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古処誠二の本棚

  1. 分岐点
  2. 少年たちの密室
  3. アンノウン
  4. アンフィニッシュト
  5. 死んでも負けない
  6. いくさの底
  7. 生き残り

分岐点 双葉社
 第二次世界大戦末期、敗戦の色濃くなってきた中で、主人公たち中学生は親元を離れ、塹壕堀に駆り出される。時折アメリカの戦闘機による機銃掃射が行われる中、同じように動員された女学生とのわずかな時間でのふれあいに喜びを見出す主人公たち。一方ひたすら学んだことを信じ、それを体現しようとする成瀬と主人公たちとの対立。そうした中、中学生たちの指導軍曹が姿を隠す。果たして、脱走したのか、それとも・・・
 ミステリの要素はあまり濃くない。それより、どうして彼はそういうことをしたのかに主眼が置かれている。当時、国民に対しては天皇至上主義の教育がなされ、天皇陛下のためなら自分の命を捨てるという考えを持つことが当然であった。しかし、実際はどうだったのだろうか。
ひたすら軍国少年として「聖戦」の中を生きてきた者にとっては、日本兵が行ったかもしれないことを事実として受け入れることは、今まで生きてきた自分を否定することになってしまうのかもしれない。あまりに悲しい、辛い結末である。
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少年たちの密室 講談社ノベルス
 事故(?)で亡くなった同級生の葬式に行く途中、マンションの地下駐車場で大地震に遭遇し、閉じこめられた教師と6人の高校生。その閉ざされた真っ暗闇の空間の中で、一人の少年が死ぬ。事故か、それとも殺人か。
 大地震で崩れたマンションの地下駐車場。この設定も、ある意味で「嵐の山荘」ものといえるだろう。閉鎖した空間にいる対立した人間たち、他からは犯人が入ってくることはできず、殺人事件であれば、犯人は閉じ込められた者の中にいることになる。閉鎖されているばかりでなく、明かりのない暗闇ということが、いっそう緊迫感を増している。
 僕くらいの歳になると、高校時代というのは遠く過ぎ去った過去であるが、嫌なことは心の奥底にしまわれ、思い出すのは楽しかったことがほとんどである(美化された過去なのだろうが)。そのため、高校生が主人公となると高校生活の雰囲気を感じたくて、読んでみたくなる。初めて購入した古処氏の本である。
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アンノウン 文春文庫
 古処さんのデビュー作であり、第14回メフィスト賞受賞作品です。
自衛隊レーダー基地の幹部の卓上電話に盗聴器が仕掛けられているのが発見され、防衛部調査班から真相解明のために朝香二尉が派遣されてくる。盗聴器が仕掛けられたのは密室状態の部屋。いったい誰がいつ何のために盗聴器を仕掛けたのか。朝香と彼のアシスタントに任命された野上三曹の捜査が始まる。
 朝香二尉はコーヒー好きでダンディな自衛隊員という、私たちが抱く自衛隊員のイメージからはほど遠い風貌で、いわゆる名探偵役を務めます。自衛隊基地という閉ざされた空間、私たち一般人が知らない世界の中での犯人捜しです。国家防衛のための最重要機密がある自衛隊の中での情報漏洩ということからスパイ小説かと思いきや、拳銃の撃ち合いといったこともなく、論理的な解決を図るストレートな本格ミステリとなっています。国防を司る自衛隊員も、なんら普通のサラリーマンと変わりがないという話でしたね。
 昨今のメフィスト賞を考えると、非常にオーソドックスな作品です。それに分厚くなる傾向が続くミステリの中で、219ページという厚さは通勤バスの中で読むには適当な厚さでしたね。
 ※題名のアンノウンとは「識別不明機」のことだそうです。
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アンフィニッシュト 文春文庫
 自衛隊を舞台にした「アンノウン」に続く朝香二尉、野上三曹コンビのシリーズ第2弾です。
 孤島の自衛隊基地で訓練中に小銃が紛失。捜査を依頼された朝香と野上は島を訪れます。通常の自衛隊基地というと周囲とは隔絶された世界を考えがちですが、ここ伊栗島では、隊員と島民が良好な関係を保っています。そんな状況の中、小銃を盗んだのは隊員か、島民か、それとも第三者なのか。作品の冒頭で描かれる朝鮮半島系の名前を持った男、島民が見たという不審な人物、そして様々な思いを心の中に抱える自衛隊員たち等々読者の想像を膨らませながら物語は進んでいきます。
