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北村薫の本棚

  1. 空飛ぶ馬
  2. 夜の蝉
  3. 秋の花
  4. 朝霧
  5. スキップ
  6. ターン
  7. 覆面作家は二人いる
  8. 覆面作家の愛の歌
  9. 覆面作家の夢の家
  10. 盤上の敵
  11. 街の灯
  12. 冬のオペラ
  13. 語り女たち
  14. リセット
  15. ニッポン硬貨の謎 エラリー・クイーン最後の事件
  16. 紙魚家崩壊
  17. ひとがた流し
  18. 玻璃の天
  19. 1950年のバックトス
  20. 鷺と雪
  21. 元気でいてよ、R2-D2。
  22. 太宰治の辞書
  23. 中野のお父さん
  24. 遠い唇
  25. ヴェネツィア便り
  26. 中野のお父さんは謎を解くか
  27. 中野のお父さんの快刀乱麻

空飛ぶ馬  ☆ 東京創元社
 北村薫さんのデビュー作にして、私と円紫さんシリーズの第1作です。
 表題作を含む5編からなる短編集です。
 話はどれも“日常の謎”を私と円紫さんが解き明かしていくという体裁をとっており、殺人事件のような血なまぐさい事件は起きません。今では“日常の謎”の書き手は多くいますが、北村さんが出てきたときには、こんなことからも、おもしろいミステリが書けるんだと思ったものでした。
 5編の中で、僕の1番は「砂糖合戦」です。あんなこと実際できるかなという気はしますが、円紫さんの解明の論理は楽しく読みました。ある行動の裏には人間の悪意が潜んでいるというところに、単に“日常の謎”の解明だけではない、北村さんの人間洞察の鋭さというものを感じました。
 名探偵役が落語家という点もユニークです。おかげで、落語というものにも興味を持つことになってしまいました。
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夜の蝉  ☆ 東京創元社
 「空飛ぶ馬」に続く私と円紫さんシリーズ第二弾。「朧夜の底」、「六月の花嫁」、「夜の蝉」の3作品を収録している。今では著者は男性だと知られているが、この作品が発表されたときは、まだ覆面作家で、話の中で主人公の「私」とその友人たち女子大生の会話が書かれているところを読むと、まさか男性が書いているとは全く思わなかった。女性の読者の目から見たらどうだったのだろうか。
 3作品の中では「朧月夜の底」が僕としては一番惹かれた。書店の本棚の本が逆さになっていたのはなぜか。円紫師匠が鮮やかに回答を導き出す。実は僕も書店の本棚で、本がところどころ逆になっているのを見たことがあり、いったいどうしてだろう、店員がこんなに無造作に逆に入れるわけないよなあと不思議に思った経験がある。まさか、この作品と同じ理由だったのだろうか?
 余談だが、この短編集の中で「私」のお姉さんが「美女」、「文句のつけようのない人」として登場しており、それからすると、やっぱり「私」も美人なんだろうな、と作品とは関係ないが考えてしまう。
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秋の花  ☆ 東京創元社
 「空飛ぶ馬」、「夜の蝉」に続く私と円紫さんシリーズの第三弾で、初の長編である。このシリーズといえば日常の謎をミステリとして確立した先駆者ともいうべきシリーズであるが、この作品では始めて人の死が俎上にあがる。「私」の出身の高校で学園祭の準備中に起きる後輩の女子高校生の校舎からの転落死事件。果たして真相は事故か、自殺か、それとも殺人事件か。その謎に私と円紫さんが挑む。ラストはあまりにせつない。
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朝霧 東京創元社
 私と円紫さんシリーズ第5作です。この作品集では、いよいよ「私」が短大を卒業し、出版社に勤め始めるところを描く「山眠る」ほか2作を収めます。「山眠る」では、卒論提出から卒業までの間に知った、小学校の校長先生が停年間際に本屋で行ったある謎、「走り来るもの」では、就職したみさき書房での仕事で出会った人が書いたリドル・ストーリーの謎、そして「朝霧」は、祖父の日記にみつけた判じ物の謎が描かれています。
 前作の「六条の宮の姫君」から内容に作者の文学に関する蘊蓄が表されているためか、内容が難しく、読む方としてはなかなかすらすら読むというわけにもいきません。「走り来るもの」の中で古典の"すこし"について述べているくだりがあります。文学をこのように注意深く読むことができればもう少し違った発見があると思うのですが、寂しいかな、だんだん頭がついていかなくなってしまいました。
 落語についての蘊蓄はいつものとおり、落語を知らない人にも楽しませてくれます。
 ところで、「走り来るもの」に出てくる「女か虎か」というリドル・ストーリーですが、確かどこかで読んだ記憶があるくらいですから、かなり有名な話なのでしょうね。今度女性の友人に「あなたならどうする?」と聞いてみたくなります。
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スキップ  ☆ 新潮社
