直後から今回の文庫化のための書き下ろしまで、内容もミステリーあり、ホラーあり、ラブ・ストーリーありという多彩な作品集となっています。
 冒頭の「マリアージュ」は、フランス料理店に毎日一人でやってくる若い女性と彼女に恋するシェフを描きます。彼女が店を訪れる理由があまりに悲しく、この作品集の中で一番印象に残りました。真実がシェフの友人の言うとおりであったならいいのにと思う作品です。
 表題作の「ダークルーム」は、写真の専門学校で知り合い同棲を始めた彼女が突然姿を消してしまった理由を彼が知るまでを描きます。暗い作品が多い中で、この作品と、有名な伯父の絵を盗作したと非難された青年の部屋で見たものが明らかとなる「過去の絵」が、ラストにほっとさせる作品となっています。
 唯一書き下ろしの「北緯60度の恋」は、ある女性に復讐しようとする女を描くのですが、復讐の方法というのが、ちょっと男では考えられそうもありません。
 そのほか、自分勝手な男に対して女性の執念を感じさせる「コワス」、女性の読者にとっては痛い話であり、腹も立てるであろう「SWEET BOYS」、この作品集の中で一番ミステリー色が強い「水仙の季節」、友だちになろうとした女の子から思わぬ悪意を向けられて戸惑う「窓の下には」が収録されています。
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三つの名を持つ犬 徳間文庫
 愛犬エルとの生活を綴ったブログが人気となり、今では様々な媒体での仕事が舞い込み始めた草間都だったが、ある日、不倫相手との逢瀬で家を離れている間に、エルが事故で死んでしまう。エルがいなくなって仕事がなくなることを恐れた都は、たまたまホームレスの飼い犬がエルにそっくりなことを知り、その犬を誘拐、その際、ホームレスは連れ去られる飼い犬を見て道路に飛び出し車に轢かれて死んでしまう。都はその犬をエルとして飼い始めるが・・・。
 短絡的な思考の女性だと読んでいて腹立たしくなりました。まあ、犬がいなくなれば生活の糧がなくなるとの深刻な思いがあったのでしょうが、それにしてもです。―つの嘘を隠すために嘘を重ね、最悪の事態になっていく、よくあるパターンは、この話でも同じです。
 都と並ぶもう1人の主人公が、江口正道。彼は、死んだ両親が残したお金で就職もせずに遊び歩き、結局はFX(外国為替証拠金取引)に手を出してお金を失い、今では、振り込め詐欺の末端の引出し役をしているという男。彼が都の犬がホームレスの犬であることに気付き、都を脅迫しようとします。これまた、読んでいて腹立たしくなる男です。
 読み切った後思うのは、どこかで思い止まっていればということ。どこかで思い止まればやり直しもきいたのでしょうが、なかなかそう思いきれないのが人間の弱さでしょうか。彼女は最終的にある決断をするのですが、ホームレスの死ということを考えると (それが直接彼女が手を下したのではないにしても)、彼女に共感はまったくできません。
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モップの精と二匹のアルマジロ  実業之日本社文庫 
  お掃除人キリコシリーズ第4弾です。
 大介が関連会社に出向となり、その関連会社が入っているオフィスビルが現在のキリコの勤務場所だったことから、二人はまた同じ場所で働くとととなる。ある日、出勤した大介は掃除をしているキリコを陰から見ている女性に気がつき声をかける。その女性・越野真琴
は夫の会社での盗難事件を解決したキリコの評判を聞き、同じビル内のシステムキッチンのメーカーで働く夫の身辺調査をしてくれないかとキリコに依頼する。夫の越野友也はビル内で働く女件たちに評判のイケメン。キリコは真琴の依頼を引き受け、友也のあとをつけるが・・・。
 自分には不釣り合いなイケメンが合コンの席で他に美女がいるのに自分に声をかけ、更には結婚までしたということで自分に負い目を感じている妻が、残業のないはずの夫が残業だと言って毎日遅く帰宅することから、浮気をしているのではないかと疑ったことが事件の発端となります。なんだか、そう考えてしまう奥さんがかわいそうですね。更には友也が事故にあって結婚生活を含めた3年間の記憶を失ってしまったことから、事はややこしくなっていきます。
