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小林泰三の本棚

  1. アリス殺し
  2. 記憶破断者
  3. 失われた過去と未来の犯罪
  4. 未来からの脱出

アリス殺し  ☆ 東京創元社
 2014年版の「このミス」で国内編第4位になった作品です。
 複数の人間が夢で見るルイス・キャロルの「不思議の国のアリス」の世界で起きる殺人事件と、現実世界での死がリンクするというとんでもない展開の話です。
 “白兎”、“三月兎”、“帽子屋”、“公爵夫人”など「アリス」に登場するキャラクターが出てくるので、「アリス」を読んでいるとより楽しめるかもしれません(そういう僕は、覚えているのは懐中時計を持った兎と帽子屋くらい。「不思議の国のアリス」は幼い頃読んだつもりでいたのですが、実際はきちんと読んでいないんですよね。)。
 大学院生の栗栖川亜理は最近「不思議の国のアリス」の世界の夢を見るようになる。ある夜、ハンプティ・ダンプティが塀から落ちて死ぬ夢を見ると、現実世界で玉子というあだ名のポスドクが校舎から落ちて死ぬという事件が起きる。亜理は同じ世界の夢を見ているという大学院生の井森から、現実世界と「不思議の国」の世界がリンクしていることを知らされる。その後も次々と「不思議の国」の世界では殺人事件が起こり、アリスが容疑者とされる。容疑者とされたアリスはどうなるのか、現実世界での主人公・亜理は現実世界での「不思議の国」の登場人物とリンクする人物を探してアリスの無実を証明しようと奔走する。
 「不思議の国のアリス」には堂々巡りの不毛な会話、ナンセンスな会話があるように、この作品でも不毛な会話のオンパレードですが、これが意外と嫌にならずに読み進むことができました。いったい、「不思議の国」の登場人物が現実世界ではいったい誰なのか、あちらこちらに伏線が張られていたのですが、このあたり、ものの見事に作者のミスリードにやられたなあという感じです。そのうえ、ラストでは世界が反転を見せるという思わぬ展開となり、大いに楽しむことができました。
 割と残虐な描写も多く、特に最後に犯人を処刑するシーンはスプラッター映画の―場面のようです。
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記憶破断者  幻冬舎 
 (ネタバレあり)
 見覚えのない部屋で目覚めた田村二吉。彼の目の前にあるノートを読むと、そこには、自分が前向性健忘症であり、記憶が数十分しかもたないこと、今、殺人鬼と戦っているということが記されていた・・・。
 前向性健忘症というと、衝撃的なラストだった「メメント」という映画を思い出します。小説では小川洋子さんの「博士の愛した数式」の主人公もそうでした。
 前向性健忘症の主人公が触れただけで他人の記憶を書き換える能力を持つ殺人鬼と戦うという本の紹介に惹かれて、つい購入してしまいました。戦っていること自体もすぐ忘れてしまうでしょうし、そもそも殺人鬼の顔も覚えていることができない主人公が殺人鬼とどう戦うのか、また記憶を書き換える能力があるといっても記憶を喪失してしまう人の記憶をどう書き換えるのか、期待して読んだのですが・・・。
 ミステリーというと人間が描かれていないという批判がよくされますが、この小説は人間を描くとかということとは関係なく、純粋に論理的な破綻のないように構成することに徹したパズルみたいな小説です。残念ながら「メメント」のような衝撃的なラストでもなく、おもしろかったあという感動には至りませんでした。
 それよりも、読み終わっても、ラストに登揚した女性はいったい何者なのか、早い段階で登場してきた人物と同じだとしても、結局どういう関係なのかが明らかにされません。また、二吉に手を貸した人物もいったいどうやって彼と知り合ったのかも明確には描かれず、
事件は解決したものの疑問は残ったままです(読み落としてしまったのかもしれませんが)。
 主人公の田村二吉は、小林さんの他の作品にも登場するキャラクターのようですね。
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失われた過去と未来の犯罪  角川書店 
 物語は、第1部では全人類が突然短期記憶の情報を長期記憶へと送る事ができなくなってしまったことから始まります。10分ほどたてばその間の記憶がなくなってしまう中で、その現象に直面した女子高校生の結城梨乃と、原子力発電所で働く彼女の父親を中心に騒動が描かれていきます。やがて、その騒動の中から対処方法を考えていく人が出現し、人類は記憶を取り外し可能な外部装置のメモリに頼るようになります。
 第2部では、このメモリを巡っての息子のメモリと医学生のメモリを替えて医学部受験をさせようとする父親の話、交通事故でメモリが破壊された子どもに自分のメモリを差した父親の話、メモリが入れ替わった双子の姉妹の話、メモリの使用を拒否する集団の話等が語られていきます。
 歳をとってきて如実に実感するのは短期記憶の欠如です。つい先ほどしたことを覚えていないということが時々あります。認知症かなと心配になって人間ドックのオプション検査でMRIも受診しました。物語では10分経てば記憶がなくなってしまうのですから大変です。
 物語は、その状況をなくすために開発されたメモリに関して、記憶と魂とか非常に難しい問題が語られていきます。メモリを別の人に差したら、その人はメモリの持主なのか、それとも肉体の持主なのか。死んだ人のメモリを生きている人に差せば、“死”ということはなくなるのか。哲学的な問題の提起に老化した頭ではストーリーの展開についていくのが難しく、残念ながらおもしろさを感ずるまでには至りませんでした。 
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未来からの脱出  角川書店 
 サブロウが暮らしているのは老人ばかりが生活する施設で、介護者は外国人なのか、日本語ではない言葉を話していてサブロウたちには理解できない。ある日、サブロウはこの施設がどういった施設で、自分がいつからここで暮らしているのか覚えていないことに気づく。不信が募るサブロウの目に飛び込んできたのは、日記の中に隠された「ここは監獄だ。逃げるためのヒントはあちこちにある。ピースを集めよ」というメッセージ。ヒントを探し始めたサブロウは指紋が施された指サックを見つける。サブロウは信頼できる仲間を集めて施設から脱出しようと考えるが・・・。
 サブロウたちはなぜこの施設にいるのか。冒頭に置かれたプロローグに登場する人間大の蠅は何なのか、その蠅が「お帰り。君は戻ってくるのをずっと待っていたよ。」と言ったのはどうしてかが、次第に明らかにされていきます。ネタバレになるので、正直のところ何も書くことができませんが、SFという形を取りながら、ミステリとしての謎解きも堪能できます。サブロウの施設内の“協力者”はすぐに想像できてしまいましたが、もうひとつアッと驚く種明かしがありました。これは想像できませんでしたねえ。 
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