 時間をテーマにした三部作の第1作目。17歳だったはずなのに目覚めたら42歳になっており、夫も、自分と同じ年の娘もいる世界になっていた。少女はともどいながらも17歳の感性で42歳の人生を生きていく。明るく現実を受け入れて今を生きていこうとする主人公の姿に感動する。でもミステリー好きの僕としては、なぜ25年先の未来にスキップしてしまったのかという点が明らかになっていないところが少し物足りない気がするが、ミステリーやSFではないからそれでもいいのかな。ただ、果たして17歳の知識しかない人が教師としてやっていけるのかなあ。その点だけはやっぱりひっかかるけど。
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ターン  ☆ 新潮社
 時間をテーマにした三部作の2作目。交通事故のショックで同じ時間の中を繰り返し生きることになってしまった女性が主人公。ある夏の日、交通事故にあったはずの真希は、自宅の今で目を覚ます。しかし、そこは自分以外誰もいない世界だった。しかも、ある時間が来ると、時間は遡り、同じ時間の中を繰り返し生きることとなる。そんな中、かかってきた電話が元の世界と自分のいる世界をつなぐ・・・  最後には当然ハッピーエンドになるのだけど、最後の一行に書かれた一言は本当に素敵だった。
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覆面作家は二人いる  ☆ 角川書店
 私と円紫シリーズでおなじみの北村薫の新シリーズ。姓は「覆面」、名は「作家」で、ペンネームは「覆面作家」、本名新妻千秋と編集者岡部良介のコンビが事件を解く短編集。クリスマス間近の冬、春、そして夏とそれぞれの季節の中で起きた3つの事件を千秋は鮮やかに解決する。とにかく千秋のキャラクターがおもしろい。大金持ちの深窓の令嬢でありながら、一歩家を出ると性格が一変しべらんめえ調になる。この落差には笑ってしまった。肩肘張らずに読むことがきる作品。
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覆面作家の愛の歌  ☆ 角川書店
 「覆面作家は二人いる」に続く、覆面作家の千秋さんと、担当編集者岡部良介の活躍するシリーズ第2弾。「覆面作家のお茶の会」「覆面作家と溶ける男」「覆面作家の愛の歌」の3編が収録された短編集。
 このシリーズの魅力といえば、家の中ではお嬢様なのに家の門から外に出るとコロッと性格が変わってしまう千秋のキャラクターである。人の良い良介とのコンビも相変わらずまた楽しい。テレビ化された際、千秋を確かともさかりえが演じていたが、ちょっと雰囲気が違うのではないかなあ。もっとかわいくて生意気な口のきき方をしても憎めないキャラクターの持ち主でないとなあと一人思ってしまった。
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覆面作家の夢の家  ☆ 角川書店
 覆面作家新妻千秋と編集者岡部良介の活躍するシリーズ第3作。表題作他3編が収められています。残念ながらこのシリーズもこれで終わりのようだ。最初の1編目で良介の双子の兄優介が結婚する。そして、やっぱり最後はそうなるのだろう。家の中と外との性格の落差がすごすぎる千秋のキャラクターが魅力的なシリーズだったが、最後に岡部良介を呼んだ名前は「岡部さん」でもなく、「リョースケ」でもなく、「○○○○」・・・。とても楽しませてくれたシリーズでした。
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盤上の敵  ☆ 講談社
 日常の謎を題材にした私と円紫さんシリーズでおなじみの北村作品であるが、それとは大きく趣を変えている。殺人を題材にしてこなかった著者が人間の悪意に対峙して書いた作品。僕は単行本で買ったが、ノベルス化された際に「今、この物語によって慰めを得たり、安らかな心を得たいという方には、このお話は不向きです。」という著者の前書きがついた。我が家に妻を人質にして猟銃を持った殺人犯が立てこもる。主人公は妻を救出するため警察に隠れ犯人と交渉を始める。果たして、妻を助けることができるのか。さすが北村!最後にアッと言わされた。
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街の灯  ☆ 文藝春秋
 ときは戦前。ある上流階級の家の運転手として父が連れてきた若き女性。剣の達人であり、胸元には拳銃を忍ばせている謎めいた女性。果たして彼女の正体は。主人公の女学生と主人公がベッキーと名付けた若き女性運転手が事件の謎を解いていく短編集。当時の世相を背景にベッキ-さんが魅力的に描かれている。この本では彼女の正体(?)は明らかとなっていない。著者によると二・ニ六事件の時まで話が続くようである。続編の刊行が待たれる。
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冬のオペラ  ☆ 中央公論社
 名探偵は行為や結果ではない、存在であり、意志であるという主人公巫弓彦とその記録者としてワトソン役を買って出た姫宮あゆみが出会う3つの事件を描く連作短編集。名探偵と看板を掲げ、身元調査など一般の探偵業は行わないとしながら、ビア・ガーデンのボーイやコンビニエンスストアのレジ係をしているところが何ともおかしい。といって、ユーモア・ミステリかと思いきや、そうではない。。特にはじめの2編が日常の謎であるのに対し、最後は中編ともいうべき長さで殺人事件を扱っており、ラストはもの悲しい。その後、名探偵巫弓彦の新しいシリーズは発表されていないのは残念だ。