 ミステリ的な謎解きという要素は少なく、物語はキリコと大介が力を合わせて不可解な友也の行動を探っていく様子が描かれていきます。友也の行動からてっきり真相はあれかなと推理したのですが、そこは作者のミスリードにうまくやられました。明らかになった事実は僕自身も知らなかったことなので、そんなものかなあという感想しか持つことはできませんが、それに付き合わされる真琴としてみれば、たまったものではありません。
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モップの精は旅に出る  実業之日本社 
  清掃人キリコシリーズ第5弾です。4話が収録された連作短編集です。
 英会話学校で事務を執る翔子に突然、生徒の中沢から婚姻届の用紙が送られてくる。それにはあとは翔子の署名捺印をすればいいだけ。まったく身に覚えのない翔子は戸惑うが、その夜、中沢は転落死してしまう。英会話学校の入るビルに清掃に来ているキリコが事件を調べると・・・(「深夜の歌姫」)。
 新たに英会話学校に入ってきた新聞社に勤める三菜子。学校の人気講師であるハンソンがしきりに三菜子に声をかけるが、彼の取り巻きの生徒たちは面白くない表情を浮かべる。やがて、三菜子が取り巻き連中に虐められていると他の講師から指摘された翔子は三菜子にそれとなく尋ねるが否定されてしまう。翔子から相談を受けたキリコは英会話学校に生徒として入るが、そんな中、学校から出た三菜子が刺されるという事件が起きる・・・(「先生のお気に入り」)。
 売れない小説家である森田は大学時代の友人に誘われてコワーキングスペースを仕事場にしていたが、ある日、仕事場仲間の畠山が突然倒れて意識不明となる。畠山は糖尿を患っており、キリコがゴミ箱から見つけたペットボトルの容器から、誰かが畠山が飲んでいるペットボトルの中身を糖分が含まれているものに入れ換えたのではないかとの疑惑が浮かび上がる・・・(「重なり合う輪」)。
 福岡に住むキリコの姉がくも膜下出血で倒れて死亡する。葬式後、キリコは部屋に引き寵もるようになり、やがて旅に出たいと家を出る。大介はキリコと姉の間に何かがあったのではないかと心配するが・・・(「ラストケース」)。
 3話目までは、いつもどおり、キリコが掃除をするビルで起こった事件の謎をキリコが解き明かすというパターンですが、ラストの「ラストケース」は、それらとは異なりキリコ自身のこと、これまであまり語られていなかった家庭の事情が描かれます。近藤さんが書かれたあとがきによると、キリコシリーズも今作を待って終わりということがあって、「ラストケース」が書かれたのでしょう。謎解きよりも、キリコとこんないい男いるかと思うほどの善人の大介とのほのぼのとした開係が好きで読み続けていましたが、これで終了とは残念です。いつかまた再開されることを期待したいですね。
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マカロンはマカロン  東京創元社 
 フランス料理店「ビストロ・パ・マル」を舞台に、シェフの三舟が来店する客たちの“日常の謎”を解き明かすシリーズ第3弾です。表題作を含む8編が収録されています。
 どれもが素敵な謎解きがなされるのですが、いまひとつ物語の中に入って行けないのは、前2作のときと同様、僕自身がフランス料理のお店に行くことがほとんどないし、フランス料理の知識もないからでしょう。フランス料理の名前はもちろん、料理の説明がされても頭の中にどんな料理かがまったく浮かびません。「このカタカナ語は何のこと?」ということばかりです。でも、フランスレストランに行き慣れている人なら、おいしそうなフランス料理の数々に舌鼓を打ちながら謎解きのおもしろさを堪能できるかも。
 8編の中でのお気に入りは「ムッシュ・パピョンに伝言を」と「タルタルステーキの罠」です。
 大学の教師の西田がイタリアに研修で滞在していたとき、アパートの1階にあったパン屋の女主人と恋仲になるが、彼女はある日西田にプラリーヌ入りのブリオッシュを渡し、病気で手術を受けると言って姿を消してしまう。後日、彼女の行方を捜して大家を訪ねるが、大家は西田に彼女は自殺したと告げる(「ムッシュ・パピョンに伝言を])。胸が熱くなるラストとなりますが、この謎は三舟シェフでなければとても解くことはできません。“ブリオッシュ”と言われても何のことやらです。