 自衛隊という閉じられた世界を舞台にしていますが、内容はこてこての本格ミステリです。今回も名探偵役の朝香とワトソン役の野上の名コンビが謎を鮮やかに解いていきます。自衛隊員らしくないスマートで、粘土で何かを作るというのが趣味という朝香のキャラが魅力的です。
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死んでも負けない 双葉社
 今まで読んだ古処さんの作品とは、全く違う雰囲気の作品です。このところの太平洋戦争の中での兵士や後に残された家族たちの厳しい状況を描いた重苦しい雰囲気の作品ではなく、ユーモアも散りばめられた、古処さんの新境地といえる家族小説となっています。
 物語の中心にいるのは、太平洋戦争のビルマ戦線を生き抜き、いまだに戦争時代の話をして、息子と孫の三人家族の中で暴君として君臨する祖父。口答えをしようものなら、すぐに鉄拳制裁を加える祖父を息子の道也と孫の哲也が見捨てずにいるのが理解に苦しむところです。あまりに優しすぎます。僕であればこんな我儘な自己中心的なじいさんなんて、とっくに見捨てて家を出て行きます(笑)
 物語は頑健だった祖父が日射病で倒れたことから起こる騒動を描いていきます。家族の言うことを聞かない祖父も、若い看護師さんやかわいい孫のガールフレンドの言うことは聞くというところに、男って何歳になっても変わらないなあと他人事とも思えず、苦笑です。
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いくさの底  ☆   角川書店 
 「このミス」国内編第5位を獲得した第二次世界大戦下のビルマを舞台にした戦争ミステリー作品です。
 第二次世界大戦末期、ビルマの山村に年若い賀川少尉を指揮官とする部隊が派遣される。7か月前にも賀川少尉が駐屯したこともあって、村長は快く部隊を受け入れる。しかし、駐屯当日の夜、便所に行った賀川少尉が殺害される。部隊の次席である杉山准尉は少尉の死を隠し、遺骸をマラリアに罹患したとして連隊本部に送る。やがて、事件解明のために連隊副官が派遣されてくる。いったい誰が何のために賀川少尉を殺害したのか・・・。
 物語は隊に同行した通訳の依井の視点で語られ、ときに正体の明かされない犯人の告白が挿入されるという形になっています。
 日本と中国の戦争に巻き込まれたビルマの村落で生きなければならないビルマの人々、そして軍隊という組織の論理に絡め取られた軍人たち。そんな彼らの中に渦巻いていた怨みや思惑がしだいに明らかにされていきます。ラストは予想外の展開でしたが、軍隊という組織の論理に翻弄された犯人があまりに哀れです。そしてその論理を守ることができるが故に副官という地位にある男の怖さを感じます。
 それにしても、英霊という立場、当時は残された家族のために大事だったのでしょうね。 
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生き残り  角川書店 
 退路を断たれた北ビルマの戦いで、病気を患った兵たちは分遣隊として本隊から切り離され、経験の乏しい見習士官を付けられて転進をすることとなる。川を筏で下っている途中、敵機に襲われた彼らは中洲へと泳ぎ着くが、二人が死亡する。そのうちの一人の死体を調べた見習士官はその死が銃撃によるものではなく、銃剣により刺されたものだと気づく。自決なのか他殺なのか、兵たちが疑心暗鬼になる中、ゲリラに包囲された中洲の中で、ひとり、またひとりと死んでいく。
 物語は、ひとり生き残って渡河地点にたどり着いた上等兵に不審を感じた伍長の戸湊が真相を追及していくパートと、分遣隊の状況を描くパートを交互に描きながら進んでいきます。
 なぜ、戸湊が上等兵に対して、仲間を殺してきたのではないかと部下も疑問に感じるほどに追及の手を緩めないのか。わかったときには、古処さんに見事にやられたなあとページを戻って確認してしまいました。
 上等兵にしても見習士官にしても、やらなければいけないと思ったことを実行しようとしただけのことですが、上等兵の行為の意味は何だったのか、戦争という状況下ではなさなければいけなかったのか、未だに彼の行動は理解することができません。いやぁ〜難しいです。 
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