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語り女たち 新潮社
 視力が落ちて、本も読むのが面倒になった男が、本を読むより市井の人の実際の体験談を聞く方が興味深いと考え、話をしてくれる女性を募集します。この作品は、それに応募してきた女性たちの語る17編からなる不思議な話から成り立っています。
 これって、千夜一夜物語ですね。どの話にも幻想的なイラストがついていて、これが物語にいっそうの不思議さを与えています。話は不思議なことがあったまま、謎が提示されたまま終わっていて、解決がありません。僕としては連作ですので、最後に「実は・・・」という解決編みたいな話があるのかと思ったのですが・・・。
 17編の中に「笑顔」という作品があります。不思議な話が続く中で、この作品だけは少し雰囲気が異なる作品ですが、僕としてはこれが一番気に入った作品です。最後の一行、いいですね。
 
 カバーの絵も素敵ですが、カバーを外した装幀も綺麗です。
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リセット  ☆ 新潮社
 「スキップ」、「ターン」に続く人と時シリーズの第3作目、最終話になります。
 「スキップ」では未来へのタイムスリップ、「ターン」では同じ時間の繰り返しが描かれていました。三作目はどんな話かと期待していたのですが、 「リセット」という題名からは、たぶん人生のやり直しというようなことが描かれるのかなと漠然と考えていました。
 物語の第1章は、第二次世界大戦中の女子学生の生活が描かれます。友人のいとこへの淡い恋心、次第に戦火がせまるなか、動員された工場での飛行機づくり、そこに起こる空襲。第2章は一転して舞台は現在になります。病気で入院中の一人の男が小学生の頃につけていた日記を題材に、子供たちに自分の生きてきた道をテープに録音して残そうとしている姿が描かれます。淡々と日記に記された小学生の生活が述べられていき、果たしてこの物語がどう「時と人」の話になっていくのかと思いましたが、ある人の登場によって、事態が進んでいきます。最後はさすが北村さんらしくきっちりと着地がされて、とても素敵な終わり方でした。
 こうして、三作が完結した中、一番はどれかと聞かれると、僕としては、人生の一番いい時期をタイムスリップすることによって経験できなかったのに、その事実を受け入れ強く生きていく主人公が描かれた「スキップ」が一番好きですね。
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ニッポン硬貨の謎 エラリー・クイーン最後の事件 東京創元社
 僕が初めてエラリー・クイーンという作家を知ったのは、忘れもしない中学1年生になって少したった頃のことでした。僕の席の後ろに座っていた同級生のOが休み時間に夢中になって文庫本を読んでいたのです。中学生になったばかりで、文庫本でさえ読んだことがない僕にとっては非常に興味深く、Oがトイレに行っている間に机の上にあった本を手にとって見ました。それが創元推理文庫版のエラリー・クイーンの「Yの悲劇」だったのです。そのあと、僕はミステリー好きとして、してはいけないことをしてしまいました。「Yの悲劇」の最後を読んで、犯人の名を知り、それをOに告げてしまったのです。最悪のことをしてしまいました。Oもそのとき、かなり怒ったのですが、謝って許してもらい、それから彼にエラリー・クイーンのことを聞いたのが、海外のミステリを読むきっかけになりました。あのときエラリー・クイーンを知らなければ、アガサ・クリスティやヴァン・ダインなど一生読まずにいたかもしれません。
 そんなエラリー・クイーンを主人公に北村薫さんが書かれた作品と聞いて、さっそく購入してしまいました。
 この作品は、エラリー・クイーンの未発表の原稿を北村薫氏が訳すという形で北村薫さんが書いたパスティーシュです。クイーンが来日していたときに起きた連続幼児誘拐殺人事件をクイーンが解決していたという話です。
 第2部12節から18節までは「シャム双子の謎」論、エラリー・クイーン論になっており、中学生のとき以来ほとんどクイーンの作品を読んでいないし、後期クイーンの作品はほとんど読んでいない僕には、訳注にも書かれているとおり論旨の展開についていくのは確かに辛かったですね。ただ、きっと、エラリー・クイーンファンにはたまらない作品だったのでしょう。
 ベースになった50円玉20枚と1000円札との両替を依頼する男の話は、かつて、若竹七海さんが実体験した「五十円玉二十枚の謎」の北村さんの回答でもあります。
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紙魚家崩壊 講談社
 9編からなるミステリ短編集です。最後「新釈おとぎばなし」を除いては90年代の作品です。最近発売される北村薫さんの作品といえば、評論集的なものが多かったのですが、久しぶりの作品集です。
 北村さんの作品では、やはり私と円柴さんシリーズや覆面作家シリーズ、時と人シリーズ、そしてノンシリーズでは「盤上の敵」などが好きなのですが、今回の作品集は正直のところ僕好みではありませんでした。作品集としては統一的なものではなく、ホラーあり、日常の謎あり、御伽噺のミステリ的解釈風の話ありと、ジャンルとしては様々で、単行本として未発表のものを寄せ集めたといった感じを抱いてしまいました。