 店に現れたお稽古事の師匠とその弟子、そして妊婦らしい師匠の息子の嫁という3人組の客。予約をした弟子は、通常のメニューに生肉の料理があるかどうかを確認し、ないのならそれを来店の当日のメニューに入れておいて欲しいと依頼する。生肉がダメな妊婦を連れてきたのに、なぜ前もって生肉の料理をメニューに入れておいて欲しいと依頼したのか(「タルタルステーキの罠」)。人の悪意が浮かび上がる作品かと思わせながら、実は・・・というひとひねりが効いた作品です。これは見事です。 
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ときどき旅に出るカフェ  双葉社 
 料理とミステリーというと、近藤さんには「ビストロ・バ・マル」シリーズがありますが、あちらと違ってこちらはカフェなので、基本的に飲み物と簡単な食べ物が中心。“ビストロ・バ・マル”のカタカナの難しい料理と異なって、まだ頭の中で想像することができます。
 主人公・瑛子は37歳、独身のOL。ある土曜日、ふと目にとまった店“カフェ・ルーズ”に入ると、そこは6年前に会社を辞めた葛井円が店長をする店だった。居心地の良さを感じた瑛子は、それ以来店を訪れ、円との会話を楽しむことになるが・・・。
 “カフェ・ルーズ”は、円が世界を旅する中で知った飲み物やスイーツ等を提供し、“旅に出た気分にさせてくれるカフェ”。ここでの円との会話の中から、ミステリというほどでもない、いわゆる“日常の謎”が明らかになってくる話です。探偵役は瑛子ではなく円ですね。
 10編が収録された連作短編集ですが、いわゆる“日常の謎”の種明かしは冒頭の「苺のスープ」から「幾層にもなった心」まで。「おがくずのスイーツ」と「鴛鴦茶のように」は、“日常の謎”の種明かしというより、人の心の中を思いやる話であり、「ホイップクリームの決意」から以降の話は円を巡る争いが描かれます。
 後半、円の個人的なことが語られましたが、まだキャラとしてはおぼろげな感じです。もう少し、“カフェ・ルーズ”での話を読んでみたいですね。 
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インフルエンス  文藝春秋 
(ネタバレあり)
 ある作家に届いた、自分たち3人の女性の30年に亘る関係はあなたの興味を引くという手紙に、作家は差出人の女性に会う。物語はその作家に語る戸塚友梨という女性の一人称で、彼女と日野里子、坂崎真帆の三人の女性の人生が描かれていきます。
 小学生の頃、同じ団地に住むことで仲良くなった友梨と里子。しかし、里子のある一言で彼女の家の複雑な事情を感じ取った友梨と里子の距離は次第に広がっていく。中学生になって団地に引っ越してきた坂崎真帆という女の子と仲良くなった友梨だったが、ある日、友梨の家から帰る途中で男に襲われた真帆を助けるため、友梨は男が落とした包丁で男を刺してしまう。翌日、里子が男を殺した犯人として逮捕され、里子は犯行を認める・・・。
 とにかく、3人の女性(女の子)たちの行動がまったく理解できません。友梨が里子の苦悩をわかっていながら助けることをしなかったから、あるいは自分の身代わりとなって罪を引き受けてくれたからといっても、人を殺す依頼を引き受けるなんて、普通は考えられませんし、また、それを知った真帆が友梨の代わりに殺人を行うなんて、いったいこの3人はどういう思考回路を持っているんだろうとしか言えません。友梨という女性はいいように里子や真帆に操られているだけとしか言いようがありません。確かに、こんな普通ではない異常な3人の関係は話のネタになりそうです。
 彼女らにまったく共感することもなかったのに、いっき読みでした。近藤さんのリーダヴィリティのなせるところでしょうか。
 ラストに作家があることを明らかにするところはミステリーとしての一面を見せてもらいました。 
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震える教室  角川書店 
 女子高を舞台にした学園ホラーです。6編が収録された連作短編集です。
 秋月真矢は志望の私立高校受験に失敗、公立高校の受験の際はインフルエンザに罹ってしまい、結局音楽科とバレー科で評判の女子高・凰西学園の普通科に入学することとなる。そこで同じクラスになった相原花音と友人になるが、なぜか真矢と花音が手をつなぐと、この世とあの世の境界線を越えて、幽霊が見えるようになる。
