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小林由香の本棚

  1. ジャッジメント
  2. 罪人が祈るとき
  3. イノセンス

ジャッジメント  ☆ 双葉社 
 死刑が求刑されるような重大犯罪の裁判があると、決まって死刑制度反対の声が上がってきます。殺人を断罪する国家が自ら殺人を犯していいのか、冤罪だった場合には取り返しがつかない等々理由が挙げられますが、一方、犯罪の被害者家族側から見れば、大事な家族を殺されたのに犯人は死刑にもならず、ましてや少年犯罪の場合はわずかの刑罰で世の中に舞い戻ってくるなんて許せない、死刑が当然だと考えます。特にその犯罪が被害者側にはまったく関係のない通り魔殺人等だったら、その思いはなおさらです。
 私的リンチが許されない法治国家の元では、個人に代わり国家が犯罪を行った者に罰を加えなければなりません。それが死刑であっても同じことです。
 しかし、この物語では、犯罪が多発する近未来を舞台に、犯罪抑制のために“復讐法”という被害者や被害者家族が加害者に対して同じ目に合わすことができる復讐を合法化した法律が存在する世界を描いていきます。
 「“復讐法”の適用が認められた揚合、被害者またはそれに準ずる者は、旧来の法に基づく判決か、あるいは復讐法に則り刑を執行するかを選択できる。ただし、復讐法を選んだ場合、選択した者が自らの手で執行しなければならない」とされます。今のように個人に代わって国家が罰を下すのではなく、個人が加害者に対し、加害者が被害者にしたことと同じ目に遭わすことができるというもの。確かに加害者によって家族の一員を失った人は、その加害者に対し大きな憎しみを持ち、死刑にしてもらいたいと思うのは無理ないことですが、でも、それは国家が個人に代わってその加害者を殺してくれるからであって、自分自身が殺すとなると、いくら憎くても躊躇してしまうのではないでしょうか。
 物語は“復讐法”の執行のために、被害者側に接触する“応報監察官”の鳥谷文乃が語り手となって進んでいきます。復讐の選択を迫られるのは、息子を殺された父、母親を実の娘によって殺された女性、通り魔殺人により母、弟、婚約者を殺された男女、息子を殺された母、妹を母とその愛人によって殺された兄。彼らの苦しみとともに、それぞれの事件の裏側にある事情が明らかとなり、読者を圧倒します。おすすめ。
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罪人が祈るとき  双葉社 
 いじめ問題は陰湿で本当にやり切れません。実際に手を下さなくても“学校裏サイト”などで悪口を言うなど、その手段はより陰湿になるばかりです。この作品で取り上げられるのも、そうしたいじめ問題です。
 時田祥平は学校でいじめを繰り返す川崎竜二から金をせびられたり、暴力を振るわれたりする毎日を送っていた。そんなある日、竜二たちに暴力を振るわれていた祥平は、ピエロの格好をしていた男に助けられる。竜二を殺したいと言う祥平に対し、ピエロは協力を申し出る・・・。一方、全国展開するレストランの運営会社に勤める風見は、かつていじめにより息子が自殺し、そのことで心を病んだ妻も自殺するという過去を抱えていた。風見は、息子の苦しみに気付いてやれなかった自分を憎みながら息子を自殺に追いやった者を探していた。
 物語は、いじめにあっている高校生・時田祥平といじめで息子と妻を失った風間の二人を主人公に描かれますが、子を持つ親として、どうしても風間に自分を重ねてしまいます。もし、自分の子どもがいじめにあっていたら、そしてそれが原因で自殺してしまったらどうするだろうかと考えざるを得ません。息子が自殺したことに対し後悔もせず、逆に自慢話のように話すいじめる側の少年たちを許すことができるのか。どんな理由があっても人を殺してはいけないとは簡単に言うことはできるが、そんな彼らを前にして、復讐を考えないでいられるのか。親としてはたまらないですよねえ。作者の小林さんはデビュー作でも復讐をテーマにしていましたが、今回も難しい問題を読者に提示します。 
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イノセンス  角川書店 
 主人公・音海星吾は中学生の時、不良に絡まれた彼を助けようとしてナイフで刺された青年を見捨て、救急車を呼ばずに逃げてしまう。青年が亡くなったことから、救急車も呼ばずに逃げた星吾に世間の非難が集まり、それは家族にも及ぶ。他人との関わりを避けながら生きる星吾は、大学に入学したが、そこでも事件の噂が広がり、彼は心を閉ざして大学生活を送る。そんなある日、ホームで自殺しようとした男に「そんなに死にたいなら、夜にやってよ。朝やられると迷惑なんだ」と言った星吾は、そこにいた同じ大学の学生・黒川紗椰にその言葉を批判される。それから、星吾の周囲で不審な出来事が起き始める・・・。
 果たして、中学生だった時の星吾の行為が、彼自身がその行為をしたことに精神を病むほど苦しんでいたとしても、いつまでも許されないものなのでしょうか。作者の小林さんは、青年が亡くなっただけでなく、青年の死によりその家族が崩壊してしまったという設定を作って、難題をより難しくして読者に突き付けています。
 帯には星吾の行動が許されるかをアンケートした結果が書いてありますが、「許されない」が45%だそうです。確かに救急車を呼ばずに逃げてしまったこと、それにより人が亡くなったということに対し、非難されることはやむを得ないことかもしれません。ただ、星吾は当時中学生という年齢で、暴力とは無縁の生活をそれまで送っていたのであり、3人の男に路地に連れ込まれナイフで脅されるという死の恐怖に正常な考えができなかったと考えれば、逃げたのも無理ないとも思います。自分の行動を自分で振り返って後悔するとしても、他人からずっと非難されながら生きていかなければならないものでしょうか。
 ラストでは、星吾を殺害しようとした犯人も明らかになりますが、犯人自身は逮捕されたわけでもないし、犯行を悔いている訳でもありません。これではまったくの解決にはなりませんね。 
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