 その中では、やはり日常の謎を扱った「白い朝」と「おにぎり、ぎりぎり」が好きな話です。特に、「白い朝」は、その情景が目に浮かんできて、ホントにいいなあと思えてしまう作品でした。一方「おにぎり、ぎりぎり」は、謎が鮮やかに解かれたと思ったところでひとひねりあり、ユーモアあふれた、こちらもほのぼのとした作品でした。こうしてみると、北村作品にはどうもほのぼのさを求めてしまうみたいで、僕は北村さんのホラー風味の作品のよい読者ではないようです。
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ひとがた流し 朝日新聞社
 覆面作家当時は女性を描くのが上手で、絶対女性ではないかと思われていた北村さんですが、今回もさすがだなあとうならせます。
 今回描くのは三人の女性、アナウンサー、作家、写真家の妻として40代を迎えた女性です。アナウンサーの千波と作家の牧子は小学校からの幼馴染、その後に写真家の妻の美々が加わって三人の付き合いが続いています。この3人の関係は女性に限らず男性でもそうですが、普段そんなに会わなくても、何かあればさらりとした感じで力になる。そんな関係が付き合いを長続きさせるのでしょう。もちろん、彼女たちが、千波は独身、牧子も早くに離婚して娘との二人暮らし、美々も再婚はしたが夫は写真家という自由業という環境が、彼女たちの関係を続けることができる大きな理由になっていることも否定できません。お互いに夫、子どもがあり、親もいるというような状況では、なかなか彼女らのような関係を続けることは難しいのでしょうね(ある程度の家族の理解が必要でしょうし。)。
 さて、物語は千波が朝のニュース番組のキャスターに抜擢された矢先に、不治の病を宣告されたことを中心に据えて、彼女ら三人だけでなく、その家族たちの物語が紡がれていきます。
 主人公の一人が不治の病に倒れるとなると、先入観としてお涙ちょうだいの物語かと思いますし、オンライン書店に掲載されたこの本の紹介文には「涙」なしには読み終えることのできない北村薫の代表作とあります。しかし、北村さんの付記には、“登場人物の流すものとしては〈涙〉という言葉も使うまいと思った”とあります。確かに、単純な涙の場面は出てきません。でも、涙を流すよりも深い慟哭が彼女らの関係にはあったのでしょうね。
 病気になっても気丈に生きる千波に惹かれます。それゆえ、千波が病気になってからの年下の男性鴨足屋との恋が、急展開過ぎて、都合よすぎる嫌いがないではありません。千波に恋する鴨足屋の行動なんてまさしくストーカーそのものですし、いくら若い頃から憧れていたからといって、そして転勤で同じ職場になったからといって、そこまでいい大人がやるのかと思ってしまいます。長く独身だった千波がそう簡単に鴨足屋に惹かれてしまうのも理解できません。病気で心が弱っているせいかとうがって考えてしまいます。美々が鴨足屋に言ったように、付け込んで欲しい時だったのでしょうか・・・。

 牧子とその娘さきの幼い頃の話は「月の砂漠をさばさばと」で読むことができます。
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玻璃の天  ☆ 文藝春秋
(ちょっとネタバレ)
 昭和初期の時代を舞台に、社長令嬢の花村英子とそのお抱え運転手の別宮みつ子、通称ベッキーさんが活躍するシリーズ第2弾です。収録されているのは、表題作の「玻璃の天」、「幻の橋」「想夫恋」の3つの中編です。どの作品も、相変わらず元高校教師であった北村さんの博識ぶりが窺える作品となっています。日本の古典に馴染んでいればもっと興味深く読むことができるかなとは思いますが、そうでなくても十分に楽しめる作品となっています。
 「幻の橋」は、犬猿の仲である家の孫同士の恋の中で起きる浮世絵消失事件。その事件の端緒が家同士の確執の元となった事件まで遡っていきます。
 「想夫恋」は、岩波文庫の「あしながおじさん」がきっかけで仲良くなった華族の娘が行方不明となった事件を描きます。その娘が家に残した手紙には暗号らしきものが。この暗号がさすが国語の先生だった北村さんらしいものです。これは知識がないと解けませんね。
 「玻璃の天」では、建築家・乾原が作った家に招かれた英子たちの前で、一面ステンドガラスで彩られた家の天窓を破って落ちた男の事件を英子とベッキーさんが解き明かします。
 何といっても今回の読みどころは前作「街の灯」では謎に包まれていたベッキーさんのある秘密が明らかになることです。3編それぞれは独立した作品となっていますが、このベッキーさんの謎が、最初の「幻の橋」でさりげなく挿入され、最後の「玻璃の天」で、ああそうだったのかあと明らかにされます。戦争に向かっていく昭和初期の時代を象徴するような、ベッキーさんにとって悲しい事件でした。
 今後、時代は戦争一色の暗い時代へと一気になだれ込んでいきます。果たしてこの物語はどう続いていくのでしょうか。北村さんが、その時代に生きる英子とベッキーさんをどう描いていくのか興味深いものがあります。ひとつ気になるのは「幻の橋」で、バルコニーで英子が会話を交わした軍人の若月英明のことです。彼とは今後何らかの係わり合いが出てくるような予感がします。北村さん、期待を裏切らないで!