 6編で語られる怪異は、ピアン教室で虚空から伸びる血まみれの手(「ピアノ室の怪」)、女子高校生のスカートをつかむ痩せ細った手(「いざなう手」)、女子高校生の肩に乗ったハムスターのような白いふわふわとしたもの(「捨てないで」)、ヒステリックに騒ぐ女教師の横に見えるポニーテールの少女「(屋上の天使」)、保健室のベッドで寝る首のない女子高校生(「隣のベッドで眠る人」)、学園のプールで足を引っ張って水の中に引きずり込むもの(「水に集う」)ですが、さらっとした描き方のせいか、どれもそれほどの恐怖は感じられません。真矢と花音が手をつなぐとなぜ怪異なものが見えるのかの種明かしもされずに終わるのも、尻切れトンボです。 
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わたしの本の空白は  角川春樹事務所 
 目覚めた時は病院のベッドの中。どうしてここにいるのか、そもそも自分は誰なのかがわからない“わたし”は個室にかけられた名札を見て、自分の名前が三笠南だということを知る。部屋に現れた男性は、自分は“わたし”の夫だという。“わたし”は夫に連れられて家に戻ったが、夫だと名乗る男性に違和感を覚えてしまう・・・。
 階段から落ちて記憶を失った女性が、自分が結婚をしていること、そして夫だと現れた男性に違和感を覚え、逆に夢に出てきた男性に心惹かれるものを感じたことから始まる物語です。記憶をなくし、目覚めたときに置かれた状況に違和感を覚えるというのはミステリーにはよくあるパターンです。家族だと名乗っていた人物たちが実は家族ではなく、主人公の財産を狙っている等々ありがちな話ですが、ここではそのパターンではありません。ただ、なにか捻りが効かせてあるのかと期待したのですが、残念ながら期待したほどのものはありませんでした。そもそも南がこういう状況に置かれることに甘んじたことが理解できないし、夫の慎也の行動も、それを許す義姉の祐未の考えも理解できません(ネタバレになるので詳細は書けませんが)。途中で登場する渚のこの物語の中での位置づけもよくわかりません。渚が登場する必要があったのでしょうか。 
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歌舞伎座の怪紳士 徳間書店 
 岩居久澄は会社勤めをしていたときにセクハラに遭い、パニック障害を起こして会社を辞め、今は働いている母親の代わりに家事と別居している姉・香澄の飼い犬の世話をする毎日を送っている。ある日、祖母から舞台等のチケットをもらっても観に行くことのできないときに代わりに観て感想を送って欲しいと頼まれる。最初に頼まれたのは歌舞伎座での歌舞伎の公演。そこで久澄は他人のバックの中の飲料水を入れ替えた女性に気づいて動揺する。彼女の様子を不審に思った隣の席の初老の男性から事情を聞かれた久澄は自分が目にしたことを話す・・・。
 これまで歌舞伎は一度も観たことのない僕にとっては、歌舞伎の魅力はまったくわからないので、久澄がのめり込んで、その魅力を語る様子に共感ができないのはちょっと残念です。
 物語は、アルバイト感覚で祖母の代わりに行った歌舞伎の公演に魅せられ、歌舞伎にとどまらずミュージカルや現代劇を観る喜びを知った久澄が過去の出来事から次第に立ち直っていく様子と、なぜか観劇のたびに劇場で起こる不思議な出来事をこれまた観劇のたびに出会う初老の男性・森口とともに解決していく様子を描いていきます。最後は題名にある“歌舞伎座の怪紳士”である森口の正体(!)がわかってハッピーエンドの話です。 
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たまごの旅人  実業之日本社 
 幼い頃から遠くの世界に憧れ、旅を仕事にしたいと考えていた堀田茜は、夢がかなって旅行会社の派遣社員として旅行添乗員の職に就く。物語はそんな堀田茜を主人公に彼女の最初の海外旅行の添乗から始まる連作短編集です。
 冒頭の「たまごの旅人」では茜の最初の海外旅行の添乗となるアイスランドへのツアーが舞台となります。そこで茜は高校生の頃に行った台湾旅行の添乗員であった女性・宮城に再会します。その旅行での宮城の添乗員としての見事な対応に、彼女のようになりたいと思ったのですが、彼女から添乗員としての現実を知らされることになります。
 次の「ドラゴンの見る夢」はクロアチア、スロベニアツアー、「パリ症候群」ではパリツアー、「北京の椅子」では西安、北京ツアーと、様々な海外旅行の添乗員として、それぞれの旅で自分勝手な旅行客相手に奮闘し、添乗員として成長していく茜の姿が描かれていきます。この物語に登場する困った旅行客って、どこにもいますよねえ。こっちは金払っているんだからと理不尽な要求をする、いわゆるカスタマーハラスメントの客。仕事が好きであっても現実は人を傷つけます。私自身、茜のようには我慢できそうにないですねえ。
 ラストの「沖縄のキツネ」では現在のコロナ禍の状況が描かれます。コロナ禍では旅行業界は大打撃を受け、海外旅行は当然行くことができません。そうなると派遣社員という立場は弱いです。一番最初に切られるのは派遣やパートのような非正規ですから。物語の終わりで、茜はコロナ禍での新たな生き方を考えていきます。頑張ってほしいと声援を送りたくなります。
 それにしても、旅行会社の添乗員が派遣が多いなんて、知りませんでした。 
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おはようおかえり  PHP研究所 
  小梅は母が店主をする田舎の和菓子屋の長女。妹のつぐみは幼い頃から活発で自分の意見をはっきり言う子で、大学生になった今もエジプトに留学したいと奔放に生きていたが、小梅は何かをしたいということもなく、自分が和菓子屋を継ぐのだろうと漠然と思いながら大学に行かず、高校卒業後、家の和菓子屋を手伝っていた。そんなある日、つぐみに43年前に亡くなった曾祖母の魂が乗り移る。曾祖母は曽祖父の浮気相手の女性から自分が書いた手紙を取り戻してほしいという・・・。
 曾祖母の魂がなぜ、つぐみの身体に乗り移ったのかという点についてはまったく語られません。SFではないから、それはそれでいいのでしょうけど、ちょっと消化不良。
 43年後の世界でスマホやクレジットカード、それにICカードまで使いこなしてしまう曾祖母のキャラは強烈。そんなところがつぐみと似ているから、曾祖母はつぐみの身体の中に乗り移ったのかも。
 物語は、ファンタジーの体裁をとりながらも、姉妹のわだかまりから、災害や在日韓国人への差別問題など難しいテーマが盛りだくさんで、その分、一つ一つのテーマが表面をなぞるだけに終わってしまった感もあります。
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それでも旅に出るカフェ  双葉社 
 「ときどき旅に出るカフェ」の続編です。この2作の題名は、カフェ・ルーズのオーナーの葛井円が旅した外国の料理や菓子を出していることから、居ながらにして旅に出た気分になれることからついたらしいです。
 コロナ禍にあって奈良瑛子の会社もテレワーク中心となり、実際に会社に出てくるのもほんのわずかという状況の中、瑛子が足繁く通っていたカフェ・ルーズには休業という張り紙が張られ、しばらく営業をしていなかった。そんなとき、ふと入ったケーキ屋で偶然にも円のことを聞き、カフェ・ルーズのウェブサイトで円がキッチンカーを始めたのを知る。さっそくキッチンカーを訪れた瑛子は円と再会し、彼女が店を再開することを聞く・・・。
 物語は、円が店を訪れる客の抱える悩みを解決していくのが基本的な形です。ただ、最後の3作は円と瑛子が関わった女性を男性より劣っていると考える男(こういう男に限って女性からきちんと言われると言い返せないんですよね)といつも誰かが自分のことを見下していると思っている女の話が語られます。
 こういう料理が登場する作品で困るのが、私自身がグルメでないせいで、登場人物たちは、おいしいと言って食べますが、出てくる料理や菓子の名前を聞いても、あるいは作り方を聞いても、それらの姿かたちを想像できないこと、更に今作は海外の素材を使った料理や菓子が多いので名前も独特で、これはもうどうにもなりません。料理の姿かたちを想像できる人より、この作品の面白さを楽しむことができないかもしれませんね。  
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ホテル・カイザリン  光文社 
 8編が収録された短編集です。内容としては様々ですが、イヤミス、ホラー的雰囲気の作品が多く、全体として暗めの作品集となっています。
 個人的に印象深かったのはやはり、ミステリ、ホラー系の次の作品です。
 「降霊会」・・・文化祭で幼馴染の同級生が突然降霊会を企画した理由をする。その理由は・・・。主人公のあまりに理不尽な言い分に読後感が非常に悪いです。責任を負うのは君だ!