 ※ちなみに“玻璃”とは、ガラスのこと。
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1950年のバックトス  ☆ 新潮社
 わずか3ページほどの掌編から20数ページの作品まで23の作品からなる短編集です。発表紙も様々であり、その内容もホラー風味のものからほのぼのとした作品まで様々なジャンルの作品が掲載されています。ちょっと時間が空いた時に手にとって読むには最適な本です。
 それにしても、北村さんの作品は、たとえホラーであってもきれいな文章を読んだなあという気にさせられます。どこと言えないのですが、一つ一つの言葉に気をつかって書かれているのでしょうね。そうしたことを考えると、短いが故に逆に北村さんが行間に描いていることをじっくり味わって読むのもいいかもしれません。
 本当にどれも素敵な作品ですが、なかでほんわかといい感じになったのは、「雪が降ってきました」。こんな素敵なことができる彼女がいるなんてうらやましいですね。わずか3ページでこれだけの印象に残る作品を書くのですから、さすが北村さんです。
 最後の「ほたてステーキと鰻」には「ひとがた流し」の牧子が登場します。友人の死で心にぽっかり穴が開いた牧子が、ラストでは「何かを失えば、また何かを得ることもあるだろう」と、これからを生きていこうとします。同世代として共感してしまいます。
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鷺と雪  ☆ 文藝春秋
 ベッキーさんシリーズ第3弾。良家のお嬢様・英子とそのお抱え女性運転手・別宮が活躍するシリーズもこれで終了です。5・15事件の年に幕を開けたシリーズでしたが、時代はさらに世界大戦の開戦へと近づいていき、今回2・26事件で幕を閉じます。
 3つの話が収録されています。「不在の父」は、子爵の地位にある友人の叔父が玄関から消えたまま行方不明になった謎を扱っています。結末で、英子が山村暮鳥の詩「唾語」を読む場面が出てきます。窃盗金魚、強盗劇哄、恐喝胡弓、賭博ねこ、ときて最後に“騒擾ゆき"。この作品全体のラストを予感させる終わり方です。うまいですねえ。唸らせられます。前作の感想でも書きましたが、このラストにうまくはまる山村暮鳥の詩を知っていることに北村さんの博識ぶりが伺われます。
 「獅子と地下鉄」は、中学受験を控えた男の子が夜間の徘徊で警察に補導された謎を解き明かします。真面目な子どもがなぜ夜に外を出歩いていたのか。そこには親の子どもへの愛、そして子どもの親への愛があったんですね。それにしても、あんな験担ぎが当時からあったなんて知りませんでした。いつの時代も受験は大変です。
 表題作の「鷺と雪」では英子の同級生が銀座で撮った写真に、すでに台湾の地にいる婚約者が写っていた謎を扱います。ドッペルゲンガーかと思いきや、ちょっとしたからくりと当時の写真機を知った上でのトリックです。
 この作品の中で英子が言った「ベッキーさんて、本当に何でも出来るのね。」に対し、ベッキーさんが答えます。「いえ、別宮には何も出来ないのです」「何事もーお出来になるのは、お嬢様なのです。明日の日を生きるお嬢様方なのです。」印象的な言葉です。この言葉に日本が戦争へとなだれ込んでいく暗い時代の中でベッキーさんが言いたかったこと、そしてこの作品を通して北村さんの言いたかったことが凝縮されているようです。
 そして、物語はいっきにラストヘ。“騒擾ゆき"の中、最後はありそうもない出来事が描かれ、前作で張られた伏線を綺麗に回収しています。こんな不思議なことがあってもいいかと思わせるラストでした。おすすめです。
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元気でいてよ、R2-D2  ☆ 集英社文庫
 北村さん自身が言うには“陰のある短編集”だそうです。表題作他7編が収録されています。
 中でも印象が強いのは、「腹中の恐怖」です。北村さんがまえがきで妊娠中の女性は読まないでくださいと断っただけあって、子どもの誕生を待ちわびる女性にとっては恐怖の話です。視覚的な恐怖でなく、心の奥底にじわ~と広がる怖さです。この短編集の中で一番嫌な読後感です。
 「微塵隠れのあっこちゃん」は、代理店の社員にねちねちといじめられるデザイン事務所の女性社員を描きます。今の状況から過去を思い出すのですが、“陰のある短編集”としては、読後感が割といい作品です。
 「三つ、惚れられて」は、後輩社員から、ある男性社員を好きなのかと尋ねられた女性社員が、好きでもないのに、やたらと意識してしまう様子を描きます。ラスト、目が合った二人はこれからどうなるのか気になる作品です。
 表題作の「元気でいてよR2-D2」は、居酒屋で後輩相手にひとり語りをする女性を描きます。“R2-D2”というのは、映画「スターウォーズ」に登場する2つのロボットのうち人間ぽくない方のロボットです。この作品ではR2-D2に似た形のコーヒーメーカーに、主人公が「R2-D2」と呼びかけるのですが、何か人間でないものに(犬猫でもないものに)、呼びかけてしまうというのは、ありますよね。
 そのほか、夫が会社の若い社員と浮気をしているのではないかと気にする女性を描く「マスカット・グリーン」、若い頃作家の道を志しながら恐怖の体験から諦めた女性が、再びその恐怖を思い出す「よいしょ、よいしょ」、姉夫婦の部屋に泊めてもらった女性が、夜にさりさりと何かがドアを掻く音を聞く「さりさりさり」、自分が何歳なのか悩む女性を描く「ざくろ」と、怖い作品、幻想的な話の集まった作品集です。
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太宰治の辞書  ☆   新潮社
 前作「朝霧」では「私」は大学を卒業して編集者になるところまでが描かれていました。それから17年。ようやく待望の新作が刊行されました。でも、読み始めても、なかなか円紫さんが登場しません。ようやく円紫さんが登場するのがラストの「太宰治の辞書」。待ってましたあ!と心の中で叫んでしまいました。
また、内容も期待していたものとはちょっと違いました。「空飛ぶ馬」の「砂糖合戦」のような「私」の疑問を円紫さんが解き明かしていく話を期待していたのですが、日常の謎といっても、この作品に出てくるのは文学の謎です。芥川龍之介の、あるいは太宰治の作品の中で「私」がふと気にかかったことを「私」自身で解き明かしていきます。
 芥川の「舞踏会」のラストの書き換えの話や大宰の「女生徒」の電車の荷物の話やロココ料理の話などおもしろく読んだのですが、ただ、作中で語られる作品を読んでいないと辛いなと感じるところもありました。太宰治の「津軽」のくだりもそう。読んでいないので結末がどうこうと言われても戸惑うだけです。
 「私」もすでにかわいいと言われる女子大生ではなく、今では中学生の息子もいる中年の女性。現実の時の流れと共に本の中でも時が流れたようです。編集者としての顔も待っている一人前の女性ですから、そうそう昔の「私」のように円紫さんの手を借りてばかりということもなくなったのでしょう。
 「女生徒」に登場した正ちゃんは「キミは太らないと思っていたけど」と言って、肘で「私」の横腹突いてきます。今までの作品のカヴアー絵同様、高野文子さんが今回描いた「私」は、相変わらず細身に見えますが、幾分ふくよかになったのかな(「ふくよか」も作中の「豊か」同様、女性にはアウトでしょうか。)。正ちゃんは昔のままの男っぽい口調で懐かしい。
 最近「火花」が話題になっている又吉さんが作中で話題になっているのも楽しいですね。 シリーズファンにはオススメの1冊です。

 ※今回、シリーズの出版がこれまでの東京創元社から新潮社へと変更になっています。
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中野のお父さん  ☆   文藝春秋 
 “日常の謎”系ミステリの先駆者と言うべき北村薫さんによる新シリーズの始まりです。
 主人公は出版社で編集者を務める田川美希。大学時代バスケットをやっていたという体育会系の女性です。そんな彼女の周囲で持ち上がる謎を中野に住む定年間近の高校教師である彼女の父親が解き明かすという体裁の連作短編集です。
 新人賞最終選考に残った作者に電話をすると、今年は応募していないとの返事。いったい作品を書いたのは誰か(「夢の風車」)。
 美希は取材先の古書店で、ある大物作家に女性作家から送られた手紙を見せられる。最後の二行が切り取られた意味深な手紙が意味するものは(「幻の追伸])。
 亡くなった作家の遺品から未発表の画集が出てきた。カメラマンが撮影した画集の写真を見た父はあることを指摘する(「鏡の世界」)。
 若手落語家と落語好きのミステリ作家で座談会を催した際、話題に上がった「文七元結」の中に出てくる芭蕉の弟子である其角の俳句「闇の夜は吉原ばかり月夜かな」。文字をどこで切るかで意味が異なるが、どちらの解釈が正しいのか(「関の吉原」)。
 市民マラソンに出場するために編集長の実家に泊まった美希。マラソン大会の当日、実家の玄関に編集長の姪あてにプレゼントが置かれていたが、送り主と思われた編集長はその頃マラソンを走っていた(「冬の走者」)。