 「甘い生活」・・・人の大切なものを欲しがる少女。ある日、友人が持ってきたボールペンが欲しくなり、友人がトイレに行った隙に隠して知らんふりをする・・・。人のものを欲しがるくせに自分のものになるとすっかり興味を失ってしまうというキャラはよく小説の中に出てきますよね。今回はそのしっぺ返しが大きかったです。
 「未事故物件」・・・引っ越した部屋の上の部屋から早朝に洗濯機を使用する音がして目が覚める日が続き、管理会社に申し立てると、その部屋は現在だれも住んでいないという・・・。物語としてはホラーかと思いましたが、ふたを開けてみると、ホラーより怖ろしい現実だったという話です。
 「ホテル・カイザリン」・・・年の離れた夫から離れて月一度ホテル・カイザリンに泊まることを気休めにする駒田鶴子。そこで出会った女性、八汐愁子と月一度同じ時間を過ごすことを楽しむようになる。そんな時、ある事件が起こり愁子にそれを知られたくなかった鶴子がしたことは・・・。そこまでしてしまう鶴子の気持ちは正直わかりません。
 「孤独の谷」・・・大学教授の白柳は学生の波良原から故郷の纏谷では誰かが謎の死を遂げると、その村のものは、みんな纏谷を出て行く。夫婦は離婚し、兄弟も親子も別々になるという噂があり、父が亡くなったときもみんな違う土地に引っ越したと聞き、理由を調べ始めるが・・・。一度ホッとさせておいて驚かすホラーのパターンですね。 
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間の悪いスフレ  東京創元社 
 “ビストロ・パ・マル”シリーズ第4弾です。いつもどおり、シェフの三舟が“ビストロ・パ・マル”を訪れる客たちの“日常の謎”を解いていきます。
 収録されているのは表題作を始めとする次の7編。
 娘の高校の合格祝いにやってきた親子三人だったが、食事をしているうちにしだいに険悪になっていく(「クスクスのきた道」)。コロナ禍で始めたデリバリーだったが、それなりの値段がする夕食を中学生らしい男の子が一人前買いに来る(「未来のプラトー・ド・フロマージュ」)。コロナ禍で店の営業も厳しい中、オーナーは料理教室を開くこととするが、申し込んだ中で唯一の男性がなぜか機嫌が悪そう(「知らないタジン」)。兄弟で見えた客からシェフお得意の若鳥のフリカッセが料理の得意だった母が作ってくれた懐かしい味を思い出すと言われたが(「幻想のフリカッセ」)。ギャルソンの高築が従弟からパ・マルでプロポーズをしたいと相談され、うまくいくようフランス料理について指南するが(「間の悪いスフレ」)。三舟の知り合いの元料理人で三件のレストランのオーナーである女性から、期待していた若手シェフが辞める前に連れてくるので、業界に残りたくなるような料理を作って欲しいと懇願される(「モンドールの理由」)。フランス料理店を営むシェフから他の店より待遇がいいのにスタッフの入れ替わりが激しい、パ・マルはどうしてスタッフが変わらないのかと聞かれるが(「ベラベッカという名前」)。
 この作品には様々なフランス料理が登場します。いつも言っていますが、フランス料理なんて食べる機会はそうそうないので、料理の名前や材料が出てきても、まったく頭の中で思い描くことができず、美味しそうという思いを抱くことができません。ストーリー上、料理が重要な位置を占める表題作の「間の悪いスフレ」では、スフレがどんなものか分からなかったので、読んだ際は“間の悪い”とはどうしてということがすぐには理解できませんでした。料理の知識のないところが、この作品のような料理が登場する作品を読むのに残念なところですね。 
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