 尾崎一雄が師匠の志賀直哉に贈った献本に書かれていた謝辞。この謝辞の意味するものとは(「謎の献本」)。
 定期購読者をお礼かたがた尋ねた美希は元郵便配達人だった老人から過去の殺人事件の目撃談を聞く。その話を聞いた父は事件の様相をまったく異なるものにしてしまう(「茶の痕跡」)。
 毎回連番で30枚の宝くじを買う「宝くじおばさん」が強盗に遭い、外れた空くじ(末等が3枚入っていたが)を盗まれる。なぜ強盗は外れくじだとわかっていながら奪ったのか(「数の魔術」)。
 美希が持ち込む謎をお父さんが鮮やかに解いていきます。国語の教師らしく、もちろん文学等に関わる蘊蓄も披露されます。ただし、「私と円紫さん」シリーズより軽いタッチの作品で読みやすいです。
 中でのお気に入りは「関の吉原」です。其角の俳句「関の夜は吉原ばかり月夜かな」をどこで切るかによって意味が違ってくるところを、お父さんが様々な解釈を紹介してくれます。なるほどなあと楽しみながら読むことができる話です。「幻の追伸]も書いた女流作家の遊び心が感じられ、そしてそれを友人たちに自慢げに見せる大物作家が目に浮かぶようで、これまた楽しい話でした。 
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遠い唇  角川書店 
 「冬のオペラ」の名探偵・巫弓彦とその記録者である姫宮あゆみが久しぶりに登場する作品が収録されていると聞いて購入しました。表題作となる「遠い唇」に、巫弓彦が登場する「ビスケット」など7編が収録された短編集です。
 あとがきによると、この短編集の謎と解明の物語を中心にまとめたものだそうですが(「ゴースト」だけ違うそうです。)、各編の内容はとなると種々雑多。
 表題作の「遠い唇」では、大学生の主人公が年上のサークルの先輩から来たハガキに羅列してあったアルフアベットの意味を卒業後何年もたってから解き明かします。大学時代この暗号を解いていたらどうなっていただろうと思う主人公の気持ちを考えると、先輩が既に亡くなっているが故に、何とも言い難く切ない気持ちになります。
 「しりとり」は、女性編集者の夫が亡くなる前に彼女に残した未完成の俳句の謎を解く作品。高校生のときの二人の出会いを読んだ一句は、夫の妻へのいとおしさが感じられる一句になっています。
 「解釈」は、地球調査にやってきた宇宙人が「吾輩は猫である」や「走れメロス」を事実の記録と誤解したことから交わされるユーモラスな会話で成り立っている作品。
 「続・二銭銅貨」は、江戸川乱歩が、彼に「二銭銅貨」を書く材料を与えてくれた男がその裏に隠していた事実を暴くという体裁の話。江戸川乱歩の「二銭銅貨」を読んでいれば楽しめたのではないかという作品です。
 「パトラッシュ」は、同棲中の彼氏の行動に不審を抱いた女性がその謎をあれこれ考える話。“パトラッシュ”とは言わずと知れた「フランダースの犬」の犬の名前です。
 「ゴースト」は、昔のテレビによくあったゴースト障害をモチーフに、同じ名前故に起きたできごとを描く掌編です。
 「ビスケット」は、期待の巫弓彦と姫宮あゆみの物語です。設定では「冬のオペラ」のときからは18年が過ぎ、あゆみは文学賞を受賞し、作家になっています。そんな作家のあゆみがイベントで対談する相手だったミステリー作家でもある大学教授が対談前に殺される事件が起きます。被害者の指が指し示す形がダイイングメッセ-ジではないかと考えたあゆみは巫に連絡します。
 昔は知識豊かではなくては解けなかった謎も、今ではパソコンがあれば誰でも様々な情報を得て、謎解きをしてしまうという世の中で、相も変わらず事件のために備え続けているという巫に、今でも変わっていないなという安心感の一方で、寂しさを感じてしまうのは僕だけでしょうか。 
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ヴェネツィア便り  新潮社 
 表題作を始めとする15編が収録された短編集です。短編と言っても、冒頭の「麝香連理草」のようなわずか1ページの作品から、30ページほどの長さのものまで様々ですし、内容も種々雑多です。その中では、7番目の「指」から続く「開く」、「岡本さん」、「ほたるぶくろ」はホラー系の作品です(「ほたるぶくろ」は、ファンタジーと言った方がいいかもしれません。)。「指」は、新潮文庫の「眠れなくなる夢十夜」に収録されていた作品で、その題名のとおり夏目漱石の「夢十夜」へのオマージュで「こんな夢を見た」という書き出しで始まっています。次の「開く」が、この中で一番怖い話です。スライドドアから出てきたのはいったい何なのか?
 「機知の戦い」と「黒い手帳」は、サスペンスタッチの作品です。「機知の戦い」はミステリ的な要素もあって、この短編集の中で一番楽しく読むことができました。主人公の大学教授の気持ちは、男性読者としては理解できなくもありません。
 理解すると言えば、「高み」の還暦を迎える主人公が映画を見て何十年も前の記憶が蘇ってきたことは、同じ年代の僕にとっても共感できる部分です。 
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中野のお父さんは謎を解くか  文藝春秋
 シリーズ第2弾です。出版社に勤める編集者の田川美希が、自分が解けない謎を中野に住む高校の国語教師である父のもとに持ち込み、その父が謎を解くというパターンの8話が収録されています。
 いわゆる“日常の謎”系ミステリーですが、この“日常の謎”というのが、単なる“日常”の謎だけではなく、文学・小説に関わるものが多いので、同じ北村さんの“円紫さんシリーズ”の「空飛ぶ馬」ではなく、「六の宮の姫君」と同じです。北村薫さんの蘊蓄が披露されるという感じですが、文壇に興味のない人には、面白さを感じられないかもしれません。尾崎紅葉の死に際して、泉鏡花が徳田秋聲になぜ腹を立てたかなんて、万人受けの話ではないでしょう。太宰治の「春の盗賊」に出てくる“ガスコン兵”とは何かも同じ。
 それより個人的には、「縦か横か」の当て逃げ事件の犯人の正体や「パスは通ったのか」のブルーレイの特典映像が映らないのはなぜか、「キュウリは冷静だったのか」の入院中の夫が妻の顔を見て「キュウリだな」といったのはなぜかという謎解きの方が面白く読むことができました。
 一番気に入ったのは「『100万回生きた猫』は絶望の書か」です。『100万回生きた猫』は我が家の本棚にもあり、子供が幼い頃何度も読み聞かせた感動の物語ですが、この本をある男性が「あれは絶望の書だと思うな」と言ったことの理由を解き明かします。この男性、何となく美希が気になるようなので、今後彼との関係がどうなっていくのかも気になるところです。 
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中野のお父さんの快刀乱麻  文藝春秋 
 文芸誌の編集部に勤める娘・田川未希が持ち込む文学絡みの謎を、高校の国語教師のお父さんが解き明かす“中野のお父さん”シリーズ第3弾です。
 今回お父さんの元に娘が持ち込む謎(お父さんから提示される謎もありますが)は6つ。大岡昇平の「武蔵野夫人」という作品に「夫人」とつけたのは誰なのか・・・(「大岡昇平の真相告白」)、天衣無縫だと言われる古今亭志ん生には実は世間が評判とは違う一面が・・・(「古今亭志ん生の天衣無縫」)、映画監督の小津の作品にが小説家の里見弴が原作とあるのに、原作小説とと映画の内容があまりに違う理由は・・・(「小津安二郎の義理人情」)、ミステリの評論家として知られる瀬戸川猛資が学生時代に書いた映画の評論とその映画の実際の映像が違っていたのは・・・(「瀬戸川猛資の空中庭園」)、菊池寛が書いた小説の中の棋譜は非常にドラマチックで迫力があると思ったら、棋士に見せたところ・・・(「菊池寛の将棋小説」)、古今亭志ん朝の「三軒長屋」のCDを探す編集長の義母が本当に聞きたかったのは・・・(「古今亭志ん朝の一期一会」)です。
 毎回のことながら“中野のお父さん”の博識が凄いです。娘の疑問にどこからか本を探し出してきて、見事に解説をしてくれます。武蔵野夫人も、古今亭志ん生も、小津安二郎、里見弴も知りませんが、中野のお父さんの説明に引き込まれます。私も本好きですが、読んだ本のあそこにこんなことが記されていたなんていうことは、読んでから少し過ぎると、もうすっかり覚えていないですからねえ。まあ、お父さんは国語の教師ということもあるのでしょうけど、それにしても、あの年であの記憶力には脱帽です。
 未希とお父さんとの関係性も素敵ですが、それはきっと目立たないけど傍らにいるお母さんの存在も大きいのでしょうね。 
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